暗闇の中、九つの小さな火がともっている。それは、この闇の中ではあまりにも心もとない。しかし、アタシはそれを吹き消した。
その瞬間、ぱっと、部屋が明るくなった。
「誕生日おめでとうアデル」
『おめでとうマスター』
「ありがとう」
本日、この世界で生まれて九年経ちました。
爺ちゃんに助けられて約半年、修業をつけてもらえるようになってから五カ月程。
そして、超ハードコースに移行して四カ月弱。
今日は、一切の修業も何もなしである!
つらいんだよ! あの修業は! たまには休みたいと思ったって罰は当たらない!
超ハードコースは、爺ちゃんが魔法を連発するというものだった。
もちろん下級のうえ、当たってもちょっと痛い程度の威力に抑えられているが。
なんでも、マナの流れや質を読み、放たれる魔法を予測すること。そして、向かってくる魔法のマナに干渉し、威力を落としたり、そらしたりすることが目標らしい。
マナを感じることが出来るなら、それらはできるようになるとのこと。達人なら、相手が魔法を放つ意志をもった瞬間、それが何の魔法であるか理解し、軌道を読み、完全に方向を変えてしまったり、無効化してしまったり、場合によっては不発にさせることもできるとか。
爺ちゃんや、それはいったいどれほどの大魔法使い様だ。
まあ、アタシにはそんな達人レベルは求められていない。
しかし、それらが少しでもできるようになれば、確かに魔法を使う相手に対して有利になれる。
それに、この修業は天術の発動に関しても全く無駄ではないとか。
術を放つとはどういうことか、マナを介して自らの意志を具現化するとはどういう作業なのか、しっかり感じ取れとのこと。
はっきり言う。そんな余裕ない。
次から次へと魔法が雨のごとく放たれるのだ。マナを感じ取るとか不可能。逃げるので精一杯だ。
たぶん、魔法を使う相手に対する実践訓練も兼ねてるんだろうと思う。しかし、こちらからの反撃は一切禁止されている。出来るのは逃げるのみ。もしくは、さっさとマナに干渉して、攻撃をどうにかするしかないわけで。
甘かった。魔法をなめていた。
いや、爺ちゃんのスパルタぶりを、だろうか。最初の方なんか、本当に優しかったのだ。
そして四カ月、魔法の雨を浴び続け、逃げる技術は格段に上がったが、求められていることは何一つ果たせず。
怪我なんかほとんどしないし、したとしてもすぐ爺ちゃんが治してくれるのだが、逆に、だからこそ休息などないのである。
修業前の天術、魔法の講義は楽であるが、鬱でもある。だって、その後で魔法のシャワーが待っているのだから。
内容は楽しいんだけどね。素直に楽しめません。
剣術の修業は、成果がそれなりに出てきた。さすがに半年間、一日も欠かさず体を動かし続けていれば、モノにもなるってもんです。
魂には全く追いついていませんが。毎夜魂に剣術が刻み込まれていってるのに、肉体がそれに追いつかないのは若干むなしいです。
シグルドは、そろそろ魂の修業は次の段階に入るって言ってたし。
師匠に関してはどちらも一流なのに、いかんせん弟子のアタシがそれについていけてないっぽい。情けなや。
ま、今日はせっかくの誕生日、そんなマイナス思考は忘れて、パーッといきますか!
爺ちゃんがわざわざ、首都の有名なケーキ屋でケーキを買ってきてくれたのだ。大きいと食べきれないので、カットされた小さい奴。
スポンジの間にはフルーツがふんだんに挟まれており、上にも輝く美しい宝石のようなフルーツがのり、たっぷりのベリーソースがかかっている。土台そのものはフワッとした生クリームで覆われており、きっとフルーツとの相性は抜群だろう。
口の中がすごいことになってる。でも気にしない。ぐへへ。
『不気味なので、その顔をやめてはもらえないか?』
黙れ。これを前にして顔がほころばん奴はあまりいない。
『なんで女子はそんな甘ったるいものが好きなんだ。理解に苦しむ』
ふん。何言われたって気にしない。普段なら「やかましい」の一言くらい言っただろうが、今のアタシはそんな些細なことどうでもいいのだから。
「女の子はケーキが大好きじゃなあ。買ってきてよかったぞい。
いやあ、何がいいか分からんかったからの、一番見た目がきれいなモノを買って来たんじゃ」
「爺ちゃんグッジョブ。
でも、女の子全員がそうだとは限らないから、注意しといたほうがいいよ」
実際、前世の友達で、甘いものが嫌いという子がいた。ケーキなんかもってのほかだそうで。
「そうなんかい。女の子じゃからみんなそうというわけではないんじゃの」
『だが、ああいうものを食うのはだいたい女子だと思うぞ』
「シグルドそれ偏見。甘いもの大好きな男子も結構います」
前世の友達に、パフェが大好きな奴がいた。結構いい店知っていたから、たまに教えてもらっていた。
え? 甘いもの好きですが、なにか?
「しっかし爺ちゃんもったいない。自分の分も買ってくればよかったのに。これを食べないのは、人生において多大なる損だよ」
「かまわんかまわん。そのかわり、美味そうなスパゲッティを買ってきたからの」
そう言う爺ちゃんの前には、真っ黒なイカスミスパゲッティがある。あとパンとサラダ。
爺ちゃんはイカスミスパゲッティをスパゲッティ・ネーロと言っていた。そんな名前とは知らなかった。
爺ちゃんはスパゲッティが好きである。以前ボロネーゼを作ったら、ムチャクチャ喜んでいた。それ以来、ちょくちょくスパゲッティを作ることにしている。
ま、確かにそんな爺ちゃんだから、ケーキよりはスパゲッティでいいんだろう。
今日は家事から解放されている。誕生日くらいゆっくりしなさいということらしい。
なので、爺ちゃんがご飯を買ってきた。
爺ちゃんも料理はできるのだが、特別な日なんだからと高いものを買って、贅沢をしている。
アタシもケーキを食べ終えたら、爺ちゃんが買って来た料理に手をつける予定。余ったら明日食べればいいや。
シグルドは食べられない。当然である。刀がものを食べるわけがない。
が、本人は全く気にしていないらしく、豪勢な料理を見て『これはすごいな』と言っただけだった。すねているとか、そんな様子は一切ない。
なのに、何で甘いものには反応するか。そんなに嫌いか。
「さて、いい加減食べようかの。冷めてしまうわい」
「はーい。いただきます」
さっそく、ケーキにフォークを刺す。程よい弾力のあるスポンジが、すうっと切れていく。
そして一口。
うわ、うめえ。感動のあまり、動きが止まってしまった。
爺ちゃんに不味かったのかと勘違いされたが、慌てて違うと言った。これを不味いなんて、そんな暴言吐けるわけない!
今日は一日楽しかった。
爺ちゃんが魔法を応用した花火を見せてくれたりした。
シグルドは口うるさくマナーについて言ったりしなかった。
こんな騒がしい誕生日は、三年ぶりだ。まともに誕生日を祝ったのが、六歳までだったから。
七歳の誕生日にオルテガさんの訃報が届き、七歳、八歳の時は祝ってもらえなかった。
誕生日って、こんな日だったんだよな。
誕生日会も終わり、片付けは爺ちゃんがやってくれるそうなので任せて、自分の部屋に戻った。
もうすっかり夜だ。
窓を開けて、夜空を見上げる。数え切れないほどの星が輝いていた。
「ハッピーバースデイ、リデア」
呟いて、アタシは歌った。
「ハッピーバースデイ・トュー・ユー」
アタシとリデアは双子だ。日をまたいで生まれたわけではないので誕生日は同じだ。
アタシの誕生日は、妹の誕生日。祝わないわけがない。
今頃、妹は家族に囲まれてケーキを食べているだろうか? いつも、誕生日はリデアも修業を免除されていたので、きっと楽しい一日を過ごしているだろう。
今日、また一つ大きくなった。今日、また一歩旅立ちへと近づいた。
勇者の道に、近づいた。
その時が近づけば近づくほど、妹への期待は大きくなるだろう。そしてそれは、旅立ちの日に爆発する。
あの子は繊細だ。それに耐えられるか。
『君の妹君は、君が思っているよりずっと強い。心配はいらんだろう』
考えてることがなぜ分かった? じとりと睨みつけてやると、
『しっかり声に出ていたぞ。無意識とは、よほど心配と見える』
悪びれもせずに、あっさり言った。
「心配だよ。アタシ、何も言わないで飛び出して来たんだから」
追い出されるのは確定だったとはいえ、黙って出て行ったのは事実だ。
心配されてるか、もしかしたら恨まれているか。
あの重圧の中に一人置いて来てしまったんだから、恨まれている可能性は高い。
『妹君を信じたまえ。彼女は、きっと君を待っている』
「……だと、いいな」
そうならいいと思うが、現実とは重いものだ。覚悟はしておくべきだろう。
アタシは臆病だ。まだ一度も、ここから出て行っていない。
知るのが怖い。自分の世間での扱いとか……そのせいで重くなったかもしれない妹の現状と、妹のアタシに対する感情を。
アタシは最低だ。一人で逃げたから。押しつけたから。
妹は旅に出る。これは決定事項だ。拒否はできないだろう。
なら、一緒に行って、一緒に背負う。それがアタシにできること。
だが、それまでは、妹は一人だ。少なくとも、アタシが出ていった時点で。
理解者が一人でもいれば違うのに。
願わくば、妹にアタシにとってのシグルドや、爺ちゃんが現れますように。
その日、アタシは遅くまで起きていた。
爺ちゃんが見に来て、早く寝なさいとベッドに入れられた。
それでも、しばらくは寝られなかった。
強くなろう。今できるのは、それしかないのだから。