「ついにここまで来ましたね、勇者よ」
翼を背にはやした三人の少女の一人が告げる。翼の力か、別の力か、彼女達は浮かんでおり、アタシ達はそれを見上げる形になる。
「あなた、たち、は……?」
かすれた声で彼女達に尋ねる妹。他のみんなも、アタシも、妹と同じ問いをしたかった。ただ、妹が代表して聞いたのだ。あの少女が、『勇者』と言ったから。
光り輝くオーブは目を焼くほどの光を放つと、あの三人の少女になったのだ。つまり、あの少女達はオーブの化身ということになる。
途方もない魔力を感じる。エルフですら、彼女たちほどの魔力を持っていないだろう。それほどの存在。
魔力の事を抜きにしても、彼女達がただならぬ存在であることは分かる。本能、魂とでも言うべきものが感じるのだ。あれは、人間やエルフなどというものとは格が違う、上位の存在だと。
だからアタシ達全員が疑問に思った。何者か、と。
「私たちは世界の理を守護する者、その一つ。山海を流浪する天の使者。
風の精霊、シルフです」
風の精霊、シルフ! 文献で見た事がある。
この世界には自然の力、風や火などを司る存在がいる。天の神々よりその任を与えられし者、精霊。彼女達が、そうなのか。
と言うか、彼女達って、どう見てもシンフォニアのシルフなんですけど! 一人は剣を、一人は弓を、一人は盾を持つ少女の姿の精霊達。外見特徴が一致する。
文献読んでて、精霊の名前がテイルズっぽいなとは思ってたけど! 光の精霊もアスカだし。マーテル教あるし。世界樹はユグドラシルだし。それ考えたら、まあ納得できない事もないけども!
どこまでもテイルズだな、おい。イヤいいけど。こんなことで混乱するのアタシだけだろうし。他のみんなが驚愕してるのは、純粋に精霊という存在が目の前にいる事だろう。
余計な知識がある分、混乱が人より多いよなアタシ。仕方がないけど。
「オーブが、精霊とは……」
クレシェッドが茫然とつぶやく。
「さすがに……これは、予想外だぜ」
気を落ち着かせようとしているらしく、フィーノは深く息を吸い、吐く。エルフの血を引くからこそ、彼女達の存在がどういうものか、この中で一番理解できるのだろう、若干震えている。
「これは……すごいな。何と言うか……だめだ、言葉が出てこないな」
基本的に魔力がないディクルだが、目の前にいる存在がどれほどの格を持つかは、イヤと言うほど分かるだろう。戦士としての本能が、彼女達の力をこれでもかと教えてくれているはずだ。
アタシも正直震えそうだ。精霊なんて、実際に目の当たりにするなんて思ってなかった。文献で目にした時も、「ふーん」で済ませていた。それが、今目の前にいる!
神のみ使いたる不死鳥ラーミアの目覚めの鍵が、精霊。ダーマ教皇が「六つある力の象徴」と言っていたが、なるほど納得である。
この分だと、月光の結界とやらも精霊の力だろう。
それ考えると、どれだけすごいんだ不死鳥ラーミア。これ程の厳重な守りってそうそうないだろ。
それ考えると、確かに不死鳥ラーミアの助力があれば魔王の所にも簡単に行けそうである。
「……で? あなた方が、不死鳥ラーミアを目覚めさせてくださる存在の一つ、というわけですか?」
「その通りです」
精霊という存在にのまれないように、わざと強気な態度で出てみたのだが、シルフはそれに構うことなく答えた。
アタシはさらに続ける。
「それで? これはただの勘ですが、そうあっさりと我々に力を貸して下さるわけではないのでしょう?」
「それも、その通りです」
アタシ達の会話で、それぞれが構えた。
シルフは、アタシの「簡単に力を貸してはくれないのだろう」という問いに、イエスと答えた。つまり、
「あなた方の力を試します。私たちが、力を貸すにふさわしい存在かどうか」
向こうも、それぞれの武器を構える。
この場を、闘気が支配する。
「いきます!」
剣の精霊の言葉と同時に、風の刃がアタシ達に襲いかかってくる! 同時に、三体の精霊はそれぞれ散る。
「サイクロン!」
襲い来る風の刃を、あらかじめ準備していたらしい竜巻の術で消し飛ばすフィーノ。
そして、アタシ達も動く。
妹は剣の精霊に、フィーノとクレシェッドは盾の精霊、アタシとディクルは弓の精霊。
弓の精霊はアタシ達を近づけまいと雨のごとく矢を放ってくる。それをアタシ達は剣で払い、斬り捨て、一気に迫る!
「やるな!」
弓の精霊は吠え、弓を射るのをやめて突っ込んでくる。迎え撃つアタシ達。だが、弓の精霊は剣の間合いぎりぎりで急停止し、
「くらえ!」
マナの流れから分かる。空気を圧縮し、それを一気に破裂させるつもりか!
「バリアー!」
衝撃がバリアー越しに伝わってくる。ディクルもダメージはないようだが、衝撃に驚いたのか「うおお!」と声を上げている。
そんな風に声を上げたりしつつも、アタシがバリアーを解くと同時にディクルは斬りかかった。弓の精霊は風で結界を張り、その剣を防ぐ。
「くっ! 重い!」
ディクルのパワーと巨剣から繰り出される一撃はとてつもない破壊力を秘めている。風の結界を張っても、威力は殺し切れなかったようだ。
さらに、そこにアタシが斬りかかる! ディクルに意識が向いている今なら、アタシの攻撃も通るはず。実際、ディクルの剣を防いでいる所の結界は強化されているが、それ以外が薄くなっている。
だが、弓の精霊はその結界を破裂させるという手段でアタシの攻撃を防いだ。ダメージはないが、動きを止められる。結界が強化されていた所は、破裂の威力も大きかったらしく、ディクルが若干吹き飛ばされている。それでも、ディクルは体勢を崩していない。
一瞬の隙を突き、弓の精霊は再び距離をとる。
離れていたらこっちが不利! アタシとディクルは再び突っ込む。
放たれる矢には風が付与され、ちょっと近づいただけでそこがえぐれるだろう。ディクルにそれを早口で伝え、
「フリーズランサー!」
巨大な氷の槍を放つ! 槍を弾き飛ばしつつ氷の槍は弓の精霊に迫るが、弓の精霊はあっさりそれをよける。
計算通り。
よけた所に、ディクルが剣を振り上げて迫っていた!
ディクルの方に行くように、わざとそういう風に術を放ったのだ。
弓でディクルの剣を受ける弓の精霊。だが、ディクルの力に押され、慌てて後ろに飛ぶが、
「いらっしゃい」
そこにはアタシがいたりする。
みね打ち一発、背中に叩きこむ。
が、それは風の結界で防がれた。
やっかいだな風の結界。攻撃をことごとく防がれる。
さらに攻防が続くかと思った時、
「ふむ、こんなもんか」
弓の精霊はそう言うや、弓を下した。
「お前達の力は分かった。これくらいでいいだろう」
力試しは終わったらしい。アタシもディクルも剣を収めた。
「なかなかやるな。これは、もっと力を出して戦ってもよかったかもな」
あ、やっぱり手加減してたか。何となくそうじゃないかなー、とは思っていたのだ。
感じた魔力からすると、先程の風の攻撃や結界は弱すぎる。
まあ、あくまでも力試しであって、殺し合いじゃないし。こっちもそこまでする気なかったからみね打ちにしたわけだし。
「あー、疲れた」
ディクルが方をグルングルン回しながら言う。すっかりリラックスしている。
「うそつけ。あの程度動いただけであんたが疲れるか」
「ウソじゃないって。精霊なんてものが相手なんだぞ。精神的に疲れたよ」
「ああ、そっちね」
その場に座り込んで話すアタシ達。その横に、弓の精霊も座った。
他の戦いはまだ終わっていない。が、そろそろどっちも決着がつきそうだ。
剣の精霊の所は妹が押してるし、盾の精霊の方はクレシェッドがイオなどの魔法で撹乱しつつフィーノが攻撃している。
そう、クレシェッドは、使える魔法が増えたのだ。これも修行と勉強の成果である。
「純粋な剣の腕はリデアちゃんが上かあ」
「風は使ってないんだね。真正面から剣で勝負とは」
「まあ、あくまでもお前達の力を見るのが目的だからな。しかし、姉上を剣で圧倒するか、お前の妹は」
「すごいっしょ? あっちはっと……。クレシェッドの撹乱が効いてるね」
「クレシェッドが溜めの少ない下級魔法で攻撃、その間にフィーノが強力な術をぶっぱなすっと」
「なかなかやるな、あのハーフエルフ。あの人間もそれなりに健闘しているな。このパーディのレベルからすると、あの人間は若干見劣りするが」
「あ、リデアが相手の剣を弾き飛ばした」
「相手ののど元に剣を突き付けてるな。勝負あり、か」
「ふうむ。意外と早かったな。勇者もなかなかやるな」
「お? あっちも終わったみたいだぞ」
「フィーノ……、圧縮版エクスプロードはやりすぎだって」
「結構凶悪な術を使うな、あのハーフエルフ。容赦がないというか」
「さて」と言って、弓の精霊が立ちあがる。飛んでいくと、フィーノの術のせいで若干焦げている盾の精霊の首根っこをひっつかみ、そのまま剣の精霊の所までそんで行く。
「あなた方の力、確かに見せてもらいました」
剣の精霊の言葉と共に、遠くにはじかれた剣が風に溶けるように消えていく。
アタシ達は、精霊達の所に集まった。
精霊達はお互いに頷き合い、
「見事です。あなた方になら、私たちの力を貸してもよいでしょう」
「なかなかに充実した時間だった」
「結構楽しかったねー。焦げちゃったけど」
やがて、オーブから姿を変えた時と同じように、緑の光を放ち始めた。
「あなた方の一人に、我らの力を預けます。助けが欲しいならば、いつでも呼びなさい」
その光が、アタシ達の内の一人に収束していく。
ディクルに。
やがて光が収まると、精霊も、オーブも何もなくなっていた。
「おいおい! 消えちまったぞ!」
「ディクルさんの中に入っていったようでしたが……」
フィーノがディクルをバンバン叩く。ディクルが「やめろって」と言ってもやめない。クレシェッドが後ろから羽交い絞めにして止めた。
「どういうことかな……?」
「たぶん、ディクルを契約者にしたって所じゃない?」
精霊は人間と契約する事もある、と文献に書いてあった。その場合、契約した人間に宿り、契約者の声に応じて姿をあらわしたり、助力したりするらしい。
たぶん、呼び出すときはシンフォニアみたいな感じで呼び出すのだろう。シルフなら、
「山海を流浪する天の使者よ、契約者の名において命ず、出でよシルフ!」
てな感じ?
魔法を使えないディクルが、精霊の契約者かい。大丈夫なんだろうか? いや、大丈夫だからそうしたんだろうけど。
もしかしてこれからオーブを集めていったら、そのたびに誰かしら契約者になるということか?
もしかして、アタシも? うわちょっとどうしよう。恐れ多いんですけど。
「契約者、ですか。なるほど。しかしディクルさんには魔力がないのですが、それでもいいのですね」
「契約者とか言われてもなあ。別に何も変わらないぞ?」
自分の体をあちこち触りながら言うディクル。ま、普通信じられんわな。
「ディクル、自分の中にいる精霊を意識して、呼ぶにはどうすればいいか考えて」
アタシの言葉に、いぶかしげな顔をしつつも、ディクルはあごに手をあてて沈黙する。
やがて、「お?」と声を上げた。
「どうしたんですか?」
「なにかあったか?」
「いや、なんか、呪文みたいなもんが思い浮かんで……」
「それがシルフを呼び出す呪文だよ」
アタシの言葉に、ディクルは「そうなのか?」と驚く。がりがりと頭をかき、
「俺が精霊の契約者、ねえ? なんか、変な感じだなあ」
「まああんた、魔力ゼロだもんね。魔法に縁ないのに精霊呼べるってのは、確かに変な感じだろうね」
フィーノは「何でこいつなんだ?」と言い、妹は「すごいです!」と大はしゃぎ。クレシェッドは「大変なことになってきた……」と、杖を思いっきり握りしめ、地面を見つめていた。
クレシェッドはアタシ達と会うまでとは、明らかに違う、思いもよらなかった道を進んでいくことになるのが不安なのかもしれない。「劣等生」のレッテル貼られてたのが、今じゃ精霊との契約の可能性が出てきたんだから、戸惑いもするだろう。
アタシだって戸惑ってる。不安はないが。
精霊と契約ねえ。「出来そこないの勇者」で「役立たず」の「残りカス」のアタシがねえ。
シグルドと、爺ちゃん。この二人のおかげで今のアタシはある。鍛えてもらわなかったら、アタシは今、ここにいない。
「ありがとう、シグルド」
シグルドにだけ聞こえる声で言った。シグルドはただ、「どういたしまして」とだけ返してきた。
うんうん。この感じ。これがアタシ達だ。
爺ちゃんもありがとう。空を見上げる。
妹が『勇者』ならアタシは『英雄』になると決めた。これから、本格的にその道を歩んでいくわけだ。
次はランシール。そこにはブルーオーブがある。
さて、張り切って行きますかあ!
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ようやく書けたオーブ=テイルズの精霊設定。最初に思いついたネタであり、このssを書くきっかけとなったものです。
この展開を読んでおられた方もいらっしゃるんじゃないかと思います。
やっと書けて、内心「よっしゃー!」です。