喚起の門最下層に座する核識の間。
この島で死んだ魂の全てが吸い寄せられた核識の間は、混沌の渦と化している。
幾千の霊魂を束縛し、共界線から絶大な魔力を吸い上げるディエルゴの身体は、数多の霊体を取り込みながら蠢いている。
定型を失ったディエルゴの巨大な腕や大蛇のように蠢く亡霊たちで構成された触手が小さな大敵を呑み込もうと暴れている。
「斬っても斬ってもきりがない、なっ!」
いきなり全身を包む核識の魔力攻撃を自身の魔力を瞬間的に放出することで耐える真樹は、碧の賢帝をふるって巨大な腕や大蛇を斬り裂きながらディエルゴの本体へと攻撃を続けている。
封印の魔剣による攻撃は確実にディエルゴの力を削っているが、亡霊を取り込み、尚且つ共界線から魔力供給を受けるディエルゴは削られる先から再生し、さらに真樹の攻撃に勝る速度で力を増幅させている。
「マキ……一度、引くんだ」
ディエルゴに囚われたイスラが虫の息で言う。
イスラとヴァルゼルドをディエルゴから引き剥がすまで大規模な攻撃を撃てない真樹は、どうにかしてイスラたちの元へ辿り着こうとするが、碧の賢帝や紅の暴君を通して真樹の力を感じたディエルゴがそれを許すはずもない。
「引けって言われて、引ける状況じゃないだろ!」
行く手を阻むディエルゴの攻撃を回避し、防御し、迎撃しつつ駆け回る真樹は、息を乱しつつ叫んだ。
無尽蔵とも言える魔力を放出し続ける真樹が、息を乱している。
これまで一度としてなかった真樹の状態にイスラは今の状況が切迫していることを理解した。
イスラとヴァルゼルドがいる状態では、真樹の最大魔力による召喚術を放つことはできない。
点や線による攻撃では、ディエルゴの再生速度を上回ることはできない。
いくら厖大な魔力を有する真樹でも魔力的・肉体的な限界はある。
「引くんだ、マキ。このままじゃ、いくら君でもこいつには勝てない」
「足手まといは黙ってろ!」
飄々とした調子を崩すことのない真樹にしては珍しい強がりと罵倒を受け、イスラはより強く叫ぶ。
「聞くんだ、マキ! まず共界線との繋がりを絶つんだ! そうすれば――」
真樹にディエルゴの弱点を伝えるイスラだったが、それを遮るように数多の亡霊の腕がイスラを呑み込み、ディエルゴの身体の中へと引きずり込んだ。
「イスラッ!」
ディエルゴに飲まれるイスラは、ついに紅の暴君との結合が解かれ、その手から魔剣を落とした。
「共界線との繋がりを絶つって言われてもな。どうしろってんだ」
イスラの手を離れた魔剣は、ディエルゴに取り込まれることなく宙を漂い紅い輝きを明滅させるキルスレスに真樹が手を伸ばす。
「魔剣が増えて攻撃力も2倍って、上手くいくはずもないか」
衰えることがないディエルゴの攻撃を斬り払いながら真樹は、台座の周囲を回るように移動する。
イスラが取り込まれ、ヴァルゼルドも機能停止状態でディエルゴの台座付近に埋もれている。
真樹が好む打撃や斬撃が徹り難く、最上位召喚術の連発による殲滅戦法も人質がいる以上できない。
一人で対処できない戦いがあることを知る真樹だが、クリプスに接続した状態のディエルゴを放置するということは、真樹以外の者たちに攻撃の手が伸びる可能性があるために撤退するという選択が取れない。
「……何も最後の最後で想定外が出てこなくてもいいだろうに」
核識としての魔力と擬似的なエルゴとしての能力を持つディエルゴの影響力は島全体に及ぶ。
真樹がこの場を離れるということは、その力の焦点が外へと向かうということ。
島民達は、カイル一家の海賊船が停泊している海岸に避難しているが、いざという時に全員を乗せて海に避難できるほどの許容量は海賊船にはない。
戦える者はいるが、島全体が意思を持って襲い掛かってくれば対応しきれない。
アティやレックスは魔剣を失い、ディエルゴが共界線から魔力を際限なく取り込んでいる現状では、護人たちの力も減退する。
この状況で真樹が核識の間を離れてしまうとディエルゴの力の矛先は、外の者達にも向くことになる。
「そればっかりは、許すわけにはいかないんだよな。……まったく、こんなシリアスはいらねーって、お?」
幾百もの亡霊たちで構成された巨腕や大蛇による攻撃を掻い潜り、斬り払いながら悪態を吐いていた真樹は、あることに気付く。
「……試す価値はあるな」
キルスレスを腰帯に挿し、シャルトスを両の手で力強く握りなおした真樹は、特徴的な複数の◎模様で構成された巨腕の一つに斬りかかった。
Guou…ッ!?
それまでの力任せな斬撃から狙い済ました一閃へと切り替えて攻撃してきた真樹の変化にディエルゴが焦りの呻きをもらす。
真樹の一撃が◎模様の巨腕を引き裂く。
それと同時にディエルゴが聳え立つ台座の袂に突き出ていた突起物が緑色に変化した。
「ビンゴォ! 機界に在りし、鋼の盟友よ! 呼びかけに応えろ!」
変化した物は、ディエルゴが共界線から力の供給を受ける為に必要な制御装置。
現在のディエルゴを形成する核識の負の感情が凝縮された◎模様を破壊することで制御装置を守る結界が弱まる。
「こんな基本的なことを忘れてたなんてな!」
勝機を手に真樹は、常人離れした魔力を凝縮させ、機界ロレイラルへと繋がる門を開く。
「敵を撃ち砕け! ナックルボルトォォ!!」
真樹の呼び掛けに応え、ロレイラルより招かれた機械兵士と呼ぶにはあまりに巨大な鋼の巨人ナックルボルト。
膨大な魔力を燃料に唸りをあげる鋼の拳が狙い違わず緑色に発光する制御装置へと突き刺さる。
グぬォぉォ…ッ!!
ナックルボルトの拳が制御装置を周囲の亡霊を巻き込んで跡形もなく消し飛ばした。
「相変わらず、すっげぇ威力だ。ホント頼りになるぜ、ありがとなナックルボルト!」
要請に応えてロレイラルへと帰還するナックルボルトに真樹が片手で挨拶するとナックルボルトもそれに応える動作を示してあるべき世界へ戻った。
グるおオオぉぉォぉォ…ッ!!
真樹の攻勢にディエルゴが咆哮を上げて亡霊たちをさらに嗾ける。
召喚術を放った後でも真樹は、隙を作るどころか先ほどまでの疲労さえ消し飛んでいる。
「ゴールが見えたんだ。疲れてらんねえよ!」
攻略の糸口が見えた途端に真樹は活力を取り戻す。
コ、コノまマ、ツイエてナルモノカアアアアぁァァァァァ!!
ディエルゴの憎悪が増し、核識の間をさらに多くの亡霊が埋め尽くす。
しかし、先が見えたことで魔力を温存するのを止めた真樹の殲滅速度は、亡霊の再生を徐々にだが上回り始めていた。
「共界線との繋がりさえ断ち切ればこっちのもんだ!」
殲滅速度が上がる真樹と反比例して、ディエルゴが呼び出す亡霊たちの再生力は確実に低下している。
制御装置のひとつが破壊されたことで、共界線から引き出せる力の量が減少しているのは間違いなかった。
「もっと飛ばすぞ! クロックラビィ!」
勝機を見て取った真樹は、時の兎を召喚してその力を自身へ憑依させる。
通常であれば周囲を囲まれた状態で機動力を増す憑依召喚は、その力を十分に発揮できないが、憑依召喚に対する素養が極端に高い真樹が直接自身に施す場合に限り、その効果が倍増する。
戦闘速度が増した真樹は、腰に挿したキルスレスを再び抜いて構える。
膨大な魔力がシャルトスとキルスレスに流れ込むと同時に真樹の身体も変成する。
アティやレックス、イスラの抜剣覚醒と同じような変化を遂げる真樹。
黒い髪が眩しい純白に染め上げられ、黒い瞳に灼熱の赤が灯る。
魔剣による変化は、衣服にまでおよんで真樹の背に純白の翼が構成される。
「シャルトス! キルスレス! 今回だけは、俺の力を喰らわせてやから、そのまま■■■■まで貫け!」
純白の姿に同じ色の魔力光を纏った真樹は、渾身の力で封印の魔剣を残った共界線の制御装置に叩き込む。
それと同時にディエルゴが空間を震わすほどの歓喜を叫んだ。
フは、ふハハハハHAHAHahahahaッ!!
真樹の全力を前にして、ディエルゴが狂ったような絶笑を上げる。
ジブンが、ナニにチカラ、そソイでイルかワカッテいナいようダナ!
封印の魔剣は、過去にハイネルを封印した際にその魂の一部を宿すこととなった。
そして、封印の魔剣を適格者が使えば使うほど遺跡に封印されたハイネルのディエルゴは力を増していく。
本来であれば、碧の賢帝シャルトスが打ち直された果てしなき蒼ウィスタリアスを用いて戦うことでディエルゴに力を与えずに倒すことが可能となるはずが、真樹はどちらの魔剣もそのままで使用している。
そもそも適格者ではない真樹が封印の魔剣を担うことになったのは、ディエルゴが真樹の魔力を欲してのこと。
真樹が魔剣の支配権を完全に掌握した状態で力を発揮させる魔剣覚醒ならディエルゴに魔力を奪われることはないが、自身と魔剣を一つとする抜剣覚醒を核識の間で使えばディエルゴとの繋がりが強まり、その精神を危険に曝すことになる。
コノマま、魔力ダケでなク、キサマの魂マデすベテ吸収シテヤルッ!!
核識としてディエルゴと繋がってしまえば、並大抵の精神力では抜け出せない。
召喚師として高い才能を有し、核識となりえたハイエルでさえあらゆる存在の圧倒的な感情の奔流に呑まれて精神を砕けさせた。
どれほど強い力を得ようと精神の強さには関係ない。
煩悩覚醒状態の真樹なら逆にディエルゴでさえ汚染して触手遊技を始めるくらいのお約束を見せ付けるだろうが、幸か不幸か最大の武器である煩悩を封印されている真樹にはそこまでのお約束を構築できない。
「単純に人間と界の意志の力の綱引きなら界の意志に分があるのは当然。何しろリィンバウムやそれを取り巻く四界に存在するすべては、界の意志と繋がっているんだからな。一つの世界である界の意志とその世界の一部でしかない人間がぶつかり合っても勝負なんて成立しない」
共界線の制御装置に剣を突き立てたまま囁くように静かに言う真樹に精神の疲弊は見られない。
マダ、コトバヲ…ツムゲルカ、……ナラバッ!
余裕すら感じさせる真樹の様子を怪訝に思いながらも無駄な抵抗だと思い込むディエルゴは、残った亡霊たちを総動員して真樹を押し潰さんと巨腕と大蛇を殺到させる。
しかし、亡霊たちで構成されたディエルゴの巨腕と大蛇は、真樹の背に咲き誇る純白の翼から光の粉のように舞い散る羽根に触れただけで何十人分もの魂が浄化され、輪廻の輪に戻れないほどに歪められていた魂が正しい形を取り戻し、輪廻の輪へと還って行く。
キサ、マ……ハッ?!
次々と魂が修復され、輪廻の輪へと還って行く亡霊たちを見送りながらディエルゴは、強烈な悪寒にその意思を震わせた。
そんなディエルゴに向かって真樹は、哀れみの表情で告げる。
「魂の輪廻は、各界の界の意志たちが生み出した理だ。それを阻害するような要素を取り除く機能があるのは当然だ」
輪廻の輪へ還って行く亡霊たちを見送るのは、真樹やディエルゴだけではなかった。
白き翼を背負う真樹の背後にひとりの天使が浮かび上がっている。
幾重もの翼を広げ、神々しい純白の魔力で歪んだ魂たちを救済し続ける天使の名は、アルフィエル。
霊界サプレスの中でも特異な位置にある大天使の一人。
『哀れと同情はいたしません。せめて、魂の旅路で迷うことなく、新たな生へ還ることを祈りましょう』
感情を読み取ることのできない静かな天使の祈りをもって魂たちは、長年囚われていた魂の牢獄から解放された。
ナZE……天使ガッ、ニンゲンごときに力を化しテイる!?
突如現れたアルフィエルに動揺するディエルゴ。
しかし、アルフィエルの登場に動揺していたのは、ディエルゴだけではなかった。
「うお~ぅ!? クールペチャパイ天使が来るとは、リィンバウムもサプレスもいい趣味してるぜ」
共界線の制御装置に剣を突き立てた体勢のまま首だけで背後を振り返り、アルフィエルの全身を嘗め回すように凝視する。
「か、身体が……軽い? って、真樹その姿は一体!? というか、そのいかにもすごそうな天使は真樹の召喚術なの!?」
亡霊たちがディエルゴから解放されたことで囚われていたイスラも意識を取り戻し、尚且つ身体のダメージが回復していた。
「た、大佐殿! 自分は大佐殿ならばやってくれると信じていたであります! ヤヤ、大佐殿の背後に見慣れぬ天使殿が! 大佐殿の背後は、本機の定位置であります!」
台座に埋もれていたヴァルゼルドも解放されたようだが、エネルギーまでは回復しておらず、立ち上がるまでには至っていない。
三者三様に平常運転を再開した感があった。
「そんじゃ後は、“自称エルゴ”の困ったちゃんに身の程を弁えて貰おうぜ」
『私が従うのは、エルゴの理のみ。貴方のような下品な方に命じられるまでもなく、悪しき形に歪んだ魂を救済するのは私の使命です』
「おおぅ、お堅いところも良いね~。そんじゃ俺も少しは、人助けっぽいことに精を出してみるかな!」
純白に輝く魔力を纏った真樹がその魔力をディエルゴと繋がるラインへと流し込む。
グヲオオオおォォぉォ…ッ!?!?
真樹の魔力を流し込まれたディエルゴは、力が増すどころか内部から引き裂かれんばかりの苦痛に絶叫した。
苦しむディエルゴを他所にアルフィエルもまた純白の魔力で核識の間を多い尽くす。
ファリエルの魔力が真樹を通して、ディエルゴや共界線へと流れ込む。
『エルゴとは、ひとつの世界。この世界には、リィンバウムの界の意志が存在します。そして、リィンバウムに存在するこの島もまたリィンバウムの一部。人の意思によって発生した貴方が界の意志に成り代わるなどもとより、理によって不可能なのです』
ナ……ンダ、ト……?
自身の存在意義を完全否定されたディエルゴは、言い返せなかった。
言い換えそうにも共界線を通して繋がっている全てのラインに真樹とアルフィエルの魔力が駆け巡っており、すでにディエルゴの命令を受け付ける部分がまったく残されていなかった。
上位の大天使だと思われるアルフィエルだけならまだしも人間である真樹にさえ負けていた。
マキ、よ……キサマ、は……何者なのだァァァァaaaッ?!
島の亡霊を失い、アルフィエルによりエルゴとしての力を完全に封じられたディエルゴは、咆哮と共に核識の間に存在する者たちに向けて自身に直結できる影の共界線のラインを真樹たちに放った。
「最後の足掻きだな。ヴァルとイスラは頼んだぜ、ペチャパイ天使!」
『それがモノを頼む態度ですか』
暴言を吐いた真樹に怒るでもなく、アルフィエルはまだ回復しきっていないヴァルゼルドとイスラの周囲に光の壁を作り、ディエルゴの干渉から守った。
真樹もまた自身に迫っていたディエルゴの共界線ラインを白い魔力の波動だけで吹き飛ばす。
そして、真樹は装置に突き刺していた魔剣に込めていた魔力を再び自身の内に吸い上げるように引き抜いた。
「ここで最後の一本釣りだぁぁぁ!!」
ゴuオォォォooぉ、ooッ!!!!
魔剣が引き抜かれると同時にディエルゴは、力の核たる部分を根こそぎ引き抜かれた。
それと同時に核識の間の台座に聳え立っていたディエルゴの巨体が砂のように崩れ落ちる。
本来であれば、島そのものであるディエルゴの消失は、この島そのものの消失を意味していたいが、真樹はウィスタリアスの代わりとしてリィンバウムのエルゴの影響力を呼び込むという策を施した。
ディエルゴが島の共界線を完全に掌握した状態では、リィンバウムのエルゴに干渉できる範囲が限られていたため、まずはディエルゴを弱らせる必要があった。
イスラの助言もあり、ディエルゴと共界線の繋がりを弱めたことで、リィンバウム本来の共界線と真樹の身体を通してアルフィエルを核識の間に呼び込むことが可能になった。
「……お、終わったのか?」
ようやく歩けるまでに回復したイスラが唖然とした様子で首を傾げる。
そんなイスラに真樹は、ディエルゴから吸い出した核を宿した魔剣を納めて頷いた。
「終わりだよ。これで何十年分かの平和は勝ち取れたんだ」
「何十年分……? 相変わらず、理解しがたい表現をするんだね」
「お前に言われたかないけどな」
真樹の言葉に安堵して良いのかどうか微妙そうな苦笑を示すイスラの肩を叩きながら真樹は笑い、自ら招き寄せる手筈を整えたとはいえ、龍姫に引き続いての闖入者であるアルフィエルにも笑みを向ける。
「アンタもありがとな、ペチャパイ天使」
『貴方も大概ですね』
薄い胸に対して何か恨みでもあるのではなかろうかという真樹の暴言に対してもやはりアルフィエルは静かな落ち着きを絶やさない。
『……私の役目はここまでです。星の巡りに導かれし時の向こうでまた会うことになるでしょう』
「おう! 次に会うときはバインバインになっててくれよな!」
煩悩封印状態でも戦闘状態が解ければ、エロさが滲み出るマキクオリティに遅れれながらアルフィエルは、あるべき場所へと帰っていった。
残された真樹は、静まり返った核識の間を見渡し、ディエルゴの気配がないことを確認して自身の何倍もの重量があるヴァルゼルドを担ぎ上げてイスラを促す。
「とりあえず、これで終わったんだ。さっさと帰って皆を安心させるぞ」
「申し訳ありません、大佐殿」
「結局、僕は死に損なっちゃったな」
「お前は、ディエルゴに取り込まれた時点で死んだようなもんだろ。これからは、生まれ変わったつもりで頑張れ。頑張れなくても頑張れ。以上!」
「簡単に言ってくれる……」
真樹の適当な言葉に苦笑しながらもイスラは、出口に歩き出した真樹の後ろを力強い足取りで追った。
その身体から召喚呪詛が完全に消え去っていることを口にはしないが、真樹がアルフィエルに手を回してくれた結果なのだろうとイスラは感謝した。
真樹たちが出口の前に立つと閉ざされた核識の間の扉が開かれた。
開かれた扉の向こうには、ひとりの女性が佇んでいた。
「およ? なんでアンタが、こんなところに」
「ん? き、君は……」
「どうされました、大佐殿? おや、もう足の調子は良くなったでありますか?」
三人の反応を前に女性は、虚ろな瞳のまま流れるような動作でその手を突き出した。
「え?」
自身の胸に吸い込まれるように差し込まれた鈍い輝きを持った一振りのナイフと目の前に立つ女性を交互に見ながら唖然とした声を零す真樹。
「なっ!?」
「大佐殿!!」
いきなりの自体に驚愕する二人を他所に真樹の胸にナイフを突き立てた女性は、その身に濁った憎悪の魔力を宿して歪に笑った。
『我ガ名ハ、ディエルゴ。……憎悪ノディエルゴ、也』
女性のモノとは思えない濁った声が笑いながら真樹の胸に突き立てたナイフを引き抜いた。