無限界廊の異端児
第9話 不協和音・送還編
普段は、生い茂った木々のために昼間でもあまり陽が射すことのない森の一画が、まるで虫食いのように荒地になっていた。
生い茂った緑の草も、青々とした葉も、どっしりと天に聳えていた幹も、果てはそれらが生えていた大地すら無惨に抉られている。
「酷いもんだ。名も無き世界じゃ、こういうのを『環境破壊』っていってさ、主に人間社会が起すもんなんだけどな」
薙ぎ倒された木々を眺めながら歩く真樹は、独り言のように呟く。
しかし、その表情はどこか気が抜けているようにも見える。
「あのねぇ、少年。もうちょっと緊張感持てない?」
真樹が独り言のつもりで呟いた言葉に隣を歩いていたメイメイが呆れたように注意する。
そんなメイメイに真樹は、非難がましい視線を向ける。
「いやさ。蟲退治は、アティたちと島の住人たちが打ち解けるための通過儀礼みたいなもんだって。普通に戦ってもあの人らだけで対処できるはずだし、いざとなったら『碧の賢帝』 があるんだしさ。ここで出て行ったら想定外のことが起こるかもしれんだろ?」
「だめよぉ。もしかしたらってこともあるかもだし、始めから先生たちと協力するの。それに『封印の魔剣』の使い過ぎは危ないって君も承知してるでんしょう?」
真樹の愚痴にメイメイは、忠告モードの真面目な口調で諭すように言う。
「確かに、尤もな意見ではある。しかし、……何故に視線を逸らす」
ジト目の真樹と視線を合わせようとせず、妙な汗を垂らすメイメイ。
「そ、それは~、……乙女のひ・み・つ」
困った時の乙女のひみつと共に酔いどれ風味に頬を火照らせながらしなを作るメイメイに真樹はため息交じりに項垂れる。
「ま、別にいいけどさ」
「うんうん、素直でよろしい! ご褒美にいいコいいコしてあげちゃう!」
妙に疲れきった表情の真樹の頭をメイメイはぐりぐりと撫で回す。
普段であれば、喜んで擦り寄るか、鬱陶しそうに払いのけるかなのだが、今の真樹にそれだけの気力は無かった。
『神刀・布都御魂』の試し斬りに無限界廊へ出かけていた真樹が店に帰って来るとメイメイは有無を言わさず、森へと引っ張って行った。
荒れ果てた森は、この島の中心部に遺跡『喚起の門』から新たに召喚されてしまった『召喚蟲ジルコーダ』の仕業だった。
そして、元凶であるジルコーダが確認されると事態を重く見た護人たちが、戦える者たちを『集いの泉』に集めた。
集まった者は、各里の護人たちとアティたち。
それ以外の島の住人たちは、自分たちの集落の防衛に回っている。
「ジルコーダ……メイトルパの言葉で『食い破る者』って意味だ」
ユクレス村の護人ヤッファが、幻獣界メイトルパの魔獣であるジルコーダの詳細を皆に説明し始めた。
その表情からも事態は、一刻の猶予もないことが窺える。
「辺境に棲息している虫の魔獣なんだがな。興奮状態になるとその鋭い牙で、周囲のものを手当たり次第に噛み砕いて回る。しかも、その興奮は仲間へと伝染して回るから、最悪よ」
最悪という単語に合せてニヤけて見せるヤッファだが、それに「どうしようもない」というニュアンスが含まれていることは明らかだった。
「そんな物騒な連中が、なんで唐突に出てくんのよ!?」
真っ先に声を上げたのは、ソノラだった。
まだ直接ジルコーダを見ていないソノラたちには、ヤッファの説明だけ聞いていると最悪の事態であるということしか解らない。
『喚起の門』の説明を受けていなかった海賊たちは、そのジルコーダが何故、何時の間にこの島に現れたのかを知らない。
そんな彼らに大きな鎧が前に進み出て静かに説明する。
「アラタニ……ヨバレタノダロウナ。カンキノ、モンノボウソウデ……」
まるで声帯を介していない。無機質な声色の鎧、ファルゼンの言葉にソノラを始め、海賊たちが首を傾げる。
しかし、召喚術に精通したヤードは、すぐさま何が起きたかを理解した。
「つまり、誓約の果たされていない『はぐれ召喚獣』として、この島に召喚されてしまった存在というわけですか……」
ヤードの理解をファルゼンも無言の頷きで肯定した。
ジルコーダ召喚の経緯を皆がある程度理解すると、控えていたヤッファも進み出た。
「過去にも、こういったことはありました。しかし、今回ばかりは事態が深刻です」
「ああ。ヤツらは、とてつもない勢いで増える。エサとなる植物がある限りな。この島は、ジルコーダにとって最高のエサ場だ」
ジルコーダという存在の恐ろしさが次々に明かされ、アティたちの顔にも不安の色が見え隠れする。
「このまま行けば、島の自然は破壊されつくされてしまう」
アルディラも普段より数段緊張した面持ちでアティたちに視線を向ける。
「それを防ぐ為にも貴方達の力を貸してもらいたいの」
アルディラの言葉にアティたちは、皆頷いた。
もとより、そのつもりでこの場に集まった者たちなのだから、今さら怖気づくような者はいなかった。
増殖し続けるジルコーダを排除すべく、ジルコーダの巣がある廃坑の入口までやってきていた。
目標は、ジルコーダたちの女王蟲。女王さえ倒せば、ジルコーダの増殖は止まる。その後、残りのジルコーダを駆逐する。
作戦は、二手にわかれ、一方が他の蟲を巣から引き離し、その隙に、もう一方が女王を退治する。
「さ~て、カモン、少佐!」
ジルコーダたちが蠢く廃坑の前で、真樹は黒色のサモナイト石が輝くペンダントを掲げて叫ぶ。
すると虚空が歪んだかと思うと鋼鉄の躯体を持つ機械兵士、ヴァルゼルドが現れた。
「到着であります!」
デカイ図体できっちりと敬礼するヴァルゼルド。
始めから連れて来れば早いはずだが、たまにはサモナイト石での召喚もしておかなくては、いざという時に感覚が鈍る。という真樹の持論により、今回のヴァルゼルドは、呼び出しが掛かるまでラトリクスで待機していたのだった。
「よっし。早速で悪いが、第ニ兵装いってみようか!」
「了解であります、大佐殿!」
女王討伐部隊は、アティと海賊たちにキュウマとヤッファが加わる事になった。
そんな彼らを巣の中へ安全に進ませる為、防御シールドを使って巣の最深部までヴァルゼルドが護衛することになった。
「大丈夫なのか?」
ロレイラルの科学技術を目の当たりにする機会が少ないカイルたちは、真樹とヴァルゼルドの微妙にハイなテンションに不安を隠せない。
カイルたちの微妙な眼差しを気にする事無く真樹は魔力を集中してヴァルゼルドにエネルギーを送り続ける。
「ドッキング完了。アンチ・マテリアル・シールド全方位展開」
鈍い輝きを放つ二枚の盾がヴァルゼルドの背後に浮遊し、その盾の表面が鏡のように光を反射すると周囲に不可視の壁が生まれる。
「すげぇな、おい! 本当に『見えない壁』があるぜ」
「ホントだ! ヴァルゼルドって言ったっけ? アンタすごいじゃん」
ロレイラルの科学力にカイルとソノラが兄妹揃ってはしゃぎ出す。
緊迫感に欠けるが、緊迫状況でもある種の余裕めいた反応に他の者たちも自然と強張っていた表情が和らいでいた。
しかし、必要な分の緊張感はしっかりと残している。
「ジルコーダの巣の規模を考えると戦闘は避けた方が良いわ。稼働時間にも気をつけなさい」
ヴァルゼルドの兵装は、ロレイラルから召喚したものであるが、ロレイラルの知識を持つアルディラもその性能を把握している。
いかに物理攻撃手段しかないジルコーダ相手でも全方位シールドを展開していれば、エネルギーが尽きる。
本来、砲撃タイプのヴァルゼルドを廃坑という限定された戦闘地域に出撃させることが間違っているのだが、今回の真樹の役割を考えればそれが打倒だった。
不本意ではあったが、真樹本人も不測の事態というものを避ける為、絶対の信頼を寄せる自身の護衛獣をアティたちに付かせることを強く勧めた。
「皆を頼むぞ、ヴァルゼルド」
「は! 行ってくるのであります」
「おう」
ヴァルゼルドのシールドにより、ジルコーダの群れが次々と押しのけられていく。
アティたちを見送った真樹、アルディラ、ファルゼンは、廃坑の入口で大量の、視界を埋め尽くさんばかりのジルコーダに囲まれていた。
「さて、陽動担当な俺たちが、ほとんどのジルコーダを引き寄せちまったな。まあ作戦通りだけどさ、効果有り過ぎだよ、ししょー」
投げやり気味に呟いく真樹の掌の上では、アティたちに付いて行ったメイメイからの餞別が怪しい光を放っている。
蟲を引き寄せる効果のある宝珠とのことで、護人たちから前もって注文を受けていた物だった。
「こんなトンデモアイテムがあるなら、殺虫剤くらい取り扱っててもいいのに……。バ●サンとか、●ンチョールとかさ」
「認識できない言語を呟くのは止めてちょうだい。お願いだから今回ばかりは、真面目にして!」
召喚術をジルコーダの群れに放っているアルディラが切羽詰った様子で叫ぶ。
詠唱時間、無防備になるアルディラを守るためにファルゼンが大剣を振り回し、ジルコーダの硬い甲羅ごと叩き割っている。
「ココマデ、アツマルトハ……」
「ええ。陽動とは、言っても巣に居るすべてのジルコーダを引っ張り出すつもりはなかったのに」
そもそも廃坑に突入する方が危険だというのは理解できる。
しかし、外で陽動を受け持つのが、たったの三人とは間抜けとしか言いようがない。
これでは、たとえ宝珠に引き寄せられたジルコーダが、アルディラの想定数だったとしても、ファルゼンと二人で陽動を続けるのは困難だっただろう。
「はいはい。二人ともちょっとそこ退いててね」
ジルコーダ寄せの宝珠を持っていた真樹が、陽気な調子の声でアルディラとファルゼンを両手で押しのける。
「ちょ、邪魔、ってマキ!」
不真面目な態度の真樹に、現状に焦るアルディラが苛立ちを隠しもせずに睨みつける。
しかし、真樹は宝珠をアルディラに手渡すと腰に挿していた刀の柄に手をかけてジルコーダの群れを見据える。
「ドウスル、ツモリダ……」
片手で真樹に押しのけられ、それに違和感を覚えたファルゼンが、ジルコーダの群れを大剣で薙ぎ払いつつ問う。
そんなファルゼンの問いにも真樹は、口の端を吊り上げて小さく囁いた。
「……ただの蟲祓いだよ」
言うが早いか真樹が腰の刀を振り抜いた。
『Gyshaaaaaaaaaaaaaaaッ!!』
「んなッ!?」
「ッ……!?」
アルディラとファルゼンは、なにが起きたのか一瞬理解できなかった。
「さ、残りは地道に一匹ずつ潰していこう」
呆然とする二人を他所に真樹は、廃坑の入口から疎らに這い出てくるジルコーダを退治していく。
「マキ……貴方、一体何をしたの?」
「アトニシロ、あるでぃら」
「え、ええ……。スクリプト・オン!」
今だ呆然とするアルディラを先に立ち直ったファルゼンが大剣を振るいながら注意する。
ファルゼンの声にアルディラも召喚術を使ってわずかなジルコーダを潰していった。
その後、一時間程すると女王を退治したアティたちが戻ってきた。
巣の中に居たほとんどのジルコーダが外へ向かって移動し、彼女たちは拍子抜けするほどあっさりと最深部まで辿り着いた。
そして、女王とそれを守るように残っていた十数匹ほどのジルコーダを相手にしたという。
アルディラとファルゼン、そして真樹が相手にしたジルコーダの数は、優に数百匹に届いていた。
陽動にしては、度が過ぎた数だったが、アルディラとファルゼンは、その事実をアティたちに告げる事はなかった。
アルディラたちにも理解し難い出来事であったこともあるが、それまでの真樹という少年の印象が間違っていたということに困惑したのだった。
ジルコーダ退治を終えた一行が、マルルゥがユクレス村に用意した宴会場でドンちゃん騒ぎをしている様を遠くから眺める者が居た。
「ふむ。王の力を正しく繰る者が現れたか。エルゴたちの加護を受けていないようだが……。まったく、メイメイも困った輩をかこったものよのぅ。さて、吾はどうしたものか」
夜風に着物の裾が靡き、美しく長い髪も宴会場の灯りに照らされ、淑やかな艶に彩られている。
「あれほど大規模な送還術を行うとなると、吾にも御しきれぬやもしれぬ。まったく、世の中上手くいかないものじゃ」
本日の真樹のパラメータ
Lv.87
クラス-黄昏の魔剣師
攻撃型
横・短剣(千斬疾風吼者の剣)、横・刀(銘刀サツマハヤト)、横・杖(怨王の錫杖)投・投具(柳生十字手裏剣)、射・銃(NC・ブラスト)
MOV7、↑5、↓6
耐性-機・大、鬼・大、霊・中、獣・小
召喚石6
防具-軽装(英傑の鎧-軍装ver)
特殊能力
誓約の儀式(真)・全、送還術
見切、俊敏、先制、闘気、バックアタック、ダブルムーブ、勇猛果敢、心眼、絶対攻撃、狙い撃ち
異常無効<狂化・石化・沈黙>、アイテムスロー
サルトビの術、真・居合い斬り、フルスイング・改、ストラ、バリストラ、憑依剣
特殊武装-縦・刀(神刀・布都御魂)
召喚クラス
機S、鬼S、霊S、獣S
護衛獣召喚石(固定)
・ヴァルゼルド
召喚魔法名
ユニット召喚:参戦:C:いつでもどこでも「カモン、少佐(ヴァルゼルド)!」
スパーク:攻撃:C:放電の強化版
衛星攻撃・β:攻撃:B:範囲攻撃
第二兵装:防御:A:協力召喚によって機界ロレイラルからヴァルゼルドの追加兵装を召喚。対物・対召喚術防御障壁。
第三兵装:攻撃:S:協力召喚によって機界ロレイラルからヴァルゼルドの追加兵装を召喚。極太レーザー。
装備中召喚石
機神ゼルガノン、ヴァルハラ、天使ロティエル、聖鎧竜スヴェルグ、龍神オボロ、ジュラフィム
オリ特殊能力解説
<主人公>
誓約の儀式(真)・全-誓約者と同じ召喚法。
送還術-誓約に縛られていない異界の存在ならば強制的に元の世界に送り返すことができる。今回の大規模送還は、全MPを使用。
真・居合い斬り-見よう見真似の居合い斬り。本家本元にも引けを取らない威力に成長。
フルスイング・改-横切りタイプの攻撃力が1.5倍になる。
憑依剣-武具に異界の力を憑依させる憑依召喚術の発展技術。
オリ武器解説
<神刀・布都御魂>
パラメータ変化
AT:200 MAT:280 TEC:50 LUC:50 CRT:30
備考
鬼属性憑依剣攻撃力2倍。
メイメイが愛用していた刀。鬼妖界シルターンのエルゴの加護を宿している。