「ようこそいらっしゃいました。歓迎いたします」
優雅な仕草でメイドさんがお辞儀をする。
あまりにも違う世界に来たことを、強く実感した。
エミリオの家に来た。
屋敷を見ての第一印象、どこのお貴族様の御屋敷だ。
間抜け面さらして、ぽかんと見上げてしまった。
そんな反応したのはアタシ一人で、他の人は全員そんなことはなかった。
「そんな顔をしていると、本物の阿呆に見えるな」
などと言われても、しばらく反応できなかった。言わなくてもお分かりだと思うが、これを言ったのはエミリオである。
まず、エミリオとシャルティエさんが入る。アタシらは何の連絡も入れずにいきなりやってきた、見知らぬ客人である。屋敷側の客人を迎える体制を整える必要があるのだろう。
で、屋敷に入った途端、美しいメイドさんからの、隙のないあいさつ。
フリーズしてしまった。
アタシは一体どこに来た? ここはどこ? この世? 世の中こんなところがあるのか。
前世も今も一般庶民。そんなアタシに、ここは刺激が強すぎる!
そんな風にテンパッてるアタシに、メイドさんは嫌な顔もせず、
「まあ、お体の調子が悪いのですか? お休みになられるのでしたら、すぐに部屋を用意いたします」
と、世話を焼いてくれた。
いえいえ、結構ですから。むしろそんなことされたほうが具合が悪くなる気がする。
「マリアン、そんなバカにかまうことはない」
「まあ、駄目ですわエミリオ様。ご友人をそのように言われては」
あれ? マリアンさんだったの、この人。見た目的には、啄木鳥しんき先生の漫画のマリアンさんっぽい。
て言うか、マリアンさん、ゲームとか漫画とかじゃ、エミリオに対してこんなかたい口調じゃなかったような?
いや、これが普通か。少なくとも他人がいるところで、主人、あるいはそれに準ずる人物に対してため口はいけないだろう。公私混同はよくない。
きっと、二人だけの時とかにはこんなかたい口調じゃないはず。
「すいません、平気です。ちょっと、色々びっくりして……」
このままだと連れて行かれると思ったら、何とか再起動できた。
外も中も豪華なお屋敷で、メイドさんは一切の隙がない完璧な人で、そこで正気を保つのは神経をひどくすり減らす作業だが、気合を入れる。
がんばれ自分。アリアハンのお城に行ったことがあるじゃないか。ここ以上に立派な、まさにロイヤルな空間に行ったことがあるじゃないか。
あの時もフリーズしたけどさ。
さすが宮廷魔道師の位を与えられているだけある。こんな天上の暮らしができるとは、恐るべし、ヒューゴ・ジルクリスト。
「お部屋をご用意してございます。剣の修業をなさるそうですが、まずは疲れを取ってくださいませ」
いえ、この空間にいるだけで疲れます。とは、言えない。そんな失礼なこと。
案内された部屋は、これまた豪華な客間。しかも、嫌味でなく、上品な感じのする部屋だ。
この屋敷、一切の隙がない。
うながされて、ソファに座る。うお! 体が沈む!
それと同時に、別のメイドさんがティーセットを運んできた。
ほのかに香る上品な香り。高級な紅茶のようである。さっぱりわかんないけどな!
そして、パイ。のっているのは、多分リンゴ。すっげえうまそうなアップルパイだなあ。
思わず凝視。しかし、他の誰もそんな事をしていないので、あわてて気を落ち着かせる。
くそう。この状況にだれも動揺していない。アタフタしてるのはアタシ一人で、まるっきり道化である。恥ずかしい。
爺ちゃんも涼しい顔してるし、もしかして爺ちゃん、こんな状況は慣れっこですか?
爺ちゃんの謎、増えたな。
「さっきから何を百面相してる?」
ふんっと、馬鹿にするように、いや実際に馬鹿にして、エミリオが落ち着いた動作で紅茶を飲む。
悪かったなあ! こちとら一般庶民なんだよ! こんなんとは何の接点もない暮らししてるんだよ!
「エミリオ、そうアデルをいじめるなよ。始めてこんなところに来て、びっくりしてるんだから」
ディクルがすかさずフォローしてくれた。ありがたい。雰囲気にのまれて、声が出ないのである。
しかしディクルよ、いちいち頭をなでるのはやめい。
しばらくしたら落ち着いてきた。始めは紅茶の味なんぞちっとも分らなかったが、次第に分かるようになった。その味にかなり感動した。
パイはしっかり味あわせていただきました。ありがとう、コックさん。いや、この場合、パティシエさん?
「しばらくしたら、庭のほうで訓練を始めますからね」
これまた優雅に紅茶を飲んでいたシャルティエさんが、にっこりとほほ笑みながら言った。非常に絵になる。
「団体戦は明日。短時間でどれほどできるかはわかりませんが、その分内容は濃くしていきますので、そのつもりで。
ええ、付け焼刃なんて言わせないくらい鍛えてあげますよ」
なんか楽しそうだな、この人。今まで指導してきたのがエミリオ一人だったのが、一気に二人増えたからテンションあがってるのかな?エミリオにそういう相手が出来たっていうのもうれしいのかもしれない。
『こういう空間は性に合わん。肩がこるような感覚になる』
シグルドがここに来て、はじめて口を開いた。どうやら、この豪華な雰囲気がお気に召さない様子。
まあ、確かに普段のシグルドの感じからして、こういう場所は苦手っぽいかもしれない。
今まで口を開かなかったのは、こいつも雰囲気にのまれていたのかもしれない。伝説の聖剣なんだから、そんなこと気にしなくてもいいと思うのだが。
「もう十分休んだだろう。行くぞシャル。お前達もさっさと来い」
エミリオはそう言うや、さっさと部屋を出て行ってしまった。
ちょっ、待てい! アタシまだパイ食べてない!
あわててパイを口に入れる。ディクルは、「そんなに慌てなくても」と言うが、ここに来て調子が狂い気味で、いつもなら流せることでもつい慌ててしまう。
『女らしさとは程遠いな、マスター。少しぐらい待たせたところで、罰など当たらんだろうに』
うっさい。女らしさが皆無なことくらい自覚してるっつうの。いらんこと言うな。
「アデルや、口の周りがべたべたじゃぞい」
口の周りを拭きながら、爺ちゃんが苦笑する。すんません。
こんな感じでてんやわんやだったが、それでも何とか庭に来た。
庭では、エミリオがイライラした様子を隠すことなく待っていた。
「おそい! 何をしていた。時間がないんだろうが」
ああ、こいつはこいつなりに、明日に備えて頑張ろうとしてるんだなあ。
根っからの負けず嫌いっぽいし、些細なミスも許せないんだろう。そのために、一秒でも長く訓練したいのだ。
「ごめんごめん。こういうところ慣れなくてさ、つい調子狂うんだよね」
エミリオはふんっと鼻を鳴らし、
「言い訳は無用だ。さっさと始めるぞ! シャル!」
「はい、坊っちゃん」
シャルティエさんは、にこやかな顔のまま、模造刀を渡してきた。
「僕が相手をします。三人でかかってきてください」
……いくらシャルティエさんが強いとはいえ、エミリオとディクルにおまけのアタシの三人相手はつらいような気がするが。二人とも、多分大人の部でも上位入賞間違いなしなんじゃないかと思うような実力だし。
「シャルティエさんや、ワシもお手伝いしようかの。こう見えて、魔法には自信がありましてな。
相手チームに魔法使いがいる場合もあるじゃろうし、無駄にはならんと思うのじゃが」
「そうですね、お願いします。
さ、二対三ですよ。僕たちから一本取ってくださいね」
え? なんかあっさり爺ちゃんを訓練に入れてますが。
アタシは爺ちゃんの実力知ってるから問題ないけどさ、シャルティエさん何の疑問もなく入れちゃったよ!
ディクルとかエミリオとか思いっきり戸惑ってますけど!
二人が戸惑うのも当然。この二人は爺ちゃんの実力を知らない。見た目シワだらけで細っこくて、非常に危なっかしい。
が、この爺ちゃん、見た目に反して、魔法使いとしてはおそらく最高峰の使い手である。見た目で判断すると怪我をするでは済まない。
たぶん、シャルティエさんは爺ちゃんの実力をキチンを見破ったうえで、その提案を飲んだのだろう。強者は強者を知る。そういう意味では、アタシ達三人は、まだまだなんかも知れない。
そして訓練開始から一時間。
結果として、アタシ達三人は、二人に一撃も入れられなかった。
というか、近寄ることもほとんどできなかった。
前衛シャルティエさん、後衛爺ちゃん。このタッグは凶悪だった。
斬りかかってきたシャルティエさんの攻撃をよけようとしたり、受けようとした瞬間、魔法が飛んでくるのである。その魔法をよけようとするとシャルティエさんにやられるし、シャルティエさんに集中してると魔法が遠慮なく直撃してくる。
魔法でこちらの体勢を崩したところにシャルティエさんの一撃。魔法と斬撃の波状攻撃。
はっきり言って、この二人の連携は隙がない。始めて合わせたとは思えない息の合いっぷりである。
対してこちらは悲惨だった。
連携って何? という状態だったのである。
一番の原因は、エミリオである。こいつ、アタシらに合わせようとすらしないでやんの。
エミリオが一人で突っ走り、そこを一気に突かれるわけである。アタシとディクルは連携しようとしているが、エミリオはそんなん無視して突っ走る。そのせいでアタシとディクルの連携にも影響が出て、あっさり崩される。
こんな感じで、一時間の間、アタシら三人は、一方的に攻められ続けたのだった。
「だめですよ坊っちゃん、そんな風に一人で突っ走ったら。チームは協力し合うからチームなんです。
確かに坊っちゃんはお強いですが、だからといって何でも一人でできると思わないでください。それは思いあがりです。
坊ちゃんのことですから、二人が自分に合わせるのが当たり前っていう認識なんでしょうが、そんなんじゃ絶対に合わせられません。二人に合わせろ、というのではなく、協力し合おう、力を合わせようとする精神が大事です。
三人ともそれぞれ卓越した実力の持ち主なんだから、合わせようと思えばすぐできるはずです。それができなかったのは、ひとえに坊ちゃんの独断専行のせいです。反省してください。
あと、これはディクル君にも言えることですが、バシェッドさんを甘く見ていましたね?
確かにこの方はご高齢ですが、さっきのを見たでしょう。見た目で判断してはいけません。魔法がどのようなものか、さっきので痛感したと思います。それを忘れないように。
それに坊っちゃん。アデルちゃんが魔法に対して警告していたのを無視していたでしょ。アデルちゃんが魔法に対して何らかの察知能力があるのは、今日の試合を見ていて知っていたはずです。それなのに無視するとは何事ですか。ディクル君はちゃんと反応していたのに。
ええ、文句はたくさんありますよ。でも今はこれくらいにしておいてあげます」
シャルティエさんきっつー。エミリオにしてみりゃ、これは精神的に大ダメージなんじゃないだろうか。
て言うか、ほとんどエミリオに対する注意だし。そりゃ、足引っ張ってたのはエミリオだけどさ。
やっぱ、シャルティエさんは指南役なんだなあ。普段は異常に可愛がっているようだけど、訓練にまでそれは持ち込まない。立派である。
あ、エミリオが悔しそうな顔してる。
アタシの視線に気がつくと、なんだか気まずそうに眼をそらした。シャルティエさんのお説教は、それなりに効いたようである。
それから夕食をいただいたのだが、どこの高級レストランだと思ったとだけ言っておく。
上流階級の食事はわからん! マナーもよくわからん! それでもおいしかったです。
その後、またみんなで訓練したのだが、前に比べて格段に良くなった。
エミリオが、アタシらの動きに注意するようになったのである。それだけで、アタシら三人の動きは見違えるようだった。
おほめの言葉までいただいてしまいましたよ。
「これで明日は安心ですね」
ええ、安心ですね。ちょっと前は不安でしたが。
ご好意により、泊めていただけることになった。
結局、この家の主人であるヒューゴ氏には会えなかった。仕事が忙しいんだそうな。
ルーティにも会えなかった。彼女にもぜひ会いたかったのだが、残念である。なんで居なかったんだろ?
フッカフカのベッドにダイブする。行儀悪いとか言うな。
『はしゃぐなマスター、みっともない。せっかくこういうところに来ているんだから、少しは女としてのたしなみを意識したまえ』
「余計なお世話。いいじゃん、気持ちいいんだから。
あー、癒される。疲れたあ。このベッドは極楽だよ」
肩がこる空間であるが、ベッドは別。気持ち良すぎてもう睡魔が。
「んじゃ、夜の修業、よろしく」
『わかった、わかった。さっさと寝てしまえ』
さて、明日が楽しみである。