明朝、青空教室にて。
ゲンジの爺さんやミスミさまと相談し、学校を休校にすることを正式に決定した。
無色の連中のことを考えれば当然の措置だ。
奴らがいつ襲ってくるとも限らないこの状況で、のんきに授業をやっているわけにもいかない。
そも、安全を考えるならば、外出すら必要最低限のレベルで済ませなければならないだろう。
海賊船に戻り、アリーゼにも話を済ませる。
学校だけでなく、アリーゼの授業についても事態が好転するまではできないことを告げる。
「……そう、ですか」
アリーゼは困ったように笑う。
「仕方がないですよね」
「まぁ、な。
けどいつまでもこんなんじゃ息が詰まってしょうがねぇ。
早いとこなんとかしねぇとな」
「はい。私がんばりますね」
頼もしい返事だ。
……俺もがんばりますかね。
船長室にて。
「だからさあ、絶対やってみる価値はあるって!?」
「けどよお……」
廊下を歩いていると、ソノラの勢いに任せた声とカイルの渋る声が聞こえてくる。
顔を出すとソノラと目が合った。
「先生! 先生も言ってやってよ! 絶対いい作戦なんだから!!」
「……何の話だ?」
「無色の船を見つけて、あたしの大砲で沈めるの!」
「……むぅ」
「なにその反応! 無理だと思ってるの!? 私ならわけないんだから、絶対!」
「いや、ソノラの腕を疑ってるわけじゃなくてだな……」
奴らが船での戦いに慣れていない可能性は充分に考えられる。
本職である海賊が本気になれば、船を沈めることは可能かもしれない。
島を取り巻く結界は消えているようだし、船の修理もほぼ完了している。
やってやれないことはないんだろうが……。
「私は……反対です」
「ヤード!? どうしてよ!?」
「船を沈めて、それで終わりにはならないでしょうから……。
彼らを船ごと一掃できるのならば別ですが、不利と悟った場所で無理な交戦をしてくるとは思えません」
「そういうこった。
帰る足を失えば、奴らは死に物狂いで島を制圧してくる。
今でもシャレになっちゃいねえけどよ。更に上、文字通りの殺し合いになるだろ」
「あ、あたしはそんなの怖くもなんともな……」
「馬鹿野郎」
こつん、とカイルがソノラの頭に拳を当てる。
「痛っ! なにすんのアニキ!?」
「戦えない連中はどうすんだよ」
「あ……」
カイルの言葉にソノラは視線を落とす。
「こっちから仕掛けていくことはできない、のかな……」
「相手のアジトが正確にわからねぇ限りは難しいな。
たとえわかったとしても、その襲撃は一度きりでケリをつけなきゃならねぇ。
それも今の理由と同じだ」
「アニキ……」
無差別に殺すような愚は犯さなくとも、奴らが不利を感じた時点でロクに戦えない島の住民を人質にするくらいは十分考えられる。
仮にそうなった場合、守るべきものが多すぎて、事実上対応は不可能だ。
そもそも、オルドレイクに対する有効な手立てもないから、こっちから仕掛けるとかないわーって感じなんだがな。
昨日のアレを見ても、怯まず交戦を図ろうとするソノラって大物だわ。
………。
一瞬の沈黙が生まれる。
状況も手伝って、それがひどく静かに思えた。
……そういや、スカーレルがいねぇな。
こんなときにどこかほっつき歩いてるとも思えねぇけど。
カイルも同じことを疑問に思ったのだろう。
「なぁヤード。スカーレルはどこにいるんだ?」
「彼は……偵察に出てくると言っていましたよ」
なるほど、スカーレルなら適任か。
あいつの身のこなしなら、万一無色に見つかっても撒いて逃げることも出来るだろうしな。
ラトリクス、治療室にて。
クノンに通され、俺はアズリアの待機する部屋を訪れた。
「よう」
「レックス……」
顔色を見る限り、体調はまずまずといったところだ。
「ちょうどいいところに来たな。お前に話したいことがあったのだ」
「へぇ」
「これまでの帝国軍の行い、隊長として自分がすべての責を負う。どのような償いもするつもりだ。
だがしかし、その前に私に剣を振るうことを許して欲しい。
共に戦わせて欲しい」
「………」
「頼む」
頭を下げるアズリア。
あのプライドの高いアズリアがなぁ。
っていうか、初めてみたかもしれん。
「お前以外の帝国兵はどうするんだ?」
「お前達と連携が取れるとも思えん。下手に部隊が膨れ上がるよりは完全に別動隊としたほうがいいだろう」
「つまり、アズリアだけが俺たちと戦うってことか?」
「私だけでは、不服か?」
ギラついた眼を向けるアズリア。
なんなんだよ、怖ぇっての。
「いや、こっちとしても助かる。
連携うんぬんは同感だしな。ギャレオって言ったか? 帝国兵については、あいつにまとめて面倒見させとけば特に問題ないだろ」
「ふん、そのつもりだ」
「じゃ適当にそのへんの方針を相談して、終わったら集いの泉に来てくれ」
「わかった」
「ああ、それと。アズリア、お前、俺たちと対立していたころ、斥候出してたよな?」
「そうだが……」
「なら話は早ぇ。そいつら使って今度は奴らの動向を探ってくれ。ただし決して接敵しないこと。絶対に気づかれないことを最優先にしてくれ」
「……いいだろう」
「頼むぜ」
さて、用件も終わったし行くとしますかね。
「……レックス」
ドアに手をかけたところで、アズリアに呼びかけられる。
「なんだ?」
「……いや、いい。私もすぐに行く」
「ああ」
集いの泉にて。
「どうだった?」
俺が聞くと、ファリエルとアルディラは頼もしい笑顔で答えた。
「調べた限り、異常は見つかりませんでした。
遺跡の意志も沈黙したままです」
「こちらから接触しても反応はなかったわ。
封印は問題なく機能している」
二人の言葉に集合していた全員が安堵する。
封印の剣は二本。
剣一本からの不完全な封印で、さらにはシャルトスを抜き放ったことで、遺跡の封印がどうなってしまったのか。
それを確認するため、ファリエルとアルディラには様子を確認してもらうよう頼んでいた。
「安心して。用心して外部接続に利用できそうな設備は二人で潰してきたから」
「以前よりも輪をかけてボコボコにしましたし、しばらくは絶対に回復できませんよ。うん、うん」
「……頼もしいっすね」
ファリエルらしい?表現に思わず苦笑する。
「今の状態では、私たち護人であっても遺跡に干渉することはできないわ。
アリーゼのように剣の力で直接に働きかけでもしない限りはね」
「………」
剣による直接の干渉。
碧の賢帝と同種の剣、紅の暴君。
オルドレイクがその気になれば、遺跡の干渉も可能かもしれない、ということか……。
一本の剣といえど、オルドレイクであれば遺跡の制圧すらもやってのけてしまうかもしれねぇな。元は無色の派閥が遺したものだし、オルドレイクの地位であれば、末端では知り得ない制御方法を得ていても不思議はない。
放っておくと顔が強ばって仕方ない。
周囲では同様の考えに至ったのか、雰囲気が自然暗くなる。
っと、まずは先のことよりも切羽詰った今か。
「とりあえず遺跡のことは置いておこう。
遺跡には交代で見張りを立て、奴らが接近した場合はすぐに向かえるようにしておくこと」
守りの戦いになるがわがままは言ってられねぇ。
アズリアが手を挙げる。
「見張りについては私の部隊がつこう。
奴らの足止めくらいは可能なはずだ」
全員が一応は同意の態度を取る。
昨日の敵は今日の友。と、お気楽に信用するなんざできるわけないが、ここは納得してもらうほかない。
それと本題に入る前に外堀を埋めておくか。
「島の護りに関しては、クノン、フレイズ、マルルゥを中心に戦える者が応戦して、必ず応援を頼む準備をしておいてくれ」
俺に名前を呼ばれた三人が頷く。
「マルルゥ、がんばるのですよ~」
マルルゥは腕を突き上げ、精一杯真剣な表情をしているつもりなのだろうが。
……うーん、どうしようもなく和みますね。
「たった3人で集落すべてを護るのは無理がないかしら?」
アルディラの言に、皆一様に悩み出す。
俺も実際そのとおりだとは思う。
「実のところ、集落を戦場にするつもりは毛頭ない。奴らにはこちらから仕掛ける」
「……あら、随分な積極策を考えていたのね。驚いたわ」
ふふふ、と貴婦人チックな底知れぬ笑みを浮かべるアルディラ。
アルディラであれば、こちらから仕掛ける意味は理解しているだろう。
「ちょっと先生!? さっきそれアニキがダメだって言ってなかった!?」
ソノラがすかさず抗議してくる。
そちらに目を向けると、カイルやヤードも訝しげな表情で俺を見ていた。
「ああ。だからダメにならないように、奴らに仕掛ける場所は選ぶ」
「……なるほど。やはりそういうことか」
アズリアが得心し、俺の言を繋ぐ。
「まず斥候を放ち無色の派閥の動向を探る。無色の派閥に動きがあれば、偶然を装って奴らのアジトから離れた場所で私たちが接触し戦う。
仮に奴らが少数の集団を形成して動く場合は、こちらも分散し、撃ち漏らした者については集落の防衛を図る3名が対処する。
これならば無色の派閥本隊と戦い、これを完全に撃破できずとも、奴らには撤退する場所が確保されていることから暴挙に出る可能性は下がる」
無論、無色の連中がこちらの意図に気づく可能性はあるが、それならそれでこちらの意思表示が伝わるだけでも意味はある。
よほどアホでもない限り、素直に撤退を選ぶはずだ、
……選ぶはずなんだけど、あの抜剣者のおっさん、ちょっとやそっとで諦めるタイプじゃなさそうなのがなぁ。
「方針は理解したわ。
けれど肝心の、奴らとの戦いをする上での作戦はどうするつもり?」
アルディラの問いに各々周囲を見渡す。
考えのある者、やる気だけはある者、思い悩む者。
十人十色の反応だが、率先して意見を言うものはいない。
俺も考えがないわけじゃないが……仕方ねぇか。
俺は向き直り、ただ告げる。
「アリーゼ」
「なんですか」
「1対1でオルドレイクと戦うんだ」
がっ、と胸倉を掴まれる。
……痛ぅ……さすがの馬鹿力だぜ。
つか、無駄にダッシュ使うんじゃねぇよ。本気でびっくりしただろうが。
「なんだよ……カイル」
「……本気で言ってんのか?」
底冷えのする声を発してくる。そこに、普段のさっぱりした快活さは微塵もない。
「このシリアスな空気で、冗談言う度胸はねぇよ」
「ああ!? 昨日の今日でもう忘れたのかてめぇは!!」
「ぐっ……」
激昂したカイルに、左手で胸倉を掴まれた状態で持ち上げられる。
「あの野郎がどんだけ強ぇかは、俺よりも直接戦ったてめぇの方がよくわかってんだろうが! アリーゼだってそうだ!
最後の偶然が! 暴走が! あいつらを退かせただけだ!
二人の実力の差くらいわかってんだろ! アリーゼにすべてを押し付けてやられてこいって言うのか!?」
「……俺達が束になっても、それこそやられるだけだ。現状、アリーゼ以外にオルドレイクを相手にできる者はいねぇ。違うか?」
「てめぇがそれを言うのか……!」
「現実的な話をしているだけだ。なんなら意見を言ってくれ。代案があれば喜んでしたがばっ!?」
突然の衝撃に俺は盛大に吹き飛ばされる。
地面を何回転か転がり、仰向けになって止まった。
……いってぇ……マジ痛ぇぞこの野郎。今一瞬、意識が飛んだじゃねぇか。
「………」
俺の顔面をぶん殴ったカイルは、ゆっくりと俺の近くまで歩いてきて、鬼気迫る眼で見下ろしてきた。
……えーっと、こりゃもう一発くらいじゃ済まないっすかねぇ。
しばらくモノが噛めなくなるのはごめんだなぁ。
「……畜生がッ!!!」
カイルの怒声に思わずびくっと反応してしまったが、幸いというかカイルは身を翻し露骨に足音を立てて歩いていった。
「……ちょっと待ってよ、アニキ!?」
呆然としていたソノラが慌ててカイルの背を追う。
後に取り残された者たちは困惑の表情で、俺と小さくなっていくカイルを見る。
俺はずっと転がったまま。
やがてキュウマが近づき、手を差し伸べてきた。
「……レックス殿、平気ですか?」
「ああ。ちっとふらついて立てそうにないだけだ」
「脳震盪起こしてるじゃない……」
呆れ顔でアルディラが呟く。
「アナタなら、もっとうまい言い方もできたと思うけど」
「……さてな」
どんな説明をするにしても、アリーゼがオルドレイクの相手をするのは変わらない。
圧倒的な力を有する魔剣。
そいつに対抗できるのは、結局、対の魔剣でしかありえない。
だれもが、カイル自身もそれは十分わかっているはずだ。
……わかっているからこそ許せなかったんかね。
それにみんな、殴られた俺の心配はしても、カイルを責める空気はない。
みんな、俺を殴るまではいかなくとも似た感情ではあるんだろうなぁ。
「馬鹿ね、アナタ」
「承知してるよ」
嘆息してアリーゼに顔だけ向ける。
「……アリーゼ、いいか?」
「大丈夫ですよ。任せてください」
了承ついでに、アリーゼはキユピーを召喚して俺の傷を癒していく。
……即断即決とかアリーゼさんマジ漢前っすね。
「ありがとな」
立ち上がってほこりを払う。
派手に転がったせいで随分汚れちまったな。
「それで、カイルにも伝えておいて欲しいんだけどよ」
レックスが去った後も、皆その場にとどまっていた。
レックスの背には、近づくことを躊躇う何かがあった。
「軍を辞めても、変わらなかったのだな、あいつは」
ぽつりと呟いたアズリアの言葉に、アリーゼが顔をあげる。
「どういういことですか?」
「……なるほど。やはり、あいつはお前達に昔の話はしてなかったようだな」
アズリアは苦笑して、レックスを想う。
心中であきれたやつだと語りかけ、話し始める。
「本当は、あいつ自身が語るべきことだとは思うが……この士気では戦いに影響が出てしまうかもしれん。私が知る限りのことを、お前達に話そう」
アズリアは過去に想いを馳せ瞳を閉じる。
「あいつが、軍を辞める決心をした理由はな、発見した旧王国の諜報員に命乞いをされ、その言葉を信じて見逃してやった結果、召喚鉄道を奪われて、乗り合わせた帝国の重要人物たちを人質にとられてしまったからだ。
自分の甘さが、事件の引き金となったことに対し、責任を感じてのことだ」
「え……」
アリーゼは初めて聞くレックスの過去に衝撃を受ける。
自分の父が乗り合わせていた召喚鉄道。
人質達を救い、犯人を捕らえた軍人。
最重要犯罪を阻止した英雄であるはずの人物が、なぜ軍を辞めたのか。
その答えにアリーゼはたどり着く。
「事の顛末について、あいつは自分から上層部に報告している。
軍学校の主席で、なおかつ事件解決に多大な貢献をした人物に対して、わざわざ泥をかぶせるような真似をして、いったい誰が得をする?」
アルディラがあざ笑い、アズリアの言わんとする答えを告げる。
「……むしろ、英雄に祭り上げて事件の悪印象を消すために利用する」
「それを嫌ったあいつは、逃げるように軍を辞めたのさ。
あいつは、自分が道化だと笑っていたよ。まったくもって同感だ」
「先生……」
「このことは、あいつが除隊する日に待ち伏せて、強引に白状させたんだがな。
……そのときの、あいつの目は忘れられん。
笑っているくせに、ひどく、冷めた目をしていた。皮肉なことだが、今までよりもよっぽど軍人らしい雰囲気をまとっていた。
必要があれば、他人に対して容赦を厭わない、どんな非道なことも躊躇しない目だと思ったよ」
「………」
沈黙が支配する中、召喚獣の声がそれを破る。
「キュピー」
「キユピー……」
「キュピピピー」
キユピーがレックスの去った方角へ飛んでいく。
「……ッ!」
僅かな間をおいて、アリーゼがその後を追った。
はじまりの浜辺にて。
「ここに、いたんですね。先生」
振り返るとそこにはアリーゼ。
「よく、わかったな」
「なんとなく、ここにいるんじゃないかなって思って」
「そっか」
なんとなくここに来て、なんとなく海を見てたらゆっくり眺めたくなって。
そうしてぼーっとしっただけなんだが。
なんとなくで来られると、妙に照れくさくなるな。
「隣、座ってもいいですか?」
「ああ」
「平気、ですか?」
「傷か? アリーゼのおかげでな」
「……その、カイルさんのこと……」
それきり、アリーゼは何も言わない。
……少なくともカイルは悪くねぇからなぁ。
アリーゼの頭ん中、だいぶこんがらがってそうだ。
「気にしてねぇよ。ってのはウソだけどさ。
でもよ、むしろ俺は安心した、というか嬉しかったな。あいつがアリーゼのことを、ちゃんと考えてくれてるのがわかったからさ」
「え……?」
「どうでもいい奴のために、あんなに切れたりしねぇだろ。
カイルは特に海賊の船長やってるしな。仲間意識が人一倍高ぇんだろうし。
だから殴られた瞬間、気が抜けちまった。
俺自身情けなすぎて、だれかに殴ってもらいたい部分もあったしな。ははは」
「先生……」
「……アリーゼには負担かけちまうな」
ホント、俺の頭は飾りかっていうくらい、奴らに対する手段が思い浮かばねぇ。
結局はアリーゼ任せにしかできないってのはな……。
「ねぇ、先生……アズリアさんから聞かせてもらいました。
先生がどうして軍人を辞めたのか」
「………」
あの野郎、何勝手に人の恥部をチクってやがんだよ……。
俺は罰が悪くて頭をかく。
「ちゃんと話してなくて、悪かったな。
うまくやってりゃマルティーニさんだって危険な目には遭わずにすんだのに」
あれは完全に俺の判断ミスだった。
まったく、いらぬ情けはかけるもんじゃねぇな。
いや、情けでもないのか。あんなもん、単に俺が理由をつけて自分の手を汚すのを躊躇っただけの結果であって……
「私も、きっとその場にいたら同じことをしたと思います」
「……アリーゼ?」
めずらしく強い口調で言うアリーゼ。
「結果こそ、残念なことになりましたけど、先生のしたこと、私はわかるつもりです。
ですから自分を責めないでください」
「……おぅ」
アリーゼの真っ直ぐな目に、なすがまま射抜かれる。
「………」
「………」
……まずいな、変な気分だ。
無駄に口が軽くなってくる。
自分がよくわからなくなってくる。
思考が追いつかない。
気づくと俺は、ぽつりと、頭に浮かんでくる断片を口にしていた。
「俺の両親……さ。
聞かれたら事故で死んだって言ってるんだけどよ。
本当は、殺されてるんだ。俺の目の前で」
「え……?」
「戦争に負けた旧王国の敗残兵に襲われてな。
父さんも母さんも俺をかばって死んじまった。
それ見てガキだった俺は、なんだかよくわかんなくなっちまってさ。そこからの記憶がひどく曖昧でな。
気づいたらベッドの上だった」
「………」
「それからしばらく何もする気が起きなくなっちまってなぁ。ぼけーっと一日を過ごしてたよ。
でも、そんな俺に対して村のみんなが声かけてくれてさ、とりわけ一人変わったのがいて、そいつがよく構ってきてなぁ……」
ふと、その光景が甦り郷愁で満たされる。
「そんなこんなで、時間も流れてどうにか俺はまともに戻ってさ。
さて、これからどうするかなって考えてな。弱い自分に嫌気がさしてたから、じゃあ軍人になるかってなノリで軍学校入って。
あとはアズリアに聞いたとおり」
「そんなことが、あったなんて……」
「軍人になって力を得て、んで痛い目遭って、今度は間違えねぇぞって思ってたら、また力不足ってなぁ。
馬鹿みたいだな」
「そんなことありません!!」
「ふぉ!?」
……びっくりした。
突然どうしたんですかアリーゼさん?
「だって、先生はがんばってます」
……いやいや、がんばってようがサボろうが結果を出さにゃ意味ないんですよ。
と、言える雰囲気でもないので黙っておく。
「その、さっき、なんですけど」
「さっき?」
「先生が、カイルさんに殴られたとき、です」
「あ、ああ」
えーと、急になんの話だ? 脈絡もなく前の話に戻るのか?
「どうして……先生はそんなこと言うんだろうって、私、思っちゃったんです。
……あ、もちろん意味はわかるんです! オルドレイクの相手は碧の賢帝を持った私にしかできないってことも……」
アリーゼの言葉は、ゆっくりになったり早くなったり、リズムがバラバラだった。
「カイルさんが言ったことに胸を突かれたんです。
本当に、どうして? なんで? って。なんで、よりによって先生が、オルドレイクと戦えって言うんだろうって。
そう思ったら、私、先生が殴られたのに、倒れてしまっているのに……すぐには動けなかったんです」
「………」
そうか。そりゃそうだよな。
曲がりなりにも俺は先生だ。
そして、アリーゼはどれだけ頼もしくても生徒なんだ。
前振りもなく、ボスキャラと単独で戦えとか普通言われるとは思わんわな。
……切羽詰ってると、ロクなことしねぇな俺は。
アリーゼは崩して座っている自分の足に、朧気な視線を向ける。
「私、ずっと――――捜していて……。
それで今度はみんなを守ろうと思ったんです。決めたんです。だから先生に戦えって言われて、あんなに真っ白になるなんて思わなかった。
……私はずっとわかっていなかったんですね。
私が……どれだけ…………先生に守られていたか……」
「アリーゼ……」
俺は……感謝されるようなことはできてねぇよ。
現に今、アリーゼを矢面に立たせようとしている。
そのことについて、俺は仕方ねぇで済む程度にしか捉えていなかった。
そりゃあ他の方法があるなら俺だってそれに飛びついたんだろうが、結局は見つからなくて。
今だって、アリーゼが思っていることがわかった後でも、方針を変えようとは思ってねぇんだ……。
「それで先生の話を聞いて、気づいたんです。
……先生って、馬鹿なんだなぁって」
「は?」
思わず間の抜けた声が漏れ出る。
アリーゼはクスクスと笑っている。
……おいおい、この娘さん、ちょいと前に自嘲した俺を否定したことを今度は自分でひっくり返しやがりましたよ?
ちょっとだれかー! 彼女をクノンさんの元に連れて行ってくださーい!?
って誰もいないし、俺が連れて行くしかないっすか?
脳内注意報がうーうー鳴ってると、アリーゼが続ける。
「殴られて安心する人なんていません」
なんかそれだけ聞くと俺がマゾみたいだな。
「先生はいつだって先生なんだなぁって思いました。いつも先生らしく……あなたらしく行動している。
そんな先生だから、私もがんばれるんです」
「………」
「ふふっ」
「……あー。そっか」
「はい」
「ん…………じゃあ、どうにかがんばってなんとかするか」
「うん」
頷くアリーゼを見て俺は胸中で盛大にため息をつく。
……生徒に励まされる先生ってなんなんだよなぁ。
メインで戦うのは生徒だってのに。
本当に、なんなんだよなぁ、ホントによぉ。
集いの泉にて。
「やはり、あの娘、か」
アリーゼの背を見送るアズリアは嬉しそうな、寂しそうな目をしていた。
ファリエルはそれに気づく。
「アズリアさん……もしかして、貴女、わざと……?」
「私は私の主観と事実を言っただけだ。
あいつは甘さを捨てたと思っていたよ」
「思って『いた』、か」
言葉尻を捕らえるヤッファに、アズリアは笑う。
「あいつに破れ、剣を構えられたとき、私は本当に殺されると思っていたよ。
躊躇うことなく、慈悲もなく、斬られ死ぬ覚悟をした。
それがどういうことか、私の傷を癒し、生きろと言うではないか。
かつて、あんな冷たい目をしていたあいつが、敵に情けをかけた結果を身をもって知っていたあいつが、一体どういう心境の変化なのかと思っていたよ」
「謎は解けた?」
問うアルディラに、アズリアは頷いた。