ジルクリスト邸の客間にて、アタシは生きた心地がしないまま、ソファに腰をおろしていた。
玄関でアタシ達を出迎えてくれたのは、マリアンさんだった。マリアンさんはアタシを見て驚いていたが、すぐに笑顔になった。
「お久しぶりね、アデルちゃん」
「お久しぶりです、マリアンさん」
「ハインスト家の使者の方から話は聞いているわ。中に入って。
みなさんも、ようこそおいでくださいました。歓迎いたします」
中に入ると、フィーノが感心したように「へえ」と声を漏らした。ロマリアで陛下直属の部下だったため、ロイヤルなものはそれなりに分かるのだろう。クレシェッドはダーマの神官として神殿に勤めていたことから、動揺はないらしい。
あまりにもセレブな空間に、最初に来た時は緊張でガチガチだったが、今は全く違う意味でガチガチである。
マリアンさんはどこかへ行き、違う人が客間まで案内してくれた。
ああ、落ち着かない。エミリオに早く来てほしいような、遅く来てほしいような。
しっかりしろ自分。謝りに来たんだろ! 弱気になってどうする!
「姉さん、エミリオって、どんな人?」
「エミリオって、あのエミリオ・カトレット・ジルクリストだろ? ポルトガの天才剣士って、ロマリアでも評判だったぜ」
「ダーマでもたまに噂は聞きましたね。素晴らしく優雅な剣の使い手とか」
二人の話を聞き、妹は目を輝かせた。
「姉さんって、そんな人と知り合いなんだ」
「知り合いって言うか、友達。よく一緒に剣の稽古したりしたよ。戦っても、全戦全敗だったけど」
「姉さんが全敗? そんなにすごい人なんだ」
妹がそういうと同時に、ドアがノックされた。
来た! ついにこの時が来た! アタシはドアを凝視する。
そして、ドアが開き、現れたのは一人の美少年。
エミリオだ。
アタシはソファから立ち上がった。
エミリオは静かにドアを閉めると、無表情で近づいて来る。そして、アタシを睨みつけると、鼻を鳴らして言い放った。
「あまりにも音沙汰ないんで、とっくの昔にくたばったのかと思っていたが、生きていたとはな。しぶとい奴だ」
おう、いきなりの辛辣な言葉。だがこれがエミリオである。
エミリオと再開できたのだという事がすごく実感できて、アタシは知らず笑顔を浮かべていた。
「ふん、今まで辛気臭い顔をしていたかと思えば、いきなりだらしない顔になったな。まあ、お前にはお似合いだな」
「失礼な。そういう自分だって眉間にしわ寄せちゃって、美少年が台無しじゃん。もっと愛想良くしなよ」
「何でお前に愛想良くしなければならん。そんなことで無駄なエネルギーを使わせるな」
「いやいや、コミュニケーションに笑顔は欠かせないでしょ。シャルティエさんにも言われてたじゃん、もっと笑いなさいって」
「くだらん」
「はいはい、そこまでだ」
アタシとエミリオの会話を止めたのは、ディクル。アタシとエミリオの間に立ち、
「そんなこと言いにここまで来たんじゃないだろ? アデル。エミリオも、久しぶりに会えて嬉しいからって、はしゃぐなよ」
「誰がはしゃいだ! くだらん事を言うな!」
ディクルの言葉に、エミリオが声を荒げる。
ああ、これも昔よくあった光景だよな。アタシとエミリオがくだらないこと言いあって、ディクルが収める。そしてエミリオが怒る。
何とも懐かしい光景が、目の前に広がっていた。
「エミリオ」
アタシの声に、エミリオは不機嫌そうにこちらを向く。
「ごめん、今まで何の連絡もしないで」
アタシは、しっかりと頭を下げた。余計な言い訳はしない。ただ、謝る。
しばらくそうやって、頭を下げていた。
「ふん。会ったら叩き斬ってやろうと思っていたが、気が失せた。そんな無駄な事をして、剣を汚すわけにもいかんからな」
ゆっくりと顔を上げる。エミリオは、眉間にしわを寄せ、全身で不機嫌だと主張していたが、
「さっさと席につけ。何があったか、全部吐いてもらうぞ」
そう言うや、ソファに腰掛けた。
どうやら、許してくれたらしい。
ディクルを見ると、苦笑していた。そして声を出さずに、口を動かす。「素直じゃないな」と。
うん、なんか、しばらく会わなくても、エミリオはエミリオだった。
アタシには、こんな素晴らしい友達がいる。それは、誇っていい事だろう。嬉しくて、笑う。
「何をしている? さっさとしろ、このノロマ!」
「ごめんごめん」
アタシは、ソファに腰掛け、今まであった事をすべて話した。
話し終わると、エミリオは静かに「そうか」と言った。
「バシェッドさんがな。それなら、なおの事連絡しろというんだ」
「うん、ごめん」
「いちいち謝るな、辛気臭い」
強い口調でそう言うや、エミリオはリデアに視線を向け、
「お前が、アリアハンの勇者か」
「は、はい。リデアと言います」
リデアはすっかり委縮した様子で答えた。あからさまに睨みつけられ、口調もつっけんどんだから、ちょっと怖いのかもしれない。
昔、そんなんだから友達できないんだよと言ったら、「うるさい!」と怒鳴られた。まあ、こうじゃなきゃエミリオじゃないよな、とも思うのだが。
「僕と勝負しろ」
エミリオの言葉に、妹は「え?」とエミリオを凝視した。
「アリアハンでのお前の評判は聞いている。国内に敵う者なしの剣士らしいな。どれほどの腕前なのか、見せてもらおうか」
「え? あ、あの……」
「ちょっとエミリオ。リデアが困ってるじゃん。やめてよね、人の妹いじめるの」
「いじめているわけじゃない。一人の剣士として、ぜひ手合わせを願いたいと言ったんだ」
「いや、お願いしてないじゃん。命令だったじゃん」
「うるさい。で、やるのか、やらないのか」
「エミリオ、どうしたんだよいきなり? らしくないぞ?」
ディクルがエミリオをいさめるが、エミリオは不機嫌そうに、
「何がだ。僕は勇者と呼ばれる奴の実力がどれほどのものか興味があるだけだ」
いや、おかしいって明らかに。こいつ、なんか妹に敵意持ってないか?
会って時間も経ってないのに、妹の何が気に入らないんだ?
いきなりの不穏な空気に、フィーノが居心地悪そうにしている。クレシェッドも、心配そうに妹を見ている。
ディクルは何とかエミリオをなだめようとしているが、エミリオの不機嫌は治らない。
「分かりました」
一斉に全員が声の主を見た。妹だ。
「その勝負受けます」
妹はしっかりとエミリオを見て言った。その答えに満足したらしく、エミリオは、
「外に出るぞ。ついて来い」
そう言うや、さっさと歩きだした。
仕方なく、アタシ達もついて行く。
「あいつ何なんだよ? いつもああなのか?」
「いや、あんなに酷くないよ、いつもは」
フィーノのいぶかしげな声に、アタシは釈然としないものを感じつつ答える。
本当に、どうしたんだエミリオ。別にそんなケンカっ早い奴じゃないのに。言動がケンカ売ってるとしか思えない時はあるが。
「止めたほうがよろしいのでは? エミリオさんですが、なんだかただならぬ様子ですよ?」
「いいよ、止めなくても。私、大丈夫だから」
クレシェッドの言葉に、妹は明るく答える。
妹なりに、何か思うところがあるのか? いきなり売られたケンカを買うなんて。
エミリオがメイドさんに模造刀を持ってくるように言っている。その横で、ディクルが懸命にエミリオを説得しようとしているが、効果はないようだ。
「何怒ってんの、エミリオ? 妹が何かした?」
エミリオにそう聞くが、エミリオは答えない。
「ねえ!」
「うるさいな。さっきも言っただろう。勇者と呼ばれる奴の実力が知りたいと」
「ウソだ。エミリオ、何か怒ってる。
何か気に入らない事があるんなら言ってよ。何も言ってくれなきゃ、どうしようもないじゃん」
「そうだぞエミリオ。何があったんだ?」
「うるさい! あいつもこの勝負を受けたんだ。何も問題ないだろう!」
「ないわけないじゃん!
アタシが連絡しなかったから? そのことで怒ってるの? ならアタシに向けなよ!」
アタシの言葉に、エミリオは睨むでもなくアタシを見て、
「別に、そのことはもういい」
「なら……」
「僕は勇者の実力が知りたいんだ」
それだけ言うと、さっさと行ってしまった。
どうしよう? と、ディクルに目を向けるも、ディクルも同じような目でこちらを見ている。
「何してるの、姉さん? 早く行こう」
「いや、リデアはいいの?」
アタシの問いに、妹は迷いもなく「うん」と頷いた。
「姉さんは、いい友達を持ったね」
いきなりに言葉に、アタシは頭の中がクエスチョンマークで埋まった。話に脈絡がなさすぎるぞ、妹よ。
「あの人は、姉さんのために怒ってるんだよ」
ますます訳がわからない。だが、アタシ以外の面々はなんとなくわかったのか、微妙な顔をした。
「何をしている? 早く来い!」
どういう事か聞こうとしたのだが、それよりもエミリオの声が先だった。それを合図に、妹は行ってしまった。
「なんなのさ」
「とにかく、行きましょう」
促され、納得いかない想いを持ちつつ、アタシは妹達の後を追った。
ついた場所は庭。昔、よくここでエミリオと特訓したもんだ。
エミリオは模造刀を妹に渡す。
「相手に攻撃を三回あてる。あるいは気絶させる。相手が降参しても勝ちだ」
その言葉に、妹は頷き、互いに一定の距離をとる。
「ディクル、頼む」
「分かった」
ディクルは頷き、二人を交互に見て、
「始め!」
合図をした途端、二人は同時に動いた。
「やあ!」
妹が右上から斬りかかるが、エミリオはそれを模造刀を軽く当ててそらした。力の方向をずらされた妹は、地面に倒れ込む。
エミリオは攻撃のチャンスだというのに、妹を見下ろし、「この程度か?」と挑発するような言葉を投げかける。
「まだまだです!」
妹は素早く立ち上がりつつ、斬りあげる。しかし、それもエミリオは数歩動いてあっさりかわし、
「この程度の太刀筋か!」
妹の腹に横薙ぎの一撃を入れた。
ちょ! 模造刀でもあれは痛いって! 実際、妹は苦しそうに左手で腹を押さえている。
そんな妹に追撃せず、エミリオは不機嫌さを隠しもせず睨みつける。
「その程度で勇者か? 笑わせるな!」
連続斬り。一撃一撃が鋭く、迅い。妹はかろうじて防いでいるが、苦しそうだ。
「これなら、あいつの方がもっと強い!」
突き。これもまともに入った。ちょうど胸のあたりだ。妹はせきこみ、倒れそうになるのを踏ん張る。
「自分の姉も守れず、何が勇者だ」
「ちょっとエミリオ! 何言ってんの!」
勝負の最中と言う事も忘れ、アタシはエミリオに走り寄ろうとして、ディクルに止められた。
「僕はあいつがどれだけ努力していたか知っている。理不尽な扱いを受けていた事も、知っている。
『出来そこないの勇者』。そう言われて、家からも追い出されて、それでもお前と言う存在のために努力していた」
ああ、そうか。アタシにもやっと分かった。
アタシと妹の、アリアハンでの扱い。ディクルやエミリオにオルテガの娘だってことは話してあるが、どんな扱いを受けてきたかは言わなかった。
だが、エミリオは知ったんだろう。アタシが、アリアハンでどう扱われていたか。
どういう経緯で知ったかは知らないが、知ってしまったエミリオはアタシの扱いに怒りを抱いたのだろう。そして、同じ立場にありながら、まったく違う扱いを受ける妹にも怒りを抱いたのだ。
でも、それは違うよエミリオ。
「エミリオ! 妹は何も悪くない! むしろ、アタシは妹を一人にして……!」
「こいつがなにも悪くないだと? そんなわけがあるか!」
「アタシらまだちっちゃい子供だったんだよ? 何ができるって言うのさ!」
「こいつは何かしようとしたのか?」
「なんだって?」
「何かしようとしたのか? 現状を変える努力をしたのか? 我が身可愛さに、黙って見ていたんじゃないのか!」
「エミリオ! 妹をそれ以上悪く言うなら……!」
「エミリオさんの言うことは、正しいです」
アタシに言葉をさえぎって、妹は言った。
「私は、あの環境を嘆くばかりで、何もしませんでした。自分の不幸を嘆いてばかりで」
「それはアタシだってそうだ!」
「違う! 何とかしようと、色々働きかけることはできたはずなんだよ。でも、私は、自分から動こうとしなかった」
違う、リデアは何にも悪くない。
だが、リデアはそれを認めない。
「アリアハンを去り際に、いかに自分が辛かったかを言い放ったらしいが、それだけ言って実力はこの程度か」
エミリオは模造刀で妹の腕を素早く斬り払った。
「消えろ。目障りだ」
エミリオは言い捨てるや、屋敷にさっさと入ってしまった。
アタシはディクルを振り払い、
「何で止めたのさ!」
「エミリオはエミリオなりに、お前の事考えたんだ。それは、分かってやれ」
「だからってリデアが理不尽に責められるの、黙って見とけっての?」
「もういいじゃねえか、終わったんだし」
フィーノの言葉は、アタシには受け入れられないものだ。
「よくないって!」
「いいんだよ、姉さん」
妹はにっこり笑って、
「エミリオさんの行動は、間違ってないよ」
アタシがいくら言っても、妹は聞き入れなかった。
屋敷を出てからも、アタシ達全員の顔は晴れなかった。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
あれ? 話が、思っても見ない方向に……。坊ちゃんが暴走しました……。
こ、この話、ちょっと怖いです……。
感想でライデインは単体にしか効果がないんじゃないかというコメントをいただきましたが、その通りでした。
このssでは効果範囲超広いって事にしといてください……。
色々すいません。