バルバトス・ゲーティア。アリアハンで一度戦っているが、その強さは並ではなかった。天武の才を秘めた妹があっさり倒され、アタシも一応倒されはしなかったものの、あいつは本気なんか微塵も出していなかった。
夜に戦っているシグルド並みか、それ以上の実力者。それがバルバトス・ゲーティアだ。
ルーティとマリーさんに、女王を守ってくれるように目で合図する。こいつを相手にしている時に、他のモンスターなどが現れたら対処できないのだ。
二人は神妙な顔でうなずくと、それぞれ武器を手に女王を守るように立った。
アタシと妹が同時に仕掛ける。アリアハンであいつの強さはイヤと言うほど分かっているから、アタシ達二人は今までになく神経を研ぎ澄ませていた。
左右同時方向からのアタック。一瞬のアイコンタクトでアタシ達はそれを確認し合い、息を合わせた。
だてにダーマで修行してたわけじゃない。お互いの攻撃の間などは、よく分かっている。
だが、バルバトスはつまらなそうに鼻を鳴らすと、ハルヴァードの一振りでアタシ達を吹っ飛ばした。とっさに刀でガードしたものの、あまりの威力に手がしびれた。それに、ロクに受け身も取れなかったので、もろに地面に体を打ち付けてしまい、一瞬息がつまる。
妹も同じだったようで、槍を杖代わりに起き上がろうとしているが、なかなか上手くいかないようだ。
「ファイアストーム!」
そんなアタシ達を見て、余裕なのか何もしてこなかったバルバトスに対し、フィーノが術を放つ。バルバトスを中心に炎が渦を巻き、飲み込む。
「ベホイミ!」
そんな時、クレシェッドが回復魔法をかけてくれた。ありがたい、おかげで吹っ飛ばされたダメージは消えた。礼を言う暇もはばかられるので、簡単に手を挙げて礼の代わりとしておく。
そしてまた、刀を構える。妹もベホイミをかけてもらったらしく、再び槍を構えた。
その直後。
「ぬるいわ!」
渦巻く炎の中から、無傷でバルバトスが飛び出してきた。ダメージを負った様子はない。
向かう先は、フィーノ!
「させるかあ!」
進行方向に回り込み、真正面から斬りかかる。
バルバトスは凶悪な笑みを浮かべると、ハルヴァードを横薙ぎに振るった。またもや吹っ飛ばされそうになるが、ここはこらえる!
そして、バルバトスはアタシに再び攻撃しようとして、
「俺の背後に立つんじゃねえ!」
アタシが耐えていた間に後ろに回り込んだ妹に、強烈な蹴りを喰らわした。
援護しようにも、蹴りを放ちながらハルヴァードの一撃が襲いかかって来たので、後ろに飛んでやり過ごすしかなかった。
苦痛に呻く妹に、バルバトスは追い打ちをかけるでもなく、
「つまらん」
とだけ言うや、妹をアタシ達の所に蹴り飛ばしてきた。
急いでクレシェッドが妹にベホイミをかける。
「少しは腕を上げたようだが、その程度か」
殺す価値もないと、その目が言っている。今すぐ殺すつもりがない事を喜ぶべきか、侮辱されていることに怒るべきか。いや、アタシ達がこいつより弱いことは確かなのだから、怒りを覚えるのもお門違いだろう。悔しいが。
「いい気になんじゃねえぞ!」
フィーノはバルバトスの言葉が我慢ならなかったのか、今までになく魔力を高める。
「焔の御志よ、災いを灰塵と化せ!」
これは、火炎系の上級天術か!
「全員伏せろお!」
アタシが叫ぶのと、
「エクスプロード!」
フィーノが術を放つのは同時だった。
灼熱の火炎球がバルバトスを襲い、荒れ狂う。熱い。目の前で業火が燃え盛っているような熱。直接食らったわけでもないのに、火傷しそうだ。吹き荒れる熱風で、部屋の中はめちゃくちゃだろう。
フィーノだって馬鹿じゃない。何の考えもなく、上級天術なんか使わない。あくまでも、狙いはバルバトスだ。アタシ達が感じているのは、制御しきれなかった余波にすぎない。術の力は、できうる限りのほとんどをバルバトスに集中させただろう。
あれほどの術を喰らえば、普通は細胞一つ残らずこの世から焼滅する。しかし、アタシはあれで終わりだとは思えなかった。
「気を抜くな! 効いてない!」
アタシの言葉に、フィーノが驚いた顔でこちらを凝視してきた。そりゃそうだろう。あれだけの術をぶつけたのだから、死んでると思う方が普通だ。
妹は一度バルバトスとやり合い、その力を身をもって知っているからか、驚いた様子もない。
「で、ですが、あれほどの……」
クレシェッドは、「あれほどの術を喰らってい生きていられるはずがない」と言いたかったんだろう。しかし、その言葉は続かなかった。
渦巻く炎が収まると、そこには悠然と立つバルバトス。さすがにある程度は効いたのか、体のあちこちが火傷でただれている。しかし、そんなものはあいつにとって何でもないのだろう。立つ姿は、ちっとも弱っていなかった。
「なかなか面白い真似をしてくれるな、小僧」
嗤う。活きのいい獲物をみつけたという笑み。
「う、う……あ」
フィーノはバルバトスから向けられる殺気に恐怖を感じたのか、今までになく怯えている。
レベルが違いすぎる。フィーノとてロマリアの精鋭、今までに何度も死線はくぐりぬけているだろう。だが、バルバトスはあまりにも常識外れだった。
「礼をせねばな」
一歩。バルバトスが踏み出す。
フィーノは「ひっ!」と悲鳴をあげ、それでも後ずさったりはしなかった。それは、フィーノなりの矜持だったのかもしれない。
「させると思う?」
アタシは一気にバルバトスに斬りかかった。
「押し通るまでよ!」
ハルヴァードと刀が高い音を立ててぶつかり合う。
その瞬間をねらって、妹が槍を突き出す。だがバルバトスは退くことであっさりかわし、再び飛びかかってくる。
アタシと妹もそれに合わせて飛びかかるが、バルバトスはアタシ達とぶつかる直前で飛び、そのままフィーノのもとへ向かう!
しまった!
「バギマ!」
クレシェッドがバギマを放つも、そんなもので止められるはずもなく。
すべてが、スローモーションのようだ。
クレシェッドがもう一度バギマを放とうとし。フィーノが目を大きく見開いてバルバトスを凝視する。バルバトスは、クレシェッドを邪魔とばかりに殴り飛ばし、フィーノにハルヴァードを振りおろし、
「ほう?」
そのハルヴァードは、マリーさんの斧に止められた。
「あ……」
フィーノが死んでしまうところだった。アタシが弱いせいで。
アタシがちゃんとバルバトスと互角に戦えるような戦士だったら、こんなことにはならず、フィーノが危険な目に会うこともなかったはずだ。
アタシは、弱くてはダメだ。もっと強くならないと。魔王だろうがなんだろうが、倒せるほどに!
刀を強く握る。バルバトスの背中を睨みつけながら、走る。
バルバトスは、マリーさんとの力比べをしていたようだが、アタシが来るのが分かったのか、その場から離れる。
「ありがとう、マリーさん!」
フィーノを抱きしめながら、アタシは何度も礼を言った。
よかった。よかった死ななくて。ちゃんと無事で。本当に良かった。
クレシェッドの所には、ルーティが行っている。基本的に体力がないクレシェッドにとって、先程の一撃は下手したら致命傷だろう。だがルーティは強力な回復魔法の使い手だ。任せておけば大丈夫だろう。
「まだ終わっていないぞ!」
マリーさんの声に、アタシはフィーノから離れ、再び構える。その時に見たフィーノの顔は、恐怖に彩られていた。
よくも、仲間を殺そうとしてくれたな。こんな顔をさせてくれたな!
「赦さない!」
そんなアタシを見て、バルバトスは嗤った。
「以前よりは腕を挙げたようだな。だが、足りん。それでは、我が飢えは満たされん」
襲いかかってくる様子はない。ハルヴァードも構えておらず、ただ口を動かしているだけだ。
「再び戦う時までに、もっと強くなっておけ、アデル。もっとも、これからの死線をくぐりぬけられればの話だが」
勝手な事を! アタシは、お前の楽しみのために強くなる努力をしたんじゃない!
「ふざけるな!」
怒りにまかせて突撃したりはしない。そんなことで倒せる相手じゃないのだ。
悔しい。力がないのが悔しい。もっと強くなりたい。大事なものを守れるほどに強くなりたい。仲間をあんな目に合わせないほどの、力がほしい!
こいつは壁だ。アタシが乗り越えるべき壁。睨みつける。いつか越えてやる。いや、たたき壊してやる!
こんな奴に負けていられないんだ。世界なんてもののためじゃない。大事なものを守れる力。そのためにも、こいつは倒さなければならない。
「いい目だな」
バルバトスは満足そうに言うや、現れた時と同じく、空間転移で消えていった。
誰も何も言わない。ここにいる全員の視線が、今までバルバトスのいた所に向いている。
不意に。
「ちくしょおおおおおおお!」
フィーノが、アタシを押しのけてバルバトスがいた所に走った。
「ふざけるな! 舐めやがって! オレは、オレは弱いままでいられねえんだ! オレは……!」
石でできた床を殴る。あまりにも殴りすぎて、拳が血で真っ赤になった。
フィーノにはフィーノのプライドがある。それが、今の戦いで粉々になった。なってしまった。
幼いながらもロマリアの精鋭部隊の要。陛下からの信頼も厚い戦士。それは、フィーノにとって誇れるものだったはずだ。
バルバトスが規格外すぎた。ただそれだけだが、フィーノはそれが受け入れられない。
ハーフエルフとして迫害され、それでも陛下からの信頼に応え、一人前として扱われることで、フィーノは自分を保ってきたんだろう。自分がちゃんと認められていると感じられたんだろう。
だが、あの時フィーノは恐怖した。弱い自分を出してしまった。
フィーノは何も悪くない。アタシは床を殴り続け、自分を傷め続けるフィーノの手を取った。
フィーノはアタシを凝視する。
アタシは回復天術をかけて、フィーノの手をいやす。そして、ずっとフィーノの手を握っていた。
「ちくしょう……。ちくしょう」
フィーノは泣いた。大声を出して泣きわめくのでなく、ひたすら「ちくしょう」と呟き続ける。
そんな時。
「た、大変です! 南で、今までにないモンスターの軍勢が群れをなして、こちらに向かっています!」
後の世に『イシス戦役』と呼ばれる戦いの始まりだった。
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バルバトスをなんだと思っているのかと言われそうです。