俺やアリーゼ、護人たちによって共界線の制御を取り戻すことができ、島の崩壊は免れた。
すべてが終わり、皆の元へ戻るとそれぞれが無事を喜び互いの健闘を讃えた。
そして、夜。
「かんぱ~い!!!」
高らかに手に持った杯を掲げて唱和する。
近くにいる者同士が互いに打ち付け、あっという間に飲み干していく。
「っか~~~~~~~~~!! うめぇ!!!」
俺も一気に煽って空にすると、傍にいたクノンがすかさず注いでくる。
「おお、ありがとなクノン」
「どういたしまして」
ふっと笑ってクノンが返答する。
この島を覆っていた問題が解決して、クノンも安心したのだろう。かなり表情が柔らかくなっていた。
「そういや、ヴァルゼルドの件、助かったぜ。機界のことでマシンときたら、俺にはさっぱりだからよ」
ヴァルゼルドは現在霊体であり、いろいろと不便な部分もあったため、代わりとなるボディを用意、整備してもらっていた。
とはいえ、元のサイズを動かすことはヴァルゼルドには困難であり、キユピー並みのミニチュアサイズとなっているわけだが。
「私は大したことはしていません。ほとんどはアルディラさまがなされたことですから」
「あら、私をその気にさせたのはクノンだけれどね。あんまり熱心にお願いされるから、疲れた身体に鞭打ってがんばったのだけれど?」
「あ、アルディラさま!?」
アルディラがほんのり頬を染めてクノンにせまる。
「同胞のため、果てはディエルゴを倒すために力を貸した仲間のため、だったかしら?」
「はい。レックスさまの話を聞くに、彼がいなければディエルゴを倒すことはできなかったのでしょうから」
「そうね。……だ・け・ど」
アルディラがニマニマと笑いながらクノンの耳に顔を寄せる。
「クノンは誰の頼みだから熱心に聞いたのかしらねぇ」
「……私は、客観的に判断したまでです」
「ふふ。じゃあそういうことにしておこうかしらね」
「アルディラさま、含みのある言い方はおやめください」
周囲の喧騒と二人が小声で喋っているため、何を言っているのかは聞こえないが、とりあえずクノンがいじられているのは伝わってきた。
アルディラとクノンの関係も俺が来た当初のころとは、大分変わったようだ。
「そういえばそのヴァルゼルドはどこに行ったの?」
「あそこ」
俺が指差す方向には、子供達に囲まれちょっかいを出されて右往左往するヴァルゼルドの姿があった。
「あら、人気者ね」
「子供はみんな人型兵器にあこがれるもんさ」
「貴方にもそんな頃があった?」
「レックスさまの場合、今でもそのような感じがします」
「おぉぅ……」
クノンに真顔で突っ込まれて、思わず感嘆の声をあげてしまった。
と、離れた集団から飲み物がなくなったと声が聞こえてきた。
クノンはすぐに準備をしてそちらへと向かう。
わぁっと集団から歓声が上がり、そのままクノンは集団に飲み込まれた。
「ふふ」
「嬉しそうだな、アルディラ」
「ええ」
クノンに対して、誰もが屈託なく話しかける。
クノンの返答はおおよそ無表情なものだが、律儀に返答するので酔っ払いにとってはすばらしい聞き役となっていることだろう。
その様子を見てアルディラは穏やかな笑みを浮かべている。
たぶん、俺も似たような顔をしているんだろう。
「レックス殿! レックス殿!」
杯を手にうろうろしているところでキュウマに声をかけられた。
「おお、鍋か。って随分すげぇ色してるな」
キュウマの他、ミスミさまやヤッファ、ゲンジの爺さん達が囲んでいる鍋は、なかなかにドギツイ赤色をしている。
本能的に、これ食っても大丈夫なの? と問いたくなる。
「ほら先生も食べてみるのじゃ」
ミスミさまがお椀によそって俺に差し出してくる。
うーむ、若干不安は残るがここで食わないわけにも行くまいよ。でええい!
「……むぐむぐ……って、辛ッ!! 辛ぇ!! ……あれ、でも結構いけるか? うん、うめぇなこれ。だれが作ったんだ?」
「ワシじゃよ」
ゲンジの爺さんが俺のお椀を手にしてさらに盛り付ける。
「最近は夜になると肌寒くなることもあったからのう。身体が芯から温まるように、香辛料を加えて一味足してみたのじゃ」
得意げになる爺さん。げに生き生きとしていらっさる。意外と料理とか好きなのかもしれない。そういや茶もうまく煎れられるしな。
「……裏切り者」
唐突にミスミさまが恨めしげに俺を睨む。
妙齢の美人の拗ねた表情はなかなかにクるものがあった。
「裏切り者て。一体どうしたんですか?」
「ああ、姫さんは辛いものが苦手なようでな。この鍋はぜんぜん食えないんだとよ。それで仲間を探していたのさ」
ヤッファはせっせと鍋の具を取ってバクバグ食している。
「このようなもの、食べられる方がおかしいのじゃ……」
ふんっとそっぽ向いて箸を動かすミスミさま。
あれ、ミスミさまも普通に食ってねぇか? いや、お椀の中が赤くない……?
「ミスミさまには別の鍋を用意しているのです」
「ははぁ」
「キュウマ! お代わりじゃ!」
キュウマはミスミさまのお椀を受け取り、苦笑して離れた場所に置かれた鍋に歩いていく。
「ミスミさま、杯が空になってますよ。どうぞ」
「む……ならばこちらも」
ミスミさまの杯に酒を注ぐと返杯を受けた。
二人して口をつけて、一息つく。
「のう、先生よ。そなたはこれからどうするつもりなのじゃ? この島に残るのか……それとも、やはり元いた場所へと帰るのか?」
「これから、か。うん、実はさっぱり考えてなかったんだよなぁ」
頭をかいて答えると、ヤッファが身を乗り出してくる。
「ははは、そんなこったろうと思ったぜ。なんなら俺達の集落に来いよ。お前の故郷に似てるんだろう? ジャキーニ達からはあまり不満も聞いていないし、人間には住みやすいところだと思うぜ」
ユクレスの村かぁ。
確かにこの島で住むとしたら、真っ先に第一候補として上がる場所だ。
どっかに小屋でも建てて、ジャキーニのおっさん達みたいに農業やってもいいかもしれない。
……ん、そういやおっさん達って船乗って戻るんかな?
「これこれ、何を勝手に言っておる。だいたい島に残るのであれば、わらわの御殿を使えば家を作る手間もないではないか」
「ミ、ミスミさま! いくらレックス殿と言えど、それは……」
お椀を片手に戻ってきたキュウマが慌ててミスミさまをたしなめる。
「何か問題があるのかキュウマ? この島の恩人である先生へ住居を提供することに」
「い、いえ、そうではありませんが……」
しどろもどろになるキュウマ。
そして、キュウマの後をついてきたスバルたちが混ざり、場は騒がしさを増していく。
「なになに、先生ウチに来るの!? ホントに!? やったぁ!!」
「先生さん、マルルゥたちのところには来ないのですか?」
「ユクレスの村なら、僕達みんな先生を歓迎するよ!」
さらにいつの間にか海賊たちも混ざって場はカオスと化す。
「先生は私たちの船に乗るんだよ。それで世界中を旅してお宝を探すんだ!」
「客人として同じ立場の人がいるのは心強いですね」
「腕は立つし、船長としては是非迎えたいところだが、どうよ? なんならアリーゼも一緒に……」
「あら素敵。ねぇセンセ、一緒に大海原へ繰り出しましょうよ」
なんてまぁ、しっちゃかめっちゃか喧々囂々となっていった。
もはや収拾つかんね、これは。
俺は苦笑してこっそりその場をあとにした。
海賊船の中。
ノックをすると、どうぞの声。
部屋に入ると、ベッドに寝かされているアティと、傍らにアリーゼが腰掛けていた。
「先生」
「よぉ、食い物持って来たぜ」
鍋の具と、杯に入った果実のジュースを机に置く。
「ありがとうございます」
「アティの具合はどうだ?」
「ずっと眠ったまま、です」
アリーゼは不安そうにアティを見る。
規則正しく寝息を立てているアティ。傍目にはただ眠っているだけに見える。
実際、クノンがアティを単なる疲労回復のために眠っていると判断したからこそ、ラトリクスのリペアセンターではなくこの船にいるわけだが。
「なぁに、明日になりゃけろっと起きてくるだろうよ」
「……そう、ですね」
浮かない顔のアリーゼを見て俺は苦笑する。
「先生?」
本当は宴会に誘いに来たんだけどな……この様子じゃ、来てもアティが気になって楽しめやしないだろう。
アリーゼのことだ。ずっとアティのことを想っていたのだろうから、心配ないと言われても実際に起きてくるまでは気にしてしまうのだろう。
みんなだってアリーゼ同様アティのことは心配しているが、島の住民たちに戦いは終わったことを明確に伝えるためにも馬鹿騒ぎをする必要はあるからな。
ちなみに皆には、この世界の時間が巻き戻っていていることは伝えてある。言葉では信じられない部分があっても、自身の感覚と記憶で理解できているようだった。
「なんでもねぇ。俺は戻るわ。今夜は冷えるんだから、風邪ひくなよ」
言って、俺は部屋を出た。
宴会をやっている広場へすぐに戻る気にもなれず、俺は宵闇の島を気ままに散歩していた。
「レックス」
呼ばれて振り返ると、アズリアとギャレオがいた。
「……おぅ」
「お前も抜け出してきたのか」
「そう言うアズリアもか。まぁ、あのテンションにはついていけないか」
「ふん」
一息で笑った後、アズリアが俺の目を見る。
「レックス、お前は弟の……イスラの行方を知っているか?」
「……わからん」
時間の巻き戻ったこの世界で、イスラの行方は未だに不明だ。
あいつが望んで姿を現さないのか、それともあいつ自身の存在が消えてしまっているのか。
俺に知る術はない。
「そうか……」
アズリアが僅かに肩を落とす。
「だがまぁ、どっかで元気にやってるんじゃねぇか? お前の弟ならそう簡単にどうにかなるタマじゃねぇだろ」
「どういう意味だ」
「言葉通りさ」
俺が笑うと、むっとしていたアズリアも相好を崩す。
互いに笑ってから、アズリアが表情を引き締める。
「ところでレックス。お前、帝国軍へ来ないか?」
「……は?」
いきなり何言い出してるんだこいつは?
「今後のことだ。お前の実力ならば私から上官へ推薦するには十分だ」
「……あのなぁ」
俺は頭をがしがしとかく。
何かと思えば、本当に突飛な考えする奴だなこいつは。
記憶の中の引っ張られる出来事ことが多かったことに、俺は妙に納得してしまう。
「お前の素性については、私が保証しよう」
「……へぇ。随分高く買ってくれてるじゃねぇか」
「お前のことは、アティと同等に見ているからな。だが、あいつが軍に戻ることはありえんだろう」
「まぁな。もともとアティは軍に向いてる性格でもなかったし、例の件がなくても遅かれ早かれ去ることになっていただろうよ。
にしても、そこまで言うってことは、おおよそのこと思い出したわけか」
俺の問いにアズリアが頷く。
アズリアめ……素性の知れない俺を軍にスカウトするとは。こいつも相当いい性格してやがる。
「……とりあえず考えさせてくれ」
言って、俺は背を向けた。
小さくなる背中を身ながら、ギャレオが口を開く。
「隊長」
「なんだ?」
「来るでしょうか、奴は」
「わからん……。結局のところ、あいつはアティに似ているようだからな」
踵を返し、レックスとは別の方向へと歩き出す。
「さて、戻るぞギャレオ。酔い潰れてしまった者を介抱してやらねばな」
アズリア達と別れた後、俺はメイメイさんの店を訪れていた。
「あんらぁ、せーんせぇ。いらーっしゃ~い」
「………」
店に入ると、メイメイさんが思う存分くつろいでいた。
傍らには仏頂面というか無表情で無色の派閥の暗殺者、茨の君と呼ばれていたヘイゼルが座っている。
カウンターには今日の宴会で出されていた料理の残骸がずらりと並んでいた。
「メーメーさん、お腹いっぱいだわ~。おしゃけもおいひいし、もサイコ~~」
赤ら顔で呂律も危うい。今日は一段とへべれけに酔っ払っている。
「……ふぅ」
ヘイゼルは眉間に皺を寄せてため息をつく。
時折杯に入った酒に口をつけているのは、世話になっている主に対する義理のようなものだろうか。
「このごちそう持ってきたのはクノンか?」
適当な椅子を引っ張り出して座ると、ヘイゼルがぶっきらぼうに答える。
「名前なんて知らないわよ。機械人形だったわ」
「ふぅん。その後はずっとメイメイさんと二人きりってところか」
「そーぉとーり~~~」
意味もなくきゃっきゃ笑うメイメイさん。
僅かに顔をしかめて小さくため息を吐くヘイゼル。
うん、こりゃ相手すんの苦労したろうな。
「それで、あなたは何しに来たの」
「うん? 騒ぎに当てられてちょっと席を外したんだよ。散歩の途中であんたのこと思い出して寄ってみたわけだ」
ディエルゴが亡霊を復活させ皆が船に撤退した際、スカーレルはちゃっかりヘイゼルを連れていたらしい。
戦いが終わってから身柄をどうするかという話になったわけだが、偶然通りかかったメイメイさんが引き取ると言い出した。
暗殺者の長ということで扱いに困っていた皆は、悩んだ末メイメイさんに任せることとした。
「オルドレイクたちは島を出たのでしょう。あなたたちにとって、もはや私に利用価値はないわ」
うん?
「さっさと殺せばいいでしょう。それとも拷問でもする? 無色の情報なんて持っていないし徒労に終わるでしょうけど、それでもよければどうぞ」
「はぁ」
「さもなければ、私に興味があるの? いいわよ、好きになさい」
「じゃあ、そうするか」
俺はカウンターに置いてあった清酒・龍殺しを手にして注いでくる。
何も言わずちびちび飲んでいると、ヘイゼルが訝しんで俺を見る。
「……何してるの?」
「好きにしてる」
答えて魚のフライに手を出す。んー美味。
「……なんなの、あなた」
「さぁて、なんなんだろうなぁ」
適当に答えて、ぐびっと一気に酒を煽る。
結構酔っ払ってきているかもしれない。
「ねーせんせー」
メイメイさんに呼びかけられてそちらを向く。
「別の場所に行くつもり、ない?」
メイメイさんの瞳が怪しげに揺らぐ。
「あたしが本気を出せば、この島を離れることなんて一瞬でできちゃうのよん」
「へぇ」
「なーんて、やっぱり信じられない? にゃはははは……」
「いんや。できるんだろうよメイメイさんなら」
この人は直接的ではないにしろ、おそらく間接的に今回の時間の巻き戻しの件にからんでいる。というか、今回の件についてひょっとしたら一番詳しい人物なのかもしれない。
それなら、瞬間移動くらいできても不思議はない……わけではないが、納得は出来る。
「だからさ、あんたは連れてってもらいなよ」
「……私?」
いきなり話を振られたヘイゼルが瞬きをする。
「そう。どうせ無色はあの騒ぎであんたのこと死んだとでも思ってるだろうし。あんたも敵対していた島のみんなと一緒にいるのは気まずいだろう?」
「勝手に決めないで。私は別にそんなこと望んでいない……」
ヘイゼルが目を背ける。
心なしか言葉に力がない。
「スカーレルに聞いたぜ。あんたたちはずっと組織に縛られてきたって。そうしなければ生きていけなかったって」
「え……」
戦いの後、スカーレルが俺に語ったこと。
スカーレルとヘイゼルは幼少のころより組織に属して、暗殺者として育て上げられた。
任務を失敗した先にあるのは死。裏切り、組織から抜けようとすれば死。暗殺の標的からもたらされる死。
いつだって、死は隣りあわせだったと。
「珊瑚の毒蛇……余計なことを……!」
「おいおい。スカーレルがあんたを殺さなかった理由、考えなかったのかよ」
「そんなこと知らない……」
「まぁ俺も知らないけどよ」
「……ッ!! なんなのお前は!! 何が言いたいの!!!」
いきなりヘイゼルが切れる。
むぅ、いくらなんでもやっつけな会話すぎたか。だがこちとら酔っ払っているんで多少は勘弁して欲しい。
「スカーレルにとって、あんたはもう一人のスカーレルなんだろうよ。
組織を抜けられずに、ずるずると居続けてとうとう下っ端を束ねる立場になっちまう。
組織内部でその名は知れ渡りすぎて、逃げることなんてできやしない。八方塞がりの状態だ」
「……そうよ」
「だからスカーレルはあんたをきっかり倒して傍目に死んだことにした。おまけに偶然とはいえあの騒ぎだ。
あんたがヘイゼルの名を捨てれば、生きていける場所はいくらでもあるだろう」
名前を変えたくらいで暗殺組織の目をくらますことができるとも思えんが、それこそ目くらましにはなるだろう。
それに部隊に結構な打撃を受けた今、死んだと思っている人間を生き残っていると仮定して、わざわざ探そうとするほど酔狂な組織ではないだろう。偶然出くわす可能性を低く出来れば、それで十分なはずだ。
「望んで組織にいたわけじゃないんだろう。だったらこれを期に好きに生きればいい。あんたを縛るものはもうない」
「………」
ヘイゼルの瞳が揺らぐ。
「無責任なこと……言わないで。急に外に出されたって、私にはどうすれば生きていけるかなんてわからないわ」
「どうすればじゃねぇよ。どうしたいか、だ。
なんだっていいじゃねぇか。やりたいことがないなら、目に付くものを片っ端からやってみろよ。案外ケーキ屋のウエイトレスとか似合うんじゃねぇか? ……っくくく」
ふと、言ってる途中でヘイゼルのウエイトレス姿を想像してしまい笑いが漏れる。
「貴様……」
「待て待て切れるなって!!」
懐に手を入れるヘイゼルを慌ててとめる。
ヘイゼルは殺気を撒き散らして俺を睨んでいたが、どうにか思いとどまってくれたようだ。
「今のは俺が悪かった。
だがな、結局のところ、あんたは自由になったんだからよ。スカーレルみたく面白おかしくやりゃいいじゃねぇか」
「あんなふざけた生き方、私には無理」
ばっさりいくなぁ。まぁ俺にも無理だ。
「じゃあ話もまとまったところで、メイメイさん、後は頼んだぜ」
「ちょっと何もまとまってなんて……」
「おっけ~~じゃあ、一発かますわよ~~」
『え?』
メイメイさんの不穏な発言に、俺とヘイゼルの声が重なる。
「そーれぇえええええええい」
「ちょちょちょ、メイメイさん待ってくれよ!?」
俺の言葉を完全に無視し、魔力がメイメイさんに集中して、一気に放射される。
ぺかーっと光が生まれて、建物全体を白い光が包んだ。
え? え? え? なにこれ、マジで別のとこ来ちゃったの? 嘘でしょ!?
「なーーんてねーーーーーーん。うっそーーーん。てへり」
「………」
てめぇ……ッ!
恨みがましそうにメイメイさんを見ると、俺にウインクをひとつ。
どういう意味なのかわからなかったが、メイメイさんの視線はヘイゼルに向いていて……。
あ、なるほど。試しただけか。
ヘイゼルの奴、呆気にとられてはいたが別段拒否しているわけではなかったな。
にしても糞焦ったぜ、心臓に悪すぎるよメイメイさんや。
「もー冗談きっついぜー」
「きゃっははははは、ごめーんなさーーいねぇ」
「まーったくよー」
なんて言いながら俺は席を立つ。
「んじゃ、メイメイさん。俺は行くわ」
「はいはーい」
「ヘイゼルも、じゃあな」
「……ふん」
話す気はないと言わんばかりにあさっての方を向くヘイゼル。
俺は気にすることなく、鼻歌交じりにメイメイさんの店を出た。
思った以上にメイメイさんのところにいた時間は長かったらしい。
宴会上に戻ると、そこには屍の山が。
折り重なって倒れていたり、木に引っかかっていたり、果ては鍋の中で丸くなっていたり、一体どんな奇行をすればそんな状態になるのだろうか。謎だ。
「きょう、かん……殿……」
っていうか鍋の中にいるのヴァルゼルドじゃねぇか……寝たり挙句に寝言とか、突っ込みどころ満載な機械兵士だなお前は。
思わずヴァルゼルドにチョップをかます。
軽くだったからか、ヴァルゼルドに起きる気はないはない。
いたずら心がわいてきて、俺はヴァルゼルドを両手で持ち上げる。
ふっふっふ、目が覚めたら上空ってのも面白いだろう。
レッツ手放し高い高い……、
「レックスさん」
「おぅ!?」
びっくりした……。
だれも起きていないと思っていたんだが。
ヴァルゼルドを持ったまま振り返ると、そこにはフレイズがいた。
「よぉ、おつかれ。すげぇ状態になってんな」
「ははは。みなさん、ここ最近は様々なことをずっと我慢していましたからね。今までの鬱憤を晴らすようでしたよ」
若干冷え込んできているが、死ぬような温度じゃないし。少しは灸をすえる意味で放置推奨ってところか。
なによりこの人数全員を介抱するの無理だしな。
俺が改めて酔い倒れ人たちを見ていると、フレイズが再度呼びかけてきた。
「なんだよ?」
「あちらでファリエル様がお待ちしております。ご足労願えますか」
穏やかな口調だが、まさか断りませんよねぇってな威圧が見え隠れする。
「……なんでそんな脅すような雰囲気なんだよ」
「いえ、決してそのようなことはありませんが」
「はぁ。別にいいけどよ」
素直に従い、砂浜へと移動する。
ファリエルは一人、月を見上げていた。
俺の足音を聞いて気づいたのか、ファリエルが俺に向き直る。
「来てくれて、ありがと」
「礼を言われるようなことでもねぇだろ」
そうだね、とファリエルは笑って、俺が片手に抱いたヴァルゼルドに気づく。
「疲れて眠っちゃった?」
「そうなんじゃねぇの。っていうか、霊体でも眠ることってあるんだな」
「私も消耗すれば休眠したりするよ」
「ふぅん」
ヴァルゼルドはすぅすぅと気持ちよさげに眠っている。
……いきなり喚び出して、短時間とはいえ慣れない方法でフルパワーで暴れたからなぁ。
表には出してなかったけど、無理させちまったかな。
しんみりしていると、ファリエルがまた月を見上げる。
「……綺麗だね」
「そうだな。心なしか、この島から見える月は帝都で見るよりも大きく見える」
「そうなの?」
「ああ。帝都は深夜になっても灯りが消えない店が多いからな」
「にぎやかなところなんだね」
「行ってみたいか?」
「興味はあるかな。連れてってくれる?」
「機会があればな」
ファリエルが顔をこちらに向けて微笑んで、うん、と呟く。
「約束、ね」
言って、胸元に小指を出す。
「指きりか?」
「うん。言質はしっかりとっておかないと」
いたずらっぽく笑うファリエルに、俺は苦笑する。
「俺、信用ねぇなぁ」
「うん」
………。
え?
「えと、ファリエル?」
「ないよ。あるわけない」
笑顔で断言される。
……なにこれ、俺ファリエルにそんな悪いことしたか!?
「私ね、幽霊になって魂の輝きが、ちょっとだけわかるようになったんだ」
「へぇ」
「本当に感覚的なものでしかないんだけどね。うまく言葉には出来ない。でもそれは、その存在を示すものだって感じられるんだ。
魂の輝きはそれぞれ固有のもので、似た輝きですら稀なんだよ」
「……よくわからんが、霊的な顔みたいなもんか」
「あはは。その通りかも」
適当に言った俺の言葉にファリエルが笑う。
対称的に俺の心は冷え切っていった。心臓がばくばくとうるさい。
「それでね、顔色とかでその人の体調とかってわかったりするでしょ? それと一緒で、私もその人に何かが起こっていたとき、魂を見ればわかったりするんだ」
「そりゃ便利だな。ならいっそのことクノンと一緒に看護でもしてみたらどうだ? ああ、そうだヴァルゼルドの調子って……」
「レックス」
ファリエルが微笑んで、穏やかな口調だが俺の言葉をとめるように呼びかける。
それきり、ファリエルは黙して語らず、俺も何も言うことはしなかった。
特に示し合わせたわけでもないが、二人して月を見上げる。
ふと、横目でファリエルを見る。月明かりに照らされた幽霊。黙っている姿はひどく儚げで、目を閉じればその間に消えてしまいそうだった。
俺の視線に気づいたのか、ファリエルがこちらに視線をやり、わずかに口を動かした。
「……来たよ」
誰が、と問う前にファリエルは浮遊して俺から離れていく。
ファリエルの視線の先を追うと、そこには見慣れた小さな少女が歩いてくるのが見えた。
慌てて振り返ってファリエルを見ると、すでに森の中にでも入ったのかその姿を捉えることはできなかった。
「何か、先生からお話があるって聞いたんですけど……」
「あぁ。うん……アティは見てなくていいのか?」
「代わりにフレイズさんがいてくれているので」
アリーゼはフレイズを伝言役に俺が呼んだものと思っているらしかった。
あの天使、どんだけパシらされてるんだよ。
心中であきれていると、アリーゼがヴァルゼルドに顔を向けた。
「ヴァルゼルドさん、ボディ用意してもらえたんですね」
「ああ、なんかアルディラが突貫工事でな。
何日かは調整やらなんやらで手間がかかるみたいだが、それさえ終われば後は他の機界の召喚獣と同じでほとんど手はかからないってよ」
「……よかった」
アリーゼが安堵のため息を吐く。
もともとの島の時間では、ヴァルゼルドは破壊されることなく新しいサブユニットをつけた機界兵士として存在していた。
それが、今回のことでは完全無欠に破壊されていた。
「ヴァルゼルドのこと、気にかけてくれてたんだな」
アリーゼが首を振って否定する。
「私は、結局なにもできませんでした。ヴァルゼルドさんのこと、ちゃんと知っていたのに……」
「何言ってんだよ。アリーゼがいたから、俺はヴァルゼルドを召喚できたんだぜ」
「え? 私なにもしていませんけど……」
首をかしげるアリーゼに、俺は誤魔化すように笑ってヴァルゼルドを渡す。
アリーゼが両手で抱いて、あれっと不思議そうにする。
「軽い……」
「ロレイラルの技術で軽くて丈夫な金属にしてるんだってよ。
戦闘ならいざ知らず、日常生活で重量級にしても動くのが大変なだけだからな」
「きょう、かんどの…………ネコは……ネコは苦手で……あり、ます……」
『………』
ヴァルゼルドの寝言に、俺とアリーゼは顔を見合わせて笑いあう。
「変な奴だろ、こいつ」
「ふふ、そうですね」
「平気で寝るし、寝言は言うしい、さっきなんか鍋の中で丸まってたんだぜ。
おまけに機械兵士のくせに、霊体になってまで俺の喚びかけに応える馬鹿野郎なんだ」
「先生の、護衛獣なんですね」
「……そうだな」
こいつは、俺にとっての唯一無二の馬鹿野郎だ。
「あ、ひょっとして、お話っていうのはヴァルゼルドさんのことだったんですか?」
「え? いや、違…………あー……」
しまった、何も考えてなかった。
否定せずにヴァルゼルドのことにしちまえばよかったな。
俺は脳みそをフル回転させ、話題をさがした。
「……いやなに、アティが目覚めたらアリーゼは帝都へ戻るだろう?
いつごろここを出立するのかと思ってな」
「しばらくの間島にいましたから、なるべく早めに出ないといけませんね。軍学校の試験に間に合わなくなってしまいますから。
本当は……ずっとここにいたい気持ちもありますけど」
「それでもいいんじゃないか。アリーゼがそう決めたのなら」
「……先生」
アリーゼの瞳が揺らぐ。
だがそれも一瞬のことで、アリーゼは頭を振って精一杯に微笑む。
「私、もっといろいろなことを知って、先生達みたいになりたいんです。
だからたくさんのこと、勉強してきます」
「そっか」
「はい」
歯切れ良く答えるアリーゼの表情は、心底晴れ晴れとしているわけではなかったが、さりとて無理ばかりでもない。
自分を成長させるために見知らぬ世界への一歩を踏み出そうとする、不安と期待の混じった眩しいものだった。
「そ、それで。先生はどうするんですか」
「あいつは行くだろ。アティは律儀な奴だからな。一度した約束は守るさ」
アリーゼの家庭教師を引き受けた時点で、アティがそれを途中で放り出すとは考えられなかった。
「……はい。きっと先生は一緒に来てくれると思います」
アリーゼは心底嬉しそうに笑う。
……なんだか久しぶりにアリーゼの年相応の表情を見た気がするなぁ。
凛々しかったり、決意に燃えてたり、慈愛に満ちてたりする顔もいいけどな。
なんてしみじみ感じ入っていたら、アリーゼが激しく首を振った。
「じゃなくって! 先生は、レックス先生は……来て、くれないんですか?」
俺は……。
「まぁ、行くことになるんだろうな」
「本当ですか!? その、島に残らなくてもいいんですか?」
「そんな提案もされたけど最終的には、な」
「そう、なんですか。……あはは、よかったぁ。じゃあ三人で一緒に戻れるんですね!」
アリーゼの横顔が陽に照らされる。
いつの間にか、朝陽が上り始めて明るい光が降り注いでいた。
……最初のうちは、皆がいないから静かに感じるかもな。
「私、がんばりますね。あ、でもヴァルゼルドさんのこと、間に合うのかなぁ……。私、アルディラさんにお願いしてみますね。
って、そういえば最近入学の試験についてはぜんぜん勉強してなかった! ……うぅ、少し不安になってきました。合格できるかなぁ」
大丈夫だろ。アリーゼさんが入れないでだれが入れるんだ状態だから。
「なんて、そんな弱気じゃだめですよね。
うん、軍学校に入ったらいっぱい勉強して、それから卒業して、そうしたら……」
アズリアみたいにエリート街道まっしぐらだな。
って、アリーゼは島に戻ってきちまいそうだな。ははは。たぶんマルディーニさんはびっくりするんだろうなぁ。賛成するか反対するかはアリーゼの成長次第ってところかね。
「……先生?」
まぁ、どんな生き方を選んでも、アリーゼなら大丈夫だろうよ。
それに何かあってもきっとアティが助けになるだろうしな。なんならヴァルゼルドもつけるさ。
「先生?」
だから、何の杞憂もない。俺は何も心配することはない。
ただ、この島での生活が楽しかったことを満足すればいい。
「ねぇ、先生。どうしたんですか? ぼぅっとして……」
アリーゼの手が俺の上着の裾を引こうとしてすり抜けた。
「……え?」
アリーゼは何が起こったのかわからずに自分の手を見つめる。
それから、はっとしたように俺の手を掴もうとして、またすり抜ける。
「どうして? え? なんで?」
何度も、何度もアリーゼは俺の手を掴もうとして、俺に触れようとして、そのすべてが徒労に終わる。
「どうして……どうして、どうして!? 先生!?
どういうことなんですか先生!? なんなんですかこれは!?」
アリーゼが焦燥と不安に染められていく。
あ~あ、まったく。こうなると思ったんだよなぁ……。
恨むぞ、ファリエル。
……なんて、結局切り出せなかった俺にそんな資格はないか。
「何か新しい召喚術なんですよね? そうなんですよね? ……なんとか言ってください先生!?」
悪いなアリーゼ。
どうもタイムリミットらしくてな。
もう、言い訳することも出来そうにないわ。
「お願いだから、悪い冗談はやめてください……」
瞳を潤ませて、アリーゼが懇願する。
……これ見たら、大抵の願いは叶えてやりたいと思ってしまうな。
単純すぎる己の思考を笑って、俺は目を閉じて念じた。
――誓約は、果たされた。我が魂をあるべき場所へ。我が主のもとへ。
「せん、せぇ……」
護るべき者がアリーゼで、俺は幸運だったよ。
どうか、達者でな。
そうして俺は……召喚獣レックスはその存在を消し去り、すべてはあるべき世界へと戻った。
最終話 彼が願ったこと