「バーンストライク!」
街で暴れるモンスターを、炎の呪文で蹴散らす。それでも次から次へと出てきて、キリがない。
アタシはすべてを倒すなどということはせず、シグルドの言葉に従い、親玉がいるであろう王城に急いだ。
旅立ちの日。そう、運命の日だ。
アタシは約一年間、アリアハン大陸を歩き回った。無論、修行も欠かさず。
今の恰好は、上半身は丈夫な皮の上着を着ている。機動力を重視した。そして下半身は、同じ素材のズボンに、その上からスカート状に布を巻いている。腰からふくらはぎまでを隠せる長さの布を腰で止めている。こうすることで足の動きを隠すのだ。無論、材質も同じものを使っている。
刀は腰に。背には大きなリュックを背負い、必要なものを詰められるだけ。
お金はこの一年でためたものと、爺ちゃんが遺してくれたお金を。
準備万端。いつでもオーケー。
旅立ちの日であることから、昨日の夜はアリアハン王都の宿に泊まった。当たり前だが、アタシのことは気付かれていない。
朝の新鮮な空気を吸い、ルイーダの酒場に行くことにした。
ルイーダの酒場は冒険者ギルドの一つであり、ここに登録することで仕事を斡旋してもらえたり、仲間を募ったりできる。情報交換なども頻繁に行われており、あたしもちょくちょく足を運んでいた。
で、何でそこに行くかというと、勇者は旅の仲間をここで募るという情報があったからだ。
いや、問題は、妹がアタシを素直に仲間にしてくれるかということ。
だって、アタシ黙って出てきたし。そうするしかないと思っていたとはいえ。手紙でも残せればよかったかもしれないが、妹以外に見つかったら、処分される恐れ大。結局、妹を捨てる形になってしまった。
今更あっても、「私を捨てたくせに」とか言われそうだ。いや、確実にそう思っていると思う。
嫌がられて、「一緒に旅なんかしたくない」とか言われたらそれで終わりだ。
しかも、それに気付いたのごく最近だし。アタシはバカだ。
だが、それでもぶち当たってみるしかない。だって、この日のために、そして一緒に旅をし、苦難を分かち合うために頑張って来たんだから。その考えが、アタシの傲慢なんだろうけどさ。
そしてルイーダの酒場でレッド・マウンテンというコーヒーを飲みながら待っていると、街から轟音が聞こえてきた。建物が壊されたような音や、イオ系の魔法が炸裂しているかのような音。
『マスター! 街にいきなりモンスターが出現したぞ!』
シグルドの声を聞くや、アタシは外へ飛び出した。そこにあったのは、阿鼻叫喚の地獄絵図。
スカイドラゴンが空から炎を吐き、人々が火だるまになる。ライオンヘッドが逃げ惑う人に襲いかかり、その肉を食らう。ガルーダが空から人をさらい、地面に叩きつける。
他にも、目を覆いたくなるような光景がそこらじゅうで繰り広げられていた。
だが、それはアタシにある種の悦びをもたらした。だって、アタシを出来そこない扱いしたやつらが、その報いを受けて苦しんでいる、そんな風に思ったから。
昔思った。魔王が何もかも滅ぼしてくれればいい。それが今、現実になっている。
アタシの今の顔は嗤っているかもしれない。きっと、そうに違いない。
そうだ、もっとやってしまえ。これが因果応報というものなのだから。ここの奴らは、苦しんで然るべきなんだ!
『マスター!』
シグルドの声で、思考にこもっていた意識が帰ってきた。同時に、こちらに襲いかかろうとしていたグリズリーの首を一刀両断した。
血を噴き出して倒れるモンスター。思考に浸りすぎていたようだ。シグルドが教えてくれなかったら、今頃こいつの爪で致命傷を負っていただろう。あるいは、即死か?
『マスター! 死にたいのか!』
「ごめん。ちょっと、考え事」
苦笑しながら言うと、シグルドはしばらく沈黙して、
『城に巨大な力がある。こいつらの親玉だろうが、どうするマスター?』
何を考えていたのかを聞くことなく、次の行動を問うてきた。
アタシが何を考えていたのか、シグルドには見当がついたのかもしれない。だから何も聞かない。
城の親玉のこともそうだろう。親玉を倒せば、こいつらは多分引き上げる。だが、放っておくという選択肢もある。それを、シグルドは選ばせているのだ。
「行こう。妹は、王城にいる」
有象無象どもがどうなろうと正直知ったこっちゃないが、妹の危機はそれに当てはまらない。
妹が勇者として、アリアハン王に謁見する。その情報も、しっかり得ていた。つまり妹は、城にいる可能性が高い。
しかも親玉がいるとなれば、妹の危険度は大幅にアップ。この数年でどれほどの腕前になったかは知らないが、見過ごせることではない。
周りでは、ルイーダの酒場にいた冒険者たちが、モンスターを相手に奮闘していた。さすが常に危険に身を置いている連中である。こういう時の切り替えは早い。
あたしにもモンスターが襲ってくるが、適当に切り捨てつつ、シグルドと会話する。
そして、城に向かって走り出した。今のアタシなら、走って三十分くらいか。
襲いかかってくるものや、進行方向状にいて邪魔なものを切り捨て、天術で薙ぎ払いながら、アタシは城を目指す。
『マスター! あまり飛ばすなよ。いざという時、魔力が切れていてはシャレにならん』
「大丈夫だって。このくらいで尽きる程度の魔力じゃないから」
だてに爺ちゃんに鍛えられていたわけじゃない。かつての魔法塾の教師なんぞより、今のアタシの魔力は豊富だ。努力の成果である。
そこらじゅうで人々が逃げ惑う。兵士がモンスター相手に戦い、傷つき、あるいは倒れ、あるいは倒す。冒険者が人々を誘導したりしながら、モンスターを牽制する。
それをしり目に、ひたすら進む。
やがて、城の門の前まで来た。
そこでも、人が襲われている。女の人っぽいが、その人をお城の兵達が守っている。
進行方向的に邪魔なので、モンスターにはご退場願うか。
極楽鳥が一匹に、トロル二体。トロルにダメージを与えても、極楽鳥が回復してしまうようだ。
「フレイムランス!」
まずは極楽鳥に一撃。炎の槍によって、あっという間に焼き鳥になった。
それでこちらに気付いたか、トロルがこちらを向く。こちらのほうが脅威と見てとったか、今まで襲っていた連中には目もくれずこちらに向かってくる。
が、遅い。トロルのパワーは恐るべきものである。よって、軽装のアタシでは一撃で致命傷になりかねないのだが、要は当たらなければいい話。
二体のトロルに軽くライトニングを喰らわせ、動きを止める。それは一瞬でいい。アタシは一気に駆け寄り、二体ののどを切り裂いた。
持っていた棍棒を落とし、喉をかきむしるトロル達。しかし、勢いよく噴き出す血をそれで止められるはずもなく、トロル達はその巨体を地面にめり込ませた。ちょっとした地震でも起きたのかという衝撃が、倒れた時に起きたが、それは問題ない。
「あ、ありがとうございました」
腰が抜けてたてないのか、女の人が震える声でお礼を言ってきた。
「いえいえ。お礼など」
助ける気持ちこれっぽっちもなかったし。結果的に助けることになっただけで。
兵士たちも、しきりにお礼を言ってくるが、適当に返す。
シグルドはさっきから沈黙したまま。ま、シグルドにはシグルドに気持ちがあるのだから、黙っているならそれでもいいけど。
その時、女の人の顔に見覚えがあるなと思い、ちょっとじっと見てみた。
マリアさんだった。
妹の見送りにでも来ていたのだろう。テリーさんはいないが、家にいるだろう。案外、モンスターに襲われていて、もうこの世の人じゃない可能性もあるが。
アタシはにっこり微笑んで「早く逃げてください」と言った。しかし、マリアさんは頷かなかった。娘が城の中にいるから、自分だけ逃げるなどできないと言うのだ。
アタシは微笑んだまま言った。
「ここにいても、あなたは邪魔なだけですよ? お母さん」
その瞬間、この空間だけ時間が止まったようになった。アタシは何ともないが、兵士たちは茫然とアタシを見、マリアさんに至っては身体を震わせている。親子の再会を喜んでのことではないだろう。
だが、どんな感情で体を震わせているかなんて、あたしにはどうでもいいことだった。
「早く逃げてくださいね、お母さん?」
言い捨てて、アタシは城の中に入って行った。
城の中はムチャクチャだった。いたるところに兵士の遺体があるが、それはモンスターの仕業ではないようだった。
モンスターには遭わない。殺されて兵士の体は、鋭い刃物で切られた跡。シグルドも、「邪悪な気配はするが、モンスターはいない」と言っている。
その邪悪な気配が、親玉だろう。モンスターでないないなら、いったい何者かは知らないが、そいつが一人、あるいは一匹でこの城の惨状を起こしたのだ。
太刀筋からして、めちゃくちゃな達人か。シグルドクラスの奴だ。
そいつがどこに向かったかは、すぐに分かる。そいつの通って行ったあとに、死体が転がっているからだ。死体を道しるべに、アタシはそいつを追う。
この分だと、向かっているのは謁見の間、だろうか? 王様が狙いか?
『この気配、まさか……!』
シグルドはこの惨状の主に覚えでもあるのか、動揺している気配がする。
だが、たとえ何者であろうとも、対峙しなければならないことに変わりはない。
アタシは勢いよく、謁見の間に飛び込んだ。
「ぬるい、ぬるすぎる! この程度で勇者とは」
飛び込むと同時に、そんな声が聞こえてきた。むかし、どこかで聞いた声だった。
謁見の間の奥、階段を上り切ったところで豪華なイスに座っている国王は、顔を青くしてそいつを見ていた。
その階段の手前に、倒れている人物が一人。青い服に、紫のマント。持っている剣はなかなかの業物ではないかと思う。死んではいない。まだ生きている。
その周りでは、必死に戦ったのだろう、ピクリとも動かない兵士たち。
そして、その中で一人、堂々と立つ者がいる。
そいつは青いゆるくウェーブの入った長髪を背まで伸ばし、青を基調とした服に身を包んでいる。手に持つのは、重量武器のハルヴァード。本来両手で扱うそれを、そいつは片手で持っていた。
そんなことはどうでもいい。アタシは、そいつに一気に迫り、
「リデアから離れろ! この全身タイツ筋肉!」
背中を切り裂こうと、刀を一閃させた。
しかし、そいつはあっさりアタシの一撃を止めて見せた。反撃されてはかなわんので、そいつの攻撃範囲から飛びずさる。
だが、これであいつの注意はこちらに向いた。
「キュア!」
回復天術を倒れている妹に放つ。柔らかな光が妹を包んだ。
気を失っているらしく、起き上がる気配はないが、これでとりあえず安心だろう。
『あいつは、バルバトス・ゲーティア! ばかな!』
「シグルド! あいつ知ってるの?」
あいつの姿形、そして先程のアナゴさんの声。間違いなく、テイルズ・オブ・ディスティニー2の敵、バルバトス・ゲーティアだ。
しかし、なぜそれをシグルドが知っているのか。
バルバトスは凶悪な笑みを浮かべ、こちらを見据えてきた。
「今の斬撃。覚えがあるぞ! あの忌々しい男と同じ剣術か!」
そう言い放つそいつの顔は、悦びに満ちていた。
『くっ! おのれゲーティア! 魔の力を使い、生きながらえたか!』
どうやら、シグルドとバルバトスは、何かしらの因縁があるようだ。
バルバトスは嬉しげに高笑いした。そこには、憎悪も込められているように感じる。
「その刀、あの男の物と同じだな! 同じ武器で、同じ剣術を使う。腕前もなかなか。
勇者を名乗る者がいると聞き、楽しみにしていたが結果は期待外れ。これでは我が飢えも満たされんと思っていたが、お前は楽しませてくれそうだ!」
高らかにほえると、バルバトスは突進してきた。そのスピード、シグルド並みか!
アタシはデルタレイを放った。三つの電撃の球がバルバトスを襲うが、そんなもの気にもかけず、そいつは一目散に向かってくる。それで隙でもできればと思ったのだが、甘かったようだ。
「術に頼るか、クズが!」
ゲームと同じセリフ言い放ちながらハルヴァード振るうんじゃねえ!
真っ向勝負は無理。パワーが違いすぎる。アタシはハルヴァードをかわし、流し、何とか隙を探る。向こうもこちらを切り捨てようと躍起になっているが、アタシだってそうそう隙なんか見せない。結果、激しく動き回っているにもかかわらず、勝負はこう着状態だった。
だが、そんな中、バルバトスは嗤っていた。
『この戦闘快楽者めが! 魔の力に酔い、人間を捨て去るとは!』
シグルドが忌々しげに言い放つ。シグルドは、確実にこいつを知ってる。今の反応もそうだが、何より、夜の修業の時の仮想敵に、このバルバトスは何度も登場していたのだ。最初の仮想敵も、ズバリこいつ。間違いない。
しかも、シグルドが仮想敵としていた時より、こいつは強くなっている。今は全力を出していないようだ。
シグルドとバルバトスは昔は敵同士だったのだろう。それも、ライバルとか言える存在だったのかもしれない。
勝負はつかない。互いに一歩も譲らない。
いや、バルバトスが全力を出せば、それで終わるだろうが、今はそんな気はないようだ。
ゲームでも闘いを楽しむようなやつだったが、ここでもそうなのだろうか。
こいつが全力を出さないうちに、何とか仕留めないと!
その時、バルバトスが一瞬気をそらした。バルバトスの背に、攻撃呪文がさく裂したのだ。ダメージこそゼロだが、気が一瞬それただけで十分!
気合一閃! バルバトスの左肩から右の腰まで、バッサリと切る!
バルバトスはそれを見て一気に後退した。くそっ。もう一撃入れようと思ったのに。
バルバトスは、しばし自分の傷を見ていたが、やがておかしくてたまらないという風に嗤いだした。
だが、隙はない。下手に飛び込めば、あのハルヴァードの餌食だ。
やがて満足したのか、バルバトスは笑みを浮かべ、こちらを見てきた。
「素晴らしい。この俺をここまで満足させるとは。貴様、名は?」
「アデル」
素直にこたえた。隠す理由もない。なにより、こいつの強さは本物だった。それに敬意を表し、アタシは名乗ったのだ。
「わが名は、バルバトス・ゲーティア。アデル、その名、覚えておこう」
そう言うや、バルバトスは黒い穴を出現させ、そこに飛び込んだ。そして黒い穴は消え、一気にこの空間は静かになった。
「あの……」
妹が、おずおずという感じで、話しかけてきた。
アタシは妹に向き直ると、「ありがとう」と礼を言った。
妹はなぜ礼を言われてか分からず、「え?」と言って、ぽかんとしている。
「あの時、バルバトスにギラをあてて気をそらしてくれたでしょ? あれがなかったら、一撃入れられなかったよ」
妹はそれで合点がいったのか、「ああ、あれか……」と呟いて、
「お礼を言われることじゃありません。無我夢中で、しかも全く効いていなかったみたいだし」
と、首を横に振って、謙遜した。
そして、何やらちらちらとこちらの顔を見て、視線を明後日に飛ばし、またこちらをちらちらを見る、という行動を繰り返す。
「そ、そなた……」
そんなとき、王様が顔を青くしたまま、こちらに話しかけてきた。
「そなたのおかげで、助かった。礼を言う」
「もったいなきお言葉」
アタシはすぐに跪き、模範的な返答をした。
「そなた、名をアデルといったか?」
「はい。その通りでございます」
「まさか、まさかそなた……。オルテガの娘、アデルか?」
「その通りでございます」
隣で、息をのむ音がした。
ちらりと隣を見ると、同じく跪いた妹が、こちらを凝視していた。
「そなたが、あのアデルだと? アデルは逃げ出したと聞いておったが……」
「言葉もございません」
それは、事実だ。言い訳無用。
「そうか……」
王様は、しばらく黙っていたが、
「そなたら、今日は帰るが良い。後日、使いをやろう。リデアは実家でよいか? アデルは……」
「私めは、宿屋『いこい』に」
その言葉を聞き、王様と妹が、驚愕の表情でこちらを見てきた。
「そなた、実家に帰らぬのか?」
「あそこはもう、私の家ではございません。その権利も、私にはございませんゆえ」
その言葉に、王様も妹も何か言いたげな顔をしたが、私は顔を下げたまま、無視した。
そして王様の話は色々聞き、城から出た。
シグルドの読み通り、親玉が引いたためか、モンスターはいなくなっていた。
ここまで、妹との会話はなし。こちらからは話しかけにくいし、向こうはちらちら見て来るだけだ。
結局、アタシ達は一言も話さぬまま、それぞれ分かれたのだった。
シグルドは「よかったのか?」とだけ言い、アタシが何も答えないと、そのまま黙った。
破壊された町並みが、今のアタシの心を反映しているような気がして、ひどく苛立った。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
*レッドマウンテンというコーヒーは実際あります。非常においしいので、お勧めです。