ユミルの森まで歩くのイヤだー、と思っていたのだが、クレシェッドは馬を用意してくれていた。
乗馬? 出来るよ、ポルトガでエミリオの家にいた時に教えてもらったから。出来ないと鼻で笑われるから、必死になって覚えたさ!
妹は、アリアハンでの『勇者育成カリキュラム』に乗馬はちゃんとあったらしく、しっかり乗りこなしている。
歩いていけば一ヵ月半以上はかかるらしいが、このお馬ちゃんたちがいれば一週間もかからずに着ける。素晴らしいぞ、馬。
フィーノは今まで通りほうき。馬が全力疾走しても余裕らしい。
フィーノとクレシェッドだが、最初は印象が悪かったのか、フィーノがクレシェッドを睨みまくっていたのだが、今ではそうでもない。クレシェッドは基本的に「いい人」なので、付き合っていればちゃんと良好な関係が築ける。
それに、妹の「みんな仲良くしようよ」という言葉と態度に、フィーノが折れたというのもあるだろう。
「天然には勝てねえ」と、心底疲れ切った様子でいうフィーノが若干哀れ。だが、「アタシの妹は、最高でしょ」というアタシの言葉を否定せず、それでも「ふんっ」とそっぽをむいた。この天邪鬼め。
途中で出てくるモンスターたちの相手は、必要ならするが、そうでなければ馬の速さで一気に駆け抜ける、が基本方針だ。余計な戦闘をして疲れる必要はない。
馬に乗っていると、刀ではうまく戦えないので、基本的に天術で戦っていたら、クレシェッドに驚かれた。
「エルフの血を引いてらっしゃるのですか?」という問いに、アタシはノーと答えた。
それにしても、さすがにダーマの神官だけあって、知識はあるようだ。ちょっと見ただけで天術が分かるとは。
ソーディアンの話をしたら、「これが?」と、天術を使った時以上に驚かれた。話すかどうか迷ったのだが、こいつなら話しても大丈夫だろうと思ったのだ。
ユミルの森に行く以上、エルフの知識は最低限持っている必要があるだろうと、妹には必死に覚えてもらった。妹がかなり涙目で、フィーノからは「それくらいにしてやれよ」とか言われたり、クレシェッドが妹を慰めたりという光景が日常化していたりする。
あれ? アタシ、悪役ポジション? シンデレラの継母的な? 考えて、かなり落ち込んだ。
おかしいなあ。爺ちゃんにしてもらったのと同じようにしてるはずなのに、何でこんな風に言われないといけないんだよ。
ブツブツ言ってると、クレシェッドの耳に入ったらしく、「なんというスパルタ」とか、「あのお方は……」とか、何やら葛藤していた。
で、そのクレシェッドだが、戦力的な面からすると、フィーノと比べてかなり見劣りする。基本的に非力で、持っている杖で殴るなんてことはできず、呪文に頼ることになる。しかし、その呪文もバギ、バギマくらいしか使えず、威力も平均。回復呪文はホイミとベホイミ、キアリーだ。
回復呪文が使えるのはありがたいので、回復してほしい時は頼もうと思う。今は回復してもらう必要がないので、クレシェッドの出番はないに等しいのだが。
そして、ついに来てしまったユミルの森。
アタシ達は馬から降り、クレシェッドを先頭に森の入口に近づいた。
「待て、ここからはエルフの女王陛下が納める土地。ここに入る許可は?」
見張りらしきエルフ二人が、互いの槍を交差させて通せんぼ。だが、クレシェッドは焦らず、例の筒を取り出した。
「ダーマからまいりました、クレシェッド・ボルネンと申します。ダーマ教皇より、エルフの女王陛下への書簡をお持ちいたしました」
見張りの二人はその筒のダーマの印を見ると、「失礼した」と交叉させていた槍を収めた。
「通られよ、ダーマの使者殿。ただし、そこのハーフエルフはここにて待っていてもらう」
妹がそれに何か言おうとしたようだが、アタシが肩を引いて黙らせた。ここは口を出していいところじゃない。妹はなおも不満そうだが、ここは我慢してもらうしかない。
アタシだって、いい気はしない。むしろ不快だ。だが、個人感情で事を荒立てれば、あおりを食うのはハーフエルフたちなのだ。
我慢しろ! 視線で強く訴え、妹はやっと矛を収めた。
「フィーノ、行ってくる」
「ごめんね、フィーノ君」
「あなた方、このフィーノ君に無礼を働くことは許しません。もしもの場合、ダーマからの正式な使者として、正当な権利を持って抗議させていただく」
アタシと妹はフィーノに話しかけ、クレシェッドは見張り二人にくぎを刺している。
見張りたちはその光景に目を丸くしていたかと思うと、今までの硬い表情から一変、柔らかい笑顔で応じてくれたのである。
「女王に会われよ、今ならきっと、あなた方の希望は女王陛下に届く」
なにか、ものすごく意味深なこと言われましたけど。
なに、エルフってハーフエルフのこと迫害してなかったっけ? それがこの態度。ハーフエルフのこと頼んで、嫌な顔一つせず、むしろ当たり前、みたいな雰囲気あるのはなんで?
エルフに、何か変化があったのか?
「フィーノ様のことは任されよ」
「この方のことは、我々が守る」
様付け。あ~あ、つまり、エルフの女王はフィーノのことをちゃんと知ってるわけね。『ハーフエルフ』を守るんでなくて、こいつだから守るんだろうか。だとしたら複雑だな。
一番複雑なのはフィーノだろうけど。アタシが思っている通りの理由なら、むしろフィーノとしてはお断りだろう。フィーノも、苦虫をかみつぶしたみたいな顔してる。それでもイヤだといわないのは、意地か。ロマリアから正式に派遣された者としての面目のためか。
アタシは黒いどろどろした感情がたまるのを自覚しながら、森の中に足を踏み入れた。
うわ、森の中ゲームの景色とよく似てる。ちっちゃい島があちこちにあり、それをいくつもの橋がつないでいる。ゲームと違うのは、案内板がちゃんとあって、迷わないってところか。
モンスターもいない。エルフたちがモンスターを入れないようにしているんだろう。この森、結界が張られているようだし。マナの膜で森全体が覆われているのだ。そのおかげか、森の中は外と空気が違う。
「すごい」
妹が、感動の声を出す。
「見事な森です」
クレシェッドも、同じく感嘆の言葉を漏らす。
「さっさと行こ」
そんな気分にはなれず、アタシはさっさと歩きだした。
確かにここは聖域だろう。他者を完全に拒み、異物を一切入れない無菌室のような。故に、他のものを認めない。それが、自分たちの血を引いていても、いや、自分たちの血を引いた異物だからこそ、エルフは認めないのだ。
それが、変化した。フィーノの存在によって。それがフィーノ一人だけなのか、それ以外にも及んでいるのかはわからないが。変化はいいことだろう。エルフは寿命が長く、それ故考えが停滞する。そこに変化の風が起こることは、歓迎すべきことだ。
だが、自分たちが今までやって来たことを棚に上げて、いきなり手のひらを返すような行為は吐き気がする。ハーフエルフはこの森に通さない、その掟はまだ生きているようだが、先程のことを見るに、それがとかれるのも時間の問題のような気がする。
ふざけるな。今まで理不尽に迫害されてきたハーフエルフのことを、なんだと思っている。フィーノという存在が現れるまで、見向きもしなかったくせに。
黒い感情が表に出ていたか、妹が怯えた声で呼びかけて来る。
ああ、しまった。妹におびえられるなんて、アタシは何をしているんだか。
「あなたの気持が、分からないわけではありませんが」
クレシェッドが、柔らかい声でなだめて来る。
「ここはこらえるところです。きっかけが何であれ、変わろうとしているのは事実。そこに水をかけるような真似はしてはいけません」
立ち止った。
アタシは、ハーフエルフを自分と重ねているのだ。だから、ここまで感情が高ぶってしまった。
抑えろ。一番はらわた煮えくり返ってる奴が我慢してるのに、アタシがそれを壊してどうする。アタシはハーフエルフじゃないし、それに関わったこともない。勝手に自分と重ね合わせて怒りを抱くなんて、彼らに失礼だ。
自分に嫌気がさす。ハーフエルフの苦しみは、アタシなんかとは比べ物にならないものだ。それを、同じように考えるなんて。
両手で顔を叩いた。かなりいい音がした。
よし、目が覚めたぞ。
「ごめん」
「分かっていただけたのでしたら、何も言うことはありません。
ホイミをかけておきましょう。腫れてしまってはいけませんからね」
黙ってホイミを受ける。回復魔法の温かさが、なんとなく泣きたい気持ちにさせた。
ホイミのおかげで顔がはれることもなく、エルフの集落ヘイムダールに着いた。
アタシ達が集落の入り口に着くと、そこで待っていたらしい人物が声をかけてきた。
「ようこそいらっしゃいました。女王陛下がお会いになられるとのこと。どうぞこちらへ」
外の見張りから、すでに情報が行っているらしい。あっという間に女王と謁見できるようだ。
ファンタジアやシンフォニアと同じように、木でできた家々が目に入る。だが、それに感動できる精神状態ではない。
人間が珍しいのか、エルフたちがこちらをじろじろと見て来るが、その視線が鬱陶しいし、腹立たしい。いっそにらみ返してやりたいが、ここはこらえる。
やがて、造り自体は簡素だが、他の建物と比べて豪華な建物が見えてきた。あれが、エルフの女王の城か。
だが、豪華絢爛なロマリアや、田舎でもそれなりの規模を誇るアリアハンと比べると、見劣りする。エルフの文化を考えると、比べるのは無意味なのだが。
エルフは自然と共に生きる種族。自然を自分たちの都合のいい様にしてしまう人間と、同じようなもののはずがない。
そして、あっという間に、アタシ達はエルフの女王の前にやって来た。
跪く。顔を下げる。これはちょうどいい。今のアタシだと、睨んでしまいそうだから。
「よく来られました、ダーマの使者殿。そして、勇者どの」
ほう? 名乗りもあげていないのに、よく分かったもんである。天界に近い種族だから、そのあたりのことは分かるんだろうか。
頭を下げる前に見たエルフの女王は、赤い髪の美女だった。まだ若々しく、孫を持つようには見えないのだが。
「ダーマより参りました、クレシェッド・ボルネンと申します。ダーマ教皇より、書簡を預かってまいりました」
クレシェッドが筒を差し出すと、女王の臣下がその筒を受け取り、女王に渡す。女王は封印を丁寧に破ると、その場でそれを読んだ。
頭は下げたままなので、気配でしか状況は分からないが、だいたいのことは分かる。
「ダーマ教皇の御意志、よく分かりました」
読み終わったのか、女王はよく通る声で語る。
「お恥ずかしい限りです。十年前は娘を奪われたという怒りに我を忘れ、あのような暴挙に出てしまいました。
しかし、今は反省しております」
目の前が真っ暗になった気がした。
今は反省? 何を? 娘さんが人間の人と結ばれることを反対したこと? ノアニールに呪いをかけたこと?
その反省に、今まで犠牲になったハーフエルフたちのことは含まれているのか!
第一、なら今まで何で行動を起こさなかった? こうして書簡が届くまで何もせず、ただ嘆いただけだったとでも?
フィーノのこともそうだ。知っていたなら、何で話そうという行動を起こそうとしなかった? 民が「様」づけをするということは、女王の意思がちゃんと民に伝わっているということ。なのになんで、こうしてやって来るまで何のアプローチもしなかったんだ!
腹が立つ。精神が黒い泥で塗りつぶされる。
エルフの矜持が許さなかったのか? 今まで蔑んでいた存在を、自ら受け入れることはできないとでも? 外からの働き掛けで、仕方なくそうしてやったという形にしたかったとでも?
人間を下等だなんだと言ってるわりに、自分たちがやっていることだって、十分下種じゃないか!
こんな言葉じゃ足りない。頭が精神についていかない。
「本来なら、そう自覚した時に行動を起こすべきでしたが、ノアニールの呪いを解くためのものが、何者かに盗まれてしまったのです。今まで探していたのですが見つからず、まことに申し訳ありません」
だったら、ロマリアに協力を要請すればいいじゃないか。自らの領土に関わる問題だし、エルフとの関係が良好になる機会だということで、断ることはないだろう。なぜ、自分たちだけで問題を片付けようとする?
否定される痛みを知っているか? フィーノは、ハーフエルフたちは、ノアニールの悲劇を、どんなふうに思っていたのだろう。それを、この女王は、エルフたちは、少しでも考えたことがあるのか?
話は進んでいく。呪いをかけた時に使ったアイテムは『夢見るルビー』といわれるもので、その呪いを解くには、その『夢見るルビー』を使って作る『目覚めの粉』が必要。それがなくば、呪いは解けず、ノアニールはずっとあのまま。
エルフの王女は、確かに軽率だったかもしれない。相手の男も、また軽率だったんだろう。エルフの長の娘でなければ、問題はここまで大きくならず、ノアニールの悲劇は生まれなかったかもしれない。不幸な子供が、一人減ったかもしれない。
だが、王女という立場は重かった。
だが同時に、だからこそ、女王は心動かされ、心境に変化が生じた。
それはいいことなのか、悪いことなのか。
クレシェッドが、エルフのみで不可能なら、ロマリアの力を借りるべきだと進言した。必要なら、ダーマも力を貸すと。だが、女王は頷かない。エルフの問題はエルフで解決すると言いやがったのだ。
「ふざけるな!」
気がついたら、立ちあがって声をあげていた。
「エルフの問題だと? 違うだろ! エルフだけの問題なわけねえだろうが! エルフ、人間、そしてハーフエルフ、全ての問題だ!
何悲劇の主人公ぶってやがる! 一番の被害者は誰だ? 悲しい思いをしたのは? お前らエルフじゃないだろ!」
そこらじゅうから「無礼な!」とか、「人間の分際で!」という声が上がり、アタシを取り押さえようとエルフが飛びかかってくるが、アタシはシグルドを抜き放ち、プリズムフラッシャを唱えた。ごくごく弱い、直撃してもちょっとの間気絶するだけのようなもの。
アタシを取り押さえようとした奴らが倒れる中、恐れおののき取り乱すやつや、「天術?」と驚きの声を上げる奴なんかは無視して、女王を見る。
女王は、目を見開いて、茫然とアタシを見た。
「フィーノが大切か?」
答えはない。かわりに、小さな悲鳴が聞こえる。
「自分の孫が、大切か?」
女王の体が震えた。恐怖か、別の感情からか。関係ない。アタシは言葉を続ける。
「何が大切で、何が重要だ! 何が必要か考えろ! あんたの孫は、今までどんな思いでいたんだろうな? アタシには想像もつかないよ。だけど、ハーフエルフは差別される」
クレシェッドが、妹が、アタシを止めようとする。アタシはそれを振り払った。クレシェッドは非力だし、妹は動揺していて容易かった。
ああ、さっきは妹が何か言いかけてアタシが止めたんだよな。まるっきり逆になっちゃったよ。アタシも、救いようのない人間だ。自分のエゴを前面に押し出して、感情をむき出しにして暴れる。醜い人間だ。
でも、こいつらは許せない!
「今までハーフエルフがどんだけ苦しんだか、少しでも考えたことあるのか? 今までの態度から手のひら返されたフィーノの気持ちはどこに行ったらいい?
守りたいものがあるなら、エルフのプライドなんて捨てちまえ! それができないなら、フィーノに手を中途半端に差し出すような真似するな!」
女王は、アタシの言葉に何を思ったのか、その場で手で顔を覆って泣き始めた。
静まり返る。女王の鳴き声だけが響く。
やがて、女王は涙を流しながら、口を開いた。
「今までは、ハーフエルフなど、混ざりモノ、と、思って、いました」
誰も口を開かない。女王の声だけが、場を支配する。
「娘が人間と駆け落ちして、村を、あんな風にして、それでも怒りは収まらない」
女王の威厳がまるでない。
「そんな時、ロマリア国王から、ある絵を受け取りました。そこには、娘の子供が、いたのです」
その時のことでも思い出したのか、女王の涙は次々と流れ落ちていく。
「ハーフエルフでした。でも、娘の愛した男との、子供でした。
この子の話を聞いて、そして、娘と、その相手の男の話を聞いて、自分が取り返しのつかないことを、したことを、思い知りました。
この子は、私の娘の子。私の、孫。でも、私は女王。そう簡単に、全てを捨てて、会いになんていけない。
ちょっとずつ民を説得していって、ようやく孫を受け入れられるようになって来たのです」
女王は、「ごめんなさい」とこぼす。何に対して謝っているのか、アタシには分からない。
「ハーフエルフのことを調べていって、現状が分かって、後悔しました。今まで何とも思っていなかったものが、孫にも及んでいるのだと思うと、胸が痛みました」
涙は収まってきたようだ。声も普通になって来た。
「エルフの女王として、出来ることをやりたい。でも、エルフは混ざり物など認めない。人間のような下等な血を認めない。
でも、そこには私の血もあるのだと訴えました。そうして時間をかけて、ようやく、民はあの子のことは受け入れてくれたのです。
でも、ハーフエルフそのものを受け入れるのは時間がかかるでしょう。そう簡単に、今までの溝は埋まらない。あの子だけでもと思ったのですが、それがかえって、傷つけることになるのですね」
「女王陛下、あなたは、ちゃんと分かってらしたのですね?」
アタシは後悔した。女王としての立場から、ああいう言葉を言うしかなかったのであって、彼女自身はアタシの言いたいことを、全て分かっていたのだ。
自分の娘がきっかけでそれを悟るなんて、なんて皮肉なんだろう。
「あなたの言葉は、胸にきました。その言葉、心に刻んでおきましょう」
アタシはその場に両手をつき、額を地にこすりつけた。
「申し訳ありませんでした、女王陛下」
「よいのです。言われてやっと、自分の愚かさが身にしみました。エルフは高潔な一族だと自負していますが、実際は違う。そのことが良く分かりました。礼を言います」
女王はそう言うが、周りのエルフたちはそうはいかなかった。処刑にしろとか言っているが、殺されてやる気はない。もしそういう方向に話が行ったら、問答無用で逃げる。
エルフは天術にすぐれてはいるが、戦闘においてはそれほどでもない。天術自体が強力で勘違いされているが、戦闘という分野において、エルフは弱いのだ。だから、その気になれば、アタシはここにいるエルフたちを一網打尽にすることは十分できる。
「おだまりなさい! 私たちは、今までの傲慢を改めなければならないのです! そうだと気づけた時にやらなくては、また同じ悲劇を繰り返します! それを教えてくれた恩人に対して、何という言い草ですか!」
女王の一喝で、今まで騒いでいた連中は静まった。かなり不満そうにしてこちらを睨みつけている奴が結構いるが、まあこれは仕方がない。自分の使える主にあんな口きかれて怒らない奴って、臣下として問題あるし。
「今日は泊まっていってください」
「いえ、フィーノが外で待っています。明日にまた話があるのなら、アタシ達は森の外で野宿します」
「あの子も……」
「女王陛下、今の状態でフィーノをここに入れるのは、フィーノにとって苦行でしかないのです」
何とか説得して、アタシ達は森の外へ向かった。エルフたちから怒りの視線をもらいまくったが、それは全部無視した。
そして、ユミルの森の橋を渡りながら、クレシェッドはため息をついた。
「一時はどうなる事かと思いましたよ」
「ごめん。感情が先走った」
「姉さん! 私の時は止めたのに、姉さんがそれじゃあ意味がないよ」
「反省してます」
妹にまで攻められ、アタシはちっちゃくなった。本当に、今は申し訳ない気持ちでいっぱいである。
この調子で二人からずっと責められ続け、森から出るまでの時間はまさしく苦行だった。
「フィーノ」
「お、帰って来たか」
フィーノは、不機嫌でも何でもなく、いつもの調子でアタシ達を迎えてくれた。
「無礼はしなかったかよ」
それに対しては苦笑いで答えた。フィーノが「おい」とツッコミを入れてくるが、笑ってごまかした。
前途が明るいのか暗いのか、アタシにはさっぱりだが、この愛すべきガキンチョが笑って暮らせる社会になればいいと思う。
妹がフィーノと笑いあっている。それを見て、クレシェッドが微笑んでいる。ついでに、見張り二人も、その光景をまぶしそうに見ている。
この見張り二人、見張りなだけに人間なんかと接する機会は多いんじゃないだろうか。だから、比較的に人間なんかへの意識が他のエルフと違う部分があるのかも。だから、ハーフエルフに対しても、中にいるエルフたちよりましなのかもしれない。
こいつらみたいなエルフが、少しでも増えたらいいなと思う。
ちなみに、野宿した際、見張り二人にご飯をおすそわけしたら、えらく喜ばれた。人間などのものはいらんとは言わず、むしろ一緒に座って食べたほどである。
やっぱこいつら、中にいるエルフとは違うようである。もしかして、だから見張りなんかしてるのだろうか?
それぞれの共存の道の可能性は、こんなところに転がっていたりするものらしいとしみじみ思いつつ、アタシは明日どんな顔して女王陛下に会えばいいんだろうと悩んだ。
いっそここで待ってようかと思うんだが。