アズリアの宣戦布告をクノンに伝え、伝言を頼む。
各集落には知れ渡り、明後日に備えて明日は各々体を休めることとした。
夜。自室にて。
「休日か」
そういや久々だな。
この島に来てからはずっとバタバタしてたし、日がな一日休むってのはなかった気がする。
せっかくの機会だし、ただぼーっと過ごすのももったいないよな。
朝、だれかに相談してみるか。
そして翌朝。
「……いねぇ」
船内は見事にもぬけの殻と化していた。
船長室に行ってみると、朝食の準備が一人分されており、置き手紙まで用意されていた。
曰く。
カイルはジャキーニのおっさんのところへ。
ソノラはファリエルのところへ。
スカーレルはヤッファのところへ。
ヤードはゲンジの爺さんのところへ。
アリーゼはユクレスの村で子供たちといる、とのことだった。
「……なんだろう。俺軽くハブにされてね?」
いや、普通に気を遣ってくれたのかも知らんけどさ。
そりゃ、昨晩は元気ない風味の雰囲気出してたかも知らんけどさ。
でもでも、ちょっとくらい誘ってくれてもいいんじゃない?
……構ってチャン思考になっとるな。
今日は自室で引きこもってた方がいいんだろうか。
「いや、これは俺への挑戦だな」
元祖島民交流民として、ここで退いては漢が廃る。
………。
「適当に歩いて、いた奴と過ごすか」
残念ながら、廃るほどの漢度が俺にはなかった。
狭間の領域。
ソノラとファリエルが水晶体に腰掛け談笑していた。
俺も適当に座り、輪に入ってみたわけだが……。
「でねでね……!」
「そんなこと……! わぁ!!」
………。
なんだろう。この疎外感。
ソノラとファリエルが楽しそうに会話しているのに。
話の内容がわからないわけではないのに。
……なんとなく、すげぇ溶け込みづらいっす。
入り込めないというか、テンションがわからないというか。
謎の居心地の悪さに、そそくさと立ち去る俺。
「レックス、もう行っちゃうんですか?」
ファリエルの言葉に曖昧に頷く俺。
「そうですか」
「先生、まったねー」
二人に見送られ、俺は次なる場所に放浪することとした。
どうでもいいことだが、立ち去る際、フレイズが生暖かい視線を送ってきたので俺も同じように返しておいた。
苦労してんのな、お前も。
メイメイのお店。
「あらまあ、先生。いらっしゃ~い」
いつものテンションでメイメイさんが俺を迎える。
さて、武器は何か入荷してるかな……っと。
いやいやいや、今日は休日なんだし今だけは考えないようにしとくか。
「どしたの先生? 百面相なんかしちゃって。きゃははははは」
けらけら笑うメイメイさん。
人の顔見て笑うとか失礼極まりないが、メイメイさん相手だと怒る気も失せる。
常時ステータスが酔っ払いだからねぇ。
つか、ここに来ても別にやることないよな。
メイメイさんとはあまり話したことないし、ここで一日過ごすのも新鮮かもしれんが……。
「……ヒック」
真昼間っから酒飲んで酔っ払うハメになりそうだ。
うん、それはダメだな。教師として、人として、ひどくダメ人間だ。
「じゃあ、まぁそういうことで」
「またね~」
何しにきたんだよ俺は、と心中で突っ込みをして、酔っ払い店主を置いて立ち去る。
次は鬼の御殿でも行ってみるかね。
メイメイの見る限り、レックスに異常は見当たらない。
(ということは、私は思い違いをしていたわけね)
観測者である立場から逸脱していたと言っても過言ではない。
しかし、貸した力は微々たるものである。
温情と言えば、それで終わる話であった。
(どうもおかしいとは思っていたんだけど、ね)
ここ最近、兆しが非常に見えにくい。
世界に寄り添って生きていくことを目的としているのだから、別段困ることもないのだが。
(……わくわく、するじゃない)
喜びも、悲しみも、怒りも、楽しみも。
予想されたものばかりを享受してきた。
何が起こるか、視えない。
それだけで、メイメイの世界は一変していた。
世界の見方を修正して観測すれば、視えてくるものも増えるだろうが、メイメイは流れるままに任せた。
(いったい、どんな道筋を辿るのかしらね、この島は)
願わくば、愉快な彼らに幸あらんことを。
風雷の郷。
ゲンジの爺さんとヤードが鬼の御殿の縁側で茶を飲んでる。
「レックスさんも、一杯どうですか」
どうでもいいが、ヤードの溶け込み具合が半端ねぇ。
老成しすぎだろお前の雰囲気。
「スバルたちは?」
俺は縁側に腰掛ける。
用意されていた湯呑みに茶を入れるヤード。
まさか俺が来ることを予想しているわけでもないだろうし、ミスミさまがもうすぐ帰ってくるのだろうか。
「置手紙に書いたとおりですよ」
「ひょっとして、ミスミさまやキュウマもついてったのか?」
「ええ」
へぇ、めずらしいこともあるんだな。
「今日は休日なのだろう? 最近はいっしょにいられても、あまり大っぴらに遊べなかったからのう」
確かに帝国軍やらジルコーダやら遺跡やらでバタバタしていた。
今も、アズリアの宣言がなければ、大手を振ってこんな日を過ごすことはできなかっただろう。
ずずずず、と茶を呑む。
……ん、こんな風にのんびりするのも悪くないなぁ。
面子は爺むさいが、この顔ぶれだからこその雰囲気なんだろうし。
ん。悪くない。
しばしまったりしていると、ふと、ヤードが顔をあげた。
「そういえばゲンジさん、この島で面白い場所があると聞いたのですが」
「イスアドラの温海のことか?
ワシも詳しいことは知らんぞ」
「温海? って海底温泉のことか?」
「ええ。以前ミスミさまが話しているのを聞きまして」
「わらわが、なんじゃ?」
を、ミスミさま帰ってきたのか。
「お邪魔してます」
ぺこりと家主に一礼。
「以前私がミスミさまに教えていただいた場所について、話していたところですよ」
「イスアドラの温海か。あそこはよいぞ。
……そうじゃ、なぜ失念しておったのじゃろう。
のう、先生。今から行ってみぬか? ちと遠出になるが、景色もよいのじゃぞ」
「ミスミさまのお墨付きとあれば、行かないわけにはいかないなぁ」
「それでこそ、じゃ。
ちと用意をしてくるゆえ、待っててくれぬか」
そそくさと奥へ行くミスミさま。
用意ねぇ……ふむ。
景色がいいなら、いいのかもしれない。
「二人はどうする?」
「ワシに遠出は無理じゃな」
「私も、今日はこちらでご厄介になります。
念のための警戒もかねて」
「そっか」
……ほう。するとミスミさまと二人で過ごすことになるのか。
うむ、悪くない。悪くないねぇ。
「若造、鼻の下が伸びておるぞ」
おっと。あくまで紳士的にですね、俺は楽しみにしてるわけですよ。
ええやましい気持ちなんてちっともありゃしませんて。
イスアドラの温海にて。
拠点にした場所で俺は荷物番よろしく体育座りをしていた。
「すげぇな! 本当に海から湯気が立ってやがるぞ!」
「ちょっと来てよファリエル! この海水あったかいよ!」
「あははっ、温海ですからね」
「こっちにはすごーくたっくさんのお花が咲いているですよ」
「行ってみようよ、スバル」
「おう! 母上も早く早く!」
………。
いや、まぁこうして大所帯で来るのもいいんですけどね。
戦いのときくらいしかみんなで集まるのってないし。
でもさ、こう、なんていうの? 漢としてのドキドキ感っていうの? そういうの返してよって言いたくなるんだよね。無性に。
一人心中で漢泣きをしていると、アリーゼが俺の方に歩いてきた。
「……どうしたんですか、先生?」
「いや、召喚術の理について少し考察を」
「もう、何を言ってるんですか。今日ゆっくり羽根を伸ばさないでいつ伸ばすんですか!」
アリーゼが俺の腕をとる。
「せっかく遊びに来たのに、そんな顔してたらダメです。ほら、行きましょう」
そのまま強引に連れて行かれた。
そんなわけでやってきました温海へ。
拠点にしていたところから少し離れた場所で、岩にぐるっと囲まれた海は、水というより湯の温度になっていた。
「確かこのあたりに……あ、ここだ」
アリーゼが軽快に岩場を進み、海水が岩の間近にある場所で座り込む。
「ふぅ……」
いつの間にか、アリーゼは素足になっていた。
なるほど、足湯か。
俺も靴を脱いで、アリーゼの隣に座る。
海水に足をつけると程よい熱さで、身体が楽になるのを感じた。
「いいところ知ってるなぁ、アリーゼ」
「気に入ってくれましたか?」
「ああ」
「……えへへ。よかったです。
ここって、私のとっておきの場所なんですよ」
「そっか。教えてくれて、さんきゅな」
礼を言うとアリーゼが満足そうに頷いた。
できれば身体全体を浸からせたいところだが、そこはアリーゼもいることだし自重する。
吹く風は穏やかで、頬を撫でる感覚が心地いい。
これで酒でもあれば完璧だなぁ。
今度ヤッファやスカーレルでも連れてくるか。
あー、でもアリーゼにとってのとっておきの場所だから、あんまり人に知られるのはよくないのかもしれんね。
……でも、ここで一杯やるのって気持ちよさそうなんだよなぁ。
う~ん、どうにかうまいことできないものかねぇ……。
「……先生、ありがとうございます」
「んー、何がだー?」
「最初に遺跡に行ったときのことです。
先生がいなかったら、私は遺跡に取り込まれていたかもしれません」
アリーゼが湯に浸かった足を動かし、小さな波が生まれる。
「いいじゃねぇか。助かったんだから。結果オーライだよ」
「でも……」
「それによ。俺だって謝らなきゃいけないんだ。
つまんないこと気にして、つまんないこと考えてさ。
大事なこと、見失いそうになった」
もしも、遺跡の調査に行くのがもっと後だったら、ひょっとしたら俺は動けていなかったかもしれない。
つまらない推測が邪魔をして。
「アリーゼのこと疑ってたんだ」
「………」
俺を見るアリーゼの目が徐々に見開いていく。
……うーん、言うべきじゃなかったのかも。すんごい心外そうだし。
でも言わずにいるのも、なんか違うだろうし。
悪いなアリーゼ、勝手な奴で。
「別にアリーゼが何か企んでるって思ってたわけじゃないんだが。
ちょっとしたことを気にしちまうようになってさ。
それが積もり積もっていって……ようやく馬鹿なこと考えてたって気づいたのが、アリーゼが遺跡に取り込まれそうになったときだ」
疑念が晴れる事柄があったわけじゃない。
それでも、もうアリーゼに疑念を持つことはない。
くだらないことを考えて、もしもの結果を招くなんて馬鹿でしかない。
あんな糞つまらないことは……もうたくさんだ。
「先生……」
「うん?」
「……ちょっと離れた場所に花畑もあるんです」
行ってみましょう、とアリーゼは俺の手を引いた。
花の匂いにつつまれて、アリーゼとレックスは横になる。
レックスが大きくあくびをすると、アリーゼは、お昼寝しますか? と提案する。
そうする。とレックスは答えて一分もしないうちに寝息をたてはじめた。
あまりの寝つきのよさにアリーゼは呆れを通り越して感心した。
規則正しい呼吸を繰り返すレックスを、アリーゼは見続ける。
(こうしてると、本当に子供みたいです)
安らかな寝顔は無防備で、無性に愛おしくなる。
レックスは自分を疑っていたと言っていた。
もしかしたら、すべてを正直に話しても、レックスは受け入れてくれるかもしれない。
突拍子もない事実を信じて助けてくれるかもしれない。
(ううん……やっぱりダメ)
気づくのが、遅かった。
レックスが自分を疑っていることに気づくのが遅かった。
今の自分の状況を話せるほどの勇気をアリーゼは持つことができなかった。
――ヴァルゼルド。
陽気で面白い方でした。
そう言って寡黙な機械兵士を見ながら寂しそうに微笑んでいたのを、アリーゼは覚えている。
しかし、経緯を知っていても、アリーゼにはどうすれば機械兵士を救うことが出来るのか、わからなかった。
知っていたことを、自分には変えることができないとあきらめていた。
もしかしたら、先生は機械兵士を見つけないかもしれないと。それならば悲しい思いをすることもないと。
都合のいいように考えて、忘れようとした。
昨日のレックスの顔を見て、アリーゼはすぐに気がついた。
スクラップ場に行き、クノンに聞き、自分の推測が間違っていなかったことを知った。
落ち込んだレックスを見ていられなかった。
だからこそ、今日は早朝に出掛けて、顔を合わせることを避けた。
だからこそ、一人座っているレックスを放っておけなかった。
(……ヴァルゼルドさんのこと、前向きに考えていれば、先生に助けてもらえば、違ったのかな)
いつだって後悔するときにはすべてが終わっている。
すべてをレックスに打ち明け、受け入れて欲しかった。
しかし万が一、レックスがすべてを信じてくれたとしても、それにはヴァルゼルドを見捨ててしまった事実が付き纏う。
穏やかな寝顔は、先生と重なる。
(嫌われたく……ない……)
先生とは違う先生。
少し前、自分は現実を嘆き、心が折れそうになった。
ほんの少し前、自分は幸せな幻想に誘われ、自分を見失いそうになった。
それでも、今自分がここにいることができるのは、みんながそばにいてくれたから。
(……先生が、私を呼んでくれたから)
結果、受け入れられたいという願望と、拒絶されることの絶望で葛藤し、アリーゼは現状を取った。
アリーゼは自分の右手を見つめる。
今の自分を形作っているものの中に、剣の存在は決して小さくない。
(……まだ、できることはあります)
明日の帝国軍との戦い。
きっと苛烈なものとなる。
そして……。
アリーゼは眠るレックスの手を両手で握る。
瞼を閉じ、
「守ってみせます……必ず」
自らに誓った。
起きると、間もなく夕日が見えるだろうという時間だった。
俺が目を覚ますと同時に、アリーゼは先に子供たちを送っていくと言って帰っていった。
いつもなら一緒に帰っていたが、今はやっておきたいことがあった。
……このあたりでいいかな。
花畑からそう遠くない場所に、このあたりを一望できる丘があった。
俺は懐に持っていたカケラを取り出し、心中で語りかける。
どうよ? なかなかいい眺めだろ。
一部で悪いけどよ。さすがに全部持ってくるのは骨だからなぁ。
俺はもうひとつのカケラに触れる。
加工して、首からさげたサブユニットの一部。
服の中に入っているそれは、意識しないでいると、あることを忘れてしまうほど馴染んでいた。
地面に小さな穴を作り、俺は懐に持っていたカケラを入れて埋める。
………。
さて、俺も帰りますか。
ちなみに。
帰った早々俺の耳に入ったのは、アリーゼ他数名がジャキーニのおっさんの反乱……?に灸を据えたことだった。
……オウキーニを人質にするって何考えてんすか、おっさん。
小さな少女が腰に手を当て、正座する海賊達に説教する姿は大変にシュールでした。