「で? 具体的に、あんたのマスターになると、何があるのさ?」
ソーディアン・シグルドと契約してから、アタシはシグルドに言われるままに素振りをしていた。
シグルドは『わきが甘い。もっとしめるんだ』とか、『足をもっと踏ん張れ。刀に体を持っていかれているぞ』とか言って、しっかり指導してくれた。
『私を己の体の一部、究極的には、一体化するような感覚までもっていく。なに、君は私のマスターだ。ほんの数年修行すればいいさ』
と言っていたが、それってつまり、一人前になるのには数年かかるということでは?
その疑問を素直にぶつけてみたところ、
『何を言うのかねマイマスター。何十年修業しようとも、その極致にいたることができない者は多くいるのだぞ?
それを考えれば、数年など安いものだろう』
ふむ、そう言われるとそうなのかも。
正直、よく分からないけど。
で、シグルドに次々と指導を受けながら、私は淡々と素振りをしていたのだが、ふと疑問に思ったので、自然に疑問が口から滑り出た。
ディスティニーにおけるソーディアン最大の利点は、やはり晶術だろう。その威力はすさまじいと思う。この世界の魔法に劣るものでは決してない。
無論、武器が意志を持っているというのもまた、ソーディアンならではの特徴なのだが。
実際、こいつが喋れなかったら、私はこうして指導を受けることもできないのだから。
『ふむ。気になるのは当然。なんせ神の祝福を受けた武器だからな。
まず、普通の武器に比べて頑丈だ。聖なる武器がそう壊れては示しもつかんしな』
確かに。ポンポン壊れたら、ありがたみなんぞゼロである。
聖なる武器? どこが? となる。
『最大の特徴として、天術を使えるようになる』
うわ、それ聞いたことがある。
テイルズ・オブ・イノセンス。プレイしたことがないので中身は全く知らないが、そこで使われる力は天術と呼ばれていた。
なるほど。ソーディアンはディスティニーのものではあるが、力の名前はイノセンスらしい。
まあ、どちらにしろテイルズシリーズだが。
うん、大差ない。
「で? 天術って?」
とりあえず聞いてみる。
『下界で言うところの魔法だ。天術も魔法も、世界に満ちるマナを使うのは同じだ。
だが根本的な術形式が違う。天術は人間には使えない。
だが、例外がある』
なるほど。
「あんたの力を借りれば、人間でも天術を使えるってわけか」
『そう。それが唯一の例外だ。
なかなかに便利だぞ。初級のものは大した威力を持たんが、上級ともなれば下界の魔法を大きく上回るものもある』
なるほど。それはいい。
「で? 具体的にどうすればいいわけ?」
素振りを続けたまま問う。
『ふむ。これはやってみた方が早かろう。素振りをやめたまえ』
言われたとおり、やめる。
『私を構え、私に意識を集中しろ』
集中しろと言われても。とりあえず、シグルドの刀身の先端に意識を向けてみる。
じっと見る。先端のわずかな光を見続ける。
『いいぞ。その調子だ』
しばらくすると、額あたりが熱いような気がしてきた。
体の奥で、何かがあふれようとしているような、そんな感覚もする。
『そのままだ。そのまま……』
体が熱い。何かが体の中で暴れだしそうだ。
正直、辛い。
意識が乱れそうになったところで、
『私に続け! ストーンブラスト!』
「ストーンブラスト!」
その熱を、一気に開放する!
ごごごっと、こぶし大ほどの大きさの石が、いくつか空から勢いよく降って来た。
ストーンブラストか。テイルズの地属性の初級術。
見た目こそ地味だが、今の術、人間相手に使ったら、そいつ死ぬんじゃなかろうか?
ゲームで見た時はしょぼい術だなあ、とか思っていたが、実際かなり凶悪だ。
まあ、魔法だってかなり凶悪なものだっていうのは体験しているので分かる。
どっちにしろ、なめてかかれるものではないのだ。
『ほう? 思ったより威力があったな。
マスターはソーディアンの扱いに関してはなかなかのものがあるようだ。
発動まではかなりかかったが、慣れれば瞬時に発動できるようになるだろう。
剣術だけでなく、こちらもしっかりやらねばな、マスター』
「……うん」
魔法じゃないけど、術を使えた。
そのことに対し、かなり感動してしまった。
まあ、自力ではない。シグルドがいて初めてできることであり、言ってみれば借り物の力なのだが。
それでも、手ごたえがあって、ちゃんと発動してくれたっていうのは、言い表せない感動を与えてくれた。
大丈夫。アタシは、戦える。
「絶対誰もがあっと驚く戦士になってやる。
刀も、天術も。
だから、指導よろしく、シグルド」
『了解、マスター』
その言葉に、アタシはめったに浮かべない満面の笑顔を浮かべた。
その後、アタシはシグルドを持って家路についていた。
こんな上機嫌で家に帰るのは久しぶりだ。
『うれしそうだな、マスター』
「まね。あんたのおかげ」
最初に声かけられた時はどうなることかと思ったが、まさかこんなことになるとは思わなかった。
いかにも西洋な、煉瓦と石で造られた家が立ち並ぶ。
アタシの家は、この街でもかなりはずれの方だ。
世界屈指の勇者の家なら、もっと中央の、豪華なところにあってもいいと思うのだが。
何といっても、ここはアリアハンの王都、アリアハンだ。
国と都の名前が同じだが、別におかしいことではないのでそこはいい。
中央に行けば道もこんなはずれとは比べ物にならないほどきちんと整備されてるし、王城まである。
にもかかわらず、この国の勇者様は、道もあまり整備されていないはずれで、さほど豪華でもない家に暮らしているのだ。
正確には、その家族が、だが。
ま、いいけどね。中央なんて、きっとここ以上にうざったいことになっただろうし。
『しかし、大丈夫かマスター?』
「何が?」
『私のようなものを持って帰っては、家族に何か言われないかね?』
「言われるわけないじゃん」
ゴミでも持って帰らない限り、何を持って帰ろうと、マリアさんも祖父だと昔思っていたテリーさんも、何も言いやしない。
いや、犬猫あたりなら何か言うだろうが。
その時のことを想像してみようか。
マリアさんはアタシが拾って来た犬、(あるいは猫)を一瞥するや、
「捨ててらっしゃい」
と言ってアタシを追い出すだろう。
ちなみに、妹の場合は、
「可哀想だけど、あなたにはその子にかまってあげる暇なんてないでしょう?」
とか言って、優しく家から送り出す。
こんなところだ。
ちなみに妹に対するセリフから、
「こんなのにかまっている暇があったら、勇者としての修業をしろ」
と、言外に言っているのがお分かりになると思う。
アタシ達双子に求められているのは、勇者であること。
それ以外のことは、一切が無駄なのだ。
アタシはそれができなかったから、見限られたんだけどさ。
ま、そんなもんでもないなら、特にアタシが何を持って帰ろうが、関心なんて持たないだろう。
モウマンタイだ。
「ま、あんたが気にすることじゃないよ」
『そうか。それなら、いいんだが……』
そんなことをしている間に、家にたどり着いた。
黙ってかぎを開け、中に入る。
ただいまは言わない。意味がないから。
台所から音がする。マリアさんが、夕食を作っているのだろう。
アタシは一直線に二階にある自分の部屋に向かった。
『ふむ。女子の部屋らしくない、シンプルな部屋だな。飾っているものも特にないし、家具も少ない』
部屋に入るとすぐ部屋をチェックしたらしく、シグルドは妙に感心した口調で言った。
悪かったな、女の子らしくなくて。
前世からこうだよ、アタシは。
さて、夕食までまだ時間はあるし、話をしようかね。
「シグルド。あんた、これからどうやってアタシを強くしていくつもり?
意思疎通はできても、あんた動けないから、手本見せるとかできないじゃん」
そう、いくらなんでも、さっきやっていたような指導の仕方で、そんなに強くなれるとは思わない。
やはり、ちゃんとした師というのは、大事だと思う。
『問題ない。眠っている間に鍛えるからな』
ほわっつ?
何それ? 睡眠学習?
「て、睡眠学習で強くなれるか!」
そんなんで強くなれたら、誰も苦労せんわ!
『勘違いするな。眠っている間、私が君の魂のある部分に潜り、そこで君を直接鍛える』
「魂?」
『そう、魂だ。魂に技を直接教え込む。生身でやるよりはるかにみにつくぞ。
体はちゃんと起きている間に鍛えなければならないし、眠っている間にやったことの復習も必要だがな』
よう分からん。
まあ、問題ないとこいつが言うのなら、そうなんだろう。信じよう。
『安心しろ。体はちゃんと休まる。どこに負担をかけることもない。
が、魂に直接というのは、メリットは大きいが、それなりにデメリットもある。
ま、私がちゃんと指導するから、心配はいらんが』
なんか、かなり自信があるみたいだな、こいつ。
「ま、頼りにしてるよ」
考えてみれば、起きている間と、眠っている間、両方で修業できるのだ。
単純に人の二倍だ。それは身になるだろう。
「ふむ。シグルドに指導してもらうなら、今やってることは全部邪魔だな。
シグルドとの修業に専念できるように、全部やめるか」
『待ちたまえ。いくらなんでもそれはまずいのではないか?』
「いんや? アタシに魔法の才能はないから、魔法塾に行く意味はない。刀の扱いに関しては、シグルドがここの奴らじゃ無理って言った。
でも、天術はシグルドが補佐してくれれば使えるし、刀の扱いはあんたが指導してくれる。
ほら、問題ない」
『そうではなく。周りが許さんだろう』
ああ、そういう意味。
「問題なし。もともと、アタシは何の期待もされてない。自分一人で修業するとでも言って、後は行かなければいいだけ」
そう、何の期待もしていないから、行かなくなっても、無理やり連れていかれるなんてことにはならないだろう。
今までは、何かしらしていないと、自分自身落ち着かなかったのだ。そのあたり、この環境に毒されていると思う。
それに何かしていないと、周りの目はこの上なく醜悪になっていく。正直、精神年齢が肉体年齢よりも高いアタシでも、あれは心が折れる。
癒しの妹とは気軽に会えない。折れた心を直してくれる存在に癒しを求められる環境でもない。
結果、折れた心にはより圧力がかかり、しまいには粉々に砕けてしまう。
それは、イヤだった。
だいたい、期待してない癖に、それでも何かをすることを求めるって矛盾してるだろうが。
心の底では、勇者の娘だからという、無責任な期待があるのだろう。
期待するだけ。押しつけるだけ。自分達は一切努力しない。
なんて、汚い。
そんな奴等の期待にこたえてやる必要はない。
魔法塾も、剣術もやめれば、またあの視線がアタシを貫くだろう。
だが、今のアタシは、一人じゃない。
シグルドがいる。
妹だって立派な癒しなのだが、いかんせん接触が難しい。しかも、会っている間も人に見つからないように気を使う。
精神的にひどく疲れる側面もあるのだ。
すまん妹よ。悪気はないんだ。
悪いのは無責任なやつらだから。
だが、シグルドとは誰にはばかることもなく、いつも一緒にいられる。
あの視線にも、シグルドが一緒なら、きっと耐えられる。
戦友なんだから。
『まあ、私はマスターに従うだけだ。
本当に問題ないんだな?』
「おう! つうわけだから、今晩から指導のほど、よろしく!」
『やれやれ、世話の焼けるマスターだ』
失礼な。