声が、した。
懐かしい声が聞こえた。
「宿題にした作文は明日集めるあらなー。忘れないで持ってくること。じゃあ解散」
授業を終え、帰り支度をする俺にアリーゼが声をかける。
「将来の夢を書く作文、みんな、どうしようか困ってたみたいですね」
「考えたことを文章にする練習のつもりで出したんだけどなぁ。かえって難しかったか?」
「どうかな……私は、困ることなく書けましたけど」
楽しそうに笑うアリーゼ。内容はばっちりのようだ。
「へぇ。どんなこと書いたんだ?」
問うと、アリーゼは表情を一転させ慌てる。
「だだっ、ダメですっ? 恥ずかしいですから誰にも見せませんよ!」
……見せられんって。どうせ宿題だから俺見るんだけど。
とは思うが口に出さない。
黙ってれば、うっかり出すかもしれないしな。
アリーゼさんってば、たまぁに抜けてるとこあるし。
「じゃ、今日の授業始めるか」
俺たちは森に向かった。
森にてアリーゼの訓練。
リグドの実の生る木の下で、落下してくる実を避けることで遠距離攻撃に備える実践練習をした。
ある程度避ける力はあるみたいだが、後衛で召喚術メインに戦うときは勿論、今後は前線に繰り出す場合もある。
弓矢等のつまらない攻撃をいちいち食らっていては身が持たない。
相当な確立で回避できる力が必要だった。
「あわわわわわ」
この次は近接攻撃をかわす練習も組まなければ。
スカーレルあたりにコツ聞いておくか。あの身のこなし、只者じゃねぇしなぁ。
「ひゃわわわわぁぁぁぁああああ!?」
アリーゼは魔法抵抗力に関しては俺以上の才能があるし、物理さえどうにかできれば最強の召喚師に……って。
なんか妙に切羽詰った悲鳴だ。アリーゼにしてはめずらしい。
「キ、キユピー!!!!」
考え事をしながら適当にリグドの木を蹴って実を落としていたわけだが、キユピーさんがめっちゃやる気になって手伝っていた。
ドォォォォンドォォォォンと渾身の体当たりをかましまくって、アホみたいな量の実がアリーゼを襲う。
「い、いい加減に……」
涙目になりながら必死に避けまくるアリーゼ。そしてその状態から……。
って、詠唱!? うそだろ!?
「しなさああああああああい!!!!!」
「キュピピピピーーーーーー!?」
狙いたがわずキユピーを召喚術で吹き飛ばした。
……なんすか今の、単なる落下してくるリグドの実とはいえ、かわしながら召喚術のカウンターっておいおい。
アリーゼさんが新たなる力を手に入れたようですよ。
「ねぇ先生。先生はどうして軍学校に入ったんですか?」
船外にて。
ふざけた罰として、アリーゼはキユピーを送還していた。
……キユピー、涙目になって震えてたな。
俺もうっかり送還されないよう、ふざけるときは限度を見極めよう。
「なんとなく。うちは田舎だったし、都会にあこがれあったからさ。軍学校入れば嫌でも出てこれるだろ」
「あこがれ……ですか」
都会に生まれたら、この感覚はわかんないだろうなぁ。
まぁ、今は田舎のよさもわかってるんだけどさ。
「それだけ、ですか?」
「きっかけはな。入校してからはそれなりに楽しくやれたし。入ってよかったと思うよ」
……あのときは故郷にいるのが単純に辛かったってのもある。
自分の無力さを嘆いて、悔しくて、いてもたってもいられなくて。
何より、家にいると思い出しちまってどうにもならなかったんだよな。
ぶっちゃけた話、なんでもいいから外に出たかったんだ。
「こうして、この島に流れ着いてもどうにかやってこれたわけだし。
アリーゼの先生もやってられるしな」
「先生……」
まぁ、アリーゼの先生にふさわしいかは今もって首を傾げざるを得ない状況だが。
何より、俺は今アリーゼに懐疑的になってしまっている。
「私は、先生がここにいてくれて本当に良かったって思ってます」
静かに微笑むアリーゼに、俺は形だけの笑みを浮かべる。
いい娘なのは間違いないのに。
どうしてこうなんだろうな、俺は。
アリーゼの傍にいるのが居たたまれなくて、俺はスクラップ場まできてしまった。
ヴァルゼルドならどう扱っても平気だから、俺の気も晴れるだろう、ふははは。
「おっすヴァルゼルドー。調子はどうだ?」
「………」
返事がない。未だ修理中ってことか?
試しに、ぺしぺし頭を叩いてみるが、やはり無反応。
まさかエネルギーが途中で切れたとかないよな……。
「ヴァルゼルド! おい、返事しろ!!
おいこらヴァルゼルド!!!」
「猫!?!?!?!
猫は苦手でありますぅぅぅぅぅぅ!!?」
「は?」
「すみませんっ!! 寝てませんっ!?
何ページからですか! 教官殿っ!!?」
「何寝ぼけてんだてめーは」
げしっと頭に蹴りを入れる。
……まったくびびらせやがって。せっかくのタナボタ戦力がなくなったかと思っただろうが。
つか、ロレイラルの住人が寝ぼけるってなんなんだよ。
マジで俺の機械兵士像がガラガラ砕け散っていく。
「その様子なら修理は終わったのか?」
「ばっちりであります!」
言って立ち上がるヴァルゼルド。
ガシャァァァァン。
そして盛大に転げるヴァルゼルド。
「たた……っ、立てないでありますぅ、教官殿ぉ……」
「気持ち悪いからその図体で涙目になるんじゃねぇ」
げしっともう一発蹴りを入れる。
機界兵士が涙目ってなんなんだ。オイルでも滲ませてんのか? 無駄に器用だな。
「結局直ってないってことなのか?」
「いえ、エネルギーは問題ないでありますし、各部パーツも……。
ややや!? 立てない原因がわかったであります!」
制御機能の一部に欠損があるらしく、電子頭脳をまるごと取り替えなければいけないらしい。
「恐縮でありますが、そこで、また教官殿にお願いが……」
はいはい。わかったよ。
「貴方って人は……つくづく厄介ごとに巻き込まれやすいみたいね?」
アルディラ姐さんにほめられましたっと。
「いいわ。すぐに持ってくるから」
奥に引っ込んで数分。アルディラが電子頭脳を二つ持って戻ってくる。
「はい、どうぞ」
「さんきゅ。って、これどっち使うんだ?」
「機械兵士は耐久性を問われるわ。思考ユニットもメインとサブの二つに分けて搭載されているの」
「へぇ」
片方がぶっ壊れても……っていう保険か。
ヴァルゼルドの調子が悪いのは、どっちか一方がやられてるってことなのかね。
電子頭脳を見ながらアルディラは遠い目をする。
「正直、機械兵士にはあまり、いい印象がないわ」
「アルディラ……」
「でも、機界の護人としては困っている同胞を見過ごすわけにもいかないしね」
苦笑するアルディラ。
過去と今を切り離して考えられる、か。
「いい女だな、アルディラは」
「あら、もう少し上手い言葉でないと私は口説かれないわよ」
ニヤリと笑うアルディラに俺は肩をすくめる。
……ふむ、いつものアルディラだな。
ならばついでというわけでもないが、聞けそうなことは確認しておくか。
ヴァルゼルドの元に戻り、メインユニットを取り付ける。
サブユニットは、メインユニット適合後に取り付ける予定だ。
「まさか両方必要だとはな。
しかし、するとどうやってヴァルゼルドは俺と会話してるんだ?」
俺の持ってきた思考ユニットとは別に第三のユニットでも存在してるんだろうか?
「それは……軍事機密であります」
ふぅん。まぁ、それほど気にすることでもないか。
「それでは、また後ほど。教官殿!」
「じゃあな」
ヴァルゼルドの目が緑から赤に変化する。
適合中らしい。
……ヴァルゼルドのこと、アルディラは大丈夫だったけど、そのうちクノンにも説明しとかないとなぁ。
ここまでやって、うっかり壊されでもしたらたまらんからね。
レックスが去った部屋でアルディラはひとり佇む。
(貴方は、どうして変に甘いのかしらね)
アルディラは、レックスに剣と遺跡について話した。
この島を実験場としていたのが無色の派閥であり、自身が剣の誕生にも立ち会っていること。
自分のマスターであったハイネルが、島の廃棄に反対し戦い、結果、剣によって封じられたこと。
(それっきりとはね。もっと深く突っ込んでくると思ったのに)
レックスは、アルディラが話した内容に頷き、機械兵士のもとへ戻った。
レックスがアルディラに対して警戒していたことは、ジルコーダと戦ったときも、帝国軍と戦ったときも、アルディラは気づいていた。
今、自分がときどき意識を失って活動していることは自覚している。
一体何をしているのか、わからない。
わからないのに、それを突き止めることをよしとしない自分がいた。
(貴方の優しさが、仇にならなければよいのだけれど)
アルディラは自嘲する。
願っておきながら、それを行うのは自分であるかもしれないのに。
コンコンと、ドアがノックされる。
今日は千客万来らしい。
「失礼します」
「あら、いらっしゃい」
アルディラは、微笑んでアリーゼを迎えた。
遺跡にて。
帝国軍とのいざこざ、アルディラの不自然な行動。
これらをどうにかできる可能性は、ここにしかないのかもしれない。
過去、ファリエルに近づかないよう警告されていたが、そうも言っていられ……、
ギィィィィィィン!!
「!?」
剣戟の音。
誰かが近くで戦ってる!?
二度、三度鳴らされる音を辿り、向かった先には、
「クウ……ッ!?」
『オオオォォォオォ……』
「ファリエル!?」
俺の声に一瞬だけ視線を向けるファリエル。
相手は、亡霊?
敵は不明だがすぐさま加勢する。
「こんの……!!」
ファリエルと斬り合う亡霊に対して、横撃をかまし吹き飛ばす。
『オオォォォォ……』
自由になったファリエルが亡霊に語りかける。
「お願い……気を静めて……。
もう、貴方たちの戦いは終わっているの」
「ォ、ォ……」
「還りなさい……二度と目を覚まさない、深い眠りの中へと」
亡霊たちが、一人、また一人と消えていく。
やがて全員が消え去ったころ、ファリエルが地に膝を着いた。
「ファリエル!?」
「どうして……近づいたらダメだと、あれほど、お願いしたじゃないですか!?」
「いや、それはだな……ってファリエル!?」
言い訳をしようとする俺を前に、ファリエルは意識を失った。
狭間の領域にて。
「かなり消耗は激しいですが、ここに戻った以上はもう安心です」
フレイズのお墨付きを得て、俺はようやく安堵した。
気を失ったファリエルを連れてくることもできずに、俺はただファリエルに声をかけることしかできなかった。
まったくもって無力だった。
ある程度回復したファリエルを連れて戻ったところ、フレイズはお説教タイムを敢行。
鎮めの儀式がどーだの、亡霊の目覚めが早すぎるだの、不穏な話が飛び交っていたが、やがてファリエルはフレイズを誓約の名の下に下がらせた。
一応フレイズは納得している様子だったが、こじれそうな内容だった。
「レックス、さっきの亡霊はね、この島で戦って死んでいった兵士達なの。私と同じ、ね」
アルディラの話を聞いていたおかげで、予想はついていたが、次の話はさすがに耳を疑った。
「ここで死んだ生き物は、魂になっても決して転生はできません。
島の中に囚われたまま、ああして彷徨い続けているのです」
魂の輪廻から外れることは並大抵のことではない。
それをあれだけの数に課すとはな。この島の異常性が伺える。
続けてファリエルは、この島が魂を捕らえるのは結界のせいではなく、剣に封印されたもっと大きな力だと言った。
剣によって引き出される力はその一部だと。
……あれだけの圧倒的な力で一部とかな。本気でシャレにならん。
剣によって封印された力は、剣を抜くたびに解放され、完全に解放されれば島のすべての生物に異変をもたらすだろうと。
やがては今いる亡霊たちのように、魂ごと囚われ死ぬこともできなくなる。
説明を聞き終え、俺はようやく合点がいった。
「だから、ファリエルは剣を抜くなと忠告していたのか」
「ごめんなさい、本当はもっと早く言うべきだったのに。私、こわくて言えなかったの。
真実を知った貴方たちが変わってしまうんじゃないかと思って……」
ごめんなさい、ごめんなさいと涙を流し謝るファリエル。
ひどく、ファリエルが小さく見えた。
……確かに、この事実は、重い。
そしてファリエルはこの重さをずっと背負ってきたのだろう。
俺はファリエルに近づき、その身体に触れようとする。
「あ……」
素通りする手に、ファリエルが声を漏らす。
「悪いな。今はこれで我慢してくれ」
抱きしめて、泣かせてやることすらできない。
それでも傍にいてやることはできる。
「レックス……」
触れられない手で、俺はファリエルの頭をなでる。
今までずっと心の内に重荷を持っていたファリエルをいたわる様に、できる限りやさしく。
「………」
ファリエルが目を閉じる。
涙は止まらなかったが、表情から悲愴さは消えていた。
……まったく。あんまり無理すんなよ、ファリエル。
森にて。
落ち着きを取り戻したファリエルと別れ……っていうかフレイズが様子見に戻ってきた際に、ファリエルの泣き顔を見て軽く修羅場だった。
……野郎、本気で俺がファリエルになんかしたと思いやがったからな。マジで一発入れておくべきだったかもしれん。
とにもかくにも、俺は海賊たちを連れ遺跡へと向かっていた。
ファリエルとアルディラの話を総合するに見えてきたものもあるが、結局は封印された力ってのが謎のままだった。
ファリエルの話が事実ならば、解放するって選択はないわけだが……アルディラは何を狙っている?
どちらにしろ、俺たちは剣や遺跡についてわからないことが多すぎる。
帝国軍のこともあるし、不明のままで終わらせることはできない段階まで来ていた。
「ところで、もう片割れの剣はどうなったのかしら?」
スカーレルの言葉に、全員が「あ」と漏らす。
「一体どこにあるのかしらね」
スカーレルの問いに、だれも答えることはできなかった。
遺跡の入り口に到着。
カイルが見上げあきれたように言う。
「こりゃまた、随分とたいそうなモンだな」
ボロボロになった外壁は、この島での戦争の激しさを語っていた。
見れば草むらには人骨が野ざらしにされている。
……あまり長居するような場所じゃねぇな。
ヤードが入り口を調べるが、開く気配はない。
「無理ですね。この先はどうするおつもりですか?」
「うーん」
……入れたら儲けモンだと思っていたんだがなぁ。
方法はひとつくらいしか思いつかない。すなわち――、
「こうすればいいんですよ」
あ、と声をかける暇もなく、俺たちの後ろから来たアリーゼは抜剣した。
扉が剣に反応して開放される。
「おおお!?」
ちょっとした仕掛けに感嘆の声を上げるソノラ。
普段であれば俺も素直に驚けただろうが……、
「アリーゼ……」
「事情は聞きました。剣と、封印された力を確かめましょう」
遺跡と反対側、動き出した亡霊に臨戦態勢を取るアリーゼ。
それに習い、俺と海賊連中も各々獲物を構えた。
亡霊を倒し、俺たちは遺跡内部へ足を踏み入れた。
奥へ進み開けた場所へ出ると、ヤードが驚愕の表情を浮かべる。
「これは、サプレスの魔方陣とメイトルパの呪法紋、加えてシルターンの呪符の組み合わせ……異なる異界の力をロレイラルの技術で統合・制御しているというのか……」
いやいや、こいつぁ驚いた。
さすがはその名を轟かせる無色の派閥、無駄にやることがチャレンジスピリットに溢れてるぜ。
「これならあらゆる属性の魔力を引き出すことが可能でしょう」
夢物語に近い。
それではまるで……、
「誓約者、エルゴの王」
アリーゼが呟く。
だれも夢物語だと一笑に伏せない。
俺たちは知っている。アリーゼが全属性の召喚獣を呼び出せることを。
そして剣の力は遺跡の力が源であることを。
「ただし、現状ではすべて可能性の話です」
ヤードの言うことはもっともだ。
しかし、アルディラやファリエルが無意味な嘘をつくとも思えない。
そして無色の派閥なら、このくらいのことやってのけようとする妄執があってもうなずける。
みなが沈黙する中、アリーゼが階段を昇っていく。
「では」
アリーゼが抜剣し台座の前に立つ。
その瞬間、俺は強烈な違和感がよぎる。
……待て!
「いきます」
アリーゼが剣を振り下ろす。
俺の制止は声にならなかった。
封印の剣は二本。
いつか、アリーゼは言っていた。
ただ一本で遺跡に正常に働きかけられるわけがない、と。
ならば、一本の剣で遺跡に働きかけてようとする今の状況は……一体何が起こるのか。
一瞬の後に、その結果はもたらされた。
「ああああああああアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああ」
絶叫が木霊する。
「ああああああああアアアアアアアアアアアアアアアああああああああアアアアアアアアアあああああああ!!!」
沈黙を切り裂いて、アリーゼの悲痛な悲鳴が響き渡った。
俺はすぐさまアリーゼの元に駆けつけようとして、
「なッ!?」
行く手を阻まれる。
すぐさま仲間が追いかけてくるが、ある地点で足止めを食う。
「なんだよこれは!?」
カイルが空間を殴りつける。
いつの間にか不可視の障壁が存在していた。
「ああああああアアアアアアアあああああああああOFAODIFJAOァァIFJAOA238947AAAALDJSFllaァ!?」
アリーゼの絶叫が獣めいたものに変化する。
誰が見ても剣と遺跡が原因だとわかった。
「早く、剣を引き離さなくては!」
ヤードが召喚術を、ソノラが銃を障壁に放とうとして……、
「ジオクエイク」
「な!?」
突然の召喚術になすすべもなく直撃を受ける二人。
……アルディラ!? このタイミングで来るのか!!!
「書き換えの完了まで何人にも、邪魔をさせてはならない。
それが、私の……最優先任務……」
ゆらり、とアルディラが歩みを進める。
「適格者の精神を核に、新たなネットワークを構築することで遺跡の機能は回復する。
不要な人格は削除し、システムに最適化させる。
それが、継承」
アルディラを睨み付けるカイル。
「お前、自分が言ってる意味わかってんのか!?」
「………」
突然しゃべりだしたかと思うと、今度は完全な沈黙。
……アルディラの瞳、完全に光がねぇ。
この状況でそりゃとっくに理解はしてたけどよ。
いや、迷ってる暇はない!
覚悟を決めるなら即断一択。
俺は剣を抜いてアルディラに向かい疾駆する。
「レックス!?」
ソノラの非難するような呼びかけには反応しなかった。
時間がない。躊躇いは不要。一瞬で終わらせる。
「アああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああアアアアあああああああああOFAODIFJAOァ!?」
アリーゼの絶叫。
「アクセス」
アルディラの詠うような声。
「アルディラあああああああああああああ!!!」
俺は咆哮し、全速の一撃をアルディラに見舞おうとして……、
「ロック・オン。シュート」
俺は光に包まれた。
「……ゼ」
呼びかける声がする。
「……リーゼ」
ひどく、懐かしい声。
「アリーゼ」
声はぼやけているけれど、聞こえてくる。
「こっちだよ」
アリーゼはすべての感覚を声に向ける。
「よく、来たね」
視界が開けてくる。
「ずっと信じてたよ」
やさしい香りがする。
「やっと会えたね」
赤色の髪をした穏やかに微笑む女一人。
「せん……せぇ……」
アリーゼにとって、もう会えないと思っていた人が佇んでいた。
俺の目の前には、傷だらけになったフルアーマーの戦士が一人。
「ブジ、カ……」
「あ、あ、ああ……」
……ウソ、だろ。
「ファリエル!?」
「大丈夫ですよ。傷つけられたのはこの鎧だけ」
元の姿に戻るファリエル。
「既に死んでいる私を、普通の方法で殺すことなんて不可能ですから」
平然と言い放つファリエル。
「忘れちゃったんですか? レックス」
微笑むファリエルに気負いはない。
「……すまねぇ」
完全に我を忘れていた。
馬鹿みたいに猪突猛進をして、狙い撃ちされるなんて、本当にどうしようもない失態だった。
「糞ッ!!!」
俺は自分の頬を両手で激しく打つ。
気合を入れなおす俺を置いて、ソノラがファリエルを見て目を見開く。
「え? え? ……どうして?」
「ごめんね、ソノラ。理由は後で説明するから」
ファリエルは横にいたフレイズに指令を下す。
「フレイズ、貴方はみんなと協力してアリーゼを助けてあげてちょうだい」
ファリエルはアルディラを見据えて、
「私は、今度こそ、この剣でアルディラ義姉さんを止めてみせます!」
「近接戦闘へと移行、帯電結界を展開……」
「させない!!!!」
ファリエルがアルディラに肉薄する。
その隙にフレイズは一気に階段を飛翔する。
「さあ、ぐずぐずしている暇はないですよ!
光学防衛兵器は私が引き受けます。
ですからなんとしてでも、彼女の手から剣を引き剥がし、継承を阻止するんです!!!」
「わかった!!!」
カイルが答え、障壁を崩しに拳を振るう。
再度ヤードは詠唱を開始し、ソノラは乱射し、スカーレルは獲物を一閃させる。
戻ってきた俺もヤードにあわせて召喚術を発動させる。
しかし……、
「なんなんなのよこれは!?」
「まったく!! 頑丈なつくりをしてるわね!?」
「くっ、一体どうすれば……」
「おおおおりゃああああああああああああああ!!!」
海賊四人と合わせ全力で攻撃するも障壁はびくともしない。
『照合確認終了……
継承行程……読み込みから書き込みへと移行中……』
「このっ、このっ、このおおおおおおお!!!!」
「とまれ、止まれよ!! 止まりやがれぇぇぇえええええ!!」
糞、糞、くそっ!! 何か、何か方法はないのかよっ!?
「アリーゼぇぇぇぇぇっぇえええええええええええええ!!!!」
「……?」
アリーゼはふと、自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。
「どうしたの?」
にっこりと微笑む彼女を見て、アリーゼは頭を振る。
「なんでもありません」
アリーゼは自分がなんのために頑張ってきたのか、思い起こす。
そうだ、自分は先生に会うために、この世界に来たのだ。
そして、今日、やっと声が聞こえたのだ。
自分を呼びかける声が。
大好きな人の声が。
だから、それに応えられるなら、他には何もいらナイ。
だから、利用する。
たとえ、その結果自分がどうなろうとも。
――――アルディラですら利用する。
(そして、先生とずっと……)
アリーゼは瞳を閉じた。
「目を開けろ!!! アリーゼ!!!!」
『オートディフェンサ作動。
魔障壁、展開』
不可視の障壁に雷撃が走り、接近していた俺を襲う。
「があああああああああああああああああああああああああ!?」
「先生!?」
雷撃を避けるため一旦距離を置く仲間と反対に、俺はその場にとどまり続けた。
瞬時に気が遠くなる。全身の痛覚が悲鳴を上げる。
飛びそうになる意識を意志の力だけでどうにか持ちこたえさせて、再度障壁に相対する。
「無茶です! 一旦体勢を立て直しましょう!」
ヤードの叫びを無視し、俺は倒れそうになりながらも障壁の前に立つ。
「誓ったんだよ……生徒をちゃんと見るってよぉ」
残る力を振り絞り剣を振るう。
わざわざこんな仕掛けを作動させたんだ。攻撃が効いてない訳じゃない、はずだ。
すでに召喚術を使う力は残っていない。
なら、ここから離れるわけにはいかない。
「馬鹿みてぇに聡いのに、先生と認めてくれたんだよぉ」
雷撃が全身を貫通する。手の感覚は、もうない。
「なのに、俺は」
手から剣が滑り落ちる。
……俺はもう、大切な人を失いたくない。
「アリーゼ」
お前が何者であっても、俺の生徒であることに変わりはないんだよな。
そんな当たり前のこと、わかってたはずなのによ。
これまでの日々で、俺は何を見てきたんだよな。
バカだよ、俺は……。
俺は障壁に手をあて、握りこむ。
ごめんな。
反省してる。
謝る。
だから。
アリーゼ、戻って来い。
お前の居場所は、ここだ。
「おおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオおおおおおおおおおおおおオオオオオオ!!!!」
気力を振り絞り、力任せに不可視の障壁をこじ開けた。
「先生」
アリーゼは閉じた目を開けた。
「どうしたのアリーゼ。疲れたでしょう。眠っていいんですよ」
「先生。私ね」
「うん?」
「私、先生が大好きです」
「ふふ、ありがとう」
「大好き、なんです」
たとえ、それが幻想であっても……。
「本当に」
たとえ、自分が操られていたのだとしても……。
ただ一目だけでも、会いたかった。
そして。
「同じくらい大好きなんです」
不器用なやさしさをもった先生も。
「アリーゼ……?」
首をかしげる彼女をしっかりと視界に納め、
「先生」
アリーゼは目を開けた。
台座まで一直線に走り、俺はアリーゼを剣から引き離す。同時に剣が消え去る。
「……!!」
呼びかける声が声にならない。
ひどく静かだった。
抱きかかえるアリーゼが幻のように思えた。
いつの間にか、周囲には仲間がいた。
カイルが、ソノラが、スカーレルが、ヤードが、フレイズが。
ファリエルが、必死の形相で口を動かしていた。
ほら、アリーゼ、起きろよ。
みんなお前が起きるの待ってんだぞ。
寝坊するなんて、お前らしくないぞ。
アリーゼの乱れた前髪を整えると、くすぐったそうに身をよじり目を開ける。
眠たそうに目をこすり、小さくつぶやいた。
「先生」
わっ、と、周囲から歓喜の声がわいた。
……うるせーよ。
そう思うと同時に、騒がしさが嬉しくてたまらなかった。
「私は……何をした……?」
呆然とするアルディラにファリエルが近づく。
「義姉さ……」
「来ないでッ!!」
心底から発される叫びに、思わずファリエルが静止する。
「覚えてるの……私が何をしたか。してしまったか」
泣き笑いの表情を浮かべ、独り言のようにしゃべり続ける。
「マスターの声が……聞こえてたの……あの人の声が、ずっと近くで……
だけど……そうじゃなかった!!!」
フレイズがファリエルの隣を通り過ぎ、アルディラの前に立つ。
「融機人であることを利用されて、貴方は償えぬ過ちを犯してしまったのです」
「そうね……私は、そこまで壊れてしまったのね……」
「楽にしてあげます。私の手で……おごッ!?」
フレイズが剣を振り上げた瞬間、俺は脇から蹴りを入れた。
「ごほっごほッ……いきなり何をするんですか貴方は!?」
そりゃこっちの台詞だっつーの。
「お前こそ何するつもりだったんだ。
もうアルディラは正気じゃねーか」
「今後二度と、彼女が支配されないという保証が貴方にできますか!?
同じ間違いが繰り返されれば、今度こそ、この島は破滅するんですよ!
あれだけの目に遭いながら、貴方の教え子が危険な目に遭ったというのに、それでも貴方はまだ彼女を信じるというのですか!?」
「それは……ッ」
「はい」
躊躇した俺の横から、アリーゼがはっきりと返事する。
「そうならないために、私たちがアルディラさんを助けてあげればいいだけです。
ね、先生」
アリーゼが俺を見て笑い、フレイズは絶句する。
……まったく、なんて奴だよお前は。
しかし、アルディラはうなだれたままあきらめの表情を浮かべている。
「気休めはよして。自分のことは、自分が一番わかってるわ!。
ダメなのよ……きっとまた、私は取り返しのつかないことをしてしまう……。
だからその前に私を……!」
「うるせーよ」
俺の振りおろした拳がアルディラの頭を直撃する。
「ひぐッ!?」
アルディラは頭を押さえ、困惑の表情を浮かべ俺を見る。
「な、何を……」
「言ってもわかんない奴は拳骨だろ。先生の愛の鞭だ」
まったく。世話の焼けることだ。
「アリーゼの言葉、聞いてなかったのか?
取り返しのつかないことになんて、ならねーから大丈夫だよ」
「そ、そんな保証……」
「アリーゼが一度、俺がもう一度言ったぞ。これ以降は『こいつ』しかねーからな」
俺は右拳を握り締めてアルディラを威圧する。
もう、遠慮のかけらもいらねー。
被害者本人の意思は、はっきりしてんだ。
だったら……お前らの事情なんぞ……知った……こと……か。
「……を?」
唐突に視界が揺れる。
景色が黒に変わっていく。
俺の意識は、そこで途切れた。