このまま城の中でじっとしているわけにもいかない。
アタシはフィーノの背中をあやすようにポンポンと軽く叩いてから立ち上がり、クレシェッドにフィーノのことを任せて、外の敵をどうにかすることにした。
城の外に出ようとすると、妹がアタシの隣に並んだ。
ちょっとびっくり。何かを吹っ切ったようだが、外に出て行うのはまごうことなき大量殺人。今まで殺すことを怖がっていた妹が、臆することなく横に並んだのは、さすがに驚いた。
「リデア」
「外の人たちを何とかするんでしょ?」
最終確認の意味を込めて言葉をかけようと思ったら、心配無用と言いたげな妹とバッチリ目があった。
「殺すことは怖いこと。命を奪うのは、間違いなく罪だ。でもだからって、そこから逃げてばかりじゃいけない」
カザーブで泣きながら怖いのだといったその口で、妹は真剣な顔で言葉を紡ぐ。
「殺して殺されて、その中にいて自分一人が「怖い」って、そんなこと言ってたらいけないんだよ。外で死んでたエルフさんは、命をかけて、大切なものを守るために戦った」
その目には、まだ迷いがある。今にも泣き出しそうな顔で、それでも妹は続ける。
「姉さんも戦った。自分の大切なもののために。じゃあ、自分は? 大切なもののために戦ったことなんて、きっと今まで一度もなかった。そのまま何の覚悟もなくて、でもできるんだってうぬぼれて、それで現実を見せられて身動きが取れなくなった」
剣を持つ手力を込める。アタシは、それがひどく痛々しく見えた。
「アタシは卑怯だったんだよ。綺麗事言って、きれいなままでいたかった。何も知らなければ、きっときれいなままでいられたんだと思う。表面だけは。
でもそれは逃げだ。そんなの、今まで死ぬ思いでいた姉さんに対して、それでも強くなろうって努力した姉さんに対して失礼だ。姉さんだけじゃなくて、覚悟を持って戦ってる人たちすべてに対する侮辱なんだ」
目を外に向ける。妹は覚悟を決めた。命を奪うことに対する迷いはある。だが、それでいい。命を奪うことに関して、そう簡単に割り切っていいわけでもないだろう。
命は命。それでも戦う。命を奪った罪を背負って、それでも戦う。アタシみたいに何も感じなかった人間より、ずっといい。
「傲慢でいい! 助けるために殺すのは矛盾でも、私は、私の守りたいモノのために剣をとる!」
成長したなあ。人間の汚さを自覚しながらも、それでもつき進める強さを持てるようになるなんて。
最初にヒト対ヒトの血みどろで泥沼の戦いを見せつけられて、それで戦うっていうことの怖さを知った。そして今回、ほぼ同じ状況において、自らの答えをちゃんと出した。
それは、この子が強いからだ。ぶち当たった壁に真正面から向かい合って、その場しのぎなんかせずに戦ったからだ。アタシには無理かも。適当に壁の回避方法を考えて、直視しないだろう。でも、この子はちゃんとできるんだ。それは、非常に誇らしい。
そして、そこまで心が決まってるんなら、アタシは言うべき言葉は何もない。ただ、やるべきことを行うのみ!
「いくぞ!」
「はい!」
勢い勇んで飛び出す!
が、予想したのとは違う風景が広がっていた。
ロマリアの紋章をつけた服装の集団が、ディザイアンと戦っているのだ。
ええ? ちょ、これ、どういうこと?
勢いが一気にそがれた。妹も、目をまんまるにして動きを止めている。
「お前ら! いたんだな!」
「え? カンダタ!」
混乱してる所に声をかけてきたのはカンダタ。他の人たちとは若干違う服装だが、それでもロマリアの紋章がちゃんと付いている。
「どういうこと?」
「説明は後だ。敵をぶっ倒す! 手伝ってくれ!」
カンダタに言われるまま、アタシ達はディザイアンを倒していった。
ディザイアン掃討後、アタシはカンダタに説明を要求した。
当然だよね? 陛下がどういうつもりだったのかって気になるし。まさか、この襲撃を予想していたとでも? だが、なら何でこうなる前に止めなかったのだ。
陛下、エルフを見殺しにするつもりだったのか?
「最近、ユミルの森の近くで怪しい奴らが何かしてるって情報があってな」
カンダタの説明によると、見殺しにするつもりなんかなかったようだ。
その怪しい奴ら、つまりディザイアンだが、そいつらがエルフの里を襲う前に叩くつもりだったらしい。どこにいるかもしっかりと調べ上げ、準備万端で突入したところ、すでにもぬけの殻だったとか。
時すでに遅しで、ディザイアンはエルフの里を襲撃してしまった。それに気付いたカンダタ達は急いでここまで来たらしい。
ちなみにこのロマリア兵、全員ハーフエルフだ。カンダタが所属している国王直属秘密部隊らしい。カンダタが違う服装だったのは、隊長服だったからのようだ。
「もっと早くこれてればな」
「あんたのせいじゃないよ」
カンダタは被害が大きくなってしまったことを悔やんでいるが、どうしようもないことだ。敵のほうも、カンダタ達の動きに気がついて、その前に行動を起こしたのかもしれない。
いくら言っても堂々巡りだ。言い方はかなり悪いが、仕方がなかったのだ。
かつての美しい里が、今は見る影もなかった。
そして翌朝。
生き残ったエルフたちが、城に集められた。
女王の死体に泣きつく者、茫然とする者、不満げにロマリア兵やカンダタ、アタシ達を見る者と、実に様々だ。
「こんなことになったのは、ハーフエルフなんてもののせいだ!」
一人が、耐えきれないといわんばかりに叫ぶ。その声を聞いた途端、目に殺気を込めてそいつを睨みつけた。
こいつ、誰が助けたと思ってる? 襲ってきたのは確かにハーフエルフだが、助けたのだってハーフエルフだろうに!
「なんということを言うのです!」
クレシェッドが非難の声を上げる。フィーノを抱きしめながら。フィーノは殺気をおさめることもなく、そのエルフを睨みつける。
「違うって言うのか! ハーフエルフなんてものがいなければ、こんなことにはならなかった!」
「そうだ! 女王様だって死ななかった!」
そいつに便乗するかのように、次々と非難の声が上がる。
なんてやつら! 都合の悪いことを、全部ハーフエルフに押しつけて!
「女王を殺したのは、お前らと同じエルフじゃねえか!」
フィーノが声を上げると、一瞬、ほんの一瞬だけ静まるが、また反論してきた。
「そもそも、女王が乱心なされたのだって、お前のせいだろう! この混じり物!」
その言葉に、フィーノは言葉を詰まらせる。クレシェッドが抱く腕に力を込め、
「何と無礼な! 女王の意思を侮辱なさるのですか!」
負けじと言い返した。いいぞ、もっと言え! いや、アタシだって!
「責任転嫁も大概にしな! 女王陛下を殺したのはエルフだ! 乱心したってんなら、そいつだろうが!」
「黙れ! ハーフエルフなんぞがいたせいで、何もかもが狂ったんだ!」
「そうだ! ハーフエルフがいなければ、この里はずっと平穏でいられたんだ!」
「出ていけ、疫病神!」
こいつらあ! 秘密部隊の連中は、自分たちを差別してるからってエルフを見捨てたりしなかったのに! 人の善意をなんだと思ってるんだ! この人たちがいなかったら、今頃この里はもっとひどい状態になってただろうに!
怒りが頂点に達し、シグルドを抜きかけた時。
「そうやってなんでもハーフエルフのせいにしていれば、何か解決するんですか?」
エルフの怒号が飛び交うなか発せられた一つの言葉が、この空間を一気に沈黙させた。
「仮にここからこの人たちが出ていって、何か解決するんですか?」
その言葉は、ひどく静かだ。怒りもなく、悲しみもない。静かな水面に波紋が広がるように、その言葉は広がり、浸透していく。
「ハーフエルフがこの里を襲ったのは事実です。
でも、ハーフエルフが助けてくれたのも事実です。
あなた達は、何で素直に「ありがとう」が言えないんですか? 生きていることに感謝できないんですか?」
エルフも、秘密部隊の面々も、アタシ達も、全員がその人物を見る。
「このハーフエルフの人たちは、歩み寄ろうとしています。善意を押し付けたりせず、自然に。
気づいてますか? この人たち、一言も反論してないんですよ?」
先程のエルフたちの剣幕が、ウソのようだ。美しい顔を般若のように恐ろしい形相に変え、口汚く罵っていた姿は今はない。
言っている言葉はありふれたものかもしれない。だが、確かに力があった。エルフたちも、その力を感じ取り、反論できないようだ。
「誰かのせいにするのって、すごく楽なんです。だって、自分は責任なんて取らなくていいから。逃げられるから。
でも、いつまでも逃げられなんかしないんです。いつか、逃げていた問題に追いつかれるんです。
今回のことみたいに」
それからしばらく、静寂が支配した。誰も声を発しない。今まで言葉を紡いでいた人物は、もう語ることはないという風に、ただみなを見るばかり。
なんだこれは? これが、妹? アタシの妹?
守らなきゃって思っていた妹が、こんなに大きいなんて。力にものを言わせようとしていたアタシとは違う。
顔がゆるむのを感じる。これがアタシの妹。自慢の妹。
アタシみたいにドギタナイ人間じゃない。汚い部分を見ても、そこを歩いていって、その中で泥にまみれて、それでもその輝きが薄れることのない人間。
ただまっすぐに、前を向いて歩ける人間。
「これはツケだね」
静寂に、アタシは石を投げた。それによって、全員の目が、アタシを向く。
「汚いものに蓋、みたいな感じだったんでしょ? ハーフエルフが入れないようにするとか、さ。でもさ、そんなことしたって、無駄なんだよ。誰も逃げられないんだ。
あんた達さ、本当は、分かってるんじゃないの?」
エルフたちが、気まずげに視線をそらす。
「その通りですな」
そんな中、肯定の言葉を返したのは、老人のエルフ。昨日の謁見の間で、女王に一番近い位置にいたエルフだ。
「本当は、みな分かっているのですよ、きっと。ハーフエルフの存在そのものに、何の罪のないことを」
トイルネン様! と、不満げな声が飛ぶ。だが、その老エルフ、トイルネンは続ける。
「女王陛下は、きっと分かっていたのです。以前おっしゃっておられました。
この咎は、いつか自分たちに返る、と」
そして、決意に満ちた目で、はっきりと口にした。
「この森を捨て、外に出ましょう。自分たちだけの世界に閉じこもり、なにも見ない聞かないでは、同じことを繰り返すだけなのですから」
その瞬間、エルフたちが騒ぎだした。不満を漏らす者、決定を下したトイルネンを罵る者、泣きだす者、実に様々。
だが、トイルネンは持っていた杖を思いっきり地面に叩きつけた。ガツン! と固い音が鳴り、また静まり返る。
「女王陛下亡き今、決定権はワシにある。だが、不満があるなら残るがいい、何も言わん。
来たい者だけ来るがいい」
エルフたちの中で、何かが終わった瞬間だったかもしれない。今まで自分たちを守っていたモノがなくなり、無菌室から出ていかなくてはならない。外はバイキンだらけ。今までの安全で独りよがりな平和は、もうないのだ。
結局、ほとんどのエルフたちがトイルンネンについていくことになった。残るのは、ごくわずか。結界ももうなく、彼らはもはや繁栄はできないだろう。それを分かっていても、残るのだ。
ばかばかしいが、口は出さない。滅びたきゃ勝手に滅べばいい。自業自得だろう。
「フィーノ様」
トイルネンが、フィーノに跪き、頭を垂れる。フィーノは何も言わない。ただ、トイルネンをじっと見つめる。
「あなたのおばあ様は、あなたを、愛してらっしゃいました」
やはり何も言わない。クレシェッドが腕に力を込めたが、それに対しても何も言わない。
無表情で、エルフたちを見るのみだった。
フィーノから離れた時を見計らい、アタシはトイルネンに話しかけた。
「あのさ、ノアニール、何とかならない?」
一応、陛下からノアニールを何とかするよう、間接的にではあるが命令されているのだ。このまま放っとくわけにもいかない。
トイルネンは、困ったように眉をひそめ、
「申し訳ありませんが、『夢見るルビー』がないと」
と、頭を下げた。あの、プライドの高いエルフが、人間の小娘に。
この爺ちゃんエルフ、女王の思いに気付き、ちゃんと補佐してたんだろう。このエルフたちの中で、女王の意思を尊重するのは難しかったと思うが。
苦労人なんだろうなあ。ちょっと見なおしたかも。
「おい」
そんな時、カンダタが話しかけてきた。
「あるぞ、それ」
そういって、懐から取り出したのは結構大きい宝石。
ちょいまて。何であんたが持っている?
「それを、どこで?」
トイルネンにしてもこれは寝耳に水のようで、全身を震わせながらカンダタを凝視した。
「この近くに洞窟あるだろ? あそこの湖の底だよ」
「なんと! そのようなところに?」
「何でそんなとこに? 第一、何でそんなこと分かったのさ?」
カンダタ曰く、偵察に行った部隊員の話によると、数人のエルフが夜中にこそこそと森を出て、その洞窟に向かったらしい。その手にはこのルビーが握られ、洞窟の最下層につくと、何のためらいもなく捨てたのだとか。
会話の内容を聞くと、女王が混じり物を受け入れようとしているとか、薄汚い人間などあのままでいいとか、これがなければどうしようもあるまいとか、そんな事を言っていたとか。
つまり何か? 女王の方針に反対して、女王が呪いを解かないようにするために、わざわざ大切なルビー盗みだしたのか?
それが気高いエルフのすることか? あんたら、どこのごろつきだ。
軽蔑の意思が露骨に目に出ていたらしく、トイルネンがうろたえている。
「それを返そうにも、見つけたのがおれら秘密部隊だろ? ハーフエルフが盗んだんじゃないかとかって言われる可能性が高いし、エルフが盗んだって言っても、下手すりゃロマリアとの関係悪化だろ?
チェーザレはエルフとの全面戦争なんざごめんみたいだったからな。返すタイミングを計ってたんだ」
あー。なんか分かる。見つけたからって素直に返せばいいわけじゃない。場合によっちゃ、交渉を有利に進めることも可能だし、その逆もあり得る。見つけたはいいが、扱いに困ったんじゃないだろうか?
フィーノに言わなかったのは、フィーノのためを思ってか? フィーノはまさに当事者、その感情をおもんばかって?
それでも、決着つけて来いって送りだしたりもするんだね、陛下。
「まことに、まことに申し訳ない!」
必死に頭を下げるトイルネンが哀れ。だが、ここはアタシが口出しするとこじゃないと思うので黙っとく。
「で? ノアニールは何とか出来んのか?」
「もちろん! 十分ほどあれば!」
「じゃ、頼むわ」
トイルネンは、その場に座り込んでルビーを持ってブツブツ言い始めた。
こりゃほっといてもいよね。妹たちのところに戻るか。
フィーノは部隊の人たちに頭をなでられたり、何か言われたりしていた。それにいちいち反応を返し、それを面白がって部隊の人たちがまたちょっかいを出す。その繰り返し。
こっちは私がどうこうする問題じゃないね。
クレシェッドが、移動の準備をするエルフたちを見て、悲しそうにしていた。
これは話しかけるべき? スルーすべき?
「どうして、こんな風になってしまうんだ? ここも……ダーマも」
ただの独りごとだ。アタシが聞いてるなんて思っていないだろう。
ダーマでも、何かあったんだろうか? こんなふうって、どんな?
ふむ、このままだと、クレシェッドの奴、負の思考スパイラルに陥りそうだな。
「クレシェッド」
仕方ないので、声をかけることにした。何も聞いてないのを装って、何食わぬ顔で横に並ぶ。
「アデルさん」
「なーに辛気臭い顔してんの?」
アタシの言葉に苦笑し、今までの悲しそうな表情を引っ込める。
「辛気臭いですか?」
「かなり」
「これからのことを考えていたんです。このエルフの方々、どこに行くんでしょうか?」
「さあ? 行くあてがあるとも思えないし」
「でしょうね」といって、クレシェッドは拳を握り、エルフたちを見回すと、「決めました」と言い放つ。
「なにを?」
「この方々に、ダーマに来ていただくのです」
は? いやいや、あんた、そんなこと決めていいの?
アタシの疑問が顔に出ていたのか、クレシェッドは笑った。
「ダーマに一人、変わり者のエルフがいましてね。彼がいるのですから、今更増えても大したことはありません。ダーマとしては、エルフの高いマナ技術に興味を持っていますし」
そして、にっこり笑って、
「それに僕、こう見えても発言権大きいんですよ?」
茶目っ気たっぷりにそう言った。
ま、こいつがそう言うなら何も言うまい。行くところがないエルフにしてみれば、受け入れてくれるところがあるのはありがたいだろうし。
なんだかエルフに好感が持てない身としては、いっそ野垂れ死ねとか思うけど。
後味の悪い任務だった。ちょっとしたお使いが、何でこんなことになるんかね?
陛下のせいだと思う。