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No.3907の一覧
[0] 然もないと [さもない](2010/05/22 20:06)
[1] 2話[さもない](2009/08/13 15:28)
[2] 3話[さもない](2009/01/30 21:51)
[3] サブシナリオ[さもない](2009/01/31 08:22)
[4] 4話[さもない](2009/02/13 09:01)
[5] 5話(上)[さもない](2009/02/21 16:05)
[6] 5話(下)[さもない](2008/11/21 19:13)
[7] 6話(上)[さもない](2008/11/11 17:35)
[8] サブシナリオ2[さもない](2009/02/19 10:18)
[9] 6話(下)[さもない](2008/10/19 00:38)
[10] 7話(上)[さもない](2009/02/13 13:02)
[11] 7話(下)[さもない](2008/11/11 23:25)
[12] サブシナリオ3[さもない](2008/11/03 11:55)
[13] 8話(上)[さもない](2009/04/24 20:14)
[14] 8話(中)[さもない](2008/11/22 11:28)
[15] 8話(中 その2)[さもない](2009/01/30 13:11)
[16] 8話(下)[さもない](2009/03/08 20:56)
[17] サブシナリオ4[さもない](2009/02/21 18:44)
[18] 9話(上)[さもない](2009/02/28 10:48)
[19] 9話(下)[さもない](2009/02/28 07:51)
[20] サブシナリオ5[さもない](2009/03/08 21:17)
[21] サブシナリオ6[さもない](2009/04/25 07:38)
[22] 10話(上)[さもない](2009/04/25 07:13)
[23] 10話(中)[さもない](2009/07/26 20:57)
[24] 10話(下)[さもない](2009/10/08 09:45)
[25] サブシナリオ7[さもない](2009/08/13 17:54)
[26] 11話[さもない](2009/10/02 14:58)
[27] サブシナリオ8[さもない](2010/06/04 20:00)
[28] サブシナリオ9[さもない](2010/06/04 21:20)
[30] 12話[さもない](2010/07/15 07:39)
[31] サブシナリオ10[さもない](2010/07/17 10:10)
[32] 13話(上)[さもない](2010/10/06 22:05)
[33] 13話(中)[さもない](2011/01/25 18:35)
[34] 13話(下)[さもない](2011/02/12 07:12)
[35] 14話[さもない](2011/02/12 07:11)
[36] サブシナリオ11[さもない](2011/03/27 19:27)
[37] 未完[さもない](2012/04/04 21:58)
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[3907] 8話(下)
Name: さもない◆8608f9fe ID:94a36a62 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/03/08 20:56
然もないと  8話(下) 「卑怯者の気取りは崩れてはいけないモノだと思う」 











足から伝わる硬質の感触。石畳を蹴り上げ腱を震わす絶え間ない振動。
疾走。戦場へと身を翻し、肉薄する。

『マスターッ!!!』

マルルゥと共に渦中に飛び込んだウィルに、護衛獣の叫びが届く。
皮切りに、戦場の視線が彼の元へ注がれた。

「――――」

ウィルは瞬時に戦場を一望。アティやカイル、仲間の位置を捉え、同時に敵の配置を掌握する。
そして、後方。戦火の届かぬ最後尾に敵の陣形移動を確認。悟られないようにしているが、間違いなく、あの動きはウィルの予測に当て嵌まる。

「…………!」

「ウィル君っ!?」

未完の陣形を庇うように背を向けているイスラ、そして彼女と打ち合うアティの視線がウィルに向けられる。
深緑の瞳が少女の見開かれた黒の双眸とぶつかった。ウィルの眼がイスラを見据え、そして彼女は目を見開いたまま凝視する。
絡み合った視線、互いの瞳は何も語らずただ先の人物を映すのみ。僅かな回合だった。
そしてウィルは、そんな少女に対し、右手を持ち上げ、


「いっぺん死ね貴様!!」


中指を押っ立て、そう言ってのけた。


アティはその光景を見て、顔に引き攣った笑みを張り付かせる。
どっからどう見ても何時もの調子を取り戻している少年の姿に戸惑いを隠せない、というか何ですかソレと文句を言いたげそうだった。

地獄に堕ちろ!と言わんばかりのウィルに、イスラは顔をきょとんとさせ、そして顔を綻ばせた。
べー、と舌を出して「却下」と物申してくる。ウィルはそれを見て、今度は親指を上げて思いっきり下へと向けた。


(イスラにはアティさん、ギャレオにはカイル、ワカメは消去、アズリアはキュウマで、他はファリエル達が抑え込んでいる、と)

アティ達から目を離し、情報を確認。
自分の思い描く図面に対し、そう易々とまかり通りそうもない戦況展開に、ウィルは渋い顔を作って舌打ちをした。

「ヴァルゼルド!!」

『!』

痛む肺を堪え、声を張り上げる。
従者の目線に自分のそれも合わせ指示を交わした。

――援護しろ

――了解

主の命を受けたヴァルゼルドは自身が展開していた戦闘を強引に放棄。
弾幕を盛大にばら撒き、敵勢力を遠ざける。間髪入れず、リロード。
ウィルの進行上に銃身を向け、引き金を引いた。

「う、おっ!?」

「っ!?」

身に迫った弾丸の雨に、帝国兵が蹈鞴を踏む。
横からの援護射撃、それを受け、障害が取り払われ眼前の道が開けた。
一気に身体を滑り込ませる。突破。

「まるまるさん、大丈夫なのですかっ!?」

「安心されよ、身体は動くっ」

マルルゥの声に力強く返答。
彼女の「応援」の効果により、身体が活性化を促され、本調子ではないにしても十分現状維持は可能だった。
感謝の言葉を心の中で呟き、ウィルは手に持っていた残りのジュウユの実を口に投げ込む。
貧血症状も今は見られない。前を見据え、走り続けた。

仲間と帝国軍が剣戟を交わす中、縫うようにして駆け抜けていく。
うろちょろと動き回る目障りなウィルを帝国兵が叩き伏せようとするが、ヤッファやスカーレルの斬撃がそれを阻む。
苛烈な剣戟を後方に引き、混雑された群れを抜けた。視界が開ける。

「小僧ッ!!」

「!」

そこで、ウィルの前に大剣兵が立ち塞がる。
いち早くウィルの狙いに気付いたのかは定かではないが、追手がない状態で待ち構えていた。
いや、鋭く吊り上がっている眼が私怨に満ち溢れている。どうやら個人的な恨みらしい。ちなみに服焦げてる。

身に覚えのない眼光に疑問を感じつつ、ウィルは投具を抜く。
体格、身長差はもとより、武器のリーチ、威力が違い過ぎる。真っ向から打ち合うというのなら、どちらが有利など明白。
ウィルの勝機は絶望的。マルルゥが息を呑んだ。

「喰らえっ―――」


「ぐはあぁっ!!」


「―――って、何いぃ!!?」

「まるまるさん?!!」

大剣兵は何もしていないのにも関わらず、ウィルが突如血を吐いた。
吐血。大剣兵の目の前で鮮血が飛び散る。石畳が殺人現場よろしく赤く染まっていった。
大剣兵は剣を振りかぶった状態で目をひん剥いた。マルルゥも。

「テコ」

「ミャーミャッッ!!!」

「おほうぅっ!!?!?」

すかさず、金的。
口元赤く濡れた狸は何事もなかったかのようにテコへ指示。岩をも砕くロケット頭突きが大剣兵の股間に炸裂した。
奇声を上げ崩れ落ちる兵士。汗を流しそれを見詰めるマルルゥ。

「……ま、まるまるさん、平気なのですか?」

「あれはさっき食べたジュウユの実。口に含んだままで、そのまま吐き出した」

感心していいのか分からない。
無垢な花の妖精は、後頭部しか見えない少年の対応に戸惑った。

「ミャミャ!!」

「ぬ!?」

「わわわわわっ!?」

会話を交わす両者に、テコが警告を上げる。
ウィル達のいる場から離れた遠方。陣形を組みつつあった召喚師の一人が此方に狙いを定めていた。

既に詠唱は終末を迎えつつある。練られた魔力量と長時間詠唱、それらからウィルは中位、もしくは高位召喚術と判断。
持ち手のサモナイト石では、相殺は不可能と悟った。

「タマヒポ!」

現れたのはメイトルパの召喚獣。
ずんぐりと丸い巨体に緑の瞳。それが二体。青と赤、雌雄の組み合わせで召喚される。
そして、歯を大きく覗かせるその口から吐かれるブレスは、猛毒。

「アシッドブレス!!」

「召喚!」

眼前に出現したタマヒポが攻撃する直前に、ウィルは高速召喚を執行。
構築された術式は、誓約を交わした召喚獣を一瞬にして自分の元へと呼び起こす。
敵召喚師の中級召喚術に対し、ウィルが切った手札は―――

―――高くそびえる、黒き壁。

射線上に現れたそれは、濃緑の粒子からなるブレスをその身に受け、



『ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!!!!!??』



絶叫した。


「よし、いこう」

「ミャミャ!」

「…………………………」

この光景を前にしても平然と行動を再開する少年。
側に控える召喚獣はどこか機嫌良さそうな音色で返事をした。
妖精は沈黙を貫く。

召喚されしは鋼鉄の召喚獣ヴァルゼルド。
その巨大なボディで魔力の吐息を一杯に受け止め、粉砕。
忠実な黒騎士は主人の一方的な都合により犠牲となった。
契りを交わした相手間違っている召喚獣NO.1の称号は伊達ではない。見事な撃滅っぷり。泣ける。
彼の今後を考えた必須アイテムは赤狸も大絶賛プリティ植木鉢か。LUC+5の他にもMDF+5の補正がある。ちなみに耐獣属性。相性抜群。

ブレスの直撃を被り、漆黒の巨体がバチバチと全身をショートさせ地に倒れ伏す。
焦げあがった鎧から、環境に悪そうな煙がもくもくと立ち昇っていった。

「お前の名前は絶対に忘れない」

「ミャーミャ」

「………………」



そして、一行は進む。

既に目標はすぐそこ。視界の中にはもう捉えている。
ウィルとそれを結ぶ直線上には既に障害は存在しない。後は一直線に駆けるのみ。

だが、本当にそれだけで目標は達成するのかと問われれば、ウィルは首を縦には振らないだろう。


「!? 貴様っ!!」


何故ならば、最後にして最大の難関が残っているのだから。

視界の隅より、動向に気付いたアズリアが急速に接近してくる。
ウィルの狙いを察したのか、キュウマの剣を弾き飛ばし此方を優先してきた。

「ウィル!? くっ!」

キュウマも気付きアズリアの後を追おうと試みるが、そこに矢が放たれる。
後方よりの支援攻撃が、キュウマの行く手を阻んだ。先程から攻撃は続いていたのか、キュウマの身体のあちこちに傷が見え隠れしていた。

(それでアレと闘り合うとは……よくやるよ、お前も)

その傷付いたキュウマの姿を見て、ウィルは胸中で賛辞を送る。
今回の事件の功労者はキュウマかな、と苦笑の思いを抱いた。


「止まれっ! でなければ加減は出来んぞ!!」

「どっちにしたって斬り伏せるでしょう、貴方はっ…!」

ぐんぐんと距離が縮まってくるアズリアに、ウィルは意識を戻す。
ウィルの直進に対し、アズリアはほぼ直角になるように疾走。
接敵までにもう時間は残されてない。ウィルは手の中にある投具を握り締め、そしてこの今の展開に顔を顰める。

本来ならばキュウマと協力しアズリアを押さえる算段だったのだが、今となってはもう遅い。
アズリアと弓の両方を捌いていたキュウマは疲弊しきっている。離れている距離も既に取り戻せるものではない。
ウィルの独力で、アズリアという障害を越えなければいけない。

(無茶だって……っ!!)

顔を歪め、苦渋の笑みを浮かべる。
例えウィル本来の調子だったとしても、アズリアの相手には役不足。純粋な戦闘能力では、ウィルは彼女の足元にも及ばない。
テコと協力した所で結果は同じ。竜骨の断層での結末が繰り返されるだけだ。

ベストコンディションには至らないこの状況で、一体如何すればいいというのか。


「まるまるさぁん……っ!」


だが、止まるわけにはいかない。
首にしがみ付き、か細い声を上げる少女の為にも。
自分を後押ししてくれた彼女の為にも、諦める訳にはいかないのだ。
故に、折れはしない。屈しはしない。負けは―――


「――――して、たまるかっ!!」


急停止。
前進を止め、アズリアの直進と交わる軌道から進路を転換した。
元来た道を若干戻るような形でアズリアの側面に回りこむ。

「!」

「ミャーーーーッッ!!!」

更にテコを停止地点に残し、アズリア目掛けさせ特攻。
二方からの同時襲撃。アズリアはウィルの仕掛けてきた戦術に目を見開く。


「ッッ!!」

だが、怖じけない。
彼女もまた心に抱くモノの為にも、ここでウィルに勝負を譲る訳にはいかない。
眼力が強まり、剣を握る手に力を込める。

現状の様子から、ウィルよりもテコを脅威と判断。
その場で足を止めたアズリアは、両者に対応出来るよう身を開き、そして意識をテコに傾けた。

「―――――――――」

「っ!?」

殺気。
突如放たれた殺気がアズリアの注意を妨げる。
出所はウィル。静かな、そして同時に冷たさを伴う眼光がある一点に向けらていた。
今までに感じたことのない、恐ろしく平坦なそれにアズリアは緊張を強いられる。このような無機質な殺気、長い軍行生活においても初めてだった。


「疾ッッ!!!」


そして、投擲。
放たれた暗器は大気を穿ち、アズリアに向かい直進する。

「っ!」

それを、アズリアは僅かな身体の動きで回避。
殺気に圧されはしたが、軌道を完全に見極め、回避した。

「ミャミャーーーー!!」

「はあっ!!」

「ミィ!?」

続いてやってきたテコも、往なすことはしないで剣で弾き返す。
衝突の衝撃で手に痺れを被る。ウィルに回避行動を止む無くされた為に正面から受け止める形になったが、しかし問題はない。
痺れを残す右手から左手に剣を持ち替え、次にはウィルへと疾駆する。

「やれっ!」

「え、うひゃあっ!!?」

アズリアの接近にウィルは視線を強め、首に控えていたマルルゥを彼方へと放る。
巻き込まれないようにする為か、アズリアの進撃に対して己のみで迎い合った。

「…………はぁあああああああっ!!」

そのウィルの姿勢に対しアズリアは一黙。
だがそれもすぐに終わり、ウィルを討たんと左手が大きく引かれた。
渾身の突き。少年の姿勢に、一撃を以って終わりにしようと心に誓う。

ウィルが腰を落とし、身構えるのを捉え、アズリアは一閃を繰り出す。



「――――――――――な゛っ」



しかし、突きは繰り出されることはなかった。

激痛が、アズリアの背中を焼く。
身に纏う軽装が貫通。機動性を重視された薄手の防具―――それが、穿たれたのだ。
思考に痛みというノイズが割って入る最中、アズリアは何かが自分の背を投じられたのだと悟る。
崩れかける身体を踏み留め、後方を振り返った。

「…………何故っ」

瞳に映えたのは、腕を振り切ったキュウマの姿だった。
石畳に膝を付いた体勢で、キュウマ自身も目を見開き呆然としている。

馬鹿な、とアズリアは口から驚異が漏れ出す。
今までの戦闘において、アズリアと支援の部隊に対してキュウマは投具を使い切っていた。
支援部隊に投具を放って反撃をしていたからこそ、キュウマはむざむざ矢の的にならずにアズリアと斬り合えたのだ。
そして、アズリアを前にして出し惜しみなど出来る筈がない。投具はとっくに底をついており、ウィルが乱入さえしなければ彼女はキュウマを仕留める寸前まで追い込んでいた。

なのに、何故――――



「くたばれ」



「―――――ッ!!?」

腰を深く沈めたまま、ウィルは足を踏み切る。
アズリアが顔を前に戻すが、もう遅い。


ウィルが先程殺気を向けた相手はアズリアではなく。その奥に控えていたキュウマ他ならない。
以前襲撃した際に放った同種の殺気、それに対しキュウマは本能レベルで察知。矢を往なそうが何をしていようが意識を其方に向かわせざるを得ない。

トラウマと化している一件。その前触れに反応しない筈もなく、キュウマはもはや反射と言ってもいい程の速さで向き直り、そして身に迫る投具を受け止めた。
つまり先程の一投がアズリアに容易く避けられたのは、それ自身が彼女を狙った放たれたものではなく。ウィルの本命は、キュウマに投具を預けるというただ一点。軌道、速度、全てがウィルの全力の投擲とは程遠いものだった。
進路をわざわざ逆走と変わらないように取ったのも、自分とアズリア、そしてキュウマを一直線上に敷き上げるため。テコの突撃は的の足を縫い止める牽制、そして意識を分散させるデコイに過ぎない。

キュウマがウィルの思惑通りに動くのか、もはや賭けに等しいこの策の瀬戸際だったが、天秤はウィルに傾いた。
視線、そして合図と共にキュウマは反射的に動き、掴み取った暗器を投擲。アズリアの進撃を阻害した。

与えられた一瞬。時間とは呼べぬ僅かな猶予の中で、ウィルは現実可能な策を構築。
即断即動。少年は、速攻の動作を展開した。


何時もお前とは綱渡りを演じることになる。
そう悪態をつきながら、ウィルは回転。遠心力を帯びた蹴りが空間を走り抜け、アズリアに肉薄した。


「―――――――ッッ!!!!!」


そして、炸裂。


「がはっ!!??」


胸を抉るようにして捉えられた箇所は、脇下。人体急所。
突きの予備動作の為に空いた穴。プレートの覆われていない一点を、上段回し蹴りが貫く。
踵に確かな手応え。打ち抜いた。

「ぐっ、がっ……!!?」

「……」

崩れ落ち、激痛に呻くアズリアを放置。
ウィルは目標へと向かう。

「ッ!!」

動き出した同時に、多大な魔力が吹き上がった。
それと同時に召喚光がウィルの視界の端に出現する。出所は竹薮の前面。それはウィルが最初に捉えた未完成の陣形の跡地。
陣が完成へと至ったのだ。そして、それの意味することは帝国軍召喚師達による召喚術の同時執行。
つまり、導き出される結論は―――


「召喚術の一斉射撃!?」


―――最大級の砲撃が投下されるということ。
ヤードの驚愕の声、悲鳴とも取れる叫びがウィルの耳を打つ。
時間はない。余裕など何処にもありはしない。ウィルは己の身体に鞭を入れて前へ駆け抜ける。


「くっ、くるなあっ!?」

「断固拒否だっ!!」


眼前。目標―――「剣」を携える兵士と自分を隔てる存在は一切ない。
ガタがきている身体に目を瞑りながら、ウィルはギアを一気に上げる。
帝国兵は空いている手で剣を装備。身を畏縮させた体勢でウィルを待ち構えた。

「去ね」

だが、ウィルは眼前に佇む帝国兵の狼狽など関係なしに、その一言をもって切り捨てる。
相手に構ってやる時間など存在しない。ならば瞬殺。一挙の元に敵を無効化する。
ウィルはサモナイト石を取り出し、発動。深緑の煌く光が周囲を照らし出した。


「召喚・深淵の氷刃」


召喚された「テコ」自ら己の持つ魔道書を使役。光が立ち昇った瞬間、地表に数多の氷の柱が突き出していく。
中級―――Bランクに該当するその召喚術は大規模に渡り、当然、その威力も今までテコが使役したものより跳ね上がる。
乱れる氷刃が帝国兵に殺到した。

「ぐああぁあぁああああぁっつ!!??」

「っ!!」

自身の周囲から囲むようにして突き出してきた氷柱に、為す術もなく帝国兵はその身を晒される。
切り裂かれ、穿たれ、氷結される。絶叫を上げ、帝国兵はその手に持っていた「剣」を衝撃により宙へ放り出した。

落下していく「剣」の元へウィルが趨走する。
弧を描き重力に引かれる一振り。軌跡を作るその光景を、何処か緩慢な流れの中で追いかける。

終着、地面に打ち付けるや否やの寸前。ウィルは自分の身体を空中に投げた。
そして、アティという適格者の手から離れた、純白の「剣」へと手を伸ばし――――



――――掴み取った



瞬時に、接続する。
そして、「剣」の淵へ埋没した。



――――照合確認

――――資格保有

――――条件達成

――――封域解除

――――選出

――――登録対象に相違

――――領有対象に不適合

――――訂正、類似領域を認知

――――件例無し、該当事件存在せず

――――保留

――――保留

――――保留

――――保留解除

――――同系列、魔力波形を確認

――――読み込み開始

――――魂殻の同義を認知

――――現適格者比類、相異率……微々

――――訂正、多大…………否、変動

――――件例無し、該当事件存在せず

――――保留

――――保っ、ウ、りゅ、ザイ、う

――――外部、シ、干、ツ、しょう、コ、確ッ、イ、にんっ

――――ウ、回、セ、ろ、ロ、遮っ、だだだだだだだ、んっ

――――…………………………………………

――――……………………読み込み開始

――――…………検索中

――――……ヒット

――――担手情報確認

――――現資料に追記

――――適格者による「核」の接触を認可

――――上書き中…………

――――…………

――――……

――――最適化

――――更新完了

――――登録対象外、補助ユニットの存在を認定

――――アクセス、許可



(沈め)

干渉。
「剣」というシステムに我を強引に割り込ませる。
彼が「彼」であった際、核識の残留思念を介して行われていた行為。知識という名の武器を掘り下げ、そして手中に収めた。
残留思念を掌握した後は、大した労を払うこともなく、慣れた。
「彼」でなくなった現在においても、魂が覚えている。

闇の奥、碧輝く回路が散りばめられる階層へと身を落としていく。
触れるのは表層で拵えられた格識の魔力封域ではない。
資格を持ち得ない者はともすれば弾き返される絶対防壁、しかし彼は難なくとそれを越えて「剣」の奥底へ埋まっていく。
目指すは、深層階域。

『――――――――――』

途中、膨大な知識、夥しい言葉の羅列が碧の光条として、彼の横を駆け巡っては過ぎ去っていく。
それは遍く事象の定理と真理。普遍であり不変でもある絶対の法則。共界線を通じて「ココ」に保管された世界の理、それが凶悪な質量となって圧し寄せてくる。
情報の濁流が彼を呑み込もうと、顎を開いた。

『邪魔』

それを、流す。
押し寄せる濁流を寄せ付けない。今は関係ない、と「剣」に蓄えられた情報を背後へと流していく。無意識の中の魂殻による反射。
召喚術式の発展、詠唱省略、オーバーロード、「島」の構築図、核識の憂い。既知であるものも未知であるものも含め、全ての情報を片っ端から跳ね除けていった。

そして、深層階域。

アティという適格者を既に登録している「剣」に該当する対象以外が接触を計るのならば、直接「剣」を「剣」たる存在に成し上げている「核」へと働きかねなければならない。
「剣」の力を利用するというのなら、尚更。

『…………』

「核」を、認識する。
何処までも広がる暗澹の闇、その中に存在する鈍い輝きを放つ剣。
剣の形を作っているそれは、過去に「彼」が「剣」を喚ぶ際に常から脳裏にあったイメージと相異はない。
「核」、そのもの。



――――掴み取る



――――格識を経由

――――共界線より魔力を吸引

――――術者生命維持を誘起

――――起動





――――抜剣、可能――――





暗澹の闇に、蒼の人影が浮かび上がった。












――――するかぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!



してたまるか!! とウィルは蒼い人影に向かって吼えた。


【き、君は!?】

『どの面下げて俺の前に出てきやがった貴様ッ!!?』

【えっ、い、一体何を……】

『うるさい黙れ消えろっ!!!!』

【ぶげらっ!!?】

掴み取っていた「核」を、蒼の人影に向かいフルスロー。
回転を伴った剣を形取っている「核」が蒼の人影、っていうかぶっちゃけハイネル、に命中。柄の先端が丁度横っ面に突き刺さった。

『死ねっ!!』と無様に横たわり痙攣する亡骸に最後言い渡し、ウィルは意識の浮上を開始する。
アティに抜剣させるつもりがなければ、己も更々それをしてやるつもりもない。可能と言った所で「するかよタコ」と言って切り捨てるのは当然で必然。女性陣に手を出した撲滅対象、その封印解除の手助けなど断固としてお断りである。何よりハイネルむかつく。顔が気に食わない。

「剣」は忌むべき物である。以前とは違う、頼る必要などない。
というか、ラスボスとか白いのに深く関わってしまうと分かっていて使う筈もない。出来ることなら廃棄処分にしたいというのが切なる願いである。
眉を吊り上げ半眼。不機嫌な面を隠しもしないで、ウィルは「剣」の階層から抜け出でた。



「―――――――!!」

埋没していた我を引き上げ、そして視界が深い闇から色彩鮮やかな光景へと切り替わる。
「剣」での出来事は、外では一瞬としても捉えられていない。切り離された時間の中で全て行われていた事柄。まだ事態は一時も進行してはいなかった。

雨情の小道。
我が舞い戻った先は先程までの戦場地。色を、匂いを、音を、流れてくる感覚を知覚する。思考も時間も復活を遂げた。

「っ!」

「剣」に飛びついた姿勢を把握、外界と内部の時間経過による誤差に顔を顰めつつ、地面に墜落、次いで一回転。
受身を取り瞬時に身体を持ち上げる。
旋回、眼差しを集束された光の渦――召喚光へと固定。射定めた。


手に握られるは、封印の魔剣。
過激派の召喚師集団、無色の派閥によって生み出された古代よりの至宝。
始祖ゼノビスが創作したそれは、彼の頂点、エルゴの王が振るった「始源の剣」を起源とする絶対の一振り。
共界線からの魔力を経て「剣」へと昇華されたそれは、唯一無二のオリジナルに勝るとも劣らない。

あの程度の砲撃、打ち払えなくて何が魔剣か。


「――――――――寄越せ」


「抜剣召喚」そのものは却下。擬似的に接続を果たした「剣」より抜剣時の超回復のみを召喚。「剣」が脈動した。
核識より供給された魔力がたちまち身に被った損傷を修復する。
そして、同時に胸に重々しい痛み。まるで刃の毀れた剣で抉られたような確かな痛覚。
今まで施された召喚術も含めて、急激な治癒は身体は治せど魂を磨耗させる。今までの負担は元より、理を越えた今回の超回復―――過負荷が、「剣」の補助無しに魂へと容赦なく刻まれた。

激痛が迸る。


「――――――――震えろ」


己を焼き焦がす事象に、しかし彼は顔色一つ変えず「剣」を構える。
碧の光線が「剣」から伸び、腕、肩、首、頬へと走り抜ける。数条のラインが浮かび上がった。
撃鉄が上がる。

純白の「剣」が、薄い碧の膜を帯びた。


「―――――――――――」


目を瞑る。
一瞬のみの、闇の幕間。

痛みなど問題に介さない。痛みなど幾らでも耐えられる。痛みなどに、屈しはしない。
本当に耐えられないのは、折れてしまいそうになるのは、己の奥底に封じ込められている寂寞だ。
だが、負けてはいけない。流されてはいけない。「自分」を押し殺し、此処で必要とされる己だけを、召喚する。
それが、「ウィル・マルティーニ」とする自分の確かな役目。誰に命令された訳でもない、「俺」の、己の意志。
それは、嘘なんかじゃない。決して、嘘なんかじゃない。
何故ならば、此処にいる人達の絆は、「絆」とも変えられるものではないのだから。

幕間は取り払われ、開かれた双眸に碧の色を灯す。


「――――――――えっ?」

「――――――――鳴け」


正に放たれようとする異界よりの波動。
それを防ごうと、「剣」へと伸ばされた本来の適格者の手。「剣」を呼び起こそうと上がった叫喚を、「それ」を携えた彼は打ち払う。
意思を跳ね除けられた彼女が此方へと振り向く。瞠目された蒼の瞳、しかし彼はそれに取り合わない。

発動するのは「剣」の魔力封域。
資格無き者を全て拒絶する魔力のうねり。それを調整、補強、底上げして、一気に解き放つ。

「剣」が光輝を放出した。


そして、臨界。


数多の色で構成されている光の奔流が、少女の号令と共に猛威を振り撒き――――





「爆ぜろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!」





――――顕在したマナの嵐が、それを遮り、粉砕した。















【大丈夫。私、先生の……貴方のこと、大好きです】


意識を失う直前、確かに彼女の笑顔と涙を見た。
そして、気付いた――――


――――ああ、俺も――――


胸の奥にある彼女への想い。いや、本当は気付いていた、「自分」の想い。
長い時間を隔たって彼女の顔を見て、ようやく、「自分」自身の、…………



蒼と山吹の光条に彼女は消えて、次には全てが闇に包まれた。




















目を開ければ、そこに映るのは木張りでできた天井。
吊るされた照明から淡く、けれど芯がある光が放たれている。
今更見間違える筈もない、何時も目覚めた時に目にする光景。辺りから漂う木の匂い、それに混じって微かな潮の香りが鼻をくすぐる。
カイル達の船に設けられた、自分の部屋。


「ウィル兄ちゃん、上の方なんか見てどうしたの? 何かあるの?」

「蜘蛛でもいるのか?」

「ちょっと、止めてよ!? また出たの!?」

「蜘蛛の一匹や二匹でそんな慌てずとも……」

「いえ、スカーレルでなくても寝ている時に顔へ落ちてくれば誰でも弱腰になります……」

「そうか? 蜘蛛の数匹貼り付いても気になんねえと思うがなぁ」

「それは兄貴だけだって……」

「まるまるさ~ん、まだナウバの実沢山ありますから、一杯食べてくださいね!」

……オーケー。
現実逃避はもう止めるぜ、パナシェ。

上に向けていた視線を元に戻し、密度が非常に高くなっている室内を見やる。
パナシェにスバル、ミスミ様とマルルゥに、カイル達四名。入るのには少々きつい人数が俺の部屋に居座っていた。
椅子やベッドに座っていたり、もしくは立ってままの姿勢で、各々会話や行動をしている。


あの召喚術の一斉射撃を相殺した後、帝国軍は撤退。
ぶっ倒れた俺はそのままリペアセンターに直行されたらしい。「剣」を使ったということでそれは念入りに検査されたそうな。
結果は異常無し。貫かれた胸の傷もさっぱりと消えており、入院するだけ無駄とのことで自室に帰ってよしとアルディラから許可が下りた。
それでも疲労は蓄積されてるのだから、今日明日は安静に、と言い渡された。

そんな道程を経て、今現在俺の自室。
カイル達が居座っている理由は、普通に俺のお見舞いだったりする。最初こそは大丈夫かと労わりの言葉を掛けていたが、今はくっちゃべったりと適当に過ごしていた。ちなみに俺はベッドの上で身を起こしている。
ていうか、見舞いすんだならもう帰れお前等。一応怪我人だぞ、俺は。


「はい、どうぞ、まるまるさ~ん」

「……うん、ありがとう、マルルゥ。ありがとうなんだけど、既に僕五本くらい食べたよね? オイラ流石にもうお腹一杯かなー、って」

「……いらないですか?」

「いやゴメン嘘。冗談、冗談ですから食べさせて下さいすいませんでした」

「はいですよ~!」

顔に翳りが入ったマルルゥの顔を見て、すぐさま前言を撤回するオイラ。
散々心配掛けた手前、そんな顔されるともう良心が吐き散れそうです。嬉しそうにマルルゥはナウバの実を取って俺に渡してくる。その優しさが今一番残酷なり。泣けてきた。
くそっ、もう堪忍や堪忍っ。これまだ後四本残ってる訳だからそれも食わないとあかん。死ねるっ、ナウバの実好きだけど、これは死ねる!!

隣でニコニコと笑っているマルルゥにそんなこと言える筈もなく、黙って皮を剥き一口。
実は戦闘直前に盛大に腹を殺られ、胃に何か送る度に痛み出す始末。「剣」の超回復もこれは完治させるのは適わなかった。ていうかどんだけだよ、「剣」で治んないって!?

だが……これのせいで現実逃避をしていた訳じゃないんだ。いや、勿論含まれてはいるが、これが本命ではないんだ。
むぐむぐとナウバの実を咀嚼しながら本当は胃薬が欲しいと思いつつ、逃避の直接の原因に目を向ける。

「…………………………………………」

「むぐっ、んぐっ…………で、さっきから何なんですか、先生?」

俺が意識を取り戻してからそのままずっと半眼で睨んでくる天然に向かって声を掛ける。
何も言わないから放置してようと思っていたのだが、無視する時間に比例して段々と眼光が強まってきている。今では声を掛けるのを躊躇われる程に。周りのみんながアティさんに触れようとしないのはそれが原因だった。
余りの視線に俺も居た堪れなくなったので、止めてくれるまで逃避していたのだが、もう無理だ。ナウバの実と胃の痛みのコンボに、この更なる追い討ちは身体が持たない。

「……………………………………………………」

「いや、お願いですから何か言ってくださいよ」

口を開かないアティさん。じー、と責めるような目で俺に見詰めてくる。
当の俺は顔に疲れを滲ませ、げんなりとお願いする。
面倒臭いから放置したのは謝りますから、本当もうソレ止めて。

「…………言ってるくせに」

「はい?」

「……私には『剣』を使って無茶をするなって言ってるくせに、自分は平気で使ったじゃないですかっ」

「…………えー?」

何ソレー? って感じで俺はアティさんの言葉に呆れを作る。
そんなこと言ったって、あの場合如何しろ言うんだ。俺が「剣」使わなかったら、貴方普通に抜剣してたじゃないですか。
俺の使い方なら特にペナルティないし。怪我も治るしね。精神とかの方はきついけど。
怒っている、ともすれば拗ねているような表情のアティさんを見て、俺は普通にそう思った。

「そんなこと言っても、僕がそうしなかったら先生こそ『剣』抜いたでしょう。しょうがないじゃないですか」

「しょうがなくなんかありません! 私はいいんです!!」

「良かねーよ、良か」

バカチン、と言うようにアティさんへ返す。
何だその不思議理論は。

「ウィル君はっ!! …………ウィル君はあの時、怪我、してたんですよ? それなのに、『剣』なんか使ったら……」

「…………うっ」

声が段々と小さくなって、更に瞳に涙を溜めだすアティさんに、俺は喉を詰まらせる。
ちょ、ちょっと待ち!? 何か俺滅茶苦茶悪いみたいデスっ!? 自分、貴方の為にかなり頑張ったんですけど?!
主にハイネルとかハイネルとかハイネルとかに会わせない為に!? やっぱりあの白いのが元凶かッ! マジで潰すぞ貴様!!

「いや、あの、別に僕が使っても、危険は別にないじゃないですか……?」

「……そんなっ、証拠っ、何処にもないじゃないですかっ」

「いやだってほら、先生以外の人が『剣』使っても、嵐が起、き…………」

起きるだけ、そう続けようとして気付く。
ヤードに「剣」の話――ヤード自身が使ったら嵐が巻き起こったということ――を聞いていないアティさんは、適格者以外の人間が「剣」を使っても抜剣出来ない、いや嵐のみが発生するだけということを知らない、という事実に。
護人達に聞いて「剣」を使いこなせるやら、継承者云々に関しては知っているかもしれないが、他の誰かが使用しても碌に発動しないということを分かってないのでは? つまり、他の人が使っても何かしらの危害が及ぶと、そう思っているのでは?

また、それに伴って、アティさん同様ヤード達の話を聞いていない俺もその事実に気付いている筈もないということに繋がる。
……シット!? せっかく「剣」使っても怪しまれないよう、嵐を上手い具合に起こしたって言うのに!?
アルディラとか護人に疑われずに済んでも、この場じゃ何の意味もない!?

「……何ですか?」

「いえ、あの、その……」

目から溜まった涙を拭い、アティさんは続きを促してくる。
しかし、俺は何も答える術がないと気付かされたわけで……。

「………………無理をして申し訳ありませんでした」

謝罪するしかないわけです……。
眉尻を下げたアティさんは、次にはそれを吊り上げて口を開いた。

「…………もう絶対あんなことしないで下さい」

「それは……」

貴方が無茶する限り保障出来ない。
そう言おうとしたが、アティさんの強まった視線に口を閉じるしかなかった。
畜生、こえー。

「先生さんっ、まるまるさんを怒らないであげてください!!」

と、そこに横で俺達を見守っていたマルルゥが、アティさんを諌める。
彼女の視線から俺を庇うようにして、竹林の時と同じく顔へ寄り添ってきた。頬に当てられた小さな両手がくすぐったい。
それを見て、アティさんの俺に向けられる視線が半眼になり更に強まった。
って、ちょ、えっ、な、なしてっ!?

「……ウィル君、マルルゥを洗脳するのは止めてください」

「何言っちゃってんのアンタ?!!」

何故そうなるっ!?

「マルルゥ? ウィル君にはちゃんと言って上げなきゃダメなんです。そこを退いて?」

「嫌ですっ! まるまるさん、もう謝ったじゃないですか! まるまるさん反省してるですから、先生さんも許して上げてください!!」

「……マルルゥ」

顔を困らせたようにするアティさん。
言っていることは間違っていない。正論だ、アティさんは何も言い返せない。
おお、いいぞ、マルルゥ! 効いている、頑張れ!!

「まるまるさん、あの時はすっごく悲しくて、それでもとっても頑張ってむぐぐぐぐぐぐぐっ!!?」

それはマズい。

「…………………………ウィル君」

「いや、ちょ、誤解……っ!?」

マルルゥを抱きかかえ指で口を塞ぐ俺に、アティさんが絶対零度の視線で見詰めてきた。
くそっ、あれは洗脳がどうたらだとか間違いなく確信してやがる。ていうか信用無さすぎだろ!? 洗脳って何だ、洗脳って! 鬼畜か俺は!?

「まぁまぁ、アティ。それくらいで許してやれ。ウィルもみなのことを思って必死だったのだろう?」

「(コクコクコクコクッ!!!)」

「ミスミ様……。でもっ…」

「それにウィルの言った通り、一つ違えばお主が無理をしたのではないか? 人のことは言えんよ」

「うっ……」

ブラボー! ミスミ様ブラボー!!
流石年長者、話が分かるっ! 貫禄がありなさるぜ!!

「まっ、そういうこったな。お前さん方、どっちもどっち、似てるってこった」

「えっ……」

「本当に傷付いたような顔しないでくださいっ!!」

「はいはい。じゃ、ここでお開きにしましょ? ウィルも身体休めなきゃいけないんだし」

スカーレルの合図により、そのまま解散となった。
子供達のまた明日という声にああと頷き、みんなを見送っていく。
最後に部屋に残ったアティさんはドアをくぐろうとする直前、後髪を引かれるように此方へ振り返った。
整った柳眉を寄せ、何処となく困ったそんな表情。

「……先生」

「……はい」

「ごめんなさい」

「…………」

「……あと、ありがとう」

何時の日かと同じように、俺の身を案じてくれた彼女へお礼を言う。
涙ぐんで自分の名を呼びかけてた彼女を覚えている。治療に専念していた必死な彼女の横顔を覚えている。自分の願望に頷いてくれた彼女の微笑を覚えている。
全部ひっくるめて感謝の言葉を届けた。自然、笑みを浮かべて。

「……………………」

アティさんは固まったまま、暫く何も言わなかった。
いや、驚いていたのか。判断は付かなかったが。
そして、それからすぐに頬を朱に染め、顔を綻ばせた。

「もう、無茶しないで下さいね?」

「ハイ、約束します」

「嘘っぽいです……」

悪戯っ子のようなアティさんの疑いの眼差し。そんな彼女の視線に対し、俺は肩をすくめる。
それを皮切りに、二人揃って噴き出した。

「でも、本当に約束ですよ?」

「うぃ」

「……お休みなさい、ウィル君」

「はい、お休みなさい」

柔らかい笑顔のまま、アティさんはドアをくぐり部屋を出ていく。
木の軋む音がドアから発せられ、パタンと閉められる。長い赤髪を見えなくなるまで目をやり続け、俺はベッドに仰向けで寝転がった。

「本当に子供みたいな人だな……」

天井を見上げながらそう呟く。
人に感謝されてああまでして顔を綻ばせるのは、彼女くらいだろう。子供達を褒めて、その際に返してくれるあの笑顔と変わりがない。
まぁ、そこも彼女が人を惹きつけて止まない長所の一つなのか。どんなに小さなことでも喜んでくれる、気取らない彼女の本質。
俺には真似できん。

「ミャミャ?」

「ああ、もう眠いよ」

顔に寄ってきて視界に入ってきたテコに返事をする。
今日は結構な時間意識が吹っ飛んでいたんだが、それでもこうしていれば眠気がすぐに襲ってくる。身体が休息を欲しがっています、と。
真面目に消耗、疲れているな。

「くぁ……」

あくびを一つして、今日のあったことに意識を走らせる。
一日の内に沢山のことがありすぎた。錯覚かもしれないが、如何しても内容が濃く、凝縮されていたと思ってしまう。
自分の行動を振り返っても、中々際どいことしてたし。他人に勘ぐられることはないと思うけど……。

最も懸念事項だった「剣」のことについても、先程思った通り、護人達には「剣」の暴発にしか映らなかっただろう。
一番の頭の切れるアルディラが診察をした後解放したのだから、そこのとこは明白だ。問題はない。

ゲンジさんにはこっぴどく怒られはしたが、ラリってた時のことは触れられなかったし。ヴァルゼルドは大破はしたが一命は取りとめてる。今は管理施設の方で修理中。うん、問題ない。
他は……ああ、うんこか? 襲撃したのが俺だと普通にバレた臭いな。いや、これは別に如何でもいいけど。

「……あの嘘吹き娘」

回想していき、最後のぶっ倒れる前に、こっちに手を振って去っていったイスラを思い出す。
もはや何も言いたくはないが、戦争やっといて笑顔で去っていくな。訳分からん。

「ああ、訳が分からん……」

「にゃ?」

「イスラのこと」

「ミュー……」

自分に喜んで構ってくれていたイスラに対し、テコも複雑な思いだろう。目線を下げて切なそうに鳴いていた。
俺も胸ぶっ刺されたしなぁ。考え通り、目的の為に俺を利用したんだろうけど……ダメだな、真意がはっきりしない。「イスラ」よりも過激だったということに落ち着くのか? むー、分からん。
まぁ、人の真意など他人が分かる筈もないのだが……。


『ウィルー、起きてる?』

「むっ?」

「ミュウ?」

控えめなノックと共に、扉の向こうからこれまた控えめな声が。
起きてるよ、と返事をすると開けたドアからソノラが手に器を持って入ってきた。

「? 如何したの、ソノラ?」

「ウィルがさ、お腹空いてるんじゃないかな、って思って。ほら」

そう言ってソノラは手に持った器、見た感じ魚介類のスープを身体を起こした俺に見せてくる。
湯気が立ち上って香りも漂い、確かに美味しそうではあるが……

「……ソノラ、僕がマルルゥにナウバの実食べさせられてたの見てないの? 相当な量を胃へ運び込まれたんだけど?」

「気にしない、気にしなーい」

「するわ……」

ベッドの側に備え付けてある、引出し兼物置きの上に器を乗せる。テーブルにある椅子を引き寄せ、ソノラ自身腰を落ち着けた。
む、本当に腹キツイんだけどな……。

「それにほら、これウィルが釣ってきた海老が入ってるんだよ? せっかく釣ってきたのに食べて上げないなんて海老に失礼だと思わない?」

「海老に失礼なんだ。釣ってきた僕が食べなきゃもったいないとか、そういうのじゃないんだ」

いいからいいから、とソノラはスープを勧めてきた。
本当にもう満腹ですありがとうござしましたな俺は難しい顔をして海老入りのスープを見詰める。
それで見かねたのか、ソノラは器を自分で持ってさじでスープを掬い、俺の元へ差し出してきた。

「よし、じゃあ私が食べさせて上げるよ。ほら、あーん」

「…………やめい。自分で食うわ」

ソノラから食事一式を奪い取る。ソノラは「もう、素直じゃないしー」と眉を吊り上げて見せたが、無視。
「もう」じゃない、「もう」じゃ。ハズいだろう馬鹿。
なし崩しに食事を取ることに溜息を吐きたくなったが、ソノラの好意なのでそれを飲み込んだ。女性の思い遣りだ、跳ね返す訳にはいくまい。
俺ではなく、海老に向いているがな。

「…………」

「……美味しい?」

「んっ」

「そっか」

釣り上げた海老を食べ、確かに美味いと胸中で一言。素材もいいことには間違いないだろうが、味付けの方も見事だ。これはオウキーニさんが手をかけたのかだろうと察しがついた。
隣にいるテコにも分けて共に口にしていく。スプーンで掬ったスープを念入りに息を吹きかけ一舐め。それでも熱かったのか、口を手で押さえてテコは小さな呻き声を上げた。まぁ、猫舌だしね。

カチャカチャと、食器の音だけが部屋に響いていく。
俺の側にいるソノラは先程の応答でそれっきり。今の何も言わず、口に笑みを浮かべて食事の様子を眺めていた。

「それで?」

「えっ?」

「何か話したいことあるんでしょ?」

視線は下げたまま、テコにスープを与えながらソノラに尋ねる。
俺の言葉に驚いたのか、ソノラは少し間を置いて、それから苦笑するように口を開いた。いや、事実していたのだろう。

「あたしそんなに分かりやすいかな?」

「どうだろ。少なくとも、僕には分かりやすかったかな」

「そっか……」

そこでまた沈黙が訪れる。テコの食事の音だけを除いて、何をするわけでもない淡々とした時間の流れが部屋を満たしていった。
俺は何も言おうとせずに、テコにスープを与え続ける。

「あたしさぁ、イスラが初めての友達だったんだよ」

どれくらい時間が経過したのか。長くもあったような気がしたし、酷く短くもあったよう気がする。
前触れもなく、ソノラが小さな唇の隙間からそれを落とした。

「仲間は一杯いたんだ。此処に来るまで一緒だった海賊連中がそうだし、ずっと広がる海の向こうで知り合って、杯を交わした人達もそう。島のみんなもおんなじで、先生も、ウィルも私達の大切な仲間」

目はベッドの方へ落としたままだったが、ソノラが俯きながらそれを言葉にしているのは分かった。

「初めてだったんだよ。あんな風に楽しく、遠慮なく、思ったことを話せたのは。本当に面白かった。一杯、笑えた」

仲間と、友達。
それの明確な線引きは俺には分からない。だが、ソノラの言いたいことは伝わっていた。気持ちは、理解出来た。

「ああ、こういうのを友達って言うんだな、って、その時分かったんだよね。イスラと会って、話をして、笑い合って、それがよく分かったんだ」

隠そうとしてしていたのか。

「それで、どうしてだろ。何でこんなことになっちゃったんだろ。…………わかないんや」

いや、抑えていたのだろう。


「…………わかんっ、ないよっ…!」


声が震えるのを。
それを言葉にする中で、ともすれば溢れ出してきてしまいそうなそれを、必死に抑え込んでいたのだろう。

「全部、嘘だったのかなってっ。今までのイスラは全部嘘だったのかなってっ、友達だって思ってたのはっ、私だけなのかなって……っ!!」

次第に震えは大きくなっていき、もう既に嗚咽へと変わっていた。
手を止めると、喉に詰まったソノラのか細い声だけが部屋に反響していく。ただただ、少女のしゃくり上げる音が耳朶を通り抜けていった。


きっとイスラのことは、誰もが胸に秘めて、そして口にすることは出来なかったことだ。
今まで過ごした少女の変貌に戸惑って、信じられなくて、悲しんでる。
それを言葉にしてしまうのを躊躇って、自分の中だけに留めておいている。その形がどうであっても。

ソノラの場合は恐らく、イスラに気を許していただけに、みんなの中でも最も身近に感じていた為に、胸に抑えておくことが出来なかった。
誰かに聞いて貰わないと、すぐにでも爆発してしまう程の感情の激流。制御の効かない、衝動だったのだろう。

まるで質の悪い時限爆弾。早かれ遅かれ起爆してまう、物騒なシロモノ。
此処でイスラが俺達に背を向けることになっていた時点で、こうなることは決まっていたのだと思う。少女の感情が爆発してしまうことは、決定事項だった。


「多分、僕はソノラの次にイスラとは話していたと思う」

だからこそ、ソノラは此処に来たのだろう。
イスラを知っている奴の話を聞いて、聞いてもらって、明日からまた踏み出していける踵にする。
地面を押して進むための最初の一歩。

「イスラが何考えてるのかは僕には分からない。今までのことも、今日のことも、どんな本意があったのかなんて、さっぱり」

はっきり言って、俺の柄ではないのだが。
役者不足が否めない。

「それでも、僕の見たこと思ったこと言わしてもらうと―――」

だが、気張ろうじゃないか。
此処に頼りに来たソノラのためにも。
いつだって、自分のことではなく他人のことで涙を流していた心優しい「彼女」と同じ、この少女のためにも。
精一杯の踏み台になってやるさ。


「―――嘘じゃなかったよ」


「…………ぇ?」


「嘘じゃなかった。ソノラとイスラとの今までは、嘘じゃなかったよ」

「交わした話も、浮かべてた笑顔も、偽ったものじゃなかった」

「僕の前で馬鹿なこと抜かしてた時も、スバル達と遊んでた時も、ソノラと一緒にいる時も、全部」

「隠していたこともあったけど、演技なんかじゃない」

「イスラ・レヴィノスがイスラを演じていたわけじゃない」

「今日のための過程だったとしても、今日で帳消しにするためのモノだったとしても」


「イスラは、ソノラの友達だった。あいつの、本当だった」


「…………ふ、ぇ…っ!」

「保証するよ。同じ嘘ばっかついてる、僕が保証する。あいつは楽しんでた。ソノラと、みんなとの毎日の中で、笑ってた」

「あ、ぁ、ぁ……!!」

「だから、心配すんな」


胸を握り締め、ソノラを身体を前に傾ける。
伏せられた顔は窺うことは出来ない。だが、彼女の細い腿の上に透明な雫が落ちては肌を濡らしていった。

伸ばせばすぐ届く位置にある淡黄色の髪。それを、帽子の中に手を突っ込んでクシャクシャとかき混ぜる。
明るくお転婆で、涙脆い妹分。何処にいても変わらない彼女の姿に、場違いであったのだろうが、静かに顔を綻ばせた。


ああ、知ってるよ。
お前の優しさも、果敢なさも、在りのままの姿も。
どんなに明るくても、自分でも気付いていなくても、根っこの部分は傷付きやすい女の子だってことは。

だから、思う存分泣いてくれ。
知ってるから。お前の抱えている気持ちは。
受け止めてやるから。今日で全部吐き出してしまってくれ。
こうやって傍に居てやることくらいは、俺でも出来るから。

だから、お願いだ。
明日になれば、いつものお前の明るい笑顔を見せて欲しい。
泣いているお前もお前らしいとも思うけど。だけど、笑っていてくれた方がやっぱり似合っている。だから、兄からのお願いだ。お前は笑っていてくれ。

気軽に俺の背中を叩いてきた笑顔を、凹んでいるのが馬鹿々しく思えてくる笑顔を、心が弾んでくるあの笑顔を、見せてくれ。
兄は、妹が元気の姿でいてくれることが、望ましい。



二人だけの部屋。波の音と、涙の濡れる音が微かに響き続けるこの場所で。
少女の想いが零れている中、ずっとその髪をかき混ぜ続けた。





















月明かりが窓から静かに差し込でいた。
僅かに照らし出される室内。柔らかい光を浴びて、闇の中ではっきりと浮かび上がっている輪郭がある。

窓を介してくる光の一部を背中に浴びながら、そっとベッドの横に佇み、顕になっている彼の顔を見やった。
枕元。身動き一つせず目を瞑っているの一人の少年。また、すぐ横には伴侶である召喚獣が丸まっている。
宵に映るその青白い光の光景を見て、頬が緩んだ。


一時は激しい雨も降り注いだせいか、夜を迎えても空には陰の入った雲だけが広がっていた。
月も星も見えない重々しい闇が覆っていたのだが、それも先程まで。今は雲に出来た隙間から、月が横顔を覗かせている。
月の光も出ていない夜に鎧を解くのはご法度、だから今の状況は私にとって歓迎出来た。
流石に、鎧姿ではあんまりだと思うから。

「剣」を使って倒れてしまったウィルのお見舞い。
一応そういう名目で彼の元へ向かい、一度部屋の前まで赴いたのが随分と前。
室内から聞こえてくる談笑の声に、他の人達が訪れていることを察した私は、その場は一旦離れて暫く時間を潰していた。

再度赴いた、つまり今来てみれば、船内からは明かりを消えてしまっていて。
自分の頃合の悪さを嘆いたけど……

(……お邪魔しちゃった)

今日はもう帰った方がいい、理性ではそう思っていたのだけど、感情は納得してくれず。
不謹慎だと思いつつも、こうして彼の部屋に足を踏み入れてしまった。
無断で部屋に入るなんて、それこそご法度だ。自分はこうまではしたなかったのかと、自分自身のことなのに疑問をぶつけてしまう。

後ろめたくはる。
だけど、それもこうやって傍で彼の寝顔を見たら、今日くらいは許して貰ってもいいんじゃないかと思った。
ほうっと胸に得る温もりを感じながら、単純だな、と自分のことながら苦笑した。



(あまり無茶をしないでください……)

寝息も聞こえてこない佇まいを見ながら、今日の戦闘での行動に心配の色を帯びた注意を、起こしてあげないように小さく零した。
あんな状態で無理をして戦場を駆け抜け、「剣」まで行使しようとするなんて。
如何することも出来なかったとはいえ、それでも放っておいていい筈がなかった。
結果だけを見れば良かったの一言で済むけど、何か間違えていたら取り返しのつかないことになっていたかもしれない。

(自分を大切にしなさい…………貴方が言ったことですよ?)

届きはしない呟きを彼に落とす。
人のことは言えないのかもしれない。でも、それはウィルにも当て嵌まること。
霊体とか生身とかは置いといても、ああまでして無理をする必要はない筈。これまでのことを思い出してみても、彼が身を粉にしているのがよく分かる。

(本当にもう……)

恐らくちゃんと言っても無駄なのだろう。私にも言えることだから、察しがつく。
不安は確かにある。でも、その時は傍にいて止めてあげればいい。思いきっり呼んで、引き止めてあげればいい。
守っていけばいいと思う。守りたいと、心から望む。
色々なモノをくれた彼を、助けていきたい。

苦笑が微笑へと変わっていったのが分かった。
確かな想いを抱き、そっと、頬に手を当てて滑るようにしてゆっくりと撫でていく。
実際は添えらている手を見ながら、気付かないことをいいことにちょっとずるいかな、と思った。
私の身体は何も触れることが出来ないから、こうやっても彼に悟られることはない。

「………………ファリ、エル?」

「はい、何ですか?」

そう、だからこんな寝惚けた彼の声も聞こえてくる筈がなくて、幻聴だと分かっていてもつい返事をしてしまう。
こんな風に一日の始まりを迎えられたら、どんなに嬉しいだろう?

「なん、で……?」

「私が貴方の傍に居たらいけませんか?」

今みたいに、普段では決して言えない台詞も簡単に口にすることが出来る。
考えてみたら、一日の始まりを共に迎えるってことは、つまり、うん、もしかしたらそういことになってしまうのかもしれないけど、うん、いいと思うんです。
意中の人とならそれでも構わない、というか何も問題はないだろうし、うん、変なことじゃないよ。

「……ん、そんなこと、ない」

「良かった。断られたら如何しようかと思いました」

こうやって、まどろんでいる彼の顔を見て、起きるのを優しく見守って、そしてずっと待ってあげるんだ。
きっとそれは、穏やかで優しい時間だと思うから。
……なんて、我侭言い過ぎかな?

「傍に……いて、欲しいよ。消えないで、欲しい」

「私は何処にもいきません。私が居たいって、そう思うから。だから、平気ですよ?」

近くに居られるだけでもいいのに、例え想像だとしてもこのままだとバチが当たってしまうかもしれない。
調子に乗るのも、もういい加減にした方がいいですね。うん。

「……………………………………ファリエル?」

「はい、どうかしましたか…………って、あれ?」

いい想像も大概にした筈なのに、何で今もまだウィルとやり取りを続けて…………アレ?


「…………ファリエルッ!?」


「は、はいっ!!! ……って、え、ええぇーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!??」


あ、あわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ!!!?!?!!??
起き、起きてっ!? 今までの全部っ、起きてっ、そそ想像じゃなくてっ、げげげげげげげ現実!!!?

「……え、嘘……何で?」

「あのっ、えっと、ちち違うんですっ!!? その、決してウィルに変なことしようとしてた訳じゃなくて、ただ想像していただけっていうか勝手に妄想に浸っていただけっていうかって、じゃなくてっ!!?」

自分で自分の首絞めてるよ!? 
あわわわわわわっ、ごご誤解、じゃなかったりするけど兎に角誤解とかなきゃ!!??

「…………ウィル。ぁぁ、そっか、夢か……」

「そ、そうっ! 夢、夢です夢です! 完全無欠の夢です!! もう正真正銘明白明確偽りなんて存在しない不変の定理にして法則である絶対夢だって私が保証しますっっ!!!」

顔が真っ赤になっているのもお構いなしに、私は一気に捲し上げる。
誤解を解く、のではなく己の失態を誤魔化そうと必死になっていた。
あ、浅まし過ぎるっ!!? 前とは全く違った意味で浅まし過ぎるよ?! でもでもっ、それどころじゃないんです!!??


「えっとですねっそもそも夢っていうのは人が眠りに落ちることで無意識の内に見る幻覚だと広く定義されてる訳ですが間違っても正夢だとか夢見た本人の周りで起きたことが関与しているなんてことは到底在り得ないという訳で夢の中の人物が大胆なこと言い出したらきっとそれはえっとそのなんというかそうそうそう霊界サプレスの悪魔が恐らく多分きっと間違いなく故意に見せていた悪夢だってことにほぼ決定であって確定であってえっとそのですねつつつつつつつまりっ……!!!!!!」


「ファ、ファリエル……? いや、ちょ、あの……?」




兄さん、助けてーーーーーーーー!!!?










「じゃあ、ファリエルもお見舞いに来てくれたんだ?」

「はい。こんな夜遅くに悪いとは思ったんですけど……」

ほとぼりも冷めて、今は落ち着いて私達は話を交し合っていた。
……というか、私の暴走が収まっただけなんですけど。ううっ、穴があったら入りたい。

一応その甲斐もあって、というか甲斐と言っていいのか疑問ですけど……と、兎に角ウィルには夢だと納得してもらった。
そのことに対してウィルは本当に何も疑ってはないみたい。……私、本当に浅ましいよ。

「それは別に構わないんだけど。心配掛けたのは僕だし。どっちかというと、そこまで手を煩わせた僕の方が申し訳ないというか……」

「そ、そんなことないですよっ。私が勝手にしたことなんですし、それに私が来たいってそう思ったから」

「ありがと……」

胸の内で巻き起こっている自己嫌悪の渦から抜け出して、慌てて自分のしたことだと取り繕う。
そんな私の言い分に、ウィルは頬を掻きながら苦笑。私もそれを見て、自然に顔が綻んだ。

青白い光に包まれている寝台の上、僅かに顔に影が差していて窺いきれることはないけど、照れているのかなと思った。
それだったら、何か嬉しいと思う。前にもみせたその仕草を見詰めながら、私の頬にも心地よい熱を感じた。

「心配掛けたって自覚があるのなら、もうあんな真似止めてくださいよ? 見てるこっちが気が気じゃないんですから」

「先生にも言われた。多分しないよ、もうあんなことは。というか、したくない……」

溜息を吐くウィルの姿を見て、「多分」というのは気になったけど、信じることにした。
疲れを若干滲ませている顔を見たら、流石に疑えないですし……。

「でも気が気じゃない、って言ったらファリエルも似たようなもんだよ。僕の言ったこと、余り実になってないし。今日だってそんな感じだったじゃないか」

「そうですね。私もウィルのことは言えないかもしれません」

「でしょ?」

「じゃあ、ウィルが無茶をしないのなら、私もそれに習います。自分を大切にします」

「……そうくるか」

ウィルは眉を下げて笑みを作る。
一本取ったかな、と普段はやり込まれていることもあって少し満足。ウィルにこんな顔をさせたのは初めてかもしれない。

「ウィルだって言っても聞かないんじゃないですか? あんな怪我までしてみんなの為に自分を砕いてる」

「……む」

「私も同じです。前みたいに、自分のことを等閑にはしないって約束しますから」

偽りのない本心だった。


「だから、私にも意地を張らせてください」


「――――――――」

イスラさんに胸を貫かれても身を奮い起こすウィルも同じことが言えると思う。妥協しろとは言わないけど、分かって欲しい。
そういえば、イスラさん……。本当に、何でこんなことになっちゃったかな。せっかく友達になれたと思ったのに……

「……? ウィル?」

「……………………」

視線を感じ目を向けると、ウィルが呆然と言葉を失っていた。
目を見開いているその顔を見て、私は狼狽える。

「ど、どうしたんですか? 私、何か変なこと言いましたか?」

「…………いや、違う。違うんだ。……重なった、だけ」

最後の方はよく聞き取れなかったが、そう言い残してウィルは黙り込んでしまった。
自分の開いた右手に視線を落としたまま、顔を上げようとしない。掌だけを見詰めていた。
私は彼の姿に戸惑うばかりで何も言えない。困惑するばかりだった。

唐突に、部屋へ静寂が訪れていった。


「ウィル……?」

「…………」

「何か、あったんですか?」

「…………」

戸惑うのを止め、ウィルに呼びかける。

「何かあるんなら、話して欲しいです」

「…………」

「私に温もりをくれたのは、ウィルだから。私も何かを上げたい」

「…………」

「貴方の、助けになりたいよ」

助けになるって約束もした。助けたいと、そう願った。
届いて欲しい。時折に向けられる哀愁を帯びた瞳。何かあるのかと問えば、何でもないと笑って振り払われた。
届いて欲しいよ。身体だけじゃない。心も守って、助けてあげたい。そう思うから。

届いて……?



「…………夢、見たんだ」


徐に、彼が口を開いた。


「大切な人達の夢。もう、会えない、大切な人達の……」


声は酷く、平坦。抑揚を感じさせてくれない。


「みんなに、島のみんなに会えて、それももう平気だと思ってた」


視線は、掌に固定されたまま。


「でも、違った。そう思い込んでただけだった。みんなの夢を見て、気付かされた」


目の奥は空っぽ。何も映してはいない。


「根っこの部分で、望んでて止まなかった。会いたいって」


けれど、瞳の端で、光が帯びた。


「戻りはしないのに。意味なんてないなのに」


口元が、嘲りに歪められる。


「馬鹿みたいだっ……」


掌が、握りつぶされた。




手を伸ばす。
その小さな胸へ、手を伸ばし、押し当てた。

「…………ファリエル?」

確かに伝わってくる鼓動。一定に刻まれている律動。哀切を帯びた音色。
感じることは出来ても、決して触れることは叶わない距離。包んであげることも、抱きしめてあげることも出来ない。
それでも、


「――――――え」


助けになりたいよ。


「……マナ?」


癒してあげたいよ。埋めてあげたいよ。
寒いのなら、暖めてあげたいよ。


「ファリエル、待てっ。それは―――!!」


紫紺の燐光。
身を形作る魔力を集めて彼の胸に押し当てる。
何の意味もない魔力の放出。糧として分け与える訳でもない。
ただの光と熱を帯びた自身の欠片を、その小さな胸へ埋める。

「何を、やって……!」

「助けになりたいよ。支えになってあげたいよ」



「それが、今の私を形作っている、一番の想いだから」



「――――――――――――――ぁ」


「だめですか?」

「………………………ッ!!」

顔が伏せられた。
勢いよく顔が下へと向けられ、表情が見えなくなる。
指を立てられたシーツが、左手によって握り締められた。
そして、押し当てている掌から、一際高い鼓動が打ち震えた。

「届いたかな、私の温もり?」

「ああ……」

「貴方の寂しさ、少しは埋められたかな?」

「ああっ……」


握り締められている右手が解かれ、添えられた私の手に重なった。


「あったかいよ……」



「ああ、あったかいっ……」





零れたのは湿った声音だったのか、雫だったのか。

確かなのは、紡ぎ出された言葉は温情に濡れていたということ。

少年の身体から紫紺の粒子が立ち昇る。

それは心を埋めた光の残滓、少女のカケラ。

月の光を浴びて、更なる煌きを帯びていった。

添えられた右手。抱かれた右手。

上げられた顔。視線を交わす瞳。分かち合う温もり。

どちらからともなく、微笑みを交わした。




―――ああ、独りなんかじゃない
















「ウィル君? さっきから何だか騒が、し、ぃ………………」

「「あ」」

「なっ、なっ、なななななあっ!!? な、何やってるんっ「セイレーンッ!!!」…………ふにゃぁ」

「あわわわわわわわわわわわわわっ!!!?!??」

「危なっ。また洗脳がどうたら言われる所だった……」

「せ、洗脳っ!?」

「…………みゅう?」


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