「すまなかった」
坊ちゃんが、深々と頭を下げました。
あまりにも驚きの出来事だった。
エミリオと妹が決闘した翌日、エミリオがマリアンさんお手製のチーズケーキを持って、ハインスト家にやってきたのだ。
ディクルは騎士として城に出向いており、いない。エミリオを出迎えたのはミカラさんだった。
ミカラさんが「お客さまよ」とほほ笑みを浮かべてアタシ達を応接室に連れて行き、そこでエミリオと対面したのである。
昨日の今日でいったい何事? アタシが驚いて声も出せずにエミリオを見つめていると、エミリオは妹に歩み寄り、
「すまなかった」
と謝ったのだ。しっかり頭を下げて。
これにはだれもが驚いたようで、みんなエミリオを凝視していた。
妹もやはりしばし呆然としていたが、やがて微笑むと、
「エミリオさんが謝る事なんて何もないですよ。むしろ、お礼を言わせてください。
姉さんのことをとても大切に思ってくださって、ありがとうございます」
深々と、頭を下げた。
しばしの沈黙。それを破ったのは、ミカラさんだった。
「さあさあ、せっかくエミリオ君がケーキを持ってきてくれたのだから、みんなでいただきましょう」
そして、久々にマリアンさんお手製のケーキをごちそうになった。フィーノはよほど美味しいのか、黙々と食べている。クレシェッドも上機嫌だった。
クレシェッドの場合、ケーキが美味しいよりも、妹とエミリオがちゃんと仲良くやれている事がうれしいらしい。二人を見ながら、小さな声で、「いいことです」と言っていた。
アタシだっていい事だと思う。昨日はいきなり険悪ムードになってしまったが、仲良くやってもらいたいと思っていたのだ。昔はよく妹の話をして、
「でも妹はやらん!」
とアタシが言い、
「いらん!」
とエミリオが鬱陶しそうに返していた。
妹とエミリオは剣術談議をしているようだ。昨日の妹の動きに対し、エミリオがどのように動くべきだったかや、太刀筋の甘さなどを鋭く指摘している。そして妹は真剣にそれを聞き、しっかり吟味して頷いている。
しばらくあの二人はあのままにしておこう、と思ったのだが。
「で? お前は腕を上げたのか?」
エミリオが、鋭い視線を向けてきた。
もうしばらく二人で剣術談議するのだと思っていたのだが。まあ、いいか。
「もちろん、訓練は怠っていなかったし。自分で言うのもあれだけど、相当腕上げたと思うよ」
それを聞いて、エミリオは好戦的な笑みをうがべた。
「なら、分かるな?」
うーわー。嬉しそうだなエミリオ。まあ、久しぶりだし。アタシとしても、望むところである。
アタシは黙って立ちあがる。顔にはエミリオのものと同じ笑み。
それでエミリオも立ちあがった。
妹が、わくわく、という感情を隠さず、きらきらした目をアタシ達に向けて来る。フィーノも、面白そうだとか思っているらしく、目が笑っている。クレシェッドは、面白がってもいないようだが、止める気もないらしく、黙って見守っている。
「なら、庭に行きましょうか。模造刀をとってくるから、先に行ってて頂戴」
ミカラさんはそう言うや、足早に行ってしまった。
で、アタシ達は先に庭に移動。その道中、
「この一年半でお前がどの程度腕を上げたか見ものだな」
「ふん、そうやって余裕ぶっこいてられるのも今のうちってね」
「ほほう? 今まで僕に一度も勝った事がないくせに、言うじゃないか」
「過去は過去。昔のアタシと一緒にしたら痛い目見るよ」
「ずいぶんと大口をたたくじゃないか。お前の連敗記録をさらに増やしてやる」
「へん! 連敗はここでストップさ。今度こそアタシが勝つ」
などというやり取りがあったりした。
妹が「姉さん! 頑張って!」と応援してくれた。これは頑張らねば! 妹の期待にこたえなくては、女がすたる。
フィーノはクレシェッドに「どっちが勝つか賭けようぜ」と言い、「不謹慎ですよ!」と怒られていた。だが、そんなことでめげるフィーノじゃない。「じゃ、オレはエミリオな。お前はアデルで」と言葉をつづけ、クレシェッドが諦めのため息なんぞついている。
そして、ミカラさんが模造刀を持って来てくれた。それらをアタシ達に渡しつつ、
「どっちも頑張ってね」
と、チャーミングな笑顔で言ってくれた。
さて、試合開始である。明確な合図はない。というか、もうすでに始まっている。
アタシ達はそれぞれ構える。相手のわずかな動きも逃すまいと、睨み合うことしばし。
フィーノが「エミリオがんばれよー」などと気のない声をかけている。
そんな中、アタシ達は、まったく同時に踏み出した。
交差する模造刀。それも一瞬で、アタシは右に、エミリオは反対に動いた。そしてアタシが横に斬り払うのをあっさりはじき、そのまま回し蹴りを入れてくる。だがアタシもはじかれるのなんか分かり切っていたので、はじかれたままに後ろに飛ぶ。
再び開く距離。だが、エミリオは一気に間合いを詰めてきた。そして強烈な突き。アタシは体を左にそらしてよけ、斬りあげる。しかし、エミリオは突き出した腕を素早く戻し、そのままアタシの剣を防いだ。
さすがにやるなエミリオ! 過去に戦った時よりも、さらに腕を上げている。
そうでなくては面白くない!
アタシは軽く後ろに飛ぶと、地に足をつけた瞬間、全身のばねを使って斬りかかった。エミリオは右にそれてかわし、蹴りを入れて来るが、アタシはその蹴りを入れてきた足に片手を突き、空中でくるんと回転。さすがにそう来るとは思っていなかったらしく、エミリオに隙ができる。
空中回転の勢いを殺さず、足を振り下ろす。狙いは肩!
だが、エミリオは素早く体勢を立て直すと、アタシの足目がけて足を振り上げてきた。
空中で蹴りがぶつかり合う。地に足がしっかりついているエミリオの方が有利だったらしく、アタシは姿勢が崩れる。だが、その崩れた姿勢を戻すべく、アタシは体を小さく丸め、コマのように勢いよく一回転。そのまま地面に両手両足を突き、横に転がりつつ、その勢いで立ち上がる。
地面に両手両足を突いた時にエミリオから攻撃があったものの、それはしっかりよけている。
アタシが立ちあがったところに、エミリオの追撃。アタシは後ろに倒れ込むようによけつつ、そのままバック転の要領で蹴りあげる。エミリオはそのまま前方へ勢いよくジャンプ。地面でごろりと前転し、立ちあがると同時に回し蹴り。アタシはその蹴りに逆らわず動き、回り込む。
背中とった!
だが、エミリオはアタシが斬りつけるより早く、体を回転させアタシに向き直り、アタシの一撃を模造刀で防いだ。
なんという。完全に後ろとったと思ったのに、動きが速すぎる。
だが、ここで決める!
アタシはシグルドから教わった足さばきで、素早くエミリオの死角に入り込んだ。
その足さばき、動きはかなり独特で、一瞬で相手を見失ってしまうのだ。アタシも夜にシグルドと特訓していて、この技を仕掛けられ何度もシグルドを見失った。この技を使えるようになってからは逆にこっちから仕掛けてやったのだが、シグルドも同じように仕掛けてきて、お互いに死角に入り合って戦いがこう着状態になることもしばしば。
まあ、アタシとシグルドじゃあ、経験知とか、技の切れが違いすぎるため、最終的にはシグルドにとっ捕まってしまうのだが。
完全にアタシを見失ったエミリオの背後はガラ空き。真一文字に斬りつける!
が、何ということか、エミリオはしっかり反応し、同じく真一文字に斬りつけてきたのだ。
両者の刃が互いの腹にしっかり食い込む。
ダブルノックアウトだった。
「ちぇっ、引き分けかよ」
互いにきっついダメージを受け、立ちあがれないので庭に転がっていたら、フィーノのそんな声が聞こえてきた。
そういえばこいつ、クレシェッドと一方的に賭けをして、その賭けた方がエミリオだったっけ。
こぬやろ、あとで「おにぎりの刑」にしてやる。
「すごいすごい! 姉さんもエミリオさんもすごい!」
妹の無邪気な言葉が聞こえる。ここからでは顔は見えないのだが、きっと太陽のごとく輝いているのだろう。
「あの、回復魔法、いります?」
控えめに尋ねてきたのはクレシェッド。申し出はありがたかったので、素直に受けておく。だって痛いんだもん。
お互いにクレシェッドに回復してもらい、立ちあがる。
「ふん、なるほど、言うだけの事はあったか」
腕を組み、何か偉そうに言うエミリオ。だが、腹は立たない。悔しそうにしているが、なんとなく嬉しそうにも見える。
「行けたと思ったんだけどなあ。よく反応できたね」
正直、あれが破られるとは思わなかった。あの瞬間、アタシは勝利を確信したのだから。
それなのにあの結果。ちょっと、いやかなりへこむ。自信あったのに。
「後ろから気配がかすかだがしたからな」
うそーん。あの技仕掛ける時、アタシ最大限気配絶ってるんだけど。それでかすかとはいえ気配を感じ取るとは。
さすがエミリオ、あなどれん。
「名勝負だったわよ、二人とも」
ミカラさんがニコニコと笑みを浮かべながら言った。
「あなた達のこういう姿、久しぶりに見れて、とても嬉しかったわ」
ディクルがいないのが残念だわ、とミカラさんは続ける。確かに、こういう場面に、あいつはいたかっただろうなと思う。
いたらいたで、「いい勝負だったぞー」なんぞと言いながら、アタシ達二人の頭をわしゃわしゃ撫でるのだろう。で、アタシもエミリオもそれをイヤがって払いのける、と。
お決まりのパターンというのがないと、なんとなくさみしいかもしれない。だが、されたらされたで、きっと腹が立っただろう。
やっぱいなくていいや。
で、アタシ達はまたティータイムである。動いたらお腹すいたし。
ミカラさん特性のスコーンうまー。
「で、お前たちこれからどうするつもりだ?」
エミリオの質問に、妹、フィーノ、クレシェッドが一斉にアタシを見た。
決めるのアタシかい。一応、このパーティは『勇者パーティ』なのだから、決定権は妹にありそうなもんだが。
今更か。妹は率先して物事を決める性質じゃないし、フィーノは立場上自分から何かを決めるという行動はとらない。クレシェッドも同じだろう。となると、そう言った決定をするのは、自然とアタシということになる。
「ランシールに行こうかと思ってるんだけど」
ランシールにはオーブがある事が分かっている。『勇者』としてなら、取りに行くのは当然の行動である。
イシスで派手に宣伝してくれたおかげで、こちとら自然と選べる道が決まってしまっている。そこにオーブがあると分かっているなら、行かないわけにはいかないのだ。
おのれ神々め、余計な事を。目の前にいたなら、ぶん殴ってやるのに。
エミリオはアタシの言葉に何を思ったのか、黙って考え事をしていたかと思うと、
「なら、僕がランシール行きの船を紹介してやる」
「え? いいんですか?」
エミリオの言葉に、妹が目をぱちくりさせる。そんな妹に、エミリオは「ああ」とそっけない感じで返す。
「知り合いに有能な船乗りがいる。そいつの船はポルトガとランシールとを行き来してる商船だ。近いうちにまた出ると言っていたから、ちょうどいいだろう」
なるほど。こちらとしてもちょうどいい。
エミリオの話だと、ここからランシールまで、一か月とちょっと。その間に、クレシェッドの訓練をしよう。
その船乗りさんにはエミリオが話をつけてくれるそうである。船に乗せてもらう報酬はそれなりに出さないといけないだろうが、エミリオいわく、さほどかからないだろうとのこと。かなり気のいい人物らしく、自分が頼めば格安で乗せてくれるはず、らしい。
そんなこんなで、エミリオが帰ることになった。
「邪魔したな」
「いやいや、久しぶりに手合わせできて楽しかったよ」
「エミリオさん、また剣の手ほどきしてくださいね」
「また来てね、エミリオ君」
アタシ、妹、ミカラさんの言葉に、エミリオは「またな」と言って帰っていった。
「次はランシールか。いよいよオーブって奴が拝めるわけだ」
そう言うフィーノの顔は楽しそうだ。頭の後ろで手を組んで、口笛なんぞ吹いている。
ま、アタシだって興味はある。ダーマ教皇いわく、「六つある力の象徴」。不死鳥ラーミアを眠りから目覚めさせる聖なるアイテム。どんなものか、実際興味深々である。
「これで、旅もいよいよ本格化してきますね」
クレシェッドが、緊張した様子で言う。
確かに。オーブを集めるということは、ネクロゴンドへ乗り込む準備をするということ。魔王との戦いが、目の前に来るのである。
フィーノは魔王と戦うということに関して、さほど重圧を感じている様子はない。一方、クレシェッドはこの旅そのものを重荷に感じているようだ。
フィーノは別に魔王を甘く見ているとかではないんだろう。それでも、基本的にいつも自然体だ。性格もあるだろうし、国王直属部隊の一員としての経験なんかもあるのだろう。
クレシェッドはただの一神官だ。さほど強いわけでもない。経験も少ないだろう。おまけに、「ボルネン家の劣等生」などと言われていたらしいので、自分に自信がないのかもしれない。
結構デコボコパーティだよなあ。
妹はまっすぐだけど、純粋培養でちょっとずれているところもある。アタシは、自分で言うのもなんだがかなり癖があると思う。
どんなパーティだ。
ま、どんなパーティだろうが、アタシ達はアタシ達だ。やれることはやっていこう。
ともあれ次はランシール。いよいよもって、魔王討伐の旅もステージが上がった。
魔王軍とも何度かやり合ってるし、これからもやり合うだろう。
神々の思惑通りに動くのは癪に障るし、勝手に『勇者』を祭り上げる連中は気に入らないが、アタシはアタシでやらせてもらう。
さて、いっちょやりますか。適度に力を抜きつつ、それでいてしっかり地に足をつけて、ね。