無限界廊の異端児
第7話 運命改竄・崖崩編
場所は、竜骨の断層。
それなりに傾斜のある崖の断面から巨大な生物の骨が突き出ており、さながら骨の檻。
人間ならば普通にすり抜けられるようなちゃちな檻だが、戦場となった場合、他の場所より高低の有利不利が格段に増す。
下から攻める場合、崖を上るには骨の隙間を抜けて進まなくてはならず、足場も悪く回避運動も取り辛い。
もし崖の上や中腹の開けた場所に陣取っていれば、上って来る敵が骨の隙間を進んできたところを銃や弓、召喚術で狙い撃ちすれば良い。
つまり、下から攻める側は、多少のダメージを覚悟して速攻で相手の陣地まで駆け上がるか、崖を迂回して逆に上を取るしかない。
しかし、竜骨の断層を迂回するには深い森を通らなくてはならない。
もし、前もってそこが戦場となる事を知っていれば伏兵を忍ばせておく事もできるが、何らかのイレギュラーで突然そこで戦わなくてはならなくなった場合は、諦めるしかない。
そして、そのような状況が今まさに現実になろうとしていた。
「実際、大人気ないよな。高地を取るのは基本だけどさ、数で勝ってて人質までとってるのに……」
事が起こる正確な日時を把握していなかった少年は、騒ぎを聞きつけすぐにその場へ駆けつけ、眼下に広がる帝国軍の部隊を眺めていた。
その場と言っても、崖の上ではなく竜骨の断層の上空100mの位置である。
飛行形態のヴァルゼルドの背に乗って手にしたアルディラ特製の望遠鏡で、アティを待っている帝国軍を観察しているのだった。
因みに、最新装備のステルス機能により下から少年たちを見つける事は出来ない。
もっとも、視覚で捉えられないだけで、ラトリクスの住人であればセンサーやレーダーで察知することも可能である。
実は、ラトリクスの技術力を持ってすればセンサーにも引っ掛からないようなステルス機能も付けられるのだが、アルディラとクノンの連名によって却下された。
ヴァルゼルドは大丈夫なのだが、その主人である名も無き世界からやって来た少年に完璧なステルス機能を与えてしまうとどんな悪さに使うか目に見えているのでそれも致し方ない処置であった。
「いい加減にしやがれ! このクソガキがッ!!」
遙か下方で1人の帝国軍人が叫ぶ。
顔に大きな刺青を施したいかにも柄の悪い風貌の軍人に詰め寄られ、捕まっている少女が怯えている。
「何を聞いてもだんまりばかりで、一言も喋らねえ。痛い目を見ねェとわからねェか? あァッ!?」
柄の悪い軍人の態度は、明らかに年端も行かぬ少女に対するものではない。
端から見ても、恥ずかしいほど子悪党っぷりが様になっている。
帝国軍部隊の副隊長であるギャレオがその軍人に注意し、それに彼らの隊長であるアズリア・レヴィノスも尋問の必要はないと言う。
「大佐殿……」
これからの出来事を知らされていないヴァルゼルドが囚われの少女を心配して、主に伺いをたてる。
「まあ、関わらんでも大丈夫なんだけどな。よし、ちょっくらお助けマンしてくるかなっと」
まったく緊迫感のないことを言ってヴァルゼルドの背から少年はいきなり飛び降りた。
「た、大佐殿!」
少年の突発的な行動はいつものことなのだが、ヒヤヒヤさせられるのヴァルゼルドはなれる事は出来ない。
つい先日も飛行中に落下して大怪我を負ったばかりなのだから、その心配も仕方がない。
「ヴァルゼルドは、そこで待機してろ。アレくらいの数なら俺1人で十分だ」
そう言われては、ヴァルゼルドも引き下がるしかない。
少年が、この島に来てそろそろ2年が経とうとしている現在。
その戦闘力は、少年の仮の師であり、年齢不詳正体不明の酔いどれ占い師のメイメイでなければ直接戦闘で拮抗できる者はヴァルゼルドのデータバンクには存在しない。
この島を守る護人たちでさえ軽くあしらえるレベルに達している。
いかに訓練された軍隊であっても、殲滅する方法はいくらでもあるのだ。
「何だ、アレは……ッ!?」
軍人の1人が空から降ってくる影に気付き、指差す。
その指の先を他の軍人たちも見上げるとその影は、既に着地体勢を取っていた。
「は……ッ? グベェ……ッ!?」
ちょうど真下に居た柄の悪い刺青の帝国軍人、ビジュの首がいい感じの音を立てて曲がった。
「いい年した大人が寄って集って、ロ……じゃなくて、幼じ……じゃなくて女の子を虐めるなんて、恥ずかしくないんですか?」
着地のクッションにつかったビジュの上で何気にキザったらしいポーズをとりながら大人びた声色で周囲の帝国軍に向けて言う。
「こ、子供……ッ!?」
いきなり振ってきたよく分からん闖入者が、捉えていた少女とそれほど変わらぬ年頃の少年であることに驚きが広がる。
少年は、アズリアたちが纏う軍装に似た服装に身を包み、その腰にはシルターンの刀を差さしている。
「あ、あの……?」
潰れたビジュの上に立つ少年の背後から恐る恐るといった感じで少年の袖を掴む囚われていた少女、アリーゼ。
直接の面識はまだなかったが、少なくとも突然現れたこの少年は自分を助けにきてくれた存在であるのだと思ったようだ。
少年自身もそういう演出している部分があるので、いまだ怯えた様子のアリーゼに柔らかな笑顔で応える。
「もう大丈夫。君は、僕が守るからね」
一人称すら変えて微笑む少年にアリーゼはようやく安堵したように表情を弛める。
「貴様は、何者だ? この島の者か?」
わけの分からん少年の登場に動揺する軍人たちの中で、ひとり冷静に観察していたアズリアが前に進み出て訊ねる。
「あ、初めまして。お姉さん、美人ですね。ちょっとそこまでお茶しに行きません?」
にっこり笑顔で再びわけの分からん空気を周囲に撒き散らす少年。
いきなりお茶に誘われたアズリアはもとより、副官のギャレオやその他名無しの帝国軍人さんたちもリアクションに困っている。
少年が現れてから周囲から緊迫という単語が完全に払拭されており、少年とその他の人達のテンションには修正不能な温度差が出来ていた。
「……コホン。さて、俺の目的はこの子を助けるだけなので、もう帰っても良いですか?」
さすがに周囲との温度差に耐えられなくなった少年は、わずかに頬を染めて言う。
少年がテンションをわずかばかり下げたおかげで、周囲もようやく我を取戻す。
「そうはいかん。あの者が来るまで、その少女には、ここに居てもらう」
ビジュの報告からアティがこの島に来ていることを確信していたアズリアは、部隊に合図を送って少年たちの退路を塞がせる。
「ねえ、帝国軍の隊長さん。もしかして、状況を飲み込めていないんですか?」
周囲を屈強な軍人たちに囲まれて再び肩を震わせるアリーゼを背に庇いながら少年は、動じた様子もなく言う。
「状況が飲み込めていないのは、君の方だ。大人しくしているならば、我らも危害を加えたりはしない」
挑発とも取れる少年の物言いは相手にせず、あくまでも冷静に言い含めようとするアズリア。
アズリアの言うとおり、大人しくしていれば十分無事に帰ることが出来る。
しかし、そうなると後から来るアティたちとアズリアたちの戦いになる。
それらをすでに知っている少年は、当初より計画していた別ルートへの第一歩を踏み出す事にするのだった。
「そうですか。では、力ずくでも道を開けてもらいますね」
「きゃ…ッ!?」
言うが早いか、少年はアリーゼを抱えて人間離れした跳躍で帝国軍の囲いを飛び越え、崖から真上に突き出していた竜骨に飛び乗った。
「ヴァルゼ」
「ここにいるであります!」
「へ?」
「何だアレはッ!? ロレイラルの召喚獣か!?」
少年が呼びかけるより早く、ステルスモードを解いたヴァルゼルドが虚空より現れた。
目の前に突然現れた喋る飛行機械にアリーゼは目を点にして、眼下の帝国軍は、銃や召喚術で攻撃準備をし始める。
「ヴァルゼルドは、この子をアティのところに連れて行っといてくれ。俺は、軍人さんたちを懲らしめとくから」
「了解であります」
帝国軍が威嚇程度の攻撃を始めるが、少年は気にした風もなくヴァルゼルドに言う。
ヴァルゼルドも主人の頼みごと=任務ができた以上、やるべきことを間違えたりはしない。
「無茶です! あんなにたくさんの軍人さんを相手に1人でなんて」
少年に抱えられていたアリーゼがオドオドしながら言う。
自分と同じ年頃の少年が一部隊といえど、軍人相手に戦って無事で済むはずがないとアリーゼは思い心配するが、少年にとってそれは予想し得た言葉だった。
「大丈夫。今の俺は、すっごく強いからね。君は、早く帰って先生さんと仲直りしないと駄目だろ?」
「え、何でそのことを……?」
少年の方は、いろいろと知っていたり、遠目に観察したりとアリーゼたちの事情を知り尽くしているが、アリーゼはこの少年を知らない。
見知らぬ少年が、1、2時間ほど前の自分たちのことを知っていることにアリーゼは首を傾げる。
そんなアリーゼに少年は再び、優しい笑顔を取り繕う。
「細かい事は気にしない! さ、早く行ってくれ、ヴァルゼルド」
「了解であります!」
「あ、あの貴方の名前……ッ!」
ヴァルゼルドに乗りなれないアリーゼのためにそれほど早くない速度で発進したヴァルゼルドの背からアリーゼが少年へ声をかける。
見ず知らずの名前も知らない少年は、アリーゼの叫びを背に受け、帝国軍のど真ん中へと飛び降りていく。
その頬には、満面の笑みを讃えている。
「良くぞ、聞いてくれた!」
「へぎゃああアァ…………ッッッ!!」
再び、着地のクッションにされたビジュの断末魔に帝国軍は、ようやく少年の異様さを感じ始める。
着地を終えた少年が腰に差した刀に手を掛けると周囲に居た数名の帝国軍兵士が各々の武器を手にして少年に襲い掛かった。
『オオオォォァッ!!!』
四方から迫り来る刃に少年は、動じず刀の柄に手を沿えて身を屈める。
そして、いくつもの兇刃が少年の身体を引き裂くかと思われた瞬間――
『ぐぬぁああァァッッッ!!?』
野太い叫びを上げたのは、四方から襲い掛かった兵士たちだった。
少年の姿がブレたと思った瞬間、屈強な兵士たちが面白いように四方へと弾け飛んで崖や竜骨に激突し、崖を転がり落ちたりして行った。
襲い掛かった兵士1人をとっても、少年の倍はあろうかという体格だった。
それが、一撃で全員を吹き飛ばされてしまった。
事ここに至って、アズリアも先の少年の発言が言葉通りであることを理解した。
「貴様、一体何者だ……?」
すでに相手を子供だと軽んじるつもりのないアズリアが、自らも剣を取って少年に問う。
他の兵士たちも各々の武器を構え、油断なく少年を睨みつけている。
「俺が何者かだって? ふふふ、ようやく俺も名乗る時が来たな」
抜刀していた刀の切先を下ろし、周囲の兵士たちに強烈なプレッシャーを与える少年は、静かに名乗りを上げる。
「俺は、上す――
「ご無事ですか、大佐殿!」
「大丈夫でしたかッ!? あれ? 貴方……アズリア!?」
「やっぱり帝国軍か!」
「へぇ、子供相手にマジになっちゃってるじゃない」
「君、大丈夫だった? 後は、あたしたちにまかせて!」
「まさか、護送部隊がほとんどこの島に流れ着いていたなんて」
「間に合ってよかった!」
――………………」
少年に気を取られていた帝国軍兵士たちの囲いを外から突破して、先ほどアリーゼを送っていったヴァルゼルドが、女教師やら、海の男やら、オネエやら、トリガーハッピーやら、地味な召喚師やら、今し方逃がしたばかりのロリータやらを引き連れて、主人の危機?に参上した。
いい具合に緊迫し始めていた周囲に再び、温度差が生じ始める。
「おい、ヴァル」
「おお、それは愛称というやつでありますか大佐殿!」
主を心配して駆けつけた割りに新たな呼び名で呼ばれたヴァルゼルドは嬉しそうに少年の側へと駆け寄る。
ガシャガシャと鋼の身体を鳴らしてやって来たヴァルゼルドに少年は、すごくいい笑顔で一言だけ――
「速すぎッッ!!」
「gerguiabudyraorolッッッッ!!??」
物凄く鈍重な打撃音と共にヴァルゼルドの巨体が、先の帝国軍兵士と同じく近くの竜骨に激突した。
小気味良い電子音と金属音、それにヴァルゼルドが激突した竜骨がへし折れ、その衝撃の余波によって竜骨の断層全体に地響きが広がる。
「ここは、危険よ! 皆、早く避難して!!」
「は、はい! アリーゼちゃん、急いで」
「はい、先生!」
「ちくしょう! いきなりかよ!」
「あの子、とんでもない怪力ね」
「わひゃあぁぁぁ…ッ!?」
「皆さん、あちらの方が崖崩れが起きても被害が少ない!」
アティたちと一緒に来ていたアルディラの警告に皆一糸乱れぬ動きで撤退していく。
「総員、撤退!」
『了解!』
帝国軍もアズリアの号令の下、あっという間に撤退していく。
その辺に転がっている潰れたビジュを回収し忘れているようだが、戦闘行動中の行方不明などざらにあることだ。
そして、崩れ始める竜骨の断層には、ようやくやってきた名乗りの瞬間を奪われて怒り狂う少年とその少年の怒りの攻撃から音声になっていない電子音を響かせながら逃げ惑うヴァルゼルドだけが残されたのだった。
本日の主人公(真樹←!?)のパラメータ
Lv.70
クラス-無名のコメディアン(半人前以下)
攻撃型-横・短剣(千斬疾風吼者の剣)、横・刀(銘刀サツマハヤト)、横・杖(怨王の錫杖)、投・投具(柳生十字手裏剣)、射・銃(NC・ブラスト)
MOV7、↑5、↓5
耐性-機・中、鬼・中、霊・中、獣・小
召喚石5
防具-軽装(英傑の鎧-軍装ver)
特殊能力
誓約の儀式(真)・全、送還術
見切、俊敏、闘気、バックアタック、ダブルムーブ、アイテムスロー・強
サルトビの術、居合い斬り、フルスイング・改、ストラ、バリストラ
召喚クラス
機S、鬼S、霊S、獣S
装備中召喚石
ヴァルゼルド、ヴァルハラ、天使ロティエル、聖鎧竜スヴェルグ、ジュラフィム
本日のヴァルゼルドのパラメータ
Lv.50
クラス-鋼鉄の銃士
攻撃型-突・ドリル(勇者ドリル)、射・銃(NC・ブラスト)
MOV5、↑4、↓4
耐性-機・大
召喚石2
防具-装甲(ヴァテック125)
特殊能力
スペシャルボディ、威圧、放電、衛星攻撃・β、浮遊、潜水、ドリろッ!、モード・チェンジ!
召喚クラス
機A
装備中召喚石
ドリトル、反魔の水晶
オリ特殊能力解説
<主人公>
誓約の儀式(真)・全-誓約者と同じ召喚法。
送還術-召喚術の前身となった正しき術。相手の召喚魔法を強制的にキャンセルする。
アイテムスロー・強-6マス先までアイテム使用が可能。ただし、隣接していると対象にダメージと与え、アイテムが壊れる。
居合い斬り-見よう見真似の居合い斬り。
フルスイング・改-横切りタイプの攻撃力が1.5倍になる。
<ヴァルゼルド>
ドリろッ!-直線3マスに突進攻撃
モード・チェンジ!-陸海空全てに対応した形態に変形可能。
あとがき
どうも長らくお暇を貰っておりましたこのSS作者、もにもにです。
いい加減主人公の名前を出さないと文章が書きづらいと思っていたのに気付けば持ち越ししちゃってました。
本当は、一、二話で名乗るはずだったのが気付けばすでに七話。
このまま名無しで続けるのは正直つらい!
ということなので、あとがきという形で主人公の紹介文をばひとつ。
名前:上杉 真樹(うえすぎ まき)
年齢:13~15歳(外見)
身長:158cm
体重:48kg
クラス:来訪者→なんちゃって召喚師→送還術師→無界の剣術師(裸な大佐)→覚醒のセクハラナイト
成長 HP:A MP:A LUC:100 AT:A DF:C MAT:S MDF:B TEC:A
移動能力-距離:7 下段:5 上段:5
耐性-機・中、鬼・中、霊・中、獣・小
召喚石-3→5
装備タイプー縦・短剣→横・短剣、横・刀、横・杖、投・投具、射・銃、軽装、着物、ローブ
当たり障りのない名前……かな?
とにかく、名前は始めから決めていたのに名乗らせるタイミングを完全に逸してしまった作者の落ち度。
こんな形で強引に紹介することをお詫び申し上げます。
一応の終りは考えてあるので、時間は掛かると思いますが完結までは辿り着ける予定なので、それまでお付き合いいただけるよう頑張ります!