徒歩。のんびり徒歩。馬で行けば楽なのにもかかわらず徒歩。
目的地はノアニールという村。ロマリア支配圏の最北である。それより先の土地は、エルフの領地となっている。
さて、陛下の「お使い」は、ノアニールについての調査である。十年ほど前、エルフによって村の人間の時間が止まってしまったのだとか。その村そのものの時間が止まったわけではなく、あくまでのその村の人間の時間が止まったらしい。いつまでたっても微動だにせず、年もとらず、死にもしない。
原因は分かっているらしい。ロマリアとしては統治下にある村を放置できず、調査団を派遣し、エルフの仕業であることを突き止めると、正式な使者を立てて、エルフに異議を申し立てた。だが、エルフは「エルフの王女が人間にたぶらかされた」と言い、ノアニールの呪いを解くことを拒否したのだとか。
そこまで分かってて、何でアタシ達がまた調査しないといけないのかという話だが、ロマリアは定期的にノアニールに調査団を送り、経過を観察しているとか。つまり、アタシ達に経過報告をしろと言っているわけである。
その際、ノアニールに行くまでにある村や町などの調査も兼ねているとか。
で、そのためにアタシ達姉妹に加え、ロマリアからの正式な人員が加わったのだが、
「サンダーブレード!」
その人員は、襲いかかってくるモンスターに、容赦なく電撃の術を見舞っている。
徒歩なので、どうしてもモンスターとの遭遇率が高くなる。馬でもいれば、逃げることも容易なのだろうが、「歩いていけ」という陛下の言葉もあり、仕方なく徒歩。
まあ、襲いかかってくる頻度こそ高いものの、国を挙げてモンスターを定期的に討伐しているらしく、大した奴はいないので苦戦はしない。
問題なのは、妹である。戦おうとしないのだ。
無理強いなどできないので、妹に襲いかかって来る奴をアタシが優先的に斬りながら、もう一人が術で一網打尽がスタイルである。
「弱っちい奴が突っかかって来るんじゃねえよ」
つまらなそうに言うのは、ハーフエルフのガキ、フィーノ。こいつが、ロマリアから派遣された人員である。
このフィーノ、ロマリア国王直属秘密部隊の隊員の一人で、しかも結構な地位にあるらしい。その秘密部隊は、ハーフエルフによって構成された部隊だとか。
驚くことに、あのカンダタもその部隊の一員で、その実力から隊長格らしい。何が驚いたって、あのおっさんがハーフエルフだってことに。エルフの血はどこに行った? て言う外見だし。天術苦手で、ファイアーボール使っても、マッチの火程度の火をおこせれば奇跡という具合だし。実際に見せてとせがんで、渋るカンダタに実際に使わせてみれば、ぷすんと音を立てて「燃えたの?」って感じしか火が出なかった。本当に苦手らしいことが分かり、しかも本人かなりのコンプレックスのようで、その時は本気で同情した。
ハーフエルフって、無条件で全員が術を使えるとばかり思っていたのだが、そうでもないらしいことに驚き、「そういうこともあるのか」と何か発見した気分になってちょっと気分もよくなったり。カンダタにしてみれば、冗談じゃないのだろうが。
さて、話はさかのぼるが、実はアタシ、あの謁見の後、一人陛下に呼ばれたのである。
謁見の間から応接室のような場所に案内され、部屋にいるのはアタシと陛下、それに謁見の間で陛下の横にいたおじさま、この国の大臣、ミケロットである。
陛下は上座に座られ、アタシは下座、大臣はその中間という具合。部屋の外に兵士はいるが、ここは防音がしっかりしており、中の音は聞こえないとか。危ないじゃないかと思い、
「私めが陛下に危害を加えたら、どうなさるおつもりですか?」
と、このあり得ない状況に疑問を投げかけてみると、
「お前は馬鹿ではあるまい。この状況でこそ、私には手を出すまいよ」
と、余裕の表情で返された。
そりゃあね、この状況で陛下を害するなんてことしたら、言い逃れ不可、逃亡も難しく、よくて第一級のお尋ね者。地獄のような拷問を経て、死罪、というイヤなコース一直線である。分かってるさ、でも、だからっていいのか王族。
「そんなことはどうでもいい。
私としては、お前ともっと話したくて招待したのだからな」
それはありがたいのだろうか? 国王が、一介の平民と話をしたいと言われるのは、こちらとしてはきっと名誉なことなんだろうけど。
「ありがとうございます」
なので、とりあえず頭を下げておくことにする。
「さて、アデルよ、お前は私に聞きたいことがあるのではないか?」
つまり、質問受け付けるよってことか。謁見の間では、他の人物の目もあるし、聞きにくいこともある。それに、陛下も話しにくいことがあるのかもしれない。
あれ? アタシ、陛下と共犯チックな関係になってないか?
「では、お言葉に甘えて、率直にお尋ねいたします。
陛下は、我々を、リデアを、いったいどうなさるおつもりで?」
「どうもせん」
はい? どうもしないって、そんなバカな。『勇者』を利用する気満々だったじゃないか。それこそ、『勇者』を祭りあげて指揮を取らせるとか、少数精鋭で特攻させるとか、そんなことを考えていたのに。
今の質問、かなり勇気がいったんですけど?
「あの、どうもしないって……」
あまりの事態に、素の口調になってしまうが、陛下は気にした様子もなく、
「言葉通りだ。お前が危惧しているような、裏から操るようなこともせん」
真顔で、しらっと言ってのけた。
いや、だまされるな自分。この人は笑いながら相手の心臓にナイフを突き刺せる人だ。それも、果物を切るくらいの感覚でできてしまう人だ。嘘八百は標準装備、一と言えば八な人なのだ。
アタシの表情で、陛下はアタシが考えているおおよそのことは見当がついたらしく、「ふむ」とあごをさすった。
「信じておらんな? まあそれも当然。懐疑とは人間の持つ崇高な技能、それを最大限働かせることは、決して悪いことでもあるまいよ」
「さて、どうやって納得させたものか」とか呟きながら、陛下は大臣に目配せする。大臣は頷くと、
「アデルよ。アルド・チッコリーニの説を知っておるか?」
何の脈絡もなく、関係ない話を持ち出してきた。
アタシは「少々お待ちを」といって、自分の記憶を探った。
アルド・チッコリーニ。知っている。見たことがある。何かの本の著者。そう、古代神話の研究をしてる人だ。『天魔戦争における人間』という本で見た!
天魔戦争。天界と魔界の争いで、その舞台はこの地上だったという。神々と魔界の魔族たちが直接戦うのでなく、人間界における両者のバランスをいかに崩すかという戦いだった。大方の天魔戦争の研究者の見解は、「神々は人間を兵とし、魔族は神の兵たる人間を殺していった」と見ているが、アルド・チッコリーニは全く違う説を提唱した。
地上、すなわち人間界は、天界にも魔界にも属さぬ、中間の場である。そこにいる人間の性質によって地上の性質も変化し、闇に染まった人間が多くなれば魔界へ、神々への信仰が高まれば天界へ傾くという。だが、どちらかに傾きすぎると中間位であるはずの人間界の位相がずれ、天魔の線引きすらも危うくなってしまうという。そのことから、普段は天魔両者の間で、人間界は中間位にしておくことが取り決められていた。
だが、天魔戦争が起きた際、その線引きをなくし相手の世界に攻め入るため、なおかつ自らの陣地を多く持つために、両者は人間達に様々な方法で働きかけたという。神々は加護を与えた人間を介して奇跡を起こし、魔族たちは人々を殺すのではなく、絶望と憎悪、怨念を抱かせ、闇に傾けようとしたとか。
この説の斬新なところは、人間こそが戦争のカギであること。人間がいてこそ、人間界は性質を持ち、どちらかに傾くが、人間がいなければ、完全なる中庸になり、天魔両者の壁は不滅のものとなるという。つまり、戦争するためには、人間がいなければ成立せず、魔族も人間を根絶やしにはできないのだということ。
「そういうことか!」
アルド・チッコリーニの説を思い出したら、陛下たちの言いたいことが分かった。
「今まさに、この地上で『天魔戦争』が起こっている、陛下はそうおっしゃりたいのですね?」
今まで何でこのことに気がつかなかった自分! 考えてみれば、思い当ることは目白押しじゃないか。
サブサハラを滅ぼしたのは、地形を変え、魔王の力を見せつけることで、人間を闇側に傾けるため。だが、サブサハラを滅ぼしておいて、それ以降目立った侵攻がない。これは、人間を完全に滅ぼさないため。
勇者を今まで放置した点。恐れているなら、力を持たないうちに殺してしまえばいい。だが、それをせず、いざ旅立ちという時に襲ってきた。これもまた、人間に絶望を抱かせるため。
そう、魔王はのんびりしていたわけではなく、天魔戦争の準備を着々と進めていたのだ。
神々も何もしていないわけではないだろう。妹が『そういう存在』なのは、先の襲撃で明らかだ。つまり、妹を介し、人々に希望を与え、『勇者』の力でもって、人々の信仰を集める。
アタシにシグルドが与えられたのは、そんな妹のアシストのためだろう。妹を介して奇跡を顕現させるためには、妹の生存は必要不可欠。魔王側の妨害も考えられ、守護役がどうしても必要になる。また、『勇者の姉』が強い力を持って魔王勢を倒していけば、『勇者』への期待は高まり、神々の信仰も高まる。
『勇者』を介してというのは、意識を操るとかいうのでなく、勇者に与えられた力、『神聖魔法』だろう。その一つとされているのが、『ライデイン』。雷の魔法である。「雷」とは「神鳴り」。まさしく、神の力を振るうことになるわけである。雷は神の声として、どこの地方でも神聖視されているものであるから、信仰を高めるものとしては効果抜群だと思われる。ただ、過去それを使えた者がいたことを知る者は今現在少ない。専門家や、それなりの教養をもつものくらいだろう。一般には知られていないものである。
案外、神は『勇者』という存在を介することで、この地上において勇者の行動から奇跡を引き出すことができるのかもしれない。もっとも、『勇者』にやる気がないと話にならないのかもしれないが。
「そして、陛下は『勇者』の自発的な行動によってのみ、神々はその力を、奇跡を起こすことができるとお考えですか。裏から操るなどというのは、神々に対する冒涜であると」
「まあ、そんなところだ」
陛下は「よくできました」と言わんばかりに、軽く拍手をしている。正直言って、嬉しくないなあ。子供扱いされてる気分だ。まだ十六の小娘だから、間違ってはいないんだけど。
「『勇者』とは一種の巫女のようなものなのだろう。神の奇跡を体現する存在なのだ。おそらく、勇者の行く先に道は開ける。
神々は積極的に地上に介入できないが、それを媒介するものがあれば相応のことはできるのだろう。
なら『勇者』に当面は任せておくことにする。丸投げはせんがな。オルテガのことで懲りている。しばらくは後方支援に努めよう。
時が来れば、『勇者』を筆頭に、攻撃を仕掛ける。その道を切り開けるのも、おそらくは『勇者』だ」
そこまで話すと、陛下は憂鬱そうにため息をついた。
「だが、肝心の『勇者』があれではどうしようもない。つくづく、アリアハンの教育体制を疑う。
今回のテストは、リハビリだ」
まあつまり、基本的には『勇者』の自主的な旅に任せ、『勇者』が突破口を見つけた時、一挙に攻撃を仕掛けようということか。この人のことだから、世界中の国々を説得し、同盟を組むのだろう。後方支援とはおそらくそれだ。ロマリアによる完全バックアップ。それも世界規模の。
つまり、どうあがいても逃げられない状況にあるわけだ。
無理っぽいなら旅止めて気楽に暮らそうと思ってたのになあ。出来なくなってしまった。
ちくしょう、何で妹なんだよ、神様のバカヤロー。
その後、フィーノやカンダタの話を聞き驚いたり、本人たちに確かめてみてさらに驚いたり、フィーノが正式に『勇者』一行に同行し、『勇者』一行を支援しつつ、その行動を定期的にロマリアに報告することを命令されたとのことだ。
カンダタも一緒にと主張したのだが、カンダタはあれでも部隊の要、おいそれと国を開けられないそうだ。フィーノも要中の要らしいが、だからこそアタシ達につけられたのだとか。それだけの実力があるということか。
で、現在、えっちらおっちら歩いているわけだが、フィーノの奴、自分一人ほうきに乗って楽しやがって。
ノアニールの村まで、約三カ月。現在、ざっと二カ月は経っているのだが、遠いなあ。
もうすぐ、カザーブの村に到着すると思うんだけど。
で、この旅行でちょっと驚いたことがあった。
夜、野営の準備の時、聖水で魔法陣を描いたのだが、
「お前、何やってんの?」
と、フィーノにムチャクチャ不審な目で見られたのだ。妹も、不思議そうに見ていた。
「何って、結界。こやって聖水で魔法陣描いたら、モンスターよってこないし」
「聖水にモンスターよけの効果があるのは知ってるけどよ、長続きしねえし、そんな大層な効果ねえだろ?」
あれ? おかしいなあ。アタシこれやってずっと無事だけど。
「これ、知らないの?」
「知らねえ」
妹も首を横に振る。
これ、爺ちゃんから教わったんだけど、実は全然一般に普及してない方法だったのか!
爺ちゃん、知らない間に、専門知識叩き込んでくれてたんだな。
ちょっと、自分の常識と世間の常識のギャップを思い知った瞬間。
目的地は、まだ遠い。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
今回の話、かなり不安です。内容が。