一回戦、突破。だが、これからまだ戦わなくてはならない。呑気に構えていられない。
なので、他の人の戦いもしっかり見ておくことにした。
見ることも修業だし。
槍状の武器やら、素手やら、魔法使いやら、実に様々。見ていて非常に面白い。
一番目を引いたのは、何と言ってもエミリオだった。
左利きの一刀流。体さばきは非常に優雅で、隙がない。あっという間に勝ってしまった。
本当に、あっという間に。
実力はケタ違いだった。相手は一周り以上も大きい槍使いだったのだが。
槍と剣では、剣の方が不利だ。相手の方が体が大きいなら、なおさら。
しかしエミリオは、そんな不利をモノともせず、そうなるのが当然と言わんばかりに勝ってしまった。
歳、アタシと同じはずなんだけどね。ちなみに十歳は、アタシとエミリオだけだった。
勝ち進んでいけば、エミリオと戦うことになるんだろう。その時、アタシはいったいあの剣士相手にどこまでやれるか。
正直不安だった。
試合は進み、残り十人になった。
そして、再びアタシの番が回ってきた。
「準々決勝第一試合、トロン君、アデルちゃん、移動してください」
言われて移動を開始しつつ、相手に目をやる。
いかにも魔法使いだと言わんばかりの格好をした奴。歳は十三だとか。
一回戦でも、魔法で戦っていたので、魔法が主力なのだろう。
どんな試合だったかというと。
トロンとやらの相手は素手だった。いわゆる武道家タイプ。体はそんなにごつくなく、シャープだった。スピードタイプだとあたりをつけた。
トロンは、体つきは分からなかった。ゆったりとしたローブだったためだ。
試合開始直後、トロンはいきなり相手にメラをぶち当てた。開始してすぐに魔法が飛んでくるとは思わなかったらしく、武道家はもろに喰らっていた。
それでトロンの一点先取。
トロンは素早く距離を取ると、魔法を喰らった痛みで体勢を崩していた相手にもう一発メラを喰らわせた。それで二点。
武道家はまずいと思ったらしく、ジグザグに動いて魔法を当てにくくした。
その間、トロンは動かなかった。じっとしていた。武道家の動きを目で追っていただけだった。
武道家は魔法を使うために集中していると思ったらしく、好機と見て一気に襲い掛かった。だが、武道家がジグザグに動くのをやめた瞬間、トロンは武道家の足元にヒャドを放った。武道家は、足を地面に縫い付けられた。
武道家はスピードを活かして相手を撹乱するタイプ。なので、足を封じられてしまえば、一気に攻撃力は下がる。
動けなくなった武道家は、恰好の的だった。メラであっさりとどめを刺され、武道家は悔しそうだった。
ちなみに、凍った足は大会側の魔法使いが来て溶かし、医務室に連れて行った。凍ってたんだもんな。凍傷とか危ないし。
試合開始直後に魔法を放てたのは何でもない、審判さんが開始の合図を出すまでに、準備をしていたからである。
別に反則でも何でもない。それを予想していなかった武道家のミスである。
トロンは魔法の狙いはなかなかいい。正確に相手の足を地面に縫い付けるなんて、ちょっと難しいだろう。
次もまた同じ手で来るかどうかは知らないが、マナの動きには注意しておいた方がいい。
そればっかりに気を取られて、他がおろそかになったら、元も子もないが。
会場の真ん中についた。
同時に、トロンの周りのマナがトロンに集中し始めた。
ほう? 同じ手で来るか。使う魔法は? ……なるほど。開始と同時に、一気に距離を取った方がよさそうだ。
「準々決勝第一試合、トロン君対アデルちゃん、始め!」
アタシが後ろ跳びにトロンから素早く距離を取るのと、
「イオ!」
トロンが魔法を使うのは、ほぼ同時だった。
爆音がうるさい。砂煙が視界を妨げる。だが、アタシは無傷だった。
アタシが離れる方が、速かったようである。
これなら、向こうからアタシは見えない。攻撃しようにも、見えなければどうしようもできないだろう。
相手の狙いは初撃による無力化だ。メラは一点集中型の攻撃だが、イオは広範囲に効果がある。威力そのものは抑えていたようだが、爆発によってアタシは行動不能になり、そこを魔法で滅多打ち、というのがあいつのシナリオだろう。
しかし、なかなかやる。イオは初級といえど、扱いは難しい。と言うか、イオ系の魔法は全般的に難しい。他の魔法形態は扱えても、イオ系は使えないという魔法使いは結構いるらしい。それを子供が使うとは。しかも、狙いはかなり正確で、使い方もなかなかいい。
だが、それは失敗である。アタシはこうして動けているのだから。
気配を探る。一つは審判さんの、もう一つがトロンのものだ。観客の気配のせいで若干分かり辛いが、間違いない。
アタシは、砂ぼこりに突っ込んだ。
砂埃を抜けたすぐそこに、トロンがいた。
アタシが現れるや否や、顔を驚愕に染める。その隙に一撃。
狙いは、魔法を使う時にマナを集めていた左腕!
「アデルちゃん、一点!」
審判さんの声と同時に、トロンが大きく舌打ちし、アタシから素早く距離を取った。
どうやら、イオの効果がないとは思わなかったらしい。かなり油断していた。
かなり強く叩いたため痛むのか、トロンは左腕を押さえている。
しかし、アタシは斬り込まなかった。その構えに隙がなかったのだ。
魔法を使うしか能のない奴の構えではない。あれは、武術を習っている者の構えだ。
ふむ、腕が痛いようなそぶりはブラフの可能性が高いな。たかが魔法使いと油断して近づけば、拳、あるいは蹴りが飛んでくるということか。
だが、近づかないでいると、
「ギラ!」
魔法を使う隙を与えることになる。
しかし、これがアタシの狙い!
炎の帯が迫るが、それをマナで弱め、若干の方向修正をする。
爺ちゃんの魔法に比べれば、込められたマナの量やら質、術の構成が甘い。この程度なら、アタシにだって少しくらいの干渉は出来る!
ほとんど避けることもなく、まっすぐに突っ込む。
魔法を使っている間は、どうしても無防備になる。一流の魔法使いは、そのあたりも考慮して魔法を使うそうだが、経験の浅いトロンでは、そこまではできまい。
トロンは魔法に干渉されたことに驚き、すぐに魔法を止めなかった。それが致命的な隙である。
アタシに干渉された時点で、魔法の発動を止め、距離を取るなり、武術で迎え撃つなりしなければならなかったのだ、トロンは。
だが、トロンは魔法を放ち続けた。その間、こいつは動けない。アタシが一気に距離を縮める間、こいつは無防備だった。
そして、先ほどとは反対の腕に二撃目を入れた。
「アデルちゃん、二点!」
「くそ!」
自棄になったか、トロンはアタシの顔面に向かって拳を放って来た。ちなみに、子供の部では、顔面への攻撃は禁止である。
しかし慌てない。シグルドとの修業では、もっと危ない場面は山ほどあった。
首をかしげるようにして拳をよけ、その拳をつかむ。そして一気に、
「おりゃあ!」
投げた。
投げももちろん大会のルール的にアリである。
トロンは、背中からきれいに地面に落ちた。
「アデルちゃん三点! アデルちゃんの勝ち!」
歓声が上がる。正直、ちょっと気持ちいい。
が、いかんいかん。気持ちを引き締めねば。
「ちぇっ。今回はいいとこまで行くと思ったのにな」
トロンが立ち上がり、服を払いながら口を尖らせた。
「魔法だけだと心もとないから、武術まで習って今回の大会に来たのに。こんなチビに負けるなんて」
恨めしい目でじいっとアタシを見る。
「一年前に出て、一回戦であっさり負けたからさ、一年後にリベンジしようと思って頑張ったんだ。その間、大会が開かれても出るのを我慢して、やっと今回の大会に出たのに」
なるほど。よほど頑張ったと見える。今回の大会にかけていたんだろう、その意気込み。
「そう」
アタシは、何も言えない。こいつの苦労なんか何一つ知らないし、知っていたとしても、しょせん他人だ。何も言われたくないに決まってる。
「なんだよ、あっさりしやがって。ま、いいか。
魔法の方向変えられるなんて初めてだよ。あんなこと出来るんだな。
オレに勝ったんだから、がんばって優勝しろよ」
そう言うと、ポンと肩に手をのせて、そしてさっさと引っ込んでしまった。
アタシも後に続く。
ともあれ、これで準々決勝突破。次も頑張るぞ、と心の中で気合を入れていると、
「君、君」
肩を叩かれた。
なんか馴れ馴れしい。が、とりあえず声のした方を向く。
そこには、いかにも育ちの良さそうな杖を持った優男がいた。
「君、すごいねえ。十歳でしょまだ。それなのにあんなに強いなんて、すごいなあ。どんな特訓したの?」
何だこいつ? 本気で馴れ馴れしいんですけど。
うっとうしいと思っていることが顔に出たらしく、優男は慌てて、
「ごめんごめん。悪気はないんだよ。ただ君があんまりにもすごかったから、感動して」
などと言う。その顔が本気で困っているように見えたが、どこまで計算してやっているのか分かったもんじゃない。
アタシは、無視して次の試合を見ようとするが、
「ああ、次の試合? やっぱ興味ある? 当然だよね。次の対戦相手が決まる試合だもんね」
まだ話しかけてくる。何なんだこいつは? 邪魔!
「次の試合はしっかり見といたほうがいいよ。なんてったって、優勝候補、ディクルの試合だからね」
へえ? 優勝候補ね。
ディクル・ハインスト。十五歳。得物は剣。しかも、身の丈ほどもある大型だ。ディクル自身大きな体をしていて、一般的な成人男性よりも背が高いんじゃないかと思われる。その身の丈ほどもある剣だから、大きさは推して知るべし。
「ディクルは前々回、前回の優勝者なんだ。しかも、どの試合でも相手に一ポイントも取られてない。圧倒的なんだ。
ハインスト家は、代々騎士の家系で、その家の後継ぎはこの大会に出場することになっているらしいんだ。当然、ついている師匠は一流さ。なんてったって、騎士の父親が直々に指導してるんだから」
いろいろ教えてくれているのはいいんだが、そんな情報に興味はないし、こいつの意図がつかめない。本気で何したいんだか。
この大会、この国の貴族やら兵士やらが多く参加するらしい。この大会で優秀な成績を収めるのは、一種のステータスなんだそうな。
その関係で、貴族やら騎士やらの息子などが参加することも多いとか。ディクルもその一人だろう。
ちなみにこの知識は、爺ちゃんとの勉強によるものである。
さて、ディクルとやらの試合である。
相手は二刀流の短剣使い。しかも左の短剣はソードブレイカーである。ソードブレイカーは、形は櫛のようになっており、そのギザギザ部分で相手の武器を受け止め、場合によっては折ったりする。
しかし、ディクルの剣は身の丈ほどもある大剣。それをあんな短剣で受けたりすれば、短剣の方が折れる。
この試合、ソードブレイカーは不利であると言わざるを得ない。
念のために言っておくが、子供の部は、武器は全て大会側が用意した、怪我をしないように工夫された模造品である。本物ではないので、間違えないように。
ま、ディクルのあの大剣で叩かれたら、いくらなんでもケガするような気がするが。
そして、試合開始。
先に攻めたのは短剣使い。機動力では、こちらに分があると思われる。
ディクルの大型武器では、どうしても機動力が落ちる。武器の大きさはそれだけで武器となるが、逆にスピードは殺されるのだ。
短剣使いがディクルの右腕を狙って斬りかかる。しかし、ディクルは剣の柄で素早く防いだ。
ほう? あれだけの武器を、あれほど早く扱うとは、さすがは優勝候補。
だが短剣使いも負けてはいない。防がれた瞬間、そこを起点に素早くディクルの右側から後ろに回り込み、その勢いのままに背中を狙う。
ディクルも負けてはいない。相手が回り込んだ時点で体を回転させ、背中を狙っていた武器を蹴りあげた。
しかし、相手は二刀流。もう片方の武器が残っている。残った武器でディクルの、武器を蹴りあげた脚を狙う。しかし、ディクルはかかと落としの要領で、その手もたたき落とした。
ディクルとやら、迅い。蹴りあげたと同時に足を振り下ろした。これで相手は完全に無防備である。
しかも、今の蹴りでディクルに一点入った。
そして、無防備な相手の体に剣を持っていない方の拳でパンチを入れる。かなり勢いのいい、鋭いパンチだ。
相手はそれで吹っ飛ぶ。ダメージが大きいのか、立ち上がれずせき込んでいる。
これでディクルに二点。
さらに相手の回復を待たずに素早く駆け寄ると、軽く相手の足を蹴った。
勝負は決まった。ディクルの勝ちである。
ふむ。剣はほとんど使わずに勝った。使うまでもないと判断したのか、使う暇がなかったのか。間違いなく前者である。
これがアタシの次の対戦相手か。確かに強いな。
だが、アタシはどうしてもエミリオが気になる。ディクルも間違いなく強いだろうが、エミリオはそれより強い。
だが、エミリオばかりを気にしてもいられない。最初に立ちはだかる壁を超えない限り、その向こうにはたどり着けないのだ。
「やっぱりすごいなあ、ディクルは。どう? 怖くなった?」
「別に」
怖くはない。毎晩超凄腕の剣士とやり合っているし、昼間は爺ちゃんのスパルタで鍛えられている。今更、この程度では恐怖は感じないのだ。
「そう? あれ見たら普通怖がるものだと思うけどね?
そういえば君どこの子? この国の子じゃないよね? ディクルは有名なのに知らなかったし」
「アリアハン」
うっとうしいが、無視したらしたで、この手のタイプはうっとうしい気がする。ので、一応答えておく。
「アリアハン! あの勇者オルテガの? なるほど、勇者の故郷だけあって、優秀な人材がいるんだね」
その名を聞いた途端、剣を握る手に力がこもった。
勇者オルテガ。世界屈指の戦士。
アタシやリデアを縛るもの。
いなければこの世界にアタシはいないのかもしれないが、それでも素直に父と慕える相手ではない。
リデアはオルテガさんに会いたがっていたが、アタシは会いたくない。そもそもの原因はこの男なのだから。
リデアは旅に出ればオルテガさんを探すだろうが、見つかった時アタシはどうするのか。
何も言わないのか、罵倒するのか、それとも泣くのか。予想がつかない。
まあ、リデアが探すつもりなのなら、文句などないが。
「勇者オルテガの武功は聞いてるよ。こんなに遠い国にも……」
「黙れ」
聞きたくない。何をするか分からなくなる。
思わず殺気まで出して、アタシは優男を睨みつけた。とたん、優男は静かになる。
次の試合が始まっても、あたし達は無言だった。
さっさとどっかにいけばいいのに、優男はここにいる。
やがて、試合は終わった。
「あ、あのさ。君、この大会で気になってる人、いる?」
「エミリオ」
何を思ったのか、また質問をぶつけてきた。さすがにオルテガ関連ではなかったが。
「エミリオ? なるほど、歳も同じだし、かなりの美少年だしね」
「は? 同い年はともかく、美少年が何の関係があるのさ?」
「へ? 気になってる子だろ? 君年頃の女の子だし、周りは男の子ばかりじゃないか。いいなあ、って思う子ぐらいいるだろ?」
おい。それ、誰が強いと思うかって意味じゃなくて、「あの人良くない?」、「イケてる~!」みたいなノリか?
「バカバカしい」
お子ちゃま恋愛ゴッコになんぞ興味はない。
「バカバカしいって、君くらいの女の子なら、興味あるだろうに……」
そんなんにうつつぬかすぐらいなら修業する。
「まいったなあ。なんかのれんに腕押しって感じだし。
せっかくこんなムサイ大会で女の子見つけたのに……」
何かぶつぶつ言ってるが、気にしない。よく聞こえないし。
「アデルちゃんさあ、誰かと付き合ってみたらどう?」
「突き合う?」
剣をか? 修業しろってこと?
「そ。男の人と付き合ってれば、自然と女の子らしくなれるよ。付き合うまで行かなくても、好きな男の子の一人くらいいてもいいと思うな。それだけでかなり違うと思うし」
そっちかよ。
「うん。それがいいいよ。よかったら、僕が立候補するけど」
ああ、こいつの目的はそれか。アタシ、今までナンパされてたのか?
「興味ない」
言い放って、試合に集中する。
付き合ってられるか。んなもんいらん。
「そんなこと言わずにさあ……!」
優男の言葉が途中で途切れる。アタシが、喉元に剣を突きつけたからだ。
「失せろ」
優男は顔を真っ青にして、慌てて離れていった。その時なんか言ってたような気がするが、気にしない。アタシにはどうでもいいことだ。
今のアタシの目的は、大会での優勝。あんな奴に邪魔されるのは非常に遺憾である。
つか、あんなのも参加者なのか。世も末だな。
ちなみに、あの優男、準々決勝最終試合でエミリオと当たり、完膚なきまでに叩きのめされていた。
ざまあみろ。