*ご都合主義に走ってます。これが私のせい一杯です。
泊っていた宿は比較的都市の郊外に位置していたため、被害を免れていた。
しかし、無事だったからこそ、その場を提供する義務があるようで、宿はぎゅうぎゅうだった。他の宿に泊まっていた客などが押し寄せているようだ。もともとこの国に住んでいる人もいるだろう。
他のところも、宿に限らずこのような状態だろう。大震災が起きた状態を考えてみればいい。
が、この世界と前世の世界で違うのは、魔法というものがあること。ルーラを使える者はここを出ていくことは容易だし、逆にすぐに援助にも来れるということ。すでに他国の援助部隊らしきものを目にしている。この国の上層部が、他国にルーラを使って救護要請をしたのだろう。
アタシはぎゅうぎゅうの宿に泊まる気にはなれず、かといって他に行くところもないので、泊っていた宿の近くの広場で野宿することにした。食料の配給も近くで行われているので、食事の心配もいらないし。
宿の人には、お城からの使いの人が来たら、この広場にいることを伝えてほしいと言ってある。使いをよこすって言ってたし。
「怒涛の一日だった」
肉体的に出なく、精神的に疲れた。
『すまない、マスター』
シグルドのせいじゃないのに、謝る。
シグルドは時々、「すまない」とか、「恨んでくれていい」とか言ってる。最初は何の事だかさっぱり分からなかったが、最近分かってきた。シグルドは、自分が原因で追い出されたと言っているのだ。
確かに、シグルドとの修行を優先しようとして、結果的に勇者の義務を放棄したとみられた。だが、アタシは別にそうは思っていないのだが。
そりゃ、親には完全に見捨てられたし、妹とは会えなくなるし、多分恨まれてるしで、そういう意味では恨んでしまうかもしれない。しかし、あの結果にならないと今のアタシはいないのだ。爺ちゃんと会えなかったし、天術をロクに使うこともできなかった。爺ちゃんやシグルドとの楽しい日々はなかったのだ。
他にも色々してもらってるのだから、感謝こそすれ、恨みなどせん。
後は、最初に会ったときになんだかんだで丸めこんだこととかもあるんだろうな。しかし、あの時はシグルドも必死だったんだろうし。だって、唯一の使い手に「いらん」と言われたら、誰だってさみしい。アタシだって、きっと同じような感じになるんじゃないだろうか。断言はできんが。
今の「すまない」は、妹との距離を作ってしまったことに関してか。
はっきり言って、妹とのことはアタシの落ち度であると思っている。シグルドがどうこうとは思っていない。
なので、はっきり言ってやった。
「うぬぼれるなよ、シグルド。生まれた時から一緒にいたんだ。それを当時はぽっと出だったお前なんかが、ちょっと何かやったからってアタシらの絆を傷つけたなんて、思い上がりもはなはだしいぞ」
これはあくまでもアタシ個人の見解。妹がシグルドに対してどんな感情を持っているかは不明。
だが、今の言葉は掛け値なしに本音だ。勝手だとか傲慢だとか思われるだろうが、それでもアタシはそう思う。
負い目とか、罪悪感とかは、あくまでもアタシが持つものであり、シグルドが持つものではない。
アタシが出て行ったあとの妹がどんなだったか、噂程度では心理状態までは分からないので何とも言えない。しかし、幸せだったとはいえない気がする。
アタシはシグルドや爺ちゃんと楽しく過ごせたが、妹にはそんな平穏があったかどうか。
アタシは逃げ出して、その上一人ぬくぬくと過ごしていたが、妹は自由などない環境で『勇者』を押しつけられ、がんがらじめで過ごしていた。
この違い。だが、ここで罪悪感を持つのも違うと思う。だって、それはあの日々を否定することになる。シグルドと、爺ちゃんを否定することになるのだ。爺ちゃんは最期まで精いっぱい、アタシを愛してくれた。それに罪悪感を持つなんて、失礼だと思うのだ。
なので、胸を張って言う。幸せだったと。幸せな日々を送れなかったであろう妹は殺意すら抱くかもしれないが、私は幸せだったのだ。
このことは以前、シグルドに言ってある。それ以来、シグルドはそういうことは言わなくなったのだが、今日のことで色々考えてしまったのだろう。そして、その言葉が滑り出てしまったようだ。
『そうだな。失言だった。忘れてくれ』
「うむ。忘れてやるよ」
地面に転がる。もうすっかり夜だ。空には満天の星空。
しばし、何も考えずにぼーっと過ごす。シグルドも黙っている。
ちょっと行けばそこは被災者キャンプのようなありさまで、ここまで人の声が聞こえて来るが、周囲の騒音など気にならないほど、今のアタシは落ち着いていた。ちょっとした明鏡止水の心境だ。
そうやってしばらく過ごしていると、「あの……」と、声をかけられた。
誰かが近づいてきているのは分かっていたし、敵意なども特になかったので、放っておいたのだが、声をかけられるとは。
ぼーっとしているのは気持ちよかったのだが、何か用があるのだろうから、仕方なく起き上がる。
そしてようやく、ランプに照らされたその人物の顔を見た。
妹だった。
時間が止まった。いや実際はそんなこともなく、周囲は騒がしいし、救助隊も忙しく動いているようだが、アタシは時間が止まったと思うほどの衝撃を受けた。
まさか妹がアタシに会いに来るなんて思ってもいなかった。
声で気付けよ、アタシの間抜け!
「だ、大丈夫……です、か?」
フリーズしていたのをどのように解釈したのか、妹は「何か悪いことしたんだろうか」といわんばかりの顔で、ぎこちなく声をかけてきた。
「あ、だ、ダイジョブ! 何でもない!」
右手をパタパタ横に振り、顔も横に勢いよく振る。自分でも何してるんだかいまいちよくわからないが、必死だった。
「立ったままもなんだから、座って」
深呼吸し、気を落ちつけ、いつも通りの自分になってから、ようやく座るように促した。こう言わないと、この子、いつまでも立ったままだったと思う。
いついかなる時も冷静であれ。修行が足らんぞ、アタシ!
「あ、あの……!」
「ごめんなさい!」
とにかくアタシは、地に額をこすりつけ、全力で謝った。その際、どうやら妹の言葉をさえぎってしまったようで、内心「やっちまった!」と思っていたが、とにかく頭は下げたままでいた。
しばしの沈黙。それを破ったのは、妹だった。
「どうして、謝る……ん、です、か?」
「あんたを捨ててしまったから。あんた一人に『勇者』押しつけちゃったから。
他にも色々あるけど、許してもらえるなんて思ってないけど、せめて謝らせてほしい」
妹は何も言わない。怒りで声が出ないのかと思ったのだが、妹からは怒りの気配がしない。敵意も殺意もない。ただ、驚いているといった感情が感じられた。
「姉さん」
ああ、アタシを姉と呼んでくれるのか。それとも、単に最後の慈悲か。
「頭をあげてよ。何で謝るの?」
「いや、それは」
「頭をあげてよ! せっかく姉さんがバシェッドさんのところで幸せに暮らせてるんだって思って安心してたのに、そんなことされたら、どうしていいかわかんないよ!」
え? いま、爺ちゃんの名前が出た?
アタシは、爺ちゃんの名前が出たことに驚いて、顔を即座にあげた。
「い、今……バシェッドって……」
「うん。バシェッドさんから、時々姉さんの様子、聞いてたから」
衝撃の発言! そんなこと知らなかった!
爺ちゃん、そんなことしてたの? 何でアタシに黙ってそんなことしてたんだ!
「私達の九歳の誕生日、バシェッドさんが声をかけてきてくれたの。姉さんの誕生日祝いに買ったケーキ持って、嬉しそうに。
その時に、姉さんの様子、初めて分かった」
すいません。黙って出ていったもんだから……。
妹は、せきを切ったように話しだした。
爺ちゃんにアタシの様子を聞くまで、ずっと心配していたこと。同時に、少し安堵したことも。
妹にとって、アタシとの会話の時間は、唯一の幸せな時間だったらしい。同時に、自分といつも比べられ、理不尽な扱いを受けていたことで、罪悪感も感じていたと。自分と一緒にいても比べられ、出来そこないと言われ続けるアタシを見て、自分の存在は、アタシにとって枷にしかならないと常に感じていたと。
常に『勇者』を求められ、周囲の言うがままに『勇者』としてふるまった。だが、それはとんでもなく重荷で、苦しかった。「お前が世界を救うんだ」と言われ続けた。自分に世界中の人々の命がかかっているんだと。そんな中、アタシとの時間は、本当に幸せだった。
アタシには何とか幸せになってほしい。そんなとき、シグルドがやってきた。シグルドとのやり取りを見て、「姉さんにも、希望ができた」と安堵した。
親に、姉が逃げたと言われた時、これで姉は『勇者』から自由なんだと嬉しく思った。親の言った「逃げた」なんて信じなかった。
それでも、アタシがいなくなったことで、負荷が増えた。すべての期待が一身に集まり、唯一の幸せな時間もなくなって。
アタシがいなくなったからだと思った。一緒にいてくれれば、こんなことにならなかったのに。アタシが自由になったのだという安堵は、アタシがいなくなったせいでに変わった。
自分がこうして『勇者』として頑張っているのに、なんで姉さんは支えてくれないんだ。一人で『勇者』から解放されて、自由になって。同じはずなのに、自分ばかり『勇者』を求められて。
そうやって、だんだんアタシに対する気持ちが憎悪に変わっていく最中、爺ちゃんと出会った。
爺ちゃんは出会った時のことからその日のことまで、すべてを話した。
街を出てモンスターに襲われたこと。それは妹にとっては衝撃だった。単純に、ここから出れば自由なんだと思っていた妹にとって、モンスターに襲われて絶体絶命というのは、青天の霹靂だったらしい。
そして、自分と一緒に旅をするために、日夜努力しているアタシの姿勢を教えられ、姉さんは自分を見捨てていない! 一緒に戦おうとしてくれているんだ! と感動したとか。
時々、こうして会いに来て、話をしてくれるらしいと聞いた時には内心飛びあがった。
それ以来、今日来るか、明日来るかと楽しみにし、話を聞いて一喜一憂した。
料理がうまいとか、天術の修業がうまくいかないとか、異国の大会に出て好成績を残したとか。
聞いているうちに、爺ちゃんの嬉しそうな表情に気付いた。この人は、心の底から姉さんを愛してくれているんだと嬉しく思い、そんな人がいるなら、姉さんは大丈夫だろうと安心した。
そして一年ほど前、「来れるのはこれで最後だろう」と言って、自分はもう長くない事や、アタシのことを頼むと言って、それっきりだそうだ。
「爺ちゃん」
さまざまなものが込み上げて来て、涙ぐんでしまった。
何で爺ちゃんがアタシに何も言わなかったのかは分からない。そんなこと、ちっとも感じさせなかったから、考えようがないのだ。
「きっとバシェッドさん、私に姉さんを取られたくなかったんだね」
「どういうこと?」
鼻声で尋ねると、妹は苦笑した。
「話を聞いてると、姉さんが口にはしなくても私のことかなり考えてるの分かったみたい。実の孫みたいに可愛がってる子が自分以上に愛する存在がいるって言うのが、バシェッドさんからしてみれば、おもしろくなかったのかも」
そ、そうかなあ? そんな爺ちゃんだろうか? 妹よ、それは違うと思うぞ。
『マスター。妹君に尋ねたいことが』
「リデア、シグルドが聞きたいことあるって」
「なんでしょう? シグルドさん」
妹はにっこりほほ笑んで、先を促した。シグルドは何やら言いづらそうにしていたが、やがて口を開いた。
『私がいたせいで妹君から姉を奪ってしまったようなものだ。恨んでいるか?』
こいつ、まだ言うか。ため息が出る。妹はそれを見て、オロオロしだした。
「ど、どうしたの?」
仕方がないので、妹に内容を伝える。妹はキョトンとしたが、やがてクスクス笑った。
「そうですね。一時期、恨みました。あなたがいなければ、姉はどこにも行かなかったって。でも、バシェッドさんに会ってからは、そんなこと思いませんでした。
あなたが、姉の剣を見てくださったんでしょう? きっとそれだけでなく、心の支えにもなってくれていたはずです。
それに、姉が剣術を頑張っていると聞いて、私は嬉しかったんです。姉は私のために頑張ってくれてる。それは、幸せなことでした」
恥ずかしいんですが。
「そして、姉さんは強くなった。私が勝てなかった相手と互角に戦ったんでしょう? そこまで強くなったのは、シグルドさんのおかげ。感謝こそすれ、恨むなんて」
シグルドは黙っている。何か言う気配もない。こいつはこいつなりに、感慨にふけっているのかも。
「姉さん」
しばしの沈黙を破り、妹が切り出した。
「家には、帰らないよね?」
「帰るも何も、あそこはもう、アタシの家じゃないよ」
「うん、そうだね。ごめんね、変なこと聞いて。確認したかっただけだから」
そう言うと、妹は立ち上がり、
「おやすみなさい姉さん、シグルドさん」
満面の笑みで言うや、ゆっくりと帰って行った。
見えなくなるまで見てから、また仰向けになった。
満点の星空。一転の曇りもない夜空。アタシは晴れ晴れした気持ちで、それを見上げた。
「シグルド、よかったね」
『そうだな』
いや、本当にきれいな星空だ。
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アデルとリデアの実力差について。
アデルは闘いの才能はありません。リデアはかなりあります。しかし、この二人、現時点でかなりの差が出ています。
環境の違いです。心理的なものも大きいですし、師匠の性能に差がありすぎます。
『史上最強の弟子』というマンガみたいなものです。この話では、主人公の兼一は才能がありませんが、師匠陣が一流ばかりなので、いやでも強くなっていきます。とあるキャラは、「ただの土くれが、匠の手によって芸術品になる」みたいなことを言っています。アデルはこれです。
リデアは間違いなくダイアモンドですが、カットしだいで台無しになります。リデアの場合、教える側にそれほど突出した人物がいなかったため(少なくとも、シグルドやバシェッド爺ちゃんクラスの人間はいなかった)、思うように伸びてない状態と言っていいでしょう。
爺ちゃんが、実は妹に会っていたことについて。
感想で以前書かれていたことを使わせていただきました。これで丸くおさまらないでしょうか?
これが精一杯です。