戦いが終わり、帰ってくると、アタシ達は歓声をもって迎えられた。
一般市民からイシス兵士、ポルトガ兵まで、いろんな人が興奮しきった様子で声を上げる。
もみくちゃにされそうになるが、理性の残っていた兵士さん達がガードしてくれたので、押しつぶされる心配はなくなった。
「お帰り! すごいじゃない! なんなのあれ?」
ルーティもまた、興奮した様子で聞いてくる。
そりゃ、アタシだって彼女の立場ならそうしただろう。だが、正直に答えたえたくない。
何故か。そりゃ、あれが勇者のみが扱える神聖魔法ライデインだと大勢に知られたら、妹にまた負担がかかるからである。
身内しかいないならアタシは遠慮なく話しただろうが、こんな大勢のいるところで堂々と話したら、モロバレである。
勇者というプレッシャー、そんなもの、妹には背負わせたくはない。今までそれで辛い思いしてきたんだから、これからはそういうものからできるだけ守りたいのだ。
だが、アタシのそんな想いなど蹴散らして、ペガサスが朗々と声を上げた。
「あれこそが神に選ばれし者のみに許された聖なる魔法、ライデインである」
一瞬、場が静まり返った。だが次の瞬間、今まで以上の、耳が痛い、割れんばかりの歓声が上がった。
「ちょっと! ペガサス!」
何勝手な事してくれてんだこの馬! そんなことされたら妹が追いつめられるじゃないか!
アタシはペガサスの口を止めようとするが、ペガサスはそんなアタシを無視して続ける。
「見たであろう! あれこそが至高の雷光! 神の加護を得た勇者の力!」
「ペガサス! やめてってば!」
アタシは力づくで止めようとペガサスに飛びかかろうとして、その瞬間、そこから動けなくなった。
な、なんだこれは! 指一本動かせない。声も出せない。
「おい? おい! どうしたアデル!」
アタシの様子がおかしいことにいづいたのか、ディクルがアタシの肩を掴んでゆすってくる。
「アデルさん! どうしたんですか? アデルさん!」
「おい! どうしたんだよ! さっきの戦いで大ケガしたのか?」
クレシェッドやフィーノも心配そうにしているが、アタシはそれに答えられない。
止めてよ! アタシはいいからペガサスを止めてよ!
アタシは必死に目で訴えるが、そんなんで分かるはずもなく、それに、みんながこんな状態のアタシを放っておくなんてするはずもない。
回復魔法をかけてくれたり、声をかけたり、ちょっと引っ張ったりしているが、どれも効果はない。
『マスター。申し訳ないが、今回は諦めるほかあるまい』
シグルド? あんた何か知ってんの? 何でよ? こんなのないよ。
『マスターの妹君を守りたい気持ちは私も分かっている。だが、天界はそうではないのだ』
シグルドの言葉に、アタシは理解した。
天魔戦争。魔王側の勝利条件が人間を闇に傾ける事なら、神々の勝利条件はその逆だ。
勇者。神の加護を与えられた者。天魔戦争において、人間達に希望をもたらし、神々への信仰を集める役割を担った者。
そう、天界の神々にとって、勇者たる妹は、勇者として人々から認知されなくてはならない。それが勇者の役割だからだ。
聖なる雷を操り、魔を滅する者。この世に希望をもたらす者。そうして人々から勇者としてあがめられ、その勇者に加護を与えている神々への信仰を集める。
だが、今まで妹は大々的に勇者として活躍していないのだ。アリアハンでは勇者として特別待遇だったが、まだ何かを成したわけではない。旅立ってから、人々の信仰を集めるような何かもしていない。
そこで今回の戦い。神々は、この状況を利用して、妹の勇者としての立場を固めるつもりなのだ。
神の僕たるペガサスを駆り、神の加護による魔法をもって、圧倒的に不利な状況から一気に勝利へと導く。まさに神々の加護を与えられし奇跡の勇者にふさわしい展開ではないか。神々はこれを狙っていたのだ。
そして、その狙い通り、妹は一気に人々にあがめられる存在になった。勇者として。神々の狙い通りに。
そして、アタシが妹を勇者としての責務から逃れさせようとするのを止めた。
今までアタシは、何かあったらいつでもエスケープしてやろうと思っていた。だからそう簡単にオーブが集まりそうにない事をラッキーだと思ったりした。
だが、天界の神々はそんなアタシの思惑などどうでもいいのだ。むしろ、こんな考えをアタシが持っていることは、神々にとって都合が悪い。
だから、アタシが動けないようにした。アタシの意思なんか無視して、勇者にその役割を果たさせるために。
逃げることは許さない。
はっきりと、神々はアタシにそう言ってきたのだ。アタシの自由を奪い、ペガサスに派手に勇者を宣伝させて。
シグルド、知ってたんだ。神々がいつか、こういう強硬手段を使ってくること。
シグルドを責めるのはお門違いだし、責める気もない。シグルドは、アタシの意思を尊重してくれていたし、したかったはずだ。
初めてシグルドと会った時の誓い。妹を守るために強くなる。
シグルドはアタシの想いを知っていた。そのために必死に努力してきたのをずっと見てきた。
だからこそ、シグルドは言いだせなかったんだ。神々が、見逃してくれるはずがないという事を。
シグルドは神々の決定に逆らえない。もしかしたら、神々がそういう事をするという事をも口止めされていたのかもしれない。
『すまなかったマスター。言い訳するつもりはない。私は、マスターの想いを踏みにじった。分かっていて、何も言わなかった』
謝らなくてもいいよシグルド。あんたは何も悪くないよ。少なくとも、アタシはそう思う。
ペガサスの言葉に、人々は狂喜する。
妹は、まだペガサスに乗ったままだ。ペガサスが、降ろさなかったから。
天馬に乗った勇者の姿に、人々は歓声を上げる。それを狙って、ペガサスは妹を降ろさなかったんだろう。
妹は、自分を称える人々に、笑顔で応えていた。だがその目をみると、無理しているのが分かる。
アリアハンにいた頃も、妹は勇者として人々から期待を一身に浴びていた。子供の頃からそうだった。それに応えるために頑張っている姿は、痛々しかった。
何で誰も気づかない? あんな子供が世界を背負わされて、その重圧につぶされそうになって、それでも懸命に応えようとしていた。その目には、いつも諦めがあって。
あんなの、子供のする目じゃない。
今の状況は、アリアハン以上だ。そして、このことはあっという間に世界に広まるだろう。
もはや妹に、勇者としての役割を果たす以外に選択肢はない。それ以外の選択肢を、ペガサスは潰したのだ。
いいだろう。神々がどうしようと、アタシのやることは変わらない。
妹を守る。そのために、アタシは努力してきた。
神々がそのつもりなら、アタシがどうしようと逃げる事などかなわない。妹は勇者としてしか生きられないんだろう。
妹一人に背負わせない。妹と同じ道をアタシは行く。
陛下はアタシを「英雄」と呼んだ。なら、アタシは英雄になってやろうじゃないか。
そこまで考えて、不意に、体に自由が戻った。
その場に膝をつく。みんなが、心配そうに声をかけてくる。
『マスター』
「大丈夫。アタシは大丈夫」
シグルドの柄を軽くなでて、アタシは立ち上がった。
シグルドは何も言わなかった。アタシの言葉を分かってくれたんだろう。
アタシは大丈夫だ。シグルド、何も心配しないでよ。
「大丈夫かよ? 寝た方がいいんじゃねえのか?」
「大丈夫! 平気平気」
「平気なわけないでしょう! いいから、寝てください!」
クレシェッドの言葉が終わると同時に、アタシは背負われた。
「そうそう。大人しく寝とけって。疲れただろ?」
ディクルだ。ガタイがいいし力持ちだから、アタシくらい軽いだろう。
ふうむ。こうやって背負われるのも久しぶりだな。ディトスさんもよく背負ってくれたが、ディクルも背負うのが好きだった。エミリオにもやって、よく怒鳴られてたっけ。
「妹が……」
アタシとしては、妹が気がかりなのだが。妹を放っておいて、自分だけ寝るというのも。
だが、アタシのそんな考えはお見通しだったらしく、
「リデアさんは僕達に任せてください。アデルさん、あなたはご自身を大事になさるべきです」
「お前はリデアの事になると我を忘れすぎだっての。いいから、たまには妹の事抜きで甘えとけよ」
などと言ってくる。
フィーノよ、お子様なあんたにそんなこと言われるのはなんとなく複雑なんですけどね。
「しばらくどうしようもないわ、あれは。頃合いを見てアタシ達が何とかするから、あんたは寝てなさい!」
ルーティにまで言われてしまった。マリーさんもルーティの言葉に賛成らしく、うんうん頷いてるし。
「んじゃ、お言葉に甘えますかね」
「そうそう、うんと甘えて来い! 俺は大歓迎だぞ」
ディクルがそう言いながら歩き出す。後ろから、「ちゃんと寝るのよー」やら、「ディクルさん、お願いしますよ」だの、「世話の焼ける奴だぜ」とまで聞こえてくる。
おのれフィーノ、今度絶対、ハンバーグに唐辛子大量投入してやる。
「懐かしいなー。昔はよくこうやったな」
「アタシは嫌がってたのに、あんたが無理やりね」
「何でそんなにイヤがるんだよ? 親父には大人しく背負われてるのに」
「あんたとディトスさんじゃ全然違うっつうの!」
「そりゃそうだろうけどなー。俺は悲しいぞ?」
「楽しげな口調で「悲しい」って言われてもね」
そんな会話をしていたら、なんだか眠くなってきた。揺れが何だか妙に眠気を誘うのである。
ディクルが何やら話しているが、それもだんだん耳に入らなくなってくる。
アタシ、思ってる以上に疲れてたのかも。
いいや、寝ちゃえ。
何やらシグルドが、
『マスター! 今の状況で寝るのはかなりマズイ……!』
とか言ってたが、眠気には勝てなかった。
これから大変だけど、ガンバロー。