『そうやって、貴様はいつも煙に巻くことで全てを曖昧に終わらせようとする』
『だがな、私は絶対に認めたりしないぞ!』
『こんな形で……こんな理不尽な結末を認めるものか……っ』
『絶対に、認めない!!』
「………」
夢。
今更すぎる夢だった。
宴会という名の屍祭りから翌々日。
カイルやソノラは未だ完全に使い物にならない状態だった。
あんだけ暴れりゃ当たり前だな。
アリーゼも自室でぶっ倒れている。
スカーレルは船の修理の部品の図面をもらいにラトリクスへ、ヤードはゲンジとかいう爺さんのところを訪れている。
海賊連中はいつの間にか島の住民と交流するようになっていた。
「それじゃセンセ、私は帰るわね」
クノンから図面を受け取ったスカーレルと別れる。
一昨日の喚起の門でのアルディラが気になり、スカーレルと共にラトリクスへ来ていたのだが。
「……あてが外れたなぁ」
アルディラはすでに休んでいるらしい。
一昨日のことは気になるが、無理に聞こうとしてもクノンに止められるだろうし出直すことにした。
しかし、こんなところまで来て無駄足になるのは悔しい。負けた気分になる。
「よし。ミスミさまのところにでも寄ってくか」
決めて風雷の郷に足を向け、
「……クノン?」
クノンが一人廃坑へ向かうのを見かけた。
「クノン」
一直線に歩くクノンに呼びかける。
無駄のない動きだからなのか、見た目の印象より歩く速度は速い。
クノンが振り返る。
「レックスさま。どうされましたか」
「これからミスミさまのとこにでも行こうかなって思ってたところ。
クノンこそどうしたんだ?」
「アルディラさまが摂取される薬の材料を採りに行くのです」
「薬……って、まさかアルディラどこか悪いのか?」
一昨日の件は関係しているのか?
俺はクノンに詳しく聞く。
クノンが言うには、薬というのは融機人がこの世界で生きていくために必要な免疫体の強化ワクチンの材料であり、病気を予防するためのモノで、以前からアルディラは定期的に摂っているらしい。
……ってことは、恐らく無関係だろうなぁ。
「それでは失礼いたします」
言ってクノンは歩き出す。
「………」
「………」
「レックスさま」
「ん?」
「なぜついて来ているのですか」
「んー、保険みたいなもの?」
クノンの探す薬と、一昨日の正気を失ったアルディラとは関係ないとは思うが、可能性は0ではない。
そうでなくても定期的に採りにくる必要のある薬なのだ。クノンが動けないときのために、俺が知っておくに越したことはない。
「私一人で何度も行なっています。無用な心配です」
「まぁまぁ。俺もやることなくてヒマなんだよ。散歩みたいなもんだ」
「ミスミさまのところへ行くのではないですか?」
「気が変わった」
クノンが俺を見る。
無表情で見つめられるのって、居心地悪いっすね。
「暗いので、足元には気を付けてください」
許可はいただけたようだ。
それきり、俺たちは黙して目的の場所へ歩き続けた。
「では、戻りましょうか」
クノンと鉱石を抱えて来た道を戻る。
……薬っていうから、てっきり草かなんかかと思ってたけど、まさか鉱石だとは。
目的地についたころはクノンと一緒に探そうとしたんだが……はっきり言って全然見分けつかなかったぜ。
こりゃ俺が単独で来ても無駄だわ。
結局、クノンが鉱石を集めるのを、俺はぼーっと突っ立って見ているだけだった。
……荷物持ちとしては意味あるんだから、無意味じゃないよね。うん。
クノンに言ったら、機界の召喚獣に頼むのでいらない手伝いです、とか言われそうだけど。
「………」
「………」
それにしても、ものすごい勢いで無言空間である。行きも同じだったのでいい加減慣れたが。
横を歩くクノンは俺などいないかのように進む。
凛として、迷いを感じさせない。
ふと、その表情が別の人間に重なった。
……夢のせいか?
あいつは、いつでも真っ直ぐに目標へ向かっていた。
女であることを感じさせぬよう、だれよりも強くあろうとした。
その結果が今の地位。そして今もなお走り続けているのだろう。
俺には到底真似できねぇ。
……勝ち逃げなんて許さない、か。
逃げてる時点でそいつは負けてるっての。
知らず苦笑が漏れそうになり……俺は足を止めた。
「クノン」
「はい。前方に十数体の召喚獣」
肉眼では確認できないが、クノンの眼は奴らをしっかりと捉えていた。
「Gyeeeeeee……」
「ジルコーダです」
生き残りがいやがりましたかー。
「クノン、傷は!?」
「損傷部位60%。問題ありません」
「いや、問題だらけだろそれ」
一撃でやられないってだけじゃねーか。
「クノン、インジェクスで治すんだ」
「できません」
この野郎、まだ一回は使える魔力残ってんのわかってんだぞ。
元軍人なめんなコラ。
「この状況で魔力ケチってどうすんだよ!
今すぐ回復、で一点突破で撤退! もう、これしかねぇんだよ!!」
言ってる間に、ジルコーダは包囲を狭めてくる。
俺の魔力はとっくに底をつき、今は寄って来た蟻の脳天をかち割るのみだった。
……最初に奴らの足を鈍らせるため召喚術を連発したのが仇になったか。
でもやらなかったら間違いなく押し切られてたからなぁ。
「わかりました」
ようやくクノンが詠唱を開始する。
さて、出口への道まで蟻6匹。周囲8匹。なるほど、全然減ってないっすね。
無論、蟻を倒してないわけじゃない。
後から後から出てきやがったのだ。
……増援とかマジやめろ、完全に見誤っただろ糞が。
「インジェクス!」
クノンの召喚に応え、ぶすっと回復の注射器が刺さる。
「おぉ!?」
俺に。
「……なにしてんだこの野郎!!」
「召喚いたしました。レックスさまの言うとおりに」
「アホか!? クノン治さなくてどーすんだよ!!!」
俺はまだ蟻の攻撃に何発かは耐えられたのに。
そもそもクノンと俺では物理攻撃に対する耐性にかなり差がある。
「この場を切り抜けるためには、これが最善の方法です。
では突破しましょう」
何が最善だ。
クノンの目。
兵士がダメ元で特攻するのと同じ目じゃねぇか。
「レックスさま。遅れればそれだけ可能性がなくなるだけです」
「……わかりましたよ。行くぞ!」
そっちがその気ならいいさ。
俺は俺で勝手にやるからな。
俺は使い慣れないスキルを使うため神経を集中させる。
要はアレだろ? 敵をビビらせればいいんだろ?
ならこの溜まった鬱憤と怒りをぶつけてやるよ。
俺は近寄ってきた蟻の攻撃を受け、
「おらッ!!」
即座にカウンター。
続けさまにもう一撃を入れ、
「クノン!!」
蟻の攻撃の前に離脱した俺と入れ替わり、クノンが槍で止めを刺す。
クノンの攻撃の隙をついて、別の蟻がクノンの側面から間合いを詰めようとする。
俺はその蟻の斜め右前に立ちふさがる。蟻は方向転換して俺に正対して一撃を入れた。
これに対しては防御。こいつは進路から外れている。倒す必要がない。
目の前の蟻を置き去りにして、俺とクノンは出口を塞ぐ蟻たちの元へ突っ込んでいった。
リペアセンターにて。
結局。
俺とクノンが生き残れたのは、仲間のおかげだった。
満身創痍で出口には来れたが、そこにはまた新たなジルコーダさんが!
さすがにあの時は心折れそうだったわ。冗談抜きで死を覚悟したね。
俺とクノンが廃坑へ行く前に、子供たちが森でジルコーダの生き残りを見てヤッファのところへ駆け込んでいたらしい。
ファルゼンやヤード、スカーレルやミスミさまがジルコーダが巣にしていた廃坑に様子を見に来たところへ運良く合流したというわけだ。
いやぁミスミさまの鬼のような強者っぷりときたら。惚れ惚れするような戦いぶりでした。
そして今はリペアセンターでベッドに座り、クノンから治療を受けていた。
「みんなが助けに来ることに確信があったのですか?」
クノンは俺の腕に包帯を巻きながら聞いてくる。
「な……なんとな~く、ねぇ? ……ッッッ!? 痛い痛い痛い痛いだいいだいいだいいだい!?」
意味もなくクノンが患部を圧迫する。
なにしやがる!? 激痛で涙目になったぞ!!
「貴方の行動は無茶苦茶すぎます」
その言葉そっくり返します。
「そういうのは、私はキライです」
「はいはい、悪かったですねー」
「……それでは注射を打ちますね。治療のためですから我慢してください」
「こらこら待ちなさい。明らかにそれは規格外。人間用ではありませんよ看護人形さん」
「看護人形をかばって攻撃される人には、この程度では足りないくらいです」
ぶすっと容赦なく刺される。
死ぬほど痛いが、たしかに効く。こうかはぜつだいだ!
にしても、さすがにクノン、気づいてたか。
――闘気。
ある程度の者には無効化されるので、微妙に使い道はなかったりするが、雑魚に対しては絶大。
相手の行動を著しく制限し、使いようによってはこちらの優位となる位置で戦うことができる。
相手が単純に仕掛けてくる者であれば、無理やり正対して戦わせることなど朝飯前。
これにより、クノンを蟻の攻撃範囲に入らないよう位置取りをしてやり過ごすことができた。
クノンが俺を回復させたことは結果オーライだったわけだ。
だが、むかつくものはむかつく。
「クノン。昼間のアレはなんだよ、勝手に他人を回復させて勝手に死ぬ覚悟しやがって。もっと自分のこと大事にしろ」
「余計なお世話です。私が故障しても代わりの者を召喚すれば済むことです」
「アホ。どこの世界にこんだけ憎まれ口叩く看護人形がいるんだよ」
「な……!」
「よぉ~く覚えとけ」
立ち上がり、
「今度また同じようなことしてみろ。今日なんて比じゃないくらい無茶苦茶やってやるからな! 俺が死んだらクノンのせいだぞこの野郎!!」
言いたいことだけ言って部屋を出る。
あーすっきりした。気分爽快。
「レックスさま!!!!!!」
なんか後ろの方で聞き慣れない怒号がするけど気にするこたーない。
クノンにこそ薬は必要なのだから。
レックスがいなくなった部屋で、クノンは呆然とする。
自分があんなに大声出すなんて思いもしなかった。
「おかしな人です……」
看護人形である自分を本気でかばっていた。
あんなにもボロボロになって。必死になって。
彼一人であれば、きっともっとうまく切り抜けられたはずなのに。
だからこそ、最後の最後で彼を治したのに。
「本当に、おかしな人」
自分を大事にしろと言われた。
そんなこと考えたこともなかった。
どうすればいいのかわからない。
わからないことが多過ぎる。
「いつか知ることができるでしょうか……」
それがわかれば、自分はもっとアルディラさまの役に立てる?
アルディラさまに笑ってもらえる……?
ああ、それならば。
彼の言うとおりにしてみてもいいのかもしれない。
それに、彼が死んで私のせいにされるのは困る。
「無茶苦茶な理屈です」
約束ではない、一方的な宣言。
それでもクノンはその宣言を忘れぬよう記録した。