あー、なんでこうなるかな。
魚で腹を満たして周辺を散策していたのだが。
目の前にいるのは俺たちの乗っていた船を襲った海賊。
金髪のいかにも脳筋タイプの野郎とヒョロい地味な男。
「へぇ……お前らも生きてやがったワケだ」
脳筋による、威圧、とまではいかないが警戒バリバリの視線が痛い。
こいつには船の上で仕掛けられて手下を倒されてしまっている手前、このまま何事もなくおしまい、なんてことはできないだろう。たとえ見知らぬ島に漂着した緊急事態であっても。
海賊ってのはメンツに命かけてなんぼな連中なんだから仕方ない。
脳筋が一歩前に出る。
「ガキは無事に助けられたのか。大した野郎だな」
「カイルさん、彼が……?」
「そう。ガキ助けるために荒れた海に飛び込んだ大馬鹿野郎だ」
「結局溺れて運良く二人共ここに流れ着いただけだけどな」
正直に言う。嘘は好きじゃない。
「なんだよそりゃ。ははははは」
ひとしきり快活に笑って、脳筋はさらに笑みを深くする。
「さて、話もまとまったところで。
あの時の続きと行こうか!?」
まとまってねぇよ。
文句を言う代わりに剣を構える。見知らぬ持ち主さん、あんたの剣有効活用させてもらうよ。
相手との間合いを計りながら、後ろのアリーゼに声をかける。
「アリーゼ、下がってい……」
シャキーン!
ん?
振り返るとそこには白化したアリーゼさんが!
お、おぉ。近くで見ると髪逆立ってて私めっちゃ怒ってますって全身で表してるみたいだな。
「碧の賢帝(シャルトス)!?」
地味男が真っ先にアリーゼに反応する。
「ちょっと、待って下さい! あなたそれを……」
「みなさん仲良くして下さい!!!!」
地味男の言葉をさえぎり、アリーゼ絶叫。
大上段に構えた剣から溢れ出す荒れ狂う魔力。わぁお、プレッシャー半端ないっす。
「おいおいおい、なんだよあれは。……お前ら何者だ」
「ら、をつけるな。俺が知りたいくらいだ」
「そこ! コソコソなんですか! 反対なんですか!?」
『賛成です!』
少女の一喝に、大の男二人が唱和する。
アリーゼは「こういう時は力を合わせないといけません」だの、「すぐに暴力に訴えるのはよくありません」だの矢継ぎ早に言葉の速射砲を発射している。
今のアリーゼって暴力に訴えてんじゃないの?とか口に出してはいけない。
「んぎゃっ!?」
隣にいる脳筋のように丸焦げにされるから。
……ふっ、危機管理意識は常に持ってないとな。
つか、生きてるかな、こいつ。魔法耐性低そうだし、真面目に死の心配があるぞ。思うだけで何も出来ないけどさ。今下手に動くと俺まで巻き添え食らいそうだし。
ちなみに地味男は最初のプレッシャーに負けて気絶していた。
金髪の脳筋野郎、カイルの提案で俺達を海賊の客分として迎えられることとなった。
アリーゼの凶悪な強さに感動したらしい。Mなのだろうか。
今はアリーゼも元に戻り、気絶したヤードを俺とカイルで持って海賊船へ向かっているところだ。
船は故障していて動けはしないが食料、水等の蓄えがあるようで、雨風を凌ぐこともできる。
いつまでも浮浪者生活はゴメンだ。俺は即座に賛成した。
「アリーゼはよかったのか? 海賊の仲間になって」
「いいんです。カイルさんもヤードさんも悪い人じゃないと思います」
「がはははは。海賊を前にして言う台詞じゃないな!
ますます気に入ったぜ嬢ちゃん」
気をよくするカイル。隣でニコニコ笑いながら歩くアリーゼ。
その姿に俺は違和感を持つ。
アリーゼって、こんなに積極的に人と打ち解けるタイプなのか?
確か初めて出会ったときはもっと……。
「ああああああああ!?」
「をを!?」
アリーゼ、突然の絶叫。
隣にいたカイルが驚きヤードの頭を落とす。岩にぶち当たるヤードの頭部。南無。
それにしても絶叫の多い娘さんだ。先生いろいろな意味で心配になってきたよ。
「えと!! えと! その、……あの!!」
言いたいことがまとまらず勢いだけになってしまっているようだ。
人間、気持ちだけが先行するとそういう風になることがある。
「アリーゼ。どうしたいんだ?」
こういう時は、何を欲してるのかを端的に聞いてしまうのが手っ取り早い。
慣れた相手なら考えを読むこともできるんだろうけど、まだまだその道は遠そうだ。
「その、早く、船に行かないと!」
ふむ、何かしら急ぐ理由があるということか。
……む! ピンと来たぜ!
「カイル走るぞ! アリーゼが大変なことになる前に!」
小声でカイルに俺の予想を伝えると、さすがのカイルも顔色を変えた。
「……!! お、おう! そいつは急がねぇといけねぇ! 間に合わなかったら大惨事だぜ!?」
男二人でヤードを担ぎ直しダッシュ。
ジト目でついてくるアリーゼ&豚。
「……トイレじゃないですよ」
ぼそっと言うアリーゼの声は聞こえなかったフリをした。
外れたかー。道は遠いな。
「あれだ! あれが俺達の船で……」
ダッシュしながら説明するカイルの言葉が切れる。
根城にしている周辺の様子が明らかにおかしい。
あれは……サハギンとゼリー!? ファック! 一体どんだけここにはぐれ召喚獣がいやがるんだよ!
数はやっぱり多い、ここは慎重に……って何突っ込んでんですかカイルさーん!?
「うおおおおおおおおお、ふざけんなこの野郎!!」
速攻でゼリーを光にするカイルパンチ。
なんだよ普通に強いじゃねーか。ガチで戦ってたら危なかったかもしれないねこれは。
うん、でもね、ヤードさんを置いて行くのはやめようね。彼また頭打ってるから。深刻なダメージになりつつあるかもしれないよ。
「兄貴!? 待ってたよ!!」
「難儀なお留守番だったわ」
男女がカイルに声をかける。
女の方はカイルの妹なのか? 兄貴言ってるし同じ髪色だし。
もうひとりはオカマか。
見たところ二人共怪我はしているが軽傷で大したことなさそうだ。
あの数を相手に大した連中だな。
カイルを先頭に妹、オカマがそれぞれ斜め後ろに位置を取る。
悪くない陣形だ。
カイル頼みな部分がネックっぽいが。
「ねぇカイル、ヤードはどうしたの?」
「あそこだ!」
「……なんでジャイアントスイング発動前みたいな状態になってんのよ。だいたいあれ誰?」
いけね、足持ったままだった。
離す。自由落下。
もちろん動かないヤード。どう見ても気を失ったままです。
「ちょっとちょっと! 回復なしでここ切り抜けろっていうの!?
いくらなんでもそれは無茶ってもんよ」
「私がやります」
カイルの後ろ。オカマと妹の間っこに陣取るアリーゼ&豚。
すでに戦闘態勢に入り召喚石を構えるアリーゼに対して、え、だれこの娘?状態のオカマと妹。
「こまけぇことはあとで説明する! 今は切り抜けるぞ!!」
「う、うん」
「はいはい」
はぐれ召喚獣滅殺パーティの開幕だった。
さて。
目の前にいるはぐれの大半はやっつけたわけだが、遠巻きに見ている連中はまだまだいるわけで。
俺も参戦し、ヤードも叩き起こしてアリーゼと一緒にピコリット連打してもらっていたが、魔力も尽きてこれ以上の援護は望めない。皆の疲労も激しい。ダメージよりも体力的な限界が先に来ている。
「くそ、倒しても倒しても次から次へと出てきやがる!」
「アイテムも手持ちの分は尽きてるわ」
「ピンチだよね……」
「私が!」
片膝をついていたアリーゼから淡い光が発される。
すわ、アリーゼ白化か!? と思われたがそれ以上変わる気配はない。
疲労困憊な状態で、できるものではないのだろうか。
ちなみにヤードはピコリットを限界まで使用してぶっ倒れている。
俺は周囲を確認する。
やっぱりあれを使うしかないのか。
気が進まないが、このままでは本当にやられてしまうだろう。
覚悟決めますか。男の子ですから。
「キュピピ!!」
俺が前に出て皆から離れると、豚が隣に並んだ。
一人から一人と一匹へ。心強いぜ豚よ。
「かかってこいやああああああああ!!」
俺の甲高い奇声に、はぐれ達が反応する。
アリーゼ達も反応してるっぽいけど、それはどうでもいいことだ。
はぐれ達に向かって右手の中指をおっ立てて、返す手で親指を下に向ける。
「ギギギギギ!!!」
意味が伝わったわけでもないだろうが気分の問題だ。
スキル、『挑発』。
敵の注意を自分に引きつける技。下手すると総攻撃を食らうから使い所を気をつけないとマジ死にます。
「ギギギギッギギギギ」
「ギーーーーーーー」
奇声を発し、それぞれが最短距離で俺に突っ込んでくる。
俺はその攻撃を一つ一つに対し、剣で、腕で、時には豚が受け流しながら、どうにかある場所へと誘導していく。
バシュゥッ!!
……痛ぅぅぅ!?
くそ! ゼリーの野郎、遠距離攻撃やめやがれ。ガードしきれねぇだろうが!
思わずゼリーに対して攻撃を仕掛けようとするが、前を行くサハギンが邪魔でどうにもならない。
ち、やっぱりゴリ押しじゃ無理だ。
冷静に相手の攻撃を受け流す動作にもう一度切り替え、ようやくはぐれを誘導することに成功した。
俺はダッシュでその場を離れて振り返る。
さて、それではお前ら、
「おさらばですよ」
剣を思いっきり投擲する。
剣は大量の火薬箱が固まってる地点に向かって放物線を描き、
ゴヴゥゥゥゥゥン!!!!
爆発、誘爆、大爆発。
はい、一丁上がり。
はぐれ召喚獣を追っ払った後、カイルから妹分(本当の妹ではないらしい)のソノラ、後見人のスカーレル(オカマではないらしい)の紹介を受けた。
ソノラは俺とアリーゼ+豚が客分として迎えられることに肯定的ではなかったが、先の戦いを通して信用をしてくれたらしい。
スカーレルに関しては二つ返事で歓迎された。話がわかるオカマで助かる。
ひとまず今日は各自休息することとなった。
死闘というほどではないが、とにかく疲れた。
とっととベッドに入って意識が遠くなってきたあたりで、隣の部屋のドアの開閉音。
夜も遅い、こんな時間になんの用だ?
放っておくか、追いかけるべきか。
そうそう迂闊な行動はしないと思うが昨日の行動を考えると……。
念のため様子を見ておいた方がいいか。
甲板。
アリーゼは夜空を見上げていた。
豚(キユピーと命名されていたが豚は豚だ)も一緒にいる。
声をかけようとしたが、アリーゼの背中を見たら何も言えなくなってしまっていた。
小さい。細い。
俺があのくらいの年のころ、果たしてどの程度物事を考えられていたのか。
あの娘は、この見知らぬ島へと流れ着いた状況をどのように考えているのか。
ヤードから剣に関する説明を聞いて何を思ったのか。
目まぐるしい事態の変化から一時でも開放された今、張り詰めた緊張の糸は切れてしまっていて当然だ。
アリーゼの横顔は、工船都市パスティスに向かう船の中で見せた表情と同じだった。
ホームシック。
マルティーニの屋敷のことを想っているのだろう。
夜空を見る彼女は、涙を流しているよりも、よっぽど泣いているように見えた。
「キュピピ」
豚が俺に気づいたらしい。アリーゼから俺のところに飛んできた。
アリーゼが振り返る。
「あ……」
「星、見てたのか?」
「はい」
俺の問いにアリーゼが微笑む。
……何を想ったらそんな笑みができるんだよ。
思わず顔が歪みそうになるのを必死で抑える。
誤魔化すため視線をアリーゼから空に向ける。
満天の星空だ。
「ここは、星が綺麗です」
「ああ」
「本当に……綺麗」
それきり、アリーゼは黙して星空を見つめていた。
……ホント、道は遠そうだ。