いい加減に続き書けやと自分に喝。長い間放置してすいません。
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青空の下、流れゆく白い雲を眺めながら、チキンサンドをパクつく。
クレシェッドは横に座る女性と魔法、天術談義。
フィーノはクレシェッドの横に座る女性の弟と天術の腕比べ。
ディクルは二刀流の青年と木刀で剣術練習中。
妹はいない。現在、試練に挑戦中である。
ここはランシール。精霊マーテルの弟、戦天使クルシスを祀るクルシス教の聖地であり、不死鳥ラーミア復活のカギ、ブルーオーブの眠る土地である。
妹の試練とは、そのブルーオーブを手に入れるためのもの。もう一週間は経っている。
試練で苦労しているであろう妹には申し訳ないが、アタシ達は実にまったりかつ、充実した時間を過ごせている。
「おーい、アデル! お前も混ざれよー!」
そう言って手を振るのは、二刀流の青年、ロイド。
そう、アタシの記憶に間違いがなければ、彼はテイルズ・オブ・シンフォニアの主人公、ロイド・アーヴィングとリンクする人物のようである。
熱血で基本的にめちゃくちゃ善人だが、彼の幼馴染いわく、飽きっぽいうえに勉強に不熱心。テストはいつも赤点らしい。
しかし手先は器用で、お手製のアクセサリを作ったりして幼馴染にプレゼントしたりしているらしい。
剣の腕もいい。アタシやディクルとよく剣術稽古をするのだが、なかなかいい訓練になる。
ちなみに、なぜロイドが二刀流なのかと言うと、本人曰く、「剣一本の力が百なら、二本で二百」という、何とも言えない理由だった。これを聞いた時、アタシとディクルは互いに顔を見て、苦笑いした。フィーノなど遠慮なしに「バッカでえ!」と大笑いしたため、拳骨をお見舞いしておいた。
妹は、笑顔で生暖かい視線をロイドに向けたが、その視線に気づくことなく、ロイドは妹にも二刀流を勧めていた。
「今は遠慮しとくー」
せっかくの誘いだが、今は食べながらぼーっと空を見ていたいのである。
ああ、このチキンサンド、ホントウマー。
そんなアタシを見てロイドは残念そうにしていたが、気を取り直してディクルに向かい合った。
ディクルが休もうと言っているようだが、ロイドは聞いてないらしい。木刀が空を切る音や、木刀同士がぶつかる音が聞こえる。
頑張れよディクル。アタシは知らんから。
で、このチキンサンド、作ったのはアタシではない。
フィーノと天術の腕比べをしている少年、ジーニアスである。
この少年もまた、シンフォニアのパーティキャラの一人、ジーニアス・セイジとリンクする人物である。
頭はよく成績優秀、天術の腕も一流。これでまだ十二歳というのだから侮れん。ちなみにフィーノより二歳年上であることを理由にお兄さんぶっているが、それがフィーノの癇に障るらしく、しょっちゅう天術勝負をしている。
料理も上手いので、将来はいい旦那になるだろう。
「サンダーブレード!」
「フォースフィールド!」
「げ! マナのシールドで防ぎやがった?」
「まだまだだね」
「いい気になんなよ! ファイアーボール!」
「フォースフィールド! ……いた!? うそ、ストーンブラスト?」
「へっへん! 同時発動だ! ファイアーボールの直後に他の術が来るなんて思ってなかっただろ?」
「くっそー! ウィンドカッター! アクアエッジ!」
「あったんねーよー!」
「卑怯だぞ! 空飛ぶなんて!」
「悔しかったらお前もやればいいだろー?」
お子様たちは大変元気で、非常によろしい。訓練にもなってるみたいだし。
しかし、訓練自体は高レベルなんだけど、内容が低レベルというか……。
ま、こっちに害がないならそれでいいや。
で、クレシェッドと話をしている美女がジーニアスの年の離れた姉、リフィル・セイジ。女盛りの二十三歳。
才色兼備を体現したような人物であり、ここで教師をしている。
完璧な女性だと思うが、欠点ももちろんある。
一つは、料理が致命的に下手。はっきり言って、妹といい勝負である。
ここに着いた日に、歓迎の意を込めて手料理をごちそうしてくださったのだが……、やめとこう、思い出したくない。
そしてもう一つが、遺跡に目がない、ということ。
イシスに行ったことを話すと、彼女は目の色を変えて私に詰め寄り、
「ならば、ピラミッドには行ったのか? どうだった? どのような内部構造だった? 刻まれている文字は?」
と、襟首つかんで揺さぶってきたのである。
あの時は、死ぬかと思った。ディクルが助けてくれたのだが。ありがとうディクル。
普段は理知的で落ち着いた人なのに……。
「そう、でもその式では、範囲が広がっても効力がないに等しくなるのではなくて?」
「確かに、このままではそうでしょう。でも、ここに補助式を追加して、代わりにレビラーの方程式の一部を削れば……」
「それは思いつかなかったわ。この式を削るというのは、この魔法においては致命的だから……」
「それはこちらの補助式で補えます。これで二フラムの効果を維持しつつ、範囲を広げられますよ」
「その通りね。でも、なら逆にこういうのはどうかしら? レビラーの方程式はそのままに、この補助式の場所をこちらに移して、さらにここにトーラーの方程式を入れれば」
「なるほど! この方が威力も上がるし、僕の目指した範囲を維持できますね」
クレシェッドとこうして話をしている姿は、本当に理性的で、絵になるのだが。
ゲームでも「遺跡マニア」などという称号を与えられており、遺跡やそれにまつわることには目がなかった。こんなものまで一緒でなくていいのに……。
その後、「リフィルさんの勢い凄かったねー」と言ったら、フィーノがぼそりと一言。
「お前だって似たようなもんじゃねえか」
はい? と自分でも間抜けな声を出してパーティーメンバーを見ると、ディクルやクレシェッドは苦笑い、妹はフィーノと仲良くうなずき合ってため息。
シグルドにまで「自覚なしか」と呟かれ、いたたまれなくなってコーヒーを淹れに行った。
そしてこの兄弟、ハーフエルフなのである。幼いころは非常に苦労してきたようだが、詳しいことは聞いていない。
流れ流れてここランシールに着いて、ようやっと落ち着けたのだそうな。
なんでもこのランシール、祀っている存在がマーテルの弟であるということからダーマと親交があり、ダーマでハーフエルフが受け入れられていくにつれこちらも影響を受けていったのだそうな。
そしてセイジ兄弟はここで腰を落ち着け、充実した毎日を送っているらしい。
ジーニアス特製ミックスジュースを飲みながら、ここに着いた時のことを思い出す。
船から降りてクリスさんやほかの船員さんたちに見送られ、馬車に乗って着いたのがランシール。
ダーマのように栄えている様子はなく、見たところはっきり言ってド田舎だった。そんな中で、それに似合わぬ立派な神殿が目につくが、それもダーマの大聖堂と比べると悲しくなるようなものだった。
取り合えず神殿に行ってみようということになったとき、ものが落ちたかのような音がしてそちらを見ると、男の子がこけていた。
その男の子がジーニアスなのだが、アタシはそんなことその時は気付きもしなかった。
フィーノ以外がジーニアスに駆け寄り、大丈夫かと声をかける。本人は気丈にも「大丈夫です」と答えるが、膝からかなり出血をしていた。
一応近くに来ていたフィーノが「いったそー」と呟く。
「これは、ちゃんと水で洗っておかないとね」
マナに干渉して少量の水を呼び出し、怪我したところにかけてやると、痛そうに顔をゆがめるが、これは仕方がない。
そしてしっかり洗い流し終わってから、クレシェッドがホイミをかけて治療完了。
おずおずと「ありがとう」と言ってきたので、「どういたしまして」と笑顔で返しておく。
そしてその時、「ジーニアス?」と呼ぶ声が。それに反応して、ジーニアスは声のした方へ走っていく。
そこにいたのはリフィルさん、ロイドと、今ここにいないコレットという女の子。
「ジーニアス、どうしたの?」
心配そうに声をかけるリフィルさんに、ジーニアスは、
「こけちゃってさ。怪我したのを、あの人たちが治してくれたんだ」
とこちらを指差しながら言った。内心、人を指差しちゃいけませんと思ったが、その心の声が届いたかのようなタイミングで、リフィルさんはジーニアスの頭を叩いた。
結構大きな音がしたので、びっくりして凝視してしまった。後から聞いたら他のみんなも同じだったらしい。
「ジーニアス、人を指差すなんて失礼でしょう。ましてや、怪我を治してくださった恩人に対して」
そしてこちらに来て頭を下げ、さらにジーニアスの頭も抑え込む形で無理やり下げさせた。
「この子の姉のリフィルです。この子の怪我を治してくださってありがとうございます。そして、失礼な真似をしてごめんなさい」
「いえ、弟さんの怪我が大したことがなくてなによりです」
そう言って言外に「気にしていませんよ」と示すと、リフィルさんは頭を上げ、ニコリと笑った。こちらもニコリと笑っておく。これでこの件は終わりだ。
場が収まったことが分かったのか、ロイド達もこちらにやってくる。
「なあなあ、あんたら、ここに何しに来たんだ? 参拝か?」
ロイドが興味津々といった様子で訪ねてくる。その横でにこにこしている、長い金髪の少女。何の邪気もない笑顔を見て、何か引っかかるなと思ってちょっと考えて、思い至ったと同時に「あ!」と声を上げてしまった。
それにはその場にいた全員が驚いたようで、全員の視線がアタシに向けられる。
アタシは内心「やっべ」と思いつつ、フレンドリースマイルを浮かべつつ、
「初めまして、私はアデルと申します。あなたはクルシスの神子、コレット様でしょうか?」
と恭しく礼をした。
コレット・ブルーネル。ダーマにいたゼロスはマーテルの神子であり、コレットはその対となる存在である。クルシス教においても最高位に位置する大司教以上の尊い存在である。
シンフォニアにおいてはヒロインだったあのコレットとリンクする人物だろう。
「はい、私がクルシスの神子、コレットです」
いきなりのアタシの言葉に動揺することなく、にこやかに自己紹介するコレット。
その横で、アタシの行動の真意を測ろうとするようにリフィルさんがじっとこちらを見ている。
「おい、いきなりなんだよ、あんたら?」
コレットを守るようにロイドは前に出た。お姫様を守るナイトのような構図だ。
ジーニアスは、リフィルさんの後ろに隠れて、こちらをじっとうかがっている。
その時、クレシェッドが一歩前へ出た。クレシェッドの格好はダーマ神官のもの。クルシスの神子であるコレットならおそらく、クレシェッドがダーマの神職についている人物だとこの時点で気づいていただろう。
そして、リフィルさんも気づいていたはずだ。クレシェッドを見て、表情が和らいだから。
「お初にお目にかかります、神子様。私はダーマにて神官を務めております、クレシェッド・ボルネンと申します」
地に膝をつき、頭を垂れるクレシェッド。彼の仕えるものはマーテルであり、その弟であるクルシスもまた彼にとっては敬う存在であり、その神子たるコレットもまたしかり。
「はい、初めまして、クレシェッドさん」
コレットもにこやかにクレシェッドの行動を受け入れる。
アタシの横でフィーノがあくびをしているが、軽く叩いておく。
向こうでも、ロイドが退屈そうにしていたが、そっちは別にいいらしい。
「この度訪れたのは、ダーマ教皇の命により、そちらにて守護されているオーブを譲り受けるためでございます」
「オーブ」という言葉に、リフィルさんがピクリと反応する。ジーニアスはそれを感じ取ってリフィルさんからちょっと距離を取った。
……「遺跡マニア」のリフィルさんにとっては、オーブも興味深い研究対象なのかもしれない。
「はい、ダーマより話は伺っています。ということは、あなた方の中に勇者様がおられるのですね?」
にこやかなコレットの言葉に、ロイドとジーニアスが驚愕に満ちた顔でこちらを凝視してくる。
「この中に勇者がいる」と言われれば、まあたいていの人がそういう反応をするだろう。特に気にはならない。
コレットの言葉に、妹が前に出て一礼し、これまたにこやかに挨拶する。
「はじめまして。私がアリアハン王の命により、魔王討伐の任についております、リデアと申します」
妹とコレット、にこやかな笑顔同士でのあいさつ。特に政治的駆け引きなんてものもない純粋なそれは、こちらまでほわほわした暖かさに包まれるようである。決してロマリア国王陛下相手では味わえない雰囲気である。笑顔の下で何考えてる変わらない上、内容がえげつなかったりするもんだからストレスで胃が痛くなりそうなのだ。
「すげえ! 勇者って、本物の勇者か? イシスですっげえ活躍したって聞いてるけど!」
興奮気味に妹に話しかけてくるロイド。男としては勇者だのなんだのというのは憧れるのだろう。
が、ジーニアスがそれを止めた。
「コレットの方に用事があるみたいなんだから、邪魔したらダメだって」
ぐいっと、ロイドの手を引っ張って下がるジーニアス。それに不満そうにしながらも、おとなしく下がるロイド。
ジーニアスがやらなかったら、アタシが止めたけどさ。憧れるのはわからんでもないが、あんまり勇者、勇者言わんでほしいのである。
まあ、ジーニアスが止めてくれたので穏便に済んだ。アタシがやってたら、もっときつくなってたかもしんないし。
「コレット? 彼らがオーブを求めてきたというのなら、神殿に伝えて、試練の許可を得なくてはならないのではなくて?」
「あ、はい、そうですね」
「試練? なんだそりゃ?」
リフィルさんとコレットの会話に、フィーノが割り込む。顔が若干歪んでいるが、「試練」とやらがあるのを聞いて、面倒だと思っているのだろう。
「やっぱ、そんな簡単には無理だよなー」
なんて言ってるのはディクル。「試練」と聞いても、特に気を張る様子はない。いい意味で自然体だ。
「面倒なのはいやだぜー? こちとら「勇者一行」なんだからよ、余計なことしなくたっていいじゃんかよー」
「勇者」の威光を前面に出して面倒事をすっ飛ばす気満々なフィーノに、一発喝を入れておく。
「残念ですが、それは無理ですよ。フィーノ君」
苦笑しながら言うクレシェッドに、フィーノは「ああ?」とアタシに殴られた頭を押さえつつ、不機嫌そうに声を出す。
「ブルーオーブがあるのは、神殿の奥にある扉の向こうに広がる砂漠の中の、古の時代に神々が人間への試練としてお創りになられたという洞窟の最も奥です」
クレシェッドの説明に、フィーノだけでなく、ディクルも嫌そうな顔をした。ディクルはフィーノほど露骨ではなかったが。
「つまり、その砂漠を超えて、洞窟からブルーオーブを取ってくること自体が試練ってわけ?」
アタシだってげんなりしてる。なかなかにややこしいことになっているようだ。
テドンではオーブ自体はすんなり見つかったというのに。
しかも、オーブを見つけてからが本当の試練なのである。何と言っても精霊に、「自分が力を貸すに値する存在」として認められなければならないのだから。
面倒なプロセス多すぎじゃないだろうか? これくらいの守りが必要、ということなんだろうが。
使う方の身にもなってほしいもんである。
「うわー、大変そうだなー」
ロイドは完全に他人事で、頭の後ろで手を組んで呑気に笑っている。そんなロイドを見てジーニアスが溜息を吐いて「やれやれ」と頭をゆっくり振っている。
そのロイドの態度には正直イラついたが、いちいち目くじら立てるわけにもいかないので黙っていると、
「これから試練に臨もうという人の前でなんていう態度を取るの、ロイド。罰として、一週間のトイレ掃除を命じます」
リフィルさんが毅然とした態度で言い放った。ロイドは大慌てでリフィルさんに謝り、こちらに謝り、何とか罰をなくしてもらおうとしていたが、リフィルさんは発言を撤回しなかった。
落ち込んでいるロイドに、ジーニアスが「バカだね」と冷たく突っ込んでいる。
ロイドはお気の毒だが、自業自得である。こちとら怒っているのだ、おとなしく罰を受けるがいい。
ディクルが何気にロイドのところに行って慰めている。いい奴だなディクル、アタシにはそんな真似できんよ。
「じゃあ、神殿に案内しますね」
にこにこしながらそう言うや、「ついてきてくださーい」とコレットは歩き始めた。
アタシ達もそれに続き、ロイドやジーニアスがコレットのところまで走っていき、話を始めた。
神殿までは、あっという間だった。正直、見えているので案内いらんかったのだが、神子たるコレットがいれば話もすんなり通るので、別にいいかと思う。
「しっかし、ダーマのゼロスとは大違いだな? 同じ神子だろ?」
まあ、ゼロスは一見軟派なイメージだが、コレットは邪気のない振る舞いとほっこりした暖かさがあり、正反対に見える。
まあ、ダーマは派閥争いだの後継者問題だのといった政治的にドロドロした背景があり、その中で育ったゼロスは軟派な仮面をかぶることで、自分がその中で動きやすいようにしているのだろう。
しかしランシールではそういった泥沼の政治問題とは基本的に無縁であり、牧歌的な田舎であることなどから、そういった「生き抜くための仮面」を必要としないのだろう。そのためコレットは素直で純真な人になった、ということかもしれない。
むろん、「神子」ということでやはり他人とは違う扱いを受け、崇められる対象であるため、やはり窮屈さやらなんやらはあるだろうが、幼馴染の存在が彼女をまっすぐにしたのかもしれない。神子だからといって特別扱いしないで、「友達」として接してくれる人の存在は大きいだろう。
「いよいよ、ブルーオーブも目の前か。緊張してきたな」
明らかに緊張してない口調のディクルに、クレシェッドは苦笑しながら「そうですねえ」と返す。クレシェッドは明らかに緊張しまくりなのが見て取れる。
妹は、神殿を真剣な表情で見ていた。弱弱しさなど一切なく、目は鋭い。それでいて緊張で硬くなっているという様子もない。
妹よ、いつの間にかすごく成長して……! まあ、イヤでも成長しないといけない状況である、ということなのだろうが。そのあたり考えると、アタシとしてはよろしくない。
まったりすることもできんのか!
ともあれ、アタシ達は神殿の中の一室に案内された。調度品などがそれなりにいいものであることから、結構上等な部屋であることがうかがえる。
ロイドやジーニアスはリフィルさんに連れられて帰った。ロイドが渋っていたが、これ以降はロイド達は部外者でしかないのである。
やがて、シンプルな神官服を着た初老の男性とコレットが部屋に入ってきた。
「初めまして、勇者様方。私、この神殿にて大司教を務めております、マルドックという者です」
大司教のあいさつに対し、まずはダーマの代表であるクレシェッドが、次に勇者たる妹が、そしてアタシ、フィーノ、ディクルで順で挨拶と自己紹介をする。
「さて、オーブでしたな? オーブはこの神殿の奥にある扉より砂漠に出て、そこにある洞窟の中にございます。それが試練となっております。
そして、その試練に挑むことができるのは、たった一人でございます」
大司教の言葉に、フィーノが「はあ?」と不機嫌な声を上げる。
「ちょっと待ってください。危険じゃないんですか?」
眉をしかめて尋ねるディクルに、大司教は即座に「危険です」と答えた。
「砂漠にも洞窟にもモンスターは出ますし、洞窟内には罠も存在すると聞きます」
「そんなところに、一人で行け、と?」
低いアタシ声に、大司教はひるんだ様子もなく頷く。
「それが試練でございます。
神殿の奥の扉は神子様のお力によって開き、そしてそれを通れるのは神子様ともう一人だけ。そして神子様も洞窟内に入ることは禁じられており、洞窟内では完全に一人で行動していただくことになります」
大司教の言葉に、みんなそれぞれ顔を見合わせ、沈黙した。
そんなアタシ達を見て、大司教はさらに続ける。食料はこちらで用意するとか、聖なる力で魔物を近寄らせないアイテムはあるがそれは神子のものであるとか。
さて、こうなると誰が行くかが大きなカギとなる。
この時点で、人選はアタシか妹に絞られる。一人でモンスター相手に戦えて、回復も自分で術を使ってできる。フィーノは強いが魔力が尽きたらただの口の悪い餓鬼だし、ディクルは圧倒的に強いが魔法は一切使えないため、魔法が必要となった時にどうしようもない。クレシェッドは悪いが問題外である。一人で戦い抜けるほどの強さはないのだ、残念ながら。
なら、ここはアタシがいっとくべきか。何と言ってもアタシの武器は意志ある剣、ソーディアンなわけで、謎解きなんかがあっても二人分の知恵が出る。一人で旅してた経験もあるから、一人で受けなくてはならない試練とやらも、アタシがやるのが一番いい選択だろう。
そう思って「やります」と言おうとしたら、
「私がやります!」
と、妹が気合十分な声で立候補した。アタシら全員が驚いて凝視する中、妹は毅然とした態度で言い切った。
「私は『勇者』です。天界の神々より加護を与えられ、魔王討伐の使命を負った私こそが、この試練を受けるべきだと思います」
「ちょ、ちょっと待った! ここはアタシが……!」
「姉さんが受けようとしてたのはわかるけど、ここは私に行かせて」
アタシが行くから、という前に、妹は有無を言わせぬ気迫で言葉を紡ぐ。その眼には「絶対譲らないから!」とあからさまに書いてあり、アタシは呻く。
誰か助けてくれ! と仲間を見たが、誰もが「諦めろ」と言わんばかりに首を振る。
「いいじゃないか、行かせてあげなよ」
ディクルが微笑みながら言う。その言葉にアタシは「何を言うか!」と言い放とうとしたが、その前にディクルは続けた。
「リデアちゃんだって、いつまでもお前に守られてばっかりじゃいやなんだろ? な?」
妹を見ると、妹は静かに頷いた。
「今まではさ、お前が泥ひっかぶって、リデアちゃんの前に出て頑張ってたんだろ? でもな、いつまでもそれじゃダメだって、リデアちゃんは思ったんじゃないか?」
「はい。いつも姉さんは、私を守ってくれてました。私もずっとそれに甘えて……」
悔いるように、妹は俯いて唇をかむ。その姿に、安易に声を変えられなくて、アタシは黙って見ていた。
「姉さんが私を大事に思ってくれてるのは知ってるけど、いつまでもそれじゃいけないと思う。私は、私自身の足でしっかり歩いて行かないと。姉さんの後ろで、姉さんに手を握ってもらいながら歩いてたらダメなんだ」
何と言ったらいいのだろうか。アタシは、妹のためだと思ってやってきていた。
だが、もしかして、アタシは過保護すぎたのだろうかと、今までのことが頭をめぐる。
妹の負担にならないように、妹が傷つかないように。そう思ってやってきたことは、妹のためになっていなかった?
「アデルさん。あなたは今まですごく頑張ってきたじゃないですか。リデアさんは、それにとても感謝していて、だからこそ、これからは自分で頑張っていこうとしてるんですよ。その第一歩が、この試練なんです」
クレシェッドが心配そうに、それでいて優しい目でこちらを見てくる。その眼を見ていると、なんだか泣きそうになってしまった。
「いいじゃねえか、行きたいっつってんだから、行かせりゃよー。んな難しく考えねえでさ、頑張ってこーい! って、送り出してやりゃいいだけじゃねえか」
さも「面倒くせえ」という態度を取りながらも、フィーノは不安げに、かつ心配そうに言葉を連ねる。
こんなガキにこんな風に気を使わせてしまうとは、アタシもまだまだである。
ディクルを見ると、すごくいい笑顔でうなずかれた。心配するな、大丈夫だ、そう言ってくれている。
そして、妹を見た。妹は揺らがぬ瞳で、真正面からこちらを見据えている。
決心がついた。
「そうか。んじゃ、行っといで!」
バーン! と背中を強く叩くと、妹はせき込み、「痛いなあ」とぼやく。しかし、顔は嬉しそうだった。
不安に思うことなんてなかった。アタシは、妹がアタシの手から離れてしまうんじゃないかと、自分なんて必要としなくなるんじゃないかと思っていたが、そんなの勝手だ。妹には妹の意志があり、アタシはそれを後押ししてあげたり、離れたところから応援してあげればいいのである。
いままでだって、わざと突き放すようにしたことがあった。アタシという存在、世界のあり方、そういったことを知らない妹に、アタシは容赦なく現実を叩き付けた。それでも、妹はちゃんと自分で立ち上がったじゃないか。
もう、あの頃の妹じゃない。胸を張ろう。これが自慢の妹だ、と。
妹は、その日のうちにコレット共に洞窟へ向かった。
神殿の奥にあった扉は繊細で美しい細工が施されており、神聖で厳かな雰囲気を漂わせていた。
その扉の中央に立体的なひし形の石が埋め込まれており、コレットが扉の前に立つとその石が光り、扉が重い音を立ててゆっくり開いていく。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってきます!」
妹とコレットの笑顔ダブルパンチを食らい、幸せ気分に浸りながらも「行っといでー」と笑顔で手を振る。フィーノは「くたばんなよ」と意地の悪い笑顔で言い、クレシェッドは「無理をしないでくださいね」と笑顔で、ディクルは何も言わなかったがニコニコとずっと笑っていた。
二人が扉を通ると同時に、扉がまた重苦しい音を響かせて閉じていく。
そして現在、アタシ達は神殿に泊めてもらって妹たちの帰還を待っているのである。
その間にロイド達とは仲良くなり、ロイドと剣術特訓、ジーニアスと天術の見せ合いっこ、リフィルさんとは術式談議で花を咲かせたりした。
まあ、今は特に何もせず空を見上げて食べているわけだが。
そして食べ終わってナプキンで口を吹いている時、一人の神官さんが息を切らしてこちらにやってきた。よほど急いだのか、息が荒く話せる状況ではない。
みんながなんだなんだと集まる中、アタシは神官さんの背中をさすり、ジュースを差し出した。神官さんは勢いよくジュースを飲みきると、すごき剣幕で言った。
「神子様と勇者様が帰還されました!」
次の瞬間、アタシはダッシュした。目指すは神殿。
妹が返ってきたという報告に喜ぶとともに、精霊の試練がどうなったのかも気になるところである。妹が一人で受けたのだろうか?
神殿に行けば、分かること。アタシは、ひたすらに駆けた。
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もうちょっと進めたかったんですが、とりあえずここまで。
テイルズキャラについては、あえて描写をぼかしています。どうなっているんだ? と思われるところが多々あると思いますが。
展開を急いだためか、全体的に薄味になってしまいました。