あの変態に腹を立てた次の日、アタシ達は、あの変態がいる診療所に向かっていた。
男どもが若干怯えた様子で距離を取り、何やらひそひそ話している。妹はアタシと並んでご機嫌だ。
そして、アタシも機嫌がいい。顔がニヤけるのが止められない。そして、堪えきれずアタシが「くくく……」とのどを鳴らして笑うと、男どもはびくりと震える。
そんなアタシが持っているのは、お弁当。あの変態のために用意したものである。弱った体でも食べやすいように工夫してあるので、栄養摂取魔法で回復してすぐ動けたあの変態なら、軽く平らげられるだろう。
そして、アタシは診療所のドアをノックした。
「はいはい、どうしまし……!?」
ドアを開けた医者が、ギョッとして動きを止め、顔をひきつらせた。
なんでかなあ? 今アタシ、この上なく爽やかな笑顔浮かべているはずなのに。
「あいつ、今の自分の顔、分かってんのか?」
「明らかにあくどい事考えてますって顔だよな」
「笑顔の中から漏れ出てくる黒い感情が、否応なく感じられて……」
男どもが何やら言っているが無視。アタシはフレンドリースマイルを維持したまま、弁当を持ち上げた。
「昨日のあのへんた……、でなく、患者さんに差し入れを、と思いまして」
「そそそ、そうかい? きっ気が利くね! かなり回復したみたいだから、たたた食べられると思うよ!」
「そうですか」
何やら様子がおかしいが、些細なことである。妹はあの変態が回復したと聞いて、「よかったです」などと言っている。
おおう、妹よ。その優しさをあんな変態に分けてやるなんて、何という人格者なんだ。
中に入れてもらうと、変態がベッドに腰掛けてあくびをしていた。
「おい、変態。差し入れ持ってきてやったぞ」
アタシの声に変態は苛立った顔を向けてきたが、その視界に妹が入った途端、顔がゆるんだ。
「おお! もしかして、俺のプロポーズを受け入れてくれる気に……」
「戯言抜かしてないで食え変態」
妹の前に立ち、アタシは弁当を突き付けた。それに対し、変態は先ほど以上の苛立ちを視線に乗せてくるが、妹の前でアタシを邪険にできないのだろう、おとなしく弁当を受け取った。
男どもが、何やら変態を哀れそうな目で見ているが、変態はそれに気付かない。妹も気付かない。妹は「早く食べてみてください」と笑顔で言って、変態は鼻の下を伸ばして弁当の包みをほどき、ふたを開けた。
「おお! 旨そうだ!」
その言葉に、アタシは無意識のうちに、口の端を吊り上げた。それに気付いたのか、男どもが怯えている気配を出す。
そしてさまざまな視線に見守られる中、変態はフォークで突き刺したおかずを口の中に入れ、次の瞬間、くわっ! と目を見開いて停止した。
それを見て首をかしげる妹と、知らんぷりする男ども。そして、腹を抱えて大笑いしたい衝動を抑えるアタシ。
変態は血走った目でこちらを睨みつけ、
「おいしいでしょ? 妹が作った弁当は」
アタシの言葉に、一瞬体を震わせた。
「あんなふざけたセクハラ発言されたのに、心優しい妹は、あんたに何かしてあげたいって言ったんだー。だからアタシが、弁当を作ってあげることを提案した。
で? どう? 妹の、心のこもったお弁当の味は?」
アタシの言葉に、変態はゆっくりと咀嚼を開始した。
期待するように向けられる妹の視線。哀れむ男どもの視線。そして、心の中で高笑いするアタシの視線。それらを受け、変態は必死に口を動かし、飲み込んだ。
「美味しいよ!」
「本当ですか!」
妹の顔が、光り輝く。それを見て、変態はさらに言葉を紡いでゆく。
「ああ! あまりの美味しさに感動して、しばらく言葉も出なかった!」
「よかったねリデア。この人、この程度の量のお弁当、平らげちゃうってさ」
アタシの言葉に、嬉しそうにする妹と、殺意すら乗った視線を送ってくる変態。そして、もうやめてあげて、とでも言うかのような男どもの視線。
は! 赦すわけがなかろう! あのような変態発言、その上内容が酷いったらありゃしない!
パンツを洗えだと? 己の汚物の付いた物を、洗わせるだと? それがどれほど屈辱的なことか!
人様に自分のばっちい汚物平気で洗わせるような最低野郎、往復ビンタ何発も食らってからその汚物顔になすりつけられた挙句、三行半突きつけられてしまえばいいんだ!
もっとも、こんな変態に、妹は絶対やらんがな!
それから、変態は涙を流しながら弁当を全て食べ切った。妹になんで泣いているのかと聞かれたら、
「あまりの美味しさに感動してさ!」
などとオリジナリティのかけらもないことを言ってごまかし、必死で「旨い旨い」と言い続けていた。
全て食べ切った後、男どもは、お前はよくやったよという意思表示なのか、ぽんと肩に手を置いたり、アタシが作ってあげたクッキーを分けてあげたり、アタシ特製のフルーツジュースを飲ませてあげたりしていた。
妹は弁当をうまいと言ってもらえて嬉しかったのか、始終笑顔だった。
こんな変態にはこの笑顔はもったいないと思うが、まあそれくらいは許してやろう。アタシは心が広いからな。
「んでさ、お前、なんで遭難なんてしてたわけ?」
弁当騒動もひと段落つき、他の患者もいないのでそのままそれぞれがアタシの作った菓子やらジュースやらで一息ついていると、フィーノが変態に唐突に尋ねた。
ま、気にはなるわな。あんな小舟で海に出るなんて自殺行為である。が、こいつは自殺するつもりはなかったっぽい。
他のメンツも気になるのか、じっと変態を見つめる。
「ああ、助けを呼ぶためだ」
「助け、ですか?」
妹を見て鼻を伸ばしていたのがウソのような真剣な顔に、この空間の緊張感が一気に高まった。
「サマンオサ、って知ってるか?」
知っている。通称自然の無敵要塞。首都とその周辺を険しい山々が囲い、進入路が限られているため、籠城戦にはうってつけ。なのだが、ルーラがあるため、実はあんまり意味がなかったりする。しかし、そこはそれ、サマンオサは他国からの使者を、その囲いの中に入れないのである。
他国からの使者をもてなすのは、囲いの外にある専用の城である。そのため、他国の人間はサマンオサにルーラでは入ることができないのだ。スパイも送り込まれたりしているようだが、そういった人間のシャットアウトはきっちりしており、見つかったら、即処刑である。
徹底的に守りに徹している要塞国、それがサマンオサだ。
が、他国と交流していないわけではない。貿易などもしっかりやっており、サマンオサでしか取れない貴重なものも多くあるとか。
しかし、ここ数年間、サマンオサは貿易を中止し、他国からの使者も受け入れていないらしい。完全な鎖国状態だそうだ。そのため、現在サマンオサの自然の囲いの中で何が起きているのか、一切詳細が分からないのである。
だが、他国との交易が止まる直前の情報だと、何やら国内がきな臭い雰囲気だったっぽい感じがしたとかしないとか。
曖昧だが、サマンオサの守りはそれだけ徹底しているということであり、そして、その徹底した守りの中で、きな臭いのそうじゃないのだのという情報が、わずかながら漏れたというのが、どうにも「何か起こりました」と言っているようにしか思えないのだ。
ロマリアの陛下あたりなら何か情報つかんでそうだが。そう思ってフィーノを見てみるが、フィーノは肩をすくめただけだった。少なくとも、フィーノには情報はいっていないらしい。
だがそれが、陛下ですら情報をつかんでいないのか、単にフィーノおよびそういた周囲に情報を渡していないだけなのか、判断がつかない。
多分、聞きに行ってもはぐらかされるだけだろうし。外交問題に下手な首の突っ込みも、はっきり言ってしたくない。陛下が情報つかんでたらそれはそれで大問題だからなあ。
「あなたは、サマンオサの方ですか?」
「ああ」
クレシェッドの問いに、変態は渋面を作って頷いた。
「あの守りの国の人間が、こんなところで遭難しかかってるって、異常だな」
同じように渋面を作って腕を組むディクル。
「サマンオサって、父さ……、勇者オルテガの友で、同じく勇者の称号を持つサイモンという方がいる国だと聞きましたけど……」
妹が、複雑な表情でおずおずと言った。妹としては、父であり最高の「勇者」であるオルテガと並び称されるサイモンに興味津々のようだ。
共に「勇者」の称号を持ち、互いに認め合った友であり、にもかかわらずオルテガの魔王打倒の旅に同行しなかったというサイモン。アタシとしては、そこんとこ追求したいところである。
「サイモンか……」
視線を落とし、何やら暗い表情の変態。しばらくそうしていると、
「俺の名前はガイル。勇者サイモンの息子だ」
あっさり爆弾発言をしてくれやがった。
「ウソつけえええええ! お前みたいな変態が世間で「勇者」と崇められてる人間の息子なわけあるかああああああ!」
「失礼か! 確かに、ご近所さんからは「お父さんの血はどこ行っちゃったの?」って言われてるけど!」
「言われてんのか!」
「あー、とりあえず、ですね」
クレシェッドが、落ち着けと言わんばかりに手でアタシを制する。
「サマンオサで、何か起こったんですね?」
その言葉に、変態、もといガイルは、真剣な表情で頷いた。
「具体的には?」
「国王陛下が魔王軍に拉致されて、魔物が国王陛下に成りすまして国内で暴虐の限りを尽くしてる」
そこの言葉に、その場にいた全員が「な!?」と声を上げた。腰を浮かしてガイルに駆け寄ろうとしてとどまったり、逆にぐったりと壁に寄り掛かったり、反応は様々。
「ちょっと」
アタシはずいっとガイルに近寄った。
「そんなこと、こんなとこで話していいの? しかも、アタシ達みたいなのに」
「あんたらだからこそ、だ」
そこ言葉に、アタシは無意識に表情が動いた。その反応に、ガイルは全員を見渡し、
「あんたら、「勇者」ご一行だろ」
明らかな断定口調で、きっぱりと言い放った。
アタシの視線の冷たさに、しかしガイルは動じない。真っ向からその視線を受け止めて見せた。
「国の中が混乱している時だからこそ、俺たちは世界情勢に気を配ってる。
アリアハン襲撃、それに続くロマリア襲撃。そして、イシスでの戦い。大まかなことは把握してる。
「勇者」パーティのメンバーも、ある程度調べてある」
「なるほどねえ。つまり、アタシらのことは、最初から分かってたってことか」
黒い笑みを浮かべているだろうアタシの言葉に、ガイルは首を振った。
「いや、医者のおっちゃんから聞いた。それまでは気が付かなかったよ。それどころじゃなかったし」
遭難の事か? いやむしろ、あの変態発言か。
こいつ、国の一大事って時に、あんなんやっていいのか? はっきり言って、かなりやばい状態だぞ?
「サマンオサは守りの国だろ? 他国の人間は何があっても囲いの中に入れないってのが、あの国のやり方だったはずだ。
つまり、そんなこと言ってられねえほど、ヤベエってことか」
フィーノの言葉に、ガイルはしっかり頷いた。そして、アタシとフィーノとディクルが、同時に「アホかー!」とツッコンだ。
「そんな時にあんな変態発言するな!」
「プロポーズよりもやることあるだろ!?」
「お前国より私情優先するなよ!」
「み、皆さん、落ち着いてください!」
「姉さん! シグルドさん抜かないで! 押さえて! ディクルさんも! ガイルさんの首根っこつかもうとしないでください! フィーノ君! 天術撃たないで!」
普段抑える役割のはずのディクルまでもがこちら側に回ったことで、妹とクレシェッドの苦労は倍増したようだった。
そんな無茶苦茶ヤバくて重要なこと後に置いとくな!
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
前のファイナルアンサーは悪ふざけが過ぎましたね。申し訳ありませんでした。
正解は「A」でございます。
本当に、悪ふざけしてすいません。