「あはははははははっははは」
スカーレルは目の前の敵を気にしてギリギリまで我慢していたが、とうとう噴出した。
突然笑い出したスカーレルに、ヘイゼルは怪訝な表情を浮かべる。
「……なにがおかしい」
「ふ、ふふふ。ごめんないさいね。ちょっとこっちの話」
スカーレルは目に涙を浮かべるくらいに爆笑する。
涙とともに流れる頬からの血が混ざり合う。
いくつも短剣で刻まれた傷が、なぜだか心地よく感じた。
(……やっぱりいいわね。あの二人。最高だわ)
ふぅ、と大きく息を吐いて、スカーレルは右手の短剣を投具に持ち変える。
「きっと、もうあんたたちはおしまいよ。どう、ヘイゼル。あんなしょうもないオジさんなんて見限って、こちらに来ない? 海賊やったり島で暮らしたり楽しいわよ」
「ふざけるな!」
ヘイゼルは怒気を膨らませ叫ぶ。
「組織を逃げた貴様に、安息の地は決して存在しない。裏切り者はすべて抹殺する! 貴様は……珊瑚の毒蛇は、私が殺す!」
ヘイゼルが短剣を構え、いつでも飛び出せるよう腰を落とす。
「そこまで言われたらしょうがないわね」
前動作もなくスカーレルがヘイゼルへ投具を投げつける。
ヘイゼルは即座に反応し短剣で投具を払いのけた。
「アタシはあの子たちみたいに優しくはなれないわよ」
隙なくスカーレルは懐から投具を再度右手に収め、ヘイゼルとの間合いを詰める。
「貴様の動きは見切っている!」
無造作に間合いを詰めたスカーレルに、ヘイゼルはすかさず短剣を振るう。
短剣はスカーレルの投具を叩き落し、次の瞬間にはスカーレルの左目へと迫る。
「はぁッ!!」
スカーレルは、迫り来る短剣を持つ手を左手で払いのけ、右手の掌底でヘイゼルの顎を狙う。
ヘイゼルは掌底を紙一重で身を沈めて躱し、膝のばねを極限まで使い身体を跳ね上げスカーレルの鳩尾に膝蹴りを打ち込む。
「くはっ!?」
崩れ落ち膝をつくスカーレル。
ヘイゼルは短剣を握り直して、首筋に短剣をつきたてようと振り下ろした。
「……ふふ」
かすかな笑い声が耳朶に触れるが、ヘイゼルはかまわず振り下ろし――無理矢理に身をひねった。
刹那、ヘイゼルは右腕に何かがかするのを感じる。
素早く周囲を見回すと、ソノラがヘイゼルへ消炎を発している銃口を向けているのに気づいた。
「銃弾……!?」
「正解」
ヘイゼルの意識から外れたスカーレルが一瞬で背後を取り囁く。
「ご褒美よ」
構えた短剣をスカーレルが振りぬく。
暗殺剣・毒蛇。
技に秤を傾けがちなスカーレルが、力と掛け合わせて振るう必殺の攻撃。
よける暇もなく、スカーレルの短剣はヘイゼルの背を削った。
「ぐっ!!」
ヘイゼルは振り向きざまに短剣を振るうが、すでにその場にスカーレルはいない。
「やめておきなさい」
横合いから聞こえてきた冷めた声に振り向く。
「勝負は決したわ。アタシの短剣がどういうものか、知らない茨の君じゃないでしょう?」
「珊瑚の毒蛇……!」
ヘイゼルは苦々しげに吐き捨てる。
「毒を使い、他人を利用して私を殺したところで……楽をしたところで……いつか、命取りになるわ……。それは貴方の力ではないのだから……」
「これが、今のアタシの力よ。納得しないまでも理解はしないと、いつまで経ってもアタシには勝てないでしょうね」
「戯言を……」
ふと、ヘイゼルはスカーレルの短剣を持つ手が目に入る。
(……左手?)
そういえば、珊瑚の毒蛇は左利きだった。
なぜ、自分との戦いで主に右手を使っていたのか。
(手加減していたとでも言うの……?)
理由はわからない。わからないがヘイゼルの意志とは無関係に自然と瞼が閉じる。
力が入らない。
(……もういいわ。私は死ぬのだから)
過去、毒蛇に救われて今、毒蛇に殺される。
その事実に何の感慨もわかず、ヘイゼルは地に伏した。
「いくですよ~」
かわいらしい声とは裏腹に、マルルゥからは膨大な魔力が発される。
「出てきてくださ~い!」
虚空から翼竜が召喚され、周囲は吐き出した火焔で灼熱の地獄へと変える。
召喚術ワイヴァーンによるガトリングフレア。
無色の派閥の兵は魔抗により身を固めるが、その隙を縫って獣人が駆ける。
「オラオラオラ!」
動きの止まった兵たちの防御を縫って、ヤッファが一人また一人と打ち倒していく。
「やるなぁあの二人。俺達も負けてられねぇぞ!」
カイルが、接近してきた暗殺者の顎にアッパーを入れ気絶させる。
ソノラは目に留まる敵に向かい速射砲のように銃を駆使する。
ヤードは皆の様子に気を配りがダメージがあれば即座に回復させ、囲まれている者がいれば召喚術により援護をした。
「アリーゼも来たんだ、とっとと雑魚どもにはご退場願うぜ!!」
ストラを纏わせカイルが無色の召喚師が密集している場所へダッシュをする。
数秒後には何人もの召喚師が宙を舞った。
(何者……だ……こいつらは……!?)
吹き飛ばされた召喚師のうちの一人が思考するが、その答えにいたる前に意識を手放した。
「ちぃッ!!」
紫電絶華の終わり際に刀を重ねられ、アズリアは斬られた脇腹を押さえて後退する。
(ウィゼルという男、やはりただものではない……! 今まで出会ったどんな相手も足元に及ばぬ技量だ……!!)
アズリアが間合いを取ると同時に、キュウマが距離を詰める。
「必殺必中、はぁッ!!!」
キュウマの居合斬が炸裂するが、
「……力が分散しすぎているな」
「ぐああああ!?」
ウィゼルがまるで鏡写しのように居合斬を発動して、キュウマが吹き飛ばされた。
「せいッ! はぁッ! やぁッ!!」
斜め後ろからミスミが槍に魔力により生み出された風を乗せた三連撃、鬼神豪嵐槍を見舞う。
『ベズソウ!!』
ミスミの攻撃と同時、アルディラとクノンが同時に召喚術を仕掛ける。
ウィゼルはミスミの攻撃をすべて紙一重で躱し、召喚術には無防備だった。
「その程度の術で!」
ツェリーヌがウィゼルの前に魔力結界を張り、ベズソウによるギヤ・メタルは結界に阻まれる。
物理攻撃はウィゼルに、召喚術による攻撃はツェリーヌに防がれ、アズリアたちは攻めきることが出来ない。
ツェリーヌを剣で狙おうとしても、ウィゼルに無防備な状態を狙われるのは自殺行為なため、現状の膠着状態が続いていた。
「…………刻まれし痛苦と共に汝の名すべき誓約の意味を悟るべし。
霊界の下僕よ……愚者共を傀儡し、その忠誠を盟主へと示しなさい!!」
ツェリーヌの召喚に応え、サプレスの悪魔達が離れた場所で倒れていた暗殺者たちの身体に巣食う。
頼りないふらふらとした足取りであるが、数名の男達がこちらへとせまってくる。
(まずいな……)
アズリアは痛む脇腹を意識から切り離して剣を構え直した。
数的優位のもとに成立していた均衡状態、その前提が崩れてしまった。
悪魔に傀儡された男達を倒すのは難しくないだろうが、これを相手にしながらウィゼルやツェリーヌに対処するのは不可能に近い。
知らず、アズリアは周囲を見回し援軍を求めようとして、
「下がって傷治しとけ」
一度、ぽんっと頭に手を乗せられた。
アズリアを下がらせてから俺は鞘から剣を抜く。
「レックス!? お前、オルドレイクは……!?」
「奴の相手は本物の抜剣者に強制交代」
アズリアに答えながら油断なく周囲をうかがう。
悪魔もどきに囲まれて、ウィゼルとツェリーヌのタッグ、ね。
この状況で武器がジェネラスニールじゃ、ちょいと頼りねぇけど……。
「お前か」
「よぅおっさん、ぶっ倒しに来てやったぜ」
「ふん……」
見定めるように俺を見るウィゼル。
魔剣を持たない俺が自分の敵となりうるか考えているのだろうか。
「残念だが魔剣は持ち主の下へ戻ったよ。
あんたんとこの大将じゃ、アリーゼは止められねぇよ。今のうちに逃げる準備でもしといた方が得策だぜ?」
「派閥自体に興味はない。どうなろうと俺の知るところではない」
「ウィゼル!」
身もふたもない言いようにツェリーヌが厳しい目線を送るが、意に返さずウィゼルは続ける。
「そこをどけ。俺の目的は武器と使い手の意志を重ねる究極の武器を作り上げることだ。
未熟なお前よりも、今はオルドレイクの趨勢が優先される。
お前の言う魔剣の持ち主とやらが、どれだけ俺の理想を体現出来ているのか……」
「くくく。あんたやっぱり変わり者だな。
けどよ、はいそうですか、どうぞどうぞ。とは言えねぇんだよこっちも」
俺は剣を構える。
ウィゼルは強い。力や身のこなしを始めとする身体能力もそうだが、やはりウィゼルの力を表す言葉は『技』の一点だ。
変幻自在、見た目の速さ以上に鋭い斬撃と受け流しに翻弄され倒されてしまう。
なればこそ、こいつには搦め手を使わなければ勝つことなどできない。
「………」
俺の構えを見て、ウィゼルからは怪訝な気配が流れる。
脇構え。
文字通り、剣を脇に構えるものだ。
刀身は自らの身体を壁として相手には視認できないようにする構えである。
並みの相手であれば、獲物が隠されることから正確な間合いを読むことが困難ともなろうが、ウィゼルに限ってそれはない。
脇構えからの突きであれ、斬撃であれ、俺の初太刀を躱すことなど造作もないだろう。
「自ら死を選ぶというのであれば、止めはせん」
ウィゼルは無造作に刀を手にしたまま、身体を俺に正対させる。
同時に悪魔に操られた暗殺者達も俺に襲いかかれる体勢をつくった。
「そりゃ、俺の台詞だよ」
ぐっと腰を落として、俺は地を踏みしめる。
「行くぞ!」
真っ直ぐにウィゼルへと突っ込む。
即座に暗殺者たちが動き出すが、それは一歩遅い。
脇構えの状態から俺はウィゼルに対して真っ直ぐに剣を振り上げる。
ウィゼルはそれを見て、僅かに眉をひそめる。
脇構えからの攻撃であれば、相手に獲物を視認させてしまうことは極力避けなければならない。刀身を隠しての間合い不明の攻撃の利点がなくなってしまうからだ。
しかし、俺の狙いはまったく別のところにある。
悪いなウィゼル。俺はあんたと剣戟勝負なんてする気はさらさらねぇ! 勝てばいいんだよ!!
「天使ロティエル!!」
召喚に応じたサプレスの天使が俺の身体に憑依をして召喚術に対する障壁を張り巡らせた。
同時に後方へ魔力が吸い取られる感覚。
直後、
「――――――――」
認識できないほどの轟音が周囲を埋め尽くす。
破壊の波が周囲を一瞬にして蹂躙した。
時間を稼いでくる。
合図をしたら、最大の範囲召喚術を頼む――。
自分の隣に突然現れたかと思うと小声でそう呟いたきり、レックスは目を合わせることもなく進みアズリアの隣へと歩いた。
アルディラはすぐさまレックスが戦っていたあたりを確認すると、そこでは抜剣者が二人にらみ合っていた。
(アリーゼ!?)
一瞬のことだったがアルディラは、キユピーが暗殺者たちに対して体当たりをしたのは確かに見た。
悪魔達が操る暗殺者たちは、もとはツェリーヌの指示で自分達を倒すために呼んだ援軍だったのだ。
アリーゼの様子を伺うと、堂々とした構えでオルドレイクの前に対峙している。
離れていてわかりにくいが、気負いや焦りなどは感じられなかった。
(……あのレックスが任せたってことだものね)
知らず苦笑してしまう。
アリーゼを戦場に連れてくるのを断固として拒否したレックスを、あの娘はどんな言葉で説得したのだろう。
あとで戻ったら聞いてみよう。いろいろな意味で今後の参考にしたい。
「アルディラさま」
後方からクノンに声をかけられ、アルディラは緩んでいた表情を引き締める。
「やるわよ、クノン。奴らに私達の力をみせてあげましょう」
「了解しました」
アルディラが詠唱を開始すると、クノンはその脇で自らを魔力供給の種としてアルディラの召喚術に助力した。
「機神ゼルガノン!」
戦場にアルディラの透き通るような声による力ある言葉が通過する。
神剣イクセリオン。
莫大な魔力の供給により召喚されるそれは、問答無用にして広大な範囲を目標とするS級召喚術だ。
神と名乗るに相応しい剣が虚空より生み出され、目標に向かい投下される。
アルディラはクノンと、そして俺からの魔力による助力を駆使し、己の魔力とも合わせこの大召喚術を完璧に制御していた。
「…………!?」
俺を中心にして直撃した神剣イクセリオンにより、敵は悲鳴すら上げられずに吹き飛ばされる。
暗殺者を依り代としていた悪魔達は言うに及ばず。ウィゼルやツェリーヌすらも、その強大な召喚術に対抗する術を持たなかった。
俺に関しては、直前に張ったロティエルによる対召喚術の障壁により無傷である。
……っつうかアルディラさん、予告なしに俺まで強引に召喚術のアシスト要員にするのやめてください。いきなり魔力引っ張られてマジびびりましたよ。
肩越しにアルディラに視線を向けると、額に汗を滴らせながらもニヤリと笑みを浮かべる貴婦人一名。
ったく、いい性格してやがるぜ。
俺は苦笑してウィゼル達に目を向ける。
ツェリーヌは、腕を前に突き出して魔力障壁を張っていたのだろう。ボロボロになりながらもツェリーヌは神剣イクセリオンに耐え、隣にいるウィゼルも同様だった。
極大召喚術と言えど一撃でやられるほど甘くはないか。
仕方ねぇ。
俺は次弾として放たれる召喚術に備えて魔抗の体勢をとった。
直後、
「忍法・不動陣!」
マシラ衆による召喚術。
神剣イクセリオンには及ばぬものの、二人掛かりにより生み出される圧倒的な召喚術には変わりない。
ミスミさまとそれを補佐するキュウマは、アルディラたちと同様にその強大な魔力からの召喚術を完璧に制御していた。
異界より喚び出されたマシラ衆が苦無を投げ放ち陣が形成する。陣の中にいるウィゼルとツェリーヌ、討ち漏らした悪魔達に対し、シルターンの術式を発動した。
「……ぐぅ!!」
ロティエルによる魔法障壁は神剣イクセリオンを防ぐのに使われてしまっている。
連続の大召喚術から身を護る術はなく、俺はウィゼル達とまとめてマシラ衆の召喚術にさらされた。
まさか味方がいる中に強力な範囲召喚術を連発するとは思っていなかったのだろう。
周囲にいた無色の連中は、突っ込んできた俺に無警戒にむらがり、結果として周囲には倒れた無色の徒の山を築いた。
そしてそれはウィゼルやツェリーヌも例外ではない。
ツェリーヌは全魔力を対召喚術の結界に当てたのだろう。気力すらも使い果たした様子で倒れている。
そして、
「………」
ウィゼルは立っていた。
無論その姿は満身創痍で、立っているのが奇跡といえる。
「お前の自信の源は……これか」
「まぁな。ついでに言うと、この後もだな」
「なに……?」
ウィゼルの視線が彼女を捕らえ、その瞳が大きく見開かれる。
「シャインセイバー!!」
放たれる輝剣。
白き剣がウィゼルを貫く。後方のアズリアからの召喚術によるものだった。
ダメ押しとも言える召喚術をまともに食らい、さしものウィゼルもゆらりとその身体を揺らすが、
「……おおおおおおおおおおおおおおおお!!」
裂帛と共にウィゼルが走る。
並みの人間から見れば恐るべき速さだが、その正体が達人ウィゼルとあれば見る影もない。
「あんたは、強かったよ」
俺は再度脇構えを取る。
迫るウィゼルに対し、俺は極力刀身を見せぬようにして素早く真っ直ぐに剣を突いた。
間合いの計れぬ一撃に、しかしウィゼルは冷静に俺の動きを把握し辛うじて左へ躱す。
躱す動きに合わせて、ウィゼルの刀が俺の身体を斬り裂かんと迫る。
だが、遅い。
「奥義――――紫電絶華」
俺の繰り出した連続の突きが無慈悲にウィゼルを襲う。
僅かにウィゼルの目が見開かれる。
俺の初太刀を躱した後は、すべての突きをその身に受け続けるウィゼル。
刀を落とし、なすすべもなく俺の剣に貫かれた。
「―――――――――――ッ」
長いような短いような時間が過ぎ、やがて俺の紫電絶華は終幕を迎えた。
「………」
ウィゼルは、最強の侍は、一度だけ俺に目を合わせ、何も語らず静かにその身を横たえた。
アリーゼとオルドレイクが魔剣を構えたままにらみ合う。
「ふん、今頃のこのこと負け犬が現れたところで何ができる」
オルドレイクが忌々しそうにアリーゼに剣を向ける。
アリーゼの持つ魔剣から、オルドレイクは敏感に自分の持つ紅の暴君とは別種の力を感じ取っていた。
「立ち去るがいい。我らが歩みを止めること、余人にはできはせぬ」
「………」
オルドレイクの言葉をアリーゼは黙して受ける。
アリーゼ瞳は一片の曇りもなく、滾ることも、冷たくもなく、ただ静かにオルドレイクを捉えていた。
その目にオルドレイクが既視感を覚える。
僅かな逡巡の後、オルドレイクは自分の中で答えに至った。
「そうか…………く。くくくくくく」
突然肩を振るわせ始めたオルドレイクにアリーゼは視線を厳しくして警戒を強める。
オルドレイクはその光景を、ただ純粋に滑稽だと感じた。
(このような小娘とウィゼルを重ねるとはな……)
ある種の達人、壁を越えた先にいる者にしか見ることの出来ぬ画があるのだとオルドレイクは信じていた。まさかそれを目の前の小娘ができるとは思っていなかったが。
オルドレイクは紅の暴君を構え、精神を集中させる。
「よかろう。あくまでも邪魔立てするというならば……」
かっと目を見開き、オルドレイクは魔力を含めた己の力を爆発させた。
狂うオルドレイクを前に、アリーゼはただ静かに己を保っていた。
オルドレイクから発される圧倒的な魔力。それに付随する身体能力は確実に自分を上回るもので、すべてを破壊してしまうのではないかと思えた。
(でも、どうしてだろう)
アリーゼはその力を前にしても、パニックになることも怯えることなく冷静にどうすればいいかを模索していた。
(不思議な気持ち。心は落ち着いてるのに、胸の奥が暖かい)
オルドレイクが地を蹴る。
一瞬でアリーゼの元に到達し剣を振りかぶるオルドレイク。目で追うのも困難なオルドレイクの動き。しかしアリーゼは、その視線から、身体の動きから、一早くその意図を正確に読み込み、オルドレイクよりも一手先に剣を振るった。
「……ッ!!」
斬撃が走り交差する。
オルドレイクか、アリーゼか。あるいは双方か。発した気迫は衝撃となって空間を駆け抜け、露と消えた。
………。
沈黙の後、一方がゆっくりと膝を折り、一方はゆっくりと振り返った。
「まだ、戦いますか?」
アリーゼはその手に魔剣を輝かせて、静かに問う。
オルドレイクは背を向けており、その表情はアリーゼにはわからない。
ぴしり。
「……?」
アリーゼの耳に、甲高い何かが割れる始めるような音が届く。
同時にオルドレイクが立ち上がる。
「くくくく。くっく、はーっはっはっはっはははははっははははっは!!!」
声に反応するように、空間にはいくつも視認できるはずのない亀裂が生まれ砕ける音がした。
音のした方角、自分の真上付近を確認しようと顔を上げようとしたが、アリーゼはその動きを止めた。
「……え?」
アリーゼが息を漏らす。
背を向けたオルドレイクの奥。
光の届かない真っ暗な空間から、女が歩いてくる。
女は規則正しい速度で足音を響かせ、その音をオルドレイクの目前で止める。
「はははっはははははははっははっはははははははははっははははっはははははは」
「………」
女が紅の暴君の刀身を無造作に握り力を込めると、紅の暴君は砕けた。
「はっはっはははっは……は…………は……ひゃ…………ひ……ッ!?」
声が萎み、不規則に呼吸を繰り返し、オルドレイクは俯きに倒れる。
かすかに痙攣するように身体が動くが、意識は飛んでいた。
女はそれ以上オルドレイクに視線を向けることなく、アリーゼを見据える。
赤毛の女は能面のように表情を消している。
アリーゼは近づくことも遠ざかることもできずに、ぽつりとこぼした。
「…………せん…………せぇ……?」
赤毛の女が虚空から生まれた剣を握る。剣はうっすら紅く輝いており、紅の暴君に酷似していた。
赤毛の女が地を蹴る。一直線に向かう先はアリーゼ。
アリーゼはその光景を夢でも見ているかのように思いながら、自分に向かって剣を振り下ろされるのを呆然と見つめていた。
瞬間、見慣れた背中が目の前に現れる。
赤毛の男が赤毛の女の剣を受け止めた。
「………」
表情を消したまま身体ごと剣を押し込んでくる赤毛の女に、赤毛の男は負けじと押し返しながら不敵な笑みを浮かべた。
「ようやく出てきやがったな……アティ」