無限回廊の異端児
第1話 準備開始・日常編
忍び寄る軟体生物。
人は、それをマリーンゼリーと呼ぶ。
四界のひとつ、幻獣界メイトルパより来たる種族だ。
「ぶっちゃけ、ただのスライムだよね」
ノヴィスロッドを装備した少年は、うねうねと這い寄って来るマリーンゼリーをフルスイングで跳ね飛ばす。
少年の膝の高さにも届いていないマリーンゼリーは壁面にぶちまけられた。
「はい、良い汗かきましたっと」
Lv.1の敵との戦いは、移動速度の差で終始自分ターンを続けていた少年に軍配が上がった。
レベルが上がればマリーンゼリーも移動速度が増すこともあるが、やはりそこはLv.1。鈍かった。
「文字通り、レベルの低い戦いだったわねえ。にゃはははっ♪」
勝利の余韻に浸っていた少年の後ろから間延びする声が掛かる。
「仕方ないだろ。時間が無いとは言っても、この世界の理に合った修行でしか強くなれないんだし」
「それもそうねえ。でも、それが君に課した制限なのよねえ」
昨日の対立によりなんとか和解した少年の戦いを見守っていたメイメイが、軽く空間を撫でる。
するとそれまで砦のような戦場が崩れていく。
戦場の消えた後に残ったのは、静謐な雰囲気に包まれる泉だった。
「それより、これ以上は護人たちに気付かれるかもよん」
「オッス! ししょー!」
少年に合せて最小限に展開されていた空間でも、護人の誰かが近くに居たら気付かれる。
ことが起きるまで少年の目的を他の誰かに知られるのは良くないと判断したメイメイの提案でひっそりと修行をしていたのだった。
昨日、メイメイによって調き、もとい教育された少年はメイメイを師としてとある空間で修行を始めた。
メイメイは、ある種超越した存在であるため俗世に干渉する際にさまざまな制限が課される。
それゆえに歯がゆい思いをすることも多々あり、運命に翻弄される者たちが正しい選択をできるよう見守る事しか出来なかった。
だが、名も無き世界から召喚されたこの少年は、自分の意志で『喚起の門』の呼びかけに応えたこの世界にやって来たと言った。
もちろん、それを鵜呑みにするメイメイではないが、この少年は、この世界の運命に干渉されることがない。
メイメイの占いにも映らず、『王』の声からも知らされなかった異界の民。
その少年は、名も無き世界の住人の特徴である全属性の召喚術の素質を有し、その目的をもってリィンバウムへとやって来た。
この少年の存在が、来る運命の分岐点にどのように作用するかわからないが、少年を見守り、監視することを決めたメイメイの計らいによって、メイメイの店に少年は居候することになった。
「というわけで、ホーリィナイフお願いします!」
マリーンゼリーと数回戦闘を繰り返したことで手に入れた2500バームをメイメイに手渡す少年。
「マジックナイフ、2200バームね。はい、お釣り300バーム。またのご利用、お待ちしてまぁす」
つねの笑いとともに少年に簡素なナイフと300バームを手渡すメイメイ。
素でホーリィナイフを買おうとした少年だったが、やはりお金に関してはシビアなようだった。
リィンバウムの武器屋や道具屋で割引されることはまず無い。それはこの世界の理だからだ。
その最たるものとしてメイメイの店で割引など絶対ありえないのだった。
戦闘経験を積んだことで多少はレベルアップを果たした少年だが、今だ大した能力ではない。
レベルの低いうちは、雑魚を相手にちまちまと経験値を溜めるしかない。
そこで効率良く戦闘を進めるためには、敵を一撃でノックアウトできる攻撃力を優先して鍛えること。
自分は一撃も喰らう事無く、相手を一撃で倒す。
攻撃こそ最大の防御とは、よく言ったもので、特殊な攻撃をしてこない敵であればこの方法は有効だった。
「召喚術は、送還術を人間が改造して編み出した術ってことは知ってるのよねえ?」
「うん。基本的は知識はもってるよ。召喚術の感覚もちょっとは上達したからね」
メイメイを師として召喚術を学んでいた少年は、ようやく誓約の儀式もできるようになっていた。
「それじゃ、今日から送還術についてもお勉強することにしま~す。にゃははははっ♪」
灰になる少年がマジックナイフを取り落とす。
笑うメイメイがお酒臭い息を吐き出す。
因みに、少年がメイメイに出会ってから一度として酒気が抜けた事は無い。
知らず知らずのうちに少年のお酒に対する耐性が日増しに成長しているのだった。
送還術は、『界の意志 』が人間に与えた異界の存在を退けるための知識だった。
しかし、リィンバウムにおいてその力は変質し、召喚術 というまったく逆の技術が生み出されてしまった。
本来、戦乱を収めるために与えられた力が、さらなる戦乱を招くことになるとはエルゴたちですら予想しなかった。
そんな召喚術の乱用は、各世界を分ける結界に強引に穴を空けることに他ならない。
そこで少年は、ある用法の召喚術を教えてくれるようにメイメイに頼んでいた。
ここで、『メイメイのひ・み・つ』のひとつである店の奥にある勉強部屋で行われていた召喚術の特訓のいち風景を紹介しよう。
「初めまして、ライザー。できれば君に力を貸して欲しいな~と思ってるんだけど、どう?」
真丸な身体に簡単な造りのアームとコンセントの尻尾が生え、違和感のある羽根が生えた機精ライザー。
少年は、そのライザーに手を差し出して友好の証として握手を求める。
「Bii…Biiii…BiBi」
「そ、そう? メモリドリアは今無いんだ。電磁バーガーじゃだめ? 今度は、ちゃんと用意しておくからさ」
明らかに人の食すバーガーではない物をライザーに差し出す少年。
「BiBi」
やや考えた後、ライザーは電磁バーガーを食べた。
そして簡易送還術により、機界ロレイラルへと還っていった。
「……サモナイト石に何も刻まれてないのは何で?」
ライザーを呼び出すのに使った黒いサモナイト石をメイメイに見せる少年。
あきれたようにそれを見るメイメイ。
「あのねえ若人ぉ。物でつる様な人を信用するわけないでしょう?」
「それもそうだよな。……召喚術ってやっぱり難しいんだな」
と言うように通常であれば、契約により強制的に召喚獣を従わせる召喚術ではなく、古き時代にあった正しい在り方を学んでいた。
かつて誓約者が用いた召喚術。
それは、召喚獣と心を通わすことで力を得る本来の在り方。
これの方法は、誓約の力によって強引に従わせるの従来の召喚術と違い、召喚者と被召喚者の力を相乗させることが出来る。
召喚術の基本は知っていても感覚を知らなかった少年にとって、この二つの召喚方法は、まったく別物だった。
はるか昔には、誓約者でなくとも異界の友と力を合せて戦うことが出来ていた。
ならば、自分もそれができるのではないか?
少年はそう考え、メイメイに指導を頼んだのだった。
結果はまだ出ていないが、召喚獣のことを異界の存在として区別しない少年の価値観は少しずつその術を身につけ始めていた。
今では、四界にいる存在に『声』を届けることで、リィンバウムに「招く」までは出来るようになっていた。
しかし、そこからの心を通わせるというのは中々に難しいものだった。
「つ~わけでさ。勉強、勉強、また勉強でもうくたくたなんだよね」
口にご飯を詰め込む箸を止めずに喋る少年。
「え~、母上やキュウマとの修行の方が絶対疲れるぞ」
少年の向かいで同じく食事する手を休めず喋る鬼人の子供。
「これこれ、二人とも行儀の悪い。おしゃべりなら食事の後にせぬか」
鬼人の子供の母親である鬼人の女性が行儀の悪い二人を嗜める。
名も無き世界でも「ニッポン」という国の出である少年にとって鬼妖界シルターンの料理が好みの味だった。
そうしてこの島で暮らすようになった少年が食事をたかりに来るのは当然の帰結と言えた。
始めは、この「風雷の郷」と呼ばれるシルターンの住人の集落に住んでいるゲンジという名も無き世界から来た老人のところに住めばどうかと案が出ていたが、少年はきっぱりと断っていた。
少年曰く、「絶対に気が合わない」とのことだった。
一度は、面通ししたものそれ以降少年は、会わないように逃げ回っていた。
ゲンジは、同郷の少年がこの世界に来たということもあり、面倒をみようと意気揚々だったらしいが、少年の反応を知って落胆していた。
食事時を狙ってゲンジが「鬼の御殿」に来ることもあったが、少年はそれを察知すると素早く逃げ出すのだった。
少年の反応に周囲は、ゲンジのことを嫌っているのではないかと考えたが、「絶対に合わない」の一点張りの少年がゲンジを悪く言うことはないので、少し過敏な苦手意識なのだろうと諦めるようになった。
「なあ、何でじいちゃんから逃げてんだ?」
少年は、食事を共にしていた鬼の子、スバルと一緒におばけ水蓮の上を走り回っていた。
修行の一環でもある遊びであるため、少年とスバルはそれなりに素早く水蓮の上を跳びはねる。
「俺は、あのタイプの教師が一番苦手なだけ。定年退職しててもゲンジさんは、その教師らしさが残ってるし」
「ふ~ん。やっぱ勉強が嫌いなんだ」
「まあな。セクシー女教師なら下心有りで頑張るけど」
とても12、3歳とは思えない発言をする少年で、精神年齢が明らかにオッサンなところがある。
「せくし~じょきょうしぃ~? なんだそれ?」
「子供は、知らなくて良い事だ」
「お前だって子供じゃん!」
やけに大人びたニヒルな笑みを浮かべる少年にスバルは悔しそうにツッコミを入れた。
「あっ」
少年は、足を踏み外した。
少年は、池に落っこちた。
少年は、泳ぎが苦手だった。
少年は、藻に絡まって浮かぶことが出来なかった。
少年は、スバルが呼んできたキュウマに助けられるまでに死の階段を12歩まで上っていた。
本日の主人公パラメータ
Lv.5
クラス-なんちゃって召喚師
攻撃型-縦・短剣(マジックナイフ) 横・杖(ノヴィスロッド)
HP60 MP60 AT38 DF25 MAT45 MDF40 TEC38 LUC50
MOV3、↑3、↓3
召喚石3
防具-着物(ベニツバキ)
特殊能力
誓約の儀式(真)・全、ユニット召喚、俊敏、フルスイング、ストラ、アイテムスロー、戦略的撤退、命乞い
召喚クラス
機C、鬼C、霊C、獣C
装備中召喚獣
仮面の石像、巨像の拳、サモンマテリアル
オリ特殊能力解説
<主人公>
誓約の儀式(真)・全-誓約者と同じ召喚法。まだ未熟なので意志を持つ存在の助力は得られない。
俊敏-逃げ足。
フルスイング-横切りタイプの攻撃力が1.2倍になる。
戦略的撤退-勝てないと思った時は、いつでもどこでも逃げ出す。
命乞い-レベルが20以上離れていれば見逃してもらえる。