無限界廊の異端児
第10話 意味深姫・店番編
むせ返るような酒気により、眠りを妨げられた真樹は、いつもより早く目が覚めた。
ジルコーダ討伐の後に行われた宴会は、真樹自身も大いに楽しんだが、最も宴会を楽しんだのは、昨晩遅くに帰ってきたと思われるメイメイだろう。
真樹や子供たちも、ある程度の夜更かしを許されたが、酒の入った大人たちに混ぜておくのは問題があるという意見が出た為、先にお開きになり、年少組のまとめ役として真樹は、パナシェやスバルたちをそれぞれの里まで送って、1人で店に戻って寝ていた。
今現在、メイメイは、店員の控え室の入口に突っ伏して、ニヤケ顔のまま眠っている。
時折、聞こえる寝言と笑い声、さらに凄まじい酒臭さを纏っており、控え室(=真樹の寝床)で眠っていた真樹は、酒を飲んでもいないのに激しい頭痛に悶えた。
「こ、このへべれけ占い師め。人の安眠を邪魔しやがっつつ! ぐぅ、飲めねえのに二日酔いを体験する事になるとは」
召喚術の師であり、この世界での保護者でもあるメイメイに文句を付けつつも、ベッドまで運んで寝かせる真樹。
自分のベッドをメイメイに譲った真樹は、朝霧の消えぬ空気を吸いに外に出た。
店内では、メイメイの放つ酒気を浴びることになるので、二度寝は不可能であり、寝れたとしても頭痛がさらに酷くなると思った真樹は、久しぶりに散歩に出る事にした。
顔を洗い、自己流のラジオ体操(所々に『π』の型が入る)を行い、海を目指して歩き出した。
メイメイの店は、島の東寄りにあるため、この時間に海に出れると昇る朝日を見ることが出来る。
この世界に召喚された当初は、島中を散歩するのが日課だった真樹も、今では稀に、ぽげ~っと海を眺めるだけになっていた。
店を出て、10分ほど歩くと海を見渡せる崖の上に出た。
「らしくねえな~」
水平線に広がる黎明の輝きに目を細め、大きな欠伸をしながら陽が昇りきるまで海を眺める。
実に真樹らしくないことであり、本人も自覚があるため至極間抜けな表情のままだらけた姿勢で寝転がっている。
「なんじゃ。故郷でも懐かしんでおるのか?」
「!?」
この島にやって来て約二年。あらゆる知識と不可思議で強大な力を有するメイメイの下で修行を続けてきた真樹の力は、島内でも最強の部類に入る。
故に、背後を取られ、それに気付かないということは久しくないことだった。
少なくとも熟練の忍であるキュウマの気配も集中していれば、完璧に捉えることが出来る。
それにも関わらず、突然背後から声をかけられた。
気が緩んでいたと言っても、本気で気配を隠したキュウマでも無い限り、すぐに察知できるという自信が真樹にはあった。
「……アンタ、何もんだ」
地面に寝転がった姿勢のまま、首だけを後に向け、背後からは見えないところで護身用に隠し持つ短剣『千斬疾風吼者の剣』を抜き放つ。
相手からは、殺気を感じることが無いものの、万が一ということもある。
真樹も自分が、この世界で一番強いとは思っていない。
もっとも、真樹が知る限り、真樹より強いのは、師であるメイメイくらいしか思い浮かばない。
そのメイメイも、召喚術を扱う技術の幅は、名も無き世界である真樹の方が広い。いずれ、単純な戦闘力ならば真樹の方が上になる可能性もあるのだ。
真樹自身、それだけの鍛錬をして来たという自負もある。
それが、今、背後に立つ存在によって揺るがされていた。
「何と。吾が何者か理解できんと申すか?」
名も知らぬ相手にそんなことを言われた真樹は、緊張感の無さを装って、どうでも良さそうに応答する。
「アンタとは、初対面だからな」
「ふむ。思うたより、鈍いようじゃな」
初対面で、いきなり鈍いと言われ、多少なりともイラっと来た真樹だったが、それを顔に出すほど余裕の無い生き方はしていない。
そして、声の主を視界に納めた真樹は、あることに気付く。
「もしかして。アンタ、ししょーと同じ龍人?」
振り返ったそこに立っていたのは、見覚えの無い少女だった。
メイメイが着ている服とは、若干趣の異なるシルターンの着物を纏い、何となく偉そうな雰囲気を醸し出している。
朝陽に照らされることで光輪を映す美しい黒髪から覗く立派な角と長い耳。
角の形こそ若干ことなるものの、それは紛れも無く龍人である証だった。
「おぬしが気付いたのは、それだけか?」
真樹の言葉に不機嫌そうな溜息を付く龍人の少女。
「それだけって言われても……」
とにかく、この少女に敵意がないことを悟った真樹は、隠し持った短刀を鞘に収め、改めて少女と向き合った。
背は真樹より若干高い。見たところ10代半ばか、それよりも少し上といったところ。
もっとも、メイメイやミスミという年齢不詳の女性を知っていることもあってか、外見で年嵩を計ることに意味が無いと真樹は知っている。
それ以外のことで真樹が感じた印象は、
「……あ~。アンタって何処かの姫さんなんだ」
古めかしいというか、爺くさいというか、偉そうな言葉遣いに、何処と無くミスミと通ずる気品を持つ少女を真樹は、龍人の姫なのだろうと思った。
恍けた口調で言った真樹をつまらなそうに見詰める龍人の少女。
「まったく。行く末を知りながら、道化のように振る舞うとはのぅ」
「んなこと言われてもなあ。俺ってば野次馬みたいなもんだし」
真樹の人となりを探ろうとする少女だが、のらりくらりと適当な調子を崩さない。
少女が危険な存在でないとわかると真樹は、視界を海に戻し、再び水平線から昇る朝陽を眺める。
「ふむ。ならば野次馬のおぬしは、吾をどう思う?」
寝転がる真樹を覗き込んで問う少女に、真樹は面倒くさいそう首を捻る。
「さてね。アンタの存在は、たぶん俺にとって想定外なんだと思うけど……。ま、“今は”俺が居るんだ。多少の変化は、あって然るべきってところかな」
リィンバウムの歴史を知る真樹にとって、この少女の存在は不可解以外の何物でもない。
それぞれの里に住む者たちとは違い、明らかに異質な、“運命”の流れから取り零されるはずのない存在を知らないはずがない。
そういったイレギュラーである少女のことも、真樹はすぐに受け入れた。
それは、この少女がメイメイのように浮世を離れた存在であると肌で感じたからでもある。
「『すべては在るがままに』……じゃな。これもまた、おぬしが此処の招かれた縁なのかもしれぬな」
「また意味深なことを」
意味深に現れたキャラが、意味深なことを言う。
真樹にとってこの少女は、確かに想定外の存在であるが、その在り方は、想定内だった。
「許せ。昔のことを引き合いにだすのは、悪い癖だと常々思うておるのじゃが」
まったくすまなそうではない笑顔で言う少女に、真樹は同じように笑顔で応える。
「それだけ、年食ってるってことだろ?」
「ははは。確かにそうじゃな。おぬしに言わせれば、吾など大年増であろうよ」
女性に対して失礼極まりない年齢に関する真樹の言葉を聞いても意に返した様子の無い少女は、声を上げて笑った。
「うむ。どうやら、悪しき者ではないようじゃな」
「そりゃそうだ。俺は、悪の人じゃなくて、エロの人だから」
「ははは。メイメイから聞いておったが、その通りのようじゃな」
どうにも真樹の調子に巻き込まれることのない少女。
初対面で、真樹の奇行に翻弄されない人物は、これが初めてだった。
「それではな、マキ。おぬしの歩む道に幸多からんことを祈っておいてやろう」
「あ、おい」
いきなり現れて、いきなり去っていく少女。
名前すら知らない想定外の少女の存在に、真樹はどうしたものかと寝転んだまましばらく考え込んだが、結局やるべきことに変わりはないと結論付けた。
真樹自身が倒すと決めている『敵』は、まだこの島に現れていない。
その『敵』を圧倒する為にも、まだまだ力をつけねばならない。
太陽が空に昇りきるのを待って、真樹は酔いどれ店主を叩き起こす為にもと来た道を帰って行った。
真樹が店に帰り着くと控え室に寝かしておいたはずのメイメイは、姿を消していた。
単に用事があったのか、それとも真樹の詰問から逃れる為なのか。メイメイは、数日間姿を現さなかった。
その間店番をしていた真樹は、アティやアリーゼ、ソノラにスカーレルがこの店で下着類を買っていることを初めて知った。
ほとんどの者が、いつも同じ服装で過ごしている中、さすがに下着は替えの物を用意する必要があったのだろう。
そのことを真樹に知られた者たちの反応は二通りだった。
スカーレルは、妙なしなを作りながらも堂々ときわどいものを購入して行き、真樹にトラウマを植え付け、下着の他に色々と物入りな年頃の女性陣は、アティが他の子の分まで買っていった。
「まさか、ムッチン女教師がこんな下着を愛用していたなんてな。確かに、アンタはお色気担当だけどさ。おじさん、ホント泣けてくるよ。色々な意味で……」
「私の名前は、アティです! ムッチンでも、お色気担当でもありません! それと変な言いがかりは止めてください」
戦闘をそれなりにこなすアティたちは、思いのほか下着を消耗するようで、メイメイが戻るまでの数日間、真樹のセクハラを受けながらもお店にやってくる。
もっとも、まだ真樹に『π』されていないアリーゼとソノラは、アティほど警戒していない。
アリーゼは顔を真っ赤にして走り去り、ソノラは頬を染めてはいるが、相手が年下(外見)なので背伸びした物を買っていく。
真樹のストレートなセクハラをまだ受けていない者にとって、真樹は、お馬鹿で陽気な少年でしかない。
アリーゼに至っては、自分の危機に駆けつけた男性ということもあってか、多少評価に妄想が混じっている時がある。
そんな生徒の機微を感じ取ったアティは、メイメイが戻るまでの間、海賊船で暮らす女性たちの入用な物を一括して買いに来ることに決めた。
「ま、いいんじゃない? なんたって……………………なんだし」
言葉の間に三点リーダを連続させ、アティの身体を嘗め回すように眺めた真樹。
そんな真樹の視線にアティは、胸部とチラチラする絶対領域を手で隠す。
「い、今の行間は何!?」
「いや、別に。(イマジネーションを総動員すれば……)」
「へ、変な妄想は止めてください!!」
「人の心を読まないでよ、エッチ~」
わざと心の漏らす真樹に抗議するアティだが、それすらも真樹を楽しませるだけである。
顔を真っ赤にして走り去るアティを見送った真樹は、とても満たされた表情であった。
後日、さすがに纏め買いをしていっただけあり、アティたちが買物に来ないため、つまらない店番を続けたいた真樹だったが、珍客の来店に喜んだ。
その珍客は、カウンターに座る真樹の前にやってくると無表情でサイズの書かれた紙切れをカウンターに叩きつけた。
「て、店主は、まだ帰らんのか……」
「まだみたいですよ? はい、1200バームになりま~す」
女性用品は、店の棚ではなく奥の部屋に置いてあり、購入には、直接店員に言わなければならない。
つまり、メイメイの店で下着を購入する外来の女性陣は、真樹のセクハラを回避することが困難な状況であった。
「男所帯で、隊長さんも色々大変ですよね~。あ、これいります?」
「いらん!!」
真樹の完全なセクハラ対応に、生真面目な珍客は怒って帰っていった。
真樹は、顔を紅くして走り去る女隊長に、顔をほころばせながら手に持った小箱をカウンターの下になおした。
数日後、メイメイがこそこそと帰って来たのだが、満足げな顔の真樹は、意味深に現れた龍姫のことを完全に忘れ去っていた。
本日の真樹のパラメータ
Lv.89
クラス-黄昏の魔剣師
攻撃型
横・短剣(千斬疾風吼者の剣)、横・刀(銘刀サツマハヤト)、横・杖(怨王の錫杖)投・投具(柳生十字手裏剣)、射・銃(NC・ブラスト)
MOV7、↑5、↓6
耐性-機・大、鬼・大、霊・中、獣・小
召喚石6
防具-軽装(英傑の鎧-軍装ver)
特殊能力
誓約の儀式(真)・全、送還術
見切、俊敏、先制、闘気、バックアタック、ダブルムーブ、勇猛果敢、心眼、絶対攻撃、狙い撃ち
異常無効<狂化・石化・沈黙>、アイテムスロー
サルトビの術、真・居合い斬り、フルスイング・改、ストラ、バリストラ、憑依剣
特殊武装-縦・刀(神刀・布都御魂)
召喚クラス
機S、鬼S、霊S、獣S
護衛獣召喚石(固定)
・ヴァルゼルド
装備中召喚石
機神ゼルガノン、ヴァルハラ、天使ロティエル、聖鎧竜スヴェルグ、龍神オボロ、ジュラフィム
・???
クラス-龍姫
攻撃型-縦・刀
MOV-3、↑2、↓3
耐性-鬼・大
召喚石3
防具-着物(ドラゴンチャイナ-アレンジver)
特殊能力
誓約の儀式・鬼、送還術、眼力、心眼
召喚クラス
機C、鬼S、霊B、獣B
・女隊長
クラス-女隊長
攻撃型-突・剣、突・槍
MOV-3、↑3、↓3
召喚石2
防具-軽装(帝国軽鎧百士式)
特殊能力
眼力、先制、心眼、秘剣・紫電絶華
召喚クラス
霊B
オリ特殊能力解説
<主人公>
誓約の儀式(真)・全-誓約者と同じ召喚法。
送還術-誓約に縛られていない異界の存在ならば強制的に元の世界に送り返すことができる。今回の大規模送還は、全MPを使用。
真・居合い斬り-見よう見真似の居合い斬り。本家本元にも引けを取らない威力に成長。
フルスイング・改-横切りタイプの攻撃力が1.5倍になる。
憑依剣-武具に異界の力を憑依させる憑依召喚術の発展技術。