例えば火炎魔法メラの構成式。
まず、発火しなくてはならない。何もないところで、マナの力のみで火を発生させる式。
だが、発火しただけではいけない。持続しなければ意味がない。そのための式。
持続している火がその場から動かなくては意味がない。だから、火を移動させる式。
変な方向に行ったら、下手したら自分に向かってくるので、ちゃんと方向を定める式。
その火が飛んでいくスピードの式。
だがその火も、マッチ程度の火でいいのか、あるいはもっと大きな火がいいのか。それを定める式。
火の熱さはどの程度なのか、それを決定する式。
ざっと挙げただけでもこれだけある。無論、この他にも細かい式がいくつもあって、それらが組み合わさって一つの魔法術式となる。この式のバランスが崩れれば、当然魔法は不発か、あるいは暴走する可能性がある。
基本的に、世の中の多くの魔法使いはこの術構成式の奥深さを知らない。基本的に教科書通りの魔法さえ使えていれば、それで十分だと考えているからである。
だが、そのため術式をしっかり勉強し、身につけている実践派魔法使いは、教科書通りの魔法使いよりも数段上を行く。
例えば、メラの火球に回転を加える式がある。普通のメラはただ飛んでいくだけだが、そこに回転が加わることで威力が上がるわけである。
「はい! このメラに回転を加える式はどこにどのような形で組み込まれますか?」
「分かりません!」
「じゃあ、この本の123ページから読み直し!」
「また!?」
「グダグダ言わない! さっさとやる! それとも読む本増やそうか?」
「読みます!」
この式はグラウシュラーの回転方程式。
結構この式のことは教えてるんだけど、なかなか覚えないなあ。
「と言うか、このメラの構成式複雑すぎるよ!」
「何言ってんの! これは一番オーソドックスなメラの式だぞ!
定理とかをやる前に、きっちりそれぞれの魔法の基礎術式をやり直した方がいいね」
「うえ!?」
「その本読まなくていいから、これとこれとこれと……!」
「やめて! 本積まないで! そんなに読めないよー!」
「大丈夫! これ全部初心者用だから!」
「十分難しいよー! もうイヤー!」
現在、理論の授業中である。
今妹に読むように言ったのは、『始めよう、楽しい魔法理論』『初めての魔法理論』『基礎魔法理論・初級編』『覚えよう! 基礎魔法理論』『図で分かる魔法理論』『初心者必見! 魔法講座』である。
全部超初心者用。難しい表現なんかも極力抑えられていて、初めて魔法理論に触れる人にも優しいもの。字も大きくて読みやすいし、ページもそんなに多くない。むしろ少ない。
妹に魔法理論を教えるにあたって、どの程度分かるのかを見るために、初心者用から、上級者用までの本をそれぞれ数冊ずつピックアップして、読ませてみた。
結果、超初心者クラスであるということが分かった。
ちなみに、「これ読んで」と選んだ本を持っていったら、
「姉さん、これ全部読むの?」
と、かなりひきつった顔で言われた。
何冊持っていったかというと、十冊程度なのだが。確かにちょっと多めだが、時間をかければ読めなくもない。妹は基本的に勉強とは縁遠かったわけだから、そんなにすらすら読めるとは思っていない。上級者用も、あくまでも一応のつもりだった。
だが、妹の疑問に当然のごとく頷くと、妹は「そんなに読めないよ!」と悲鳴を上げた。
まあそう言わずに、ちょっと目を通すだけでも、と言ってみたが、妹はイヤだイヤだの一点張りで、どうしようもなかった。とりあえず、これを読んでみてくれと、持ってきた中で一番簡単な超初心者用の本を渡してみたら、渋々受け取ってくれた。
ちなみに、アカデメイアの図書館で本を借りている。図書館には生徒同士が共同で勉強するための部屋があったり、休憩室があったり。たいてい図書館の部屋を借りて勉強会をやっている。ここなら多少大声出しても迷惑にならないんだよね。後はレオナルドさんの家に本を持って帰ってやったりもする。
今は図書館の一室だ。
で、受け取った本を読み始めた妹だが、ちょっと目を離したすきに、爆睡していた。本を手に持った状態で、机に突っ伏して眠っていたのである。
多分、妹なりに頑張ったんだろう。だが、これでは話にならない。
アタシは心を鬼にして妹を起こし、何とかその本を読んでもらった。
読んだ感想。「さっぱり分からない」。
で、一からしっかりとやっていっているわけだが、なかなかこれが進まない。いつまでも超初心者から抜け出せないのである。
「この式。火の勢いを持続させないといけないわけだけど、そのバランスをとるためにはこの発火させる式がまず重要なわけ。あと、火が移動している間に消えてしまったりしないようにするために、この持続の構成式にドラハムの定理が当てはまる。でも、ここばっかりに目がいってると全体のバランスが崩れて結果として魔法が発動しないことになっちゃうから、ここばかりに目を向けないで式を全体として捉えなければならない。一つ一つの式が独立して存在するわけじゃなくて、それぞれが相互に関連して初めて一つの術式になるわけだから……」
妹は静かに聞いている。集中しているんだろうと、アタシはさらに本と照らし合わせながら説明していく。
いやあ、こういうのって楽しいわ。なんだか爺ちゃんとの授業を思い出すなあ。
まあ、アタシの場合、あんまり静かに聞くってことはなかったけれど。疑問があったらその場で聞くし、分からなかったらその時言うし。
「よし、今日はここまでにしよっか」
アタシがそう言うや否や、妹は机に突っ伏した。「やっと終わった~」と疲れ切った声で言う。
そんなに疲れたかアタシの授業? 何で? アタシの教え方が悪いのか?
アタシは爺ちゃんとの授業で疲れたことなんかないし、妹の気持ちがよく分からない。
「あ、さっき渡した本、明日までに読んどいてね。明日メラの構成式中のそれぞれの式の関連性とバランスなんかについてテストするから」
アタシの言葉に、妹が椅子から転げ落ちた。アタシが手を貸すよりも早く立ち上がり、
「さっきの本、今日中に全部読まないといけないの?」
ほとんど絶叫と言っていい声を上げた。
「当たり前じゃん。しっかり読んでね」
アタシの言葉に、妹はその場に崩れ落ちた。
何がそんなにイヤなの? 勉強そんなに苦痛? 妹よ、アタシはあんたの気持がよく分からないよ。
フィーノはクラースさんと修練場にいるから、迎えにいかないと。
肩を落として、よたよたと歩く妹。溜息なんかもついて、かなりグロッキーである。
ふうむ、散々フィーノからスパルタだなんだと言われてきたが、この妹の疲れようはそういうことなんだろうか? アタシとしては普通にしてるつもりなんだけど。
だが、だからといってここで手を抜いてはいけない。ここが正念場だと考えている。
今までのことからして、妹は勉強を苦手としているようだ。むしろ、苦手意識を持ってしまっている。
だが、ちゃんと頑張れば結果は出るのである。結果さえ出れば、妹もやる気を出すはず!
修練場では、フィーノがアイストーネードを使っていた。
フィーノとクラースさんが使っている一角には学生が集まり、興味深々といった様子で見ている。
学生の間から、
「あの子ハーフエルフらしいよ」
「すごい。あんな子供なのに、あんな術使いこないしてるぜ」
「クラース先生にかなりしごかれてるの見た」
「わたしも見たわ! ちょっと可哀想だったわよ」
「でもすごいなあ。僕も天術使えないかな?」
「クラース先生の研究が完成すれば、使えるようになるんじゃない?」
「じゃ、あの坊主には頑張ってもらわないとな」
「そうそう、そのためにやってるんだから」
「がんばってー! ハーフエルフくーん!」
などという声が聞こえてきた。
ダーマって、かなりハーフエルフに対してフレンドリーな人多い。アカデメイアでも、露骨に嫌悪感を向けて来る人もいるが、こうして温かく接してくれる人も多くいる。
ここにいるのは、ハーフエルフに対して好意的な学生達のようだ。
こうしてハーフエルフだとかいうのにこだわらずに接してくれる人たちがいるのは嬉しい。ユミルの森ひどかったからね。あれ思い出すと、ここが天国のように思えてくる。
ハーフエルフに対して差別意識を持っている人も、ここではそれをあまり表に出せないのか、露骨に悪意を向けては来ても、ユミルの森の時のようにはならない。
やっぱり、爺ちゃんとルシェッド、レオナルドさんの努力のたまものなのかもしれない。
この調子で、意識改革が進めばいいけど。
「クラースさん、フィーノを迎えに来ました」
「おお、もうそんな時間か」
紙に何かをメモしていたらしいクラースさんに話しかけると、クラースさんは上機嫌で答えてくれた。様子を見る限り、時間を忘れていたようである。
クラースさんが書いていたメモを見ると、そこにはアイストーネードの術式が書いてあった。
「クラースさん、アイストーネードの効果範囲を広げたいんですか?」
メモを見ると、それらしい術式考察の後が見られたのだ。
クラースさんは難しい顔をしてうなずくと、
「現在のフィーノ君の魔力で、効果範囲は約半径2メートル。それを半径三メートル程にしたいのだが……」
クラースさんが言葉を詰まらせた。考えは分かる。
「効果範囲を安易に広げようとしてしまえば、術の威力と持続時間が半減してしまうんですね?」
「そうなんだ。それでは意味がない。先程から術式の構成を色々いじっているんだが……」
「それなら、これはどうです? 冷気を発生させる術式と、エネルギーを回転させる術式を……」
「いや、それはもうやってみたんだ。だが、持続時間がかなり削られた」
「なら、効果範囲の術式と持続の術式、回転の術式に相互に干渉する術式をここに置いて……」
「ふむ? それはいいかもしれんな。いや、だがそれではエネルギー回転の式が矛盾してしまう。術が発動しないぞ」
「むう。それなら冷気発生の術式のところにパウラーの定理を置いて、持続時間の術式のここに効果範囲の術式と連動する術式を……」
「だれ? あの子」
「レオナルド先生のところに泊まってる客人だって」
「ナニモンだよ? クラース先生とまともに魔法理論の話してるぜ」
「聞いた話だと、レオナルド先生も知恵比べでしてやられたって……」
「ウソだろ? ここの学生じゃないのか?」
「違うよ。でも、ここの施設利用していいことになってるって」
「ただもんじゃねえ……」
何やら向こうが騒がしいのだが、いったい何? そっちを見てみると、集まっている学生たちにめちゃくちゃ見られていた。
恐ろしいほど真剣にこっちを見ているものだから、ちょっとびびってしまった。
横を見ると、妹が何やら誇らしげにしている。今までの疲れた様子はどこに行った妹よ? 何かうれしいことでもあったんだろうか?
「どうかしたの?」
尋ねると、妹は満面の笑みで、
「姉さんは、やっぱり凄いんだよね!」
妹よ、いきなり意味が分からない。私の何がすごいって? そして、それで妹の気分が良くなるのもよく分からない。私が何かすごいと、妹にいいことがあるんだろうか?
「いい加減にしとけよ、この学問バカども! オレはもう疲れたんだよ!」
しまった忘れていた。フィーノを迎えに来たんだった。クラースさんとの話に夢中になりすぎた。
「ごめんごめん。じゃ、帰ろっか」
「オレがどんなに大変か、お前全然分かってねえだろ!」
「いや、分かってるけど」
「ウソつけえ!」
むう、何を熱くなっているんだフィーノよ。反抗期か?
「いやいや、今日もありがとうフィーノ君。また明日頼む」
「ホントはイヤなんだけどな! 何でオレがこんな大変な目に会わなきゃなんねえんだよ!」
「まあまあフィーノ。これも偉大な研究のためだから」
「それですべてが許されると思うなああああああ!」
ますますヒートアップするフィーノ。絶叫といっていいほどの音量で、かなり怒っている様子。
「まあまあ、今日の夜ごはんはフィーノの好きなチーズハンバーグだからさ」
アタシの言葉にフィーノは言葉をピタリと止め、
「けっ、しょうがねえから、勘弁してやるよ」
ふっ、ちょろい。ハンバーグにつられるあたり、まだまだお子様である。
横で妹が「フィーノ君、それでいいの……?」と呟いているが、いいんじゃない? 本人それで納得してるし。
「さて、私も帰るかな」
何やら笑いをこらえている様子のクラースさん。今のフィーノの反応がツボだったのかもしれない。
それを見てフィーノが何やら言いたそうにしているが、
「じゃあ、帰るよ」
アタシはフィーノの手をとり、クラースさんにさようならとあいさつしてその場を後にした。
クラースさんもさようならと返事を返してくれて、それから帰り支度を始めたようだった。
集まった学生さんたちにも頭を下げ、帰路につく。
学生さんたちの視線を背中に感じながら、何でこんなにも注目されているのか不思議に思う。
妹に聞いてみると、
「姉さんがすごいからだよ」
と、やはり満面の笑みでそうとだけ言った。
だから、何がすごいんだってば。
フィーノに聞いても、
「さて、知らねえなあ?」
と、明らかに知っていて黙っていますという雰囲気。
結局、なんなのさ?
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
感想で、「人間は魔法を作る前から“魔法回路”が身体に備わっていたという事にならないか」という疑問がありました。
確かに、そういうことになりますね。
シンフォニアやファンタジアでは、魔術を使えるのはエルフの血を引く者のみ(例外あり)でしたが、ドラクエの場合、種族に関係なく魔法が使えます。シリーズによっては、転職などによってどんなキャラやモンスターでも、全ての魔法を使えるようにできます。
このssの世界ではマナが存在していて、それで魔法や天術を使っています。この世界のすべての生き物は、マナにアクセスする能力を基本的に持っているということでいいですか? それが「装置」という表現になっているということで。
魔法天術が使えない存在も、一応持ってはいるということで。
こんな感じでどうでしょう?