夜。空には星がきらめき、海は全てを飲み込むがごとく暗い。
だが、村人達は実に楽しそうに騒いでいる。「旅人さんかい? 歓迎するよ!」とお酒を差し出してくれたり、「ずっと船旅で疲れただろう? ぜひうちに泊まりなよ、安くしとくよ」と宿屋の勧誘を受けたり。
村全体がお祭り騒ぎ。あちこちで食べ物が並べられ、大声を出して騒ぐ。子供も、もう寝る時間だろうに、楽しそうに歓声を上げて走りまわっている。
いったい何でこんなお祭り騒ぎしてるのか。
「楽しそうだなあ」
ディクルが村を見渡しながら言う。確かに楽しそうである。何も知らなければ。
「どどど、どうしてみんな平気なの?」
アタシの後ろに隠れつつ、震えながら妹が言う。
「ったくよ。せっかくご馳走が見えてるってのに、食えないなんて」
目の前で美味しそうに飲み食いしてるのに、自分はそれができないというのに理不尽さを感じているらしいフィーノ。
まあ、アタシだって正直、目の前にご馳走があるのに手を出せないのは何の拷問かと思う。
「こうして見ると、普通の村なんですが……」
クレシェッドが言い淀む。確かに、一見普通の村だ。だが、実際は違う。
「ま、何も知らないで立ち寄った奴は絶対に分かんないよね。
この人たち、全員幽霊だなんてさ」
サブサハラ王国最南端の村、テドン。サブサハラ王国が滅ぼされた際、一番最後に滅ぼされた村である。
そして、何故か理由は分からないが、滅ぼされたテドンは、夜になると復活する。生き返るわけでなく、亡霊として。
破壊されたはずの村はこうして見るとその名残もなく、普通の村に見える。だが朝になると、幽霊たちは消え、本来の姿である廃墟になる。
噂には聞いていたが、本当にこの人たちが幽霊なのか、見ただけでは分からない。食べ物の匂いもちゃんとある。もっとも、匂いはすれどこれは幻のようなもので、生者であるアタシ達は食べられないようだが。
クリスさんがこの近くに船を停泊させると言い、せっかくだから見てきてはどうかと言ったので、興味もあったしでこうして来てみたのである。
クリスさんも一緒にどうかと誘ってはみたものの、自分達は何回も見ているからと断られた。
妹は猛烈な勢いで反対していたが、妹意外のメンバーは全員乗り気だったため、一人残されるのは嫌だったのか仕方なくついてきた。が、アタシの後ろに隠れて、まともに村人たちを見ようとしない。
妹のあまりの怯えっぷりに、村の人たちは体調が悪いのだと思ったらしく、自分の家で休んでいけと言ってくれたり、医者を呼ぼうかと言ってくれたりした。妹はそれらをものすごい勢いで断っていた。
この人たちは、別に人に害を与えたりする存在ではない。様子を見る限り、自分達が死んでいるという事も分かっていないのではないだろうか。
所々で「魔王なんて来るもんか!」とか、「サブサハラ王国バンザーイ!」などという声が聞こえてくる。
自分達が死んでいると知らないまま、毎夜毎夜お祭り騒ぎをする人々。なんとも、残酷な光景である。
何でこんなことが起きているのかは分からない。魔王の仕業、と言うのが一番しっくりくるが、目的は何か。
やはり天魔戦争か。
「この方々は、いつまでもここに縛り付けられ、天に召される事がないのですね……」
神官として、この光景に心を痛めているらしいクレシェッドだが、何もできないという事実から表情は暗い。
何度かこの人たちを成仏させられないかと聖職者たちが訪れたらしいが、そのことごとくが失敗したらしい。やはり魔王の呪いか。
「いつまでもってこたあねえだろ? 魔王を倒せばいいんだよ」
大したことじゃないと言い放つフィーノ。その姿からは、このような光景を生みだした魔王に対する恐怖は見られない。
「オレ達はそのために旅してんだ。辛気臭せえ顔すんな」
「ま、確かにそうだな」
フィーノの言葉に、ディクルも賛同する。フィーノの頭をくしゃくしゃ撫でながら、
「こんなもん、今は無理でもその内解決してやるさ」
嫌がるフィーノに対し、それでも撫でるのをやめないできっぱり言い切る。
「強気だね~。相手は魔王だってのにさ」
「ったりめえだろ。お前だって負ける気ないんだろうが」
「当然! やるからには勝つ!」
そんなアタシ達を見て、クレシェッドは表情を和らげた。
「そうですね。僕たちは、そのために旅をしているんでした」
「そうそう。正直アタシとしては勘弁してほしいんだけどさ。そうも言ってられないし」
神々は見逃してくれないだろうし、ロマリアの陛下あたりも逃がしてくれないだろうし。
ならやるしかない。そして、やる以上は勝つ。
「も、もう船に戻ろうよ~」
情けない声で妹が懇願してくる。声からして、もう限界っぽい。
そろそろ戻ろうか、と思った時。
「おい! あいつがまた暴れてる! 誰か来てくれ!」
村の奥から、一人の男が走ってきた。その言葉に、村人たちは「またか」と言い、状況が分からないアタシ達に説明してくれた。
「王城から逃げてきた兵士がいるんだよ。もうすぐここに魔王軍がやってきて、ここを滅ぼすって言うんだ。サブサハラは滅びたってさ。
そんなわけないのにさ。どうせ脱走兵のたわごとだろうと思ってね、牢屋に押し込んだんだが、暴れて手がつけられないんだよ。
「いつか来る勇者様に、オーブをお渡ししなければならん!」とか言ってさ、出せって言って牢屋をぶち壊しそうなんだ。仕方ないから、手足を鎖でつないだんだが……」
「ちょっと待った!」
この人今、『オーブ』っつったか? それもしかして、アタシ達が探してる「不死鳥ラーミア目覚めの鍵」のオーブか!
「その兵士が入れられてる牢屋どこ!」
アタシの剣幕にビビったか、村人は若干体を引きながら、それでもちゃんと教えてくれた。
「ありがとうございます!」
アタシはそう言うや、「行くよ!」とみんなに言い放ち駆けだす。みんなも無言で着いてくる。
「ちょ、ちょっと待って! 置いてかないで!」
幽霊にビビりまくっていた妹は出遅れて、それでもこの幽霊誰家の所に一人置いてけぼりにされるのはイヤらしく、必死に追いかけてくる。
やがて、一軒の家に到着した。そこからは、「大人しくしろ!」「暴れるな!」という声とともに、獣が唸るかのような声が聞こえてくる。
この唸り声が、サブサハラの兵士か?
「すいません」
そこにいた一人の村人に声をかけると、その人は「ん?」とこちらを見た。
「ここの牢屋に入れられている人に、会えませんか?」
アタシの言葉に、あからさまに顔をしかめる村人。だが、ここで引くわけにはいかない。
「お願いします。どうしても、その人と話がしたいんです」
「僕からもお願いします」
「どうか、この通り!」
アタシに続き、クレシェッドとディクルが頭を下げる。
やがて、ため息が聞こえ、
「分かったよ。ほら、行きな」
ドアを開け、中に入っていく。
「ありがとうございます!」
アタシ達は礼を言いながら、村人に続いた。
中にいた人達がアタシ達を見て追い払おうとするが、先程の旅人がそれを抑え、
「こっから先さ」
地下に続く階段を指さした。
アタシ達はゆっくりと降りていく。
「ここから出してくれ! 俺にはやらなくてはならない事があるんだ! 勇者様に……!」
鎖につながれ、それでも何とか外に出ようと暴れる兵士。その様子は、鬼気迫るものだった。
「あの……」
アタシが声をかけると、今まで暴れていた兵士が大人しくなった。
「あなたは、サブサハラの兵士ですか?」
「そう。陛下より国に代々伝わるオーブを託された。俺は、オーブを勇者様に届けねばならん!」
がしゃん! と鎖が音を立てる。
「サブサハラは終わった。このままでは、世界中がサブサハラと同じ運命をたどってしまう。そうなる前に、俺はオーブを、この世界の希望を、勇者様に託さねばならん!」
がしゃん! がしゃん! 兵士は暴れる。自分の使命を全うするために。
もともと、サブサハラにオーブがあったのか。魔王に滅ぼされ、それでもオーブだけは渡すまいと、必死にそれだけを持って脱出した。
魔王を倒すために。希望をつなぐために。世界の平和を、勇者に託すために。
だが、この兵士はこころなし半ばに死んでしまった。オーブを勇者に託すという使命を、果たせなかった。
どれほど悔しいだろう、それは。本当なら、この兵士は国を守って死んでいきたかったはずだ。だが、それ以上に大切な使命を託された。
国を滅ぼされた怒り、悲しみ、悔しさ。それらを抱えて、兵士は唯一の希望の手目に必死にここまでたどり着いた。
だが、ここで死んだ。終わってしまった。託されたのに、任されたのに。
だが、何の因果か、夜だけこの村は復活する。それが、アタシ達をここに呼び寄せた。
「あなたが、オーブを持っているんですね?」
「そこに鞄があるだろう。その中だ」
兵士の言葉に、クレシェッドは鞄を持ち上げ、中からメロンほどの大きさの、緑に輝く美しい珠を取り出した。
「これが、オーブ……」
誰が呟いたのだろう。あるいは、全員か。
美しい。そして、神々しい。これが、不死鳥ラーミアを解き放つ、聖なるアイテム。
「頼む! それを勇者様に届けてくれ! 頼む!」
「その必要はありません」
兵士の言葉に、妹が応えた。
その言葉に、兵士はいぶかしげに妹を見つめる。その視線を真っ向から受け、妹は兵士の前に鉄格子越しに立った。
「私が、勇者です」
沈黙があたりを支配した。やがて、兵士が嗚咽を漏らした。
「あなたが……。本当に、あなたが……」
「はい。間違いなく、私が勇者です」
目をそらさず、きっぱりと言い切った妹に、兵士は涙をぼろぼろと流し、
「勇者様……。勇者様……! その済んだ瞳、間違いなく勇者様!
お会いしたかった! お会いできてよかった!
陛下! みんな! 私は使命を果たした! 果たしたぞ! 世界はこれで救われる!」
やがて、その体が透けていく。
「ど、どういうことです?」
クレシェッドが狼狽する。フィーノも「消えていく……」と呟きながら、兵士を凝視した。
なるほど。そういうことか。
「この村の人たちの魂をこの地に縛り付けていたのは、魔王じゃない。この人だ」
アタシの言葉に、妹以外のみんなが注目した。妹は、兵士をただじっと見つめている。
「なるほどな。そういうことか」
ディクルも納得がいったらしく、神妙な顔で頷いている。
「この人の無念が、この人だけでなく、この村全体に作用したのですね」
「勇者にオーブを渡す。その一心で、あいつはこの世にとどまり続けたってわけか。この村の連中、全員巻き込んで」
「それくらいじゃないと、アタシ達はここに来なかった。執念だよ」
アタシ達が見守る中、兵士は大声で泣きながら消えていく。
「勇者様! どうか世界を! 我が国の意思を……」
そこまでで、言葉は切れた。完全に、消えたのだ。
「……はい。必ず……」
妹は、今まで兵士がいた場所を見つめる。
アタシ達は、黙って外に出た。外は、先程までのお祭り騒ぎがウソのように静まり返り、廃墟と化していた。
本来の姿に、戻ったのだ。
妹が、クレシェッドにオーブを渡してほしいと頼んだ。クレシェッドはそっとオーブそ差し出す。
オーブを手に、妹は呟く。
「あなたの気持ち、確かに受け取りました。静かに眠ってください」
その時、オーブが輝きだした。
薄く淡い緑の光を放ち、明滅する。
「何か分かんないけど、リデア! オーブを置いて離れて!」
アタシの言葉に、リデアは素早くオーブを地面に置くと、アタシ達と一緒に一定の距離をとる。
「な、なんだよ? 何が起こるんだよ!」
「ただ事ではありません! とてつもない魔力を感じます!」
フィーノがパニクり、クレシェッドが杖を構える。
ディクルも、大剣を構えた。
アタシは、ただただ光を放つオーブを見つめた。とてつもない事が、起ころうとしている。それだけは分かった。