走る。
立ち並ぶ石造りの家々。教会などもあった。広い広場も駆け抜けた。
相手との距離はかなり開いている。このまま逃げ切ることが出来るだろう。思わず笑みがこぼれる。
終わりが見えてきた。相手の気配は後ろ。それなりの距離があるため、追いつけないだろう。
その時、相手がスピードを上げた気配がした。ラストスパートのようだ。今までよりもはるかに速い。少しずつ距離が縮まる。
だが、甘い。
アタシもスピードを上げた。距離はもう縮まらない。相手の気配は後ろ。
そしてアタシは、栄光という名の勝利のゴールテープを、切った。
「マイビクトリー!」
マッハ称号、ゲットだぜ!
九歳の誕生日から丸一年。つまり十歳の誕生日である今日、アタシは何と外国にいる。
ポルトガである。
造船技術は世界一と言われ、実際、王家の所有する船は豪華で、優美で、それでいて力強い。レプーブリカ・ポルトゥゲザ号というらしい。
何でもいいけど、ポルトガって、ポルトガルだよねえ。造船技術が高いってのが、前世の世界で大航海時代の先駆者になったポルトガルを彷彿とさせる。
しかも、首都の名前リスボンだし。ポルトガルの主都じゃねえか。
で、なんでここにいるかというと、話は一週間ほど前にさかのぼる。
爺ちゃんが、香辛料を買いに、この国に来たのである。
ここは香辛料などをバハラタから輸入している。よって、この国ではスパイシーな料理が盛んらしい。
その買い出しの時に、この国が今お祭り騒ぎなのを知ったらしい。
お祭り騒ぎなのには理由がある。
先代国王が、ロマリアのモンスター闘技場を見て、自分の国でもと闘技場を作ったのだとか。しかもそれは人間同士が戦うものである。
無論、殺しはご法度。徹底したルールが定められており、見ている側も割と安心である。
で、定期的に武闘大会が開かれているらしく、今がその時期だったらしい。
しかも、その大会が始まるのが、アタシの誕生日からだという。
爺ちゃんはいい機会だと思って、アタシを連れてきた。曰く、「他人の戦いを見るのも修業」だとか。
大会に合わせて街も活気づき、自然とお祭り騒ぎになるのである。
各地から腕自慢達が集まるのだから、当然といえば当然である。
血の気の多い連中も多いため、喧嘩沙汰になることも多いらしいが。だから兵士さん達は、大会の時期になると大変のようだ。
で、何をしていたかというと、マッハ少年とレースをしていたのである。
これもお祭り騒ぎの一つである。名物なんだそうな。
走りに関しては大人顔負けの実力をもつマッハ少年と勝負する。レースコースは街の中心部。レース中はロープなどで区切られ、一般人が邪魔することはない。走る者も、見る者も熱中する、今や大会並みの人気を誇るものだとか。
しかも、今までこのマッハ少年に勝てたものはおらず、マッハ少年はまさに王者として君臨していたのである。なので、彼はかなり人気がある。
ちなみに年齢はアタシより上の十二歳。二代目だそうな。
そのあまりの速さからいつの間にか「マッハ少年」と呼ばれるようになり、それは称号となった。今のマッハ少年は、それを受け継ぐにふさわしい実力をもっていた。
しかし! その栄光、アタシが破った!
大人子供関係なく参加者を募っているのを見て、おもしろそうだと思って参加したのである。
参加者はかなり多く、ざっと五十人ほど。しかも、ほとんどがいい歳した大人。ちっちゃい子供はアタシ一人で、正直、ちょっと居辛かった。
だがレースが始まればそんなことは関係ない。猛烈なスタートダッシュで一気に飛びぬけ、マッハ少年との一騎打ちになった。
で、激闘の末、アタシが勝利したわけである。
勝ったからと言って、特別なモノは何もない。マッハ少年に勝ったという栄光が手に入るだけである。この国の人間にとっては、それは輝かしいもののようであるが。
マッハの称号に誇りを持っていた彼は、負けた事実に打ちのめされ、地面に伏している。
アタシは、「あの」マッハ少年に勝ったということで、いろんな人からもみくちゃにされていた。
この反応で、マッハ少年がこの国においてどんな位置にいたかが分かる。
打ちひしがれるマッハ少年を励ます人も大勢いて、彼は涙しながらも立ち上がった。
彼はアタシのところまで来ると、
「負けたよ、完敗だ。負けたのは父ちゃんとやって以来だ」
そういって、握手を求めてきた。
アタシは黙ってその手を握る。
激闘を繰り広げた間柄だ、言葉はいらない。向こうも同じだったらしく、それ以降は黙って手を握っていた。
周りから称賛の拍手が巻き起こる。
しばらくしてから、そこを去った。その時に、
「またやろうぜ」
と、さわやかに声をかけられた。
むう。負けをちゃんと認め、相手を素直に称え、もう一度勝負しようなどとは、なかなかにあっぱれな兄ちゃんである。
何でもいいけど、「マッハ少年」ってさ、テイルズ思い出すよね。
ていうか、まんまだよね。
こんなところに、テイルズを彷彿とさせる者がいるとは思わなかった。不意打ちを食らった気分だ。
アタシがマッハ少年に勝てたのは、エクスフィアと、今までの修業のおかげだろう。
毎日の走り込み、剣術修行に、爺ちゃんとのスパルタ修業。イヤでも体力には自信がつきます。
剣術修行ではそれなりの成果が出ている。
スパルタ修業でも、ある程度のマナによる魔法の先読みはできるようになった。込められたマナが少なければ、ちょっとした干渉もできる。
ある意味、それらの修業の成果が出たと言えるかもしれない。だって、あのマッハ少年に勝ったんだから。
「優勝おめでとうさん。いやはや、大したもんじゃのう」
「いやあ、日ごろの成果だよ」
『うむ。一日も欠かさずあれだけのハードな修業をこなしたのだ。当然だな』
二人から手放しに誉められ、ちょっと鼻高々だ。
実は、さっきのあの騒ぎで、アタシは「坊主」と呼ばれていた。
その要因は、髪型にある。かなり短く切ってあるのだ。女としてギリギリの長さに。
髪が長いと、修業中邪魔だったので、思い切ってバッサリ切った。そしたら、それが気に入って、以来それで通している。
ちなみに、ナイフでザックザック切っている。爺ちゃんには嘆かれ、シグルドには「女としての慎みをもて!」とさんざん言われた。
が、アタシとしてはこれが楽なので、聞いていない。
ワイルドで何かかっこいいし。
あと、服装が女の子っぽくないのもあるだろう。スカートはヒラヒラして嫌いなのだ。フリフリしたのも嫌い。ようするに、「カワイイ」ものは好きじゃないのだ。
当然、着る物は男っぽいものになる。
女性としての身体的特徴などまだないので、男の子と間違えられるのは当然なのだ。
「たくさん走ったから喉が渇いたじゃろ? オレンジジュース買っておいたぞい」
「ありがとう爺ちゃん!」
『こら! がっつくな! 女としての慎みをもてと言っているだろう! ただでさえそんな恰好をしているから、男と間違われるのに……』
喉乾いてるんだから仕方ないじゃん。いちいち口出さないでよね。
街はまさにお祭り騒ぎ。先程のマッハ少年とのレースもそうだが、様々な出し物や屋台などが並び、飽きない。
爺ちゃんにせがんで、食べ歩きをしまくった。
その時、あるポスターが目に入った。
『武闘大会、子供部門!
対象年齢・十歳以上十五歳以下。
腕に覚えのある子供たち、あつまれ!』
「爺ちゃん! あれ!」
「ん? どうしたんじゃ?」
『また何か食べたいのかマスター? 太るぞ』
「折るぞテメエ。そうじゃなくて、あのポスター! 大会の子供部門だって!」
「なるほどのお。出たいんじゃな?」
「出たい! おもしろそう!」
せっかくのお祭り騒ぎだ。踊らないと損である。
『ふむ。マスターの実力を測る、いい機会になるかもしれんな』
「そうそう! 誰かと戦ったことないからさ、いい機会じゃん!」
比べられる相手と言えば、魂の時のシグルドくらいしかいない。それでは、自分の実力を正確に把握できない。そう、まさに絶好のチャンスなのだ。
それに、こういうのは参加してナンボだろう。
そうと決まれば話は早い。さっそく申し込みに行った。
「すみませんが、この子を大会に参加させたいんじゃが」
受付のお兄さんに、爺ちゃんが声をかける。
「はい、そこの男の子ですね?」
にっこり笑って受付のお兄さんがそう言うや、爺ちゃんやシグルドから、「何事!?」と思うような殺気が漏れ出した。
「すみませんが、この子は女の子ですじゃ」
「はははは、はいいいいい! すいませんでしたあ!」
爺ちゃん、押さえろよ。お兄さんビビってるから。
「気にしないでください。よく言われますので」
ついさっき間違われまくったし。
「は、ははは。ごめんね、お嬢ちゃん」
顔が引きつっている。なんか、すいませんでした。
エントリーシートに名前と年齢、性別を記入。
年齢を見たお兄さんが、
「おや、この歳で出場する子は珍しいですよ」
と言っていた。出場資格的には問題ないが、あんまりちっちゃい子は基本的に出ないんだろうな。
ここで爺ちゃんと別れることになった。保護者は入れないんだそうな。
シグルドも爺ちゃんに預けた。武器を使う子供に関しては、大会側が用意するらしい。
真剣とか、危ないもんな。
「気をつけるんじゃぞ」
『どうせなら優勝してこい、マスター』
「おう。じゃ、行ってきまーす」
案内役のお兄さんについていく。
闘技場は円形の建物。かなりの大きさで、いったいどれほどの人数を収容できるのだろうか。
控室についたが、ここも広い。先代の王様が、闘技場にどれだけ力を注いでいたかが分かる。
控室にいる子供は、ざっと三十人ほど。大人の参加者は二百人近いらしいので、それに比べれば少ないと言える。これからまだまだ参加者が来るんだろうけど。
この大会、個人戦と団体戦に分かれており、最初に個人戦、その後に団体戦があるらしい。両方に出場することも可能で、実際、そうしている人もいるらしい。
個人戦が終わってから団体戦の受付をするので、団体戦に出る予定のなかった人も、個人戦で戦った人と組んで出場するケースもよくあるらしい。
団体戦の人数は二人から五人。補欠はなしらしい。
子供部門も個人と団体に分かれており、システムは大人と同じ。
ま、アタシは一緒に出るような人はいないから、団体戦には出られないけどね。
子供部門は、ようするに前座だ。
大人達は今日は予選だ。闘技場とは違う場所で戦い、ある程度数を絞るんだそうな。
全部の人の試合してたら、何日かかるか分からないもんな。
で、その間を子供の部で埋めるわけだ。
さて、今のうちに武器を選んでおこう。ここにある武器なら、何を使ってもかまわないとか。
武器と言っても、怪我を極力しないように作られた模造品だ。竹刀みたいな感じ。
適当に手にとって確かめてみる。なかなかいいのがない。
アタシが普段使っているのは刀。西洋刀が主流であるここでは、なかなかしっくりくるものがない。
いくつも手に取る。そして素振りしてみる。
最終的に、なんか違うなと思いつつも、刀身部分の長さが同じものを選んだ。これくらいしかなかったんだ。
そんなことをしているうちに時間になった。
参加人数は四十三人。うち、本戦に出られるのは半分。違う部屋に行き、そこで試験管の人に合格をもらわないといけないんだとか。
子供同士で戦わせないらしい。戦うのは本戦からか。
で、試験だが。
試験官の人がアタシの構えを見てすぐに合格を出した。
ちょっと拍子抜けした。それだけで合格とか、いいんだろうか?
で、アタシ以外にもう一人、構えただけで合格した奴がいた。
名前はエミリオ・カトレット・ジルクリスト。黒髪の美少年である。歳はアタシと一緒。
こいつ、思わずテイルズのとあるキャラを想像してしまうのだが。名前とか、外見特徴とか、左利きの剣士とか。
まさかね。んなわきゃないない。うん。
アタシは自分の考えを即座に否定した。
他の参加者は、試験官の人にいなされていた。と言うか、構えただけで失格になった子もいた。
魔法を使う子もいた。
そして、本戦メンバーが決まった。
なんと、女はアタシ一人である。
子供の部はポイント制。相手に三回先に攻撃を当てた方の勝ち。ただ当てるのではなく、決められたポイントに当てなければならない。
魔法の場合も同じ。だが、攻撃魔法は下級のものしか使ってはいけないことになっている。補助魔法はあり。回復はこの場合意味はあまりない。
アタシはシグルドがいないと術は使えないから、剣(模造品)で戦っていくことになる。
魔法使い相手の場合、爺ちゃんとの修業がものを言うだろう。
実践とは言えないが、まさに今までの成果が試されるわけだ。
「では、さっそく試合を始めます。トリント君、アデルちゃん、会場に移動してください」
うわ、一試合目からか。ちょっと緊張。
相手を見てみると、ごつい体をした剣士だった。
トリントとやらは、アタシを見るとふんっと、鼻で笑った。
コノヤロー。カチンときた。絶対泣かす。
案内のお兄さんについていって、出た先は熱気あふれる闘技場中心部。
観客の声が割れんばかりに響き、思わず足を止めてしまった。
ここはオリンピック会場か!? どれだけの人間がいるんだ!
見渡す限りの人人人。席は階段状になっていて、どこからでもよく見えるようになっている。
「けっ! ビビってんのかよ、チビ」
ムカッ。
「余裕こいてると痛い目見るよ」
「お前がな」
どこまでもムカつくヤローだな。いいだろう。目にもの見してくれる!
おそらく、観客席のどこからか、爺ちゃんとシグルドが見ていてくれているはずである。
あの二人の前で、無様な試合は見せられない。
何より、こいつに負けるなんて許せない!
勝つ!
審判さんがいるところまで歩く。そして向かい合う。
観客なんてもう気にならない。精神状態はすこぶる良好。
いつでも行ける!
「第一試合、トリント君対アデルちゃん、始め!」
風の魔法を応用しているのか、マイクを使ったかのような声が会場に響いた。
「おらあ!」
力任せに、トリントは剣を振り下ろしてきた。
遅い。体をくるりと回転させてよけ、その回転のまま相手に一発。
はい、これでワンポイント。
「アデルちゃん、一点先取!」
審判さんの声が響く。
呆然としているトリントに、もう一撃入れてやる。剣道で言う胴だ。
「アデルちゃん、二点!」
その声に我に返ったか、トリントが顔を真っ赤にして剣を横凪に振るった。
だが、やはり遅い。後ろに軽く跳んでかわし、着地と同時に足に力を入れ、相手の懐に飛び込む。通り過ぎさま、相手の腹に一撃。
はい、ラスト。
「アデルちゃん三点! アデルちゃんの勝ち!」
あっさり勝ってしまった。実感がない。
相手も負けたという実感がないらしく、呆然とした顔できょろきょろしている。
観客がわあああ! と歓声を上げた。それでようやく、実感が持てた。
「んな、バカな! こんなヤツに!」
「はいはいご愁傷さま。とっとと失せろ」
「ざけんなこのクソチビい!」
トリントは逆上して襲いかかってこようとしたが、
「はいそこまで」
審判さんに首筋に一撃入れられ、あっさり気絶した。
ダサッ。
と言うか、審判さんやるな。今の一撃、かなり速かったぞ。
トリントが担架に乗せられ、運ばれていく。
アタシも、すぐに引っ込んだ。
勝った。年下の子供にだって勝てなかったアタシが、あんなごつい相手に勝った。
嘘みたいだ。
少しは、強くなったんだ。その実感が、ようやく持てた。
今までは、修行の成果は実感できても、強くなったっていう実感は持てなかったから。
エクスフィアと、二人の修業のおかげだ。
だが、これで慢心するようなことがあってはならない。
アタシの目標はそんな低いものじゃない。
妹と共に旅に出る。命をかけた旅だ。
だから、こんなんで満足していてはいけないのだ。
この大会、勝つ。それくらいの意気込みが必要なのだ。
その程度出来なくて、妹と危険な旅になんて出られないのだから。
「優勝してやる」
それが、今のアタシのやるべきことだった。