ついに決勝戦。相手は無論、天才剣士エミリオ。
体は半身。左手の剣は切っ先をこちらに向けており、足は軽く開く程度。
アタシは正眼の構え。刀を扱うにはポピュラーかつ、最も動きやすい構え。
アタシ達の間には、火花が散っている。いまにも爆発しそうな気迫だ。
「決勝戦、アデルちゃん対エミリオ君、始め!」
開始の合図と同時に、地面を踏みこみ、ぶっ飛ぶ勢いで斬りかかった。
先手必勝。後手に回れば負ける。
エミリオは、動かずに迎え撃った。
噛みあう模造刀。このままでは力比べである。
アタシはさっさと引いた。力比べに意味はない。それに、引くのがもう少し遅ければ、アタシには隙が出来ていただろう。エミリオが、体を横にずらし、剣を引いたのだ。そのままであったら、アタシは体勢を崩し、あっさり一発もらっていただろう。
鍔迫り合いにでもなれば、普通はそのまま押し通そうとしてしまうもの。下手に引けば命取りになる。しかし、エミリオはそれをあっさりやってのけようとした。アタシが引いてそれは失敗したが、その動きは完璧だった。
完全にこちらの動きを読まれている。あたり前か。この試合以前で、アタシはかなり動いている。特にディクル戦。
強者は、相手のちょっとした動きから、実力を見破ってしまうという。
あれだけ派手に動き回ったのだ。アタシの動きを見切るには十分だったらしい。
対して、アタシはエミリオの本気を知らない。今まで一度も本気で戦っていないのだ。
何と底知れない。これでアタシと同じ十歳は詐欺だ。
気を取り直し、もう一度仕掛ける。愚痴っている暇などない、ひたすら攻めるのみ。
一気に迫り、下から斜めに斬りあげる!
しかし、あっさりはじかれた。力ではじいたのではない。力などほとんど使わず、技ではじいた。
そして、アタシは一瞬無防備になった。
はじいた剣で左肩に突きを入れられた。とっさに利き腕はよけたものの、大ダメージだ。
あっという間に相手に一点入ってしまった。
転んで、タダで起きられるか!
その場で体を回転させ、渾身の後ろ回し蹴りを放つ! 攻撃した直後は隙が出来るはず! あたれ!
が、エミリオはそれを上体を反らすことであっさりかわして見せた。
やばい! 後ろ回し蹴りは威力は大きいが隙も大きい。
慌てて蹴りの勢いを利用し、その場から飛びずさる。案の定、今までいたところに剣が突き入れられた。
後一秒遅かったら、あっという間に二点目を入れられていただろう。
ここでビビって攻めるのをやめたら、その時点で負け!
エミリオの剣が届くギリギリのところまで迫り、停止。そして、地面を蹴りあげた。
ちょっとせこいが、砂の眼つぶしである。
だが、そんなせこい手が通じる相手ではない。体を横にずらし、砂をよけ、一歩踏み込んで体をぐっと伸ばし、力強く突きがくる!
それを体を横にして避けるが、そこに、一歩踏み出した足を支点にしての回し蹴りが迫る!
それを一歩下がって避けるが、蹴りの直後に剣が同じく迫ってきた! 蹴りはブラフで本命はこっちか!
なんとかしゃがんでよけ、立ち上がる力を利用してそのまま突進。真一文字に斬りつける。
しかし、軽く後ろに跳んであっさりかわして見せたエミリオは、また突きを放ってくる!
ぐるっと体を回転させ、その勢いを使って右へ移動。突きをかわし、回転の力を手に集中させ、斜め下から斬りあげる! 狙いは剣を握っている左手!
だが、そこにすでに左手はなく、代わりにこちらを狙って足が斜め上から振り下ろされる!
がつん! と衝撃。右肩に直撃。思わず剣を落としそうになる。
グッと堪えるが、これで両肩にダメージを負ってしまった。
エミリオは、攻撃と攻撃の間の隙が少ない。かわした、と思ったら、すぐ次が来る。
ディクルとはまた違ったタイプの強敵だ。非常にしなやかで、疾風のごとき攻撃。回避も最小限の動きで、こちらの攻撃を呼んですぐ攻撃に移れるように計算されつくしている。
軽い気持ちで参加した大会だが、これは思わぬ強敵と二人も出会ってしまったようだ。
だが、
「っけんなあ!」
アタシは、上を目指さなければいけない。シグルドと同等の、いやそれ以上の境地へ。
負けること自体はまだいいだろう。次につながる負けなら。
だが、何もできずに無様に負けるのは許されない。そんなのは認めない。
アタシは、達人の極致にいたる!
どん。さほどの衝撃ではない。肩にダメージがあるため、それほどの威力が出なかった。
それでも、一撃入れてやった。
単純な突き。技も何もない、執念だけで突き出した剣。それが、エミリオの腹に入った。
「ごほっ」
さすがに効いたらしく、エミリオは体を少しだけくの字に曲げた。右手で突かれたところを押さえている。
だが、それまで。肩が動かない。剣は落としていないが、これ以上の攻撃は無理である。
「降参します」
アタシは、自ら敗北を宣言した。
優勝はエミリオ。会場でお偉いさんの言葉をもらっている。
賞金も出る。三千Gである。子供には結構な金だろう。
アタシは、回復魔法をかけてもらいながら、その様子を見ていた。
「よくやったな」
そう言って、ディクルは頭をなでてきた。
いつもなら「やめろ」と言うところだが、今はそんな気分じゃない。
悔しい。驕っているわけじゃない。相手が自分より強いことくらい、始めから分かっていた。勝てないであろうことも分かっていた。
それでも、悔しい。
負けたという事実が、重くのしかかってくる。
これが、敗北感なのか。
シグルドとの修業で、勝てたことはなかった。だがそれはあくまで修業だった。相手があまりにも高い次元にいて、こちらに合わせて軽くあしらっているものだった。
この大会は違う。模造刀とはいえ、これは試合だ。勝負だったのだ。
初めて、アタシは負けたのだ。
だが、無意味な負けだとは思わない。敗北を知らないまま、自分は強いのだと勘違いするくらいなら、一度コテンパンに負けて、どん底から這い上がってやろうじゃないか。
今のアタシは敗者だ。そこから、また一からやり直す。それにはエネルギーがいるだろうが、そのエネルギーは、修業においていい方向に働いてくれるはずだ。
「今度は勝つ」
今度戦うことがあるかは知らないが、もし仮に戦うことがあるのなら、その時は今の礼を込めて、全力で叩き潰すのだ。
できないはずがない。アタシの師匠は、二人とも優秀なのだから。
まあ、エクスフィアも忘れてはいけないんだが。アタシが戦えているのは、エクスフィアのおかげなのだ。これがなければ、アタシは弱っちいんだから。
「あ、復活したか」
「いきなりなんだ」
ぽふぽふと人の頭を軽く叩きながら、ディクルが朗らかに笑った。
「いやあ、負けて落ち込んでたみたいだからさ。なんて言ったらいいか、いっそ黙ってた方がいいのか、悩んでたんだがな。
自分でしっかり復活できるなんて、強いな」
そう言ってまたぽふぽふ。
「いらん世話だっつうの」
「うん。それでこそだな」
何で嬉そうなんだ、お前は。
「で? これからどうするんだ?」
「大会も終わったし、爺ちゃんと合流。本来の目的は大人の試合を見ることだし」
なるほどと頷いて、ディクルは、
「特にこれといった予定がないならさ、一緒に子供の部の団体戦に出てみないか?」
などと言った。
「は?」
なんですと?
「いや、あの……」
「子供の部の個人戦が意外に試合が伸びてな、団体戦は明日やることになったんだ。
どうせ大人の部の方は、出場者の休息のために一日あけるんだし、子供の部の団体戦が明日になっても何の問題もない」
こちらのことなどお構いなしに、しゃべり続けるディクル。
「俺な、今まで団体戦に出たことなかったんだよ。組める奴いなくて」
まあ、あんたの場合下手に組むと、そいつが足手まといだからね。
「でもま、君とだったら組める。優勝確実だぞ。
ここで負けたうっぷん晴らしも兼ねて、一暴れしないか?」
ううむ。面白そうではある。
誰かと組んでたたかうという経験が、アタシにはない。将来、妹と一緒に旅をするなら、当然妹と協力して戦っていかなければならないだろう。そのいい練習になるかもしれない。
「わかった。爺ちゃんに頼んでみる」
出場するのはタダだし、ダメとは言うまい。
ディクルは嬉しそうに、
「それはよかった! 一度出てみたかったんだよ、団体戦!」
と、アタシを高い高いするかのように持ち上げ、ぐるぐるまわった。
「やめーい!」
「おい」
やっとこさ降ろしてもらった時、声をかけられた。
二人してそちらを見ると、そこには何と、エミリオがいた。
「おい、聞こえていないのか」
まさか声をかけられるとは思っていなかったので、二人して間抜け面をさらしていたらしい。いらいらした様子でエミリオが言った。
「くそっ。こんな奴に一撃入れられたのか、僕は」
「何か失礼なこと言ってない?」
「何が失礼だ。お前みたいな間抜け面に一撃入れられた僕の身にもなってみろ。情けなくなってくる」
「やっぱ失礼だな!」
「こらこら、二人とも落ち着け」
一触即発の雰囲気になったアタシ達二人の間に、ディクルが入った。
「で? エミリオ。何の用だ?」
ディクルが落ち着いた声で聞く。こういう所は年上なんだなあと思う。
いや、アタシも前世の記憶持ちなんだから、精神年齢は高いはずなんだけど。自信、なくなってきた。
「特にこれといった用はない。ただ、僕に一撃入れた奴の顔を、しっかりと拝んでおこうと思っただけだ」
と、イライラした様子で言うエミリオ。
もしかしてこいつ、一撃入れられたのが相当悔しかったんじゃ? おそらくこの大会、一撃も入れられずに勝つ自信があったんだろう。
それはあまりにもすごすぎる自信だが、こいつの実力からしたら、当然の自信か。
「あ、そうそう、ちょうどいいところに来たな。
エミリオ、団体戦、俺たちと一緒に出ないか?」
「な!?」
アタシとエミリオは同時に声を発した。
そんなアタシ達をよそに、ディクルは一人で話を進めていく。
「いやあ、声をかけようとは思ってたんだが、どうしたもんかと思っててな。来てくれて助かった。わざわざ行く手間が省けたしな。
俺達三人がそろえば、まさに無敵だ。子供の部団体戦優勝間違いなしだぞ」
なんか嬉しそうだなあ。一緒に出られるやつが二人もいて、テンション上がってんのかな?
でも確かに一理ある。アタシら三人は、それぞれ組める相手がお互いくらいしかいないと思う。それなら、いっそ三人で組んでしまえばいい。
「アタシさんせーい」
「ふざけるな! 何で僕がお前たちなんかと!」
「悪い話じゃないだろ? 腕試し感覚で出てるんだろお前。なら、団体戦に出てみるのも悪くないぞ。
それに、将来騎士になるんなら団体行動は必須だ。慣れておくのもいいと思うぞ」
「そうそう。それに、出るなら優勝したいじゃん。あんたいれば優勝間違いなしだし。
それにさ、個人的に、あんたと組んで戦うのも面白そう。
あんたもさ、誰かと組むチャンスなんてないでしょ? これが最初で最後かもよ?」
アタシとディクル、二人でエミリオを説得する。
「わかった! 出る! 出ればいいんだろう!」
十分以上かけて説得した甲斐があったらしく、エミリオは根負けした様子でやけくそ気味に怒鳴った。
これにて、アタシ、ディクル、エミリオの三人のチームが結成された。
戦いは明日からである。今から楽しみだ。