対峙する。
明鏡止水の境地にて、刀を我が身の一部と化す。頭のてっぺんからつま先、手の先、刀の先まで集中する。一点の乱れもなく、心には一切の波紋もない。
対峙する相手は両手で槍を構え、こちらを睨みつけている。だが見たところ、若干の乱れあり。焦りが見える。汗が頬を滑っている。
こちらが優勢。だが油断は禁物。自らが優位に立っている時こそが、負けを誘発しやすい時。
相手が動いた。裂帛の気合とともに、一気に間合いを詰めつつ槍を突き出してくる。
アタシは回転しつつ刀の腹で相手の槍を流す。攻撃を流された相手はその勢いのまま前へ。何とか踏ん張ろうとしているようだが運動エネルギーには逆らえない。
回転した勢いを殺さず、そのまま無防備に向かってくる相手の側頭部に蹴りを入れようとして。
「またアタシの勝ち」
寸止めした。
相手はたたらを踏み、ようやく止まり、
「また、負けたあ~」
その場に崩れ落ちたのだった。
何してるのかって? 妹と組み手。いや、この場合組み手であってるっけ? まあいいや。とにかく、実戦形式で妹と修業中である。
今のところ154戦負けなし。基本的に、実戦形式においては、アタシの方が強い様である。
一応、それなりに状況設定なんかもしている。お互いに魔法天術ありとか、どちらか一方しか使えないとか、あるいは両方使えないとか。だがそのことごとくを、アタシが制しているのである。
いや、正直、最初の頃はかなり驚いたもんだ。アタシが妹に勝てるとは、と。
シグルドからしてみれば、実力差がかなりあるとのこと。実は、アタシも戦っていてそう思った。
アタシの場合、シグルドというある意味最終兵器と、クルシスの輝石という反則なんかもしているので、純粋な実力というわけじゃないと思うけど。クルシスの輝石がなかったら、アタシそんなに戦えないだろうし。
で、戦っていて分かったのだが、妹の戦い方は、ものすごくまっすぐで正直だ。剣筋、魔法の使い方にそれが見事に表れている。太刀筋は読みやすいし、魔法のマナの練り方、術の構成もひねりがない。剣だの槍だのはどこからどのようにして、それからどうするつもりだというのが一発で分かるのでこちらとしては対処しやすいし、魔法に関してはこちらから干渉し放題である。
以前、イオラをしょっぱなからぶちかまされたのだが、妹の魔法の術式にマナを介して干渉、爆発の方向性と威力を調整し、そのまま突っ込んでノーダメージで妹ののど元に刀をあててその勝負は終了した。最初から何の魔法がどのように来るか分かっていれば、対処のしようもあるというものである。
剣筋に関しては、こうやって実戦形式で鍛えていけば問題ないだろうが、魔法はそうはいかない。やみくもに魔法を使って上達する、というものではない。きちんと理論を学ばなくてはならない。
アタシが魔法理論を高等教育分理解しているとして、妹の場合初等教育と言ったところである。これは妹の責任ではない。基本的に、そこまで理論を学ばずとも、教科書通りの魔法を使えれば、それでありなのが世の中である。というか、魔法にそこまで高度な理論があるということを認識していない魔法使いもいたりする。教科書通りにやってできてしまえば、それでもうできたと思って満足してしまう。
爺ちゃんはそのあたりのことを嘆いていた。魔法とは奥深いもの、もっと理論を学んでほしいと。だが、理論をきちんと学ばず、魔法を使っている者の方が世の中多かったりする。
まあ、妹は基本スペックが高いから、教えればわりとすぐできる。マナの干渉の修業をやった時、アタシはかなりかかったのに、妹はあっという間にコツをつかんでしまった。
ちなみに、爺ちゃんにやってもらったのと同じことをやったのである。
正直ショックだった。やっぱり、天武の才とでも言うのか、こういうところでは妹に勝てないのである。
だが、座学は苦手のようで、アタシが色々と工夫して理論を教えてはいるものの、なかなか理解しがたい様である。
と言うか、アタシが教えるの下手なんだろうか? 最初に魔法理論の勉強教えてたら、「ぜんぜん分かんない!」って、悲鳴あげられたし。正直へこむ。爺ちゃんは教えるのうまかったのに。
まあ、そんな事は置いといて、地面に座り込んで肩で息をしている妹に手を貸して立ちあがらせる。
ちなみにここ、アカデメイアの修練所だったりする。基本的に学問の場ではあるが、体を動かすことをしないわけではない。ちゃんとこういう設備もあったりする。魔法使いを目指している者やら、剣士を目指す者まで、幅広く使われている。人の修練を見学できるようにもなっており、自分が体を動かさない人でも利用者は多い。
また、自らの理論を実践、証明するために、ここが使われたりもする。
「次はこの天術を使ってくれ!」
「そんな術知らねえよ!」
「なら今から教える!」
「いい加減にしやがれ! 頭がおかしくなるっての! おい! 笑ってないで助けろよ!」
向こうで騒いでいるのはクラースさんとフィーノである。
クラースさん、天術を実際にちゃんと目で見て、その理論構成を確かめたいと、ハーフエルフであるフィーノに協力を求めてきたのである。
エルフのレオナルドさんがいるじゃないかと思われるかもしれないが、あの人は何かと忙しいし、クラースさんとしては自分の研究のためにレオナルドさんを一定時間拘束するというのは気が引けるらしい。そこで、フィーノに白羽の矢が立ったわけだ。
しばらくの間ダーマにいるつもりだし、その間特にすることもないので、好きにしてくださいと快く差し出した。
フィーノの意見なんぞ知らん。偉大な研究のためだ、我慢しろ。
ついでに言うと、フィーノが知らない、使えない天術もあるのだが、クラースさん直々のレッスンにより、素養がある天術はきっちり使えるようになっていっている。
魔法天術の基礎理論なども、しっかりフィーノに叩き込んでくれたので、アタシとしては大助かりである。クラースさんいわく、「この程度のこともしらなけらば話にならん!」そうである。
生まれつきマナというものを感覚で理解しているエルフ、ハーフエルフにしてみれば、理論なんぞ知らなくてもいいじゃないかということらしいが、やはりきちんと理解しているのとしていないのとでは全く違う。それは、エルフであるレオナルドさんがきっちり証明してくれた。
で、結果としてフィーノはクラースさんにしっかり理論を叩きこまれ、知らない天術まで研究のためという大義のもと、しっかり使いこなせるようになっていっているわけである。
フィーノに関してはもうクラースさんに任せておけばいいやと、完全にクラースさんにバトンを渡している。フィーノの勉強について頭を悩ませなくていいので、アタシとしてはかなり楽だったり。
ただクラースさん、フィーノの様子を見る限りかなりのスパルタらしく、フィーノとしては勘弁してもらいたいところのようだ。
え? アタシだって天術使えるじゃないかって? もちろん協力しているさ。妹との修行中に天術を使うので、クラースさんはそれを見ている。場合によっては、使う天術を指定されたり、使い方を指定されたり。
シグルドのことも一応話してある。話した時のクラースさんは大興奮で、
「頼む! これをくれ!」
と言われてしまった。
『待て待て! 私はごめんだぞマスター! 頼むから見捨てないでくれ!』というシグルドの必死の懇願で、アタシはシグルドをクラースさんに預けるのは諦めた。まあ、大事な相棒だし、いなくなられたらアタシだって困るし。
まあ、基本ハーフエルフのフィーノがいるので、天術に関してはそれでオーケーということらしい。
かなり残念がられはしたが、そこは必死に説得した。下手したらシグルドに末代までたたられそうだし。何と言っても天界の武器、甘く見ていいものじゃないだろうし。
「もうイヤだー! 脳みそが溶ける! 破裂する!」
「何をグダグダ言っている! ほら、この構成式にシノワクラフトの定理をあてはめて……!」
「学者なんて大っきらいだー!」
今も絶賛しごかれ中のフィーノを微笑ましく見守りながら、アタシ達は修練場の休憩室に入る。
まあ、なんだかんだ言っても、フィーノの奴しっかりとついていけているので、問題はなさそうだが。文句言いつつも、しっかり術構成式とか、定理とか理解していってるんだよ。頭は悪くないんだろう。むしろ、いいんじゃないか?
よきかな、よきかな。
「フィーノ君、可哀想に……」
「なんか言った?」
「な、なんでも!」
はて、妹が何やらつぶやいたように思ったのだが、気のせいか?
「それにしても、二ヶ月間、ずっと姉さんに負けっぱなしだと、自信なくすなあ」
そう、アタシ達はもう二カ月ほど、ダーマに滞在しているのである。
ちなみに、宿に泊まっているのではなく、レオナルドさんの家に泊めてもらっていたりする。
いや、長い滞在だと宿代がかさむなあと、頭を悩ませていた時、レオナルドさんが声をかけてきて、事情を話したら「ぜひうちを使ってください」と言われたのである。最初はそこまで甘えるわけにはいかないと断っていたのだが、押し切られてしまった。
ちなみに、アカデメイアの施設が使えているのも、レオナルドさんのおかげである。あの人が紹介状を書いてくれて、アカデメイアの偉いさんに交渉してくれたのだ。
ちなみにあたしたちの立場は、準学生である。正式な学生ではないが、それに準ずる立場にある。施設は学生として使えるし、本を借りる時でも学生扱いだから面倒な手続きはいらない。だが、講義は受けられない。
アカデメイアの講義は興味あったのだが、講義に出ていたら他のことをする時間が無くなるので、ちょうどよかったと思う。アカデメイアの正式な学生になるのは、まだ後でいい。
「アタシの場合、反則してるからね。それがなきゃ、アタシが負けてるさ」
これは本音である。だが、妹は首を横に振る。
「姉さんが今までどれだけ頑張って来たか、よく分かるよ。私なんか、足元にも及ばない」
「そんなことないと思うけど」
まあ、周りから恐ろしいほどのプレッシャーがあったせいで、成長しづらかったというのはあるかもしれない。
その時、妹がまったく別のほうを向き、キョロキョロと辺りを見回した。
「どうかした?」
「女の人の声がして」
「女の声?」
アタシには聞こえていない。
「空耳じゃない?」
「でも、はっきり聞こえたよ」
ならなんだというのか。
「なんて言ってたの、その声?」
「えっと、「そこの剣士、分不相応なものを持つものではないぞ」って」
待てや。その言葉、ものすごく覚えがあるんですが。
今妹が使っていた槍は、陛下から頂いたもの。陛下いわく、「神が用いた槍」。
その神って、オーディーンか! しかもファンタジアの! なんちゅう物をくださるんだ、陛下は!
遠い目になっていると、妹が心配して「姉さん、大丈夫?」と声をかけてくれた。
ありがとう妹よ。そしてごめん妹よ。
「もう、帰ろっか」
一気に疲れてしまった。
今日の夜ごはん何にしよかなー? なんか疲れたから、簡単なのがいいなー。
「姉さん、具合悪いなら、今日のご飯私が作ろうか?」
ぴしっと、一瞬にしてアタシの体が石と化した。だが根性でアタシは石化を解くと、
「大丈夫大丈夫! 平気だから! だからアタシが作るよ夜ごはん!」
はははは! 自分は元気なんだとアピールして、何とかご飯を自分で作れるように持っていく。
妹にご飯を作らせてはいけない。なぜなら、一口で地獄へ行けるからである。
何を隠そう妹は、料理音痴だった。どうすればそのような味を出せるのか、もはや理解不能の域に達している。
一度、妹が作ってみたいと言ったので、アタシは妹にその日の夕食を任せてみたことがある。出来あがったのは、見た目おいしそうな見事なご飯だった。
アタシ、フィーノ、レオナルドさんは、喜んでそれを口に運び……。
そこで、意識が途絶えた。
何と表現すればいいのか。肉料理は極限までそのうまみが殺され、かかっているソースの苦みとえぐみが一気に襲いかかって来た。その味はいつまでも口に残り、延々と口の中でそのまずさを主張する。
一言で言えば、あれは料理というものに対する冒涜そのものだった。
しかも妹、うっかり量を間違え、自分の分を作り忘れたという。そう、妹は自分の料理を食べていないのだ。
味見を忘れていないか妹よ。だが、それが良かったのか悪かったのか。
アタシ達は何とか蘇生すると、材料が悪かったと言ってその料理を廃棄し、妹に二度と料理をさせないと誓ったのだ。
フィーノは真実を伝えるべきだと主張する。妹があれ以来、何かと料理したがるのである。アタシ達何とかそれを阻止してきたが、そのたびにフィーノに真実を伝えろと言われる。
だが、真実とは、時に過酷なものである。それを知ることが必ずしも幸福になるとは限らない。
むしろ、あれを伝えるのはむごすぎる。
妹はアタシの元気アピールに、「そっか、ならいいんだけど」と、料理をすることをやめてくれた。
ありがとう神よ! 滅多に祈らないけど、今はあなたに感謝する!
「でも、調子が悪くなったらいつでも言ってね」
料理したそうな顔で言う妹に、「大丈夫! 平気!」と慌ててもう一度元気アピール。
大丈夫だから、料理をするなんて言わないで妹よ! 心臓に悪いから!
クラースさんに、今日はもう帰るからとフィーノを返してもらい、そのフィーノに鬼のような形相でにらまれながら、アタシ達は帰路についた。
今日も平和だった。多分。
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ギャグってこれでいいんでしょうか?