遺跡の封印は一通りなされた。
一本の剣でどれだけの効果があるかはわからないが、アルディラとファリエルが見る限りでは機能停止をしているらしい。
念のため遺跡内部のそれっぽい機械をボコボコにしてきてもいるようだ。
当面の間は様子見ということにして、今回は解散となった。
森にて。
「レックス」
げ。
船に戻る途中、アズリアに出くわした。
面倒なことに俺は単独行動中だった。
……しくじったな。今みんなが集まってればアズリアを捕らえることだって可能だったろうに。
俺が一人なのは、ナウバの実が無性に食いたくなってジャキーニのおっさんをたずねていたせいだ。
ちなみに、おっさんの手を入れたナウバの身は通常の3倍はうまい。ヤヴァイですよ、あれは。
「……お前一人か」
「そっちこそ、いつも連れてるでっかいお供はどうしたんだよ」
「ギャレオは待機中だ」
「そうかい。んで、何か用か?」
「遺跡を封印したのか?」
耳が早いな。斥候でも放ってやがったのか。
「ああ。もう、剣はない。だから……」
「あきらめろ、とでも言うつもりか?
馬鹿をいうな。それで任務を放棄しておめおめと帝国へ戻れるわけがない」
まぁ、結局そういう結論になるよな。
「貴様らを叩き潰し、手に入れる方法を探し出す。剣も遺跡も」
「知らなかったらどうすんだよ」
「たらればを論議する気はない」
……ち、この野郎、話し合いをする気はまったくないな。
「明後日、われわれは貴様らに戦いを申し込む。
それが最後だ」
一方的に言い放ち、アズリアは去っていった。
剣が一段落ついたと思ったら今度はまた帝国軍かぁ。
……アズリアの様子からじゃ、血なまぐさいことにもなりかねんな。
最後だと覚悟を決めている。厄介だよ本当に。
こちらとしてはアリーゼの剣が封印に使われてるわけだし、どうやってこの戦力ダウンを補うか頭が痛いところだ。
……ん?
そういえば、ヴァルゼルドってあれからどうなったんだ?
あいつがいれば火力的には相当な援護が期待できる。アズリアを相手にこれは大きい。
よし、ちょっくら様子見行くか。
というわけで、俺はラトリクスのスクラップ場に来た。
「おーい、ヴァルゼルド」
「………」
返事がないってことは、未だ修理中なのだろうか。
それともまた寝過ごしてるとかいうオチか?
「ほーれ猫だぞ、ヴァルゼルド」
「………」
ふむ、また明日改めて来るかな。時間はあるわけだし。
踵を返したところ、背後でガラクタがぶつかり合う音がした。
「………」
ヴァルゼルドが立ち上がっていた。
「おー、ようやく立てるようになったのか。
ってことは修理は終わったのか?
あー、でもまだサブユニットははめてなかっ……」
「照準誤差、修正……次弾装填」
「は……?」
「一斉掃射……開始!」
ズガガガガガガガガガガ。
ヴァルゼルドの両腕の銃から、高速の銃弾が連射される。
「うお!?」
回避不能の銃弾はしかし、ガラクタに吸い込まれたのみ。
俺は横から突き飛ばされ、どうにかやり過ごしていた。
「やはり、機械兵士は破壊兵器なのです。復活させるべきではなかった……」
「クノン!?」
「アルディラさまの言いつけで、監視をしていました。
レックスさま、怪我は?」
「いや……おかげで助かった」
にしても。
「おい、ヴァルゼルド。てめーどういう了見だこの野郎!」
いきなり人に乱射しやがって!
「増援確認……支援システム……一斉起動!!」
ヴァルゼルドの周囲に機界の召喚獣が集まってくる。
……なんだってんだ、これは。
「あれは、隊長機ですね。他の仲間を遠隔操作されるとは……」
クノンが槍を構える。
「機体を破壊しましょう。さもなくば、被害は拡大するばかりです」
「……どういうことだ。これはヴァルゼルドがやってるのか!?」
「はい」
返事が早いか、クノンはその身を走らせヴァルゼルド周辺にいる召喚獣に槍を突いた。
「GEEEEEEEEE!?」
それきり、沈黙する召喚獣。
「次」
その身を躍らせ次々と召喚獣を撃破するクノン。
戦場でその姿は頼もしいが、クノンが破壊しているのは……。
「レックスさま」
「悪ぃ」
ぼーっとしてたらやられる。
俺は剣を抜き、クノンに加勢する。
瞬く間に周囲の召喚獣は破壊されていく。
暴走。
それがヴァルゼルドに起こったのは間違いないのだろう。
何が原因なのかは不明だが、今はこの状況をどうにかするのが先決だった。
機械音が響く。
甲高い電子音が鳴り止まない。
「す、みません……教官、殿……」
ヴァルゼルドが操作していた召喚獣を倒し、ヴァルゼルド自身にもある程度のダメージを与えた。
そして、ようやくヴァルゼルドが正気に戻った。
正直クノンがいなかったら危うかったかもしれんね。
「不覚で……あります……適応に失敗して……暴走を……」
「やはりそうですか」
クノンがヴァルゼルドに接近する。
「本当に……すみません……」
謝罪するヴァルゼルドの目の前に槍が構えられ、
「クノン」
「レックスさま……?」
俺はその槍を握り、構えをとかせた。
「教官殿……サブユニットを……つけて……ください……」
「それで、暴走は治まるのか?」
「こうして……貴方と会話している自分は……バグなのであります……」
「バグ?」
「破壊されたときに……偶然に生じた……ありえざる人格……なので、あり、ます……」
……そりゃ、そうか。
おかしいよな、機械兵士に人格があるなんてのは。
「ですから……自分が消え去れば……本機は正常に……動作いたします……。
サブの電子頭脳さえつければ……」
……なんだよそりゃ。
「てめぇ、最初からそのつもりだったのか」
メインユニットとサブユニットの両方を持ってこさせた時点で、こうなることは想定してやがったのか。
「ご迷惑をかけてしまい……申し訳ありません……。
ですが、本機を、役立てて欲しいであります!
自分は、お優しい教官殿を、お守りしたいのであります……!!」
ヴァルゼルドの瞳が明滅する。
「そのために、戦いたいのであります!!!」
「ヴァルゼルド……」
「お願いします……教官殿……」
………。
それきり、互いに黙す。
どう、すればいいんだ。
何か方法はないのか……。
「クノン……」
「アルディラさまには、すでに調べていただいております」
まっすぐな視線が、俺を穿つ。
「サブユニットを交換するほかには、この機体が正常化することはありません」
「……手際がいいな」
アルディラがお手上げでは、どうしようもない。
彼女以上に機械兵士に詳しいものはいないだろう。
……いないからどうした?
「教官殿……早く……自己修復機能が……」
「レックスさま。機体の修復が完了すれば、また襲い掛かってきます」
「……わかってる」
だから、今こうして考えてるんじゃねぇか。
もうちっと待ってろよ。必ず思いつく。絶対にあるはずなんだ。そう思って探さないと見つかるもんも見つからねぇんだよ。
だから少し待ってくれ。
何かあるだろ! 何か方法が…………!?
「護衛獣……」
「はい?」
「ヴァルゼルド、お前護衛獣になれ!」
「教官殿……」
誓約の枷があれば、暴走は止められるはずだ。
俺はサモナイト石を取り出し……、
どうやってせいやくするんだ?
らとりくすのしょうかんじゅつをつかえるのか?
………。
馬鹿か! 俺じゃなくてもいいだろ!
「アルディラ、アルディラなら!」
「許可できません」
アルディラを呼びに行こうとする俺の腕をクノンが掴む。
「離せ! 理論上は可能のはずだ!」
「いけません。もしそれを行えば、この機体は暴走を無理矢理に誓約により押さえ込まれ、永久に苦しみ続けることになります。
同胞として看過できません」
「………」
なんだよ。
じゃあ、どうすればいいんだよ。
「教官殿……お願いします……」
うるせぇな。今考えてるから待ってろよ。
「レックスさま」
うるせぇよ。気が散るから、今は喋らないでくれ。
「わかりました」
クノンが傍らに置いてあったサブユニットを手に取る。
「私が行い……」
「やめろ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
………。
しん、と周囲が静まりかえる。
「なんで……そんな簡単に決められるんだよ、クノン」
お前、感情を知ったんじゃないのかよ。
アルディラを想って、泣かせてやったんじゃないのかよ。
だったら、俺の考えくらい汲んでくれよ。
「先延ばしにしても、変わりはありません。被害が広がるだけです」
「……わかってる」
「レックスさま。時間がありません」
ヴァルゼルドからの異音が小さくなる。
修理が終わるころなのだろう。
「レックスさま」
クノンの声にわずかな焦りが混じる。
「クノン……」
今頃気づく。
クノンは無表情だった。
出会った頃とは違い、今ではさまざまな表情を見せるようになってきたクノン。
それが今は無表情すぎた。
……そんなことにも気づかないなんてな。
同胞を破壊して胸が痛まないわけがない。
ましてや、人格を持ったものであれば、なおさら。
いや、そもそも。
クノンだって機械人形だ。
感情を知った今、暴走の危険性が0だとは言えない。
まさかクノン、もし自分が暴走したときも、そういう結論になるっていうのか?
……は、馬鹿馬鹿しい。
ふざけるな。
そんなの、絶対認めねぇぞ。
「教……官……」
そう思っているのに。
「はや……く……」
ヴァルゼルドの瞳が徐々に碧から紅に染まっていく。
考えは浮かばない。
「レックスさま」
クノンが俺にサブユニットを差し出す。
バグを正常に、あるべき姿に戻すユニット。
俺は差し出されたユニットをじっと見て、
「……………………ヴァルゼルド」
それを受け取らずに、
「稽古してやる。教官直々にな。
もしも俺を倒せたら、サブユニットをつけてやるよ」
紅い瞳の機械兵士に対して、剣を構えた。
不意打ち同様に俺はヴァルゼルドの胴部分に体重を乗せた蹴りを入れる。
「………」
さすがに硬い。
ヴァルゼルドはふっとぶだけでダメージはない。
「発射」
ヴァルゼルドは離れた間合いから、雨あられといわんばかりに肩のパーツからミサイルを発射してくる。
銃弾に比べれば速度はないが、威力は桁違いである。
直撃を食らえば一撃で致命傷にもなりかねない。
迫りくるミサイルを、俺は身を低くして近づくことで交わす。
背後で爆発。
爆風により、体勢が乱されながらも、その風に乗り利用することで迅速に加速する。
ヴァルゼルドは右腕をドリルに変え、俺を迎え撃つ。
俺はヴァルゼルドに一撃、牽制に近い上段攻撃を振り下ろす。
「ち」
思わず舌打ちする。
ヴァルゼルドは避けるどころか、自ら俺の一撃に向かってきた。
剣とヴァルゼルドがぶつかり合う。
直後、ドリルが俺の目の前に迫る。
予想されたカウンターに俺は反応し身体をひねってかわすが、これで多少攻撃しづらくなった。
ミサイルもそうだが、ドリルなんぞ食らったらひとたまりもない。
かわせる可能性が高かろうと、すべてを回避できるとは限らない。
そのプレッシャーは見えない疲労を蓄積させて、俺の動きを鈍くしていくだろう。
スピードのアドバンテージを失えば、敗北は必至だ。
俺は中間距離まで後退する。
……ヴァルゼルドのダメージはあまりなさそうだな。
「弾幕展開」
俺が後退すると同時に、今度は銃弾の嵐。
横へ転がって回避しつつ、ヴァルゼルドの隙をうかがう。
「装填」
……この、弾補充の瞬間が狙い目ではあるのだが。
「照準誤差、修正。発射」
一瞬すぎて、狙い目としては不都合すぎる。
やはり、覚悟を決めるしかないらしい。
タイミングを身体で覚えるため、俺は再びヴァルゼルドに接近した。
戦いは次第に激化していく。
突然の開戦にクノンは反応することができなかったが、今も一人と一機は己のみで戦っていた。
手を出すなと言われた。
わからない。
なぜ。
わからない。
自分が加勢すれば、すぐに決着はつくだろう。
しかしクノンは動かなかった。動くことができなかった。
忠実に、レックスの言葉を守った。
守らなければいけないと思った。
理由はわからない。
目の前では、紅い瞳の機械兵士とレックスがぶつかり合い、なぎ払い、召喚術が行使され、銃弾やミサイルが炸裂していた。
互いに傷は浅くない。
レックスは自分の血で服を赤く染めあげ、ヴァルゼルドに至っては破壊された部位がいくつも地面に転がっている。
どちらも、一切手加減のない本気の戦いだった。殺し合いだった。
決着がついた際、双方が無事であるとは到底考えられなかった。
(どうして……)
戸惑いながらも、クノンは決して一瞬たりとも目を離そうとはしなかった。
ヒュッ。
仕切りなおしの合図として、俺は一度剣を振るい空を斬る。
ヴァルゼルドとは20歩ほどの間合いが離れていた。
「それじゃあ、今から卒業試験を開始する」
自分でもわかってる。分の悪い賭けだ。
「今までは全力」
それでも俺はそれに縋る。
「今度は」
人格を消し、己自身が死んでしまっても、機械兵士として俺を守りたいと言ってくれたヴァルゼルド。
その意志に反しても、俺はヴァルゼルドの意志を信じて、俺の我を通すことを望む。
「死ぬ気でこい」
だからヴァルゼルド、お前もお前の我を通したいのならば……。
「俺を叩き潰してみせろ」
言って、俺は次の攻撃に意識を集中させる。
俺もヴァルゼルドも余力はあまりない。
俺は目の前の機械兵士にありったけの力を叩き込むことだけを考える。
相手がどう動こうと揺るがない。
「………」
ヴァルゼルドが地を蹴る。
その光景がやけにゆっくりと感じられる。
「行くぞ」
ほぼ同時に俺も地を蹴る。
互いの加速により、一瞬にして間合いはゼロになる。
「ヴァルゼルドおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
知らず、俺は雄叫びをあげる。
俺の剣をヴァルゼルドのドリルが受ける。ヴァルゼルドの突きを俺は剣で払いのける。
一撃、二撃、三撃、四五六…………。
剣を振るごとに激しい火花が散る。
ヴァルゼルドの瞳が激しく明滅する。
頭、肩、腕、足、胴。
ありとあらゆる箇所に俺は剣を振るう。
一撃たりとも力は緩めず、すべてを必殺とする。
「………」
徐々に、ヴァルゼルドの傷が増えていく。
防ぎきれなかった俺の剣が、ヴァルゼルドを破壊していく。
小さな傷が増え、いつからか防戦一方となり、その動きが鈍くなっていく。
そして――――。
一瞬の隙。
上段に構えた俺の剣を警戒してヴァルゼルドは反射的にガードをあげた。
「終わりだ」
瞬間、俺は身を低くしてすれ違う。
「…………」
俺の剣はヴァルゼルドの胴をとらえていた。
今までにない手ごたえ。
致命傷だった。
倒れ伏している機械兵士。
ガラクタ山に甲高い電子音が響く。
自己修復機能を機動させているが、その身体は分断されており、この状態からの回復は外から手を加えなければ不可能だろう。
「ヴァルゼルド」
一度だけその名を呼ぶ。
薄すぎる望みを持って。
起こるはずのない奇跡を信じて。
「目標……照準……修正」
捻じれた腕で構えられる銃。
希望は簡単に打ち砕かれた。
目の前に存在しているのは、一切の言葉も届かない紅い瞳の機械兵士。
「………………………………………………………………………………………」
剣を握りしめ、歯を食いしばる。
身体は熱く焼けついて、対照的に頭はひどく冷めていた。
「発射」
弾丸が頬をかすると同時、俺は全力で踏み込み渾身の一撃を機械兵士に打ち込む。
すぐさま俺は間合いを取り、
ドォォォォォォォン。
次の瞬間、ヴァルゼルドは爆砕した。
「レックスさま!」
クノンが駆け寄ってくる。
「怪我の治療を。今すぐリペアセンターに向かいましょう」
「いいって」
「馬鹿なことを言わないでください。さあ早く!」
「いいんだよ」
事実、俺の傷は見た目ほどひどくはない。
余裕があるわけではないが、この程度であれば召喚術で十分に治せる。
それに。
「クノン、ありがとな」
「レックスさま……?」
「でも今は、このままでいさせてくれ」
馬鹿な、ポンコツの機械兵士の、ちっぽけな証。
たったそれだけが、ヴァルゼルドが存在した証だった。
「はは」
乾いた笑いが漏れる。
なぜかわからないが、無性に笑いたくなったのだ。
……そういや、俺、こいつのことほとんど知らなかったな。
大して話も出来なかった。
けど、妙に馬が合うというか、構いたくなるというか。
………。
日が沈む。
夕日がまぶしかった。
おまけに痛いし。全力で動いたから傷だけじゃなくて節々が激痛だ。
「レックスさま……」
あーあ、ちくしょう。
……いてーなぁ。