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No.3907の一覧
[0] 然もないと [さもない](2010/05/22 20:06)
[1] 2話[さもない](2009/08/13 15:28)
[2] 3話[さもない](2009/01/30 21:51)
[3] サブシナリオ[さもない](2009/01/31 08:22)
[4] 4話[さもない](2009/02/13 09:01)
[5] 5話(上)[さもない](2009/02/21 16:05)
[6] 5話(下)[さもない](2008/11/21 19:13)
[7] 6話(上)[さもない](2008/11/11 17:35)
[8] サブシナリオ2[さもない](2009/02/19 10:18)
[9] 6話(下)[さもない](2008/10/19 00:38)
[10] 7話(上)[さもない](2009/02/13 13:02)
[11] 7話(下)[さもない](2008/11/11 23:25)
[12] サブシナリオ3[さもない](2008/11/03 11:55)
[13] 8話(上)[さもない](2009/04/24 20:14)
[14] 8話(中)[さもない](2008/11/22 11:28)
[15] 8話(中 その2)[さもない](2009/01/30 13:11)
[16] 8話(下)[さもない](2009/03/08 20:56)
[17] サブシナリオ4[さもない](2009/02/21 18:44)
[18] 9話(上)[さもない](2009/02/28 10:48)
[19] 9話(下)[さもない](2009/02/28 07:51)
[20] サブシナリオ5[さもない](2009/03/08 21:17)
[21] サブシナリオ6[さもない](2009/04/25 07:38)
[22] 10話(上)[さもない](2009/04/25 07:13)
[23] 10話(中)[さもない](2009/07/26 20:57)
[24] 10話(下)[さもない](2009/10/08 09:45)
[25] サブシナリオ7[さもない](2009/08/13 17:54)
[26] 11話[さもない](2009/10/02 14:58)
[27] サブシナリオ8[さもない](2010/06/04 20:00)
[28] サブシナリオ9[さもない](2010/06/04 21:20)
[30] 12話[さもない](2010/07/15 07:39)
[31] サブシナリオ10[さもない](2010/07/17 10:10)
[32] 13話(上)[さもない](2010/10/06 22:05)
[33] 13話(中)[さもない](2011/01/25 18:35)
[34] 13話(下)[さもない](2011/02/12 07:12)
[35] 14話[さもない](2011/02/12 07:11)
[36] サブシナリオ11[さもない](2011/03/27 19:27)
[37] 未完[さもない](2012/04/04 21:58)
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[3907] 7話(下)
Name: さもない◆8608f9fe ID:94a36a62 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/11/11 23:25
暗闇を携える水面。日を浴びている際には晴れやかな空色を映し出す海が、今は深い黒に染まっていた。
今日は満月。だが、光に雲が靄の様にかかりぼやけている。大地に届くのはそんな霞から僅かに除く薄光のみ。
闇が深く溶け込んでいた。


別段何時もと変わりのない夜、そうである筈なのに闇が濃いと感じるのはやはり自分の内にあるわだかまりが起因しているのか。
甲板で見ることもなく夜の海を眺めているアティは胸に抱いている欝懐を拭えずにいた。

昼間、ウィルとクノンをジルコーダの群れ助け出した後のこと。
戦闘の反動は勿論、今日まで島を奔走し続けた疲れも相まって眠気に耐え切れず、アティは集落から離れた林の一角で休息を取っていた。
特に警戒も行なわずに無防備な姿を晒し暫く。はっきりと聞こえてくる芯の通った声に目を開けると、そこに居たのは剣を構えているアズリアの姿だった。朝見た夢の続きとも言える展開。いやアティとアズリアの別離の延長の果て。それが目の前にはあった。

立つ位置が異なるが故に対立するかつての親友。自分の信念を貫こうと話し合いを持ちかけるアティだったが、アズリアはそれを切って捨て逆にアティと果たし合おうとする。他者を巻き込みたくないと言うのなら一騎打ちでケリをつけようと。

アズリアにアティの言葉は届かなかった。
剣が迫っても得物を構えず無抵抗なままでいたアティにアズリアは舌打ちをし、踵を返し立ち去っていった。次はないと、そう言い残して。

やはり自分の望む物はただの理想に過ぎないのか。そんな事はないと否定するが、胸のわだかまりは消えてはくれない。アティは顔を曇らせ、混迷する自分の想いに馳せていた。


「先生?」

背後から投げられた声に振り向く。
そこには普段と変わらない落ち着いた表情をしているウィルが突っ立っていた。
随分とお互いの距離が空いていない。声を掛けられるまで気付かないなんて相当自分は参っているのかもしれない。
今もポーカーフェイスを崩さないウィルを見つつ、アティは自分の体たらくに苦笑した。

「如何したんですか、ウィル君?」

「それはこっちのセリフですよ。何ぼーっとしてるんですか」

「ただ海を見てただけですよ。何でもないです。ウィル君は如何して此処に?」

「イスラに借りた物を返しに行ってきました。それの帰りです」

そう言ってウィルはアティのいる手摺へ進み隣に並ぶ。自身の胸ほどある手摺に腕を乗せ、海を見詰めた。

「で、如何したんですか?」

徐に、ウィルが口を開く。
やっぱりきたとアティは心の内で呟く。何となく突っ込まれるであろう事をアティは予想していた。
この少年は鋭い。隠し事をしていてもすぐにばれてしまう。というより、あまり自分の言う事を信じていない節がある。
自分に信用がないのかウィルが捻くれているのか、どちらにせよ結構悲しい。後者はこれからも振り回されるのだろうという意味で。鼻がツンとくるのをアティは知覚した。

「………何泣いているんですか。素でキモいんですけど」

「いえ、目にゴミが……。決して泣いてる訳ではないんです。だから、キモいとか言わないで下さい。本当に、ぐすっ、泣いちゃいますよ?」

「…………」

よよーと涙を流すアティにウィルは若干引く。キチガイでも見るかの様な目で。
君のせいなんですけどね?と、アティはすぐ横にいる原因に言ってやりたかったが止めた。無駄だから。

「…………じゃあ、一つ聞いてもいいですか?」

「ぐすっ、はい、どうじょ…………」

「……先生と帝国のアレとの関係教えて貰えますか?」

「うぅ、はい、解りました……」

アティはアズリアとの関係を語りだす。アズリアがアレ呼ばわりされた事に気付いていないかった。

レヴィノス家の嫡子だということ。軍学校で最初の試験で目を付けられたこと、会うたびに何かと文句を言われたこと、次第に打ち解け親友とも言える仲になったこと。
それら自分が最初の任務で退役する時までのことをウィルにアティは話した。親友の辺りで何ソレ?みたいな顔をウィルがしていたがアティは気付かない。

「日々襲われていたんではないんですか?」と聞かれた。ある訳ないでしょうと言ってやった。
「退役した理由はもっと別の要因ですよね?」と迫られた。そんなのないですよと迫力に押されながらも答えた。
「いや、ないよ。マジないよ。理不尽だよ。何で俺だけ…………くそっ、チクショウ、何でだよっ!」とほざき始めた。さすがに引いた。

甲板に伏せながら握り拳をドンドンと叩きつける1人の少年。訳が解らない。本当に頭の方が心配になってきた。
やがてむくりと立ち上がるウィル。いつも通りに見えるが、目に光がない。

「………寝ます」

「え、ええ………」

そして、ウィルはその場をふらりと立ち去っていった。



「………わ、私、何かしちゃいましたか?」







然もないと  7話(下) 「すれ違う想いは往々に巻きおこる」







「し、死んじゃうよ~~~~」

「頑張れ。はい、水」

「ありがと、ウィル……あいたたたた」

ベッドから体を起き上がらせ俺の持ってきた水を口にするソノラ。
不休不眠で疲れが頂点に達しているかのような顔。いつもの元気もこの時ばかりは鳴りをひそめていた。よほど痛いのか、眉間に皺を寄せて痛みに耐えている。
自分にも経験があるだけに酷く同情してしまう。そして解ってしまうからこそ俺には何もしてやれない。

「うぅ~~。2日経ってもまだこんななんて信じられないよぉ。三日酔いぃ?もう、いやぁ、ったたたたたたた…!」

「でも、昨日よりかはマシでしょ?」

「当たり前じゃん。昨日なんてもう………うぅ」

ソノラはぶるりと体を震わせた。
昨日は、近くで響く声さえも全身に激痛を走らせるだろうと思い看病もせずノータッチだった。頭ではないのだ。全身である。魂がやられるのである。はっきり言って昨日1日は拷問だっただろう。


アティさんの口から衝撃的事実を聞かされて一夜明けた。
絶望した。在りえない程絶望した。アティさんがアレに苦しめられている事を望んでいた訳ではない、しかし「俺」の場合と差があり過ぎる。

何だよ親友って!?違うだろアレは!「アレ」は害だろ!化け物だろ!天敵だろっ!?間違っても笑って思い出を語る相手じゃないだろ!?
畜生、俺だけなのかよ!「俺」だけが「アレ」に追い回されていたのかよっ!!

自分の不幸体質に、いや自分の運命に絶望した。今更だが絶望した。昨日は枕を濡らしましたよ。ええ、ぐしょぐしょに。
上手く寝付けず起きた時間も早朝と言える時間帯。何やってるんだろオレと自分の有様に自嘲し、もう寝るのは無理だと思ったので浜辺で黄昏ていようと部屋を出た。
そして、そこで幽鬼の様に部屋から出てきたソノラと鉢合わせ。水を飲みに逝こうとしていたので止めて俺が持ってきた上げた次第である。

俺も俺で元気はないが、まぁソノラ達と比べるまでもないだろう。やる事もないのでソノラが眠りにつくまで傍に居る事にした。


「本当に参っちゃうなぁ。こんな質の悪いの初めてだよ」

だろうさ。肉体じゃなくてある意味精神がやられてるんだから。

「当たり前だけど宴会のこと全然覚えてないしー」

「楽しそうだったよ。ソノラもイスラも」

ファリエルもな。

「うんうん、イスラのことは覚えてるかな。初めて話したけど、最初から会話弾んちゃってさぁ。そうそう解る解るみたいな感じで」

「年離れてなさそうだったしね。良かったじゃない」

「うん、私もそう思う。女で私位の年の人って海賊には居なかったからさぁ、共通の話持ってるって嬉しい。イスラ面白いし、友達になれて良かった。あっつ……!!」

「もう横になった方がいい」

ベッドに腰掛けこめかみを押さえるソノラに言う。
ちなみに着てるのはパジャマ。長袖長ズボンでレモン色の物だ。ソノラによく似合っている。全体に入っている絵柄が導火線に火がついてる爆弾なのはもう苦笑するしかない。

「えー、もう寝れないんだけど。それに横になってるだけってキツイしぃ……」

「その気持ちは解らなくもないけどちゃんておとなしくしてた方がいい。体が参ってるんだから」

というか魂が安定するまで無理しない方がいい。その内生きてるのがしんどくなる。

「ぶーぶー」

「ぶーたれるなって」

久しぶりに聞いたソノラのそれに苦笑。
枕を直しソノラが横たわってから布団をかけてやる。ボサボサになっている髪もある程度梳いてあげた。
女性の髪を触っても良いものかとも思うが、ソノラだから遠慮する事もあるまい。

「……ウィルってさぁ」

「うん?」

「なんか、お兄ちゃんって感じする」

「………………」

「何時もならそんな事思わなかったけど、今のウィル見てたらそう思っちゃった」

「…………僕の方が年下なんだけど?」

「でもウィル大人びてるじゃん。こうやって視線が低い所から見ると違和感あんまりないよ。気分だけど」

お兄ちゃんか………。
言われたね、そっくり似てる「誰かさん」に。
「あの娘」は頼りないダメお兄ちゃんと俺を笑いながら言ってくれたが。

「大体ソノラにはカイルがいるじゃないか」

「兄貴は兄貴なんだよ。こうがさつでいい加減で。ウィルは落ち着きのある、面倒見のいいお兄ちゃん」

「何だかなぁ」

「あははは」

これも聞いた事のある言葉だ。もっとしゃっきりしていれば文句無しとコメントも頂いたっけ。
余計なお世話だと言ってやったが…………懐かしいな。

変わらないなホントに。ソノラも、「あの娘」も。何も、変わらない。


「じゃあ、お兄ちゃんが可愛い妹の為に人肌脱いでやろうではないか。何か欲しい物ない?」

「ふふっ、じゃあねぇ。んーー、そうだなぁ………エビが食べたいかな?」

「エビって………現金な奴というか欲望に忠実というか」

ていうかその状態でよく何か食べようとか思えるな。「俺」は天上天下飲んで暫くは食欲出なかったけど。まぁ、「ソノラ」の海老の執念は知ってはいるが。

「冗談冗談。本当にやらなくていいよ」

「いや、取ってくる」

「えっ………い、いいって。真に受けなくても」

「でも食べたいんでしょ?」

「そりゃあ、そうだけど………」

「釣ってくる。しばし待ってなさい」

「レックス」だった時確かに釣った記憶がある。海老、というより厳密にはロブスターか?いやまぁ一緒か。
あれ外見的にはザリガニだよね。田舎で食したことはあるが、やっぱ海老の方が断然いい。ていうか不味い。アティさんは食ったことあんのかな?可能性としては十分だが………遠慮して欲しいな、絵的に。

「いいよーぉ。私の我侭なんて聞いてくれなくて」

「遠慮するな。それに兄には出来る事がこれくらいしかない」

長時間話すのもつらいだろうしね。
海老入手の為にソノラの部屋を出ていこうと立ち上がった。が、同時に袖を掴まれた。離してくれない。
あのソノラさん?進めないんですけど?

「そんなのいいからさ、一緒に居てよ。寝れないから1人で居るの嫌なんだよね」

「頑張って寝れ」

「むーりー」

ふむ、それでは………。

「じゃあ、子守唄を唄おう。それで寝てくれ」

「何それー。あたしが寝なかったら如何するのよ。というか絶対無理だし」

「馬鹿め、抗えぬわ」

サモナイト石を取り出し、召喚。
眩い召喚光がソノラの部屋を照らし、光の中心から青の髪の人魚――「セイレーン」が召喚された。

「あっ………」

「スリープコール」

セイレーンがソノラの頭上で手に持つハープを奏でた。
滑らかに紡がれる曲を聞き、ソノラの瞼が徐々に下がっていく。魔力を全く込めてないので本当に眠りを促す程度だ。強制的に眠らせる訳ではないので、術の効き目が切れてすぐに目を覚ます事はあるまい。

「…………ウィ、る…」

「ちゃんと取ってくるから、楽しみにしてて」

「……………うん」

頷いて、ソノラの顔が綻ぶ。声には出なかったが、「ありがとう」と口がその言葉を作っていた。
俺もそんなソノラに顔を綻ばせる。穏やかな笑顔を見て嬉しくもなったし、ソノラに「俺」に微笑んでくれる「ソノラ」を見た。
もう俺は「みんな」に会えないけど、決して絆は消えることはないと、そう思えた。


「お休み、『ソノラ』」


多分この時は、俺もいい笑顔をしていただろう。








岩浜。
もう日もすっかり出て空には今日も澄み切った青が広がっている。
アティさんには悪かったが朝食を先に食べさせて貰い、伝言を残して此処へ足を運んだ。

手頃な岩に腰掛け海面の一点に集中する。浮き、それが沈むのを見るのではなく感じる。
今手に繋がれているのは道具ではなく体の延長であり体の一部。体であるが故に反応などおごがましく、獲物が食い付いた瞬間に反射する。
先制。獲物よりも一歩と言わず数歩早く攻勢に出る。逃げのモーションに入ることなど許さない。瞬殺だ。常に瞬殺だ。何度でも言うが瞬殺なのである。

「フィッシュ・オン」

「ミャ!!」

餌に食い付いたのを知覚、瞬時に竿を引く。
虚を衝かれたそれは抵抗する間もなく浜へ打ち上げられた。何を釣り上げたのかというと………タツノオトシゴみたいの。ゲテモノじゃん。
くそぃと呟きバケツの中に入れる。エビ釣れねー。魚ばっか釣れる。いや、釣りなんだから当たり前なんだけど。

ゴツゴツとした岩の群れ。その岩の一つに陣取っている俺は後ろを見やる。
打ち寄せる波に持っていかれないよう、収穫した魚は砂浜の奥に置いてある。もう釣り上げた魚はバケツ三つ目に突入しており全てが満杯。宝箱も幾つか散乱。しかし、本命には未だ当たらない。

ううむ、エビがこないのは餌が原因か?ソノラの為にも早く持っててやりたいし、それにせっかく釣り上げた魚がダメになってしまう。もったいない。
ここいらできて欲しいのだが。戦法を変更し、餌をミミズからするめに変える。今度こそ。じぇい。

「で、イスラ。何やってんの?」

「ミュウ?」

「うっ……。な、何で解ったの?」

「さっき振り向いた時ちらりと見えた」

「うっそー。すぐに隠れたから絶対バレてないと思ったのに。……ウィル、変態?」

「変態言うな」

イスラが俺の隣に腰掛ける。
先程から気配は僅かにだが感じていた。ぶっちゃけイスラの言う通り姿は見えなかったが、態々気配を絶って近付いて来てる相手に俺が気付いていたと言うのもおかしい。普通に気配の殺し方が暗殺者とかそれ並みだったし。うんこともタメはれるんじゃね?

「で、ご用件は?」

「別にないよ。ただ会いに来ただけ。船の方に行こうとしてたけど此処にウィルが居るの見えたからさ、こうやって来た訳さ」

「イスラは二日酔いだか何だかは平気なの?」

「う~ん。まだちょっと頭ががんがんするけど、特に問題ないかな?あっ、そう言えばソノラとカイルさん達平気?」

「まだ死んでるけど、大丈夫だよ。明日には復活するんじゃない?というか、して貰うわないと困る……」

「そっか。一安心かな」

昨日の夜に出歩いた所から見るに、やっぱ毒とかそういうのに耐性があるのか?派閥でどういう事をされてきたかは解らないが………胸クソが悪い。でも、この場合だと酒の強さではなくて魂の強さとかそういうことか?………解らん。
そういえば、「ヘイゼル」さんは今頃如何してるのか。幸せな人生とやらを送れていればいいが。

「ウィルはいつも此処で釣りしてるの?」

「大体ね」

「でも、こんな釣っちゃってすごいじゃん。ウィル、釣り上手いんだね」

「まぁよ。……じぇい!」

「言ってる側から釣ってるし……」

また外れ。むむっ、一時撤退するか?魚を置いてきて場所を変えた方がいいかもしれない。
取り合えず、あと何回かやったら引き上げよう。

浮きをブン投げる。それと同時に頭に乗っかっていたねこをイスラがひょいと抱き上げた。
ねこが「ミャミャ!?」と驚いている。俺の相棒に変なことすんなよ。

「ウィルはこの子とずっと前から一緒だったの?」

「いや、ねことはこの島に来た時初めて会った。それから懐かれて一緒に居る」

「フミュウ」

「へぇー。いいなぁ、こんな可愛い子が護衛獣だなんて」

護衛獣じゃないけどな。誓約はしているが。
イスラはねこを膝の上に乗せうりうりと首を撫ぜている。ねこも満更でもなさそうで、体をよじったりゴロゴロと鳴いて嬉しそうだ。やばい、和む。

「ていうかさぁ、名前が『ねこ』ってそのまんまじゃん。可愛そうだよ、ねこ君が」

「お前も今普通にねこ言ってるけどな。でもまぁ、確かに味気ないとは思うけど、もう定着しちゃったし」

「にゃあー」

「だけどさぁ………」

ふむ、イスラの言う事も一理ある。俺も元々は何か名前付けようとは思ってたし。
誓約するとき普通にサモナイト石へ「ねこ」で名を刻んじゃったんだよね。あーもうこりゃあしょうがねぇやって感じで「ねこ」に決定した。ねこも不満ないって言ってくれたしな。

ねこのつぶらな瞳を覗き込み、名前変えてもいいかどうかアイ・コンタクト。というか、したいかどうか聞いてみる。
顎に柔らか丸い手を添えて考えるねこ。キユピーも可愛かったけど、やっぱ俺は「ねこ」派だ。仕草も鳴き声も全てがグレイトである。って俺親バカ?
やがて、ねこはコクリと頷いた。どちらでもいいみたいな感じらしい。んー、じゃあ如何するかな……。

ちらりと横に座っている名前付けよーな顔してるイスラを見る。滅茶苦茶乗り気だ。
………んじゃあ

「イスラがねこの名前決めて上げて」

「…………いいの?」

「うん。ねこもイスラにもう懐いてるし、変な名前付けるんじゃなかったらそれで構わない」

「……………」

「にゃっ!」

ねこも見て本当にいいのか尋ねるイスラ。ねこは嬉しそうに声を上げる。
イスラの顔が輝いてく。まんま子供だ。

「うん、じゃあ任せて!君に、とってもいい名前付けてあげるから!!」

「ミュウ!」

うんうんと唸りだすイスラを尻目に俺もふっと笑う。
視線を外して前を見詰め釣りに専念、エビエビエビと念じて俺も神経を集中させる。
そして、浮きの手応えにかかったと目を光らせ一気に釣り上げた。エビーーーーッ!!

……いや、外れだけどさ。カモノハシ釣れた。何でやねん。

「よしっ、決めた!」

「おっ?」

「にゃにゃ?」

ケリがついた様である。さて、何が出てくる。

「テコなんてどうかな!」

「テコ?あんま、ねこと変わんない様な……。ちなみに何でテコ?」

「歩く時テコテコ歩くから!!」

「にゃ?」

えー、うん、まぁ、何とも言えないけど、いいんじゃない?シンプルで。

「そうする?」

「…………ミャッ!」

「やたっ!!」

本人の了承も得て、「ねこ」は本日限りから「テコ」に改名。一文字しか変わってないが、名付け親と本人が喜んでいるから構うまい。
後でメイメイさんのとこ行って誓約の名を変えなきゃな。

「今日から、君の名前はテコだ!」

「ミャーミャッ!!」

イスラは腕を突き出し「テコ」を胸の位置に掲げる。
嬉しそうなテコと共に、彼女は満面の笑みを浮かべていた。

イスラは、ペットの類を飼ったことはないだろうから何かに名前を付けて戯れる事はなかったのかもしれない。
多分これもイスラの初体験。他の生き物と触れ合って気持ちを共有する、そんな心温まるやり取り。


「よろしくね、テコ」

「ミャミャー!」


嬉しそうな顔しやがって。


自然と、顔が綻んだ。




しかし………くそっ、釣れねー。








相当重いバケツを両手に船へと帰っていく。腕がキツイ。今の俺にとって難易度高い重量級を、この頃運びまくってる気がする。

あの後、粘ったがエビがくる事はなく凹む俺に、テコの名付け親になり終始ご機嫌なイスラが如何したのかと尋ねてきた。
事情を説明すると、自信満々にそれは餌が悪いとイスラは言い切り、人の道具箱勝手に漁ってこれにするといいと手渡してきた。
イスラが差し出した物は……マタタビ団子。あいつの感性やっぱ理解出来ない。

いや無理だから。ていうかお団子は釣りの道具じゃないから。そういうタイプのお団子あるけど、これマタタビ団子だから。
そう言ってやったが、やってみなくちゃあ解らないと聞いてくれない。マタタビ団子は戦闘に役立つからこんな馬鹿げた事に使いたくなかったのが、イスラがうるさいので一回だけやった。

これ口にした瞬間魚眠るだけじゃねーのかと釣りが出来るのかさえ疑わしかったが…………釣れた。普通に釣れた。エビが。
どないやねん!一発!?一発で!?可笑しいだろっ!!あんだけ俺が奮闘しまくって、団子使ったら一発!?ていうか何で団子っ?!

高らかに叫びまくった。何かが作用しているとしか思えない。ってかエルゴ、テメーだろ?
勝ち誇ったイスラの顔が果てしなくムカついた。

非常に不服だったが目的も達成したので帰路につき、イスラがテコと一緒に居たそうだったので貸してやって、その場で別れた。
釣り上げた魚と空の宝箱を1人で持って行ける筈もないので「ポワソ」を召喚。宝箱を何段も乗っけ、一番上にバケツを置いたすごいオブジェを持って貰っている。
いや、普通に俺より力持ちだしね?浮遊してるし躓いてぶちまけることはないだろう。フラフラしているが。ゴメン、ポワソ。

アジト近辺で空箱をまとめてゴミ収集場所に置いていく。肩の荷が下りたポワソは一安心していた。ううむ、ねこ……じゃなかった。テコと別れなければよかったか?


後でポワソにポワポワドリアを上げようと決め船へと向かうと、アティさんを発見。
船のまん前で何だかシケた顔をしていた。

「先生」

「ウィル君………?」

「如何したんですか?まるでおやつにヨーグルトかプリンのどちらを食べようか真剣に悩んでいる様な顔をして」

「し、してませんっ!!」

「図星ですか。もういい大人なんですから勘弁してくださいよ」

「してないですってば!?何を根拠にそんな事言ってるんですか!?」

「僕の主観です」

「最悪ですっ!!!」

はぁ、はぁ、と息を吐くアティさん。やはりこの人を弄るのは面白い。
昨日あれだけ俺を好き放題に蹂躙しやがって。もう貴様の天然殺法を通用せんぞ。割り切ったからな。心の壁で拒絶してやる。復讐じゃ。

でも、本当に真面目な話如何したんだろうか。昨日からずっとこんな感じだ。何悩んでるんだ?
この時期、「俺」の場合はジルコーダを倒した後「アレ」が来襲してドンパチやらかした。だからこそ、アレの事で悩んでいるのだろうと思い、昨日色々アレについて話を聞いたのだが………アティさんの話す内容に俺の頭が耐えられなかった。だって、ねぇ?

兎に角、「俺」の様に「アレ」に怯え恐れているとか、それで寝れない日々が続いているとか、そういう悩みの種ではないらしい。
じゃあ何ぞ?うーむ、全く見当が付かない。アレと親友の時点で既にありえないし、もう何が何だか…………

って、親友?…………もしかして友達だから戦いたくないって事?
いや、もしかしなくても普通に考えてそうだろ。

あー、盲点。常識的に考えて全然盲点でもない様な気がするけど、これは盲点だった。恐れる余りそういう考えちっとも浮かばなかった。
アレが絡むと極端に視界が狭まる、というかマイナスのイメージしか働かなくなる。もはや偏見のレベルだな。
でも………それもしょうがないと僕は思うのですよ。常にこの首を狙われていたんですから。


「アレ………帝国軍の女隊長と戦うのが嫌なんですか?」

「………!」

アティさんは俺の言葉に目を見開く。どうやら間違ってはいない様だ。………戦いたくない理由が「俺」と180度違うってのが泣ける。

でも、アティさん戦いたくない理由が友達云々だと言うのなら、それは割り切って欲しい。
仲間が危険に晒されるのだ、私情は切り捨てて貰わないと困る。戦う事に迷いがあれば簡単に切り伏せられるし、それは仲間も巻き込む。それが戦場という物だから。アティさんのその感情は正直言って邪魔だ。

だが、アティさんの抱くその感情は人として間違ってはいない。割り切れ、というのも酷だろう。優しすぎる彼女なら尚更。
むぅ、どう説得したらいいものか…………



「アティ殿はおられるか!!」



…………タイミング最悪。


空気読めよクマ。







敵陣に1人やって来たクマもといギャレオは宣戦布告を物申してきた。「剣」を取り戻す為にね。
律儀というか馬鹿正直というか。俺が指揮官だったら絶対奇襲だけどなぁ。プライドでは飯は食えんのすよ。

相手は海賊なのだから、何やろうが客観的に見れば卑怯などという言葉はそこには在りえないし。
この離島で起きている絶対孤立という特殊条件下故に、敵の主力を漏らすことなく叩き潰すっていう考えは間違ってないけど………でもやっぱ不意打でドーンだよ。一切被害出すことなく終了って最高よね。
まぁ、お蔭で此方としては助かるのだが。

ギャレオの宣言はカイル達がいない分滞りなく済みそうだ。聞くのが俺(+ポワソ)とアティさんだけというのが何だかなーという感じではあるが。
隣でギャレオの言う言葉を真剣に聞き入っているアティさんは何を思っているのか。引き締めている彼女の顔が、無理をしている様に思え不安を感じてしまう。


「我が部隊は後方にて既に臨戦状態にある!!しかし!賊といえど「やかましいんだよ、ボケェッ!!頭に響くだろゴリラッ!!!」」

「弱者に対する一方的な攻撃は帝国の威信を損なうと「ちょっと黙んなさいよ!!近所迷惑でしょゴリラッ!!森帰んさいよっ!!」」

「よって、同時に降伏勧告をおこな「うるさーーーーいっ!!!!うるさいうるさいうるさいうるさいっ!!ゴリラうるさいっ!!!」」

「降伏の意思あ「品性を欠いた声で騒がないでくださいいえ生理的嫌悪を促す鳴き声を上げるんじゃないこの霊長類科の毛深い猿め兎に角ゴリラ帰れっ!!!」

「返答の「「「「かーえーれっ!!!かーえーれっ!!!かーえーれっ!!!かーえーれっ!!!かーえーれっ!!!」」」」」

「攻げ「「「「ゴーリーラッ!!!ゴーリーラッ!!!ゴーリーラッ!!!ゴーリーラッ!!!ゴーリーラッ!!!」」」」貴様等ぁあああああああああああああああああっっ!!!!!!!!!!!!!」


「…………………………」

「…………………………」

「ピィ…………」

ギャレオの大声に切れたカイル達が船内から野次、いや人種的差別を叫んでいる。
窓から物投げまくってる。ヤードが血走った目でサモナイト石を投げる姿はシュール通り越してこの世の光景なのかと目を疑ってしまう。
ブチ切れたギャレオが咆哮するが、圧倒的物資による砲撃を前に為すすべもなくボロクソになっていく。あれ、一応使者なんだけど。

やがて砲撃が止み、動かなくなったギャレオの亡骸が大地に横たわっていた。人類に敗れた巨大生物の末路みたいなになっている。三流映画の結末か。
いやマズイだろコレと俺とアティさんは目配せをしてピコリットとセイレーンで治療。怒りか悔しさか情けなさかで震える体は涙を誘う。哀れ過ぎた。
起き上がるギャレオに必死にカイル達の弁解をし、ペコペコ頭を下げるアティさん。保護者か貴方は。

やがてギャレオは去っていった。大きく、そして遠い背中に涙した。







「くっくっくっ、弱者ときたか……おえっ」

「カ、カイルさん………」

「無駄よ。さすがにああまで言われちゃあ、アタシらも引っ込みがつかないわ……うぷっ」


「ごめん、先生。やっぱねあたし達、海賊なんだよ………んぐっ」

「……………」

アホかこいつ等は。


船長室。
帝国軍の宣戦布告に対し、売られた喧嘩は買う、何よりあそこまで侮辱されて黙っている訳にはいかない等とほざくカイル一味。
侮辱されたのはお前等ではなく絶対ギャレオの方だと思う。というかゴリラゴリラ騒いどいて話聞いてたのか。

「あ、あの………」

「おい先生よ、まさか止める気じゃねえだろうな?おぐっ……!」

止めるに決まっている。

貴様こそその状態で戦闘するつもりか。嘗めてんのか。
カイル達全員顔に生気がない。てか顔が土気色になっている。戦闘なんてまず無理。

「や、止めといた方が………」

「馬鹿言うんじゃねぇ先生、おえっぷ…!俺達は売られた喧嘩は買う、おぶっ…!何より貫き通さなきゃ、げぶっ…!な、ならねぇ仁義ってもんがある、おごぅっ…!!」

「不愉快な喋り方するな貴様」

口を閉じろ。

「仁義もクソもあるか。おとなしく寝てろ」

「ウィル、てめぇ……おぼっ!?」

止めろっつてんだろ。

「戦ってる途中でゲロをぶちまけるつもりか。末代まで恥を晒すぞ。ていうか僕達に甚大な被害及ぼすから来んな」

「ぐうっ…!」

顔を歪めるカイル。悔しさと吐き気で。
カイル達の言いたい事は解る。「レックス」の時散々聞かされたカイル一家の掟という奴だ。
だが今回ばかりは本当に来ないで貰いたい。普通に邪魔だ。


「取り敢えずカイル達は絶対休んで貰うとして」

「ええ、そうですね………」

問題は……

「先生、戦えるんですか?」

「………………」

アティさんは顔を俯かせる。
正直割り切って貰わないと本当にキツイ。カイル達がこの状態なのだ、宴会で潰れた連中も同じだろう。
戦力がまるで足りない。これでアティさんが足を引っ張るというのならもう止めだ。現戦力では勝機が見出せない。

まだアティさんが戦えるならどうにかなるのだ。上級召喚術を行使出来るだけで戦況は一変出来る。
万が一状況が許さないのであれば「剣」を抜けばいい。数の差は簡単に覆せる。まぁ、さすがに使わせる気など毛頭ないが。
とにかくアティさんの力は「剣」がなかろうと必要不可欠。出て貰うしかない。

「先生、友達と戦いたくないのは解ります。でも……」

「…………違います」

「えっ?」

「私が戦いたくない理由はアズリアと戦うのが辛いんじゃなくて……いえ、それも勿論あるんですが」

友達云々が本命じゃない?じゃあ一体………

「私は戦う事を認めたくない。みんなや他の誰かが傷付くなんて嫌です。誰にも、傷付いて欲しくないんです」

「なっ……」

誰にも傷付いて欲しくない?何言って……

「先生っ、それは………!」

「解ってます。私の言ってる事が無茶苦茶なんだって事は」

「…………」

当然だ。誰にも傷付いて欲しくないなんてそんな願い。思考も、思想も、望む物もそれぞれ違う他者が、争う事なしにどうやって己の主張を通すというのだ。
それは望みを、欲望を、個人を殺す事と同義だ。全ての禍根を断つという事と同義だ。想いを閉じるなんて事は、不可能だ。
人間はそんな綺麗な存在ではない。醜い生き物だ。恐らく召喚獣さえも。 ……争いが無くなる事はない。


「でも私は諦めたくないんです。解り合おうとする事を諦めたくないんです」

「諦めたら、本当にそこで終わっちゃうから!」

「何の為に言葉があるのか解らなくなってしまうから!!」

「私は………解り合おうとする事を、諦めたくない」


綺麗事に過ぎない。この人が言ってる事は、ただの夢想だ。
アティさんの望みは叶わない。世界は優しくない。


世界は、理不尽だ。



「………信じたいんです」



でも。


「………ッ」


俺は知っている。この人がどれだけ他者を思いやっているかという事を。底抜けのお人好しで馬鹿という事を、知っている。

身を呈して俺を守ってくれた。打算も無しにカイル達を助けにいった。自分から召喚獣達に歩み寄っていった。
他者を守ろうと、他者を理解しようと、尽くしていた。

ジルコーダを討った、その後の彼女を覚えてる。
泣き出しそうな子供の様な顔をしていた。こんなのは悲しいと、そう呟いていた。


「……………」


それは俺には決して無いモノだ。

それは出来もしない事を望む傲慢なモノだ。

それはいつか取り返しのつかなくなる危険のモノだ。

それは愚かで救いようのないモノだ。

それは身を滅ぼすモノだ。


そして、それはとても眩しいモノだ。


叶う筈のないただの夢物語で、だからこそ、綺麗なモノだ。
それを抱き続ける彼女は…………


「結局、先生は話し合いで全てを解決したい、そう言いたいんですか?」

「はい……」

「彼等が本当に応じると思っているんですか?」

「解りません。でもっ、私は言葉と言葉でぶつかりたいんです……!!」

「……………」


笑ってしまう。


「僕は反対です。敵は宣戦布告まで出してる。今更説得なんて意味がない」


彼女が「俺」だって?


「きっと無駄になる」


在り得ないだろ?


「それでもっ!」




俺は、こんなカッコよくない。




「……まぁ、そんだけ言うんならどうぞご自由に」

「私はっ……………はい?」

「やればいいんじゃないんですか、先生のやりたい様に」

「………い、いいんですか?」

「どうぜダメと言ってもやるでしょう、先生は」

「うっ………」

「それに『剣』を持ってるのは先生です。僕が口出ししても結局意味ないですしね」

「い、いえ、そんなことは………」

「ありますよ。というか、始めから僕の言ってる事聞こうとしてないじゃないですか」

「う、うぅ…………そ、それは」

申し訳なさそうにするアティさんに苦笑。
最初から決めているなら俺の言葉など無視すればいいだろうに。
本当に俺とは真逆の人間。底抜けのお人好し。

「先生は馬鹿な事やろうとしてます。ええ、間違いなく馬鹿な事です」

「そ、そんなことっ……」

「馬鹿な事だけど、多分、間違ってはないと思います」

「あ……………」

「馬鹿で、間抜けで、阿呆で、異常で、救いようのない事ですけど……」

「……………」

「………でも、カッコイイです」

「ウィル君…………」

正直如何かとも思うけど、誰もが傷付かずに済む様に望むアティさんの顔は、真っ直ぐで、カッコイイ。
毒されてると思う。こんな事許すなんて。全く合理的じゃないし、無茶苦茶だ。

でも、応援したい。したくなる。「俺」には出来ない事だからそう思うのかもしれないけど。
あがけばいいと思う。それは無駄だったとしても、きっと素晴らしいモノだと思うから。


「先生が話し合いをしようと言うのなら僕は止めません。でも、その結果が先生の望んでない物だった時は、覚悟を決めてください」

「………解りました」

フォローはする。彼女の望む結果になろうがなるまいが、みんなが無事でいられる様に。


「先生」

「?」


だから―――


「―――頑張ってください」

「…………はいっ!」


子供の頃夢見た全ての人達を守るモノ。
それを、見せて欲しい。













では、問題も解決したのでぼちぼち行動に移ろう。

「取り合えず戦える人達集めましょう。といっても、アルディラとファリエル達ぐらいしかいないですけど」

「そうですね」

「僕はメイメイさんを呼んで来ます。あの人にも働いてもらわないと困る」

「解りました。それなら、後で集いの泉に落ち合うってことで」

「はい」

アティさんが船長室を出て行いった。
それを見送り、さて如何したものかと思案する。実際この戦力差はシャレになってないのだ。
恐らくアレは全戦力を投入してくるだろうし、戦場もほぼ平地に近いので地形条件は有利不利はない。そして小細工の施しようがない。陽動、囮、罠といった戦術もある程度の数がそろってないと実行不可能だし。
まずったな、こんな事になってしまうとは。思慮が足りなかった。

「ウィルー………」

「何、ソノラ?エビならちゃんと取ってきたから安心しなさい」

忘れていたが、まだ此処にはカイル達が残っている。みんな机に突っ伏しているが。
呻き声、というか亡者の声みたいのが上がってる。ソノラ以外の3人は症状が重いっぽい。それだけ酒を飲んだという事なのだろうが。

「うん、それは嬉しいんだけど……。やっぱりあたし達も行くよ。このままじゃあ、本当にカイル一家の名が廃っちゃうよ。先代の名前、汚したくないんだ」

「…………その状態で?」

「うん………」

明らかに顔色は悪い。いつもの調子が出せるとは思えないし、戦えたとしても普段の半分も力が出せないだろう。
原因が俺だけに、なんとかソノラ達の意志を汲みたいとは思うが………。
「……任せやがれウィル」とカイルがニィと笑みを浮かべるが、顔面全体が引き攣っている。ついでに言えば汗が垂れてる。何を任せていいのか解らない。

「うーん………後方支援だったらなんとかいける?」

「それだったら今のあたし達だって出来るよ!!うん、きっと!……多分」

徐々に自信の程を下げないで欲しい。判断に困る。
回復だけに専念させればまだ運用も可能か?ソノラに限れば銃での支援も。ヤードとスカーレルは治療と解毒に当て、カイルはストラでみんなを養う。………今のカイルにストラ使わせたら昇天するかもしれない。

やっぱ、不安材料が尽きないな。狙われたら間違いなくそこで終わる。カイル達を守る為に戦力を割く訳にいかない。
攻撃も届かない超遠距離からのサポート?うーむ、現実的じゃないな…………むっ?

「…………ソノラ。今から言うこと出来る?」

「なになに?」

カイル達にも内容を伝え、それくらいだったらやってみせると返ってきた。
口を抑えるスカーレルと髪と同じで顔色も青くなっているヤードが不安を掻き立てるが、信じるしかあるまい。

打ち合わせをしてからメイメイさんの店へと向かった。







集いの泉に集合した後、帝国軍の待つ場所へ移動を開始する。
「俺」が経験した通り、指定された場所は暁の丘。ラトリクスと風雷の里の東に位置する島の東部。

風雷の里周辺の森を進んでいく。
今居るパーティーは、アティさん、アルディラ、クノン、ファリエル、フレイズ、メイメイさん、そして俺とテコ。
やはり戦力不足は否めない。アルディラもこれだけの数で帝国軍を迎え撃つ事に難色を示している。
だが、他にどうしようもない。みんなが復活するまで待ってくれと言って待つ筈ないのだから。この人数でやるしかないのだ。………イスラも強制参戦させればよかっただろうか。いや、無理だけどさ。

集落の方は虫の息のキュウマやヤッファに任せてある。
戦えないのだからそれくらいはやってのけなさい?と氷点下の眼差しでキュウマ達を見詰めるアルディラは怖すぎた。
逆に『頼ム……』と切実にお願いするファリエルは対照的だった。責任感じるなっていってもやっぱダメだよね。申し訳ございません。

「でも、本当に大丈夫なの?メイメイさんでもこりゃマズイと思うんだけどぉ?」

「そう思うんだったら死ぬ程働け。1人で10人くらい叩きのめせ。そうすれば問題はなくなる」

「にゃはははははははっ。嫌よ」

「使えねぇ」

「あたし帰ろっかなー」

「ごめんなさい」

瞬時に垂直に腰を折る。
クソ、実行犯はこいつだが計画した主犯は俺なので何も言い返さない。でも、この人本気になれば簡単にケリがつくと思うのは俺だけだろうか?

「はぁ、何の為の護人なんだか……」

『…………………』

「あはははは………。ま、まぁ、アルディラ、なっちゃったものはしょうがないんですから、此処は私達が何とかしないと」

「何とかなると思ってるの……?」

「予想される敵戦力と此方との差はおよそ2倍。容易に覆せる差ではありません」

「ク、クノン………」

「事実なだけに否定のしようもありませんね」

「フレイズさんまで……」

愚痴を漏らすパーティー一同。ファリエルだけは沈黙。
最後のフレイズは俺に目をやったので、存外にどう責任を取るのか問うている。ワカッテマスヨ、コンチクショウ。


「でも、戦わずに済むかもしれないんです。いえ、私はそうさせたい」

「……楽観的、もしくは無謀と言わせて貰うわ」

「……………」

「でも、それが貴女ですもんね。戦わずに済む確率は置いといて、嫌いじゃないわよ、貴女のそういう所」

「アルディラ……!」

「今更ね。もう私達は貴女のことを信じると決めたんですから」

眉尻を下げてアルディラは笑う。言葉の通り、その声には信頼の色が窺えた。
突き放しといて安心させる話し方はアルディラらしい。それだけにアティさんにきちんとした信頼関係が結ばれていると解る。
アルディラ本人の気持ち。偽りは、ない。

一歩外で彼女を観察している自分に反吐が出てくる。彼女の内を探っている、疑っている自分がうざったくてしょうがない。
それでも止める事は出来ない。取り返しのつかない事になってしまったら、それこそ俺は自分が許せないから。
アティさんもアルディラも助ける事が出来なかったら、俺は一生後悔する。

言い訳、建前を己に言い聞かせ、ただ客観的にアルディラを見る。
判断を間違えるな。性根など既に腐りきっているのだ。今更腐った所で思うことなんてない。
揺さぶる。彼女の内にあるモノを、見定める。

「先生。もし帝国軍が『剣』を引き換えに島の無事を保障した場合、如何するんですか?」

カイル達の目的が「剣」だと知らされていない以上、アティさんが条件次第では帝国軍に「剣」を渡す事も有りえるのだ。この質問に不自然な点はない。
『剣』について知られる事が不味い者はこのメンバーには居ないので単刀直入にアティさんに尋ねる。
そして、アルディラの反応を注視する。


「アティ。まさか『剣』を渡すつもりじゃあないでしょうね?」


言葉はいつも通り。だが、譲渡を禁忌とする感情が僅かに浮かび上がっている。
何より、目の奥の色が黒いモノに染まった。狂気、執念、欲望。妄執に囚われている。

一変、した。

「いえ、『剣』は渡せません。これは簡単に渡していい物じゃない。私だけの問題なら兎も角、この『剣』は島も巻き込んでしまうかもしれないから」

「ええ、その通りよ。『剣』は渡していい物ではない。大きな力を手に入れた者がする事なんて碌なものじゃないわ。力に囚われる事のない貴女が持っているべきよ」

笑みを浮かべるアルディラ。だが、それは先程の様な柔らかい笑みではない。
内に秘めるドス黒い感情を具現した様な狂気の笑み。アティさん達は気付かない。外にいる俺だけが解る。


――クソッタレ


無表情を貫き通し、打ち震える程に手を握りしめる。
血が、滴り落ちた。







時刻は夕刻。日は沈み始め、草原が広がるこの丘を茜色に染め上げている。
枯れ果てた木に巨大な岩石、何か文字が刻まれている白色の石柱以外に目立った障害物は存在しない。
石柱は何らかの残骸だったのか。聞いた事はないが、この場所にも何かしらの建築物があったのかもしれない。
何も語らない夕日を浴びる白の人工物を見て俺はそんな事を考えていた。

暁の丘。
先程語った様に、この場所はほとんど平地。地形を利用した戦闘は此処では発生しない。

純粋に力と力、戦術と戦略の勝負になる。
数で劣る俺たちは絶対不利の条件下における勝負を挑まなければいけない訳である。いや、まだアティさんが行ってないから勝負するか解らないが。


森を抜けた今現在地。
目の前の小高い丘を登れば平坦な地形に出て、そこで陣を形成しているだろう帝国軍と向き合う形になる。
後はアティさん次第。だが「剣」を渡さないとするのなら、恐らく戦闘は回避出来ない。戦う事は免れないだろう。

「行く前に、作戦やら何やらを話しておきたいんですけど」

「ウィル君………」

「睨まないでくださいよ。別に戦闘になるって決め付けてる訳じゃないんですから。ただ、戦闘に突入した場合、何の策もないままは危険でしょう?」

「……………」

「賛成ね。正面から衝突したら間違いなくこちらの方が不利ですもの。何かしらの作戦を講じておこないと」

「ウィルとアルディラ様のおっしゃる通りだと思われます」

「……解りました」

『デハ、ドウスル』

「急造もいい所だもんねぇ。難しい作戦なんて出来ないだろうしぃ」

「単純且つお互いに支障を来さない、実行可能な策が求められるという訳ですね」

優秀なこって。言う事を先に理解してもらって助かる。
物分りのいい人達は大好きです。余計な争いをせずに済む。だけど、「俺」は目の前の人達に何か言えばボコボコにされていたという事実。あれ、何でだろう。涙が止まらない。

「障害物の少ないこの場で、敵が遠距離からの攻撃に数を割くのを明白。かと言って後衛を倒そうにも前衛部隊は無視出来る物ではない。それこそ数で劣っている私達が正面からの突破なんて時間が掛かり過ぎる。時間を掛ければ後衛からの射撃に晒され続ける」

「にゃははははははっ!お手上げってわけね~ん」

「笑い事ではありません……」

「規模の大きい召喚術で前衛を出来る限り削って特攻。それぐらいしか手は思いつかないわね」

『ムゥ…………』

「ウィル、なにか考えは…………如何したのですか?何処か痛いのですか?」

「いや、夕日が目に染みてね………」

「フミュウ?」

(また変な事思い出してるわね、あれ)

涙を流している俺にクノンが気付き、身を屈め尋ねてくる。
「クノン」にも容赦がされなかっただけにこの優しさがつらい。暴行は受けなかったが注射してくるのでカイル達より質が悪かった。貴方はそのまま優しい貴方でいてください。
へべれけの俺を見る目に何かムカつく物を感じつつ俺も話し合いに参加する。

「はい、アルディラ少尉。提案が1つ」

「発言を許可するわ」

(似合いすぎです、アルディラ………)

(義姉さん、眼鏡クイッって………)

(…………何してるのかしら、私)

作戦というよりただの不意打ちを提案。
各個の連携など望めないので大雑把な作戦展開を話す。概良好であり他に意見もないようで俺の策が通った。
「作戦を許可します」と最後まで乗ってくれたアルディラに乾杯。
メイメイさんがまたムカつく目で俺を見ていた。曰く、「またやりやがった」。そんな感じだった。意味が解らない。腹立つ。


「んじゃあ、いきますか」


行軍再開。









「この者達を帝国の敵と見做す!総員戦闘準備ッ!!」


アズリアと1対1の話し合い。
この島の事情をアズリアに聞かせるアティさんだったが、それを知ったアズリアはこの島は帝国の国益になり得ると返し交渉は決裂。
元より話し合いで済む確率は低かった。当然の結果である。だが、当然だとそう思うと同時に心残りにも思う。
やはり言葉だけで上手く収まる程世界は優しくない。その確たる事実に少しだけ打ちのめされた。

だが彼女は「あきらめない」と言った。
いつかは届く。何度も言葉と想いを重なれば、いつかは届くと彼女はそう言った。そして、アズリアの事を信じてると、言ってのけた。

やはり、笑ってしまう。何の根拠もなく言い切る彼女に。自分の想いを真っ直ぐ貫き通す彼女に笑ってしまう。
やっぱり「俺」と彼女は違う。「俺」は彼女の様にはなれないし、彼女は絶対に「俺」の様にはならない。

彼女の余りの馬鹿さ加減に呆れ、そして眩しい彼女が羨ましかった。


「先生っ」

「………解ってます!!」

迷う事はないと思う。突っ走ればいい。
子供みたいにただひたすらに。我侭に、無我夢中で。

「アティ!ウィル!いくわよ!!」

「ドカンと派手にね。にゃは、にゃははははははっ!!」

「了解」

「いけますっ!」

駆けて、途中にある物全て拾ってけばいい。

「グラヴィス!!」

「シシコマ!」

「ドリトル」

「タケシー!!」

最善じゃなくて、最高を。

「ジオクェイク!!」

「獅子激突!!」

「ドリルブロー」

「ゲレレサンダー!!」


貴方は、それが出来ると思うから。




「ファルゼン!」

『アアッ!!』

召喚術による一斉射撃。高火力を相手の陣にぶつけ、ファリエルと共に前線へと飛び出す。

(総数は16。前衛は剣槍斧。予想通り後方には弓による射撃部隊。いけるか?)

初っ端から召喚術を打ち込まれ、たたらを踏む帝国軍に肉薄する。
状況分析と平行しながら投具を投擲。肩に飛針を受け硬直する剣兵、それをファリエルが吹き飛ばした。

「背中は絶対守る。暴れてくれ」

「お願いします!!」

ファリエルが敵の中心へと切り込み大剣を振るう。
圧倒的な破壊力を伴って振るわれる剣は止まることを知らない。斧兵が立ち向かうが、それすら押し切った。
白銀の騎士が、蛮族の群れを蹂躙していく。

「疾ッ」

「ぐあっ!?」

ファリエルに攻撃を加えようとする槍兵目掛けブラインニードル(メイメイさんの店で買わされた)を投げる。
名の通り一定の確率で対象を暗闇状態にする投具。どうやら当たった様で、動きを止め頭が不自然に揺れている。そこにテコを強襲させ沈めた。
自分の身にも振りかかる凶刃を剣で捌き、ファリエルの背中に追従。彼女の背を譲らせない。

「放てっ!!」

「「!!」」

アズリアの号令と共に矢が放たれる。それを受け止め、交わし、矢の雨を凌ぐ。
それと同時に敵召喚師の召喚術。剣の群れが降り注いだ。

「ミャミャ!?」

「ドリトルッ!!」

高速召喚。
俺とファリエルのいる一点に迫るシャインセイバーをドリルブローで相殺。

やっぱキツイな、おい。



広範囲召喚術からの敵陣への特攻。
アルディラの言った戦法。違いがあるとすれば特攻を仕掛けた人数が俺とファリエルだけという点。
自殺行為以外の何にでもない。提案を持ち出しといてなんだけどよーく解ってる。ていうか、現在進行形でそれを味わっている。

四方八方を囲まれる現状。気を抜けば一瞬で終わってもおかしくない、そんな展開。
それがまだ終わらないのは後方、アティさん達がしきりに召喚術をブチかましている事他ならない。
アティさん達の召喚術を俺達の背後に位置する兵士達――アティさん達のまん前に居る奴等――は、それをモロに受けている。ていうか彼等の方が死線を彷徨っている。

「誓約の名において私に力を―――ブラックラック!!」

「がぁぁああああああっ!!?」

広範囲に及ぶ中級以上の召喚術を乱発されているのだ。堪ったものではないだろう。
更に言えばクノンの槍もそれに加わっている。多分彼等もうすぐ退場すると思う。

後ろを心配する必要がないのなら、俺とファリエルならこの条件下で耐え忍ぶ事は可能。
ファリエルは鎧が傷付いても魔力が尽きない限り戦闘を続行出来るし、俺は俺で際どいタイミングで攻撃を避けまくる。テコもいるし一斉に敵を近付けさせない。敵の矢による支援攻撃は俺達にとって正直無いような物だ。

近付いてくる俺達に高い比率で矢が向けられることでアティさん達に被害を出さずに済むのも計算の内。
敵を倒しにいかなければ、まだ少しこの戦線は拮抗出来る。敵召喚師は同士討ちを恐れ、俺達に召喚術を何度も放ってこない。放ってきたとしても先程の様に俺が相殺する。いや、これは場合にもよるけど。
しかし、一言言っておく。貴様達は甘い。殺る時は………味方ごと殺れ!!


超短期決戦。
これ以外に俺達が勝利する手立てはない。数の差は劣っているのだから長期戦などもってのほか。
時間を掛けた時点で負けなのだ。それならば消耗を気にしないで景気良く召喚術をぼんぼん放つに決まっている。
絶え間なく打ち込まれる召喚術により帝国軍は連携はとれていない。個々の能力では俺達の方が高い。組になって冷静に対処されなければどうにでもなる。


「うおおおおおっ!!!」

「!」

『ハアッ!!』

剣兵が俺に斬りかかるが、それをファリエルが横から弾き飛ばす。

「召喚・星屑の欠片」

間髪入れず「テコ」を召喚。
態勢を大きく崩した剣兵に交わす術はない。光弾が直撃した。

「づっが、あ゛………!?」

「ありがとっ」

「いえっ!」

踊りかかってくる敵兵を往なし、背中を向け合う。
互いに守り守られる両者。片方が攻撃をすればもう片方は周囲を牽制し、同じ様に片方が反撃に見舞われれば片方が迎撃する。

この状況下において敵を寄せ付けない完璧な連携。端から見れば今も奮闘を続ける俺達は異常のそれか。
攻めあぐねる帝国兵士達はその瞳に慄然の色を浮かび上がらせていた。

「平気?」

「私はまだいけます。ウィルは?」

「右に同じ」

「不思議です。一緒に戦うのは初めてなのに……」

「息が合ってるって?」

「はいっ。如何してでしょう?」

何処か弾んでいるような声が背中越しに響いてくる。
そりゃあ興奮するだろう、こうも息が揃っていれば。戦士として、何の気兼ねもなく暴れられるのは嬉しいに決まっている。

ファリエルは初めてだろうが、こちとら散々「みんな」と連携を取ってきたのだ。息が合うのも当然である。
「みんな」の戦闘を1番近い所で1番多く見てきた。まぁ、あまり自分から戦おうとせず一歩後ろで支援してきた結果であるのだが。

ペア組んで戦闘するのもざらだったし。「ファリエル」の様な前衛タイプとはもちろん、「アルディラ」達後衛タイプとだって。
ちなみに「俺」がペア組んで最強だったのは………真に遺憾というか当然の帰結というか神経を磨耗していく諸刃の剣というか………兎に角最凶は「アレ」だった。

自分で言うのも何だけど、無敵だったと思う。そして言ってて泣きたくなるが「俺」と「アレ」はお互いを知り過ぎていた(戦闘方法ダヨ、戦闘方法)。もはや連携っていうレベルじゃなかった。
長時間戦闘だけは絶えられないという弱点があったが。胃を代償にしなければいけないリスクは余りにも大きい。

胃が唸り始めたのでこの話は打ち切り。何にせよ、俺がみんなと動きを合わせるのは容易だ。
勿論「みんな」とみんなが全く同じ動きをする訳ないが、それでも付いていける。ファリエルの戦闘風景はこれまでにも多く見ているので尚やりやすい。

「相性がいいんじゃない?僕達」

「…………………あ、あいしょぅ…」

「……ファ、ファリエル?」

「は、はいっ!?寝てないです!寝てはないです先生っ!!」

ヴァルゼルドみたいなこと言ってる。
だ、大丈夫なのか?

「…………そっか。そうなんだ…」

「うぬ?」

「何でもないよ、ウィル。うん、私今なら誰にも負けない様な気がしてきた……!」

何かファリエルのテンション上がってる。
まぁ、頼もしい事この上ないが。

「当然。僕達は最強だ」

「はいっ!!」

その言葉を皮切りにお互い前に出る。
様子を窺っていただけに、帝国兵は突然の動きに付いていけない。大剣が薙がれ、細剣が突きを放つ。
今回初めての攻勢。凌ぐ事を前提として動いていたが、今こうして前に出てもやられる事はないと不思議と確信出来る。
ファリエルに中てられたのか、今は俺も負ける気がしない。

槍がファリエル、斧が俺に向けられた瞬間にスイッチ、標的を入れ替え迎撃する。
召喚術が放たれるが、それも俺が相殺、テコが代わりに刃を防ぐ。
不得手を攻めようが、隙を見計らろうが全て無駄。

穴など、存在しない。


細剣で斬撃を流し強引に蹴りを見舞う。剣兵が後方に飛ぶ。が、それを見向きもせず飛針を抜く。
視野の隅に映る影。予想していたよりもずっと早い。此方の狙いを悟り、潰しに来た。

迫るは漆黒。剣を携えた戦姫。最強の脅威。

―――来たか、アズリア。

頭が警報を打ち鳴らす。現状での戦闘続行は余りにも危険。何の手立てでもなく、粉砕される。
周囲の兵士。遥か前方から向かってくる幾多の矢。漆黒と、それに続く最終戦力。
止める術は、ない。


―――だが、負ける気はしない。













駆ける。刃と魔力が響き渡り、あるもの全てを焦がす空間に。
前方に広がる戦場へとアズリアは駆け抜ける。

戦闘開始からまだ数分も経っていないにも関わらず、召喚兵達に治療を指示したのを最後に、アズリアは指揮を捨てた。
意味が無いと悟った、何より敵のあの圧倒的破壊力を野放しにはしておけなかった。
破竹の勢いとは正にこの事、兵力差を覆し一人また一人と戦闘不能に陥れている。

余りにも、速過ぎる。
長期戦などもつれ込む暇もない。敵の勢いを止めなければやられるのは此方。各個の能力もあちらより劣っている。
そうと解ったアズリアの行動は迅速だった。驚異的な戦闘能力を有する騎士の召喚獣にそれを絶妙な連携で補佐する少年。
未だ落としきれないあの前衛を下し、後方に控える召喚師達を一呑みにする。
あの前衛を崩せば後は容易い。今も召喚術を乱発しているのだ、此方の被害も甚大だが、相手の魔力はもう大方尽きるだろう。

アズリアの判断は正しい。
ウィルの予測を上回る早さで決断した所からも彼女の有能さが伺える。

だが、アズリアは一抹の不安を感じていた。

それは喉に魚の小骨が引っ掛かる程度の些細な物。漠然として希薄、気にかける必要など皆無。
だが、それでも拭えない。言い様のない不安が、駆け抜けている今でもアズリアに纏わりついてくる。

(いや、解っている)

原因は、あの少年――ウィルだ。
周囲から攻撃に晒されているにも関わらずその瞳はアズリアを捉えて離さない。深緑のそれがアズリアの一点に向けられていた。

アズリアが抱える、首元に突きつけられた針の様な不安。それはウィルその物。
あの時の竜骨の断層での光景が脳に焼き付いている。これも何か罠ではないのかとアズリアは勘繰ってしまう。

(……詮索の意味はない)

混濁する思考に蓋を閉め、前方に集中する。
見晴らしが効くこの場において、気付かれず伏兵を配置するのは不可能。この兵力差は変わらない。
ましてや断層の際での真似事など問題外だ。罠はない。ない筈だ。

(例えあったとしても、打ち砕くのみ!!)

アズリアは、跳んだ。



「はぁああああああああ!!」

『!!』

人垣が割れ、アズリアが姿を現しファルゼンを肉薄する。
容易にあしらえる存在ではないと感じたのか、ファルゼンはアズリアと正面で向き合い大剣を構える。

「はっ!!」

袈裟に振るわれた剣をファルゼンは大剣で受け止めた。
瞬時に切り払い。アズリアの剣を引けて、ファルゼンは轟撃を繰り出す。

『オォオオオオオオオオッッ!!!!』

「くっ!?」

払われる剣を戻し、アズリアは迫り来る鉄塊を捌く。
力の差は火を見るより明らか、まともに防ごうとせず大剣を横に流した。
だが、それでも尚アズリアの体がその際の衝撃により揺さぶられる。アズリアの顔が歪んだ。
更にファルゼンの攻撃は続く。流された大剣を強引に止め、そこから一気に切り上げる。

「つっ!?」

強い……!!
往なし、アズリアは今も追撃を放ってくる騎士に恐れ戦く。
力は元より剣の技術が半端ではない。重量武器であるが故に大振りになるが、それも恐ろしい程鋭く、そして次の手に素早く繋げる巧さがある。
確かにこれは数で押そうが簡単に押さえ込める相手ではない。アズリアは素直にそう思う。
だが、

「それが、如何したっ!!」

振り切られた大剣の腹に自分の得物を思いっきり当て、地へと下す。
先を地面に向けるその大剣を足蹴に抑え込み、回転。抑える足を軸にして、ファルゼンの胸部へ強烈な回し蹴りを叩き込んだ。

『ムゥッ!!』

「ああああっ!!」

遅れて剣でも斬りつけ白銀の鎧を削る。
いくら大剣の扱いが慣れていようと振るった後は次の動きに備え必ず止まる。大剣ならば他の武器に比べそれはずっと顕著だ。
それを見極め懐に入ってしまえばもう怖い物はない。剣が届かない懐で叩き込む。アズリアはこの機を逃さない。

「疾ッ!!」

「ッ!?」

しかし、突きを放とうとした矢先、飛針がアズリアの頬を掠めた。
寸前に反応し、首を曲げる事によりなんとか回避。顔を向ければ、兵の追撃を逃れたウィルの姿。
投げた姿勢から、すぐに次弾へ手を伸ばし、アズリアに飛針を投擲する。

「このっ!……いいだろう、まずは貴様からだ!!」

剣で飛針を薙ぎ払い、アズリアはウィルへと駆ける。
ウィル、テコ、ファルゼンは迎撃しようとするが、周囲の兵士がそれを許そうとしない。更にそこへ降り注ぐ矢。
完璧に手詰まった。

「はあっ!!」

「っ!!」

振るわれた剣を細剣で防ぐが、ウィルは突進の衝撃を殺しきれず、後方へと吹き飛ばされた。

『うぃる!!』

ファルゼンが群がる兵を無理矢理振り払いウィルの元へ駆け寄ろうとするが――

「せいっ!!」

『ヌッ!?』

――巨漢ギャレオが横から殴りこむ。
放たれた拳を鎧の前腕部でガード。余りの重さにファルゼンの足が地面に沈み込み、ギギギと手甲と鎧が軋みを上げていく。

『邪魔ヲスルナッ!!!』

「断るっ!!」



アズリア、そしてギャレオの参入によってバランスは一気に崩れた。
更にギャレオ共々アズリアに控えていた残りの兵も加わり、アティ達から見れば前線はもう儘ならない。
ウィル達が潰されれば、魔力を消耗しているアティ達も間違いなくその後を辿る。

アティ達自らウィル達の援護に向かった所で、アルディラの懸念通り矢の雨に晒されてしまう。
支援を受けられるアズリア達と受けられないアティ達。どちらが有利など言うまでもない。

これは、この展開へと持っていったアズリアを誉めるべきだろう。
事実アズリアが飛び込むのを躊躇していた場合、前衛は全滅し、勢いにのったアティ達の進撃を受ける事になっていた。
召喚兵に戦闘可能である兵達に治療を指示し、崩れかけていた戦線を修復したアズリアの行動は満点に近い。
半ば奇策に近い戦法を取ったアティ達を、アズリアは冷静に、そして胆力を持って対処した。

アズリアの指揮官としての能力がアティ達を上回っていた。それだけだ。



そして、それを上回る程ウィルが狡猾であった。それだけだ。



風を切る音が誰の耳に届くことなく鳴り響いている。
音源は上空。そして、それは誰の目にも映ることなく大地へ迫っていく。



―――茜色に染まる白の翼が、黄昏の空を急降下していた。



「やりますね、ウィル!!」

落下を続ける白の翼――フレイズは口を吊り上げる。
弓、銃から編成される後衛部隊を空から奇襲。支援を断った所で全戦力で袋叩きにする。
これがウィルが提案してきた作戦の概要だった。

難しい所は何もない。後衛は討つ為にフレイズは戦闘が始まる前から遥か上空に待機、ファリエルとウィルが先行し前衛を食い止め、アティ達が後方より召喚術を放ち続け援護と同時に敵の数を削る。

短期決戦で決めようと勢いづくアティ達を阻止する為に、後衛部隊を放置し残りの部隊を前に出すのは道理。
また、アティ達が予想していたよりも少数で来たのもそれに拍車を掛ける。

この戦闘で主力を叩くつもりであった帝国軍は、まだ控えているだろう残存部隊を気にする余り、被害を最小限に留めようとする。
そこに端から全力全開で相手が襲い掛かってくるのだ。何もせず被害を悪戯に広がせる愚行はしようとしない筈。
故に支援を行う後衛が孤立するのは必然。そこをフレイズが叩き沈黙させれば、もう帝国軍には明確なアドバンテージは無くなる。

もし行動を起こさなければ、そのまま畳み掛ければいいだけの話。フレイズも状況を見極め臨機応変に空から攻撃して、勢いそのままで帝国軍を撃退する。

どちらに転ぼうと早いか遅いかの違いがあるのみ。
ウィルによって、アズリアは誘導されていたと言っても過言ではない。

勿論、この策には1人1人の奮闘が大前提であるのだが…………ウィルはそこは疑っていなかった。成功すると言ってのけた。
ウィル自身、一番危険である前線へと飛び込んでいった。そうなればフレイズ達もそれ相応の働きをするしかない。
ウィルは自らの行動で活路を見出し、示したのだ。


「認めましょう、ウィル!ファリエル様を、島を守ろうとする貴方の意志に偽りがないことを!!」


抜剣。


「ハアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!」


斬撃。


「があっ!!?」


撃破。


後衛部隊に直下、隕石の如く高速で迫ったフレイズはそのまま剣を閃かせる。
振るわれたは四太刀。4人組の弓兵を一瞬にして斬り伏せた。

「後衛は無力化しました!今です!!」

敵味方両方に聞こえるよう声を上げる。
そして、サモナイト石を構え詠唱。召喚術を発動し、自身も戦場へと飛び込む。

「行きなさい、タケシー!!」

帝国軍の背後を、雷の光条が襲った。



フレイズが降下したのを確認すると同時に、アティ達も詠唱に入った。
赤赤黒。アティ、メイメイ、アルディラの三人が同時に詠唱を終え、三者三様に召喚する。

「ミョージン!」

「ナガレ!」

「ライザー!」

ユニット召喚。
一気にアティ達の軍勢が増え、そしてフレイズが後衛部隊を撃破した事により、この時点で帝国軍の数を上回った。
各々の召喚師から指示を受けた召喚獣達はその内容を実行。遠距離攻撃・氷結・水流・招雷が帝国軍に打ち込まれる。

「ぐあっ!?」

「ちっ!!」

「お、おい、待て。後ろからもっ……!?」

同時に、フレイズの召喚術も炸裂。前後からの射撃に帝国兵達は浮き足立った。

「何ッ!?」

アズリアが驚愕の声を上げる。
フレイズからもたらされた内容と続々姿を現した召喚獣達。挟み撃ち、帝国兵達はこれ以上のない不利な状況だと錯覚し混乱を引き起こした。
それに畳み掛ける様にしてクノンと召喚獣達は前に出て兵士達を蹴散らし、後方よりフレイズも召喚兵を切り捨てていく。

「馬鹿な………っ!?」

周りで次々に倒れていく部下達。
小型召喚獣達の魔力弾が次々と打ち込まれ、機械人形の振るう槍が無慈悲に兵達を屠っていく。
形勢が逆転したのは明らか。僅か一瞬の内に全てが決した戦場で、アズリアは呆然と立ち尽くす。
抱えていた不安が頭をもたげた時には、もう遅い。



「召喚」



「―――――」


響き渡る声。
刃と刃が交わって生じる不協和音。戦士達の咆哮は絶える事なく壮絶な旋律を奏でている。

戦場の歌が支配する中、アズリアに届いた1つの音。
夕日を背に佇む影。茜を逆光にする影はアズリアを捉えている。

深緑の召喚光。
閃光が、アズリアの瞳を焼く。


「先日の借りだ。持ってけ」


「――――――――ッッ!!!!!」


首元に突き付けられた針は刃へと変わり―――



「闘・ナックルキティ」



―――アズリアの肉を切り裂いた。


「がぁっ!!?づっ、ぐぁ、ぎ、っ、ぁ――――」


召喚光から姿を現しアズリアに疾駆する闘猫。
音速の拳が繰り出され、そしてそれは豪雨となってアズリアを抉っていく。
ガードなど意味を為さない純粋な魔力のラッシュ。突き抜け、粉砕する。


「――――ぁぁあああああアアアアアアアアアアアアアアっっ!!!!!!?」


旋風がアズリアを舞い上げた。




「隊長ッーーーーーーーーーーーッッ!!!?」


中級召喚術――「ナックルキティ」を被り、アズリアは吹き飛んだ。
ギャレオの絶叫が木霊する。立場が逆転してしまったギャレオはファルゼンを前に、アズリアの元へ向かう事が出来ない。

「……ッ!!………クッ!!!」

傷付いた我が身をアズリアは鞭打って立ち上げる。
震える体を抑え付け、アズリアは治療を施そうとサモナイト石を取り出す。

「………!」

だが、そこで前方にいる存在に気付いた。
瞳に映るのは赤髪の女性。かつての、親友。

「ア、ティ………ッ!!」

「アズリア………」

2人の視線が交錯する。
アズリアは睨みつける様にして、アティは沈痛な面持ちで、互いを見詰め合った。

「まだ、だっ……!まだ、負けてはいないっ!!!」

「アズリアッ!?」

「貴様さえ倒せばっ……!!」

違えた道は、交わらない。
和解を呼びかける友の声を拒絶した。降伏を呼びかける友の声を拒絶した。
アズリアは腑抜けた理想論を許容などする事は出来ない。アティは暴力による解決を許容する事は決して出来ない。
相反する想いは互いを受け入れる事は出来ず、すれ違っていく。


「ああぁああアアアアアアアアッッッ!!!!!」


アズリアは疾走する。
打ちひしがれた体を咆哮と共に起こし上げ、剣を構える。
紫電絶華。右腕を体の内に溜め、信念を、目の前の敵を貫こうと奥義を繰り出す。


「――――――ッ!!!」


アティは駆け抜ける。
魔力が尽きた体をただ前へと動かし、杖を構える。
言葉の意味。それを心に携え、望みも、誰をも守りたいと狂おしい程に叫ぶ。


「アティッ!!!」


右腕がぶれる。神速の突きが放たれようとした。


「どうしてっ!!」


回転。突きが放たれる直前に、外套を切り離し、疾走するアズリアに覆い被さる。


「!?しまっ―――!!」


突撃の勢いは止まらず、アズリアの視界が白一色となる。
突き出された剣は絡み取られ、そして討つべき敵を見失なった。


「はああああああああああああああああっっ!!!!!」


揺れる想い。守る為に傷付けなければいけないという矛盾。
それらを振り払う様にして、アティは渾身の一撃をアズリアに見舞った。


―――決着。







2人の戦闘の幕が下りた。

アティさんの一撃により、アズリアは意識を刈り取られた。
アズリアのそれと余りにも酷似していた突きは、友であった彼女に師事された物だったのか。

夕焼けに染まる戦場。佇む彼女に近付く。
背を向ける彼女は何も言わない。ただ、何も物言わない背中が全てを語っている様で、俺は僅かに眉を下げる。
彼女の背中は、こんなにも小さかったのか。

「どうして……」

「先生……」

「守りたいだけなのに。傷つけ合いたくないだけなのに」

「…………」

「悲しい思いをして欲しくない…………笑っていて欲しいだけなのにっ……」

「…………」

「どうしてっ………?」

震える声は哀愁を帯びていた。
目の前の現実を、否定された想いを、彼女はどう思い、どう受け止めるのか。

俺は彼女じゃないから、そこら辺の事は解らない。
打ちひしがれて腐るか、それとも挫けず進むのかは彼女次第。
ただ、これ位で折れないで欲しいとは思う。彼女の望みはこういう物だとは解りきっていた筈だから。簡単にいく様な物ではないのだから。
薄情な物言いだが、全部事実だ。

願わくば、前進を。
勝手に願望を人に押し付けている自分に呆れながらも、俺はそう思った。



帝国軍はほぼ壊滅。
あちらで満足に戦えているのはギャレオだけであり、周りの戦闘は収まりつつある。
今回結構な綱渡りだったと思う。みんなに存外に負担を掛けた。だがまぁ、無事に終わって良かった。もう二度とこんな展開ご免だが。


「むっ……?」


ファリエル達の姿を確認しようとして、そこで海の方角から姿を現した人影を捉えた。何かでかい物体を押している。
みんなは周囲にちゃんと居る。つまり、あれは帝国軍の誰かという事に…………アレ、大砲じゃね?
って、マズイ!?忘れてた……!!

「先生っ!!」

「…………?」

「…?」じゃねぇーよ、「…?」じゃ!!
やばいんだって!いや解らないだろうけど本当やばいんだって!!
距離取らないとあかん!

アティさんの元に駆け寄り此処から離れようとする。
が、狙い済ました様にドォンッと音と共に大砲が火を噴いた。
あんにゃろ!!

「えっ?」

「くっ、テコ!!」

「ミャ!!」

「きゃあ!?な、何やってるんですか!!?」

アティさんの腹に腕を回し、後ろから抱きつく形になる。言いたい事解るけど今は非常時なので勘弁してください!
テコにアティさんと向き合う形で距離を開けるよう指示。助走には十分。いけるか?

「テコ、バッチこいっ!!」

「ミャミャ、ミャーッ!!!」

「え、えええええええええええぇぇぇぇはうっっ!!!?」

俺は思いっきり地面を蹴りアティさんを抱えたまま後ろへ跳び、そしてテコはアティさん目掛け突進する。
テコの頭突きがアティさんの腹に突き刺さり、その勢いで俺達は遥か後方に吹っ飛んだ。
続いて爆発。俺達の居た場所とそう離れていない所に砲弾が撃ち込まれた。

「ぐむぅ。………んっ、どっこい」

「ミャミャ」

アティさんに押し潰される形から脱出。アティさんをテコと一緒にポイと横に捨てる。
あー重かった。

「くそっ、やってくれる……!」

「フシャー!」

「げほっ!?ごほっ?!おほっ、おほっ!!あぐうっ……!!?」

咳き込み、腹を押さえ悶絶するアティさん。横になって幼虫の様に丸まってた。プルプル震えてる。
どうでもいいですけど早く起き上がってください。下着見えちゃいますよ。今マントもないんだから。
沸き上がる煩悩を抑え込み、撃ってきた方向に目を凝らす。
あのワカメ、アズリアごと俺達を吹っ飛ばそうとしやがった。くそ、やるじゃないか。ナイス判断。

「ごほっ!!ごほっ、けほっ…………………………………………ウィル君?」

「いや怖いです。髪で目が隠れて本気で怖いです。ていうか音もなく距離詰めないでください」

「ミャミャ~~~!!?」

ゴゴゴゴゴと何か聞こえてきそうな雰囲気で静かに迫るアティさん。
目が髪で覆われていてどういう顔してるのか解らない。素で怖い。
テコが滅茶苦茶ビビっている。目潤んでるし。

「何で貴方はいつもいきなり訳の解らない事をするんですかこっちの身になってもらえますかいえウィル君の言う通り私にも至らない所があるのかもしれませんが絶対自分の事を棚に上げてますよね自覚がないなんて言わせませんよ絶対確信犯ですもんねそれで私がどんなに苦労しているのかも知らないでいつもいつもいつもいい加減にして欲しいって私でも思っちゃうんですよ解りますかああそうですか楽しんでるんですか人を振り回して楽しんでるんですねつまりはそういう事なんですかそういう事なんですね怒りますよ?」

「何の呪いですか。ていうか前フリ長過ぎです。あと近寄んな」

「ミュミュウ……!!」

無機質な声が恐ろしくフラットに紡がれていく。ズズイと顔寄せてくるし。怖ぇよ。
普段なら赤面ものだが、状況が状況なだけにそんな感情1ミリも沸いてこない。というかホント近い。マジで離れろ貴様。
これ程の鬱憤を抱えていたとは、正に逸材だったのだな!などと「剣」が言い出しそうだ。

「大砲ですよ、大砲?しょうがないじゃないですか」

「それでももっと他の方法があった筈です!!何ですかアレ!?助けられる前に死んじゃますよ!!!」

「テコ、ダメじゃないか?こんな事しちゃあ」

「にゃにゃ!?」

「貴方です貴方っ!!」

「あの状況でどないせい言うんですか。逆に僕の咄嗟の判断を誉めてくださいよ」

「誉められた助け方じゃ絶対ありませんっ!!!息止まったんですよ!?」

「そんなのおあいこでしょう。僕だって先生の下敷きにされて苦しい思いしたんですから。ていうかホント重かったんですけど」

「おもっ!?おもっ、お、おもーーーーーーーーーーっ?!!!」

「何語だ」

あーもう拉致あかねぇと顔近いアティさんを剥がして立ち上がる。
見ればアズリアや倒れていた帝国兵士達がいない。どうやらギャレオ達が運び出した様だ。
結局撤退されたか。


「てめー等ッ!!動くんじゃねーぞっ!コイツをブチかまされたくなかったらなぁ!!」


いや、どうせブチかますだろお前。

アティさん囮にしようかなー考えていると、何時の間にかファリエルが俺の前に出て立っていた。伴って当然フレイズもやってくる。
更に気配に気付き目をやると、後ろにクノンが控えている。それによりアルディラも随伴。
みなさーん?一箇所集まっちゃダメじゃないですかー? これじゃあいい的なんですけどー?

「何で……?」

『ドウシタ?』

「どうかなさいましたか?」

いや、ドウじゃねーよ。何で居んだよ。
アルディラを見やる。私も訳が解らないと肩をすくめられた。えっ、クノン暴走?
フレイズを見やる。コクリと頷かれた。いや、何だよコクリって。真剣な顔で頷くんじゃねーよ。アホか犬天使。

まさかファリエルが盾になってその間に大砲破壊とか言うんじゃねーだろうな?
ざけんな許しませんよ。ファリエル、貴方約束思いっくそ破るんじゃない。
ってそこっ!「剣」抜こうとしない!!

怪しげな魔力を放ちだしたアティさんの脇腹にチョップかます。
「はうっ!?」とさっきと同じ様に呻いた。腰を折って痛みに耐えている。涙目で睨まれるが華麗にスルー。アルディラが顔を引き攣らせてた。
如何してこうアティさんといいファリエルといい、天然入ってる女性は無茶しようとする。野郎なら兎も角貴方達に何かあったら胸クソ悪過ぎるだろうに。
アティさん囮にしようとしたのはノータッチ。未遂だ、未遂。

「でも、ホントどーすんの?」

「いたのか……」

「ずーっとさっきから居たわよん」

俺の頭に腕を乗っけてくるメイメイさん。オイ、やめろ。帽子潰れる。
とっくに逃げ出したものかと思っていた。

「貴方のせいなんだから何とかしなさいよ」

「集まったのは僕のせいじゃない」

「はいはい、解ったから何とかする」

ぞんざいな言い方に何か腹が立つ。俺に如何しろと言うんだ。

ワカメは卑下だ笑みを浮かべて何かほざいている。命乞いやら何やら言っているので俺達がビビっていると思っぽい。
ぶっちゃけ、着火する素振りを見せればすぐに「ナックルキティ」を召喚して迎撃出来る。2、3発なら殴り落としてくれるだろう。


「死ねーーーーーッ!!!!」


むっ。来たか。
詠唱省略を行い速攻で召喚。
砲門の角度を見極め砲弾の進路上に「ナックルキティ」が姿を現す。
そして、大爆発。



ワカメが。



「ひげぇえええええっ!!?!?」

断末魔らしい声上げてワカメは散った。


「…………………あれ?」


ナックルキティがファイティングポーズで固まっている。
首を捻り「いや、どうなってんの?」と俺を見てくる。ごめん、俺にも何が何だか解らない。
取り敢えず送還して帰ってもらった。最後の魔力だったのに。意味ねー。

「な、何が起こったんですか?」

「暴発……でしょうか?」

「いえ、何者かが砲撃をした様です」

「あ………忘れてた」

辺りをぐるりと見回す。
するとメイメイさんの店の方角に煙を上げている大砲を発見。

ソノラだ。大砲の横にはカイルとスカーレルと思わしき人物が横たわっている。どうやら此処まで大砲を運んできて力尽きた様だ。
手をぶんぶん振っているソノラに苦笑しながら、こっちも手を振り返す。最後の最後で出てきたな。頼んどいてすっかり忘れてた。

ソノラ達に頼んだ遠距離からの砲撃が今更だが行われた様である。
大砲の射程距離ギリギリ一杯なら、さすがに攻撃のしようもないと思ったので死にかけているカイル達にお願いしたのだ。実際は運ぶのに手間取って合戦中には間に合わなかった様だが。
卑怯?馬鹿言うんじゃありませんよ。戦いなんて卑怯でなんぼの世界なんですから。
それに召喚術に比べれば可愛いものでしょう?「アルディラ」にイクセリオンかまされた時は世界が輝いたし。あれは本気で危なかった。

取り敢えず、一件落着。
戦闘時間は全然経ってないだろうけど、内容が濃くて何時間も戦ってた様な感じがする。疲れた。早く帰ろう。


駄菓子菓子、なんとソノラが暴走。
帝国軍が撤退したいった方向へ大砲をブッぱなした。爆発の後に悲鳴が聞こえた様な気がする。見えているのか。
鷹の眼を持つ鉄砲娘、いや大砲娘のハイなテンションを見て戦慄。鉄砲と同じノリで打ちまくる姿に寒気を覚えた。帝国軍全滅コースじゃね?

大砲の弾も担がされただろうカイル達に同情した。
後で知った事だが、ヤードが丘を登る途中で弾を抱えながら転げ落ちたらしい。あれは見事な地獄車だったとはカイル談。その後で爆発したのは笑えたとスカーレル。助けろよ。

結局、アティさんがソノラの脳天に杖を振り下ろすまで砲撃は続いた。

















サクサクと音を立て砂浜を練り歩く。
足から伝わってくる感触。踏み出す度に砂が私を受け止め、次には押し返してくる。
浅く埋もれるだけで、深くまでは踏み込めない。力を入れても、砂は同じ様に力を入れて私をはね付けようとする。

そんな事を頭の隅で考えながら黙々と足を動かす。
音を立てない様に静かに一歩一歩足を前に出していく。といっても、砂浜だから余り意味はないのだけれど。
やがて速度を緩め、こんな時間に浜辺で寝そべる物好きさんの前で立ち止まった。


「こんな所で寝ていたら風邪を引きますよ?」


「……………先生?」


手を頭の後ろで組んで仰向けになっているウィル君の視界にひょいと顔を出す。
ウィル君は顔を出した私に目をぱちぱちと何度も瞬かせた。
私が近付いていたのをどうやら気付いていなかった様だ。いつもは鋭いのに、偶にこういう時がある。
普段余り見ないウィル君の抜けた顔が見れてちょっと得意気になり、自然と頬が緩んだ。

「風邪、引いちゃいますよ」

「………………ん」

ウィル君は首に巻いてあるマフラーを私に見せる様につまんで持ち上げる。
マフラーがあるから平気って言いたいんでしょうか?確かに夜は冷えるからって言って渡しましたけど。
でも、着けてくれてるんだ、そのマフラー。…………光栄ですね。

「温かいですか?」

「ええ。温かいです」

「そうですか……」

柔らかくなる気持ちを感じながら、彼の隣に腰を下ろす。
視線の先には海が広がっており、細波の音が耳を振るわせる。波が砕けては消えいき、かすかに鳴り響いていく。



戦いが終わって、みんなで帰って、夕食を食べて、部屋に戻って、する事もなくベッドに横になって。
そして気が付いたらウィル君を探していた。

何故ウィル君を探しているのか自分でもよく解らない。
会って如何するのか、何を話すつもりなのか。特に理由がないまま彼の姿を探し、甲板に出た所で浜辺を歩いているのを見付けた。

「何やってたんですか?」

「リペアセンターにちょっと行ってきました。用があって」

「誰にですか?」

「秘密です」

……気になりますね。

「先生は?」

「私は…………秘密です」

「……………そうですか」

中途半端に秘密とか言っちゃいました。ウィル君なんか呆れてます。むっ、だって何か悔しいじゃないですか。
それに、説明しようにも、ただ会いたかっただけって言うのも恥ずかしい様な…………あ、会いたいじゃなくて、さ、探していたですね。訂正。

「暇なんですね」

「………………」

悟った様に言われるのが腹立たしいです。
寝ているウィル君をじーと見下ろします。そんな私にウィル君は「え、違うの?」なんて顔しました。
………もういいです。


黙って空を見上げる。
今日の夜は昨日と違い、雲1つない晴天。
蒼白い月の光が海と浜辺に降り注いでおり、空にも蒼がかかっている。澄み切った色を作っていた。

帝都に出てきた時、田舎の空はとても綺麗だという事に気付かされたけど、それでもこの島の空には劣ると思う。
何の曇りもない本当の空。はっきりと見える月の表面や褪せる事のない星の輝きに、蒼く広がる幻想的な夜空。
世界中を探しても、この空を見れるのは此処だけではないのかと思った。


そんな空を見上げても心が震えないのは、もう見慣れてしまったのからなのか。それとも………。


ほぅ、と息を吐いて海に視線を向ける。
いや、解っている。この空を見ても何も思わないのは、昨日と同じ様に暗い色に見えてしまうのは。

もう整理はついている。だけど、それでもわだかまりが残ってる。
私がこれからもやっていく事は変わらない。変わらないけど……。
この遣り切れない気持ちは、消えてくれない。



「結局、戦うことは避けられなかったな………」

ぽつりと呟く。
多分最初から、誰かに聞いて欲しかったんだと思う。誰かに聞いて貰って、楽になりたいんだと思う。
愚痴に、なっちゃうんでしょうか。

「……先生には悪いですけど、最初からああなる確率の方が高かったです。当然と言えば、当然。しょうがない事だと思います」

「……………」

「でも、先生は自分なりのやり方を通したんでしょう?結果は伴わなかったけど、誇っていいことだと思います」

「ウィル君………」

「それとも悔いているんですか?」

「……そんなこと、ないです」

「なら、それで良いじゃないですか」

慰めて貰ちゃってる。
これじゃあ、どっちが先生なのか解りません。
申し訳ないと思いつつも、私を気遣ってくれる気持ちが嬉しかった。

よっ、と声を出してウィル君は体を起き上がらせる。
私と変わらない高さで目を合わせた。

「先生のやったことは認められる物ではないですけど、間違ってないですよ」

「…………ありがとう」




話を聞いて貰って、良かった。
また明日から頑張れる。みんなの為に戦えるとそう思った。
まだ私は笑っていられると、そう思った。




「先生」

「………?」

視線を海に向けたウィル君が私を呼ぶ。

「僕は自他と共に認める血も涙もない人間です」

「な、何を急に………」

「文字通り涙したことはありません。いえ、悔し泣きとこの世の嘆きは何度もしましたが」

………何が言いたいんでしょうか。

「そんな僕が言うのは説得力に欠けると思いますが………」

「?」



「泣けばすっきりしますよ」



…………え?


「思いっきり泣いて、全部吐き出すんです。畜生叫んで世の中の理不尽を叫びまくるんです」

「血の涙を流して貰っても構いません。言うこと聞こうとしない友達の愚痴を言っても貰っても構いません。僕の日頃の恨みをうたって貰っても構いません」

「泣きまくるんです。泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、楽になって下さい」


「じゃないと、貴方が壊れます」


…………何を、言ってるんですか?

そんな、こと………


「今の先生見てるのキツイです。目を逸らしたくなります。いえ、逸らしてますけど」


「っ!!」


――如何して?

まだ私は笑えますよ?みんなと一緒に、笑っていられますよ?

――如何して?

私は、みんなの為に笑えるのに。みんなの笑顔の為に、笑っていられるのに。

――如何して?


「そんな無理してる笑顔、僕は見たくないです」


――どうして、わかるんですか?


「ッ……!!」


みんなが笑ってくれるなら、私は笑えていられるのに。
つらい事も、悲しい事も、全部心の奥にしまえて笑えていられるのに。
全部隠して、忘れていられるのに。

なんで、そういうこと言うんですか?

私は大丈夫なのに。私は頑張っていけるのに。
わだかまりも、遣り切れない気持ちも、振り切っていられるのに。

溢れ出しそうなこの想いを、我慢していられるのに。

泣いちゃったら、全部っ…………。


「人はいません。思う存分泣いてください。僕も消えます」

「私、はっ…………」

「我慢しないで下さい。お願いですから」

「……!!」


涙腺が緩む。
じわりと、滲み出す。目が冷たいモノを帯びていく。
目をぎゅうと瞑り必死に堪える。唇を噛み、抱える膝に爪を立てる。
いけない、いけないとしきりに呟くが、胸が上下してしまう。しゃくり上げてしまう。

止まらない。止まってくれない。言うことを聞いてくれない。



「泣いていいんです」



その言葉が、止め。



もう堪えておくことは出来なかった。
子供みたいに声を上げ、ポロポロと涙を零していく。
体の震えが止まってくれなくて、嗚咽を漏らしていった。


彼が腰を上げる。それは私を1人にしてくれる彼の気遣い。
でも、今は―――


「!」

「っ、ぁ……ぃ、いてくだっ、さいっ……!!」


―――側に居て欲しい。



彼の手を掴んで離さない。
涙を流したたまま見上げ、懇願する。

やがて、困った様な顔をして、彼はまた隣に座ってくれる。
涙が一杯溢れてきて、悲しいのか、嬉しいのかが解らない。


自分でも驚く位にわんわんと泣く。

ぐちゃぐちゃになった感情は、私の中を引っかき回して。

如何したら止められるのか、何時まで泣き続けるのか、解らない。

如何することも出来ない想いを持て余して、私は彼の手を強く握り締めた。

加減なんか出来ない。強く、強く、握り締めてしまう。

少しだけ、少しだけ握り返してくれた彼の小さな手。

お互いの手と手。そこから伝わってくる暖かさ。



涙が、止まらなかった。















「…………ぐすっ、ありがとうごひゃいまふ」

「………だ、大丈夫ですか?」

「ふぁい………」

「…………」


ようやく涙も収まって、落ち着きを取り戻した。
こん風に泣くの、初めての様な気がします。

目元をぐしぐし拭って涙を払う。
絶対目赤くなってます。ウィル君に見られちゃうの、何か恥ずかしいですけど………今更ですね。

こんなにも泣く姿を晒してしまったのをとても恥ずかしいことだけど、今はつっかえていたモノがとれて、何だか居心地がいい。
本当に心が軽くなった様な気がします。

「ありがとうございます、ウィル君」

「………力になれたなら幸いですけど」

「はい、ウィル君のおかげですっきりしました。感謝してます………」

今度は、ちゃんと心の底から笑えたと思えます。
ウィル君の言った、無理してる笑顔なんかじゃなくて、私の本当の笑顔。
想いを込めて、彼に笑いかけた。

ウィル君は目を見開いて、私を見詰めたまま固まる。
あれ?と思いましたけど、すぐにウィル君も苦笑めいた笑みを作りました。
「良かったですね」と呟いた彼に、私はもう一度笑って頷いた。




「ウィル君の恋人になる人は幸せですね」

「…………何ですか、いきなり」


憑き物が落ちた私は、何となくそんなことを口にしていた。
ウィル君は戸惑った様な顔をして聞き返す。

「ウィル君が側に居てくれると、安心するんです。とっても、泣きやすかった」

「………喜んでいいんですか?」

「もちろん」

顔を顰めるウィル君。でも、頬が赤く染まっている。照れてますね。

可愛くて頭を撫でようと手を伸ばしましたが、ペシッと叩かれました。猫みたいです。
非難する様な目で私を睨んできますが、それもまた可愛く見えてしまう。可笑しくてこらえきれず、私はくすっと笑った。

ウィル君は私から顔を背けて海の方に顔を向けます。怒っちゃいましたか?



……でも、本当ですよ?

貴方の隣に居る人は必ず幸せになるって、そう思います。

私は、そう思います。




空を見上げ何処までも続く夜天に魅入る。
現金なもので、あれほど暗い色に見えた星空も、今はとても綺麗だった。

私達を見下ろす蒼白の月。
透き通る蒼に、心が引き込まれていく。

包み込むようにして片手を掲げるが、決して届くことはない。
手に入れることの出来ない蒼の光。私が望む物はあの光と同じ様に、果てのない幻想なのかもしれない。

1人では無理なのかもしれない。1人だけで足掻いた所で何の意味もないかもしれない。


でも、2人なら、きっと届く。
一緒なら、きっとあの蒼の光に届く。そんな気がする。




指の隙間から溢れ出す蒼の光は何処までも眩しく。
そして、今も繋がっている手は何よりも暖かかった。







「いい加減離してください…」

「もうちょっと………」

「ミャア~~」


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