無限界廊の異端児
第12話 完全解禁・混沌編
空間が蜃気楼のように歪んでいる。
尋常ならざる力がそこに形を成さずに存在する。それは濃い、とても濃い赤。
炎と呼ぶにはあまりにも鮮やかすぎる紅。
真樹が正眼に構える刀に宿った異界の力の顕現。
「次で決めます」
真樹は、目の前に立ち塞がる巨大な鎧武者へその切っ先を向ける。
その鎧武者は、無限界廊の最下層すら容易く制覇するほどに成長した真樹の更なる成長を促す為に招来された鬼妖界の剣聖。幾多の戦場において、人も、妖怪も、鬼神、龍神すらも等しく切り捨て、生きながらに荒神となった修羅。最早、その手に構える大太刀すらも数多の血を、魂を喰らった妖刀。
「……ォ、ォォ……ォォォ、ォォ……」
鎧武者は、眼前に立つ少年の言葉にただ言葉にならない音を漏らすだけ。そこに魂の輝きはない。
しかし、その魂に刻まれた剣技は幾許も衰えるところはない。
すでに数百合。両者の刀が打ち合ったのか知れない。
そして、先に限界を感じたのは当然の如く真樹の方であった。
「四方より集いて、我が一閃に宿れ!」
メイメイから与えられた神刀・布都御魂。その刃にぼんやりと纏わり付いていた鮮やかな紅の蜃気楼が、真樹の言霊によって明確な形を得る。
それは、真樹の師としてメイメイが授けた異界の力を武具に宿す技術――憑依。
数多の憑依召喚と違うのは、憑依させるのが通常の召喚獣ではなく、それぞれの世界にある最上位の魂を招くところにある。
メイメイの故郷たる鬼妖界の龍神・鬼神はもとより、術者の適性次第では、霊界の大天使や大悪魔、幻獣界の幻獣・神獣の魂さえも招く事ができる。故にこの技術は――神威召喚、と呼ばれる。
「――……いざ」
鬼妖界の神威を宿した刃は、宙に紅の軌跡を刻んで奔る。
「ォ、ォ……ォォォォォォォオオオ!!!!!!!!!!」
神ですら屠る修羅と化した剣聖もまた、自身の妖刀に力を込めて振り抜く。
魂を鍛える場である無限界廊を揺るがす強大な二つの神威。
それらが互いに相手を滅ぼさんと凌ぎを削る。
一合、
「……ッ!!」
二合、
「……ァ……ァッ!!」
三合、
「ヅ、……ヅッッ!!」
「ァ――ァァァァァアア!!!」
四合――
留まる事を知らない剣戟が無限界廊に木霊する。
永遠に続くかのような熾烈な鬩ぎ合いも、時間が経てば立つほど生身である真樹が押されていく。
対して、剣聖たる鎧武者の顔無き貌は、狂気と狂喜に満ち溢れている。
自分と刃を交え、再び立ち会ったことがある剣士に鎧武者は出会ったことがなかった。鎧武者に唯一の敗北を与えた相手は、神通力を駆使する龍姫だった。故に、剣の勝負においてここまで付いてくる人間など存在しないと思っていた。
しかし、死してなお転生を拒み続けた鎧武者の前に、ようやくその者が現れた。生の中では癒すことのできなかった渇きが癒えてゆく。それが嬉しくもあり、空しくもある。
最早、一拍の停滞も許されない。
どちらかの刃が相手の身を斬り裂くか、それとも刀を揮う力が尽きるか。
生者である真樹と死者である鎧武者では、持久力に決定的な差がある。
故に、純粋な技量で僅かに劣る真樹が鎧武者に打ち勝つには、一瞬にすべてを賭けるしかない。
しかし、真樹はいつまで経ってもそれをしない。鎧武者も、それを分かっているからこそ、狂喜に頬を歪ませている。
其れは何故か?
答えは簡単である。真樹の中に、一か八かはない。
たとえ、勝てないと理解していても決して命を捨てることは考えない。
「……ッッそォ!!」
「ハ……、ハハ、フハハハハハッッッ!!!」
どこまでも生にしがみつく真樹の攻めを、幾戦もの死を生み出した鎧武者の攻めが凌駕する。
そこに殺意はない。ただ目の前の敵に勝利したいという想い。
それは、決して色褪せる事のない両者の意識の中にある共通の認識。
そして、修羅の刃は、今日もまた、勝利という美酒を啜るのだった。
無限界廊から帰還した真樹は、よれよれのくたくたで『ラトリクス』のリペアセンターで治療を受けていた。
すでに命に関わる傷の治療は完了し、今は体力が回復するのを待っている。
「づあ~~~~~~~!!」
真樹は、ここ数日間ずっとカプセルの中で同じような奇声を毎日叫び続けている。
「大丈夫でありますか、大佐殿?」
「ぜっんぜん大丈夫じゃねー!」
「これ以上騒ぐようでしたら鎮静剤を投与いたしますが、それでもよろしいのですか?」
「ごめんなさいッ!」
まだまともに動く事も儘ならない状態にも関わらず、煩い患者を注意するクノン。そんな看護士の言葉にすぐさま謝罪する真樹。
どんなに鍛えても、注射は精神的に受け入れられない真樹なのだった。
そんな真樹の態度に、クノンは溜息を付いた。
「貴方が、どのようなことをしようとも、私の関与するところではありません。しかし、このようなことを続けていれば、いずれ当施設の技術でも治療が不可能な事態も起こりえます。貴方は、もっとご自身の体を労わるべきです」
主だった傷の治療を終え、他に異常がないか検査をしていたクノンがカプセルのパネルを操作しつつ言う。
「けど、最近は死なない程度のやられ方を憶えてきた事だよな。だからさ、できれば、“あの人”に勝てるようになるまでは続けたいんだけど」
そんなクノンの言葉に開いたカプセルから這い出た真樹は、ばつの悪そうな苦笑いで頬を掻く。
真樹の答えにクノンは再び溜息を付く。
「もう一度言いますが、貴方が何をしようと私の関知するところではありません。――ただ、」
「おおっいぃ!」
何かを言おうとしたクノンの言葉を遮り、真樹はすぐさま近くに置いていた刀を取り、すぐでも駆け出そうと周囲を見渡す。
「おい、クノン! アルディラさんは!?」
突然の問いにクノンは、自分が言いかけていた言葉を思考回路の片隅に押し込んで首をかしげながらも答える。
「? アルディラさまなら、アティさまと一緒に帝国軍を止めに出かけました」
「ッ! 帝国軍を止めにって放火のことか?」
「はい。それが「ヴァルゼルド、『風雷の郷』だ!」――あ、お待ちください!」
クノンが事情を問いただす間もなく、真樹はヴァルゼルドの背に飛び乗り、雨の降りしきる空へと飛び去った。
何の前触れもなく真樹が飛び出すのは別段珍しいことではないことのはずが、クノンはそのことに対して言語化できない何かが自身の中に生じるのを感じた。
「……これは、何と表現するべきでしょうか」
それは人間の感情にある「苛立ち」が最も近い、とクノンは判断した。
機械人形である自分が、「苛立つ」ほど手間の掛かる患者が、性懲りもなくまた何事かの争いに関わろうとしている。
クノンは、そのことを統計上の予測ではなく、真樹の行動から「感じた」のだった。
「仕方ありませんね。次からの治療は、常に麻酔を効かせておくことにいたしましょう」
最近では、専属になりつつあるその患者の次の「治療」に想いを馳せるクノンは、妖しげな「微笑み」を浮かべていた。
一方その頃、真樹が向かっている『風雷の郷』では、記憶喪失と偽って島に潜入していたイスラが本性を明かしてアティたちの前に現れていた。
「あっははははは! そうさ。僕の名前はイスラ・レヴィノス。帝国軍諜報部の工作員であり……、アズリアの弟さ!」
「そんな……」
この島へやってくる前、船の中で見かけ、島に流されてきたイスラの不可解な行動などを多少なりとも警戒していたアティも、イスラがアズリアの弟であるとは思ってもいなかった。
とうとう正体を現したイスラに姉であるアズリアも若干の疑惑を持って訊ねる。
「まさか、お前がビジュと接触していたとは思わなかったぞ。イスラ」
「秘密を守るのは、諜報部の鉄則だからね。計画を実行するまでは姉さんにも、話すことはできなかったんだよ」
姉の問いにすらすらと答えるイスラ。
「選択の余地はなし、か」
「対面を気にするあまり、失敗を失墜してしまったら、それこそ本末転倒でしょう?」
帝国の軍人として動いていたと言う弟に、アズリアもまた軍人として呟く。 そんな姉の呟きに笑顔で頷くイスラ。
「汚れ役は、僕が全部引き受けるよ。姉さんは、ただ黙認してくれればいい」
「わかった……」
イスラの言う事は、帝国軍人として当然のこと。
これまでアティたちに敗北し続け、奪還すべき『魔剣』を海賊の手に渡したままであるアズリアにイスラの作戦を拒む権利はなかった。
「それじゃあ取引といこうか?」
イスラの言葉にスバルや『風雷の郷』の住人たちを人質にとる帝国軍の兵たちが、それぞれの人質に刃を突きつける。
アティに選択の余地はなかった。
虚空より、封印の魔剣『碧の賢帝』シャルトスを抜剣する。
「これを……渡せば良いんですね?」
差し出されたシャルトスをイスラに促されたアズリアが、アティの手より受け取る。
「――すまん……」
シャルトスを受け取る際、アティにだけ聞こえるようにアズリアは、小さく呟いた。
その様子に自分の友人が、やはり昔と変わらないでいること、このような状況を望んでいなかったことを確認したアティは、イスラの次の出方を見極めることにした。
「さあ、これで文句はないはずです。皆を解放してください」
このままイスラが人質を解放するとも思えないでいるアティだったが、まずは相手のアクションを待つしか自分たちに方法がないことも理解していた。
が、アティの最悪の予想に反してイスラはすぐにスバルの解放を指示した。
「ほらよッ」
イスラに言われ、スバルを捕らえていた包帯だらけのビジュが乱暴にスバルをアティの方へと押し出す。
ビジュに押され、よろめきながらも駆け出したスバルがアティに抱きつく。
「せんせえっ!」
「もう、大丈夫ですよ。さ、パナシェ君たちのところに」
「うん!」
まだ他の人質が解放されないのを見て、アティはスバルを後ろに下がらせる。
そして、アティの読み通り、他の人質は解放されなかった。
「品物ひとつに対して、人質が一人。正当な対価でしょう? 全員を解放してほしんだったら、また、別の対価を用意してもらわないとね」
卑怯で図々しい物言いを当たり前のことのように言うイスラ。
「これ以上、何を望むんですか!?」
そんなイスラの物言いに、さすがのアティも声を荒げた。
怒りを露にするアティを不適な笑みで見据えるイスラは僅かに考え、そしてさらっと要求を述べた。
「そうだね。君の命、かな?」
「イスラっ!?」
イスラの要求にアティが絶句し、アズリアが吠えた。
アズリアもこれ以上は、軍人としての誇りや親友だったアティへの想いから我慢する事ができなかった。
しかし、そんあアズリアの制止の声もイスラには、なんら堪える様子がない。
「使い手が死ねば、もう、この剣の力に怯えなくていい。違いますか?」
「ヒヒヒッ、隊長殿。まさか、イヤだとかぬかしたりしないでしょうねェ?」
イスラの言葉に乗じて卑しい笑いを上げる包帯姿のビジュ。
「みんなのために犠牲になれるんだ。……アティ、いかにも君に相応しい結末だと僕は思うけど?」
そう言ってアティと向き合うイスラは、他者を嘲笑うかのような卑しい微笑みの端に小さな翳りを見せる。
剣を手放したこの状況で複数の人質を安全に取戻すことはできない。
要求を呑んだからといって本当にイスラが人質を解放するか保障はない。
しかし、他に方法がないのならば、アティは自身の命を投げ出すことを厭うことはない。
「わかり「こーーーーーーー!!!」まし、――はい?」
何処からともなく響き渡る雄叫びのような声にその場にいた全員が周囲を見渡す。
「な、どこから!?」
「こ、この声は!?」
「まさか、あのガキ!?
「あ、ああ、あああ、や、やめ「んのッ、とーーーーへんぼくがーーーーーー!!!」<スパーーンッッッ!!!> あんぎゃあああああ!!!!!」
アティの決断へのツッコミだと思われるセリフと共に現れたのは、この島ではお馴染みのエロリストこと上杉 真樹その人であった。
しかし、一応アティへのツッコミの言葉だったと思われるが、何故か1mくらいの無意味に巨大なスリッパで叩き潰されたのは、包帯だらけのビジュだった。
「をい、そこのエロ教師! 平和主義も大概にせい!」
「あ、え……え、エロ教師?」
「「「「「「「「「「「「「「「エロ教師……」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「「「「「「エロ、女教師……(ごくり)」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
ビシッとアティを指差して叫ぶ真樹。そして、一瞬惚けた場の中、まず初めにアズリアが、アティを嘘だろ?という眼差しで、次いで人質にされていた『風雷の郷』の住人たちがアティを信じられないという風に見詰め、最後にこの島に着てから色々なところで欲求が溜まっている帝国軍の軍人さんたちがアティの体を凝視した。
「わ、あわわ、あわわわわわ?!?!?!?!?!?!」
あっという間に周囲の視線を独り占めしてしまったアティは、顔どころか耳から首まで真っ赤に染まっての大混乱。
羞恥のあまり体をモジモジする様が、敵味方なく周囲の男たちに強力な魅了をかけているのに本人は気付かない。
「こ、こんな大勢の前で、な、なな、なんてこと言うんですか!?」
どうにかそれだけを搾り出したアティに例の如く、ビジュを潰れたヒキガエル状態にしていた真樹が、不自然に腰の引けた姿勢でアティの前に立つ。
「をををい、こ、ここんのエロエロムッチン!」
「ッッ違います!」
真樹のわけの分からん呼称を全力で否定するアティ。
しかし、あっという間に空気を一変させ、場を大混乱に陥れた張本人たる真樹もまた混乱の極みにあった。
それもそのはず、無限界廊の異端児たる真樹は、その修行で多くのスキルに修得し、状態変化を無効化するの異常無効のスキルを修得しているのだが、無効化できる状態は<狂化・石化・沈黙>の三つ。
「き、きき君のぉぉ、エロ萌えアピールにぃぃぃ! この言葉を贈るしかないぃぃぃおおお!」
――そうなのである。真樹は、『異常無効<魅了>』のスキルを持っていない、いや、あえて体得しなかったのである!
そして、いつの間にか、周囲の男たち(スカーレル、イスラ、潰れたビジュ、子供たち、枯れた爺さんを除く)を毒電波で汚染し、自分の意のままに操り、陣形を整える真樹。
「さあ、同胞たちよ! ――んんんッッπ満点!!」
後にアリーゼは語る。「王子様は、絵本の中だけの存在なんです。私、絵本作家になります!」
後にソノラは語る。「兄貴の好みはあんなだったなんて……。わ、私だってすぐに先生みたいに大きく」
後にアルディラは語る。「ヤッファはともかく、まさかキュウマまで……」
後にファルゼン(ファリエル)は語る。「カチ割方がたりなかったみたい」
その晩、僅かな生き残りを纏めて撤退したアズリアが、軽蔑の眼差しをギャレオに向けていた。
「まさか、お前まで……」
「う、申し訳ありませんでした、隊長。あのマキとかいう子供の言葉を聞いていると頭の中が急に真っ白になってしまい……」
アズリアの前で正座して頭を垂れて反省するギャレオ。
「うむ。ならば、あのマキというヤツは、なんらかの催眠術をお前たちにかけた、ということか」
「はい。私には、隊長という御方がありながら、敵のリーダーに萌えるとは何たる失態を!」
拳を握り締め、壮絶な苦悶を浮かべる顔でアズリアを仰ぎ見るギャレオ。しばしの沈黙、そして――
「――……は?」
「それでは改めましてぇぇぇ! 隊長のぉぉツンデレぶりにぃぃぃ敬意を込めてましてぇぇぇ! πまごぼぁ!!」
「誰が!<グシャ>、いつッ!<ゴキャ>、デレたかッ!!<メギャ>」
「ば、隊長ぉぉぉぉ~~~~♥」
ギャレオの脳内から真樹の毒電波が消去されるまで、森の中にアズリアの怒声とギャレオの嬌声が響き渡った。
後に真樹は語る。
「アティ先生にπするのは、今日で最後にします」
そして、リペアセンターの中をひっきりなしに駆け回るクノンが通りかかると、
「貴方のおかげで、当施設始まって以来の大賑わいです」
あちらこちらから息も絶え絶えな「も、萌え~」という野太い呻き声が響き渡っていた。
史実であればイスラの非道が、アティに『シャルトス』の暴発させるところを真樹のπ衝動が成り代わってしまったのだった。
本日の真樹のパラメータ
Lv.93
クラス-πの伝道師
攻撃型
横・短剣(千斬疾風吼者の剣)、横・刀(銘刀サツマハヤト)、横・杖(怨王の錫杖)投・投具(柳生十字手裏剣)、射・銃(NC・ブラスト)
MOV7、↑5、↓6
耐性-機・大、鬼・大、霊・大、獣・中
召喚石6
防具-軽装(英傑の鎧-軍装ver)
特殊能力
誓約の儀式(真)・全、送還術
見切、俊敏、先制、闘気、バックアタック、ダブルムーブ、勇猛果敢、心眼、絶対攻撃、狙い撃ち
異常無効<狂化・石化・沈黙>、アイテムスロー
サルトビの術、真・居合い斬り、フルスイング・改、ストラ、バリストラ、憑依剣、毒電波・π
特殊武装-縦・刀(神刀・布都御魂)
召喚クラス-機S、鬼S、霊S、獣S
護衛獣-ヴァルゼルド
装備中召喚石
機神ゼルガノン、ヴァルハラ、天使ロティエル、聖鎧竜スヴェルグ、龍神オボロ、ジュラフィム
オリ特殊能力解説
<主人公>
誓約の儀式(真)・全-誓約者と同じ召喚法。
送還術-召喚術をキャンセルする。誓約に縛られていない異界の存在ならば強制的に元の世界に送り返すことができる。
真・居合い斬り-見よう見真似の居合い斬り。本家本元にも引けを取らない威力に成長。
フルスイング・改-横切りタイプの攻撃力が1.5倍になる。
憑依剣-武具に異界の力を憑依させる憑依召喚術の発展技術。
毒電波・π-自身と同じ対象に魅了された男たちを洗脳し、数分間見事なシンクロ技を発揮する。