準決勝最終試合。
左利きの剣士エミリオ。短剣と弓を使うマクル。
エミリオは左手に剣をもち、半身に構える。少しフェンシングに似ていると思ったが、それ以上に優雅な構えだと思う。
マクルは弓に矢をつがえ、いつでも射れるようにしている。腰には短剣がつるしてあり、近づいてこられても対応できるようにしてある。
「始め!」
開始と同時に、マクルは距離をとりつつ、素早く一射。ひゅっと風を切って飛んでいく。
エミリオはそれを最小限の動きでかわし、風のごとく接近する。
マクルは素早く矢をつがえ、次々に放ちつつ、何とかエミリオと距離を取ろうとする。
だが、それらの矢をことごとくかわし、剣で叩き落とし、あっという間にエミリオはマクルへと接近した。
マクルは弓から短剣へと武器を変えようとするが、その瞬間、その短剣を叩き落とされた。
さらに、エミリオが接近してきた勢いを利用して回し蹴り。それは見事にマクルの利き腕に決まり、さらにそのまま剣で肩を打った。最後にたたらを踏んだマクルの脇腹に一発。
勝負は、あまりにあっけなく決まった。
「あれは本当にアタシと同い年か?」
決勝戦までの休憩時間、アタシはあっついココアをちびちび飲んでいた。
先程の決勝戦、あまりに圧倒的すぎて、あまり参考にならなかった気がする。
「つうか、この大会レベル異様に高いような?」
「そりゃそうさ。この大会のために鍛えてるような奴ばっかりが出てるんだから」
そう言って、苦めのコーヒーを一口飲むディクル。コーヒーには砂糖もミルクも入っているが、元が苦いので、甘くはない。だがそれがいい。
アタシもコーヒー頼もうとしたんだが、こいつが、
「子供らしいものを飲みなさい」
などと言って、ココアにしやがったのだ。アタシはコーヒー党だ! 苦いのも酸味が効いてるのも甘味があるのも大好きだ! なのにココア! 嫌いじゃないが好きなの飲ませてくれたっていいじゃん!
頭に来たので、ディクルから少しばかり強奪してやった。すぐに取り返されたが。
そもそも、なぜディクルと一緒にいるのか、と思われるかもしれないが、
「一人じゃつまらないだろ? お兄さんと一緒にいなさい」
と言われ、「いらん」と言ったにもかかわらず、めげることなく一緒にいるのである。
もう諦めた。
「この大会はお偉いさん方のステータスだからな。子供の部にも同じことが言える。お偉いさんの子供はこの大会のためにみっちり鍛えられてくるわけだ」
「あんたも?」
「俺は純粋に騎士目指してだ。大会に出たのは、父から「自分だけの世界にこもっていては一人前の騎士にはなれん。世に出よ」って言われて」
なるほど。他の同世代の子供と争わせることで、息子を鍛えようとしたわけか。切磋琢磨しあえるライバルでもいれば完璧だったんだろう。
残念なのかそうでないのか、前々回、前回と、こいつはあっさり優勝し、ライバルなぞいなかったみたいだが。
「でもま、俺みたいなのばっかじゃない。お貴族様なんてのは、大会出場っていう肩書を、アクセサリーみたいに考えてるのが多いしな。順位が高ければ社交界でも大きな顔が出来る。
結果として、優秀な家庭教師をつけられて、大会用に鍛えられるんだよ」
「なるほど」
子供の部なら使う武器も安全設計だし、医療体制もしっかりしてるから傷なんてすぐ治るし。
こういう国だから、大会の上位にでもなれば、それはもうちやほやされるだろう。負けた奴とか、そもそも大会出場資格なしとして失格になった奴からは恨まれそうだが。
「この国の軍事レベルは、この大会が開催されるようになってから、飛躍的に上昇した。大会のために、名誉のために、それぞれが今まで以上に訓練に精を出したってわけだ。
騎士とかなら、優勝すれば昇進できるしな」
「それは知ってる」
爺ちゃんの講義は伊達ではない。
「アデルは色々知ってるなあ。偉い偉い」
「いちいち頭をなでるな」
こういう奴なんだろうと諦めてはいるが、やっぱりなんか腹立つ。
「強いし、知識もある。お前の親は、かなり熱心にお前を指導したんだな」
「……まあ」
才能なかったから実の母親からは見捨てられて、それ以降育ててくれたのは他人の爺ちゃんで、剣の修業は伝説の剣ですとか言えない。
そういや、爺ちゃんとシグルド、今何してんのかな? あの二人なら、いや、シグルドは自分から行動できないや。爺ちゃんなら何があっても平気だろうが、ちょっと気になってきた。
シグルドから見て、アタシの試合どうだったんだろ? 会ったとたんにあーだこーだ言われるのは嫌である。かと言って、手放しに誉められるのも気味が悪い。
爺ちゃんも強い魔法使いだからな。トロンとの戦いを、どう評価されるか、正直不安。
「もしかして、聞かない方がよかったか?」
「え? いや……」
やば。気を遣わせてしまったらしい。
「いや、一緒にここに来た爺ちゃん、今何してるかと思って」
「お爺さんと一緒に来たのか。お爺さんの心配をするなんて、けっこうお爺ちゃん子か?」
あっさりスルーしてくれた。おかしいことには気づいているだろうが、そこは触れないようにしてくれたようだ。
「さあ? そんなん、自分じゃ分からないし」
「それもそうだな。お爺さんは大事にしろよ」
そう言って、また頭をなでる。
「やめんかい」
その手をはたいてやった。だが、全然こたえていない。ニコニコしていて、実に楽しそうである。
コノヤロー。年下からかうのがそんなに楽しいか。
「つうかさ、エミリオだよ、エミリオ。あの年であの強さはないでしょ。何者さ?」
「ああ、あいつな。前々から天才って評判だったな」
「ほう?」
語ってくれそうな雰囲気である。このまま聞く体制に入る。
「エミリオの父親はヒューゴ・ジルクリスト。この国の宮廷魔道師の一人だ」
エミリオの父親がヒューゴですか。ツッコメばいいのか? スルーすべきか。
「宮廷魔道師って言っても、魔法の実力よりも、古代の知識の深さを買われてらしいから、魔法使いとしてじゃなく、学者として国の研究機関に所属してるかたわら、知恵袋としての役割を果たしてる。
研究してるのが、古代に存在した伝説の武器らしいけど」
あ~。ディスティニーでは、ヒューゴは考古学者だったな。その関係でソーディアンを発見したんだっけ。
まさか、ここのヒューゴが研究してる古代の伝説の武器って、ソーディアンじゃないだろうな。
「で、エミリオはヒューゴの第二子。第一子はルーティっていう女の子らしい。」
ルーティまで出て来てしまった!?
「奥さんはクリス・カトレットっていう人だったな」
「だった?」
「エミリオを生んで間もなく死んでしまったとか。で、母親のことを忘れないために、カトレットの性も名乗ってるんだとさ」
ああ、だから二つの苗字が並んでいたわけね。
「で、エミリオなんだが、物心ついた時から剣に対して天武の才を見せていたんだと。
その話を聞いた陛下が直々にエミリオの剣舞をご覧になった。そしてエミリオの才能を伸ばすため、一人の騎士を指南役としてエミリオに付かせた。
その指南役が、騎士の中でもかなりの実力をもっているとされている剣士、ピエール・ド・シャルティエ」
シャルきたあああ! エミリオといえばシャルだよね確かに。ディスティニーじゃソーディアンとマスターっていう関係だったけど、ここでは師弟関係なのか。
「シャルティエさんとエミリオはかなり相性がよかったらしくってさ、メキメキ実力をつけて、今じゃ最年少の騎士候補だ」
エミリオ、ディスティニー本編ではリオンだが、彼も若くしてセインガルド王国の客員剣士だった。七将軍の候補だったし。
……やっぱりエミリオって、テイルズのエミリオとリンクしてるのか? 同一人物ではないだろうが、何らかのつながりがあるのかもしれない。
「それにしても、あの強さは反則じゃない? 大人でも勝てないよあれ」
「確かに、あの強さは反則だよなあ。俺もあんな才能がほしかった」
「あんたも十分反則だっつの。何あの力? 本物の剣使ったらどうなるのさ」
「俺はぎりぎり十五歳。後三日で成人だ。正式に騎士団に所属する。
この子供の部の出場も、今回が最後だ。これからは、出るなら大人の部になる。
ま、正直俺が子供の部に出ること自体が反則だってことだな」
そこは大会規定なんだから仕方がないと思う。後一日で十六歳になるんだろうが、現時点で十五歳ならそれは子供の部ということになるのだ。
こいつ的には大人の部に出たかったんだろうな。体のでき具合とか、実力とかから考えても、大人の部に出るのがある意味妥当ではある。きっと、大人の部に出てもかなりいい線行くんじゃないだろうか。
「肝心なこと忘れてると思うけど、人に反則とか言うなら、そいつに勝った君も十分反則だってこと、分かってる?」
「アタシはかなり邪道な手を使って勝ったしね。実力的にはあんたにはアタシは届いてなかったさ。気合いと勢いだけで勝ったようなもんだし」
しかも今回の試合では本物の武器は使っていない。真剣だったら、アタシ今頃死んでる。
「ずいぶん謙遜するなあ。勝ったんだから素直に喜んでおけばいいのに。天狗になるのはいけないけど」
そんなことを話していると、
「アデルちゃん。そろそろ決勝戦です。来てください」
「はい」
休憩時間終わり。ちょっと冷めたココアをぐいっと飲む。
ディクルも、自分の出番でもないのにコーヒーを一気に飲み干した。
「いよいよだな。いけるか?」
「やってやろうじゃん」
勝てる気は正直しないが、やらないうちに敗北を認めるなんてしたくはない。
「その意気だ。俺との試合の時みたいに、気合いと勢いで勝ってこい」
「言われなくても」
能力そのものに大きな差があるのだから、気力でしか埋められないいのだ。どこまで通用するかは知らないが、やれるとこまでやってやる。
ディクルはついて来れるギリギリまでついてきた。
向かいから、同じくらいの背丈の剣士が歩いてくる。
エミリオだ。ちらりとこちらに目をやると、そのまま歩いていってしまった。
ほう? 眼中になしか。おもしろい。驚かせてやる。
「いってこい!」
「おう!」
ディクルの激励にこたえ、アタシは、試合会場へと踏み出した。
さあ、試合開始だ!