いよいよ、アカデメイアが誇る大図書館に行くことになった。
いやあ、ワクワクするなあ。心が踊るというか。
あそこの司書さん達は優秀でとか、熱心な学生は毎日通ってるとかの話をレオナルドさんから聞きつつ、アタシ達はゆっくり歩く。
なぜか妹とフィーノが会話に参加しないんだけれども。基本的に勉強からは縁遠かったから、この手の話には興味がないんだろう。
そして、ある建物の前で、レオナルドさんが足をとめた。アタシ達もそれに合わせて止まる。
「ここが大図書館です」
指差す先、石造りのしっかりした重厚な建物が、アタシ達の目の前にあった。
「ここがですか!」
興奮を抑えきれず、今すぐ中に入りたいのをこらえ、それでも体は中に入ろうとする。
抑えろ我が体よ! もうすぐだから!
「思ったよりデケエな」
フィーノが呆れた口調で言う。表情はげんなりというのがしっくり来る。
「この中に本がたくさんあるんですか? 読み切れない……」
妹が唖然とした様子で、建物を見やる。
「読み切れないのは当然。人生において読める本など、この世に存在する本の千分の一も、いや万分の一もないものです。本との出会いは一期一会。だからこそ、本と出会えるのはとても素敵なことなのですよ」
温かな微笑みをうかべながら言うレオナルドさんの言葉に、アタシは納得した。
人間の一生など大した長さじゃない。その中で何を読み、何を読まないか。それを決めるのは自分ではあるが、中には意図せずして出会う本というのもある。それが人生にものすごく影響を与えたりすることすらあったり、あるいはそれだけで終わってしまったり。
レオナルドさんはエルフだから人間より多くの本と出会えるだろうが、アタシはそうはいかない。だからこそ、本をきちんと選びたいし、飛び込んで来てくれる本とは仲良くしたいと思うものだ。
「大袈裟じゃねえ?」
「そうかもしれませんね」
フィーノの言葉にレオナルドさんは穏やかに返した。
まあ、本好きの人と、そうでない人の認識の違いなどあって当然。本でなくても、骨董品だったり、あるいはアイドルグループの熱狂的なファンだったり。人それぞれ。そんなもんだ。
「でも、そういうのって、素敵ですね。私、今まであんまり本とか読んでなかったから、ちょっと分からないですけど」
「分からなくていいんですよ。分かっているから偉いのではありません。でも、そうですね。分かるにこしたことはないのかもしれません。
知識というのはね、普段は役に立たないことも往々にしてあるんですよ。でも、知っていること自体は無駄じゃないし、もしかしたら役立つかもしれない。知識を蓄えるということを、あまり難しく考えてはいけません。自然体でいいんです」
レオナルドさんの言葉は、アタシの心にストライクをどんどん叩きだす。いいこと言いますね、さすがです。
さて、いよいよ図書館に突入だー! という時。
「あれえ? レオナルド先生じゃないですか!」
なんだかナンパな感じのする男の声が聞こえた。
誰だ! せっかくの突入を邪魔した曲者は! 叩っ切るぞこの野郎!
「おや、ゼロス。来ていたのですか」
「うん、まあねー。俺様、課題がまだ終わってなくてさー」
レオナルドさんと親しげに話していることや、内容から察するに、アカデメイアの学生なんだろうけど。
赤い長髪で、ちょっと露出が多くて、でも着ている物はかなり高価で、おまけに女性を数人侍らせている男。しかも名前がゼロス。
もしかしなくても、テイルズ・オブ・シンフォニアのパーティーキャラ、ゼロス・ワイルダーっぽい人だったりしますか?
ゼロスが侍らせている女性の何人かが、アタシを見て勝ち誇ったかのような笑みを浮かべる。うわ腹立つ。
上流階級のお嬢様方らしく、身のこなしは上品で、身につけている物も一級品ばかり。
アタシは旅をする際の機能性や戦いの際の機動性を重視した服。決して貧相な恰好などではない、むしろ旅のためにわりと上等なものを買ってはいるが、それでもあの華やかさに立ち向かえるわけではない。
いや、別に劣等感を感じたりしているわけではない。住む世界がもともと違うし、アタシはあくまでも旅と戦闘を重視しているのだから、同じ目線でという方が無理なのだ。
が、向こうは明らかな悪意を持って、こちらをバカにしているのである。かなり気分が悪い。
こういう人種は相手するだけ無駄である。アタシは気付かぬふりでレオナルドさんの話が終わるのを待つ。
フィーノは明らかに暇そうにあくびなんかするし、妹はあのお嬢様達からの視線に戸惑っている。フィーノは国王直属の部隊に所属していて、場合によっては貴族を相手にすることもあっただろうから慣れているのかもしれない。だが妹にとって上流階級の人種自体は接触したことがあっても、あのような対応をされたことはないはず。
アタシとしては、貴族の位こそ持ってはいないものの、宮廷魔道師の位にある人物の息子やら、上位の騎士の息子なんぞと知り合っているもんだから、ひるみはしない。
ゼロスはレオナルドさんとの会話が終わったのか、今度はこちらを向いて笑顔で、
「初めまして~。俺様、ゼロス・ワイルダーっていうの。よろしく~」
訂正、妹の方を向いて、右手を差し出した。
こういうのって、無意識で出るからね。アタシと妹、比べればどっちを取るかということ。
「えっと、よ、よろしくお願いします」
戸惑いながらもしっかり握手する妹。それに満足したか、ゼロスは満面の笑みで手を下した。
「よろしく~」
こちらにもしっかり愛想は振りまいてくる。アタシは「どうも」とだけ返しておいた。
「神子様ぁ、そんな貧乏人なんか放っておいて、早く行きましょう?」
「そうですよう。レオナルド先生にはあいさつしたんだから、もういいじゃないですか」
口々にお嬢様方はゼロスに自分達をアピールする。
そんな中、気になる言葉があった。神子。そうか、ゼロスが神子なのか。シンフォニアと同じだ。
「姉さん、ミコッて何?」
こっそりと聞いてくる妹。だが、あいにくお嬢様方には聞こえてしまったようで、彼女らは優雅に、しかし馬鹿にしきった笑いを発した。
「まあ、聞きまして? 神子様を知らないなんて、どこの田舎者かしら?」
「無教養にもほどがありますわ」
「近寄らないで下さる? 貧乏が移りますわ」
このやろ、言いたい放題。これが上流階級の人間かよ、下品にもほどがあるだろ。
「申し訳ありません。浅学ゆえ、無礼をいたしました」
余計ないざこざは勘弁である。ということで、とりあえず無難な選択をしてみる。
が、甘く見るなかれ。左利きツンデレ坊ちゃんに、いざという時のために上流階級のマナーは仕込まれている! 今アタシは、この上なく完璧な仕草で頭を下げたのである。
分かる人には分かるちょっとしたこと。実際、今までうるさかったお嬢様方が黙った。
今までバカにしていた人間が、この上なく優雅で完璧な礼をとったというのは、自分達が上流階級であるということにプライドを持っている彼女らにはさぞ効いたことだろう。
「まあまあ、そんなにお互いトゲトゲしないでさ~。
どこから来たの?」
「アリアハンです」
にこやかに尋ねて来るゼロスに、アタシも同じくにこやかにこたえる。ここで不愛想な対応をしたら、お嬢様方がうるさいだろうし。
「アリアハンかあ。あそこはマーテル教はあんまり浸透してないんだっけ」
納得したようにうなずくゼロスと、アリアハンと聞き、田舎だとバカにするような目を向けて来るお嬢様方。
さて、気になった言葉が出てきたと思われるが、そう、ここには何とマーテル教があるのだ。
本当にシンフォニアかと、ツッコミを入れたいところだが、事実なので仕方がない。
「マーテル教、ですか?」
「王都の隅っこに、ちっちゃい教会あったでしょ?」
マーテル教になじみのない妹はピンとこなかったようだが、アタシの言葉に「そういえば……」と思い出したらしく、納得した顔をした。
「本当にアリアハンでのマーテル教の地位って低いんだね~」
特に怒った様子も、呆れた様子も、バカにした様子もなく自然体でいうゼロス。お嬢様方は呆れ切って声も出ない、という演出をしてこちらをバカにしてくる。
妹はお嬢様方の視線におびえて縮こまってしまっている。誰だってあの視線は不愉快だし、こういうことに免疫のない妹にはさぞこたえるだろう。
「アリアハンは主神ミトラ信仰ですから」
マーテル教より古い信仰である。もともとはこちらの信仰が、この大陸でも広まっていた。それが今では、この大陸全土にマーテル教が広まっているのである。
言ってしまえば、風土の違いというやつである。マーテル教を知らないからと言って田舎者扱いされるいわれはない。むしろ、こちらがアリアハン出身だと言った時点でそういうことには気づいて然るべきである。
そんなことも分からないのか、という思いを乗せてお嬢様方を見やる。
バカにされている、ということは分かるらしく、お嬢様方は悔しそうな顔でこちらを睨んでくる。ゼロスには見えないように。
はん! 人をバカにするからこういう目に遭うのである。
「んじゃ、俺様はこれで失礼するぜ。またね~、ハニー達」
若干きざな身振りで去っていくゼロスと、それを追うお嬢様方。悔しそうにこちらを睨みつけて来るが、自業自得である。
「姉さん、マーテル教って?」
「ん~? 簡単に言えば、世界樹ユグドラシルをつかさどる精霊を信仰する宗教だね」
「アリアハンはなんでマーテル教が浸透してないんだ?」
「基本的に、発祥の地であるこの大陸から遠く離れた大陸にあるからじゃない?」
まあ、アリアハンにマーテル教の信者がいないわけではない。布教活動もそれなりにしているようだが、あくまでもあそこは主神ミトラ信仰なのだ。
基本的にマーテル教圏で育ったフィーノからしてみれば、ミトラ信仰のほうが異質だろう。自分の住んでいるところで当たり前のモノが、他のところでは違うと言われれば驚こうというものである。
「せかいじゅ? 何それ」
「この世界のマナの源とか、天界に通じる道だとか、生命の源だとか、色々言われてるね。
世界樹の雫は不治の病に冒された人間を完治させたとか、葉っぱにいたっては死者をも生き返らせるとかいう伝説があるけど」
シンフォニア的には、やっぱりマナの源だろうか? マナがないと世界がヤバイってことを考えると、世界の要石的な感じとも言えなくもない。
「せかいじゅってすごいんだね!」
「あくまでも伝説だからね? 本当かどうか分からないよ?」
「偽物が売りだされて、売ってたやつが詐欺で捕まったことがあるけどな」
「ああ、やっぱりいるんだそういうやつ」
「じゃあ、せかいじゅってどこにあるの?」
「ん~、それは……」
「それは、まだ分かっていないのですよ」
アタシが言葉を濁すと、レオナルドさんが素早くこたえた。
いや、アタシだってこの答えは知ってたよ?でもさ、目を輝かせている妹を見ると、まだ分かってないよ~ん、なんて言えないよ。
「エルフの連中なら知ってるだろうけどな。なあ、レオナルドさんよ」
レオナルドさんもまたエルフ。エルフが知っているというなら、彼だって知っていて当然ということか。
「エルフにとっては、世界樹のある場所は聖域なので。よほどのことがないかぎり、教えることはできないのですよ」
それは仕方がない。人間の中で暮らしていようとも、レオナルドさんはエルフだ。
だが、
「世界樹の葉って、死者蘇生の力があると言われてますよね? もしかして、ザオラルの研究に役立ちませんか?」
ちょっとした好奇心で言ってみたのだが、レオナルドさんは困ったように、というか実際困って苦笑した。
「聖域を汚すような真似はできません。エルフですら、立ち入ることは禁忌の地であるのです。
それに、葉の力は奇跡の力と言っていいでしょう。天術や魔法とはまるで別の力です。調べたところで何の成果も得られないでしょう」
どうやら、アタシはタブーを口にしてしまったようだ。もうこの話はしないでおこう。
そんな時、
「おや、これから図書館か」
「あ、クラースさん」
研究室で研究中だったはずのクラースさんが通りかかった。
妹の声に軽く手を挙げて答え、アタシ達の前で止まる。
あれだけのやる気を見せていたクラースさんが、こんなところで何をしているのだろうか? 図書館に用事? しばらく部屋から出てこないだろうと思っていたから、意外だ。
「クラースさん、研究はよろしいんですか?」
「ちょっと調べたいことがあってね」
アタシの問いに答えるや、
「つかぬことを聞くが」
クラースさんは真剣な表情でアタシを見てきた。
なんだ? 今クラースさんの頭の中は研究一色のはずだが、それを押しのけて聞きたいことが?
「なんでしょう?」
「君は誰から魔法理論を教わったんだ? よほど優秀な人物だとお見受けするが」
実はちょっと気になっていたんだ、研究のほうに気を取られて聞くのを忘れてしまったと、頬を掻きながら言うクラースさん。
研究思考を一時仕舞ってでも聞きたいと思ってくれているということは、それだけアタシのことを認めてくれているということだろう。かなり嬉しい。
「バシェッドっていう人ですが」
アタシの言葉に、クラースさんはこの上ない驚愕の表情をうかべた。レオナルドさんも「まさか……!」と絶句している。
「バシェッドだと? かの天才、バシェッド・ボルネンか!」
「彼が君の師匠か! どおりで!」
クラースさんとレオナルドさん、両者が同時に声を発した。
え? ちょっと、どゆこと? もしかしてじいちゃん、有名人だったりしますか?
しかもボルネンて、クレシェッドと同じ? そう言えばバシェッドとクレシェッドって、なんとなく名前似てるよね。いや、問題はそこじゃない。
「知ってるんですか?」
「知っているとも! 天才の名をほしいままにしたアカデメイアの歴代主席の中でもトップクラスの人物だ」
「私の教え子の中でも、最も優れた人物だったよ」
うわ、爺ちゃん相当すごい人だったんだな。そんな人に教えてもらっていたのかアタシ。ちょっと、いやかなり感動。
「姉さん、なんだかすごそうな人に教えてもらってたんだね」
妹が尊敬のまなざしを向けて来る。やめてくれ妹よ、すごいのはアタシじゃなく爺ちゃんだから。
「お前が学問バカになった原因はそいつかよ」
フィーノ、お前心底「やだやだ」って顔すんなよ。傷つくぞ。
「もしかして、彼は君に自分のことを話さなかったのかい?」
「はい、何も聞いていません」
爺ちゃんは自分のことは一切語らなかった。こちらも聞かなかった。暗黙の了解の中で、アタシ達は暮らしていたのだ。
「なら、彼が何者かも知らないというわけだな?」
なんだか意味深なことを言うクラースさん。爺ちゃんが何者って。もしかして、爺ちゃん相当すごい人物だったりしますか?
クレシェッドは発言権がかなりある、みたいなことを以前言っていたが、もしかして家柄? ものすごい名家とか?
「彼が何も語らなかったのなら、私は何も言わないでおこう。
知りたいのなら、クレシェッドから聞きなさい。もっとも、話すかどうかは彼次第だけどね」
ううむ。爺ちゃん、何か重い過去がありそうな雰囲気持ってたんだよね。しかもハーフエルフ関連で。クレシェッドの以前の言葉なんかからも、その可能性は高い。
その後、図書館を見て回ったのだが、どうにも気乗りしなかった。
爺ちゃんのことが気になってしょうがない。本は好きなのに、楽しめないのだ。
妹やフィーノもしきりに心配してくれた。ありがたいと思うが、これはやはり、聞くしかないだろう。
クレシェッド。あいつは話すことを拒否するだろうか? それならば仕方がないだろうが、出来れば聞いておきたい。
今までは爺ちゃんの過去のことは気にしないようにしてきた。でも、いつまでもそれではいけないだろう。爺ちゃんを知る人が大勢いるところに来て、爺ちゃんが何者かということに疑問を抱いた時点で、アタシのとるべき道は決まった。
クレシェッドの言っていた宿に行く。ここにいれば、クレシェッドは来るだろう。案内をすると言っていたのだから、間違いない。約束をたがえるようなやつじゃないし。
「姉さん、バシェッドさんって、どういう人だったの?」
宿でもう寝るだけとなった時、妹が控えめに聞いてきた。フィーノも興味があるらしく、身を乗り出している。
「厳しくて、お茶目で、家事が苦手で、魔法が天才的で……」
色々ある。爺ちゃんと過ごした数年間、色々あった。それが頭をよぎる。
「優しい人だった」
なんとなく、宿の窓から夜の空を見上げる。
爺ちゃんが、笑いかけてくれているような気がした。
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ダーマの宗教はマーテル教。初めから決まっていたことでした。
そしてこのss、転職がありません。マーテル教で転職はおかしいと考えたので。
すいません。