アリーゼとディエルゴが剣を、召喚術を駆使して激しくぶつかり合う。
見たところ分はディエルゴにあると言わざるを得ない。
アリーゼも魔剣をフル活用して善戦しているが、地力の差が大きすぎる。
魔剣による直接攻撃は技巧の差がありすぎてディエルゴに食らわすことが困難であり、召喚術にあっても大技以外は耐性がありすぎて有効なダメージを与えることができずにいた。
それでも。
アリーゼはディエルゴに対して一歩も退かず、戦い続けている。
アリーゼの決意は固かった。
迷いのない意思が嫌というほど感じ取れたことで、俺はアリーゼに剣を託した。
アリーゼは抜剣し俺の傷を召喚術で癒すと、ディエルゴに向かっていった。
……救うために戦う、か。
今の魔剣ならできるかもな。
アリーゼの意思を乗せた剣であれば、アティの精神を乗っ取りその身を傀儡するディエルゴという名の妄執を断ち切ることは不可能ではないかもしれない。
アリーゼとディエルゴの技量の差は、戦ってるアリーゼ自身が一番わかっているはずだが、アリーゼにあきらめの気配はまるでない。
自らを叱咤し活路を見出そうとする強い瞳は揺らがない。
「……はは」
無意識に笑いがこぼれる。
憧憬と自嘲。
アリーゼの吹っ切れた心の強さと、未だ自分が躊躇してびびっていたこと。
「でもそれも仕舞いだ」
腰に差した剣、ジェネラスニールを抜く。
この武器でディエルゴに対抗できる、と思えるほど俺は楽天的にも熱血思考にもなれない。
それでも、やらなきゃいけねぇ時がある。
「下手な考えしねぇで、思うままにやればよかったのかもな」
もともと、俺はそう考えて『あの時』剣を振るった。
そして、魔剣を手にした。
記憶が戻って、自分が本当の意味で魔剣を使うことができると知り、事実抜剣をした。
パズルのピースは揃っている。
残りのカケラは、俺の意思だけだ。
「生徒があんだけやってんのに、先生がのうのうとはできねぇよな」
戦うアリーゼを見て、俺はようやく決意した。
……なぁ、おい。
随分と待たせちまったな。
だからって寝ぼけてるんじゃねぇぞ、しっかりと俺の声を聞け。俺の声に応えろ。
俺は『それ』を左手にとり、強く念じる。
目を閉じて、イメージを強固にする。
喚び出す者について目の前にいると錯覚するほど強く思い描き、同時に魔力を集中させていく。
スヴェルグを召喚するとき以上に、俺の心は乱れて落ち着かない。
――もしも、失敗したら。
そんな考えが一瞬鎌首をもたげるが、それを持った左手を強く握り締め弱気を振り払う。
失敗したら、なんだってんだ。
びびってんじゃねぇ。元は俺が賭けたんじゃねぇか。だったらやってやろうじゃねぇか! 俺の力も心もすべて賭けてやるぜ!!
砕けるほどにそれを握り締め、俺は魔力を練り上げる。
「誓約の名の下に」
来い。
「我が呼びかけに応えよ」
来い。
「………」
俺は息を吸い、力を集中させる。左手を掲げて、意思と魔力をつぎ込む。
首にかけていた壊れたサブユニットのかけら。
――お前がバグだというのなら、バグらしく捻じ曲げた事実を生み出してやろうじゃねぇかッ!
「来やがれええええ! ヴァルゼルドおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
機界のサモナイト石が輝き、誓約の儀式が発動する。
と同時、虚空より光が生まれ俺の目の前にそいつが現出した。
黒のボディを浮遊させ、音もなく降り立つ。
亡霊となった機械兵士。碧色の瞳が煌々と輝いている。
「教官殿」
は……はは。
なんだよ、やっぱりあるじゃねぇかよ、何がバグだ。
俺はしっかり感じたぞ、てめぇの意志を形にした魂ってやつをよ。
「……よぉ。待たせたな」
「はい。教官殿が自分を喚ぶのを今か今かと待ち望んでいました」
「そうか」
「ずっと、待っていました」
「……悪かったな。遅くなっちまって」
「教官殿……」
「……本当に、悪かった」
あの時、俺は暴走したヴァルゼルドにサブユニットを付けることを拒否して破壊した。
いつだったかファリエルは語っていた。この島で死んだ者は、魂になっても決して転生することなく、島の中に魂を囚われたまま彷徨い続けていると。
俺はその呪い染みた現象を逆手にとり、ヴァルゼルドの意志を、魂を、暴走する機体を破壊することで島に留めて、誓約により召喚できたらと考えていた。
……まぁ、結局のところ、ヴァルゼルドに本当に魂があるのかどうかを心底から信じることができないでいたため、こんな土壇場になってしまったわけだが。
「詫びに」
俺は思いっきり口角を上げて、剣を構えた。
「派手に暴れようぜ!」
「了解であります!」
ヴァルゼルドが応えて、俺の身体に憑依する。
瞬間、身体の底から暴れだしたくなるほどに力が溢れていくのを感じた。
っかあああああ、みなぎってきた!!
「いくぜえええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」
高らかに吼えて、ディエルゴへと跳ぶ。
ヴァルゼルドを憑依させた効果により、俺の身体能力は飛躍的に上昇していた。
「え?」
「!?」
唐突に突っ込んできた俺に対して、剣を合わせていたアリーゼとディエルゴは一瞬反応が遅れる。
間髪入れずに、俺はディエルゴの左半身に全力の一撃を叩き込む。
「アァ!?」
隙だらけのディエルゴを吹き飛ばし、即座に追いすがる。
「オオオオ!!」
俺の剣が届く前に、ディエルゴは不安定な体勢のまま俺に向けて魔力弾を飛ばす。
遠距離攻撃・暗黒。
躱す間もなく俺は直撃を受け吹き飛ぶ。
地を転がる俺に対して、ディエルゴさらに遠距離攻撃・暗黒を連弾してくるが、俺は転がった勢いのまま立ち上がって走り回避する。
「ぐ……」
「教官殿!」
「大した傷じゃねぇ。心配すんな!」
と強がりを言うものの、ディエルゴの野郎、やはり魔力の強さが桁違いだ。
単なる魔力弾とも言える遠距離攻撃・暗黒でこれほどまでの威力になるとはな。
加えて、ヴァルゼルドを憑依させている特性上、今の俺は召喚術等への耐性が極端に下がってしまっている。もう2、3発くらえばお陀仏だろう。
「自分が、教官殿に憑依をしていなければ……」
「アホ。お前がいなけりゃそもそもディエルゴとは勝負になんねぇよ」
ヴァルゼルドは憑依している者に対して、物理的な身体能力を上昇させ、魔法防御力を極端に減少させるようだ。
機界兵士という性質上のものなのだろうが、俺にとってそのメリットはデメリットを上回る。
俺とディエルゴの間合いを確認すると、ざっと20歩ほどだった。
「行くぞヴァルゼルド、ディエルゴの野郎を叩き潰すぞ!」
「了解であります!」
俺が地を蹴ると同時、ディエルゴもほぼ同時に向かってくる。
互いの加速により、一瞬にして間合いはゼロになった。
ディエルゴより速く、俺は剣を撃ちつける。
俺の斬撃をディエルゴが受けた。その瞬間、俺は渾身の技を発動させる。
「連斬剣・閃転突破!!」
斬撃を、刺突を、頭、肩、腕、足、胴、あらゆる箇所へ身体の限界を超えて連撃でディエルゴに叩き込む。一撃たりとも力は緩めず、すべてを必殺とする剣撃。
これはヴァルゼルドとの死闘で得た、俺の連続攻撃。俺の最大最高の全力攻撃。
しかし、ディエルゴはそのすべてを受け止め、受け流し、あるいは身を躱し続ける。
「おらああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
上段へ構え、天からの一撃が如くディエルゴに振り下ろすと、ディエルゴが真っ向から受け止めた。
そのままわずかな間鍔迫り合いを演じて、
「………」
ディエルゴが目を細めると同時、遠距離攻撃・暗黒を発動させる。
俺が躱せないタイミングを狙っていたのだろう。ゼロ距離からの魔力弾に俺は直撃を受け、なすすべもなく吹き飛ばされた。
吹き飛ばされながらも俺はディエルゴを視界におさめて口を歪めた。
……かかったな!
「パライズアタック!!」
「がぁ!?」
ディエルゴの背後からの一撃。
アリーゼの魔剣による横一文字の斬撃を受け、ディエルゴは苦悶の声をあげる。
……アリーゼに魔剣を渡した際、俺が参戦したら隙をつけと言っておいたが、さすがはアリーゼさんだぜ。ドンピシャのタイミングでやってくれたな!
ディエルゴは焦り振り返ろうとするが、その動きは鈍い。
「き、さま……!!」
アリーゼの魔剣が一際蒼く輝いている。
先の一撃には、アリーゼ自身の魔力を乗せ相手の動きを封じる効果があったのだろう。
「先生を、返してもらいます」
アリーゼが魔剣を上段に構える。
アリーゼはさらに魔剣に魔力を乗せ、魔剣が一層と輝き、
「キサマアアアアアアアアアアアアアアア!?」
「やああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
渾身の力で振り下ろし、魔剣はディエルゴの身体を袈裟懸けに斬り裂いた。
魔剣に斬られディエルゴが倒れる。
俺は召喚術で自身を回復させ、ディエルゴに歩み寄った。
「ばかな……我がニンゲンごときに……」
「残念だったな。まぁ随分長生きした方じゃねぇか? この辺で終わっとけや」
「終わる……我は……我が消えるのか……」
「そうだよ。いい加減、あるべき姿に戻れ」
ディエルゴの……アティの身体が輝き、白く光る何かが抜けていく。
同時に遺跡が鳴動し、地震が起こり俺達は激しく揺さぶられる。
「っとぉ!?」
「きゃっ!?」
俺とアリーゼは揺れる大地に膝をつく。
立ってはいられるが、かなりの揺れだ。
「ディエルゴの野郎、自分がやられたからって自爆でもする気か? いい根性してるじゃねぇか!」
「愚かな」
俺の言葉に、アティの身体から抜けた白い光が答える。
「……我はディエルゴ、遺跡の意志……この島の共界線を束ね支配する存在…………我が消えれば共界線は秩序を失い、この島が崩壊することは必然なり」
「そんな!?」
「ふ、ふはははははははは……ミナゴロシにしてくれるわ……このような世界……削除されて当然なのだ…………界の意志から見放されてしまった時点でな……」
界の意志から見放された、だと?
「てめぇ、一体何を知ってやがる!?」
「消え行く運命にある者に語ったところで意味はあるまい……そう、今更このような島がひとつ消えようと、ささいな違いでしかない……く、くははははははは……はははははははははははは」
笑うディエルゴに対して、アリーゼが立ち上がる。
「もう、十分です!!」
「はは……グギャアアアアアアアアアアアア」
ディエルゴに対して魔剣を振るい両断する。
断末魔の声を上げて、今度こそディエルゴは消えていく。
「……キエ……ウセロ……」
最後まで呪うようにそんな言葉を遺して、ディエルゴは消滅した。
「………」
アリーゼが、ディエルゴのあった空間を見つめる。
俺はアリーゼにかける言葉を思案していたところ、さらに大きな揺れが起こった。
「うお!?」
一層揺れが激しくなり、立っているのすら困難になる。
ちぃ、こりゃ時間勝負になるぞ!
「アリーゼ! 剣を貸せ!」
言うと同時に俺はアリーゼから剣をひったくる。
同時に、アリーゼの抜剣による覚醒状態が解除される。
「先生!?」
「アティを連れて船まで走れ! 島が崩壊するまでは多少の猶予はあるはずだ! カイルに言って全員で島から離れろ!!」
「先生は……先生はどうするんですか!?」
「遺跡の中枢部から直接魔剣で共界線に魔力を送り込んで、共界線を繋ぎとめる!」
ディエルゴの真似事だ。おそらく魔剣であればそれは可能なはず。
分の悪い賭けではあるかもしれんが。
「だったら私が行きます! 先生より私のほうが魔力もあるし、術の制御もうまくできます!!」
「アホか!! 成功の確率がどんだけのもんかもわからねぇのに任せられるか!!」
「そんなの先生だって同じじゃないですか!!」
「いいんだよ俺は! だいたいアティはどうする気だ!! おそらく最初に崩壊するのはこの遺跡だ! ここに置いていって見殺しにする気か!?」
「そんなことするわけない!!!!!」
ビリビリと周囲が震えるほどの怒声を上げるアリーゼ。
あまりの声に俺は思わず息をんでしまう。
「……もう二度と、見ているだけなのは嫌なんです。大切な人を守るため、私はここにいるんです。だから……だから……」
「アリーゼ……」
「あなたが行くなら、私も行きます。あなたは皆を守るために行くんでしょう? だったらあなたは私が守ります。そう決めたんです。
何もできずに後悔するのは、もう嫌なの……」
アリーゼはアティに視線を向ける。
「先生達は、自分のことなんてすぐに忘れちゃうから……私が守るんです。絶対に」
「……俺は、アティと違ってそんなんじゃねぇけどな」
「だったら、私も連れていってください。きっと二人でやれば成功します」
「アリーゼ……」
固い決意を秘めた目で俺を見るアリーゼ。
……こりゃ撤回するのは無理そうだな。
「わかったよ。……来い、ペコ!」
俺はペコを召喚してアティを乗せる。
ちと、不安定だが船まで運ぶくらいはわけないだろう。
ペコにアティの搬送を頼み、俺は魔剣をアリーゼに渡す。
「先生……」
「急ぐぞ、いつまで持つかわからんからな」
「はい!」
遺跡の最奥部へ辿りつくと、そこには先客がいた。
この島を護る者たち、各界の護人たちだ。
「どうしてここに……」
「私達でも、共界線へと繋がることはできるから。不完全なものでまともに制御をすることは難しいけど……!」
ファリエルが額に汗して、遺跡の中枢部を通して共界線へと魔力を放出する。
アルディラもキュウマもヤッファも、同様に両手を掲げて島の崩壊を抑え続けている。
「先生」
「ああ」
俺はアリーゼの右側に位置して、魔剣を手にするアリーゼの手を包み込むようにして持つ。
「準備はいいか?」
「はい、先生」
俺とアリーゼの意思に反応して魔剣が淡く輝き、俺達を光が包み込む。
――――抜剣。
「オオオオオオオオオオオォォォォォオオ!!!」
「やあああああああああああああああああああああああああああ!!!」
溢れ狂う魔力を俺達は共界線へと叩きつけた。