久々更新です。約二カ月?
どうぞ、お楽しみいただければ幸いです。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
レオナルドさんと意気投合し、夕御飯をごちそうになっていた時だった。
「フィーノ君はハーフエルフなんですね」
ニコニコと笑いながらそう言うレオナルドさんに、フィーノは複雑そうにうなずいた。
まあ、フィーノにしてみれば、自分がハーフエルフであるというのは、複雑な感情が混じり合う非常にデリケートな問題だろう。そうそう、他人にそのあたりのことを突っ込まれたくはないはず。
それでも睨みつけたりしなかったのは、レオナルドさんの言葉に一切の悪意がなかったからだろう。
いや、悪意がないどころか、めちゃくちゃ好意的な響きだった。
レオナルドさんは生粋のエルフ。そして、エルフがハーフエルフにどんな感情を抱いているかは、つい最近見たばかり。
そのことを考えると、レオナルドさんのあの好意的というか、非常にフレンドリーな言葉は、フィーノにしてみれば意外だったはず。
アタシだってびっくりした。ハーフエルフに好意的なエルフっているんだねえ。
このあたりも、この人が「変わり者のエルフ」と呼ばれる所以だろうか。
「それが、なんだよ」
自分を攻撃せず、好意的に接してくるエルフにどう接すればいいか分からないのか、フィーノの言葉はぎこちない。
「いえ、言い方が悪かったようですね。申し訳ない」
フィーノの様子に気がついてか、頭を下げるレオナルドさん。
エルフなのに、こうも簡単に謝罪して、頭を下げられるって、この人本当にエルフとしては規格外なんじゃないだろうか。
いや、非常に好ましい規格外だけどさ。こんな「変わり者」なら大歓迎だ。
「私はね、ハーフエルフこそが、この世界の未来を担う重要な役割を果たすと考えているのです」
「は?」
肉を切っていた手を止め、レオナルドさんを凝視するフィーノ。
妹も、ぽかんとした表情でレオナルドさんを見ている。
アタシも、今の言葉には興味を覚えた。
基本、迫害されているのがハーフエルフだ。人間からも、エルフからも。
それを、未来を担う、などと言うとは。一体どういう考えからそういうことになるのだろうか。
「詳しくお聞かせ願えますか?」
「ええ、もちろんです」
レオナルドさんは嬉しそうに話し始めた。
「ハーフエルフは、人間とエルフ、両方の血を受け継いでいる存在です。それは、両種族の素晴らしい可能性を二つとも秘めていることに他ならない。
エルフは天術を呼ばれる力を有し、マナへの干渉能力も高く、その力は強力です。
しかし、それを理論立てて改良したり、新たに生み出したりといったことはしません。
いや、できないのです。それはエルフの特性、エルフという種族の越えられない壁とも言えるでしょう」
そう語るレオナルドさんは、なんだか残念そうに見えた。
確かにエルフの能力は素晴らしと思う。だが、レオナルドさんの言う通り、それらの応用力はないのだ。必要ないと言えばそれまでだが、きっとレオナルドさんはそれを残念に思っているのだろう。
「他にも、森で暮らしているエルフには、それに合わせた素晴らしい技術があります。
それらはもはや、血に備わった天性の力なのです」
そこまで言うと、レオナルドさんは水を一口飲んだ。やや興奮気味で、のどが渇いたのかもしれない。
アタシ達は誰一人として声を出さず、黙って続きを待つ。
「そして人間です。私は、人間と言う種族に素晴らしい可能性を感じずにはいられない!
天術を有しておらず、それでもなお力を求め、自分達でも扱える『魔法』を編み出してしまった。驚嘆の事実です!
今でこそ当たり前の技術ですが、当時はそれはそれは大騒ぎだったそうです。
理論を一つ一つ丁寧にほぐしていき、論理を駆使し、思考を最大限に働かせたまさに人間の力の結晶と言うべきモノ! 中には、今は失われたモノも多いですが、オリジナルと言っていい天術すら不可能だった事象を引き起こすことも可能だったとか。
魔法こそ人間のロジックの集大成、私が魔法に惹かれるのはそこです」
そこまで言うと、レオナルドさんは恥ずかしそうに頭をかきつつ、
「失礼しました。話がずれてしまいましたな」
「お気になさらず。あなたが人間をどのように感じておられるかが分かる、貴重なお話だと思います」
アタシの言葉は本心だ。いやほんと、これほどまでに人間スキーだったとは。
にぎりしめた拳、言葉に込められた力、ほとばしる情熱。正直、人間として嬉しいと思う。
「話を戻しましょう。
人間は他にも、エルフが持ちえない高度な文明を築きあげました。その結果、エルフと反目することも多かったようですが、些細なことです。
確かに人間の文明は恐ろしい。だが、それと同じくらいに魅力的です。
人間の生み出した技術の数々。それはひとえに、よりよい暮らしを求めてのもの。
人間の最大の力は、それらを探求していく意思と思考です。魔法も芸術も、何もかもがすべてここに収れんするのです」
そこまで話すと、フィーノを見て優しげな笑みをうかべた。
本当に優しい笑みで、見ていて非常に心が温まる。こんな笑みを浮かべられる人って、世界にどれくらいいるのだろうか。
「ハーフエルフは、そんな二つの種族の力を受け継いでいるのですよ。これは素晴らしいことです。
世間では彼らを迫害する風潮がありますがとんでもない! 彼らこそが、我々の未来なのです。
エルフにしか持ち得ぬ力と、人間にしか持ち得ぬ力、それらを併せ持つハーフエルフこそ、次代を担うにふさわしい存在なのですよ!」
こんな風に考えられる人がいたなんて。かなり感動した。
ユミルの森のエルフたちを見ていたから、特に。
こんな人が増えていけば、きっと世界はいい方に向いていくんだろうな。
「アカデメイアでも、生徒にしょっちゅうこの話をしていますよ。最近では、卒業論文に『ハーフエルフの可能性』といった題材を選ぶ生徒も増えているほどです。
ハーフエルフの存在の重要性が徐々にみんなに伝わっていっているようで、嬉しく思います」
よく受け入れられたなその話。正直、反発があると思うんだけど。
と言うか、絶対最初は反発あった。今でもそれなりにあるのかもしれない。それでもこの人は、めげずに話していったのだろう。
おそろしくガッツのある人である。大抵の人が、途中で挫折するだろうに。
この人、人間が本当に好きなんだなあ。だから、自分達エルフと、大好きな人間を結ぶハーフエルフの存在が放っておけないんだろう。
何がきっかけで、純粋なエルフであるこの人がこれほどまでに人間を愛するようになったのかは分からないが、その愛は本物だ。
エルフは長寿。その長い生で、人間の醜悪さなどイヤというほど見てきただろうに、それでも人間を愛し続けられるその精神力。
ユミルの森のエルフたちと、レオナルドさんは本当に同じ種族なのかと疑問を抱いてしまう。ユミルの森のエルフたちは、何と言うか、もろさがあった。閉じた世界にこもり、そこにないものをすべて拒絶し、自分達だけの世界を築いていたエルフと、そこから飛び出して人間の中で精力的に活動するレオナルドさん。
ユミルの森のエルフたちは、今このダーマにいるはずだが、レオナルドさんや、彼の教え子たちに会うことで、狭い世界から飛び出せればいいと思う。
場所が変わっても、精神はそうそう変わらない。閉じこもったままだろう。だが、大勢の人とふれあい、一歩踏み出すことができればいいと思う。
それは人間も同じだ。ハーフエルフを一方的に迫害視するのをやめて、一歩前へ。それだけで、世界は変わる。
レオナルドさんと会えたことは、本当にいいことだった。アタシにとってもそうだが、特にフィーノにとって。
フィーノにしてみれば、レオナルドさんの話は、衝撃的だったはずだ。そんな風に思ったことなんて、一度もなかったはずだから。環境が、そういう考えを持つことを許してくれなかっただろうから。
こんな風に考えている人がいる、それが分かっただけでも、フィーノにとってはプラスじゃないだろうか。
妹にとってもだ。エルフの考えを一端とはいえ見てしまった妹にとって、同じエルフのレオナルドさんの話はいい刺激になったはずだ。
世界にはいろんな人がいる。一概に良い悪いとは言えないが、いろんな人が。
陛下との対面なんて衝撃的だっただろうし、その後も衝撃的な出来事のオンパレード。かなり精神的に負担があっただろう。
だが、レオナルドさんの話は、今までに見せつけられた衝撃的なものと同じくらいのインパクトがあったと思う。心に負担がかかる様なものでなく、むしろ温かくなる意味で。
「ごちそうさま」
フィーノはまだ食べかけの夕ご飯を残し、二階に上がっていってしまった。
声が少し震えていたのは気のせいじゃない。
今は一人にしてやろう。だが、後でちょっかいをかけにいってやる。
そして、あいつがさんざん貧乳だと言ってくれたこの胸を貸してやろうじゃないか。
それくらいするさ。だって、仲間だし。
「貴重なお話、ありがとうございました」
深々と頭を下げると、レオナルドさんは「頭をあげてください!」と慌てた様子で言った。
「私は自分の考えを話しただけです。そんな風にされることなんて、ありません」
「あの、私からも、ありがとうございます!」
妹も、興奮した様子で、立ちあがって頭を下げた。
そんなアタシ達を見て、レオナルドさんは「まいったなあ」と困った様子で言うと、
「あの子は苦労したのでしょうね。そしてあなた達は、それを知っている」
愛おしげな眼で、アタシ達を見て、二階を見上げた。
「あの子にとって、あなた達の存在はきっと、救いになるでしょう。一緒にいてあげてくださいね」
「当り前です」
「も、もちろんです!」
アタシ達の力強い言葉に、レオナルドさんは嬉しそうにうなずいた。
「明日はアカデメイアをご案内しますよ。紹介したい人もいますし」
そのことばに興奮しつつも、夕飯の片付けをしながら、フィーノにどうちょっかいをかけちゃろうかと考えていた。
なんでもいいが、レオナルドさん基本家事だめなんだね。夕飯作ったのアタシだし、片付けだけでもってやったら皿割るし。
なんか爺ちゃんを思い出し、懐かしい気分になった。
ついでに、レオナルドさんはエルフなので、肉類一切なしだった。人間臭くても、やっぱりエルフなんだと実感した瞬間だった。
さて、甘やかしてやりますか!
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
アデルとフィーノのやり取りを書くのは蛇足な気がしてやめました。こういうのは想像のほうがいい様な気がしまして。