船を直すための木材を切り出すためカイルと森にやってきていたわけだが。
「あぅぅぅぅぅぅ??」
やたらバインバインのねーちゃんが倒れていた。
「ちょっとちょっと、おねーさん。大丈夫ですかー?」
頬をペチペチやって、無難に声をかけてみる。
横でカイルが焦って言う。
「なぁ、これ脱水症状じゃねえか?」
「ですよねー」
島に流れ着いた人なのか? 運のいい?人である。
脱水症状の気があるが、ほにゃっとした表情をしてるので深刻そうに見えない。
「じゃあ、水を」
俺は持っていた水を飲ませようとして、
「!?」
ものすごい勢いでぶん取られた。
「んっんっんっんっんっんっんっんっんっんっんっんっんっんっんっんっんっんっんっんっんっ!」
いや飲み過ぎだろ。水飲み選手権王者かあんた。
「ぷ……はぁぁぁぁ。生き返ったわぁ~。
でもぉ、お酒じゃなくって水かぁ。メイメイさんざんね~ん。にゃははははは」
「よかったな。身体だけは無事そうだ」
「メイメイさんねぇ、おいしいお酒いーっぱい飲むために、ちょーっと我慢し過ぎちゃったみたいなの」
ふむ、発見時の見た目情報である程度予想はしていたが、やはり頭の方までは無事じゃなかったようだ。
カイルは普通に引いていた。
「俺も酒好きではあるが、そこまで気合は入れられねえな」
「奇遇だな。俺もだよカイル」
「あらー、二人共根性ないのねー」
そんな根性はいらない。
「でもー、助けてもらったんだからちゃーんとお礼はしないとね。
ついてらっしゃいなー」
「はぁーい、メイメイさんのお店にようこそぉ」
マジすか。
森の中に突如人工物バリバリの赤い建物が。
違和感にもほどがあるぞ。
普通に武具やらアイテムやら売ってるし。どうなってんのこの島は。
「なんでこんな場所にこんなもんが……?」
「いーじゃないのぉ、細かいことは。
それよりも、こーれ。」
メイメイが渡してきたのは海賊旗と教科書。
「先生と海賊には欠かせないでしょう?」
「な!?」
「なんで、俺達のことを……」
「にゃははははははは。そぉんな細かいこといいじゃなぁい」
なんというゴリ押しな誤魔化し方。まぁいいか。実際助かるし。
……あー、そういえば俺、アリーゼに一回も授業やったことねーや。
つかマルティーニさん、娘に何を望んでたんだ? あんなに戦いに慣れてて召喚術も真っ当に使えて。
そんな娘に家庭教師つけてまで育てる意味あんの? 軍属の家系でスペシャリストを育てたいならわからんでもないけど。
なんにしろ、軍学校出てぷらぷらしてるような俺に何を求めてたのか謎すぎるな。おまけに今は最強の剣も所持してるスーパーガールだしね。
ホント、コレ以上何を教えろと?
あ、ひょっとして実践はOKだけど座学が壊滅的とか?
……印象からしてなさそー。
まぁ一回やってみればいいか。
つか、給金もらえないよねこの状況。いや金なんて今はメイメイさんとこくらいでしか意味ないけど。
あれ、根本的な事態に今頃気づいたぞ。
俺の隣で海賊旗に満足してるカイルを放置して一人呆然とする。
……俺、アリーゼの先生やる意味あんの?
なんて悩んでても仕方ないので、まずはやってみよう。
アリーゼの部屋にて。
「さーて楽しい楽しい授業するぞ授業。
はいはい、アリーゼさん席についてくださーい」
「ついてます」
俺の明るい声とは裏腹に、冷めきった声で返すアリーゼ。
うん、アリーゼさん超機嫌悪いっすね。
「まずは戦闘の基礎について勉強してみようか。
武器ごとの特色について……」
「それ知ってます」
ピシャリと遮られる俺の言葉。
ははは、先生その程度じゃくじけませんよー。
「じゃあ間接武器とは?」
「槍です。爪よりも遠くから攻撃できます」
直接攻撃の例が爪ってところが渋いっすねー。
「正解ですねぇ。じゃあ高さや正面横背後の攻防についても理解してる?」
「はい」
無表情で答えるアリーゼ。
なるほど、この先の部分についての理解もまだ余裕がありそうだ。
もしかしたらアホの子疑惑あっさり粉砕。
座学問題なさそうっすよ、マルティーニさーん。
だがしかし、最終兵器アリーゼさんの抜けてる部分も理解してるのですよ先生は。
俺はピンクの豚に目を向け、
「護衛獣との誓約……」
「終わってます」
サモナイト石を示される。
ははは、先生ちょっとくじけそうだよー。
記念にしたくない最初の授業を終了にすると、アリーゼは部屋を出ていった。
本当は止めようとしたが、デンジャラスガールである彼女に危険も糞もないし。
一応剣は使わないよう釘さしたが、俺の言葉にどれだけ効果があるか怪しいところだ。
ファルゼンからの伝言って言ったんだけどなぁ。
すんませんファルゼンさん。せっかくの忠告だけど無駄になりそうっす。
「ひゃぁぁああああっ!?」
なんだ今の悲鳴。
えらく悲壮感のない悲鳴だったが。
様子を見に船の外を見ると、ちっさい妖精と豚が追いかけっこをしていた。
「キュピピピー」
「なんで、どうしてマルルゥを追っかけるですかー!?」
「キュピー」
「ひゃぁぁぁ!!!」
あの豚何しとんねん。
今はこの島の召喚獣とはデリケートな関係なんだぞ。
俺は慌てて船の外へ出て豚を引っ掴む。
「おい豚、ふざけんのは外見だけにしとけよ」
「キュピー!?」
涙目で去る豚。悪即斬ですよ。
「豚じゃありません。キユピーです」
「ははは。駄目だぞキユピー。相手が嫌がってるのにあんまりふざけちゃあ」
アリーゼさん、いたんすね。失礼しました。
「あぅぅぅ。助かったですよー」
妖精に向かってキユピーを抱えたアリーゼが言う。
「ごめんなさい。ほら、キユピー」
「キュピー……」
「いいのですよー。
あ、はじめまして。マルルゥというです。
ここに……ここに……あやや、名前を忘れてしまったのですよー!?」
大丈夫かこの妖精。
俺の部屋。
「つまり、俺達に島の案内をしてくれるってことか?」
「はいです。先生さんたちのことみなさんすごくすごーく気になってるです。
だから遊びに来てくれれば、もっとなかよくなれるのですよー」
お花畑な思考回路だが一理ある。
現状、こちらは剣を狙うであろう帝国軍と事を構えなければならない。
島の住民としては直接に関係はないだろうが、戦場となるのだから巻き添えの可能性は消せない。帝国軍が見掛けた召喚獣に対して無差別に攻撃することもあるだろうし。実益第一主義の帝国軍が島の事情を知ったところで行動を改める可能性は高くないしな。
つまり、今みたいな不干渉状態ではなく協力関係を結ぶことは互いにメリットになるわけだ。
そして相手を理解していることが信用の上乗せになる。協力には信用が不可欠なわけで。
「よし、連れてってくれるか、マルルゥ」
「よろこんでー」
花の咲いたような笑顔だ。
古来より妖精の微笑みは病も治すというが、あながち眉唾ではないのかも。風邪くらいすっ飛びそうだ。
「結局俺とアリーゼだけか」
まさかカイルまで遠慮するとはなぁ。
未知の領域ではあるだけに警戒する気持ちはわかるんだが。
アリーゼは来るって言ったけど、それきり黙ってるし。
警戒っていうより、俺がいることが原因っぽいけどさ。
「気にしないでください。マルルゥ達でも同じだったのですよー」
なるほど、島側でも似たようなことがあったわけだ。
集落を巡った後に集いの泉で護人達と話し合いをするとのことだが、はてさて、こんなので交流なんてできんのかね。
霊界集落狭間の領域。
前来た時も思ったが、なんとなーく暗いイメージの場所だ。ジメジメしてるわけでもないんだが。
「サプレスのみなさんは、おひさまよりも、おつきさまのほうが好きなのですよ」
マナ的に考えればその通りだ。
常にマナを消費して存在する身なのだから、マナが豊富な月の出る時間のが活動的になるのは必然。
今は誰もいないんだろうなぁ。
「バアーッ!!!」
「おおおお!?」
「ギャアアアアアア!?」
突然背後から抱きつかれた。
俺は反射的に振りほどいて剣を一線。あ、剣はメイメイさんのとこで新調したクレスニールっす。
「ナニヲスルカー!?」
「悪い悪い。つい」
「ヌグググッ……コウナッタラ、ワシトモノマネデ勝負ジャ!」
何がどうなったらモノマネ勝負になるのか謎だ。
「……ナカナカヤルナ」
「……マネマネ師匠こそ。その名前、伊達じゃないな」
肩で息をする俺と師匠。
思わず全力でダンシング・バトルをしてしまった。
あ、みなさんおひねりサンキューです。
「先生さん、すごかったのですよー」
わりと楽しいとこかもしれないな、狭間の領域。
その後、フレイズというファルゼンの下僕っぽいのがいたので挨拶をした。
ファルゼンは見当たらないし次行くか。
幻獣界集落ユクレス村。
「マルルゥはここに住んでるんだろ」
「そうなのですよー。
ここにはユクレスっていうおっきな木があって、お願い事を聞いてくれるんだってシマシマさんが言ってましたー」
あのガラの悪いあんちゃんがシマシマて。
マルルゥのあだ名のセンスすげぇな。俺、アリーゼの先生やっててよかったわ。
「先生さん、この村を気に入ってくれたですか?」
「ああ、俺の故郷に似てるんだ。ほっとする」
「よかったですよー。これからいっぱいあそびに来て下さいねー」
癒される。子供は無邪気だなぁ。
「ヤッファさん、いますよ。挨拶しなくていいんですか?」
了解ですアリーゼさん。
うん、子供にもいろんな子がいますよね。
「おう、よく来たな」
軽快に挨拶するヤッファ。
気のせいかな。今『なまけ者の庵』とかひでぇこと書いてあるのが見えた気がしたんだけど。
「俺としては変に気張らず、気楽にやってこうぜって考えだ」
「同意だな」
「まぁ適当に見てってくれ。ここはお前らと感覚が近い連中も多いからな」
そう言って庵に引っ込んでいくヤッファ。
護人として俺達を監視するうんぬんとかないんだろうか。
ないんだろうな。なまけものだし。
「おう、お前が母上の言ってたニンゲンだな!
すげー強いって聞いたぞ!」
ごめんなさい。それ俺じゃないっす。どう考えても隣にいる娘さんです。そう見えないけどそうなんです。
「へー!? お前ちっちゃいのにすげーんだなあ!」
「ふふ。スバル君の方が小さいでしょぅ」
スバルの頭をなでるアリーゼ。
「なんだよ、やめろよー!!」
「ヤンチャさん、わんわんさんは一緒じゃないですか?」
「……あっち」
そこには木に隠れてこちらの様子を伺う亜人の子が。
ありゃバウナスかな? 犬系の種族だ。
警戒しまくりである。
それでもマルルゥに呼んでもらって来た後は割りと早めに打ち解けられた。
やっぱり子どもは素直だよね。
じゃ、次行くか。
機界集落ラトリクス。
やたらと大規模の建物があふれている。
「ここのみなさんは、工作がとーっても得意なのですよ」
あちらこちらで今も工事が行われている。
ただこれほど高い技術力を持ちながらも、交流という面では難しそうだなぁ。そこらにいる召喚獣は何いってんのかわからんし。話通じるのいるだろうか。
「あ、お人形さん。こっちですよー」
マルルゥが一直線に飛んでいく。
その先には、白衣の機械人形。
「ようこそ。当集落へ。歓迎致します」
「よろしくな」
「はい。怪我や身体の不調の際には当施設へいらしてください。それでは」
去っていくお人形さん。
やたらと無愛想だが敵意は感じない。歓迎してくれてるのは嘘じゃない……のか?
鬼妖界集落風雷の里。
「ミスミじゃ。そなた達の名前は?」
「レックスです。こちらはアリーゼ」
「うむ、よい響きじゃ。これからよろしく頼むぞ。
困ったことがあればいつでも訪ねてこい。わらわが力になろうぞ」
めっちゃ良い姫じゃないですかミスミさま。
思わず素でさま付けしてしまうですよ。
「息子のスバルとも仲良うしてくれ。
あの子には多くの者と触れ合って欲しいのだ」
「はい……え?」
息子?
え?
……そういやスバルが母上の言ってたって言ってたような。
え、子持ちっすか?
いろんな意味ですごいぞミスミさま。
集落をすべて回ったわけだが、思った以上に好意的だったな。
一歩踏み込みさえすれば受け入れてくれる状態だったようだ。
……まぁ、その一歩がなかなかできないわけか。
その点マルルゥは大したものだ。
「なんですか先生さん?」
「いや、マルルゥのおかげで皆と仲良くなれてよかったって話だよ」
頭を撫でると、ふにゃっとした顔になって笑った。
「えへへ」
うーん、和む。
さて、そろそろ約束していた集いの泉に行くか。
護人さん方との話し合いに行かないとねー。
アリーゼさんは……あ、ついてくるみたいですね。
なぜだろう、アリーゼが一番俺を監視してる気がします。
翌日。
俺はカイル達とアルディラ、ファルゼンを加えて野党調査に繰り出した。
なんでも島では数日前から野菜が盗まれる事態が起こっているらしい。そのせいもあって余計に人間を警戒していたとか。
ふむ、ファックな野郎だ。
野党達の拠点に行くとカイルと知り合いの海賊らしく、船長であるジャキーニと話し合ってもらったんだが、なんかようわからん理屈で襲ってきたので叩きのめした。
食った分返せってことで、ユクレス村の畑で強制労働の刑となった。めでたしめでたし。
夜。
さーて今日も疲れたし飯食って寝るぞーって思ってた矢先、俺とアリーゼはファルゼンに呼び出された。
船から離れた砂浜にアリーゼと移動すると、突然発光するファルゼン。
「オマエタチニハ……ミセテオコウ……」
次の瞬間、全身甲冑大男は消え、人のよさそうな娘さんがふわふわ宙に浮いていた。
「これが……本来の私の姿です。
私の本当の名は、ファリエル。輪廻の輪から外れてさまよう、一人の娘の魂です」
「………」
「強い魔力の下でだけ、私はこの姿に戻れます。
こうした、月の光の降り注ぐ夜や……って、あの、もしもし?」
理解が……及ばんぞ……。
「どうして」
ん? アリーゼ?
「どうして、私達にその姿を見せてくれたんですか?」
詰問、ではないが曖昧なはぐらかし方は望んでいない問い。
ファリエルは笑って、
「ごめんなさい、昨日、こっそりあなた達の後をつけていたの」
見かけによらず、いや今の姿なら見かけどおりか。
フルアーマーの少女は、なかなかお茶目な性格のようだ。
「そうしたら、悪い人たちじゃないってわかったから。
私も仲良くしたいなって思ったの」
「そうですか。
私も仲良くしたいと思います。
改めてよろしくお願いしますね。ファリエルさん」
少女二人が笑い合い、あっという間に打ち解けお喋りに興じていた。
うむ、こうなると居場所がないな。
「キュピー」
キユピーさんに慰められました。
ありがとう。お前いいやつだな。もう豚とか言わないぜ。
星空の下、月明かりに照らされた砂浜で、それぞれの新たな友情が生まれたのだった。