神殿の奥にて、アタシは立ち止った。目の前にはにこにこと微笑んでいるコレットと、誇らしげにオーブを持つ妹の姿。
妹はいたるところが汚れていて、きれいな顔にまで泥がついていたりするが、大した怪我はないようだ。
目頭が熱くなってきて、妹に思いっきり抱きついた。今の今までまったりしていたのがウソのよう。オーブを持ち、笑顔で、それでいてまっすぐにこちらを見据える意志の強さを感じさせる目が、「この子は本当に成長して、こんなに立派になったんだ」と実感させる。
「姉さん、私やったよ。ちゃんと、姉さんに助けてもらわないで、できたよ」
抱きついた衝撃で多少ふらついたものの、鍛えている妹はそれくらいじゃ倒れたりしない。
もういつまでも昔のままじゃないんだと言った妹に、アタシは無言で頭を縦に動かす。
「やったね、リデア。おめでとう」
「ありがとう、コレット」
いつの間にか友情が芽生えていたらしい二人の会話を耳にしつつ、アタシは妹から離れた。
「よくやったね、リデア」
我ながらものすごく晴れやかな笑みを浮かべていたんだと思う。妹は照れたのか、困ったようにコレットを見た。
「いいお姉さんだね。リデアの言ってた通り」
アタシの話もしてたのか。どんなふうに言われていたのだろうか? 悪くは言われて内っぽいが。
「教えてほしいなあ」と妹を見れば、苦笑を返された。秘密ですか。
「お前! 一人で突っ走んなよ!」
部屋に入ってきて早々、フィーノがそんなことを言いながらこちらを睨みつけてきた。
そういえば、ほかのみんなのことコロッと忘れてた。ピクニックセットとか、片付けないといけなかったのに。
あちゃー、悪いことしたなあ。そんなことを思いながら通路を見ると、ディクルとクレシェッドが苦笑しながら入ってきた。
「ロイド達は後から来るってさ」
「ピクニックセットの後片付けはあの方々が引き受けてくれましたよ」
ホントすいませんでした。謝れば、二人とも「気にするな」と笑顔だった。
「おおー、二つ目のオーブだ」
フィーノが妹の持つオーブを見て、感嘆の声を上げる。ディクルとクレシェッドも、これで二つ目であるというにもかかわらず、見入っていた。
深く青い輝き。この間見つけたグリーンオーブも美しかったが、このブルーオーブもまた美しい。上手く表現できないが、輝きの質が違うような気もする。
そんな風に全員で見惚れていたら、オーブが輝きだした。
全員に緊張が走る。妹は素早くオーブを床において距離を取った。
コレットは何が起こるかわかっていないため、不安気にオーブを見つめる。
そんな中、目を焼くほどの光が辺りを覆い、何も見えなくなる。
次の瞬間に見えたのは、長い髪、美しい外見に似合わぬ大きい剣を持った女性だった。全身が深い青色になっており、剣も水が剣の形を取っている、という風に見える。
女性はこの場にいる全員を見回し、凛とした表情で口を開いた。
「私は世界の理を守護するもの、その一つ。清漣(せいれん)よりいでし水煙(すいえん)の乙女。
水の精霊、ウンディーネです」
ウンディーネの言葉に、コレットが「精霊様!?」と驚きの声を上げているが、アタシ達はいまさら驚かない。ただじっと、ウンディーネの言葉を待った。
「あなた方のことは、シルフより聞いています。それぞれが卓越した力の持ち主であると。
一人を除いて」
そう言うや、ウンディーネはクレシェッドに視線を向けた。その視線を受けて、クレシェッドがうろたえる。
「ハーフエルフとの連携は見事だったようですが、聞いた程度の力では、これから先戦い抜くことなど不可能」
ウンディーネの言葉に、クレシェッドは顔を青くして震える。それはクレシェッド自身が、一番よく分かっていたことだろう。それでも、努力して使える魔法も増え、徐々に戦力アップしアタシ達と共に戦うために、足手まといにならないために必死なのを、アタシ達は知っている。
「あんまりな言いようだね。仲間を侮辱するってんなら、精霊だろうと容赦しないよ」
シグルドを抜き放ち、アタシは挑発的な言葉を投げかける。妹もアタシと同じ心境なのか、剣は抜かないまでもクレシェッドをかばうように立つ。フィーノは顔に苛立ちを浮かばせてマナを集め、いつでも術を放てるようにしている。
ただ一人、ディクルは腕を組んでただ見ていた。
アタシ達の様子に、ウンディーネは「ふむ」と満足げに頷いた。
「仲間を大切に思うその心の在り方はよいでしょう。しかし……」
ウンディーネの言葉は続かなかった。クレシェッドが、アタシ達を押しのけて出てきたからである。乱暴にではなく、ゆっくりした足取りで。
クレシェッドに声をかけようとするのを、ディクルに止められる。ディクルは無言で首を横に振った。
つまり、クレシェッド自身に任せろ、ということらしい。アタシ達が口出しするのは余計だと、そういうことか。妹とフィーノもその場から下がる。
非常に歯がゆいが、ここはクレシェッドが踏ん張るところでのようだ。心の中で応援しつつ、じっとクレシェッドとウンディーネを見る。
「自ら、出てきましたか」
「ええ、みなさん、それぞれ成長していらっしゃる。僕だって、いつまでもお荷物でいるわけにはいかない」
こちらから見えるのはクレシェッドの背中なので、どんな表情をしているかはわからない。しかし、決して情けない顔などしていないと断言できる。
クレシェッドは、そんなに弱くない。
「自分が弱いと、認めますか?」
「認めます」
「彼らについていくには力不足だと、思いますか?」
「思います」
「覚悟は、ありますか?」
なんの、とは言わなかった。ウンディーネは厳しい視線でクレシェッドを見据える。
「あります」
クレシェッドの言葉は、実に簡潔だった。何に対する、どういう覚悟かを問われずとも、クレシェッドにとっては、それで十分だったのだろう。
そして、ウンディーネにとっても。
瞬間、大量のマナが収束し、クレシェッドとウンディーネを囲むように薄い水の壁が形成された。
手出し無用。これはクレシェッド一人に対する試練なのだ。
「あなたの全力を見せなさい。あなた自身の全てを、この私にぶつけてみなさい」
構えもせず、ウンディーネはただ立つ。それだけで圧倒的な力を感じる。クレシェッドに対するプレッシャーだろう。
それに若干怯んだものの、クレシェッドは両足を踏ん張り、杖をウンディーネに向けた。
「行きます!」
そして、試練が始まった。
クレシェッドはまずバギマを放つ。しかし、ウンディーネは涼しい顔をして立つだけ。
「その程度ですか?」
「くっ! メラミ!」
全力のバギマだったのだろうが、ウンディーネには効果なし。次にメラミを放ったのは、相手が水の精霊だからか。
だが、ウンディーネはただ黙ってそれを受けた。
「弱いですね」
クレシェッドが一歩下がる。それを見て妹が駆け寄ろうとするが、水の壁に阻まれる。
「クレシェッド! ウンディーネはお前の魔法の威力を見たいんじゃない! 魔法は手段でしかないんだ! 成すべきことを見誤るな!」
今まで黙っていたディクルが急に大声を出したものだから、驚いて凝視してしまった。ディクル自身はそんなもの構いもせず、クレシェッドを睨むように見つめる。
クレシェッドは一瞬ちらりとこちらを見て、すぐにウンディーネに向き直った。
笑顔だったように見えたのは、アタシの気のせいなのかそれとも……。
「メラ」
初級の、もっとも簡単な攻撃魔法であるメラを唱え、クレシェッドはその火を放たず手元にとどめる。
「僕は弱いです」
メラを放つ気配のないまま、クレシェッドは言葉を続ける。
「生まれたその瞬間に、僕は劣等生になった。一族からは役立たずと言われ、他の家からは公然と侮辱される。
だから、僕は諦めてしまった」
誰も彼もが無言だった。相対しているウンディーネも、静かに聞いている。ただ一人、クレシェッドのみが口を開く。
「努力を怠ったつもりはありませんでした。しかし、心の中には「どうせ自分は劣等生だ」という感情がいつもあって、それを振り払えなかった。
だから、本当の意味で一生懸命に、がむしゃらに努力して、必死に目的のために進んだのは、ごく最近から」
ここでまた、クレシェッドはこちらを振り返った。笑顔で。
こちらも笑顔で手を振ってやる。クレシェッドはもう一度ウンディーネに向き直った。
「あの方々に会えたから、僕はそうできたんです。そうやって僕の手を引っ張ってくれるから、僕はここまで来れた」
メラの火を、ウンディーネに向かってかざす。
「足手まといなんて御免です。僕はむしろ、守られるより守りたいんですよ!」
そう言い放つや放たれたメラは……、いや、メラじゃない!
メラに見せかけたメラゾーマ! マナ構成なんかから見て、明らかにメラだったはずなのに。
爺ちゃんにスパルタ受けたアタシをも騙すとは! いつの間にこんな芸当身に着けたクレシェッド!?
しかもあのメラゾーマ、術式をいろいろいじくっているらしく、普通のメラゾーマよりも高温になっている。いや、術式だけじゃない、こめられた魔力が半端じゃない?
今までのクレシェッドからは考えられない高い魔力! 何これ別人?
なんとなく、クレシェッドの背中に、爺ちゃんの姿が重なった気がした。
メラゾーマを受けたウンディーネはしばし目をつむって静かに佇んでいたが、やがて微笑んだ。
「あなたの魂の力、確かに見せてもらいました。あなたなら、私が力を預けるにふさわしいでしょう」
そう言って、ウンディーネは青い光となってクレシェッドに降り注ぎ、姿を消した。
「あなたの心にはめられた枷は完全に外れました。その力、存分に愛する者のために使いなさい」
声だけが聞こえたのだが、「愛する者」のくだりで、クレシェッドがびくりと震えたのだが……。クレシェッド、好きな人いるのか?
……まさか、妹か? うーむ、クレシェッドが妹を好き……。応援、したくねえなあ……。妹を嫁にやるのはまだ早い! というか行かないでほしいです、まだアタシの妹でいてくれ。
水の壁も消え、各々クレシェッドに駆け寄る。フィーノが「愛する者だってー?」などとからかいながら小突き、ディクルは「やったな」と言ってクレシェッドと手を叩きあった。妹が「クレシェッドさん、すごかったです!」と興奮気味だ。
コレットが、にこにこしながらそれを見て、アタシに言った。
「みなさん、とても良い方で、仲がいいんですね!」
アタシは自慢げににやりと笑い、「いいでしょ?」と言ってからクレシェッドのもとへ向かった。
「ご苦労さん、クレシェッド」
ぽんと肩を叩く。クレシェッドは照れたように笑い、頬をかく。
「凄いことしたじゃん。魔法の擬装なんて初めて見たよ」
「つい最近、思いついたものでして……。ちゃんと検討していなかったのですが、ぶっつけ本番ですね」
それめちゃくちゃ凄いから。ちょっと思いついたからやってみよー、でできたら世の魔法学者苦労せんよ。
「魔力もいきなりぶわあ! って膨れ上がってよ。あれにはマジでビビったぜ」
フィーノの言葉に、アタシもうなずく。
魔力というのには、生まれつきの素養ももちろんあるが、中には今まで魔力がなかったのに魔力が備わったり、弱かった魔力が強まったりするケースも稀に、本当に稀にあると言われている。
しかし、それは本当に滅多にないことで、だからクレシェッドも自分の魔力に見切りをつけていたのだろう。
それが、ウンディーネの試練で、それを介したクレシェッド自身の心の成長で、眠っていた魔力が一気に開花した、ということだろうか。
何気にかなり凄かったらしいクレシェッド。背中に爺ちゃんがダブったりしたし、これは将来大物になったりするかもしれん。
「これで、オーブも二つ目だね!」
嬉しそうに言う妹に、みんな喜び合う。
まだ二つ目、されど二つ目。少しずつだが、アタシ達はちゃんと進んでいるのだ。
「今度の契約者はお前かよ」
そんなことを言いつつ、フィーノはクレシェッドをまじまじと見るが、クレシェッドは、
「見たって何も変わってませんよ」
と苦笑するばかり。
「でよー。愛する者って、お前さー」
またそのネタでクレシェッドをからかおうとするフィーノに、クレシェッドは「勘弁してください!」と顔を真っ赤にする。ディクルがフィーノを抑えるが、顔は実に楽しそうだ。
妹はと言うと、アタシの横で何やらぶつぶつ言っている。
「クレシェッドさんなら……。でも……」
なんか顔怖いので声はかけない。たまに妹がすごく怖いのだが、一体なんだというのだろう。
しばらくたってリフィルさんたちが来たのだが、アタシ達はしばらく気が付かなかった。
後で謝っといた。一人で片付けほっぽって行っちゃったこととかも含めて。
お詫びにリフィルさんたちを夕食に誘い、自慢の料理をふるまった。妹が手伝いたがるのをクレシェッドやディクルに必死に抑えてもらいながら。
次の日、ものすごい嵐がやってくるのだが、そんなことは知らないアタシ達はおおいに盛り上がり、いい気分で眠りについたのである。
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テイルズキャラ空気ですいません。