イシス、ポルトガ連合軍と、モンスター軍団との決戦がついに始まった。
まずモンスター軍団の正面に連合軍の半数を配置、そして東西から挟み撃ちする形で軍を配置。さらに時間差でモンスター軍団の後方へも軍を配置する。
モンスター軍団の後方には後続の群れはいないことは確認済み。四方向からのアタックによって一気に叩く作戦である。特に凝った戦略はない。
アタシ達も、イシス、ポルトガ連合軍に参加している。ディトスさんからは、
「アデルちゃんやその妹さん、そしてその仲間のみなさんを危ない目に合わせるわけにはいかない」
と言われたのだが、黙って守られているなど性に合わないとお願いした。
もともと、イシスからは戦力として数えられていたのだし、最初から全員戦う気満々だったのだ。
妹など、
「私が戦わないわけにはいきません」
と、ディトスさんを睨むように見つめながら、きっぱり言い切った。
その声に込められた意思の強さが感じ取れ、正直「立派になって」と心の中で感無量だった。
フィーノはバルバトスとの戦いでのうっぷん晴らしをしたいらしく、まだ早いってのに魔力が高まっている。クレシェッドは静かにモンスター軍団がいるであろう方角を見つめていた。
ディクルは、アタシ達と行動を共にすることになった。ディトスさんからしっかりと命令を下されている。
「アデルちゃんに何かあったら、分かってるな?」
ディクルの肩を握り潰さんばかりの力を込めて、ディトスさんはドスの聞いた声で言い放った。
正直、めちゃくちゃ怖かった。妹はオロオロしていたし、フィーノは引いていた。クレシェッドはため息なんぞついていた。
ルーティは腹を抱えて笑っていたが。マリーさんは気にしていないのか、笑顔だったし。
ちなみに言われた本人は、顔を引きつかせて、「……了解」と何とか言っていた。怖かったんだろうな、殺気まで出してたし、ディトスさん。
だがいざ決戦という時、ちょっとしたトラブルが起こった。
大臣がいなくなったのだ。
つねに女王のそばに控え、指示を出していたというのに、いつの間にか影も形もありゃしない。
眼光鋭い、眼鏡をかけたオヤジだった。体型はほっそりしていて、その立ち姿からは自信があふれていた。
ただ、あいつの人を見る目は、明らかに見下していた。相手がだれであろうとも、ポルトガの将軍であろうと、自国の女王であろうともだ。あれは正直気になった。アタシ達に対しても、明らかに嘲りの視線を向けてきたし。
名は確か、ロディル。
実はこの名前、なんか引っかかってるんだよね。どっかで聞いたような。しかも、かなり重要な気がするんだけど。
思い出せない以上、意識を他に飛ばしているわけにもいかないので、今は保留としておく。
アタシ達はモンスターの後方を叩く所に配属された。ルーラで移動し、そこからはもう一気に攻める。
後方にモンスター軍団の親玉らしきモンスターがいることが分かっており、かなり重要だ。親玉さえ叩けば、後は烏合の衆。
おっしゃ、親玉の首取るつもりで行くぞ。
もうすでに戦闘は開始されている。あともう少しで、アタシ達も移動だ。
「おっしゃ! やってやるぜ!」
フィーノが気合を込めて手を叩いた。全身をマナが覆っている。しかもかなり濃厚だ。今までになく張り切ってるな、こいつ。
妹が、フィーノの言葉に触発されたのか、槍を持つ手に力を込めた。
「よし、時間だ」
ディクルの言葉と同時に、アタシ達の部隊の出発が伝えられた。
そして、ルーラによって一気に戦場へと運ばれる。
着地した瞬間、アタシは地をけり、こちらに背を向けているモンスターに斬りかかった。
モンスターの悲鳴が上がる。同じように、他の兵士たちもモンスターに攻撃していた。あちこちで悲鳴と血しぶきがあがる。
それで自分達の後方に敵が現れた事が分かったのか、モンスターどもは慌ててこちらに向き直った。
だが遅い! そうしている間に、アタシは何体ものモンスターを屠っていく。アタシだけじゃない、妹も槍と魔法でモンスターを一掃していってるし、フィーノもほうきに乗って飛びまわりながら術でモンスターを一気に殲滅していく。
クレシェッドは妹と一緒だ。補助魔法をかけつつ、妹に守ってもらいながら、妹が傷ついた際は素早く回復するのが役割である。
「腕上げたな!」
いつの間に横に来たのか、ディクルがモンスターを斬り捨てながら嬉しそうに話しかけてきた。あの巨剣が振られるたびに、何体ものモンスターが屠られていく。かなり圧巻。
「そっちこそ!」
負けてられるか! 目の前にいるモンスターの首を一振りで斬り落とし、成人二、三人ほどの大きさのある氷の槍を放つ術、フリーズランサーを放って直線上にいるモンスターをまとめてかたずける。
必然的に、互いの背中を預ける形になった。
こいつと、こんな風に一緒に戦う時が来るなんて、思ってもみなかった。
何度も手合わせはした。互いの剣筋、体運び、呼吸、考えなくてもすぐ分かる。
その成果が、こんな形で現れるとは。アタシ達二人、互いに互いの死角をカバーし合い、隙がない状態だ。
いいねえ、こういうのも。ここにエミリオがいたら最高だっただろう。まさに最強だ。敵なんかいない!
「お前とこうやって背中預けて戦う時が来るなんてな! 嬉しいよ!」
「アタシも! つーかアタシら息ぴったりだよね。まさに最強コンビ!」
「エミリオも入れればもっと最強だ!」
「最強トリオ! いいねえ!」
話しながらも、着実にモンスターの数は減っていっている。さすが、最強の軍隊の名は伊達じゃない。
こちら側が勢いづいていて、モンスターはそれに押される形になっている。こりゃ、思ったよりも早く終わるかも。
そうやって戦い続けてどれくらい時間が経っただろう。疲労は感じない。頭の中がスカッとして、剣も術もキレは抜群だ。
ディクルも疲れた様子はない。剣に乱れは一切なく、その太刀筋は凄まじい。
アタシ達の連携は一度も崩れていない。四方八方からモンスターが襲いかかってくるが、あっという間にケリはつく。
遠くでルーティが魔法を使っているのが見えた。マリーさんも大暴れしているようだ。
妹達の様子はこちらからは見る事が出来ないが、まあ大丈夫だろう。心配するほど、みんな弱くない。
ポルトガ軍の兵士たちは、最強の軍隊の名にふさわしく、怒涛の勢いでモンスターを斬り捨てていく。イシスの兵とは比べ物にならない。
モンスター達の数も減り、もう一息という時だった。
アタシは魔法の攻撃を感じ取り、マナを介して相手の魔法式を書き換え、魔法をかき消す。
放たれた魔法はメラミ。狙われていたのはディクルだ。攻撃が向かってくる前に魔法を無効化したので、狙われた本人は気付いていないだろうけど。
同時に、耳が痛いほどの咆哮が響く。
「お? いよいよ、敵の大将さんのお出ましだぞ」
そう言うや否や、ディクルは駆けだした。声のした方に向かって。
無論、アタシも走る。
襲いかかってくるモンスターは斬り捨て、勢いは殺さず走る。
低く、鈍い振動がする。巨大な者が歩いているような、いや、実際に、巨大な者が歩いている振動だった。
動く石像。人一人、ゆうに踏みつぶせる石の巨人だ。
更に、その肩に魔力を纏ったモンスターが立っていた。
エビルマージ。魔法使いタイプのモンスターだ。先程のメラミはこいつが放ったものだろう。
なるほど。物理攻撃に長けた動く石像と、魔法に長けたエビルマージのコンビをモンスター軍団の大将としたか。エビルマージに攻撃しようにも、動く石像が邪魔をする。なら動く石像を先に何とかしようとしても、それをエビルマージが妨害する。
そもそも、エビルマージのいるところが動く石像の肩である。建物なら三、四階位の高さである。攻撃が届かない。魔法を使っても、エビルマージは魔法に長けたモンスターである。生半可な魔法攻撃は効かないのだ。
「うっひゃあ! こいつはまた、えれえ奴が来たもんだな!」
先程の雄たけびを聞いてか、フィーノが興奮した様子でやってきた。
「フィーノ! モンスターの魔法使いと、真っ向勝負してみない?」
にやりと笑いながら言うと、フィーノは挑発的な笑みを浮かべ、
「面白いじゃねえか。どっちが上か試してやるぜ!」
たとえエビルマージが普通では届かないところにいようと、フィーノには関係ないのである。だって、あいつ飛んでるし。
エビルマージに術は効きにくいのは確かだが、それを上回る魔力の術はさすがに防げまい。フィーノの魔力が、あんなモンスターの魔力に劣るはずがないのだ。先程のメラミで、あいつの魔法使いとしての力量は分かっている。
フィーノはエビルマージと同じ高さまで飛ぶと、術を放った。動く石像の攻撃範囲からは離れているので、あの巨人がフィーノの邪魔をすることはない。エビルマージも応戦を始めたようだ。
さて、んじゃこっちは、動く石像を何とかしますか。
エビルマージはフィーノが引き受けてくれている。なら、邪魔される心配なく攻撃できる!
「グレイブ!」
足元の大地が巨大な槍と化して襲いかかる術を放ち、動く石像の片足を攻撃する。石でできた動く石像にダメージは与えられなかったが、そもそもダメージを与えることが目的ではない。
片足を大地の槍によって不自然にあげられてバランスを崩した動く石像は、轟音を立てて倒れ込んだ。
体が浮くほどの振動。だが、それを意に介さず転んだ動く石像に突撃したのはディクル!
狙いは、目。転んで一瞬身動きが取れなくなったところを狙い、ディクルの剣が動く石像の巨大な目に突き刺さる。
またもや耳の痛い大声をあげ、動く石像はディクルを捕まえようとする。だが、させん。
「バイトオブアース!」
ディクルを捕まえようとした右腕を雷撃が襲い、さらに地面が盛り上がり、噛み砕かんばかりに押しつぶす。
動く石像に効くとは思わんが、ディクルが逃げる隙を作る程度なら簡単にできる。
ディクルは素早くその場から離れ、アタシの横に立つ。
ふと眼を他にやると、動く石像が倒れた際に投げ出されたらしく、エビルマージが地に倒れていた。そこにフィーノが容赦なく術を浴びせる。エビルマージは何とか逃げ、反撃しようとしているようだが、フィーノには敵わないらしい。
よしよし、あの調子なら、あっという間だろう。モンスター軍団の頭はエビルマージだろうから、それさえ潰せばほぼ勝利だ。
こちらはこちらでやるべき事をする。
起き上がろうとしている動く石像に、強力な重力場を発生させる術、エアプレッシャーを放ち抑えつけ、起き上がらないようにする。ついでに追加でシリングフォールを発動、人一人潰せるほどの大きさの鉱石を落下させる。さすがに効いたらしく、動く石像にひびが入っている。
そこですかさずディクルが再び突撃、もう片方の目も潰した。
よし! これであいつはもう何も見えない。
「古より伝わりし、浄化の炎よ!」
放つのは、炎の上級天術!
「エンシェントノヴァ!」
上空で発生した灼熱の炎が一気に叩きつけられる!
「おいおい、石に火なんて聞かないだろ?」
そうでもない。目を潰され、体にひびの入っていた動く石像は、灼熱にもだえている。
しかし、アタシの狙いはこっから先!
「氷結は終焉、せめて刹那にて砕けよ!」
いくぞ! 氷系上級術!
「インブレイスエンド!」
本来は、あの動く石像並みの巨大な氷塊を叩きつける術だが、ちょっとアレンジし、動く石像を氷漬けにする。
灼熱によって熱せられていた物が、今度は一気に冷やされる。この温度変化、耐えられるか?
氷が割れるのと同時に、動く石像も粉々に砕けていく。
助けを求めるように、動く石像はエビルマージのいるであろう方角に手を伸ばすが、その手も崩れていく。
そしてその手の先、動く石像が助けを請うたらしきエビルマージは、フィーノの術で完全にとどめを刺されていた。
断末魔の叫びをあげる動く石像。その声に、モンスター達は今まで自分達が向かっていたのとは反対の方角に向かって逃げ出した。襲いかかってくる奴はおらず、皆我先に逃げていく。
終わった。これ以上、ここにいても仕方がないので、さっさと帰ることにする。
帰る時のために、全員にキメラの翼が渡されていたのである。これを使えば、イシスの城まで一瞬だ。
その時、頭にポンと手が置かれた。誰の手かは言うまでもない。
「お前、しばらく見ない間に、めちゃくちゃ腕上げてたんだな」
わしゃわしゃと頭をなでながら、嬉しそうにディクルは言う。
「あんたこそ。見ない間に、剣の冴えが増してたね」
アタシ達がこんなことを言っている間にも、キメラの翼を使って兵士達が帰っていく。
「おーい。帰るぜー」
「姉さーん! 早く帰ろうよ!」
フィーノが若干疲れた様子で言い、妹がアタシの腕を引っ張る。あまりに引っ張るものだから、ディクルの手から離れてしまった。
「お疲れ様です」
「あんたもお疲れ様、クレシェッド」
クレシェッドの息は荒い。だが、特に怪我をしているわけでもないようだ。
「ルーティとマリーは先に帰っちまったぜ」
フィーノはそう言うや、無言で早く帰ろうと催促してきた。
「うん、帰ろうか」
何故か妹がディクルを睨みつけているのだが、妹はディクルが嫌いなのだろうか? ディクルは困った顔して笑うだけだし、フィーノはどうでもいいらしく知らん顔。クレシェッドはと言うと、
「仲がいいですね。いいことです」
誰と誰が、とは言わず、何やら思わせぶりな事を言う。と言うか、こいつ何か楽しんでないか?
ともあれ、一区切りだ。帰ってお風呂に入って、ふかふかのベッドで寝るんだーい。
とは言え、これで終わり、とはなんだか思えない。さらに何か仕掛けてきそうな気がする。気を抜かない方がいいな。
イシスの城に帰ると、戦勝ムード一色だった。街の方もにぎやかだ。勝利を祝い、人々が騒いでいるのだろう。
城でも戦勝祝賀パーティが早くも準備し始められているとのこと。
ま、とりあえず今は休んでおきますか。どうせそんなに経たないうちに、アタシ達はまた戦いに身を投じるんだから。
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このペースでは、バラモス戦までいくのに何年かかるんでしょうか?