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No.3907の一覧
[0] 然もないと [さもない](2010/05/22 20:06)
[1] 2話[さもない](2009/08/13 15:28)
[2] 3話[さもない](2009/01/30 21:51)
[3] サブシナリオ[さもない](2009/01/31 08:22)
[4] 4話[さもない](2009/02/13 09:01)
[5] 5話(上)[さもない](2009/02/21 16:05)
[6] 5話(下)[さもない](2008/11/21 19:13)
[7] 6話(上)[さもない](2008/11/11 17:35)
[8] サブシナリオ2[さもない](2009/02/19 10:18)
[9] 6話(下)[さもない](2008/10/19 00:38)
[10] 7話(上)[さもない](2009/02/13 13:02)
[11] 7話(下)[さもない](2008/11/11 23:25)
[12] サブシナリオ3[さもない](2008/11/03 11:55)
[13] 8話(上)[さもない](2009/04/24 20:14)
[14] 8話(中)[さもない](2008/11/22 11:28)
[15] 8話(中 その2)[さもない](2009/01/30 13:11)
[16] 8話(下)[さもない](2009/03/08 20:56)
[17] サブシナリオ4[さもない](2009/02/21 18:44)
[18] 9話(上)[さもない](2009/02/28 10:48)
[19] 9話(下)[さもない](2009/02/28 07:51)
[20] サブシナリオ5[さもない](2009/03/08 21:17)
[21] サブシナリオ6[さもない](2009/04/25 07:38)
[22] 10話(上)[さもない](2009/04/25 07:13)
[23] 10話(中)[さもない](2009/07/26 20:57)
[24] 10話(下)[さもない](2009/10/08 09:45)
[25] サブシナリオ7[さもない](2009/08/13 17:54)
[26] 11話[さもない](2009/10/02 14:58)
[27] サブシナリオ8[さもない](2010/06/04 20:00)
[28] サブシナリオ9[さもない](2010/06/04 21:20)
[30] 12話[さもない](2010/07/15 07:39)
[31] サブシナリオ10[さもない](2010/07/17 10:10)
[32] 13話(上)[さもない](2010/10/06 22:05)
[33] 13話(中)[さもない](2011/01/25 18:35)
[34] 13話(下)[さもない](2011/02/12 07:12)
[35] 14話[さもない](2011/02/12 07:11)
[36] サブシナリオ11[さもない](2011/03/27 19:27)
[37] 未完[さもない](2012/04/04 21:58)
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[3907] 10話(上)
Name: さもない◆8608f9fe ID:94a36a62 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/04/25 07:13
「な、何だったの今の?!! ウィルッ、ちゃんと説明してよ!!」

「ままままままままま待て待て待てっ!!? 拙者にも何がなんだか!?」

「もうそんな明らかじゃない! 告白よ、告白!! 愛の、コ・ク・ハ・ク! キャー!!」

「うるさいよアンタッ!?」

「くははははははっ、最高だっ!! 責任を取れなんざ言葉初めて聞いたぜっ! ……くくっ!!」

「黙れ!!」

「………………」

「おい、モヤシ。何だ、その成長した我が子を見詰めるような生暖かい視線は」

クノンの爆弾が投下され、まだ幾分も経っていない現在。
此処、海賊達の食卓は被爆者本人中心に混乱の真っ只中にあった。いや、楽しんでいる者達と半々といった所だが。
ちなみにクノンはアルディラの世話があると言って普通に帰還している。


ウィル自身、何が起きたのかなど、スカーレルに言われるまでもなく把握している。
疑いようのない告白。面と面を向かい合いクノンは真っ直ぐに好意を伝えてきた。キス、というトドメ……もといオマケも付けて。
これで何か勘違い出来るほどウィルの頭はおめでたくない。

だが、あれが正真正銘の告白だと把握出来ても、何故そうなったのかという理由や中身、原理が理解出来ない。
答えは解っても、その解に導かれる式および計算内容が全く解らなかった。解答用紙を見た所で途中式が“如何してそうなるのか”と首を捻るといった具合に、「え、何ぞコレ?」といった境地に立たされている。

「兎に角!! ウィルッ、あんたクノンに何したの!!?」

「知らん!? 心当たりなんて何一つとしてねーっ?!」

頬を若干赤く染めた状態で、ウィルは勢いよく食って掛かるソノラに反論。
未だウィルの脳裏には頬に触れた柔らかい感触や抱かれた手の温もり、そして蕾が花開いたような可憐な笑顔がこびり付いて離れず、胸の鼓動が静まることはなかった。

「レックス」であった頃から考えれば、クノンとの付き合いは果てしなく長いことになるが、あのような少女の姿を見たのは実際初めてだった。
正直な話、ウィルはあの時クノンに見惚れていた程だ。恋する乙女とでも言えばいいのか、兎に角頬を赤らめ顔を綻ばせる彼女は文句無しに可愛かった。
それだけに、如何して彼女が告白などしてきたのか、あれほど女の子をしていたのか全く解らなかった。
「クノン」とクノンは違うと分かっていても、だ。

「あーっ、もう何だか燃えてきたわっ! ウィル、安心して頂戴っ!! このアタシが乙女心を深く分かり易く教えてあげる!!」

「余計なお世話だよっ!? でいうか、乙女どうとか言う以前にテメー野郎だろっ!!」

「愛があれば何だって許されるわ!!」

「気持ち悪いよお前!?」

「取り合えずウィル、貴方はこれを読みなさい! 乙女心を知る上で必読書よ!! 帝都で女の子達を骨抜きにした、この『恋する乙「いるかぁああああああっっ!!」 あーーーーーーっ?!! ア、アタシのバイブルが放物線描いて海の藻屑に!!?」

「で? 何したんだぁ、ウィルゥ? 責任っていうからには……お前、遂にヤッちまっ「死ねぇえっ!!!!」たぶうぅっ!!?!?」

(きゅ、急所……)

「くっそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!?」

「あーーっ、逃げたっ!!?」

ドドドドドドドッ!と足音を連続して響かせウィルは逃走。
必死さが滲み出た背中が、巻き上げられた砂塵の中へと次第に消えていった。


「……………………」


海へ消える者、地に這い蹲ってパクパクとエラ呼吸を繰り返す者、冷や汗を流す者、顔を真っ赤にして地団駄踏む者。
そんな中で、胸に手を押し当てたアティだけが、ウィルを消えていった方角を見詰め続けていた。










然もないと  10話(上) 「もつれあう真実にパニくる人達」










「一体何がどうなってんねんっ……!?」

「知らないわよ……」

机に突っ伏しながら頭を抱えまくる。ぐぬぬぬぬっ、と唸ってみるが何か変わる訳でもなく。
ただ超不安定な思考が渦を巻くだけであった。くそっ、現状が全く把握出来ねえー!?

「なしてっ!? どういうことっ!? 何故故っ!? クノンさん何やっちゃってんですかーーっ!!?」

(この唐変木……)

現在メイメイさんのお店。カイル達の元より離脱した俺は、自分でも笑ってしまうほど混乱混濁混沌の三拍子で絶賛パニック中だった。
いや、何があったのかなんて分かってる。あれは冗談だったと否定することなんか出来ない。出来る訳がない。
彼女がしたことは、あのオカマが言っていたように、間違いなく最初にコがついて最後にクがつく本心の吐露だ。頬へ最初にキがついて最後にスがつくモノかまされて否定出来るほど俺は不粋じゃない。
ていうか最初にキがついてなんちゃらとか隠蔽の意味ねえし! 墓穴掘ってるー!?

「うがあああああっ……!!?」

(うざい……)

机の上で奇声上げる俺にメイメイさんの容赦ない視線が突き刺さるが、そんなもん気にしてる余裕もない。
ただひたすら悶えまくる。羞恥に押し潰されて挽き肉になりそうだ。

なんでクノンが俺なんかにっ!? 在り得ないよ?! どういう心境の変化、っていうか別人だけどっ、兎に角なんで注射マスターのクノンさんが俺なんぞに!?
「俺」はぶっちゃっけ獲物的ポジションだっただろ!? 今宵のインジェクスは血に飢えておるわとか、注射ニードルの血の錆にしてくれるわとか、そんな感じでぶっ刺される哀れな小羊ちゃんだっただろ!? 自分で言ってて泣けてきた!? 畜生ぉおおおおおっ!!?

「……はぁ。ウィル、本当にクノンから好かれる心当たりないの?」

「ねえよっ!? なんもねえですよっ!!?」

「ったく、もう本当に……。あのねぇ、貴方がそれじゃあ、彼女が全く報われないじゃない」

溜息を吐かれ、最後には呆れと軽蔑の視線を寄越される。
俺が何をしたと高らかに叫びたいが、メイメイさんの雰囲気がそれを許そうとしない。主観だが、そんな気がする。
たがそれでも……っ!

「『前』の時と大して変わったことやってないよ!? そりゃ迷惑掛けたりちょっと無茶したかもしんないけど、それもあっちじゃ茶飯事だったし…………兎に角心当たりなんてねえー!!」

心からの本音である。
何かあるとすれば「レックス」の時よりまだ控えめだったり大人しかったり……詰まる所「自分」が抑えられているが、そんなこと関係してるとは思えんし……。

「ああ、そっか。先生の場合は下地からしてダメだったのね……」

「…………なんか俺、哀れまれてる?」

「気のせいよ」

つい、と目を逸らすメイメイさんに釈然としない物を感じるが、勘繰ってもしょうがないので今は置いておく。それよりもクノンだよ、クノンッ。
彼女は本当に俺のことを? ていうか何で俺……。

「……先生? 言っとくけど、自分の為に頑張ってくれる人がいたら、女性に限らず誰だって好意を寄せるものよ? それこそ、身を投げ出してでも自分を助けようとしてくれる人なら、尚更ね」

「……む」

「自覚してなくても、先生がしたことはそういうことなのよ?」

確かに、献身的だったのかもしれない。
信頼を裏切ってしまった分、プラマイ0のような気がしなくもないが、クノンには色々と付き纏っていた。
女性に対して普段と変わらぬスタンスを取ってきたつもりだったのだが……。

「それに『前』と変わらないなんて言ってたけど、最初から友好的に接してたんでしょう? 十分な変化じゃない」

「……ぐむむっ」

それも否定出来ない。「レックス」の時は最初なるべく不干渉に徹していたし。
しかもクノンの言葉で気付かされたが、「責任は取る」などと公言していれば確かに勘違い……というか“そーいう”つもりがあると、あちらにも思わせてしまうかもしれない。感情を知ったばかりで心に曇り一つない清純な彼女ならば、尚更、だ。
何てことだ。思わせぶりな言葉を吐いた、自分が蒔いた種だったのか。ぐあぁぁ、死にたいっ……!

「別によかったじゃない。召喚獣でもあんな可愛い娘に好意を寄せられて。このこのぅ! 幸せ者っ!」

「…………人事だと思いやがって。まぁ、確かに光栄なんだろうけど……」

「レックス」の時から妹……とは違うかもしれないが、いずれにせよ、より近しく感じていただけに“そういう”感情を持つことが難しい。
抵抗もある……かもしれない。身内である彼女に、それ以上の感情を抱いてしまうのも、それ以下の感情を抱いてしまうのも。

「……ええいっ、兎に角クノンの所へ行ってくる! このままじゃ何も出来んっ!」

「はいはーい。まったね~」

おちょくるような間延びした声に横目で一睨み。が、ニヤけた笑みを浮かべるへべれけに反省の意はない。
まぁ、こんなんで懲りたら世話はない。悟りが含蓄した溜息を吐いて店の戸口へと足を向ける。さっさと撤退に移った。

「ウィル」

「何だよ……」

「じっくり話してきなさいな。自分を見つめ直すのに、いい機会だと思うわよ」

背後からの声に不機嫌な声で応答したが、先程とは違った音色に顔もそちらに向ける。
そこには、目を優しく曲げるメイメイさん。まるで子供を見守る母親のように此方を見詰めていた。

この人は偶にこんな表情を見せる。俺だけに向けられるものではないのだが。
ズルイな、と思う。こういう時だけ素顔をさらすのは。何となく分かる、あれがメイメイさんの本質だと。

平常を装った表情を作って、くすぐったさを感じる内心を押し隠す。
メイメイさんから顔を外し、背中越しに手をひらひらと振って店を出た。

「いってらっしゃい」

へいへい。



「……じゃ、行くか」

店を出て間もなく降り注ぐ陽光の帯。
眩しい日の光に手で顔を覆いながら、メイメイさんの言ったことを心に留める。

自分を見つめ直すいい機会。確かにその通りなのかもしれない。
「みんな」と過ごした日々により、自然ここのみんなに抱いていた同じ想い。それを、改め直す。
同じ人達であっても、「みんな」と彼等は一緒じゃないから。重ねて見ることはあっても、「みんな」に対する想いを押し付けるのは止そう。

「彼女」に抱く親愛の念をどうにか出来た訳じゃない。きっとクノンにもそれを抱えると思う。
それでも、クノンは「彼女」じゃない。押し付け傲慢、既に前科持ちであるのだからこれ以上はご法度だ。クノンもきっと望まないと思う。
「彼女」ではない、自分の感情を伝えてきたクノンに、向き合おう。

(それに……ぶっちゃけ、言い訳のしようもなく見惚れてたからなぁ)

つい先程の光景を思い出す。
あどけない彼女の笑顔はこの上なく可愛いものだった。頬にかまされたモノの影響もあるのか、顔が充血するのは止められなかった。
今もあの笑みに感化され湧き出てくる感情に、俺って結構節操がないのかも、と軽く凹む。犬天使のことも言えねえよ、これじゃあ。

頭をガシガシと掻きながら彼女のいるラトリクスへ進路をとった。
雑念には蓋をする。頭の中は空にして、今は歩む道のりだけにただ集中していく。


回想中の出来事の折。
跳ねた鼓動には、少々目を瞑らせてもらった。













「………………」


もやもやする。
鬱蒼と連なる並木道。大人が五人ほど並べる横幅の道を歩きながら、アティは漠然とした思いを抱えていた。
何時かと同じ感情の類だ。元を同じくする不可解な胸のわだかまり。それが、またひょっこり顔を出した。

(…………嫌、だな)

だが正直、これまでのモノより遥かに質が悪くなっていると思う。はっきりと嫌なモノだと自覚する。
胸が詰まる。まるで狭窄、内からぎゅうぎゅうと身体を締め付けられていた。
苦しいと感じる。じっとしていたら、とてもじゃないがやってられない。
それこそ、こうして行き先もなく彷徨っていたりしないと。

「何ででしょう……?」

如何してこのような感情に……苦しさに襲われるのか、全く見当がつかなかった。
ややこしいことこの上ないと思う。原因が解っていれば、まだ対処の仕様があるというのに。

「……いえ」

心当たりはあった。
このわだかまりが生まれる時は、今も、前も、共通していることはただ一つしかない。

「……ウィル、くん」

端を発しているのは彼だ。胸が落ち着かなくなる場面に、何かしら関係している。
だが、何故自分の生徒である彼がそこで出てくるのか解らない。ウィルと胸痛、そこに結びつくものが何一つとして、見当たらない。

彼の隣が居心地いいことは確かだ。それは受け入れられる。出来るだけ傍に居たいと、そう思う。
だが、なんだってそんな慰安的領域が胸を害してくるのか。こう、抉りこむようにして打つべし打つべしっ、みたいな。
矛盾している。安堵を迎えさせてくれる居場所が、苦しみを訴えてくるなんて。

ウィル君だからでしょうか、とアティは首を捻りながら思ってみる。
案外に否定出来ない所が悲しいところであった。

「…………」

不意に、脳裏を過ぎる先程の光景。胸がわだかまった切欠。
包まれた両掌。抱くようにして手を添えられた細い肩。近付いていった互いの表情。
重なっただろう、少年の頬と少女の唇――――


「っ!」


再生されかけた映像に、肩を緊張さえ、次には頭をブンブンと勢いよく振る。
いけないと胸が叫んだ。爆発のような鼓動が一際高く胸を揺さぶり、すぐにそこから発生した熱が嘘のように退いていく。伴い、体温を全身から奪っていった。
やがて、漏れた泣声に似た胸の音律だけが、冷たい身体に残響した。

「……はぁ」

吐き出される溜息と連動して、だらりと下がった右腕に左手が添えられる。
無意識の内に回されて腕は、冷たい身体を掻き抱くように肘を握り締めていた。

―――自分は、如何なってしまったのだろう。

今までに何度も繰り返してきた自問を反芻する。そしてまた、繰り返されてきたように得られる答えはない。
これを抜ける日が来るのだろうか。想像してみるが、その時は今と比べ物にならない苦痛を味わいそうで、怖かった。

「あ……」

その場に立ち止まっていた身体。ふと顔を上げ視界に入ってきた光景に、声が漏れる。
金属で編まれた鋼鉄の都市。青で彩られた巨大な門が、自分を待ち構えているかのように聳え立っていた。
奥に見えるのは、曇りの一つもない純白の塔だ。

「…………」

意思と関係なく、此処へ向かっていたのか。
目の前に控えるラトリクスの全貌を見上げながら、アティは静かに思う。
片方の眉を困ったように上げ、暫らく立ち尽くした。

「……」

やがて、意を決して門の内側へ一歩踏み出していく。
此処でなにをするのかアティ自身はっきりと分かっていない。だが、この胸のわだかまりを如何にかするには、この先へ進まなければいけない気がする。
身体は導かれるようにして、純白の塔へ向かっていった。






「本人から聞いてはいたけど、まさか本当にやっちゃうとはね……」

アティの眼前で、椅子に腰掛けたアルディラが苦笑する。
リペアセンター内。明確な目的もないまま訪れたアティは、偶然近くを通りかかったアルディラに鉢合わせした。
コーヒーでもどう? と誘いを受け、断る理由もなかったのでそれに甘えさせてもらい、現在に落ち着いている。

「あの娘のことだから、無礼とも取れる真似にはブレーキするかと思って発破を掛けたんだけど……予想の斜め上を行ってくれたわ」

「はぁ……」

困ったような笑みを浮かべ、しかし嬉しさのような色を隠せていないアルディラを見て、アティは複雑そうな顔で相槌を打つ。
両手に持つコーヒーは湯気を立ち上らせている。淹れてもらった深い色合いは、香りも味も苦々しかった。

「ごめんなさいね、驚かせちゃって。人前でそんなことをするなんて、思ってなかったのよ」

「いえ……」

一室に招き入れられたアティは、今朝の出来事をアルディラに語った。
何となく提供した話題だったが、コーヒーに口付けていた彼女は「ああそれね」と頷き、表情を崩して今に至る。
どこか面白そうに、アルディラはクノンがした一連の行動をアティに説明していた。

「クノン、色々あったでしょう? 芽生えた感情にずっと混乱していたみたいなんだけど、その時に世話を焼いていたウィルに気を寄せちゃって……というかそれが原因で……まぁ、兎に角、ウィルを慕うようになっちゃったのよ」

「…………」

慕う、という言葉に思わず眉を寄せる。
だがすぐにそれを消して、喉から出掛かっている言葉を口にしようとした。
何故そのようなこと言うのか、大して理解もしないまま。

「あの、アルディラ。クノンは、ウィル君のことを……」

そこまで口にして、後に続く言葉は己の口からは出てこない。
何時の間にかぎゅっと握られたカップの中で、褐色の水面がゆらゆらと揺れていた。

「好意を持っているわ。私や貴方に感じてるものとは違う。私はあの娘じゃないから断言出来ないけど……きっと恋だと思う」

ちくり、と胸が痛んだ。
好意という言葉にも、恋という言葉にも、クノンが抱いた感情に胸が疼きを上げた。落ちているわだかまりが、その身を大きくする。

苦しくなった胸に、思わず身体を折りそうになった。しかし息を止めてそれに耐え、誤魔化すようにコーヒーを喉へ流し込む。
仄かな酸味に、重々しい苦味が絡み付いてきた。


「あら、噂をすればね。クノンの所にウィルが来て「ぶっっ!!!?」…………ちょっと」


けほっ、けほっ、と咳き込みながら、アティは涙目で口元を押さえる。
もたらされた情報に、飲んでいたコーヒーをそれはもう派手にはき出してしまった。褐色の濁流を直撃したアルディラが鈍い声を上げる。
液が滴り落ちる眼鏡から譴責の眼差しが向けられるが、アティにはそれに取り合う余裕がない。

「どっ、何処ですかっ?! 何処にもいませんよっ!?」

「……此処じゃないわ。そこよ」

取り乱したアティの姿に何を言っても無駄だと悟ったのか、アルディラは壁面に備え付けられたモニターの一つを指す。
映し出されていたクノン、そしてウィル。心臓が思いっきり跳ねた。
自分を取り巻く周囲が動きを止める。自意識から他の情報が締め出され、アティは画面だけに焦点をあわせた。











「ウィル?」

「あー…………やっ、クノン」

自動扉を越え、彼女がいる待機室へと入室する。
黙々と行進に従っていたら、思いのほか早く着いてしまった。
気分一つで時間の流れはどうとでも感受するのだなと思う今日この頃。

突然の来訪に驚きの表情を作るクノン。何か気まずいと思いながら、歯切れの悪い挨拶をする。
クノンはそれに反応し、綺麗な一礼。姿勢を戻せばそこには綻んだ顔がある。頬が若干赤いのは目の錯覚か。
……くそっ、もちつけ俺っ。こう杵でこねるように餅をぶっ叩いて……ってアホかっ!?

「先程はすぐに帰ってしまい、申し訳ありません……」

「いや、気にしてないから安心して」

ぺったんぺったんと餅突くBGMを耳にしながら、やんわりと大丈夫だと告げる。
内心落ち着かず馬鹿な妄想を繰り広げている俺の言葉に、クノンは目を細めた。

「ありがとうございます、ウィル。何か御用でしょうか?」

「えっと…………あっ、うん、なんだ……」

どう切り出せばええねん。
自分が聞きたいことを上手く伝える術が分からず、俺は返事に窮してしまう。
今更になって小っ恥ずかしくなってきたな。

「……私に会いに来てくれたのですか?」

「…………がふっ?!」

ほのかに口元を曲げ何かに期待するような彼女の表情に、膝が砕けた。ふ、不意打ちっ!!?
四つんばいになりながら目の前の攻撃に耐えるが……あ、足にきてるよっ!? 威力が抜群とかそういうレベルじゃないっ!!?

「ウィル?」

「そっ、そういうことになるズラ……」

「……とても、嬉しいです」

朱色を散りばめた満面の笑み。視認した瞬間アッパーカットをもらった衝撃を錯覚する。脳が揺さぶられた、脳が。
立ち上がってすぐさま打ち込まれたそれに、姿勢が安定しない。何もやっていないのに満身創痍ってどういうことだ。

ダウンを既に一度被りTKO間近な俺に気付いていないのか、クノンは依然笑みのまま。
だがそこで前触れなく、彼女の顔が曇った。

「……ウィル」

「えっ、な、何?」

「その、あのような行為をして……不快にさせてしまいましたか?」

恐る恐るクノンが口を開く。
あのような行為、というのは……まぁ、あれのことだろう。頬にかまされたヤツ。間違いにゃい。
俺の様子が変だから不安にさせてしまったのだろうか。……阿呆。

「そんなことない。いきなりでぶったまげたけど、まぁ、その…………と、得したというか、いやっ違うけど、なんていうか、う、嬉しかったというか……」

次第に声が尻込んでいく。
我ながら情けないが、嫌じゃなかったと伝えるのが精一杯だった。頬をかきながら、目を横に逸らしてしまう。
そして後ろの空間より、にゃはは~、とさも人を酒の肴にしている愉快そうな声が。
前々から思うんだが、これ普通にプライバシーとか無視してない?

「本当ですか……?」

「うっ、うん。マジで、本当に」

「……良かった。ずっと考えていました。あのようなことをしてしまって、失礼ではなかったかと」

影が取り払われ安堵した表情に、思わず苦笑する。
一応、自覚はあった訳か。ということはやはり、あれは偽りないってことになるんだろうな……。
…………腹を括ろう。

「クノン」

「何でしょうか?」

「クノンは僕のことを……」

「はい。私はウィルのことが好きです」

どういった好意か、と尋ねるのは今更だろう。
相変わらずストレートな物言いに内心赤面しながら、自分の中の言葉を探す。

「クノン、僕は―――」

「ですが、ウィルに私の好意を押し付けようとは思いません」

「――…………えっ?」

「アルディラ様がおっしゃいました。好意を押し付けるのは、相手にとって苦痛にしかならないと」

発せられた言葉に思わず面食らう。
そして続けられた言葉。アルディラが彼女に聞かせたというそれに、一度心臓がドクンと高く打った。
クノンへ「彼女」に対しての想いを押し付けていた俺を見透かしていたような言葉。いや恐らく偶然なんだろうけど……。

「ですから、ウィルが私を無理に気に掛ける必要はありません」

「でも、それは……」

「少なくとも、これまでのようにウィルが私を見て、言葉をかけて、笑ってくれれば、今は満足です」

微笑と共に送られてきた言葉に、言いかけた口を閉ざしてしまう。
気持ちの整理が追いついていない自分にとって、クノンのその言葉はありがたい。だがそれは何か間違っているような気もする。

「ただ、私の気持ちを知っていて欲しかった」

「…………」

好きだからこそ相手を思いやる。解る。文句はない。
でも、それで自分の想いを閉じてしまうのは、きっと何かが違う。
それは違うと、クノンに伝えようと口を開こうとした。


「そのように気持ちを知ってもらえれば、相手は否でも応でも此方に気を向けるようになると、アルディラ様に教わりました」


ガクッ!!


……一気に萎えた。
そーいうオチかよ。膝がまた沈んだし……。

「ていうか、アルディラ……」

「それに、欲や憧れというものもいずれ出てくると。今のままでは満足出来なくなる日が来る……だからその日まで、現状維持のままです」

そういう感情を抱くようになって、果たして今みたいに落ち着いていられるのか?
幾ら素直純情のクノンでも余裕がなくなると思うんだが。欲なんてモロそういう類のような気がするし……。

信頼、されているのだろうか? 俺がクノンのことを無下にはしないって。
…………なんかアルディラの手の上で踊らされているような気がする。

「……まぁ、とにかく責任は取る。言葉にしたんだし」

「…………よろしいのですか?」

「うん、嘘はつかない」

添い遂げる、という覚悟は流石にまだ出来ていないが、それも見越した所存であります。
腹を据えて言い切ったが、一方のクノンは眉を下げた表情を作っていた。目に力がない。
そんな彼女の様子に思わず首を傾げてしまう。

「……ご迷惑では、ありませんか?」

「…………」

躊躇いがちに落とされた声。
それを聞いて納得がいった。好意の押し付け、アルディラの話を聞いたクノンはそれに伴う結果を恐れているのだと思う。

少し、笑ってしまう。俺と同じことを考えていたクノンに。
どっちも諭されて今自分を見つめ直してる。案外、結構似ているのかもしれない、俺達。

「迷惑なんかじゃないよ」

「…………あっ」

負い目を感じなくていいと伝えるように、クノンの手を握る。
今朝彼女がやってくれたように右手を取りながら、俺も似たようなものだからと笑った。

「僕もクノンに色々押し付けてきた。余計なお節介、沢山したよ」

「そんなことっ……」

「正直、今も勝手な感情を抱いてる。クノンが覚えのない想いを押し付けてる」

否定しようとするクノンを視線で押し止めて、言うべき言葉を並べていった。

「今、クノンに抱いている感情は拭いきれないかもしれない」

「…………」

偽りはない。全部、本当。
クノンをぬか喜びさせる言葉は吐きたくないし。多分彼女もそれを望んでない。
僅かに揺れる漆黒の瞳を真っ直ぐに見詰めて、それをはっきりと形にする。

「でも、俺頑張るから」

「……えっ?」

「すぐには無理でも、君のことちゃんとした“好き”になれるよう頑張るから」

「―――――――」

握っている右手に力を込めた。


「強制なんかじゃない。約束するよ、自分の意思で君を好きになるって」


告げた言葉に、彼女は瞠目。
そして次には、頬を染めて一気に破顔した。


「―――はいっ、待っています」


握手の上からもう片方の手を添えられる。
重ねられた彼女の手が暖かいと思うのは俺の錯覚だろうか。どちらにせよ、俺の手は熱を発しているに違いない。
「彼女」ではない、クノンに抱き始めてるこの想いは、きっと嘘じゃないだろう。

微笑みを浮かべる彼女を見て、はにかみが漏れていった。









――――教え子である少女の想いを手放せるかは分からない。でも、いつかきっと――――

















海賊船 船外



「あーーーーーーっ、もうっ訳分かんないよっ!!」

「ソ、ソノラ、落ち着いて「何か言った!?」い、いえ……」

「くっ、そっ…!? ウィ、ウィルの野郎っ、潰れたらどうする気だっ……!!」

「うっさいっ、兄貴! 玉の一つや二つてガタガタ騒がないでよっ!!」

「馬鹿言ってんじゃねえ!? 死ぬわっ!!」

「あーっ、もうイライラするなあっ!! 蜂の巣にするよ!?」

「うおっ?! ……お、おい、何そんな腹立ててんだよ?」

「悪いっ!?」

「……ヤ、ヤード?」

「クノンが帰ってからずっとです……。私にも何がなんだか……」

「確かに、訳わかんねえな……」

「ったく……何赤くなってんのよっ、あたしといる時は大して変わんないくせにっ。……あたしとクノンじゃなんか違うっていうの?!」

「わ、私に聞かれても……」

「あ? んなもん、胸だろ?」

「…………(ジャキ!)」

(カ、カイルさん……)

「主人と同じで着痩せする体型だと見たな、俺は。しかもウィルが本当にヤったんなら、これからもっとでかく「黙れクソアニキィイイイイイイイイッッ!!!」うおおおおおおおおおおぁぁああああああああああああああっっ!!!!!?」

「……………………むなしいですね」





狭間の領域



「ふぅ……」

「お疲れさま、フレイズ」

「ファリエル様」

「みんなの為に見回りに行ってくれるのは助かるけど……無理しちゃダメだよ? 倒れちゃったら、それこそ……」

「心配は無用ですよ、ファリエル様。これくらいで倒れる程、私はヤワではありません」

「でも……」

「皆さんに、延いては貴方に、これ以上の負担は掛けるわけにはいきません。彼女が不穏な動きを見せている以上、万事を尽くさなくてはならない……違いますか?」

「フレイズ……」

「……鎮めの儀式をする際には合図を送ってください。すぐに「フレイズーーッ!!」……スカーレル?」

「!」

「あー、ちょうどよかった! 探してたのよ……って、あら、もしかしてお取り込み中だった?」

『……気ニスルナ』

「何かあったのですか?」

「あっ、そうなのよっ、実は私のバイブルが海へ消えちゃって……!!」

「は、はぁ……」

(バ、バイブルって……)

「……つまり、私に空から見つけて欲しいと?」

「ええ、飛んでった方向は分かるんだけど、落ちた場所はさっはりなのよ~! 浅瀬の方だからきっとまだどっかにあるはず!」

「別に構いませんが……飛んでいったとはどういうことですか?」

「それがねっ、ウィルったら私がせっかくバイブル渡して色々教えて上げようと思ったのに、それを余計なお世話だって言って放り投げたのよ~! 酷いとは思わない?!」

「またウィルですか……。所で、教えるとは何を?」

「恋よ、恋! あの子ったらクノンに告白されちゃったねっ、それで―――」


ドッゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッッ!!!!


「私が手取り足取り…………ファルゼン? どうしたの、いきなりすっころんで?」

(ファ、ファリエル様?!)

「ぇ…………えええっっ!!!?」

「あら、今の声は……?」

「ア、アハハハハハハハッハハハッ!! ソ、空耳ジャナイデスカッ?!!」

(……この前といい、ホント突然笑い出すわね、コレ)





いずこの海岸



「むっ!?」

「ど、如何したんですか、急に立ち上がって?」

「……なんかビビッ!ってきたっ!!」

(あれ、イスラさんあんなアホ毛あったけ……?)

「具体的には先を越されたような気がしたっ!!」

(……一体何の)

「べス君、ちょっと任せてもいいかな!?」

「えっ? あ、はい、もう煮込むだけなんで別に構わないですけど……」

「じゃあ、ちょっと行ってくるね!」

「あっ……」


ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド………………


「…………はや」

「べスー、もう出来たかー? って、あれ? 姫サンは?」

「……用事があるらしい」

「……お前、いいように使われてないか?」

「違う!! イスラさんはちゃんと魚捌くのを手伝ってくれた! 行く時だって僕に断りも入れた! きっと何かがあるんだっ!!」

「そ、そーかよ」

「そうなんだよ!」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「……惚れた弱みか」

「……うるせぇ」













「…………はぁ」

もう何度目だろう。
口から出てきた溜息の数に、我が身のことながら呆れることしか出来ない。

ウィル君とクノンの会話を覗き……もとい出歯亀……もとい盗み見……もうなんだっていいです。
兎に角、あの光景を見てしまってから気が塞がる思いで一方。歩いている足も鉛を括りつけているみたいに鈍重。思考も動作も、ずるずると地面に引きずっているようだった。
今、自分がどういう顔をしているのか、余り想像したくない。

(…………気が塞がる?)

ふと、何故自分がそう感じたのか疑問が浮かんだ。
あの光景の中に、気が塞がるような要素があっただろうか? 彼と彼女、どちらもどちらが一方を思い遣っていた姿の、何処に不満があるのだろう?

『約束するよ、自分の意思で――――』

私は、何が“嫌”だと思っているんだろう?



「…………あ」

ぐるぐると回る深思を抱えながら、更に重くなった足取りで歩みを進めていると、黒板が飾られた樹木と数個の切り株が目に入ってきた。
今私が居る場所は泉の側を通る林道。木と木の合間から見渡せるそこは、青空教室だ。

「そうでした……」

今日もこの場で授業が開かれる。
日の位置からそろそろ始める時間だということも察しがついた。
持ち歩いている教科書と教材を確認。外套の中――腰に取り付けてある授業道具一式を見て、取り合えずの準備は出来ていることに胸を撫で下ろす。今から準備していたら、此処と船の間を走り回らなければいけなかった。

「う~~ん……」

教室でみんなが来るのを待っていてもいいんですけど、多分暇をします。
待つには少し長くて、色々行動するには短い、そんな中途半端な時間帯。どうしようかと思い悩む。

「……迎えに、行きましょうか」

何時もそうしているように、ウィル君を。
此処へ来る時は大抵ウィル君と一緒だった。授業にどちらも参加するのだから当たり前といえば当たり前なんですけど……。
今日は、ちょっと気が進まない。

でも結局、他にすることもない私は元来た道を引き返すことにした。やること、ないですし。
もやもやとしたわだかまりを拭えないまま、ラトリクスまでの道を戻っていった。




「あっ、ウィル君」

距離は空いた前方に彼の姿を認めた。
ウィル君はまだこっちに気付いてないみたい。依然足を止めることなく進めていく。

「ウィル!!」

「ファリエル?」

「!」

けれどそこで、ぴた、と足が止まった。
目の前に転がり込んできた光景。鎧を翻すファルゼン――ファリエルがウィル君へ駆け寄っていった。

「おはよう、ファリエル。で、そんな急いでどったの?」

「おっ、おはようございますっ?! えっとっ、あのっ、そのっ!!?」

「……あー、ちょっと落ち着こう。ていうか、あっち行こう」

素の声で取り乱しているファリエルを見かねたのか、ウィル君はファリエルを木が濃くなっている場所へ引っ張っていく。
手を、握って。……いえ、指ですけど。

「…………」

木の陰に入ってファリエルが鎧を解いた。白い肌を赤に染めて、ファリエルはウィル君に此処では聞き取れない内容を聞き尋ねている。
うぐっ、とした顔になったウィル君でしたけど、すぐに苦笑しながらファリエルに何かを言い聞かせています。
身振り手振りして話を語らう二人は、端から見ても仲睦まじくて……

「………………」

その光景に思わず眉を顰める。でも、遠くから見てるだけしか出来ない。
胸がまたずしりと重くなった。呼吸が少し苦しくなる。知れず、手を胸に添えた。
やっぱり、嫌だ……。

「えっと、それじゃあ……」

「責任は取るという話で落ち着いた。……ていうかファリエル、如何してこの話知ってたの?」

「えっ?! えっとっ、ス、スカーレルさんから聞いたんですっ!? 興味本位とかじゃないんですよ!? ぐ、偶然聞いちゃっていうか……!」

「あのオカマッ…!!」

「わ、私もう行きますね?! さ、さよならっ、ウィル!!」

唸るウィル君を他所にファリエルが脱兎の勢いで離れていった。目の前で飛んでいったファリエルに、ウィル君は首を傾げてます。
立ち尽くしていた私も気を取り直し、静かに息を吐いてから足を前に出す。
今度こそ―――


「まるまるさ~~んっ!!」

「むぶっ!? …………おはよう、マルルゥ。そして何度も言うけど、初っ端顔に飛びつくのは止そう」

「えへへ~~」


―――と、思った矢先。
マルルゥが木の陰から出てきたウィルに抱き着いてきました。こう、見計らったかのような感じで……。
…………何でしょう。胸のもやもやが、何故かむかむかに変わってきたような……。

「まるまるさん、何してるですか?」

「んー、ちょっと色々と。マルルゥは?」

「マルルゥはヤンチャさん達の所行くのですよ。これからお勉強するです」

「ああそっか、青空教室か。言われてみれば、もうそんな時間だな……」

「まるまるさんも一緒に行きませんか?」

「あー、ごめん。これからオカマを潰し……ちょっと口軽い輩にお仕置きしなきゃダメなんだ」

「残念ですよー……」

「すまん。代わりに後で遊ぼう。スバル達も一緒にさ」

ウィル君の言葉に一喜一憂するマルルゥ。
微笑ましい筈なんですけど、どうしてか眉が上がってしまう。

マルルゥと笑顔で別れるウィル君をじーっと見詰め、ユクレス村の方角へ行くのに合わせて私も行動を再開する。
ずんずんと、幾分も速くなった歩調がウィル君の後を追う。迫ってくる背中を狭まった視界に収めながら、くすぶった感情のままに彼の名前を呼び上げようとした。




「あれ、ウィル君?」




だけれども――――


「シアリィ?」

「おはようだね。倒れたって聞いたけど、大丈夫?」


――――ウィル君が“また”女の子と出くわしたことで声を掛ける機会が失われ。


「………………………………」

目付きが鋭くなっていくのが分かる。胸のくすぶりが燃焼に変わった。
煙が上がり熱が発生する一方で、思考は驚くほど冷たい。というか、何で会う人会う人がみんな女の子なんですか。都合良過ぎじゃないですか。狙ってるんですか、ウィル君。

「大丈夫です御心配掛けました。そんで、何してるの? ユクレス村から出るなんて珍しい」

「えっ!? えーっと……」

しかも何ですかこの状況。あれですか、何時もみたいに私が接触する瀬戸際で強制放置に追い込むよう画策してるんですか。楽しんでるんですか楽しんでるんですね楽しんでるんですよね。どれだけ嫌らしい性格してるんですか。
いえそれ以前に相手の女の子赤くさせて何言っちゃってるんですか。…………見ていて気持ちのいいものじゃないんですけど。

「ああ、分かった。オウキーニさんに喜んでもらう「わーっ、わーっ、わーっ!!!?」……詰まる所、食材探しね」

とてもとても仲良さそうですねウィル君と相手の女の子。
此方に見せ付けるかのようにじゃれ合ってるみたいですけどもうちょっと人目を憚るというか自重しなさいというか、いえ別に私には関係ないことですけど一教師として教え子の非行は見過ごせないというかなんというか…………とにかく近いです。

「ふむ。じゃあ拙者も僅かながらも手助けするでござるよ。シアリィ殿の幸せのために」

「ウィル君ッ!!」

「照れるな照れるな。なに、今度またオウキーニさんの好みの料理を教えるよ」

「え……ほ、本当にっ!?」

「任せろい。あの人の好みは知り尽くしている」

「あ、ありがとう、ウィル君! すっごく嬉しいよ!」

花が咲いたような笑顔、というのでしょうか。ウィル君の目の前で相手の女の子が嬉しそうにはにかみました。
すっっっっごく可愛いですね、相手の女の子。ええ、本当に。
………………………………。



現在進行形で穏やかでない空気を発散させる赤髪教師。付近に近付こうとする命知らずは誰もいない。
視界前方で繰り広げられる光景に、勘繰って内容を脳内で捻じ曲げている。会話の一つも聴覚に届いていなかった。
目くじらを震わす蒼の瞳は、大幅な偏見が張り付いている。
そして、その末に辿り着いた彼女の胸の内は――――




………………なんか腹立ってきました。




――――人それを、ヤツ当たりという。















青空教室



「まるまるさんっ、終わったのですよー!」

「ん? どらどら……うん、ちゃんと出来てるよマルルゥ」

「やりました~!」

「よしよし、偉いぞマルルゥ」

「えへへ~~」

「……………………それでここはナウパの実を三人で分けると考えて……」

(な、何だよコレ、パナシェ!!? 先生、黒板に字書いてるだけなのに……なんでこんな怖えんだよっ!?)

(し、知らないよおっ!? あんな威圧感がある後ろ姿、見たことないもんっ?!!)

「ミュ、ミュミュゥ……!?」

「だから、一人が食べられるナウパの実は――――」

「まるまるさんが撫でてくれると、とても気持ちいいのですー」

「あ、あははははっ……。あ、ありがとう、マルルゥ」

「まるまるさんの手、すっごく温かくてっ、マルルゥ大好きなのですよ!」


「――――――――――――――――――――――――――――――(バキッ!!!!)」


((ヒィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!!??))

「ミュミャミュッッ!!!?!?」












「今日は実戦訓練です!! 私に一撃を入れるか、もしくは捕まえてください!!」

「……何でそんな怒ってんですか?」

「怒ってなんかいません!!」

円形の空間。周囲が木の群れで縁取られ空き地に、アティとウィル、二人だけの影が落ちている。
青空教室が終わって迎えたウィルの授業だ。柳眉を吊り上げたアティに、疑問顔のウィルが向き合っていた。

「身代わりにしたことまだ引きずってるんですか?」

「違います! 怒ってないって言ってるじゃないですかっ!!」

「いや自明でしょう……」

怒号に近い叫びが木々と緑葉の間を木霊する。
発声源のアティはぶすっとした表情を隠しもせず、生徒であるウィルを前にしていた。

げんなりとしたウィルに指摘されようが取り合わない。胸の内から揺らめく炎を認知しながら、それを憤りと気付いていないという、被災するウィルにしてみれば難儀以外何にでもない状態であった。

「機嫌直しましょうよ、ちゃんと謝りますから……」

「しつこいですウィル君! そんな人疑ってばっかだから捻くれちゃうんですよ! いい加減にしてください!!」

「……なに喧嘩売っちゃってんですか貴方? 言っときますけどオカマやらオカマやらオカマで今の僕余裕ないですよ?」

何時になく噛み付いてくるアティにウィルの視線が険しくなる。朝からイベント尽くしで疲れているのか、言葉の通りに沸点が低くなっているようだった。
普段のやり取りにはない剣呑な雰囲気にテコが「ミャミャ~~!?」と呻き声をあげる。

「人の話は聞きましょうって小さい頃言われませんでしたか? あぁ、なるほど。子供の時からそんなんだったと。やはり精神年齢低いままなんですね」

「なっ!? そんな筈ないじゃないですかっ! 無責任なこと言わないでください!!」

「失礼、相変わらずの痴呆の方ですか。愚問でしたねすいません」

「~~~~~~~~~~~~っ!!」

アティの顔が憤慨に染まる。
真っ赤になって、涙目でウィルを睨めつけた。

「はっ、そんな赤くなって図星ですか。だから早く病院に行けと「ウィ……ウィル君の、変態ジゴローーーーーーーーーーーッッ!!!!」……おい、意味解って言ってんのか腐れ天然?」


ウィルの額に青筋が走る。


「この頃調子乗ってますよね先生? いくら僕が穏便でも許容出来る範囲があるんですけど? ……吠え面かかすぞ貴様」

「ウィル君が調子乗ってない日なんてないじゃないですかっ! こっちの方こそ辛酸嘗めさせてやりますっ!!」

蒼い火花を撒き散らす両者。間には一種即発の空気が充満している。
二人の怒気に怯えるかのように森が震えて、葉のざわめきが駆け抜けていった。

「上等です、ボッコボコにしてやりますよ。具体的には生まれてきたことを後悔させてやるくらいに」

「私もウィル君が途中で泣いたって知りませんからっ!! 世の中の厳しさを思い知らせてあげます!!」


もはや授業の一環とかいうレヴェルではない。


「はっ、ほざいてろ。―――――いくぞ、天然。イカれた頭は健在か」

「もう、絶っ対っ手加減しませんからっ!!!」

「ミャ、ミャミャーーーーーーー!?」



史上稀にみる激烈な授業、その火蓋が切られた。



「くたばれえっ!!」

「甘いですっ!」

「せいっ!!」

「っ!?」

「そらそらそらそらぁっ!!」

「とっ、飛び道具ばっか使うなんて卑怯です?!」

「僕の好きな言葉は遠撃完殺です!!」

「造語っ!?」

「勝てばいいんだよ、勝てばぁああああああああああっ!!」

「くっ……! こん、のおっ!!」


ドゴンッ!!


「んなっ?! って、ぶぶっ!!?」

「お復習です!これが魔抗っ、思い出しましたか!!?」

「てめっ、全力で撃っただろ……!? オノレの馬鹿魔力を少しは考慮(ドゴンッ!!)しぶっ?!」

「ハアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!」


ドゴンッ、ドゴンッ、ドゴンッドゴンッドゴンッドゴンッドゴンッドゴンッドゴンッ!!!!!!!


「ちょ、ちょんづくんじゃねえ、貴様ぁあああああああああ(ドゴンッ!!)ガブッ!!??」

「ウィル君がッ、泣くまでッ、撃つのを止めないッ!!」

「殺す気かっ!!? って、うおっ!? くそっ、嘗め腐りやがって……っ!! テコオッ!!」

「ミ、ミィッ!!?」

「一気にカタをつけるぞ!!」

「ミャッ…………ミャ、ミャミャミュミュッ!!?」

「ああ、僕に合わせろ!!」

「?!! ミュウーッ!?」

(い、意志疎通出来てないです……。というか、何やる気ですか…っ!!?)

「これがっ、俺達のっ!!」

「ミュミュゥ……!」

「……じょ、上級召喚術っ!!?」




―――――召喚・焔竜の息吹―――――




「え、ええぇーーーーーーーーーーーーー!!!?」


「――――切り札だッッッ!!!」


「きゃああああああああああああああああああああああ!!!!?」





ドッゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!!!!





辺り一帯、爆砕した。


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