数々の空を飛べるモンスター。それに乗ったディザイアン達。彼らは、まさか敵が空を飛んでくるとは思っていなかったらしく、不意を突く事が出来た。
初撃で広範囲上級呪文をフィーノと共に叩きつける。
だが、それでこちらに気付いた敵は、素早く陣形を組み、こちらを取り囲もうとした。
不意打ちに混乱しないのは敵ながらあっぱれだが、敵の思うように動いてやる必要はない。
アタシ達は一か所に固まらず、常に動きまわって敵を翻弄する。
氷の槍が、炎の嵐が、風の刃がアタシ達に襲いかかる。ディザイアンの術だけでなく、彼らが乗っているモンスターも魔法を使える奴がいるし、炎の息を吐いたりしてくる奴もいる。それらをかわし、防ぎ、こちらも縦横無尽飛び回りながら術を放つ。
妹は魔法を使わず、槍でモンスターの横を通り抜けざま、斬り払う。
「おのれ、劣悪種が!」
呪詛にまみれた声でそいつは吐き捨てるやサンダーブレードを放ってくる。
ペガサスは瞬時に術の効果範囲から出て、術を放った奴に突進する。そして妹が槍でひと突き。
一瞬目があったが、その目は憎しみに彩られていた。
そんなことに構わず、さらに後ろから襲いかかってくるディザイアン。ガルーダに乗り、槍を構えて一気に迫ってくる。
「ウォールウィンド!」
そこに、フィーノが風の術で旋風を巻き起こし、ガルーダは羽根を切り刻まれ、墜落する。
「貴様! ハーフエルフでありながら、何故我らに牙をむく!」
同じハーフエルフのフィーノが敵対しているのが気に食わないのか、ディザイアンは叫ぶ。同時に、エアスラストを放ち、フィーノを切り刻もうとするも、
「ストーム!」
フィーノの放った術に相殺される。
「それほどの力を持っていながら、何故劣悪種などのために戦う!」
ディザイアンの問いと共に、攻防も続く。アタシは術を放ち、向かってくる敵を妹が迎え撃つ。
敵もまた武器を構えて突撃してくるし、術を次々に放ってくる。
「劣悪種どもが、我ら誇り高きハーフエルフをどう扱っていることか! 貴様も身をもって知っているはずだ! あのような奴らのために、戦う価値などあるものか!」
フィーノは答えない。いや、術をもって答えとした、と言うべきか。
「レイ!」
無数の光が降り注ぎ、何匹ものモンスター、何人ものディザイアンを討ち落としていく。
しかし、フィーノに話しかけていたディザイアンは、巧みにモンスターを操りこれを回避した。
「何故、そうまでして……!」
「勘違いすんなよ。オレは、オレのために戦ってんだ。誰のためでもねえ!」
フィーノはディザイアンの言葉を鼻で笑い、
「ハーフエルフとか、人間とか、エルフとか! 知った事かよ! 少なくとも、俺を信じてくれる奴はいるし、俺もそいつを信じてる!」
言いながら、フィーノは術で敵をうち落としていく。そこに迷いはない。
「オレはオレを信じる! オレが信じ、オレを信じてくれる奴がいる、オレ自身を!」
「フィーノ君」
妹が、フィーノをじっと見る。アタシも、フィーノを見た。無論、術を休みなく放ち続けている。
ちょっと前までのフィーノとは、違う。爺ちゃんの話を聞いて泣きわめいていた時とは全く違う。
自分がハーフエルフであることに、フィーノは負い目があったみたいだった。だが、今のフィーノにはそんなもの感じられない。
フィーノを信じてくれる人、信じている人、それはアタシ達だろう。そして、陛下や同じ隊に所属する人たち。
人間で一番初めにフィーノを認めたのは、親を除けば他ならぬ陛下だ。ハーフエルフだからと差別せずに自分直属の部隊とし、アタシ達の旅に同行させている。
フィーノは陛下を信頼しているようだった。そして陛下もまた、フィーノを信頼している。
そしてダーマでの体験。爺ちゃんの話や、アカデメイアで接してくれた人たち。
色んなものが、フィーノの中で消化されたのだろう。だから、迷いがない。
ほんの短い間で、ずいぶんと成長したな、フィーノ。いや、フィーノだけでなく、みんながそれぞれ成長している。
迷いなく戦えている妹、自分の弱さを知りながらも乗り越えようとしているクレシェッド、しばらく見ない間にますます腕を上げていたディクル。
アタシも、成長できているんだろうか。
「プリズムフラッシャ!」
人一人ほどもある光り輝く剣が降り注ぐ。ディザイアンやモンスターは、なすすべもなく墜落していく。
成長できているんだろうか、ではなく、していなければいけないし、これからもしなければならない。戦いはこれからも続く。
アタシは、立ち止ってなんかいられない。みんな進もうとしているし、進んでいる。なら、アタシだって突き進むのみ!
「おのれ、裏切り者があ!」
「勝手にほえてろ! 悠久の時を廻る優しき風よ、我が前に集いて裂刃と成せ!」
「威き焔よ、汝に触れしもの、全てを滅さん!」
フィーノとディザイアンが、ともに上級天術の詠唱に入る。そして、同時に放った。
「サイクロン!」
「エクスプロード!」
だがいの術がぶつかる寸前、アタシはペガサスに頼み、フィーノのもとへ行く。
風と炎の術が衝突し、荒れ狂う。辺り一面が炎に包まれ、熱風が吹き荒れる。互いの術が干渉しあってしまったようだ。
これでは、相手の術者も生きてはいまい。
ふう、フィーノの所に急いでい行って、防御術バリアーとマナの防御膜を張っていなかったら、危なかった。これではさすがのフィーノもお陀仏だっただろう。
ようやく術の嵐が収まると、ディザイアンの数は一気に減っていた。今の術のぶつかり合いで、かなりの数がやられたようだ。
「悪いな」
「いえいえ」
フィーノと軽く言葉を交わす。つまり、それくらいの余裕ができたのだ。
「ほう? なかなかやりますね」
そんな時、聞き覚えのある声がした。
アタシ達よりも高い位置から見下ろす影。見下し切った口調に、視線。
「お前、大臣じゃねえか!」
そう、そいつは、姿を消していた大臣だった。
なるほど、国の内側からイシスを崩壊させようとしていたのだろう。だが、そこに勇者が現れた。だから、こうして一気に攻めに転じたのだ。
「ふうん? つまり、前女王のクレオパトラを殺したのはあんたか」
アタシの言葉に、妹が驚きの声を出す。フィーノは驚いてはいないようだ、大臣を睨みつけている。
「そう、人間に疑惑を植え付けるために、毒蛇をわざわざ使ったのですがね」
「結局は魔王軍の仕業になっちゃったと。ちょっと凝りすぎたんじゃないの?」
天魔戦争は、いかに人間を闇側に傾けるか。そのために、イシス内での混乱を狙ったのだろうが、それは失敗に終わった。
アタシの言葉に、大臣、いやロディルはのどを鳴らして嗤った。
「さすが劣悪種。とんだ低能ですね」
「あんたが単にやり方失敗しちゃっただけでしょうが。策士策に溺れるってね」
アタシの言葉に、ロディルは怒るでもなく、ただ嗤っている。
あ、思い出した。ロディルって、シンフォニアのディザイアン五聖刃の一人じゃん。たしか、五聖刃一の知恵者、とか言ってたな。
どうりで聞き覚えがあったわけだ。
ま、どうでもいいことか。敵は敵だ。
「残りの兵はあとわずか。どう? 降参する?」
アタシの言葉に、ロディルは高らかに嗤った。明らかにこちらをバカにしている。
「へん。よほど自信があるってか?」
フィーノの言葉に、ロディルは「違いますよ」とはっきり言った。
「自信があるのではありません。確信しているのですよ!」
言うや否や、ロディルの後方から巨大な魔力が発せられた。
『これは、空間転移!』
シグルドの言葉と共に、新たなモンスターやディザイアンが現れた。
さらに、禍々しい魔力を発する巨大なモンスター。ドラゴンっぽい外見だが、明らかにドラゴンではない。
「なにこれ! こんなの、見たことも聞いた事もない!」
妹が悲鳴のような声を上げる。その妹の様子が気に入ったのか、ロディルは嗤う。
「様々なモンスターを合成して作ったキマイラですよ! 今までの雑魚とはわけが違います」
確かに、今まで戦ったどのモンスターよりも強そうだ。バルバトスよりは弱いみたいだが、それでもかなり強い!
「さあ、これでお終いですよ!」
ロディルの言葉を合図に、一斉攻撃が始まった。ディザイアン達が術を放ち、モンスターも攻撃してくる。
さらに、巨大なモンスターも強烈な火を吹いてきた。
先程は不意打ちでこちらの有利に事が運べたが、今度はそうもいかない。
とっさにバリアーを唱え、マナの防御膜も張ったが、このままではもたない!
ディザイアンもモンスターも先程より多く、さらにあの巨大なモンスター。あの巨大モンスター、火を噴きながら魔法まで使ってるし! しかも使ってる魔法がベギラゴンって!
「クソ! このままじゃまずいぜ!」
「何とか体勢を立て直さないと!」
焦るアタシとフィーノ。だが、ペガサスが落ち着いた声で話し始めた。
「何を焦る事がある。リデアよ、お前には神の加護がある。このような者ども、一瞬で消し去ってしまえる力があるはずだ」
ペガサスの言葉に、妹は「え?」と声を漏らす。
「自らの内にある力を目覚めさせよ。お前には力がある」
「そんな……。私に、そんな力なんて……」
「ならこのままやられるのを待つか? どうして自分を信じない? お前には力があるのだ。この窮地を脱する力が」
ペガサスにそう言われても、妹は「でも」と言葉を濁す。
「できるって、リデアなら」
「姉さん?」
「やるって決めたんでしょ? なら、やってみようよ。どの道このままじゃ、みんなお陀仏だし」
「そうだな、オレはお前にかけるぜ!」
アタシとフィーノの言葉に、妹は一気に表情が引き締まった。
「ペガサスさん、どうすればいいですか?」
「心を静めよ。自らの内にある力を見つめよ。お前の力は、きっと答える」
妹は身動き一つとらず、集中しているようだった。アタシにできることは、妹が力を引き出すまで、耐えること。
魔力を込める。バリアーの壁を強化し、マナをさらに濃くする。
どれほどの時間が過ぎただろう。実際は数分もたっていないだろうが、まるで何時間もそうしていたように感じる。
やがて、妹が右手を天高く掲げた。その手から、バチバチと音を立てて電光が輝く。
まさかこれは、伝説の魔法?
「そうだ! 放て!」
ペガサスが言い放つと同時に、妹の右手がスパークした!
「ライデイン!」
妹の右手から放たれた強烈な雷光は、アタシ達を責め続けていた術をあっさりのみ込み、モンスターやディザイアンを蹂躙する。
何という威力と効果範囲! 爺ちゃんですらこれほどの威力ある魔法を、これほど広範囲に及ぼすことはできないだろう。
これが伝説の神聖魔法ライディーン。なるほど、魔王が恐れるわけである。
雷光が収まると、あの巨大なモンスターも、ディザイアン達も、みんないなくなっていた。
残るはあの巨大モンスターの影にいたために難を逃れたらしいロディルのみ!
「バカな! あれを、いとも簡単に……!」
うろたえるロディルに、アタシ達は一気に接近する。
「あの世で後悔しな! フィアフルフレア!」
フィーノの放った炎の術に、ロディルはよける間もなく飲み込まれる。悲鳴は術の音にかき消され聞こえない。
それでも、かろうじてマナの壁を作ったのか生きている。だが、
「これで……」
槍を構え、妹は一気に突き出した。
「終わりです!」
槍は寸分たがわずロディルの心臓を突き刺した。
さらに、ロディルが乗っていたモンスターをアタシが術で始末する。
墜落していくロディル。妹は、しばらく無言でそれを見ていた。やがて、
「帰ろう」
そう言って、ペガサスにイシスの城に戻るようにお願いした。
風を切って帰る中、アタシはのどに骨が引っかかったような、もやもやした気分だった。
フィーノに裏切り者と言っていたディザイアンの言葉。あれが、魔王軍に与しているハーフエルフたちの本音なのだ。
今まで虐げられてきたハーフエルフたちが、反旗を翻した。魔王軍と手を組み、自らの憎しみを糧に。
今、ハーフエルフを容認する社会ができつつある。陛下は自分の直属の配下にハーフエルフを置き、ダーマでもアカデメイアを中心にハーフエルフと共に歩もうとしている。だが、長い間差別されてきた彼らにとって、それは慰めにもならないのかもしれない。
ハーフエルフである。ただそれだけで、理不尽な目に遭ってきた彼らは、人間とエルフを憎悪する。
ディザイアン達が人間に刃を向ければ、現在人間と共に暮らしているハーフエルフもまた、差別されてしまうかもしれない。
天魔戦争では人間が闇側に傾く事が魔王軍の勝利条件。人間に恨みを持つハーフエルフを自らの軍に組み込むことで、新たにハーフエルフと人間との摩擦を生みだし、人間の負の感情を増幅させることが狙いか。
ハーフエルフが天魔戦争において、どのような役割にあるのか、それは分かっていない。だがもし、ハーフエルフも人間と同じように、天魔戦争の鍵になっていたとしたら? アルド・チッコリーニの書いた本には人間の事しか書かれていなかったが、ハーフエルフもこの人間界がどちらに傾くかを決める存在であるのなら?
ハーフエルフを憎しみに走らせること。人間と憎しみ合わせること。これは、魔王軍にとって、非常に都合のよいことなのではないだろうか。
魔王との戦いは、前途多難である。今現在、向こうの方が有利っぽいし。
妹が神聖魔法ライディーンに目覚めたのは良かったかもしれないが、これでますます勇者としての存在が浮き上がってくるし。
これからを思うと、なんだかどっと疲れが出てきてしまった。とりあえず、帰ったら休もう。