「よし。いくぞ、ヴァルゼルド」
『…………は、い』
「……頼むから此処で機能停止しないでくれよ」
ヴァルゼルドと護衛獣の誓約も無事に終わり、俺とテコ、ヴァルゼルドは中央管理施設に向かっている。
メイメイさんとは既に店の方へ戻り、今は俺達だけしかいない。
敵意全開でヴァルゼルドを睨んでフーフー言ってるテコを、どうどう言って胸に抱きとめる。
こうして捕まえておかないと、またヴァルゼルドに飛び掛りかねない。メイメイさんの言う通り前途多難だな。
「ヴァルゼルド、お前今からすぐに修理してもらったとして、戦えるか?」
『はい、戦闘可能であります。例え修理を受けなくてもこの損傷の程度なら問題ないかと』
軽微でもありませんが、と付け足すヴァルゼルドにふむと相槌を打つ。
戦力としてのヴァルゼルドは心強い事この上ない。機械兵士特有の高い守備力はそう簡単に突破されなるものではないし、銃による射撃は正確無比。ドリルの威力など計り知れないものではない。風穴が空く、風穴が。
ヴァルゼルド自身がこう言ってるのだから今日中の戦闘に参戦させても平気か。この世界ではどういう展開になるのか断定出来ないが、「俺」の時のような流れになることを覚悟しておいた方がいいだろう。もしくはそれ以上の展開。
みんなに「俺」の知っている情報を話せないだけに、何か動きがあってからではないと手の打ちようがないのが歯痒いが、仕方あるまい。
火事云々が起きたという情報は聞いてないからまだ平気だとは思うが、予想外の事が起きるとなると状況はいくらも変わってくる。
さっさとヴァルゼルドの修理を終え、起きるやもしれない事件に備えておいた方がいい。
中央管理施設のドアをくぐり、アルディラの元へ足を運ぶ。
後ろでヴァルゼルドがガシャガシャと立てる足音を聞きながら、こいつをアルディラやクノンが見たらどうなるかなーと笑みを零す。2人して呆然とする顔を想像し可笑しくなる。
しかし、ふと頭に過ぎったが、もしアルディラがヴァルゼルド見て目を血走らせたらどうしよう。解体させてとか言われたら俺に止める術はないぞ………。Uターンした方がいいだろうか。
今の自分の行動に途轍もなく疑問を感じ始めたが、気付けばもアルディラが籠っている部屋の前に辿り着いてしまっていた。
暫く扉の前で立ち止まったが、ええいままよと足を踏み出す。何時かは通らなければいけない道だ、遅延して何になる。今ここで終わらせてやる。
後ろのヴァルゼルドに手を合わせる想いで入室。
アルディラを探す………が部屋の何処にも見当たらない。はて、と首を傾げていると、クノンが部屋の奥から姿を現した。
「おはようございます、ウィル…………機械兵士?」
俺に挨拶をしてきたクノンだったが、ヴァルゼルドを見て目を僅かばかり見開いた。
予想通りのリアクションあざーっすと思いながら、挨拶がてらヴァルゼルドのことを紹介していく。
『形式番号名VR731LD、強攻突撃射撃機体VAR-Xe-LD。親しみを込めてヴァルゼルドと、そう呼んで欲しいであります!』
「ほら、前に電子頭脳とかバッテリーとか借りに来ただろう?」
「合点がいきました。あれはこの機械兵士の為だったのですね。…………それにしても、私以外に高度な会話機能をもつ同胞がいたなんて……」
いや、まぁただポンコツなだけなんですけどね。寝言言っちゃうから、この子。
クノンの様に真面目すぎるのもあれだが、コレのようにいい加減過ぎてもダメだと思う。バランスが大事ですね、バランスが。
強い衝撃でたまたまこうなったと面白可笑しく伝えようとしたが、クノンは眉尻を下げて何処か悲しそうな顔していた。
あれ、と不思議に思ったが、次には感情の薄い表情に成っていた。
目をこすってクノンの顔を見詰める。別段変化はない。いつものクノンだ。錯覚か?
俺の視線に気が付いたのか「どうかしましたか?」とクノンが尋ねてきた。やっぱ気のせいかと自己完結し、用件を伝える。
「クノン、アルディラはいないのか? ヴァルゼルドの修理を頼みたいんだけど」
「アルディラ様はアティ様とお話をしています。内密の事のようです」
「内密……?」
何だ、一体? というか、内密というからには今アティさんとアルディラは2人っきりなのか?
やばくないかと内心汗を垂らす。アルディラがまた「剣」に干渉する可能性がある。まだ「剣」の気配は感じられないが、何時そうなってもおかしくはない。
アルディラのことを真っ先に疑っている自分に嫌気が差すが、今は置いといて俺も二人の元へ向かった方がいい。クノンにアティさん達の居る場所を聞き出そう。
「クノン。先生達は今何処に「大変ですよ~~~~~!!」って、マルルゥ?」
だが、その直前にマルルゥが慌てて部屋に飛び込んできた。
此処に来るなんて珍しいと思い、だが次にはマルルゥの様子から何かが起こったのだと悟る。
「メガネさんは何処に居るですか~!? 大変なのです~~~~!!」
「マルルゥ、落ち着いて。何があったんだ?」
「それが火事なのです! 火がボーボーなのです!!」
……イスラか。
もはやこれで「俺」の知っている記憶通りに事が動くのはほぼ確定した。結局はこうなるのか。
マルルゥから事情を聞き出す。風雷の里とユクレス村の二箇所で火事があり、今はもう鎮火したそうだ。マルルゥはヤッファにアルディラを連れて来るように頼まれたらしい。
「マルルゥ、アルディラ+1は僕が呼びに行く。先に戻っていて」
「わかりましたのです」
「クノン、悪いけどヴァルゼルドの修理の方頼んでもいい? 出来ないならいいんだけど」
「いえ、アルディラ様より同胞の修理に関しては教わっております。私単独でも可能ですので引き受けましょう」
「ごめん、世話かける。あと、ありがとう」
「いえ」
『マスター』
「しっかり直してもらえよ、ヴァルゼルド」
『はっ! マスターもお気を付けて!』
「ああ」
お気を付けるような展開はご免だが、と呟いて俺は部屋を後にした。
クノンに教えてもらったアティさん達の居場所は電波塔。
俺も数えるくらいしか入ったことのないこの建物は、機能の殆どが死んでいるので、誰も用など持ち得ず寄り付くことはない。まぁ、ラトリクス自体に他集落の人達はあまり足を運ばないのだが。
兎に角、此処ならば確かに秘密の話をするのに打って付けだろう。
だが、どうしてかね?
呼びに来た俺を除いて此処にはアティさんとアルディラしか居ない筈なのだが…………何故、第三者が此処にいる?
「何をやってるんだ、イスラ?」
「っ!?」
電波塔の最上階に位置する唯一設けられた部屋。
階段を上りきれば、すぐそこが塔の管理室。通路を進んで直角に曲がれば程なくして辿り付ける。
そしてその曲がり角。部屋の内部から死角になる位置に、イスラはいた。
色々な機器が置かれているその管理室からアティさんとアルディラの話し声。耳を澄まさずとも聞くことが出来る距離だ。
ドアが備え付けらていないそこは意図も簡単に入室できて、容易く中の様子がが窺える。
壁に体を添わせ、アティさん達を窺うようにして覗いていたイスラは俺に振り向いた。
「ウィル………」
「盗み聞きか? だったら感心しないな。趣味が悪い」
イスラは驚きを顔に張り付かせ、一方の俺は何時もと変わらない態度で彼女を前にする。
すぐに、背を向けていたイスラは俺と向き直った。
音もなく、そして一瞬で為したその動きは、目の前の人物はただの記憶喪失の少女ではないということを暗に告げていた。笑顔で子供達と遊ぶ何も知らない娘ではない、その身を生臭い戦場や闇に置く存在だと、そう告げている。
今更、だな。
日常の中で時折見せる体捌きでもうそんなの解っていたことだ。普通ではないのだと。
ただほんの少しの希望に縋ってみただけ。もしかしたらと都合の良い考えを抱いていただけだ。期待してやっぱり叶わなかった。それだけ。
ああ、ホント、残念だ。
「話が聞きたいのなら堂々と出て行ったらどう? そんなコソコソ隠れていたら誤解されるよ」
「……………」
「出て行くのが躊躇われるっていうんなら僕も付いていくよ。先生達と一緒に今までのことひっくるめて話をしよう」
「……遠慮させてもらうよ」
「理由は?」
「………………」
イスラは答えない。ただ俺の顔を見詰めるのみ。
その顔は見た者に寒気を感じさせるものではなく、感情を殺して無表情に徹したものでもなく。
笑っているでもなく、怒っているでもなく、睨んでも、悲しんでも、悔しんでも、冷たいのでも、喜んでもいるのでもない。
ただただ、イスラという少女の顔だった。普通の、何も考えてなそうな、ありのままの顔だった。
互いの視線が交差し、沈黙が俺達の間を支配する。片時も目を逸らすことなく相手のみを互いの瞳に映した。
それは僅か一時で、刹那だったのか。
確かなのは俺達が体感していた時間は回りの一切と切り離されていたものであり、永遠とも思えたそれは在りえる筈のない、虚構だったということ。
「動かないで!!」
その一言で、俺達の世界は幕を下ろし、打ち破られる。
「いくら気配を隠そうと、ベイガーのセンサーは誤魔化せないわ! さぁ、其処から出てきなさい!」
壁の向こうから甲高い警告が発せられる。
俺を映していた漆黒の瞳は惜しむようにして逸らされ、そして次には、変貌した鋭い眼差しが壁の向こうへ注がれた。
「――――――」
壁に向けられた掌。それは壁越しの警告主へと向けられたのは明らかだった。
息も声も発することもなく、イスラはそれを放った。
「?! っ、ぅあぁああああぁああああっっッ!!!!」
「なっ、アルディラッ!?」
「っ!!」
まるで血の様な、紅い、魔力。
つんざかんばかりの音が鳴り響き、アルディラの絶叫が木霊する。
アティさんは叫び、俺はその見に覚えのある魔力光に目を奪われた。
イスラは、その一瞬を突き、俺の後ろにある階段へと駆け出す。
迎撃は、出来た。
目を奪われたのはたかが一瞬。向かってくるあいつに投具を抜いて押し止めることは可能だった。
だが、しなかった。ただの気紛れか、俺を見詰めるその瞳がそうさせたのか。
まぁ恐らくは、なんとなくだ。
そして、すれ違いざま。
小さく呟くようにして、はっきりとその言葉を残した。
「ごめん、ウィル」
それを俺の耳に届け、イスラは階段へとその身を消していった。
「……………」
今の謝罪が一体何を指しているのか俺にはよく解らんが……
「謝んな、バカ」
……何故か、嬉しかった。
裏切られたモノがあったが、偽りではなかったモノも確かにあった。
何てことはない、些細な事柄だが。
自然と笑みが零れた。
「このっ……!! スクリプト・オン!!!」
この時までは。
「でえええええええええええええぇぇぇっ!!?!?」
アティさん達に顔を見せようとしたその時、何かとんでもない魔力の塊が俺に向かって激進。
着弾。
爆発。
喰らったら唯では済まされない爆音が起こり、俺の頬を魔力の残滓が撫でていった。
紙一重で飛び退いた俺は頭を両手で抱え込んだ体勢で硬直する。
掠ったよ。今本当に……カスッタヨ?
「ウィ、ウィル君!? 君が此処にいたんですか!?」
「…………エエ、マァ」
「如何して此処へ?」
硬直が抜けきっていない体と頭の状態で一言二言で説明。
集いの泉に来たれよ。我輩アナタタチ呼びに来た。
「そう、なんですか?」
「………本当にそのようね。センサーに反応はないわ」
納得するアティさんとアルディラ。
死に掛けた俺。
「…………やっぱ謝れ、バカ」
乾いた笑みが漏れた。
然もないと 8話(上) 「卑怯者って実は裏方で苦労ばっかしてる人だと思う」
向かった集いの泉で火災があったとヤッファ達に説明を受け、そのまま現場をカイル達や護人達を見て回る。
風雷の里で最初に火事を発見したのは子供達で、ユクレス村ではジャキーニさん達。迅速な対処もあって被害を広げずただ一部に済ませた。
火は自然に起こったものとは考え難く、放火の可能性が高い。風下にあった集落が狙われたことから、焼き討ち――帝国軍の仕業である。
それがアティさんを含めたみんなの見解である。
アティさんは暗い顔で帝国軍がやったのかと誰に言う訳でもなく呟いていた。
……アズリアがやったことではないと知ればまだ楽になるだろうが、真実はそれよりも重かったりする。またこの人の心労が増えるのかと思うとやるせない。どうしようもないのだが。
その後は空からフレイズが帝国軍を見つけるまで一時解散となった。
集落の人々に注意を呼び掛けたり、情報を集めに行ったり、自分達の家を守りを固めたりとみんなそれぞれに動く。
この後の展開から首謀者まで知っている俺は何をすべきか……。
根拠もないこと言ってもみんな信じてくれないしな。ホントに面倒だ。回りくどいことしなきゃいけないのがじれったい。
ぶつぶつと不満を垂れながら、俺も行動に移った。
集いの泉周辺
「うん……キュウマ」
「ウィル? 何か用ですか?」
危うくウンコ言いそうになったが、かろうじて止まる。
俺の目の前にはうんこもといキュウマ。周囲には俺達以外誰もいない。
おおっぴらなことは言えないが、それとなく仄めかすことを言ってキュウマに頑張ってもらう。
馬鹿ではないが、信じてしまえば一直線のキュウマを丸め込む心算だ。何よりもコイツはうんこ。コレの扱いなどレバーを上げて水で流すようなものよ。容易い、容易い。
「キュウマは帝国軍が見つかったらみんなと一緒に行くの?」
「無論。里に火を放った不届き者共を見過ごす訳にはいきません。打って出て、目に物見せてくれる」
相変わらず固い。そして何より言うことが物騒だ。
敵のことになるとコイツ、途端に言い回しがキツくなるからな。容赦がない。
「……はぁ、これで忍とは笑わしてくれる」
「なっ!?」
いつぞやの物言いを連想させ挑発。
「ど、どういうことですか!? 自分がっ、自分が忍として至らぬとでもっ!?」
「コスプレにしか見えない」
「ば、馬鹿なっ……!!?」
いきなり四つんばいになり唸り出すうんこ。
随分動揺してんやがんな。そんなに引き摺ってたのかコイツ。
「まぁ、落ち着けコスプレ。頭の出来は兎も角、拙者はユーの身体能力だけは忍に足りうると評価してるでござるYO」
「ウィル……!」
救われたという顔をするキュウマ。コイツ今俺の言ったこと解ってないな。
「取り敢えず、僕の考え聞いてくれない?」
「ええ、いいでしょう」
「(立ち直りやがった……) ……放火した犯人、帝国軍の目的が火攻めだとしたら、余りにも効率が悪過ぎると思うんだ」
「如何いうことですか?」
「火攻めをするのだったら混乱を巻き起こすようにもっと派手にやるのが定石。放火したのが二箇所だけなのはお粗末過ぎる」
「!? ………奴等の目的は放火そのものではないと?」
「イエス」
「では、一体奴等の目的は何だというのですか?」
「忍は常に裏を取る…………そうだな、キュウマ?」
じらす。
「……ええ。相手の虚を突く、忍の本質にして極意です」
「それと同じ。帝国軍は僕達の目を一点に向けさせることで、此方の虚を突こうとしている」
「!?」
忍の話持ってきて引き込む。
「討伐に僕達が向かえば必然的に集落の守りは手薄になる。もし、そこを狙われれば………」
「まさか、奴等の目的は!?」
「そう、集落とそこに住むみんなだっ!!!」
畳み掛ける。
「っ!!?」
「恐らく人質を取るか、集落という拠点そのものを破壊するか。真っ向からでは分が悪いからこそ搦手を用いて討つ。……忍の極意、それを向こうも使ってきたんだ」
「くっ……! おのれ、外道ッ!! 里の者達に手を出そうとするとは……っ!!」
あらん限りに歯を食い縛るうんこ。
こうも簡単に騙せると張り合いがない。いや、喰い付いてくるように誘導しているのだが。
「こうしてはいられません! みなにこの事を伝えなければっ!!」
「待てい」
「ぐおっ?!!」
首に巻いてる布引っ張る。
「こっちが相手の目的気付いて里の守り固めたら、帝国軍は今度こそ派手に火攻めをしてくるかもしれないでしょうが」
「げほっ!? ぶほっ、ごほっ、た、確かに………」
「だから、敢えてあちらの狙いに引っ掛かる。アティさん達には何も知らせないまま囮と思われる帝国軍の方へ行ってもらって、此方も別働隊で相手の本命を叩く」
「……なるほど。裏の裏を突くというわけですね?」
「そういうこと。敵を騙すには味方から、だ。 ……そして、誰にも悟らせることのないままこれを実行出来るのは、グレイト・オブ・ニンジャであるキュウマしかいない!!」
「グレイト・オブ・ニンジャ……!!」
なんか感動してる。
「そなたにのみ負担を掛けることは不本意だが……頼む、やってはくれぬか!!」
「御意っ、任されよ!! このキュウマ、里の者達には指一本触れさせぬ!!!」
チョロいな。
「多分、ラトリクスと狭間の領域にはあいつ等来ないと思うんだ。ラトリクスのみんな機械で迎撃装置あるし、狭間の領域のみんなは幽霊とかで雰囲気が怖いし。攻め難かったり薄気味悪い所は人間近寄らないのが心情だから」
「ということは、奴等が姿を現すのは我等の風雷の里か、ユクレス村ということですね。……風雷の里は自分が何とかしますが、流石にユクレス村の方までは手が回りませんよ。集落一つ取っても広いですから」
「分かってる。そっちの方は他の人に頼んでみるから、キュウマは風雷の里にだけ集中して」
「心得ました」
「じゃあ、後はよろしく。僕行くから」
「ええ、では!」
風雷の里へ素早く駆け出すキュウマ。
体術だけはやっぱ見張るね。うん、体術だけ。身体能力に頭の中身が伴っていない。……あいつの便、頭と一緒で固いんだろうな。
下ネタを呟きつつ、俺もその場を後にした。
ラトリクス周辺森林
「もう体の方は平気か、ヴァルゼルド?」
『はい! クノン衛生兵殿の手厚い看護により本機は万全の状態です!』
「ミャ…」
クノンの元へ赴きヴァルゼルドの様子を見に来たのだが、どうやらもう平気のようである。
待たされるようだったら今回は仕方ないと思っていたけど、損傷は激しくなかったので修理の方はすぐに終わったそうだ。
それは嬉しいのだが………テコよ、あからさまに嫌そうな顔をするんじゃない。僕はそんな顔見とうない。ピュアなままのお前でいておくれ。
「よし、ヴァルゼルド。早速任務だ」
『おおっ!本機もやっとマスターのお力になれるのですね!感激であります!!何なりとお申し付け下さい、マスター!!』
「……ミィィッ」
オーバーだっちゅに。それにそこまで大したことじゃないぞ?恐らくすぐ終わるし。
それでもヴァルゼルドのその言葉を嬉しく感じ、俺もつられるような感じで苦笑する。
本当にヴァルゼルドが共に居るのだと改めて実感出来た。多分、こんな光景を俺は望んでいたんだと思う。
そしてやっぱりテコの苦虫を噛み潰したような顔と呻き声がそれをブチ壊しにする。
呻き声は「新入りが…っ!」みたいな響きにしか聞こえない。きっと愛されてるんだろうけど………複雑過ぎる。
頭が痛いが、今は置いておこう。さっさと手を回していかなければ。
「任務の内容は、召喚だ」
『…………召喚、でありますか?しかし、本機は……』
「いや、ただある奴を呼ぶだけ。来るように喚ぶんだ」
互いの顔寄せてごにょにょ伝える。
別に耳打ちする必要なんてないが、まぁそこはノリである。
「任務の内容は以上。質問は?」
『ないであります!』
「ミャミャ!」
「よし、準備」
『了解!』
ヴァルゼルドは空を見上げ、頭部に取り付けてあるセンサー類を起動させる。
顔の中心を囲むように発光するそのセンサーは敵を捉える役割以外にも、ロレイラルの召喚獣達を指揮する機能も持つ。
突撃射撃機体――前衛であると同時にヴァルゼルドは指揮官機でもある。これで中々馬鹿に出来ない機械兵士なのだ。
『目標補足!方位は西南西!』
「でかした!」
南西、というかヴァルゼルドが向いている方向に俺も目を凝らす。
確かに豆粒のようなちっさい物体が空に浮かんでいる。
うむ、あれか。
「よし、やるぞ!」
『イエス、マスター!!』
「ミャーミャ!」
せーのっ
『「犬ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」』
「ミャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」
あらん限りにシャウト。
「あっ、高度が落ちた」
『約20メートルは落ちたであります』
「にゃにゃ」
ガクッと一気に高度を下げる小さい物体。
よく見えんが心なしかぶっ倒れた体勢で落下してた気がする。
こけた体勢で空を急降下するなんて器用の真似するなアイツ。今はこなくそと言わんばかりに再び高度を上げている。
「……こっち来る気配ないな」
『むしろ逆方向に進路を取っているであります』
「ミューー」
シカトか、あの犬め。
『こちらの召喚に応える気はないようです』
「ミャーミャミャ」
「現実を受け止めようとしないとはね。何処までいっても彼は犬でしかないというのに…………はっ、哀れすぎて笑えるね」
『もう一度全員で喚びますか?』
「いや、喉痛い。ヴァルゼルドだけでやって。思いっきり罵ってよか」
『はっ!!』
ヴァルゼルドが方角を修正。
体を沈めて大きく息を吸って、いや吸ってないけど、上体を反らし、言い放つ。
『おい、そこの貴様!!貴様だ、貴様!!ローラーで舗装されてひしゃげたような顔をしているお前っ!!冗談はその顔だけにしてさっさっと此方へ来い、マヌケ!!教官殿がお呼びになられているのが解らんのか、このクソッタレめ!!見るに耐えない青いケツ晒してるんじゃない!!その糞のへばりついたケツを誰かが拭ってくれると思っているのかファッキンウンコッ!!!』
空でずっこけるファッキンウンコ。空中なのにズシャーいって平行に直進してる。
いや、ていうか………
(どういう思考回路してやがる、この機械兵士………)
『何を転がっている糞野郎ッ!!知っているぞ!貴様が女のケツを追いかけてばかりいる節操のない犬野郎だということをっ!!救えないクズだなっ!!そもそも命令に従えない不能者が満足させてやれる筈がないだろう、気付け不能ッ!!!」
ちょ、それはマズイ?!!
『身の程を知れっ!!!このさかりの入った犬「待てぇぇええええぇええぇぇええええぇえええええええぇぇぇえええええぇえぇえぇぇええぇえええええええええええぇぇえええええええええええええええええええええぇエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」』
天使降臨。
この時ばかりはポンコツの暴走を止めてくれたことに感謝した。
「人の尊厳を何ぶち壊してるイル貴様ッ!!!」
『マスター!やりました、召喚成功です!!』
「無視するな機械兵士ぃイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッ!!!!!!!!!!!」
(本気で切れてる………)
「ミュー」
「名を名乗れ、名をっ!!スクラップにした後、墓標にその名を刻んでくれる!!!」
『はっ!本機は形式番号名VR731LD、強攻突撃射撃機体VAR-Xe-LDであります!!』
「ラブ(L)堕天使(D)と呼んでやってくれ」
「呼ぶかっ!!!」
『親しみを込めて、ヴ「ラブ堕天使」と呼んで欲しいのであります!!』
「呼ぶかぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
「やはり貴方が原因でしたかっ………!!!」
「いや、あれは俺のせいじゃねーよ。このポンコツが勝手に言ったんだって」
射殺さんとばかりに俺を睨みつけてくるフレイズ。
目が血走っており本気で堕天使というやつに見える。殺気漲ってるし。黒い。
「ヴァルゼルドー、あれ何だったの?俺もぶったげるほどの罵倒、っていうかスラングだったんだけど?」
『あれは本機のメモリに残されていた語彙集であります。本機体の作成過程で刷り込まれたものかと』
なに、ヴァルゼルド作った奴がこれ記憶させたの?
まさか本当に教官殿なる人物が居て軍隊よろしく吹き込んだんじゃねえだろうな。シャレになってないぞ。しかも何故か否定出来ない。
沈黙する機械兵士達の前で何か色々罵る教官殿…………シュール過ぎる。
『ミッション・コンプリートであります!!』
「…………(ギリッ!!)」
「ゴメンナサイ、後でちゃんと言って聞かせるんでその剣を収めてやってください。ていうか唇噛み切って血を流さないでください」
剣を振り上げるフレイズの前に立ちはだかって何とか諌める。
俺が抑止の役に回らなければいけないなんて。…………ヴァルゼルド、恐ろしい子!!
「………………それで、何か用ですか?品がないにも程がある方法で私を呼んだのです、私を納得させる理由があるのでしょう?」
いや、最初からお前が来てればこんな事になってねーよ。
普通に「ううん、ただ呼んだだけ」と言いたくなったが、流石に命の危険もあるので止めといた。
未だ剣を片手に持つ天使(仮)は何をしでかすか解ったものではない。黒い稲妻は落としてもおかしくはない。
「実は帝国軍を見つけてみんなに伝えた後も、空で目を光らせていて欲しいんだ」
「………それはまた如何して?」
「放火されたのはほぼ同時刻に二箇所、ってことは少なくとも部隊が2つは別れてる訳でしょう?僕達が一方の部隊へ向かったら、残っている部隊が何かしでかすかもしれない」
「ふむ、確かに……」
真面目な顔付きになり、顎に手を添えて考え込むフレイズ。
切実に戻ってくれて良かったと思った。
「ですが、それならば此方も組になって対処出来るようにしていれば良いのではありませんか?」
「その度にフレイズが報告しなきゃいけない訳だから、タイムラグがあり過ぎると思う。下手に人数裂いたら対処しきれない可能性も出てくるし。それだったら確実に潰していった方がいいと思う」
「…………」
「一応キュウマとか、他の人にも警戒してくれるよう頼んである。いざとなったら里の召喚獣達の力も借してもらえば平気だと思うし」
「………そうですね。部隊を別ければその分脅威は低くなる。それよりも大隊で固まっている部隊に力を回した方がいいのは道理。ウィルの言う通り、そちらの方が妥当のようです。従いましょう」
「ありがとう。んで、風雷の里の方はキュウマが何とかしてくれるから、ユクレス村を中心に見て回ってくれない?」
「解りました。では、発見を急がなければいけないので、これで」
「お願いします」
バサバサ羽を羽ばたかせ、フレイズは飛んで行った。
何とかシリアスな方向持ってて意識をそっちの方に向けさせられたな。血を見ずに済んだ。
しかし、意外過ぎる一面というか機能というか。ヴァルゼルドの新しい可能性を垣間見てしまったような気がする。
取り敢えず………
「ヴァルゼルド」
『何でありますか?』
「その記憶してある語彙封印しろ」
『? 封印でありますか?』
「そう封印。優先事項であり機密事項だ。口出しなしですぐにやってくれ」
『了解であります!』
みんなの前でブチまけられたら、汚物でも見るかのような目を向けられるに違いない。
狭間の領域 双子水晶
「マネマネ師匠ー」
『来タカ、ウィル。今日ハワシガ勝タセテモラウゾ!』
「あー、ごめん。モノマネ勝負しに来たわけじゃない」
『ナヌッ?』
周りに幾つもの水晶が連なっている大地に足を踏み入れる。
双子水晶。マネマネ師匠がねぐらとしているこの場所は、狭間の領域全体がそうであるように様々な水晶が広がっている。
太い水晶もあれば細い水晶もあり、その形状は様々だ。また中から生えてくるように木が水晶に絡まっている。
段差が激しいこの領域には珍しく此処は綺麗な平地で、モノマネ勝負をする際に上る石造りのステージが置かれている。
いざモノマネ勝負を始めようとすれば、呼んだ訳でもなく此処の集落の召喚獣達が寄ってくるのだから、中々に此処の住人達は暇をしているようだ。
『ナンジャ、モノマネヲシニ来タノデハナイノナラ帰レ。ワシハ暇デハナイノダ』
「嘘をつけ、嘘を」
俺の姿格好そのままのモノマネ師匠が、しっしっ、と手を振って追いやろうとする。
なるほど、この格好、というかこの人間がお前邪魔みたいな顔すると結構ムカつく。本人にその気がなくても人を小馬鹿にしているようにしか見えない。
この顔でどうでもいいわーみたいなぞんざいな扱い受けるたら、それは腹が立つことだろう。毎日こんな思いをしていたのかアティさん。
よし、もっと酷い扱いをしてやろう。
俺そっくりのモノマネ師匠は姿形は一切変わらず、ただ髪や服、目の色が違うのみ。
髪の色は白で抜剣したみたいに成っている。服は紺の物で目は赤色だ。
前に解ったことだが、師匠が人の姿をモノマネする時は決まって紫色になる訳ではないらしい。霊属性だから紫とかあんまり関係ないようだ。
瞳の色だけが「レックス」やアティさんと同じように、決まって赤に統一されている。
「師匠、お願い聞いてください」
『嫌ジャ』
………この顔、ホントムカつく。
「今度来た時は師匠が気が済むまで勝負するかさ」
『ムッ………』
嘘だがな。
「頼む、お願いします。師匠っ」
『…………ヨカロウ。今度相マミエタ時ハ1日付キ合ッテモラウゾ!』
「よし、では契約成立ということで」
『ウム。シテ何ジャ、頼ミトイウノハ』
「うん、実はファルゼンのモノマネしてそこら辺ほっつき歩いて欲しい」
もうキュウマとフレイズに警戒するように頼み込んだので心配はないと思うが、一応念には念を入れる。
師匠にその巨体で誰もを威圧するファルゼンになってもらって、帝国軍に下手には動けないと錯覚を与えるのが狙いだ。
ファルゼン(ファリエル)の強さは前回の戦闘で痛い程味わっている帝国軍連中は、その姿を見れば迂闊に行動を出来なくなるだろう。
ただほっつき回るだけで十分効果を発揮する筈。
『?? 何故ソンナコトスルノジャ?』
「いや怪しい奴等が今出回ってるみたいだからさ、その見回りがてら相手に好き勝手させないように」
『………メンドクサイノォ』
「言うなって。別に誰かに知らせるとかそういうことしなくていいから。ただ歩き回ってくれるだけでいい」
『ムゥ……。解ッタ、歩キ回ルダケジャゾ。ソレ以外ハ何モセンカラナ』
「うん、それいい。ありがとう」
『………フ、フンッ。別ニ礼ナドイランワイ』
………その格好でそういう反応は止めてもらいたい。
腕組んで目を瞑ってそっぽ向くとか、その振る舞いは激しくNGだ。非常におぞましい。
自分の姿に寒気を覚えるという何か珍妙な体験をしつつ、師匠にスタンバイするようにお願いする。
『言ッテオクガ、ワシハコノ領域カラハソコマデ離レンゾ。月モ出テイナイノニ外ヲ好キ勝手ニホッツクノハ流石ニキツイカラナ』
「ん、解った。別にそれでも構わない」
それはしょうがあるまい。
狭間の領域を出れないことは前もって覚悟していた。俺の中ではこの集落を襲われるごく僅かな可能性を0にするつもりくらいの気持ちだったし。集落から出れるだけ全然マシだ。というか、助かる。
師匠はファルゼンの格好をモノマネする為に、この辺りで一番大きい2本の水晶――双子水晶の裏に引っ込む。
互いに向き合ってるその水晶の裏で師匠はいつも姿を変えている。「レックス」の頃から思ってたが、あの人どうやって姿を変えているんだ。ていうかあの人自身の姿も見たことがない。………ううむ、謎だ。幽霊だからパッと簡単にモノマネしてしまうのだろうか。
『出来タゾイ』
む、相変わらず早いな。普通にそれ隠れる意味あんのか?
素朴な疑問を打ち消し顔を上げる。今更なんだが勝手にファリエルの鎧姿を借りていいものか?
後でファリエルに了承取ろうと思いながら、師匠のファルゼンバージョンを視界に納め、て…………………………
「………ぶっっ!!?!?」
『ムッ?何処カオカシイカ?』
噴き出した俺を訝しんで自分の体を確認する師匠。
ちょ、おま、何処がおかしいとか、いやおかしいけど、存在自体間違ってるっていうか、つーか、何でその格好っ!?
「ふぁりえるっ?!!」
『ン?オ前ガモノマネシロト言ッタデハナイカ、「オ嬢」ノモノマネヲ』
何言ってんのお前、と言わんばかりに横に垂れている髪の毛を掻き上げる「ふぁりえる」。
「テメーッッ!!俺の心のオアシスを汚すんじゃねーーーーーーーーッッッ!!!!!!!」
『ハ、ハァ?』
「その抜けた顔を止めろッ!!!?」
ずびしっ!と、「ふぁりえる」もとい、とんでもないことをしてくれちゃってる師匠を指差す。
ていうか黒い!ファリエルが黒いっ!!黒ファリエルが黒いッ!!!落ち着け俺ッ!!!!
「何でっお師匠さんはファリエルにモノマネしているんデスかっ!!?」
『ダカラ、オ前ガ言ったダロウ。「オ嬢」ノマネヲシロト』
言ってねーよ!?ファルゼンなれ言ったんだよ、ファルゼン!!ファリエルとは一言も言ってねーよッ!!!
ていうか「お嬢」ってファリエルのことですかっ!!?
「師匠、あんたファリエルのこと知ってたのか?!」
『当然ジャワイ。此処ニ居ル者達全員「オ嬢」ノコトハ知ッテオルゾ。此処ノ護人ヲ決メル際、全員ガ認メタカラノ』
そ、そうか。よく考えてみれば、何処の馬の骨とも知らない人物を各集落の代表である護人にする筈がない。
護人になる為にファリエルは霊界の住人達に正体を明かしたのだろう。
そういえば、「俺」に「フレイズ」が決闘を申し込んできた時、「ファリエル」の為に何でもするのが此処の住人達の意志だとか「フレイズ」が言っていたような気がする。
確かに師匠がファリエル知っていてもおかしくはない。おかしくはないけど………
「何だよ、コレは………」
黒ファリエルはねぇよ、黒ファリエルは。
唯一汚れのなかった「ファリエル」とファリエルさえも汚された気分だよ。ふざけんなよ、チクショウ……!!
全身真っ黒という訳ではない。俺やアティさんのモノマネのように肌の色はそのままで真っ白だ。
でも髪が黒い。激黒い。漆黒だ。更には来ている服が灰色と少量の黒で彩られてる。どこぞの悪魔だ貴様。
ファリエルがフォールダウンしてる…………。
『……オイ。何崩レ落チテオル』
「くそ、絶望した……!黒ファリエルに絶望したっ!!」
う゛う゛う゛、とまるで悪夢にうなされたような呻き声を上げながら……というか目の前にいるのはまんま悪夢なのだが……何とか立ち上がる。
顔を上げると呆れ顔の黒ファリエル。貴様ッ、その顔で俺を見るじゃねぇ……ッ!!!
心が、心が痛い。俺のオアシスが、音を立てて崩れていく!!
「くそっ、止めろ!その顔を止めろ!!兎に角ファリエルを止めろ!!」
『何故ジャ。ワシノモノマネハ完璧ジャゾ。オ嬢ト何処モ変ワランデハナイカ?』
完璧だからダメなんだよ、完璧だからっ!
幻想がブロークンする言ってんだよ!!
腰に片手を当て、意義を唱える黒ファリエル。
俺の物言いに不服そうな顔を隠しもしない。こんなのファリエルじゃないっ……。
「いいから止めろ!そもそも俺がモノマネしろって言ったのはファリエルじゃなくて………」
『一体何処ニ文句ガアルト言ウノジャ。動キニモ何モ問題ハナイ』
「……って、オイ!!?」
普通に動けると俺にアピールするようにいつもの調子で踊りだす黒ファリエル。
ちょ、それはマズッ!!?
「馬鹿ッ!!やめい!!ファリエルの格好で踊るなッッ!!!み、み、見っ、見え……っ!!!」
ファリエルの着ている服は、その、もう、滅茶苦茶スリットが深い。
そんな服で踊りなんてしたらっ……!!ふ、普通に、ミエテ……!!
『ウン?』
「……………」
『…………………フフン』
「ひっ!!?」
俺の言葉に首を傾げ一旦自分の体を見下ろしていた黒ファリエルは、意味を察したのか、次には顔を上げて不敵な笑みを俺に向けた。
エモノを狙う肉食獣のような笑み。ファリエルの顔から繰り出されたそれに、俺は堪らず声を上げた。
『色気ヅイタ小僧メ…………。ソンナニコレガ気ニナルノカ?』
「それはMAZUIです!!!?」
俺のすぐ前にある水晶に片足を乗せ、ずいと前に乗り出す黒ファリエル。
スリットから生足を曝け出すその態勢は、き、際どい、じゃなくてっ!エ、エロイ、でもなくてっ!!兎に角ソレハ危険過ギル!!?
見えるから!見えちゃうから!!見えそうで見えないから惜しいって何言ってるオレぇえええええええええっッ!!!?!?!!?
『クッ、ウィルヨ、顔ガ真ッ赤ジャゾ?ソンナニコノ体ニ欲情「何やってるんですかぁーーーーーーーーーーッッ!!!!!!」フギャ!!!?』
俺が湧き起こる煩悩と激戦を繰り広げたり変態と常人の境界線を逝ったり来たりしている内に。
剛腕が、黒ファリエルを吹き飛ばした。
ドジっ娘よろしくな態勢でズザーッと地面を滑っていく黒ファリエル。
どうやら黒ファリエルはドジっ娘属性だったらしい。
「マネマネ師匠!!ど、どうして人の姿で、ウィ、ウィ、ウィ、ウィルに変なことしてるんですかーーーーーーーーーッ!!!!!!!!」
『ヌアッ?!!』
黒ファリエルの耳元で顔真っ赤にして叫ぶファリエル。
鼓膜を破ると言わんほどの叫びが黒ファリエルの脳を揺さぶる。
頭をぐわんぐわんと揺らす黒ファリエル。自業自得だ。
ファリエルが来てくれて本当に助かった。あのままじゃあ素で俺も堕ちる所だった。変態に。
でも本当にギリギリだ。ほんっとうっにギリギリだった。………ギリギリだったんです。
……残念だとか思ってない。思ってないったら…………ない。ホントダヨ。
「わ、私のモノマネは他の人達に知られちゃうから、絶対にいけないってあれ程言ったじゃないですかっ!!そ、それなのに、あ、あんな、あんなっ………!!!」
『ヒッ!!?』
黒ファリエルがさっきの俺みたいになってる。
目に涙を溜めながらワタシ怒ッテマスと言わんばかりに睨みつけるファリエル。元祖大元に偽者が敵う筈がなかったらしい。
ファリエルの背でマナが燃えている。ファリエル、それは不味い。あんた本当に命を削っている。
勘違いでなければ大気が微弱な振動を繰り返しているような気がする。なんか「剣」と同じ現象引き起こしてた。
遂に世界にも干渉したか。やはりファリエル最強っぽい。
『チ、違ウゾッ、オ嬢!!?』
「何がですかっ!!!」
『ワシハタダ、ウィルニ頼マ「シッ!」へグッ?!!』
俺の拳がぶれた瞬間、黒ファリエルは奇声を上げ体をくの字に折り曲げる。
ファリエルの視界の外からぶっ放した魔力フィストは黒ファリエルの脇腹を抉った。
蹲る師匠。突然の師匠の奇行に首を傾げるファリエル。師匠の耳元に口を近づける俺。
(ふざけた戯言抜かしたらまたブチこむぞ)
(キ、キサマッ……!!)
(いいか。大人しく言うことを聞け。そうすれば命の安全は保障してやる)
(ホザケッ!貴様ニワシハ止メラレン!オ嬢ニ貴様ノ事ヲ、アラン限リニ貶メテ言イツケテヤルッ!!)
(いいのか?バラすぞ、フレイズに)
(!!? ナ、ナニヲ言ッテ………)
(お前、一時期フレイズに化けて此処の集落でやりたい放題にしていただろう?)
(ナッ!? 貴様ガ何故ソレヲ知ッテイルッ!!?)
(私が知っている理由などどうでもいい。それより如何する?フレイズは身に覚えのない襲撃を今も度々被っているのだろう?)
(クッ…!)
(私がばらしたらどうなるか…………解らないお前ではあるまい)
(ッ……!!)
(契約成立だな。………いいか、私を全力で見逃せ)
(………ワカッタッ)
(あとファリエルじゃなくてファルゼンでほっつき歩け。間違えるな、そこ)
契約を結んだ俺は、師匠から離れてファリエルに助けてくれたことにお礼を言う。
俺がファリエルのことについて師匠と話をしていたら、いきなりモノマネしてあんな事をしてきたと話をでっち上げた。
師匠はファリエル(ファルゼンアーム)の拳骨を頂いていた。いい様である。
取り敢えず、師匠に動いてもらう為にファリエルを連れてそこから離れた。
まだ言い足りない様子のファリエルであったが、俺がもう気にしてないからと伝えてなんとか怒りを静めてもらった。
何か滅茶苦茶疲れた。もう色々と手を回す為だけの時間がない。本当にやってられない。
大きく溜息を吐きたい衝動に駆られながらも、俺はファリエルと暫く会話を交わした。
ちなみに後日、黒ファリエルならぬ黒ファルゼンが出現したという話が島全体に広がる。
正真正銘の死神騎士の登場に、島中が一旦パニックに陥った。
ファリエルは素で護人達に事情聴取を受けたらしい。
勿論師匠は報いを受けた。それはもう派手に受けたらしい。暫くの間、双子水晶は静寂に包まれることとなる。
然もあらん。
「あー………(本物の)ファリエルと会話出来て本当に嬉しい。素で喜ばしい」
「………ええぇっ!!?」
風雷の里 鬼の御殿
「ええい、帝国軍め!里に火をつけるとは、腹立たしい!!こうなったら、わらわ直々に赴いて切り捨ててやる!」
「ぜひ」
「おお、そなたはそう言ってくれるか!」
ファリエルと別れ、最後に向かったのがミスミ様のお屋敷。
今この場に居合わせるのはミスミ様と俺の2人のみで、座敷に座って体を休めながらミスミ様との会話を楽しんでいる。
手を回す必要もなく有事の際には駆けつけてくれると思うが、一応ミスミ様に刺激を与えておくのも兼ねながらの会話。
ここ最近此処に来ていなかったので、それを含めればちょうどいい。
「ミスミ様を遊ばせておくのはもったいないと思うのが正直の本音」
「解っておるではないか。そもそも、里の危機にこうしてわらわが何もしないでおるのがおかしいのじゃ!キュウマはそこいらの事がさっぱり解っておらん!!」
握り拳を胸の高さに掲げ、声を高らかにするミスミ様。
中々に鬱憤が溜まっているようである。バトルジャンキーにいかないにしても、島で起きている戦闘をただ見守るだけというのはミスミ様にとって許容出来ないのだろう。
待っている、という行為がとても辛い事だと一番解ってるのも、島の人達の中ではきっとミスミ様だから。
まぁ、キュウマの気持ちも解るけどな。「キュウマ」のあの行動を見てるだけに。……俺の立場からしてみれば、ざけんなの一言に尽きたが。
主君の命に報いる。しかも命懸けで、後先考えず、更には周りも巻き込む。
馬鹿だ。やっぱり馬鹿だ。救えない程馬鹿だ。馬鹿過ぎる。本当に、馬鹿だ。
「…………それだけ、ミスミ様のことを想ってるんですよ」
「それは解っておる。じゃが……」
「あと、ミスミ様が戦に出て、此処で待つことになるスバルのことも」
「む…………」
キュウマの弁護、という訳ではないが取り敢えず口にしといた。理由はない。ノリだ。
ミスミ様も待つ苦しみを知っているから、こう言われれば解ってはくれるだろう。
「………ええい、そなたはわらわの味方なのかキュウマの味方なのか、よく解らん」
「もちろんミスミ様の味方ですって」
「……本当かのぅ」
俺の言葉にミスミ様は口を尖らせる。
いつもは高貴な雰囲気を感じさせるが、たまにこういう子供っぽい一面も見せる。
何処かアンバランスな感じで、そして何故か似合っているようにも感じてしまうのが不思議なものだ。
全部ひっくるめてミスミ様の魅力なのだろうが。普通なら男共がこれほどの女性を放ってはおくまい。
これで人妻、未亡人だというのだから世も末である。…………別にやましい気なんてない。
「ミスミ様には戦って欲しいってのは本当ですよ。これは本音。間違いないです」
その分降りかかる危険が減るしね。自分の身が一番可愛いです。
怪我すんのも死に掛けるのもウチはご免じゃけん。至極当然の帰結だ。
勿論このことを口にするほど愚かではない。
「なら、ウィルはわらわの味方ということじゃな?」
「ええ、そういうことになりますかね」
「よしよし。その言葉、しかと聞いたぞ。わらわが困苦している時は必ず力になってもらうからな」
「…………なんかとんでもない約束されてる」
「はははっ!もう遅いぞ、ウィル。後戻りはできぬ」
けらけらと笑うミスミ様を見て俺も頬が緩む。
うーむ、本当にこの人のやり取りは和む。こう接しているだけでひどく落ち着くのだ。
気さくで明るく、見ていてほっとする。このお屋敷の雰囲気もあって何だか自分の家に居るみたいに思える。
いや、本当の家にはアットホーム的な感じの欠片も存在しないが。
先程も言ったように大人びているようで子供っぽい。あっけらかんと笑う無邪気な様は人を強く惹きこみ、好感を抱かせる。
これもまたカリスマという奴なのだろう。前の主の妻とはいえど、キュウマが忠誠を誓うのも頷ける。
「ミスミ」様もそうだったように、何の躊躇いもなく受け入れているくれるものだから、つい甘えたくなってしまう。
母性がありふれていると言えばいいのか。本当に母という文字を体言したかのような人である。
まぁ、他の人と同様に、その、付いていけない趣味というかなんというか……過剰な戦士としての本能的なモノを持っちゃっているのが傷だが。
戦稽古に付き合わされたら死ぬ。斬られる。吹き飛ばされる。あの「うんこ」もチャンスと言わんばかりに加わって本気で命(タマ)狙ってくるので素で危険。いや、あの糞は遠慮なしにボコボコにしたが。
それさえなければ完璧なんだ。命の危険さえなければ完璧な年上の女性なのだ。危機を孕んでさえいなければ………って何よりも致命的な欠点じゃないか。死ぬって何だ、死ぬって。死亡前提かよ。
よく考えてみればこの島に居る女性ってそういう人だけじゃないか?………いい人達のなのに。綺麗な人達なのに。何処か、狂ってる。
何故だ……。
目の前のミスミ様に「彼女」の影を見てしまい少し泣きたくなった。
本当にいい女性(ひと)なのに…………畜生。
「そなたは、わらわに誰を見ておるのじゃ?」
「………え?」
「何故そんな寂しそうな目をわらわに向けるのか、そう聞いておる」
………寂びしいのではなく、嘆いていたんです。
勘違いされてしまっている。ていうかアホか、女性に気を使わせるんじゃない。しかもこんな救えない理由で。
ミスミ様の此方を気遣う顔がキツイ。俺にはこれっぽちもそんな顔を向けられる価値はないというのに……。
「もし、よければ話を聞くが?」
「………いえ、どうでもいい話なので」
素で。
「馬鹿申すでない、そんな泣きそうな顔して。何かあると言っているような物じゃ」
その何かがくだらな過ぎる。いや、確かに死活問題ではあったのだが。
「本当に気にしないでください。僕は大丈夫ですから」
「………………」
ぐあっ!そんな痛ましそうに見ないでっ!?
胸が痛い!胸が痛い!大胸筋辺りがものすごく痛い!!
「わだかまりを吐き出せば、その分心も軽くなる。溜め込んでいては苦しいままじゃ。………泣いていいのだぞ?」
顔を曇らせながらミスミ様は言う。
ていうか最近何処かで聞いたことのあるような言葉である。デジャビュって奴か。
「わらわは子供にそのような顔をさせるのはつらい…………」
「…………………………………」
不味い。この空気は不味い。
非常に重苦しいのに、その実余りにも馬鹿々し過ぎる。
ええい、どうにかしなくては………!!
「ミスミ様!!」
と、音もなくキュウマ参上。
「帝国軍の部隊が見つかったようです!今からみな出陣します!!」
でかしたっ!!
「キュウマ、僕達も行こう」
「ええ!ミスミ様はどうか此処に居てくださいませ」
「あっ………」
これ幸いと立ち上がり、今から戦いに行ってきます的な雰囲気をもっていく。
ナイスタイミングだ、うんこ。褒めてつかわす。
縁側の外に現れたキュウマは俺が立ち上がってすぐに飛び出していった。
俺の頼んだ通りに辺りを警戒任務に就いたのだろう。
すぐに自分も戦時的撤退。
俺も此処から出ようとミスミ様に背を向ける…………が、後ろからひしひしと視線を感じる。
……このまま何もせずに黙って出て行っていいのか。女性を等閑にすると?なんか非常にそれは憚れるような気がする。
「…………ウィル」
お前はそのままでいいのかと、そんな響きを携えた声が鼓膜を振るわせる。
ええ、いいんです。というか勘違いさせてゴメンナサイ。ただ怯えてただけなんです。
危うくそんな言葉が喉から出かかるが、飲み込んだ。激しくこの雰囲気をぶち壊しにする。というかこの雰囲気自体、最初からお門違いなのだが。
ええい、いいから何か言えいっ!!適当に誤魔化すんだ!!
「………………男は、女の前だけでは、泣いちゃいけない」
「……………えっ?」
「だって、カッコ悪いじゃないですか」
「―――――――――――」
「……色々気を使わせてしまってすいません。あと、心配してくれてありがとうございます」
「ぁ…………」
「いってきます」
……クサイ。クサスギル。
恥に耐えられず、俺は足早にお屋敷を後にした。
『男は女の前じゃ泣かねぇんだ』
『格好、つかねぇだろ』
「………………リクト?」
風雷の里 井戸前広場
「あっ、兄ちゃん」
「ウィル兄ちゃんも火事のことを僕達に聞きにきたの?」
「いや、ちゃうちゃう」
広場に居たスバルとパナシェ、そしてイスラに近付いていく。
火事が起きた所とそう遠くない場所にあるこの広場は思っている以上に広い。
ユクレスの広場とは比べるまでもないが、スバル達やその他の子供達が戯れても尚余裕はある程だ。
遊具などはなく、中心には井戸が1つあるだけである。恐らくは火事もここから水を汲んで消化したのだろう。
「此処に居ていいの?ウィル以外の人達、どんどん出ていちゃったけど?」
イスラはいつもの調子のままで話してくる。
普段と何も変わった様子を見せない、ごく普通の態度。
誰もそんなイスラを疑わない。疑う、筈がない。
「まぁ、平気でしょ。僕の1人や2人居なくても。それよりも、スバル。ミスミ様がさっき呼んでたぞ?」
「母上が?」
「ああ。あとパナシェのことも呼んでたな」
「僕もですか?」
「何だろ、学校のことかな」
「一回、2人でミスミ様の所戻ってみるといい」
「分かった。行こうぜ、パナシェ!」
「そうだね。じゃあ、いってきます。イスラさん、ウィル兄ちゃん」
「うん、いってらっしゃい」
「ん」
「またな!」
走って広場を出て行くスバルとパナシェを見送る。
やがてこの場には俺とイスラの2人だけとなった。
お互いに顔を合わせることもせずに、ただ時間が過ぎていく。
空の方に目を向ければ怪しい雲が立ち込めてきていた。嫌な色のそれは群れるが如く、此方に押し寄せてきている。
一雨来るのは明らかだった。
「で、ウィルは如何したの?もう用は済んだんじゃない?」
「そうだな。もう用はない。ただ此処に居たいだけだから、気にしないでいい」
「ふ~ん。………とかなんとか言っちゃって、実は私に何か用があるんでしょう?」
楽しそうに、イスラは俺にそう尋ねてくる。
何の大したこともない、人をおちょくってくるいつもの笑み。
「私と2人っきりになるまで言おうとしないってことは…………もしかして、デートのお誘いかな?」
「いや、ありえない」
即答する。
素の顔で言い切った俺に、イスラは笑いながら頬を引くつかせる。
「言うの早過ぎるんだけど………。何かこれはこれで腹立つなぁ」
「さいで」
「さいだよ」
むぅと顔を顰めながら、イスラは此方に歩み寄ってくる。
元々大した距離じゃない。すぐに俺とのイスラの間は無くなった。
自然な動作でイスラは自分の手を持ち上げて、その手を俺に差し出してくる。
その顔には相変わらずの笑み。しかし同じ笑みではあるが、それは確実に以前のイスラの笑みとは一線を画していた。
目だけを見ればそれが笑みなのだとは間違っても思わない。そこにあるのは一種の凶器。人を威圧し有無を言わせない力がある。
差し出す、といった表現も間違っている。
手を俺に差し出しているのではなく、突き出されている。その手に握られているのは、こちらは正真正銘の凶器だ。
前に見た短剣が、俺の眼前に置かれていた。
「じゃあ、私のデートの誘いは受けて貰える?」
「ちなみにデートとのたまうその心は?」
「私なりのお願い、かな?」
「ナイフ突き付ける脅迫がお願いだと言うのならお前の神経はひん曲がっている。病院行け、病院」
「もう散々クノンのお世話になったから病院は間に合ってるかなー。ま、確かにお願いとは言わないかもね」
そう言って、イスラはにこっと俺に笑いかけてくる。
突き出されている短剣の位置はそのままで、顔だけを満面の笑みに変えた。
それは、いつか見た時と同じ笑顔。
「付き合ってもらうよ、ウィル」
邪気を感じさせないそれは、ムカつく程に可愛かった。
女は魔物だと、何処の誰が言った言葉だったか。