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No.3907の一覧
[0] 然もないと [さもない](2010/05/22 20:06)
[1] 2話[さもない](2009/08/13 15:28)
[2] 3話[さもない](2009/01/30 21:51)
[3] サブシナリオ[さもない](2009/01/31 08:22)
[4] 4話[さもない](2009/02/13 09:01)
[5] 5話(上)[さもない](2009/02/21 16:05)
[6] 5話(下)[さもない](2008/11/21 19:13)
[7] 6話(上)[さもない](2008/11/11 17:35)
[8] サブシナリオ2[さもない](2009/02/19 10:18)
[9] 6話(下)[さもない](2008/10/19 00:38)
[10] 7話(上)[さもない](2009/02/13 13:02)
[11] 7話(下)[さもない](2008/11/11 23:25)
[12] サブシナリオ3[さもない](2008/11/03 11:55)
[13] 8話(上)[さもない](2009/04/24 20:14)
[14] 8話(中)[さもない](2008/11/22 11:28)
[15] 8話(中 その2)[さもない](2009/01/30 13:11)
[16] 8話(下)[さもない](2009/03/08 20:56)
[17] サブシナリオ4[さもない](2009/02/21 18:44)
[18] 9話(上)[さもない](2009/02/28 10:48)
[19] 9話(下)[さもない](2009/02/28 07:51)
[20] サブシナリオ5[さもない](2009/03/08 21:17)
[21] サブシナリオ6[さもない](2009/04/25 07:38)
[22] 10話(上)[さもない](2009/04/25 07:13)
[23] 10話(中)[さもない](2009/07/26 20:57)
[24] 10話(下)[さもない](2009/10/08 09:45)
[25] サブシナリオ7[さもない](2009/08/13 17:54)
[26] 11話[さもない](2009/10/02 14:58)
[27] サブシナリオ8[さもない](2010/06/04 20:00)
[28] サブシナリオ9[さもない](2010/06/04 21:20)
[30] 12話[さもない](2010/07/15 07:39)
[31] サブシナリオ10[さもない](2010/07/17 10:10)
[32] 13話(上)[さもない](2010/10/06 22:05)
[33] 13話(中)[さもない](2011/01/25 18:35)
[34] 13話(下)[さもない](2011/02/12 07:12)
[35] 14話[さもない](2011/02/12 07:11)
[36] サブシナリオ11[さもない](2011/03/27 19:27)
[37] 未完[さもない](2012/04/04 21:58)
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[3907] 9話(上)
Name: さもない◆8608f9fe ID:94a36a62 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/02/28 10:48
「先生、ここを教えてください」

「オイラもー」

「あっ、はいはい。何処ですか?」

「ここの所が……」

自分を呼ぶ声に、視線の先へ傾いていた意識を転換する。
教科書の問題の意を尋ねてくる子供達に、言葉と手の身振りを用いて解へと導いていった。

青空教室。
久方ばかりに再開した学校に、子供達は元気一杯にやって来た。
二、三日の休校の間に彼等は待ちきれないと言った風に気持ちを焦らしていたそうで、復習や予習をしてきたと話を聞いた時は教える側の此方としても喜ばしい限りだった。学ぶ、といった取り組みに興味を持って楽しんで貰うことが堪らなく嬉しい。思わず破顔してしまった程です。
自分も子供達も学校を心待ちにしていたということに、教壇に立つ間も笑みが止められなかった。


考え込むパナシェ君と頭を抱えるスバル君に笑みを漏らしつつ、そっと先程まで見ていた方向に視線を向ける。
そこには、唸り声を上げながら計算に戸惑うマルルゥに、それを丁寧に教え込んでいるウィル君。学級委員長を引き受けてくれたウィル君は私が言った言葉の通り、マルルゥに尋ねられた問題に対して嫌な顔をせず指導をしてくれていた。
ノートに書いてある図を示しながら指を折って解り易く説明しているウィル君は何処か楽しそう。マルルゥの悩んでいる姿を優しく見守っている。

「…………」

問題ない、これなら平気そう。ウィル君の態度にそう結論する一方で、そこから視線を剥がせずにいます。
心配は要らないと分かっているのに、それでもウィル君とマルルゥが二人で言葉を交わすその光景を見詰めてしまっている。

「あ……」

計算を解くことが出来たのか、マルルゥが笑顔になってウィル君に抱き付く。
彼はそれに苦笑。頬に貼り付いたマルルゥを剥がし、その小さな頭を撫でる。マルルゥは頬を染めてはにかんでいた。
ウィル君のあんな柔らかい表情、今まで幾つも見たことがなかった。

「………………」

まただ。
また胸にわだかまりが落ちた。自分でもよく解らない窮屈な塊状、それが胸の中で姿を見せる。
本当に如何したのだろうと思う。昨日も似たような感覚が何度もあった。朝の船内でも午後の境内で起きた事件の中でも……何度もです。
胸の圧迫感は全て共通していている。ただ、それに至る経緯はバラバラ。度合いの強さもその時によって変わってくる。
何より、それに伴うのは心地良さなのか心苦しさなのかが、はっきりと別れる。
……初めてです。こんな状態、本当に初めて。

「…………むむっ」

特に、“こういった”時には眉を寄せられずにはいらません。視線も強まってるような気がします。
昨日の夜だってそう。マルルゥがウィル君を庇ってる姿を見てから落ち着かなくなって、今と似たような状態になりました。あの時は何だか変なこと言っちゃいましたし。……確かに、洗脳はないです。

「……むー」

でも解っていても、こう、何というか、険しさみたいな物が取れません。
昨日はウィル君がマルルゥへ、以前私のことを悪魔やら何やらと吹き込んだように、言葉巧みに誘導したのではないかという可能性も無きにしも非ず、ということであの感情の成り立ちは納得もいくんですけど……。
じゃあ今は如何して? そう問われると答えることが出来ません。何故でしょうか、顔から固い表情が消えてくれない。
別に非を問う場面なんかじゃないのに。変なことじゃないって、納得しているのに。

……よく、解らない。


「先生っ、出来たよ! 合ってますか?」

「オイラはまだよく解んねー……」

「!」

はっ、と肩を上下させる。
いけない。パナシェ君達に付いていたのに、沸いてきた思考のせいで一時それを忘れていた。
どうかしてます。自分の役目をほったらかしてるなんて。首を振って、意識をしっかりと切り替えた。

胸に抱くわだかまりや理解の追いつかない疑問を振り払い、パナシェ君達と向かい合う。
思考と意識は目の前の子供達だけに集中した。誉めて、教えて、笑みを交わす。



ただ、談笑する彼と彼女の姿が、視界の端から離れることはなかった。









然もないと  9話(上) 「先生の休日前夜は筆舌に尽くし難し」









授業終了の鐘の音が高く響き渡った。マルルゥとの会話も程ほどにして自分の席へ着いていく。
子供達の前でアティさんが注意事項と連絡を言い渡し、やがて本日の学校はお開きとなった。

「うっわ~~~! すっげえ、体中が鎧に包まれてら!!」

「カッコ良いのですよ~~~~!」

「やっぱり大きい……」

『こ、これは…………て、照れるであります』

帰路につくかと思われたスバル達だったが、気付いていたのか、木の陰に控えていたヴァルゼルドの周りに集まっていった。
アルディラの質問を危なげに交わした後、修理の終えたヴァルゼルドと合流してそのまま青空教室、此処へ来たのだ。子供達に変な刺激を与えないように隠れて待機させていたのだが、どうやら取り越し苦労、余り意味がなかったようである。

スバル達はヴァルゼルドの見て目を輝かせ、アーマーをぺたぺたと触れていく。
ヴァルゼルドはそれに対して棒立ちのままだ。緊張している。

「いきなりスバル達の心を掴むとは……。やるな、ヴァルゼルド」

「まぁ、確かに目立ちますね、ヴァルゼルドは」

俺のコメントにアティさんが苦笑する。
アティさんにはヴァルゼルドの説明を終えており納得してもらってる。昨日の内にもう知っているとは思っていたが、まぁそこはちゃんと紹介させた。けじめは付けなくてはね。

「お前、名前なんて言うんだ?」

『本機の名はヴァルゼルドであります。正式名称は、形式番号名VR731LD、強攻突撃射撃機体VAR-Xe-LDです』

「ぶいあーる、な、ななさんいちぃ?」

「な、長いんだね……」

ううむ、それにしても子供がロボに群れるこの光景を見ると、「アルディラ」の作品の数々を思い出す。島の「子供達」もロボが出来上がる度にはしゃいでいたからな。
「ラトリクス」が此処のラトリクスより賑やかになっていたのは、一重にこういう心震わすメカの存在があったからこそだろう。……たまに変な兵器積んでいたがな! ドリルとかカッターとか冷却光線とかっ!! 普通に戦えるだろ!?

「………………」

「……ん? 僕の顔に何か付いていますか?」

「あっ、い、いえっ、そんな事ないですよ? あはははは……」

「?」

視線を感じてアティさんに顔を向けるが、笑って誤魔化された。
本当に何かくっついているのかと顔を手で拭ってみるが特に異常なし。はて? と首を傾げる。

「……ウィ、ウィル君、聞いてもいいですか?」

「僕に答えられることなら」

「き、昨日の夜、ファリエルと何かしていたりなんか……してしました?」

「……何かってなんですか?」

「えっ……。ええっと、ですね、その、あのー……」

……記憶があるのかこの天然? 完璧に眠らして記憶も曖昧である筈なのだが。
どもるアティさんを見上げながら胸中で舌打ち一つ。爪が甘かったか。鈍器で殴るぐらいしておくべきだったかもしれない。いや、でも流石にアティさんといえど、そこまで乱暴な真似は出来ん。女性だしね。
頭のネジが更に飛んでもらっても困る。天然に拍車が掛かったらもう体が持たない。

「如何してそんなこと言うのか知りませんが、昨日の夜はみんなが帰った後すぐに寝ましたよ。先生も知っているでしょう?」

「そ、そうですよね。ごめんなさい、夢を見て勘違いしたみたいです」

悟らせる筈もなく、軽く流す。
平常心を乱すことなど一切の可能性もない。慣れたものよ。

「ところで気になりますね、先生の夢の中に出てきた僕とファリエルというのは。一体何をしてたんですか?」

「ええっ!? い、いえっ、べ、別に大したことはっ!?」

「まぁ、どうせ先生のことでしょうから、逃げ惑うファリエルを『剣』持って追い掛け回していたんでしょう。悪い子はいねぇか、とか奇声ほざきながら」

「有り得ませんよっ!? というか“どうせ”って何ですか、“どうせ”って!!? 私のこと何だと思ってるんですかウィル君?!」

「ア・クマー」

「新種!?」

「オチとしては僕の仕掛けた落とし穴に嵌ってア・クマー・アティは地の底に封印され長い眠りについたのだった、といった所でしょうか」

「嫌ですよ?! というか、語呂最悪ですっ!!」

「正に夢オチですね」

「何処が!?」


アティさんと何やらかんやらのやり取りを展開し、後に放置。
視線をヴァルゼルド達に戻せば、何やら滅茶苦茶仲良くなっているようだった。ヴァルゼルドが笑顔に囲まれている。当の本人は戸惑っているが。
くっ、まさかこんな光景を見る日が来るとは。冗談抜きで泣けるぜ。良かったなヴァルゼルド。マルルゥに「ポンコツさん」と既に呼ばれているが本当に良かったな。
そしてテコ、目つき悪いよ。

「ヴァルゼルド。僕の方はいいからスバル達と遊んでいてくれ」

「いいのか、兄ちゃん!?」

「ああ、構わないよ」

「ありがとう、ウィル兄ちゃん!」

戯れるスバル達を見てヴァルゼルドに指示を出す。
俺と居ても手持ち無沙汰になるだけだ。だったら子供達と遊んだ方が有意義というものだろう。
イスラの件もあるしな。少なからず子供達は傷付いているだろうから、そういう意味でもヴァルゼルドと楽しんでもらいたい。

『ですが、マスター……』

「心配しなくていいよ。危険なんてそうあるもんじゃないし、テコも先生もいるんだ。側に居るなんて固いこと言わずに楽しんでらっしゃい」

『……はっ、ではお言葉に甘えさせて貰うであります!』

ああ、と了承してスバル達に囲まれるヴァルゼルドを見送る。今は何をして遊ぶかと早速相談でもしているのだろうか。
微笑ましいな、と一頷きしてアティさんに振り返る。彼女も同じことを思っていたのか、遠くなっていく背中を見ながら柔らかい顔つきをしていた。

「……じゃあ、僕も授業を頑張るとします」

「ええ、そうしましょう」

巨人と小人達を最後まで見送りながら、俺達はそこを後にした。






海賊船 ウィルの部屋


「という訳で、私の似顔絵を描いてもらいます」

「絵、ですか」

「ミャミャ」

軍学校の試験とは直接関係ないが、対象を正確にイメージする為の訓練ということでアティさんの肖像画を書くことになった。
この授業、というか訓練は延いては召喚術を効率良く行使することに繋がっていく。呼び寄せる召喚獣を具体的に思い浮かべることによって
、早く正確に召喚術を発動出来るようになるのだ。
この授業も実戦を考えてのことだろうか。もしかしたら実技試験を考慮に入れてるのかもしれない。まぁ、基本といえばそうなのだが。

「よし、僕の達人級の腕を見せてあげましょう」

「あはは、ちょっと怖いような気もしますね……」

「ミャー」

「むっ、失礼な。そこまで言うんなら、いいでしょう、僕の一筆入魂でその顔を吠え面かかせてやります」

(……絵の中の私がそうなるんじゃないですよね?)

何かムカつく顔をしているアティさんが気になったが、今はそれを意識から外し、真剣な目で彼女を見詰める。
言っておくと、俺は何でもそつなくこなす。冒険家の父親からは生きる術とこのような妙技を叩き込まれ、独自の自論を持つ母親からは訳の解らない教訓を脳に刻み込まれたからな。今思えばアレは改造だったのかもしれない。我が親ながら鳥肌が立つ。

「…………」

「…………」

「…………」

「………ん」

「動くな」

「は、はいっ…」

「…………」

「…………」

「…………」

「………ぇと」

「動くな」

「……はいぃ」

「…………」

「…………」

「…………」

「………あ、あのー」

「セイレーン」

「…………ふにゅぅ」

「テコ、それの顔支えて」

「ミャミャ!」

「…………」

「……くー」

「…………」

「……すーすー」

「…………」

「……ん、ぅ」

「…………」

「……むにゅ」

「…………」

「……ふにゃ」

(……ブン殴ってやりたくなってきた)

目の前でボケた顔した天然に何か制裁を加えてやりたい衝動に駆られる。
眠らしたのは確かに俺だが、こっちが真剣になっているというのにその態度はないだろう。「ふにゃ」じゃねーよ、「ふにゃ」じゃ。

顔に落書きでも施してやろうかと席を立つ。しかし、近付いた所で「んんっ…」と瞼が震え覚醒の兆しを見せた。
するすると自分の椅子へと戻る。くっ、運のいい奴だ。というか、こっちが接近して目を覚ますなんて獣みたいな奴だ。

「…………? あれ、私……」

「人が黙々と作業をしているのに眠りこけるなんていい度胸してますね」

「えっ!? わ、私寝てましたか?!」

「爆睡ですよ。鼻ちょうちん出してました」

「それは嘘ですよねっ!!?」

「ちっ」

後でからかってやろうと思ったのに。

「…………な、何か違和感があるような気がするんですけど」

「自分の醜態を誤魔化そうとでも? あーやだやだ、汚い大人。反吐が出ます」

「うっ……。で、でもっ、本当に何か変じゃないですかっ? 何ていうか、こう……」

「先生が変なのは今に始まったことじゃないと思います」

「ウィル君に言われたくないですよっ!! そうじゃなくてっ、私が前触れなく眠っちゃったことがですっ!」

「眠りなんて前触れなく落ちるものでしょう」

この間にも筆を走らせる俺。表情がコロコロ変わるから、もう諦めて幾つも顔を紙の隅へ書き殴っている。

「そ、そうですけど、本当に突然過ぎるというか、緑の淡い光を見たような……」

「また夢ですか? 現実との区別が出来なくなるなんて。いい病院を紹介しましょうか?」

「そのパターンはもういいです。…………何だか、直前の記憶が綺麗に抜け落ちているような気もするんですけど……」

「痴呆ですね分かります」

「ち、違いますよっ!」

う~ん、と頭を抱え出して唸り出すアティさん。
どうでもいいけど、アンタ既にこっちに協力する気ないだろ。顔伏せるんじゃない。

「……やったっ、出来たぞっ! これは改心の出来だ!! さぁ、見てください先生っ余計なこと思い出さなくていいから早くこれを見てください!」

「やっぱり何か誤魔化そうとしてませんかウィル君……?」

怪訝そうな顔で此方を見やる天然に絵を手渡す。
疑いの眼差しを向けていたアティさんだったが、しぶしぶと俺の一筆入魂に目を落とした。

「……………………」

「……………ミャー」

「ふふん、どうです、言葉も出ないでしょう」

「……え、ええ。本当に、上手です。ウィル君、こんな才能があったんですね……」

「ミャミャミャーッ!!」

「超人と呼んでもらっても構いません」

呆けた顔のアティさんを見て俺も満足。うむうむ頷いて素直にテコの賞賛を頂く。
今の俺、相当天狗になっているな。

「題名は『設定イラスト00 アティその3』でいきましょう」

「やけに生々しいですね……」

「ええ、きっと幻の作品です」

「意味が解らないんですけど……。うーん、それにしても…」

俺の絵を凝視してアティさんは呟きを漏らす。
むっ? 何か不手際があったか?

「おかしい所がありますか?」

「いえ、そんなことはないですよ? とっても上手です。上手、なんですけど……」

何なんだ? 言いよどむアティさんに、俺は自分の描いた絵について考えを巡らせる。別段変な箇所はないと思うのだが。
心が篭っていないとか言い出すんじゃないだろうな? だとしたら嘗め腐っているぞ。

「何ですか先生。気になることがあるんだったら、はっきり言ってください」

「……それじゃあ、言わしてもらいますけど」

「…………」

「……ミュ」

思った通りの答えだったら一発はたこう。

「…………私のこと、綺麗に描き過ぎじゃないですか?」

「…………ん?」

「…………みゅ?」

今なんつったコイツ?

「ウィル君が描いてくれた私は、綺麗過ぎるんじゃないかなー、って」

「…………」

頬を赤らめ恥ずかしがる目の前の物体に嘘はない。本気で言ってやがる。
ほら、とアティさんが手渡してくる絵を受け取り、自分で描いたにも関わらずもう一度見比べた。

「…………どう?」

「(ふるふるふるふる)」

一緒に覗き込んできたテコに是非を問えば、顔を横に振って「そんなことはない」と伝えてきた。
当然だろう、誰がどう見ても美化などされていない。そのままのアティさんが描かれている。なのに、目の前の赤いのは恥ずかしがりながら苦笑を浮かべていた。

……………………。


「先生、鏡見てますか?」

「えっ? 何時も確認してますけど、如何してですか?」

「…………」

ダメだ、こいつ。

「テコ、いくよ」

「ミャーミャミャ」

「えっ? ウィ、ウィル君? まだ授業終わってないんですけど?」

無視。

「あー、疲れた」

「ミャミャ」

「ウィ、ウィルくーんっ?」



ギィイ―――――バタンッ



「…………あれ?」






風雷の郷


「ウィル君、この頃私の扱いが邪険になってませんか?」

「ハイハイ、そーですね」

「これじゃあ私でも何時か怒っちゃいますよ?」

「へー、ふーん、そう」

「ほらまたっ! もうウィル君っ!!」

後を追ってきたアティさんにどーでもよさげに返事をする。
こちとら貴方の相手すんのも疲れてんだよ。真面目に取り合う自分が馬鹿に思えてくる。天然を脱して出直してきて下さい。

むー、とアティさんの何時にも増した強い視線を背に感じるが、取り合わない。オールシカト。流す。
ふぅ、と一息置き視線を巡らせる。ヴァルゼルド達は何処に居るだろうか。まあ、ユクレス村の方も見てきたし、残った場所は此処ぐらいしかないのだが……さて?


「あっ、まるまるさ~ん!」

『マスター』

ビンゴだ。
開けた草原にヴァルゼルドとマルルゥの姿があった。ずっと奥に見える池の岩場ではスバルとパナシェが手をぶんぶんと振っている。
遊びをするスバル達と話をするマルルゥ達とで別れていたらしい。ちょうど二組ずつに成っている。
ヴァルゼルドは生えている木の根元で座り込んでおり、マルルゥは此方に気付いたのと同時に近寄ってきた。

「まるまるさんと先生さんも遊びに来たのですか?」

「うん、そんなところ。って、マルルゥ……近いよ」

「えへへ~~」

顔にくっ付くようにして視界の半分を覆ってくるマルルゥに声を掛ける。思わず眉を下げて苦笑を浮かべてしまう。
悪びれていないのか、マルルゥは笑顔のまま俺の顔から離れてすぐ横の肩に腰を下ろした。

何だか昨日からスキンシップみたいのが一気に増えたな。遠慮なく懐に入ってくる。
まぁ、嫌な筈もないので別に構わないのだが。「レックス」の時もこんな感じだったし、早いか遅いかの違いだったのだろう。
それにもしかしたら、マルルゥは俺のこと心配してくれて寄り添ってくれているのかもしれない。昨日は胸の内を悟られてしまった訳だし。身体は小さくてもこの少女の思い遣る心はとても広いから。

頭にとまっているテコがフーと息を荒げた。指定席を奪われたことからマルルゥに抗議しているのか。
視線を横にずらせば、マルルゥは依然笑みを浮かべている。どうやら堪えていないようだ。引き続き苦笑。
そんな心優しく天真爛漫の彼女に感謝しつつ、礼を込めてその頭を撫でた。
マルルゥは目を閉じて為すがされるままになる。身を僅かによじる姿は、眼前ということもあって可愛らしかった。

「…………う、ん?」

首がちり、と焼けたような感覚を帯びた。
何だ何だと上半身を回して辺りを見回す。だが怪しい影は何処にも存在しない。
誰かに結構な視線を送られていたような気がしたんだが……うんこでも物陰に潜んでいるのだろうか? 心当たりといえば普通にあるけど。

「…………って」

今も継続されている首の辺りが焦げる感覚、出所は後ろしかあるまい。背後、俺の後ろに控える人物へと振り返った。
そこには半眼になって俺を見下ろしているアティさんの姿が。昨夜の光景をそのまんま連想させる。
……なして?

「な、何で睨んでるんですか?」

「………………………………別に」

別に、ってそりゃないだろう。そんなとんでもない眼をしときながら。だったらプレッシャー放つんじゃない。

「…………怒ってるんですか?」

「……………………別に怒ってなんかないですっ」

「嘘をつけ、嘘を」

昨日と同じ目付きじゃないかソレ。何か非難がましいヤツ。眼光が強いよ。

「……はあ。もう無視なんかしませんから機嫌直してくださいよ」

「むっ…! 何ですかっ、その言い方は!? それじゃあ私が構って欲しいみたいじゃないですか!」

「違うんですか?」

「違います!」

ぷいっ、と目を瞑り顔を背けるアティさん。
何だよコレ。本当に子供だ。思わず頭を抱えたくなる。確かに俺も悪いけどさ……。

ご機嫌斜めな天然にどう許しを請うか考える。無視を続行してもいいが、それだと昨夜のようにどんどん眼光がエスカレートしていくような気がビンビンだ。同じような愚考は繰り返さんよ。
しょうがない、ここは必殺土下座で……

「先生さん、まるまるさんとケンカしてるのですか?」

「えっ……い、いやっ、そういう訳じゃないんですけどっ…」

むっ、チャンス!
マルルゥに尋ねられ、しどろもどろになるアティさんの姿に勝機を見出す。ここぞとばかりに攻めの姿勢へと転じた。

「いや、いいんだマルルゥ。確かに僕と先生はケンカしているけど、うん間違いなく先生は僕に対して怒っているけど、別にいいんだよ。調子こいた僕が悪いんだ……」

「まるまるさん……」

「な、何ですかっ、その萎れかた!?」

よよよ、と泣き崩れる。ちなみに「へべれけ」の技のドロー。

「ええ、あんな酷いことをしたんです。どんなに謝っても先生は許してはくれないですよね…………僕はこんなに反省してるのに」

「まるまるさぁん……」

(マ、マルルゥの同情を得るつもりですか?!)

気付いたか。だが既に遅いッ!
目元を覆う手の隙間からアティさんの瞠目している顔を横目で確認。無駄な抵抗をされないよう、一気に畳み掛ける。

「如何したら許して貰えるのか僕には解りません。ええ、僕には解りません。僕一人じゃ許して貰えないのかも。ああきっとそうだ。誰かの助けが必要なのかも」

『大丈夫ですマスター、教官殿はお優しい方であります! マスターが誠意込めて反省していれば、何時かきっとお許しを頂ける筈であります!!』

黙れ。

「……先生さん。まるまるさんを許して上げられないですか?」

「うっ。で、でもっ……」

勝ったな。

「…………先生さぁん」

「……わ、分かりました」

陥落。がっくりうな垂れるアティさん。まぁ、あれには誰にも敵うまい。
アティさんは何処か抗議の目で見詰めてくる。俺は手を振ってまぁまぁと取り繕った。


「これで一件落着ですねあー良かった良かった。さてスバル達の所でも行きましょうか」

(……胸に抱くこのわだかまりは何でしょうか? よく解らないというか納得がいかないというか不服というか………………)

爆発しそうです……。
その不穏な発言が俺の耳に届くことはなかった。






大蓮の池


「兄ちゃん、先生、一緒に遊ぼうぜ!」

「ええよ」

「私もいいですよ。やっぱりみんなで競争ですか?」

「うんっ。向こうの岩まで誰が一番早く着くかだよ」

「スーパーエキスパートルール……これはシビアなレースになりそうですね」

「何訳の解らないこと言ってるんですかウィル君……」

「マルルゥ、お空飛べるのでお休みなのですよー。残念です……」

「安心しろマルルゥ、仇は取ってやる。ヴァルゼルドが」

『本機でありますか!?』

「でも、みんなで一斉に競争すると危ないかもしれないません。何処かでぶつかっちゃうかも」

「あっ、そっか」

「スーパーエキスパートルールに恐れをなしましたか。ふふん、器が知れるというものですね」

「むっ! 違いますっ、誰かが怪我しちゃうから止めましょうって言ってるんです! 怖いとかそういうことじゃありません!!」

「上辺では幾らでも言葉を並べられますよ。何よりも先生、貴方自分の足場が少なくなるから、それとなく有利なルールに誘導しようとしているでしょう?」

「うっ…!?」

「どういうこと、兄ちゃん?」

「すぐ飛んでいける足場がないと、先生は池に落ちるってこと。先生は僕達と違って長い間蓮に乗ってられないんだ。重いから」

「怒りますよ?」

『「「「ゴメンナサイ」」」』


被爆地にいた男性陣が全員土下座するという儀式の後、スーパーエキスパートルールではなくタイムトライアル形式で勝負をすることになった。
マルルゥにはゴール地点にいてもらってタイムを集計してもらう。


「これで前回のようにはいきません! ウィル君、今回は勝たせてもらいますっ!!」

(やはり根に持っていたか……。しかも確実な方法で勝ちを狙ってきやがった。抜け目がないな、この女……)

「最初は誰が行くんだ?」

「僕は一番最後がいいかな……」

「よしっ、行ってこい。ヴァルゼルド」

『はいっ!? ほ、本機も参加するのでありますか?!』

「当然だろう。マルルゥの仇を討つと約束したじゃないか」

「マルルゥを勝手に殺さないでください……」

「兎に角、お前ならイケル! さぁ、一歩を踏み出せっ!!」

『一歩で撃沈する可能性大であります!? あの蓮では本機の重量を受け止められないです!?』

「スバル達もヴァルゼルドの羽ばたく姿見たいよな!」

「ああ、オイラすっげー見てえ!!」

「頑張って、ヴァルゼルド!」

「ミャミャーッ! ミャーミャミャ、フシャーッ!!」

『うっ……!?』

(……子供って時に残酷だな。促しといてアレだけど…)

『で、ですが、やはり……』

「ヴァ、ヴァルゼルド? 止めといた方が……」

「ミャーミャーッ!! ミャーフシャーッ!!」

「(テコも容赦がない……) ……ヴァルゼルドッ、お前は僕の護衛獣だっ!! 不可能を可能にする漢だ!! お前なら出来るっ!」

『マ、マスターッ……!! いきますっ、いってきますっ! 本機は今日鷹になるであります!!』

「「おおっ!」」

「ミャッ!!」

「だ、騙されてます!? い、いけませんヴァルゼルドッ!?」

「システムオールグリーン、ヴァルゼルド、どうぞ!」

『ヴァルゼルドッ、行きます!!』

「ああっ!?」

飛翔。

『不可能を可能にぶぼほあっ!!??』

「「ヴァ、ヴァルゼルドー!?」」

「ミャミャー!」

「やっぱり……」

沈没。

『げぼうっ!? ぶふうっ!!? じ、沈むっ、沈むでありまずっ!!??』

「ど、どうしたのですか!? って、ぽ、ポンコツさーんっ!!?」

「先生っ! 何呆けてるんですか! 早くヴァルゼルドの救助をっ!!」

「む、無理ですよ!? 私一人じゃヴァルゼルドを持ち上げられっこないです!!?」

「先生がやらなくて一体誰がやるって言うんです! 僕も行きます、さぁ早く!!」

『おぶっっ、おほうっ!!? じ、浸水っ、し゛ん゛す゛い゛か゛っ、始まっで!!?!?』

天に手を仰ぐようにしてもがき続けるヴァルゼルド。沈水していく。

「「先生っ!」」

「先生さんっ!」

「くっ……! もうっ、ヤケです!! えいっ!!」

飛込。

「召喚」

『ぶはっっ!!! ごほおっ、ごふうっ!!? し、死ぬかと思ったであります…っ!!』

「平気?」

『ええ、何とか無事であります。本機を救助して頂き、ありがとうございますマスター』

「軽いもんよ」

「「「………………」」」

召喚され大地に出現するヴァルゼルド。ポコポコと池の表面に上がってくる気泡。

「さて、十分楽しめたし、他の所行こうか」

『お供するであります』

「ミャーミャ」

「…………ま、まるまるさぁん?」

「ん? どうしたんだい?」

「……ア、アレ、いいのかよ?」

スバルが指した方向を見やれば、何時の間に浮上したのか此方に背を向ける赤い物体の姿。頭に蓮を載せている。

「僕に河童の知り合いはいない」

「「「………………」」」

離脱。


「………………………………」

「……せ、せんせい?」

「……………………………………………………」

「ヒッ!!?」

「…………………………………………………………………………」

「パ、パナシェ、走れっ!?」

「ま、待ってえっ!!!?」

「急ぐですよっ!!?」

集団退去。



「…………………………………………………………………………………………………………………………………………」















何処までも続く青地に、その中に身を置く真円の光源。上空、晴れ渡った天候は青々とした色を一杯に広げている。
眩しくも温かな日輪の光が、砂に、岩に、海に、燦々と降り注いでいた。


浜辺。
白い砂が敷き詰められているそこに一人の少女の姿があった。
陸と海の境目に設けられた岩々の上に腰を落ち着け、自分の手元を見詰めている。

「…………」

陽を浴びて艶を帯びる黒塗りの髪。
あどけなさを感じさせる顔には柔らかい表情を浮かべており、何処か機嫌の良さが窺えた。

「うん、綺麗だ」

呟きと共に少女が手を目の高さまで上げる。
手元、少女の指が包むのは紫紺の球体だった。海と空、地平線を背景にしたその結晶は広大かつ繊細な印象を控える。
結晶の内部を通じて左右に伸びる紐をもう片方の手に携えながら、少女は破顔した。

「イスラ」

「……お姉ちゃん」

少女、イスラは背後よりの声に首を振り向ける。
白色の上衣を羽織った姉のアズリアが、此方に歩み寄ってきていた。
今彼女は鎧や手甲といった防具を身に着けていない。軽装の上から着る軍服をそのままにして、身体に負担を掛けることのない状態だった。

「そろそろ昼食だ。駐留地に戻ろう」

「うん、分かった」

イスラは顔を前に戻し、アズリアに背中を向ける。彼女はそこから腰を上げる気配を見せない。
アズリアは動こうとしないイスラに眉を寄せ、そしてどうする事も出来ずその場で佇んだ。
会話が途切れた砂浜に細波が砕ける音だけが響いていく。この状況に戸惑い、それでも何か言葉を探している姉に、イスラは胸の内で溜息をついた。


生れ落ちた頃から床に伏せていたイスラに対し、アズリアは無償の愛を抱きつつ、同時に後ろめたさも感じている。毎日死の発作を繰り返していた妹に比べ、彼女は何の不自由もなく生活することが出来、更にレヴィノスの家の期待――諦めにも通じていた物だったが――それを独占していた。男子が生まれることのなかった彼の家は、病弱な妹に最初から目など向けず無用の物としていたのだ。
帝国軍人を強制されていたアズリアだが、それでも妹が優遇の違いから憎しみの感情を抱いているのではないかと、そのような秘め事を心から拭えずにいた。

こうしてイスラが健康体になった今も、何処か控えめな関係が続いている。
話は交わすし、姉妹としての交流もある。だがそれでもアズリアはイスラの顔色を窺って強く出てこようとしない。何処か遠慮し、一歩距離を置いていた。


情けないな、とイスラは思う。
何時もは凛と佇まい毅然としている姉が、自分を前にするとそれが嘘のように弱腰になる。見るに耐えないと素直に思う。
常時のように自分に対しても白黒をはっきり付ければいいのだ。構うか、構わないか、どちらか決断すればこんな体たらくにはならないのだから。

(……それを口にしない私が言えたことじゃないか)

だがそう思う一方で、そんなことはしないで欲しいと思っている。
見捨てないで欲しいと思っている自分が確かに存在している。姉に愛を求めている、それが本望なのだ。

(結局私も情けない、っていう話だよね)

煩わしいと思っていても現在の関係を壊せずにいる。何かが変わるのを恐れている。
やっぱり姉妹なんだな、とイスラは自分の思考と心理に対して苦笑を浮かべた。

「…………イ、イスラ。その、手に持っている物は何なんだ? 私にも見せてくれないか?」

アズリアがイスラの横まで近付き手を伸ばしてくる。
姉として不器用な彼女が取った行動は、妹が夢中になっている品を確かめるというものだった。
少しでも共通の話題を分かち合おうとしたのだろう。不器用なりに考え抜いた結果だ、彼女に他意はない。

「ッ!」

しかし、少女にとってそれは許容出来ない事柄だった。
自分が抱くモノに向かって近付く手を、下から腕を振り上げ一挙に弾き飛ばした。

「……っ!?」

「触らないで」

躊躇なく振るわれたイスラの拒絶に、アズリアは身体を震わせた後に呆然とする。
口から漏れた言葉を驚くほど冷たいものだった。放ったイスラ自身もそれを自覚する。

「あっ……。す、すまない…」

「…………」

視線を行き場もなく彷徨わせた後、アズリアはイスラから逃れるように目を伏せた。
沈黙がこの場に落ち、変わることのない波の音だけが押し寄せては消えていく。

(……っ)

当の本人はこの有様に顔を歪める。思わず舌打ちをつきそうになった。
違う。こんな事をしようと思ったんじゃない。姉を傷付けるような真似をしたかったんじゃない。
ただ、これだけは譲れないモノだったから。他者に触れられたくない、自分だけのモノだったから。

大切な品で、繋がりだったから。

必要以上に過敏になってしまった。もっとやり方があった筈なのに。
イスラもまた目を伏せる。品を手渡した人物に対して、恨むよ、と呟きを落し、


(……『知るか馬鹿』、って言うんだろうな)


しかし次には顔をぶんぶんと左右に振った。

此処に居たらその様に宣っただろう少年の姿を想像して、苦笑と共に考えを改める。
そんなのは唯の擦り付け、責任転嫁だ。少年の言の通り、他人が与り知る所ではない、姉の興味をひくような真似をしていた自分が悪いのだろう。
確かに愚痴を零すのはお門違いだ。そう考え直したイスラは一息ついて立ち上がった。

「……ごめんね、お姉ちゃん。これ大切なモノなんだ。うん、言ったら悪いんだけど、その……誰にも触れて欲しくなかったから、さ」

「えっ? あっ、い、いやっ!! わ、私の方こそすまないっ! 思慮が足りなかったっ、は、反省しているっ……」

「……ぷっ」

慌てて謝罪と弁解を並べる姉にイスラは思わず吹き出す。
隊を率いる長が両手を使ってあたふたと取り乱しているのだ、普段のギャップから笑みを堪えるのは困難だった。

「お姉ちゃん、慌て過ぎ。そんな謝らなくていいよ。私も……というか、私の方が非はあるし」

「イスラ……」

「それに、私達家族でしょ? そんな他人行儀要らないって」

「……!! ああ、そうだなっ」

目を見開いていた表情から一転、アズリアは顔をみるみる喜色に染め上げていった。
そんな姉の姿にイスラは苦笑、しかしその一方で頬を緩ませる。
姉も自分も単純だ、と笑みと共に心の中で呟いた。

「誰にも触って欲しくなかったけど、まぁお姉ちゃんだったらいいや。ほら」

「……ああ、ありがとう」

結晶を差し伸べアズリアの手の上にのせる。
顔を綻ばせた彼女はじっとそれを見詰めた。

「……すごいな。美しくもあるが、少なくない魔力も込められてる。一体どうしたんだ、これは?」

「んー……」

素直にモノマネ対決で手に入れたと述べてもいいのだろうが、それだと何かややこしくなる気がする。
無難の返答を考え、まぁそれらしくもあって、少しおちゃらけた感じの物をイスラは言葉にした。少し願望も入っていたのかもしれない。

「うん、実は彼氏から貰ったモノなんだ」

「ぶっっ!!!?!?」

だが、姉にとってはその返答は無難どころか一大事だったらしい。
目に見えて狼狽し、次には顔全体をくわっと吊り上げた形相へと変貌させた。それを素早く察知したイスラはアズリアの手の中から品を奪い返す。

「かっ、かっ、彼氏だとっ!!? イ、イスラッ、如何いうことだ、説明しろっ!?」

「えー、そのまんまじゃん。お付き合いしてる殿方から親愛の印に貰ったんだよ」

「なぁにィイーーーーーーーーーーーーーッ!!!?」

絶叫する姉の姿にイスラは笑みを必死に噛み殺した。顔を真っ赤にしたアズリアはイスラのその様子には気付かない。
距離を詰めて尋問を行おうとする彼女をひらりと交わし、イスラは背を向けて歩き出す。

「さーて、ご飯、ご飯ー」

「ま、待てイスラ!? お前を誑かしている不届きの輩は何者だっ!? 正体を言えっ!!」

「人の彼氏を悪く言わないでくださーい」

「何を言っているイスラッ! お前はレヴィノス家の次女だ、そう簡単に交際などっ……いやそんなことは如何でもいいッ!!! 兎に角私は認めないぞっ!! お前の伴侶など絶対に認めんっ!! 少なくとも私を打倒してのける者でなければお前は絶対にやらんっ!!」

「お姉ちゃんに勝てる人なんてそうそう居る訳ないじゃん…」

頑固親父の如く自分の発言に異を唱えるアズリアに笑みが抑えきれない。
過保護すぎる姉を後ろに置いて砂浜をゆっくりと歩いていく。追いかけてくる慌しい足音が嬉しくもあり、可笑しかった。

(あはっ、気分いいや)

不思議と心持ちが軽くなっている。緩やかに下降していた筈の感情は、上に向かって上昇の一途を辿っていた。
彼の少年は特効薬なのかもしれない。彼のことを想像してから辛気臭い気分は拭われ、というかそんな事を考えているのが馬鹿らしく感じられ、そして心が弾んでいった。
なるほど、いい事に気付いた。新しい発見にイスラは笑みを深め、くすくすと声を漏らした。

手を背に回して腰の位置で組み、晴れ渡った空を見上げる。
指に絡めた茜色の紐。輪を作っているそれにぶら下った召魔の水晶が、紫紺の輝きを放っていった。


「何してるかなぁ、ウィル……」















逃げていた。


「くっ……!?」


訳も分からず、ただ生来の第六感が告げるままに逃げていた。
土を蹴り、砂を巻き上げ、草を踏み倒し、連なっている林道を走破していく。
理由などない。理屈などない。ただ全身を襲う、これまでにない破滅の予感が急き立ててくるのだ。
逃ゲロ、と。
デナケレバ終ワルゾ、と。

「一体っ、何が……っ!!?」

分からない。判らない。解らない。理解したくない。
身体を焦がして止まない殺気が、身の毛がよだつおぞましい感情の波が、粘りつき泥ついて全身を離さない怨念が、何処からか発散されているのかなど。


「―――――――――――な゛っ」


思わず振り返って見えたそこには、一つの影があった。
林の奥、木々の隙間。距離などと言えない大きな間の開きだ。だが、その莫大に開けた彼方であるにも関わらず、彼の眼は確かにその影を捉えた。

白い。

ボロボロの外套に身を包んだその影は、白だった。本来赤で彩られている衣装さえ白亜に染まっている。
くすんだ白だ。嫌悪の白だ。全てを塗り潰す白だ。万物を飲み込み乾してしまう圧倒的な白だ。最悪であり災厄の、白だ。


逃ゲロ逃ゲロ逃ゲロ逃ゲロ逃ゲロ逃ゲロ逃ゲロ逃ゲロ逃ゲロ逃ゲロ逃ゲロ逃ゲロ逃ゲロ逃ゲロ逃ゲロ逃ゲロ逃ゲロ逃ゲロ


警報が脳の中で打ち鳴らされる。
あれはイケナイ。戦ってはイケナイ。近寄らせてもイケナイ。捕まっては、イケナイ。

目の前にしたら、終ワル。

逃げる。
恥も、体面も、矜持も、全てかなぐり捨て、背中を向けて全速力で逃げ惑う。



「一体っ、何なんだあの河童は――――――!!!??」



白色の帽子に乗った緑の皿が、幽鬼のようにユラユラと揺れていた。















「…………何よ、アレ」


スカーレルは戦慄する。

ゆたやかな日差しを身に浴び、今日はいいことがありそうだと鼻歌混じりに歩を進めていた彼は、何の前触れもなしにそれを目にしてしまった。
狭間の領域付近の森の中。集落の雰囲気にも似た薄暗い林道に差し掛かった所に、ソレはいた。
全身白尽くめ。覗けている肌以外、目が痛くなるほど白に塗られた一人の女性が、スカーレルの視線の先をテクテクと闊歩していたのだ。

(……先生、なの?)

あの背丈に変わったクセのある腰まで伸びた髪。距離が幾分か離れたスカーレルの位置からでも、そう判断出来る材料が窺えた。
だがしかし、アレを本当に「最初がアから始まり最後にィで終わる」人物と定義していていいのか、彼には解らなかった。
スカーレルの正面から見てソレは身体の側面を晒している、ちょうど直角の関係位置だった。横顔は伏せられており表情を見ることは出来ない。
何故か全身が水浸しになっているようで、外套や服の裾、髪の先端からポタポタと雫を垂らしていた。

(ナニ被ってんのよ……)

特筆すべきは頭上に設けられた緑色の皿らしきモノだろう。
ソレの歩みに乗じてユラユラ揺れるその物体は、古来から王を象徴する王冠にも見えなくもない。見えるか馬鹿野郎。

「……………………」

やがてソレは遅くもなく早くもない歩速で、スカーレルの視界を横切っていき姿を消した。
一体ナンだったんだアレは、とスカーレルは立ち尽くした姿勢のまま考える。アレが視界に入ってきた時から自然足は止まってしまっていた。
何故白いのかとか何で水浸しなのか突っ込み所が多過ぎるが、取り合えず頭に載せていた物体についてはスカーレルにも覚えがあった。
記憶が正しければ、そう確かアレは、蓮、という植物―――


「どこに、いっちゃったんでしょうか?」


「―――――――――――――――」


背後。声。戦慄再来。硬直。否、停止。


それは呟きだったのか。脳内は真っ白に塗りつぶされ思考が適わない。ヒタヒタと鳴る足音が、水滴の落ちる音響と共に鼓膜を振るわせた。
喉は機能不能に陥り言葉は凍結する。呼吸器が酸素を取り込もうと運動を試みたが、ひゅ、と乾いた音以外の成果は果たせなかった。状況は理解も把握も出来ない。混乱することも不可能で、活動停止だけを余儀なくされる。
しかし本能か、動きを止めることは死に直結すると刻みこまれていたスカーレルは、脳を介さない脊髄反射で―――だがそれでも尚錆びれた動きで―――どうにか首を反転させた。


視界に映えたのは、遠ざかっていく、ピョンピョン跳ねる白髪の後ろ姿だった。


「……………………」

膝が折れガクッとその場へと沈み込む。
全身から脂汗を迸り、口からは震える吐息が漏れていった。


「………………………………いつ、現れたのよ」















(ナンなんだよ、こりゃあ……)


カイルは慄然する。


「ウィルくん、どこにいったか、しりませんか?」


目の前の人型を形作った白い物体に対し、彼は戦き震え上がる。

ソレは唐突に姿を見せた。
果樹園へジャキーニ一家の様子を見に行った帰り、ユクレス村を出て林へ入ってすぐの所で、突如眼前に現れなさったのだ。
驚愕の声を上げる暇もなかった。大股で歩く自分の目の前にいきなり立っていたのだ、全身白いのが。しかもほざくのだ、ウィルを知らないか? と。
教師を名乗りその癖凄まじい戦闘能力を秘める自分の船に招いた客人であることに気付いたのは、その声を聞いてからだった。

オイオイ何の冗談だ、とカイルはこの光景を前にして思う。
生徒から容赦なく天然の名を冠されている彼女は、この様な尋常ならざる空気など身に纏うご婦人ではなかった筈。
何故自分がこうまで気圧されているのか理解出来ない。何故こんな人智を超えた存在が自分の目の前にいるのか、全く理解出来なかった。

(ていうか、河童かよアンタは……)

頭にのっかている蓮を見てカイルは素直な感想を持つ。
背の高い自分を見上げているソレの体勢からずれ落ちることのない緑の皿は、呆れ一割おっかな九割の疑問そのものだった。


「おこりますよ、カイルさん?」


「!!?!?」

見透かされたッ!?
心を読んだというのかこの物の怪?! カイルは目を見開きそして恐怖する。
ソレから出てきた声は、今まで生きて聞いてきた言葉のどれよりも暖かさを感じさせてくれなかった。ひゃっこい。ただただ冷たい。
前髪により目元は窺うことが出来ず、影が入っているそれがおぞましさに拍車をかける。
怖い。ていうか、強(こわ)い。

「ウィルくんは、どこにいますか?」

身体全身が萎縮し、股間が縮み上がった。
次はない。そう言っているようにカイルの耳には届いた。

「こっ、こここここっこの先のっ、島のはははは端っこに向かっていったような、きききっ気がするぜっ!!?」

「き?」

「見ましたっ! はっきりとこの目であっち行くの見ましたあっっ!!!?」

「ありがとうございます」

ふっ、と目の前からソレが姿を消す。
佇んでいたそこには水で濡れた地面が残っている。背後より、ヒタヒタと歩を進める音が響いていった。

「…………………………ぐはっ」

堪らず足が砕け四つんばいになる。
肝っ玉が収縮し、情けないポーズを取りそうになった。


「…………何をやりやがった、ウィル…ッ!!」


―――死ぬぞ…っ!?

呟きは、薄闇を纏い始めた空に消えていった。















「訳が解らないっ、本当に意味が解らないっ……!?」

ユクレス村を突っ切り越えた森の一角。
木の根元に身体を預け、盛大に息を切らす。己の全能力を駆使し、追っ手から逃れていた代償だった。

「何よアレッ!? 何のクリーチャー!!? あんな生き物出るなんて拙者のバケモン図鑑には載ってないでござるよ!!?」

混乱しているのか、口調も変だし取り乱しまくっている。
お、落ち着けっ、落ち着くんじゃウィルよ! 平常心を失ってはならぬっ、焦りは最大の敵なりッ!!

「はぁ、はぁ、はぁーーっ。…………よし、落ち着いたっ、状況整理ッ」

『教官殿がマジ切れしなさったでありますっ……』

「結論早いよっ!? もうちょっと現実逃避させてくれよゅ!!?」

「ミャ、ミャー……ッ」

すぐ近くには、四つんばいになっているヴァルゼルドとぐでーと転がっているテコが居る。
俺と運命共同体である為に此処まで全力疾走を続け、二人とも限界が近付いていた。勿論俺も右に同じ。消耗しまくっている。語尾も意味不明になってるし。

「やはりあの最後のヤツがダメだったのか……っ!?」

『それはもう明確かと……』

「にゃー…」

くそっ、確かにこの頃変な感じだったから何時ものノリで相手するのはNGだったのかもしれない。
あれがダメ押しだったのか、もはや何時ものアティさんでは無くなっている。抜剣してもないのに何か全身白いし、ホラーみたくヒタヒタと距離詰めてくるし。もはや空気からして違う。アティのアの字も当て嵌まらないよアレは。一体何の化身だよ。
ていうか在り得ねえだろっ!!? 何で振り切ってんのに気付けば接近を許してんだよ?! 全力の俺が撒けない相手って一体何ッ!!?

「何が追ってくるの!? 私をさっきから追い回す輩は何?!」

『落ち着くでありますマスター!?』

「ミャー!?」

恐怖だよっ、マジ恐怖だよっ!? 後悔先に立たずだよっ! こんなことなら身を削ってでも構ってあげればよかったー!?

『!? 方角四時、未確認の移動体を確認ッ!!』

「げっ!!?」

「ミャミャッ!!?」

もう来やがった!?

『パターン青、白いのですっ!』

「みなまで言わなくてもわかっとるわ!?」

馬鹿チン!と叫びながら、森の方へ目を向けて凝らす。
まず最初に映ったのは東の空へ沈みだしていく夕日だった。そして、次にはその黄昏の光の中に一つの人型が浮かび上がってくる。
ヤツだ。間違いない。逆光を浴びて作られるあの輪郭、頭に皿をのせた馬鹿としか言いようのない河童シルエットはヤツ以外に存在しない。……逃げなくては。急ぎ此処から逃げ出さなくてはっ!?

『マスターッ! 先輩と共に行ってください!!』

「なっ、お前、まさかっ!?」

『本機は特攻を試みるであります!』

「ミャッ!?」

「馬鹿っ! みんなで生き延びるって約束しただろう!?」

『このままでは一人残らず全滅です! ならば、本機が少しでも時間を稼ぐであります! その隙に離脱をっ!!』

「よせっ、止めろ!?」

「ミャミャー!?」

『マスターッ、先輩ッ! 御武運を!!』

ヴァ、ヴァルゼルドーーッ!!?


『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっうわあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!??』


って、早えよ!!?
瞬殺かよ!? 二秒も経ってねえし!? 少しも時間稼いでねぇー!!

「何が『御武運』だよ、あのポンコツッ!? 嘗め腐りやがって!!」

「ミャーッ!!」

夕日の光の中に向かったヴァルゼルドは、素で瞬きをする間もなく轟沈した。何の役にも立っていない。
使えないにも程があり過ぎる! ていうかカッコつけてそれらしい散り方すんな!

「くっ!?」

河童はもう既にはっきりと視認可能な距離まで詰め寄ってきていた。顕になった貌には薄い微笑が貼り付いており、瞳は前髪が邪魔で窺えない。ただ浮かべているその笑みはぞっとする程冷たいものであり、そして此方を魅惑するような甘い色香を伴っていた。
……アレ、本当にあの人なのっ!?

「ウィルくん? どうしたんですか、そんなふるえあがっちゃって?」

「今の自分の姿鏡で確認しろ貴様ッ!!」

ビビるに決まってんだろ!?

全身が白く生まれ変わっている前方の物体は、もはや越えてはいけない一線を越えてしまっている。在り得ない魔力が吹き出していた。
「剣」とラインが繋がっているのか、もはや魔力の釜状態だ。今にも洪水のように魔力の波が溢れ返ってしまいそうな錯覚を受ける。
頬には禍々しい碧の刻印が刻まれていた。もう既に人間じゃない。白化してる、白化。
くそったれ、デッドエンドの予感しかしねぇ!!

「ぢぇい!!」

「ミャーッ!!」

「テコ」を速攻で使役。「召喚・深淵の氷刃」で俺とアレの間に氷柱を築き上げ目眩ましにする。
これで少しはッ!

「行くぞテコッ!」

「ミャミャ!!」

旋回して全速で駆け出す。
上等だっ。こうなったら持久戦、アレが諦めるまで何処までも逃げ遂せて――――


「―――――――――――――なっ」


身体を襲う倦怠感。突如全身が重くなった。
足が鉛のように重く感じ身体から力が出てこない。満足に動くことが、出来ない。
何故…っ!!?

「クス」

「っ!?」

耳を通った微笑に振り向けば、そこには氷柱の群れを抜け歩み寄ってくあの人の姿が。
更に突き出されている手。そこには握られているのは―――サモナイト石。

「ぶ、ブラックラックゥウウウウウウウウウウッッ!!!?!?」

オオオオッと重苦しい音を響かせながら、外套に包まれた髑髏が俺の背に乗り掛かるようにしながら姿を現した。
ひょ、憑依召喚!? 容赦ないなお前ッ!!?

「ウィルくん、わたしくぅくぅおなかがすきました」

「何ほざいてんの!!?」

正気じゃない、アレ絶対正気じゃないっ!!?

「くそっ! テコよ、ユーは生きろっ!!」

「ミャミャ!? ミャ、ミャァーーーーーーーーーッ!!!?」

テコを引っ掴みそのままオーバースロー。空の彼方へと飛ばし離脱させた。
元を辿れば俺の責任だ、お前を巻き込む訳にはいかない。どうか生き延びてくれ。

「……駄菓子菓子、易々と死んでたまるか!」

アレの説得などもはや不可能だろう。ていうか会話が通じるかさえ怪しい。
殺るか殺られるか。二つに一つだ。ならば当然、俺は死など享受しねぇ!!

「ここで死んでおけよ娘ッ!!」

懐からは取り出すのは二つの無のサモナイト石。
術式を構築するのと同時に、燦然とした光が周囲一帯に輝きを撒き散らす。
いくぞ、俺の超必殺(ノウブル・ファンタズム)!!


「切り裂き断ち斬る――――光将の剣ッッ(シャインセイバー)!!!」


背後から現れる剣剣剣槍剣。
魔力を纏う刃の群れは一気に撃ち出され、炸裂、轟音が上がる。それと同時にまた五振りの武具が空間より顕在し、目標に向かい牙を向けた。
繰り返し放たれる武具の弾丸。数多の光刃の脅威がアティさん過去形に容赦なく降り注いだ。

切り裂き断ち斬る光将の剣。
戦場に散っていった戦士達が振るったとされる武具を使役し、それを豪雨の如く撃ち出す光の剣撃だ。
大層な名前を付けているがぶっちゃけただのシャインセイバー。高速召喚と二つサモナイト石を利用して直前のシャインセイバーを送還して間髪入れず放つ連続召喚である。早い話、シャインセイバーの繰り返し。召喚獣で同じことすると、そこはやっぱり生きてるから召喚してすぐに攻撃っていう感じにならないので波状攻撃は出来ない。タイムラグがある。武器であるシャインセイバーだからこその芸当だ。
単純ではあるがマジで超必殺である。防御と回避の隙を与えない絶対攻撃だ。調子乗れば魔力は一瞬で尽きるがな! 体にもキツイし!


「はぁ、はぁ…………やったか」

相当な量の武具炸裂により土煙が立ち込める。魔力はもう空だが、その分見返りも大きい筈。手応えは確かにあった。回避はすることは適わなかっただろう。
何だか女性に全力全開で攻撃してしまった。自己嫌悪がないと言ったら嘘になるのだが……それでも僕はしょうがないと思うのですよ、この場合。
誰にも言うわけでもな言い訳を呟き、段々と煙が晴れてきた前方を注視する。見えてくるのは、砂塵にぼやけた送還されていない十に及ぶ武具。それらが大地に突き刺さっている。
中心で倒れているのか、肝心の目標は姿は確認出来ない――――



「クス」



「――――――――――!!!???」

背後。
気付いた時には、もう遅かった


「貴様、よもやそこま――――――――――――――――――――――――――――――――――――」




ズルッ、グチャ、ピシャ…………







この日、少年が船へと帰還することは終にはなかった。
一方で、一連の件について全く身に覚えがなかった加害者Aは何事もなかったかのように帰宅し、その日の内に船長の決死の判断により鬼姫とへべれけ店主の元でお祓いを受けることになった。
へべれけがマジな顔で言うには、感情の爆発が池に沈んでいた河童の怨霊と共鳴してそれが原因で依代となり更に凶暴的な魔力が加わって超変身オレ参上がどうたらうんたら。兎に角お祓いはしたからこんなことは二度と起きないらしい。

しかしあの光景が目に焼き付いているカイルとスカーレルは如何しても、「この世全てのA」復活の懸念が拭えなかった。ていうかあの生徒を教える限り同じことはまた繰り返されるだろうと予感に近い物があった。
その時には既に島からオサラバしているだろう、きっとしている筈、いえホントお願いします。
切なる願望を描く船長とご意見番だった。然もあらん。



















今日は満月。宵に浮かび上がっている金色の円は静謐な光を大地に注いでくる。
それを身に受ける谷が、巨石が、森の木々が、それぞれの影を落として宵とはまた異なる闇を作り上げていた。
静かな夜だった。


「…………で」

見張りの目を盗んでこうやって抜け出したきてのは別段何時ものことだから問題ないとして。
今私の足元に転がっているこの死体仮は如何しよう、っていう話だよね……。

「……まぁ、確かに会えないかな、って思ったりもしてたけどさぁ」

これはないでしょ…。
私はピクリとも動かない身体の脇に屈み込んで、一体昼間に何をしていたのかと呆れ半分に思いながら死体仮を見下ろした。

今私達がいる周囲は半分が木々で覆われ、もう半分は緑から解放された開けた草原だった。
ちょうど森が途切れる境目。確かユクレス村を北とちょっと西寄りに出た場所だった筈。森と逆方向に目を向ければ深い青に彩られている海と地平線が見える。
帝国軍のみんなが駐留しているのはラトリクス方面の海岸沿い。お姉ちゃん達がウィル達と一戦交えた丘の少し北にいった所だ。此処からは結構距離が離れている。
何でわざわざそんな遠い場所まで足を運んでいるのかと聞かれれば、念には念を入れて秘め事を行うため、という理由と……

(……まぁ、ほとんどこっちが本命だけど)

先程口にした通り、今も動く気配を見せないこの少年に会えたらと期待してのことだった。
流石にソノラ達の船やその付近まで行ったらバレるだろうから、無駄だと思いつつも森が濃い集落の外れを回っていたんだけど……。

「まさか、本当に会っちゃうとは、ね」

不思議なものだ、と口にしながら思う。
案外、自分とこの少年―――ウィルは何かしらの縁で結ばれているのではないかとそんなことを想像してしまう。
だったら光栄だな、と素直に思う。

家族の絆、他人との親交。そういった人と人との関係は、薄い物も固い物も含めて、これまで私には皆無だったから。
姉との確かな絆も、感じることは出来ても実感することは出来なかったから。
こんな風に身近で、すぐ近くで、縁を実感出来るのはありがたいことだと、そう感じる。嬉しいことだと思うことが出来る。
例え想像であっても、だ。

「私がそう思えるようになった、ってことが重要だもんね」

前では考えられなかったことだろう。
床に伏して死の影に怯え続けていたあの時も、ただ生きる為に闇にのめり込んでいったあの時にも。
決して考えられなかったことだ。

「君のおかげだよ」

感謝してるよ。人との繋がりを実感させてくれることに対して。
信じられる。そう思えるようになったことに対して。
心地良い、ってそう感じられる本当をくれて。

「うん、君には感謝してる……」

呟きを落としていく。
彼は起きることはしないし、聞いてもいないけど。
傍でこうやって言葉にするだけで、十分だった。
満たされていく。心の奥が綻んでいく。胸の高鳴りを覚える。

「あーあ……本当に失敗したな。何が何でもあの時離さずにいるんだった」

こんなありがたい存在を手放してしまうなんて、本当に失敗だ。
自分の望みが叶うその日までに、退屈することのない―――きっと忘れることのない、鮮明な一日一日を送ることが出来たのだろう。
不覚の不覚。もったいないや。

「…………」

今、ウィルを陣地に持って帰って手元に置いておくのは簡単。
すぐにでも実行出来る。行動に移そうとする情緒も確かにあった。

でも、やらない。
ウィルが私のことをどう思っているのか気になっているということもある。
面と面で向き合うことが少し怖い。でも、何よりは、

(矛盾しちゃうから)

ここで持ち帰って、手元に置いておいたことが露呈すると、矛盾して全部が壊れてしまうかもしれないから。
願いが、台無しになっちゃう。積み重ねる私の全てが泡沫と化してしまう。
だから、やらない。出来ない。

「遠いなぁ……」

遠いよ。こんな近くにいるのに、こんなにも遠い。
手が触れられる距離にいるのに、触れることさえ叶わない溝がある。

「…………切ない、のかな」

膝に顔を埋め、物思いに耽る。
割り切ることも整理することも出来ない、名前もよく解らない感情に、手を持て余した。
胸に落ちるがらんどうなこの空洞は感傷なのか。

……よく、解らなかった。



「……いくね」

静かな闇に身を委ね、胸が落ち着きを取り戻した所で膝から顔を上げる。
立ち上がり、今の塒へと足を向けた。

「今度会う時は敵同士だ」

返事をすることのない背中に投げ掛ける。
容赦はしない。最期の時まで“イスラ”を貫き通す。そこに私は不要だから。
だから、容赦はしない。

「それに、“死んだ”君だったら手元に置いても何も問題ないからね」

名案でしょ?
そうおどけて見せて、笑みを浮かべた。


「……………………うーん。なんか、違うなぁ」

……これまで自己満足で独り言を続けていた訳ですが、やはり相手側の姿勢が気に食わない。
結構真面目な部分もあったのに、うつ伏せで後頭部だけ見せるってどうなのさ。これでは自分が滑稽過ぎる。
何時か思い出したら頭を抱えて悶えそうだ。

「せめて、絵になるように……」

自尊心を満たす為、ぐだーと力のない身体を起こし木に寄り掛からせる。
うん、これなら問題ない。

「冷えるかな?」

触れた身体が少し冷たいことに一思案。
我が軍は物資不足により提供出来る防寒具は何もない訳で。民間人に救いの手を差し伸べる余裕がない。
ふむ……

「……異界からの使者を従わせるべく我が名に於いて命じる。今此処に契りを交わせ。召魔の水晶――誓約」

既に試した誓約の儀式を執行しサモナイト石に真名を刻む。
続いて召喚。鬼妖界の召喚獣、ムジナが現れた。

「ウィルが風邪を引かないように身体を温めてくれない?」

「きゅ」

適当に還っていいからさ、と付け足しウィルの腿の上にムジナを置く。
茶釜の身体を持つだけあって、この子の全身は温かい。尻尾とかもぬくぬくそうだ。
ムジナも構わないようで、ウィルのお腹に寄り掛かるようにして丸まってくれた。

(貸し一つだよ?)

心の中でそう呟く。
月明かりに照らされる目蓋が閉じられた顔、そこにくっついてる土の欠けらを見て一笑した。

「……」

指で頬を掠め、汚れを拭う。
指先が、触れることの出来た僅かな部分は熱を帯びていて、温かみを肌を通して私に伝えてきた。


「…………やっぱり、今ここで返して貰うね?」



目の前の頬に、唇を落とした。





「じゃあねっ、ウィルッ!」

返事をする筈もない。聞こえてる筈もない。気付いてる筈なんて、ない。
そう分かっているのに、身体は忙しなく動き、足早に森の中へ入っていく。
頬の火照りは冷めそうになく、胸の鼓動は納まることを知らない。

「あははっ、女の子してるよ、私」

相手には覚えがない。昼間会う時は返してもらう余裕がない。
つまり、うん、きっとあれで良かったんだ。じゃなかったら貸しただけの一人損になってた訳だし。うん、これでいいんだ。

(……いや、借りが溜まってるのは私の方か)

貰ってばかりいるという事実に苦笑。
どうやら溜まっている借りは踏み倒すことになりそう。
まぁ、もうやってしまったのだから、それはそれでしょうがないと納得して欲しい。さっきのも、もしかしたら役得があるかもしれないし。

…………………。


「……自分で言ってて照れてるし」




樹木の連なる並木道を肩で風を切りながら進んでいく。
熱が灯った身体には丁度良く、側を流れる度に肌には心地良かった。
木々の隙間から覗く月の雫、それに導かれるようにして前へと歩を進めていく。
進む先には滞っている暗澹の闇。それには光の帯も届くことはない。
しかし恐怖などは存在せず、闇の中へ突き進んでいく。
奥に抱いた確かな思い出が、私の背中を押してくれる。

それは消えることのないモノだ。

それは褪せることのないモノだ。

だから、もう、進んでいける。

遠い日の記憶、今まで忘れることのなかった礎のページの中に。

また一つ、大切な思い出を、刻み込んだ。


未来永劫、失うことのない、私の欠片だ。


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