真夜中、ユミルの森の前で野宿していて、飛び起きた。
森の奥で何かが起こっている! それも、ただ事じゃない何か。そう、アリアハンや、ロマリア襲撃の時と同じ感じ!
『マスター!』
「分かってる!」
シグルドが感知するのと、アタシが飛び起きるのはほぼ同時だったようだ。
アタシは、全員を叩き起こした。
見張り二人はいない。すでに森の異常を感じ取り、森の奥へと行ったようだ。二人分の新しい足跡が残っている。アタシ達は基本的に部外者、エルフのみで解決しようとする意識が働いたのかもしれないし、単純に巻き込みたくなかったのかもしれない。
暗闇を照らすために出した火がこの場にいる全員を照らす。ちょっとした火なら、マナの扱いに長けた者なら簡単に出せる。
「フィーノ」
「行くさ。余計な気遣い無用だぜ」
「クレシェッド」
「薬草代わりくらいにならなれます」
「リデア、今現在戦えないあんたには酷だけど、置いていくわけにはいかない。
これから向かうのは血で血を洗う戦場。悪いけど、ついてきて」
妹は無言でうなずく。
森に突入する。先頭はアタシ、そのすぐ後ろに妹、そしてクレシェッド。フィーノはほうきでアタシ達の真ん中あたりを飛んでいる。
昼間感じたマナの結界が弱まっている。神社の境内に入った時のような清浄な空気が、外と変わらなくなってしまっていた。
そして、モンスター。
「ユミルの森にモンスターが?」
クレシェッドが声を上げるが、アタシは無言でそれを斬り捨てた。
やはり異常。本来ならモンスターが入り込めないはずの森の中に、当たり前のようにいるモンスター。エルフの結界の力がどれだけ落ちているか、分かろうもんである。
「やっぱ、ロマリアを襲撃してきたやつらと同じ奴らか?」
「魔王軍かって? その可能性は、高いんじゃない!」
話しつつ、襲いかかってくるモンスターを斬って斬って斬りまくる。フィーノも、適度に呪文で敵を減らしていく。エルフの里にいる奴がどれだけ強いかわからないから魔力を節約しているが、それでもクレシェッドから見れば驚異的なのだろう、「すごい」と、感嘆の声を漏らしていた。
クレシェッドの出番は今のところない。クレシェッドに攻撃させるより、いざという時のために魔力を温存してもらい、回復してもらった方がいいからだ。
妹も、攻撃はできなくても回復はできるので、回復要員である。
襲い来るモンスターを斬り捨て、進む。
やがて、火の手が上がるエルフの里に着いた。
逃げ回るエルフ、血まみれで倒れ伏すエルフ、泣きじゃくる子供のエルフ。燃え盛る炎が、それらを鮮明に照らした。赤々と照らされ、世界が血で染まったよう。
泣きじゃくる子供を手にかけようと、一人の敵が剣を振り上げる!
させるか! アタシは一気にそいつのところまで飛ぶように移動し、無防備な腹を斬り裂いた。血を撒き散らして倒れるそいつは、ロマリアを襲ったのと同じ、ディザイアンの恰好をしていた。
「こいつ、あの時と同じ!」
ディザイアンを見て、ロマリアのことを思い出したか、フィーノは怒りに燃える瞳で死体を睨みつける。
「この者は?」
「魔王と手を組んだハーフエルフだ」
クレシェッドは知らないので、簡単に説明する。「魔王と手を組んだハーフエルフ」という内容に、クレシェッドは息をのんだ。
『マスター! 一番強いエネルギーは城からだ!』
「城へ! 親玉から潰す!」
駆けながらディザイアンを斬り捨てる。フィーノも飛びながらディザイアンを容赦なく殺していく。クレシェッドと妹は、黙ってついて来るのみ。クレシェッドがどの程度戦いの覚悟ができているかは知らないが、この光景を見て取り乱さなかったところをみると、心配はいらないだろう。妹は、胸中穏やかではないだろうが、黙ってついてくる。
城の前には、城に入らせまいと必死に戦ったのだろう、エルフたちの死骸が壊れたおもちゃの残骸のごとく転がっていた。
『マスター! 生命反応がある。生きている者がいるぞ!』
「生きてる? シグルド、それ誰?」
生きているのなら助ける。それは人として間違ってはいないと思う。殺した手で、別の命を救う。考えれば考えるほど、矛盾していて、皮肉だ。
アタシはシグルドの声に従い、生きているエルフを探し出した。シグルドの探知能力は鋭く、ものの数秒で見つかった。
「じょ……へ……か」
だが、もう手遅れ。そのエルフは、「女王陛下」と、最後まで仕えるべき主を案じて逝った。
妹が、そのエルフの手を取った。悲しそうに死体を見つめ、強くその手を握る。
「突入するぞ」
妹がなにを思ったのか、それは分からない。非情だが、その感傷につきあう時間はない。
一気に突入。同時に、
「レイ!」
フィーノの術で、ディザイアンを一気に殲滅する!
さすがと言うべきか、ちゃんと敵のみに攻撃をあてていた。
だが、この術に耐えうる奴もいた。
「なかなか強力な術を扱うではありませんか」
何のダメージもないらしく、余裕の表情で答えるのは、他のディザイアンとは違った姿をした男。手にはロッドを持ち、灰色の髪をしたハーフエルフ。この姿は、見たことがある。シンフォニアに出て来る敵、ロマリアを襲ったマグニスと同じ、ディザイアン五聖刃の一人。
そいつの後ろには、一人の女性が倒れている。エルフの女王だ。
「女王陛下から離れな」
「ああ、これですか」
厭味ったらしい口調で言うや、そいつは女王を蹴り飛ばした。
「なっ!」と声を上げる妹、「てめえ!」と術を放つ態勢に入るフィーノ。クレシェッドは、あわてた様子で女王に駆け寄ると、回復呪文をかけ始めた。
「何かご不満でも? 私から離したかったのでしょう?」
この野郎! やることがいちいち外道じゃねえか!
アタシが飛びかかろうとした時、
「させない!」
なんと、妹が剣を抜いてそいつに斬りかかった!
がむしゃらの攻撃は、しかしそいつには通じなかった。あっさりとロッドで防がれ、
「ライトニング」
反撃の術まで使われる。しかし妹はロッドで防がれた瞬間、相手と自分との衝突エネルギーを利用して、相手を飛び越え、後ろを取った! うまい!
「これ以上、殺させない!」
術が空ぶったそいつは今無防備。その背に妹が斬りかかるも、
「アクアエッジ!」
他に生き残っていたディザイアンが妹に術を放つ。だが、そのくらいアタシはお見通し!
「フレイムドライブ!」
水の術を炎の術で相殺、術を放ったディザイアンに斬りかかる。
「ロックブレイク!」
悪あがきの術を放ってくるが、盛り上がる地面から一足飛びで離れ、
「エアプレッシャー!」
強力な重力で押しつぶす。これでそいつは終わりだ。全身の骨はバラバラだろう。
術に気を取られた妹は、その隙を突かれてロッドで反撃されるも、あっさりとその攻撃をはじいた。相手の親玉は一旦後ろに飛んで距離をとる。
「お前が勇者か」
妹は答えない。それをどう取ったのか、そいつは凶悪な笑顔を浮かべた。
「ふふっ。私はディザイアン五聖刃の一人、クヴァル。その首、いただきますよ」
「負けない!」
突撃してくる妹を、クヴァルが術で迎え撃つ。
あいつのことは、妹に任せることにした。今まで戦うことを恐れていた妹に、どんな心境の変化があったのか、想像がつかないが、あの様子を見ていると、悪い方に転がったわけではないようだ。なら、ここで壁を乗り越えさせるためにも、一人で戦わせるべきだ。
よほどのことがない限り、手助けはしない。それでは、乗り越えたことにならないからだ。
「女王陛下は?」
血まみれで倒れている女王は、今にも消えてしまいそうだ。それを必死に食い止めようとクレシェッドが回復呪文をかけているが、
「ダメです。私なんかの力では……!」
傷が深すぎて、クレシェッドの魔法では癒せないようだ。
「どうにかしろよ! お前神官だろ! こいつには、こいつには……!」
フィーノが、クレシェッドの肩を持って揺さぶる。
フィーノの母方の祖母。その人物にフィーノがどんな感情を抱いているのかはわからないが、このまま何の会話も交わさず、終わっていいわけがない。
「どいて、アタシがやる」
アタシならクレシェッドより魔力も高く、レベルの高い回復術が使えるから、助けられるかもしれない。
「お願いします」
悔しそうに顔をゆがめながら、クレシェッドはその場から退き。
どこからか飛来した数本の矢が、女王に突き刺さった。
「な! しまった!」
この場にいるディザイアンはクヴァルを除いてすべて片付いたはず。なのに、だれが?
矢は額、のど、左胸に刺さっており、これはもう確実に死んだ。
次の瞬間、響き渡るのはあざけりを含んだ高笑い。
「ざまあみろ! ハーフエルフなんぞ、崇高なエルフには不要! それを、バカなまねをするから!」
「おまえ!」
そいつは、昼間女王のそばで控えていた臣下の一人。生粋のエルフだ。
「なんということを! 自らの使えるべき主を!」
クレシェッドが、怒りの声をあげ、バギマを放つ。しかし、そのエルフはストーンウォールを唱え、大地の壁で風の刃を防いだ。
「ハーフエルフを王子として認めろと、そんなことを言いだした時点で、そいつは女王失格だ!」
言い捨てるや、放って来た術はアイストーネード。冷気がアタシ達の周囲に渦巻き、空気中の水分が人の頭ほどの氷の塊になって襲ってくる! 冷気と氷の二重攻撃の術。だが、
「バーンストライク!」
アタシが発動させた術で、人一人飲み込める炎の塊が降ってくる。それは氷を溶かし切り、冷やされた空気を暖めた。
「食らいやがれ! サンダーブレード!」
自分の術を防がれておたついている隙に、フィーノがとどめを刺した。
「ぐっがああああ!」
絶叫をあげて倒れるエルフ。アタシは急いで近づくと、死んでいるかどうか確かめた。
どうやら、死んでいないようだ。エルフは魔力が高く、術に対する耐性も強い。それでも雷撃で神経が焼き切れて、もう動かせないだろう。
さて、こいつにはこのままおねんねしてもらっているわけにはいかない。色々と聞きたいことがある。
話すことができる程度には回復してやって、往復ビンタで叩き起こす。
「それでは逆に気を失いますよ!」
どうやら力を入れすぎたらしい。感情が手にこもってしまったようだ。
じゃ、気を取り直して。
「起きろ! 寝てんじゃねえ! 起きろ!」
「あんまり変わってない!」というクレシェッドの悲鳴が聞こえるが、知ったこっちゃない。
「ぐっ」
「寝んじゃねえぞ、てめえ」
フィーノがドスの効いた声で脅しをかける。エルフはみっともなく「ひぃ!」と小さく悲鳴をあげ、おびえた表情でアタシ達を見た。
「さて、今回の襲撃、まさかあんたが関わってんじゃないだろうね?」
「そんなわけあるか!」
そしてまあ、しゃべるわしゃべるわ。
今回の襲撃は、女王のせいだという。ユミルの森の結界は女王によって保たれている。だが、女王が心を乱したせいで結界がほつれ、結界の穴から敵が入り込んで来たんだそうだ。
女王が心を乱したのは、アタシの言葉とか、何よりもフィーノの存在だろう。
この森を狙っている連中がいるのは前から知っていたらしいが、入り込んで来たのはそいつらだろうとのことらしい。
「女王がいけないんだ! 何もかも! ハーフエルフなどという混じり物を受け入れろというだけでなく、使命であるこの森の守護も果たせなかった! 死んで当然だ!」
「黙れえ!」
フィーノが、エルフの頭を思いっきり蹴りあげた。それで、首の骨が折れたらしく、そのエルフはあっさりと死んだ。
「冗談じゃねえ! 冗談じゃねえぞ! なんだよこれ! どうしてこうなるんだよ!」
フィーノが地面に拳を叩きつける。
「いけません! 手が動かせなくなりますよ!」
クレシェッドが止めるも、フィーノはそれを振り払ってわめく。
「何がいけないんだよ! 生まれただけだろ? 両方の血をひいてるだけじゃねえか! それだけで、何でこんな扱い受けなきゃいけねえんだよお!」
フィーノの目から涙が次々と流れ落ちる。手を打ち付けるたびに、その手は壊れていく。
「生まれてこなきゃよかったのか? 生まれたことが、いけなかったってのか!」
あ、だめだこれ。我慢できんわ。
アタシはあろうことか、フィーノを抱きしめてしまったのである。ぎゅうっと、力を込めて、でも苦しくないように。
衝動に抗えなかったとはいえ、何キモイことしてんの自分? こんなキャラじゃないよね?
フィーノが言葉を止め、息をのんだのが分かる。そりゃそうだよな、アタシなんかがこんなことしたら、そりゃ驚くよな。
ついでに、傷ついた手を術で癒していく。
何も言わない。言うべき言葉がない。本当なら、こんなことされたって鬱陶しいだけなんだろうなあと思う。何よりもキモイ。
アタシだったらこんなことされたら、「余計なお世話」とか「構うな」とか思う。こういうことをされると、かえって逆効果なことってあるんだよ。
まあ、やってしまったことは仕方がないので、しばらくこうしていることにする。幸い、フィーノからは拒絶がないし。
話もできなかった祖母。今まで存在すら認めてもらえなかったと思っていたら、自分のために努力していてくれた人。それでも、自分がこんな境遇なのは、こいつのせいだって思いがある。
フィーノの感情とかを考えてみたが、どうだろう? もう頭の中がぐちゃぐちゃで、感情が制御できなくて、でも責められる相手もいなくて自分を傷つけるしかない。それは悲しいと思うんだ。
思うだけで、アタシはこいつのことなんてちっとも分かっていないんだろうけど。
妹を見る。妹は、クヴァルを追い詰めていたようだ。クヴァルが忌々しげに妹を見る。
「スパークウェブ!」
大の男が数人ゆうに入れる球状の電撃の力場が、妹を覆うが、妹はその包囲網が完全になる前に素早く飛び出し、
「メラ!」
拳程度の火をクヴァルに放った。あの程度なら大したダメージにはならないだろうが、牽制には使える。妹はメラを連発しながら、クヴァルに迫る。
クヴァルは妹と距離を取りたいようだ。接近戦では妹に利があるのだろう、離れて術で倒したいようだが、メラがそれを邪魔する。
そして、
「やあ!」
気合とともに振り下ろされた一撃が、クヴァルの左肩から右の腰にかけてを、深く斬り裂いた。
クヴァルはよろめきながら数歩後退すると、
「劣悪種……ごときに……」
憎悪の込められた視線を妹に向け、倒れた。
「命は、命。私は、戦う」
自分が殺した死体を見下ろして、妹ははっきりとそう言った。
まだ外ではディザイアンが暴れているだろう。生き残っているエルフもきっといる。
でも、そんなことは、今この空間では関係がなかった。この中の誰も、まだ動けない。
ここだけ、まるで別世界だった。