ユナがトウガに向かって駆け出した。そこからかなり雑ではあるが、当たればダメージは必至な豪腕による連続攻撃を繰り出してくる。
防御に徹しなんとかペースを取り返そうと、攻めっ気を持ったまま特に大振りな一撃を後ろに下がり避けるが――
「甘いわっ!!」
それはユナの罠だった。トウガの目の前で腕が空振るが、それが地面にぶつかるとその接触部からトウガ側に向けて、間欠泉のような炎の塊が噴き出す。始めに見せた火柱とは比べ物にならない炎の奔流は、堅牢な防御を誇るトウガにも結構なダメージを与えた。
しかもそれは単発では終わらない。ダメージに怯む彼に、ユナは続けて拳を地に突き立て2発、3発と追撃を食らわせる。
「がぁっ……、っつ……ゲイザーね、効っくぅ……」
「――妾の姿、そしてここまで闘えばそなたも思うのではないか?」
押されっぱなしのトウガに、ユナの言葉が聞こえてきた。それは呟きと言えるほど小さいもので、静かな地下で外野も1人という環境でなければ聞こえなかったかもしれない。
「この姿、通常の生物のそれではないと……」
「……全く思わなかったわけじゃないけど……やっぱりそうなのか?」
こちらの世界で冒険者として活動するなか、それなりの数のモンスター達の相手をした。そしてそれが、自分が今まで知っていたファンタジーの知識と、大幅な違いが無いことをトウガは理解している。
生活の糧を化け物退治などで得るようになり、肌で感じた冒険者の強さやモンスターの在り方から思えば、確かにユナの能力に普通という言葉は当てはまらなかった。
「この『衣』なんぞが普通の生き物にあっては、とんでもない事じゃろうなぁ……」
トウガの問いに対する答えとは少し違う、自嘲するかのような台詞。
彼女はそのまま詠うように言葉を紡ぐ。また魔法かっ、とトウガは身構えるが――現れたその威容に魅入られてしまう。
言霊に呼ばれ出現したそれは、まるで『鳳凰』とでも呼ぶべき炎の化身。ユナの掌に浮かぶそれは、恐るべき破壊の力を美麗な姿で包んでいた。
「人間を相手にしておると考えて拳が鈍るなら、妾が何なのかを教えてやるわ。
――妾は人と悪魔の混血、『ハーフデーモン』――
……っ本気を出せ、トウガっ! 妾を粉砕するつもりでなくば、その身こそ終わりを迎える事になるぞっっ!!」
「カイゼル」、その言葉と共に、ユナの手から放たれた火の鳥がトウガを襲う。はっと反応した時にはもう避ける事も出来ず、なんとかガードを固めるしかない。
命中するとそれは炎の渦に変わり、意思を持つかのごとく彼に纏わりついた。続けざまの炎の魔法にはトウガの皮膚も耐え切れず、凄まじい衝撃と火傷の痛みが襲い掛かる。
「くっ……そがぁぁぁっっっ!!」
ダメージを堪えながら彼は咆哮を発するが、それは痛みを紛らわせる為だけではない。彼は今、何よりも自分自身に向かって叫んでいたのだ。
――なんと腹立たしいっ! それは、自分の不甲斐なさのせいで彼女の秘密を、今この場で喋らせてしまったことっ!!。
闘う覚悟は決めていたつもりだった。しかし結局それは「自分が傷つくことを恐れない」というものにすぎず、「敵として自分の前に立つ者全てを倒す」という『戦士』の覚悟には及んでいなかったんじゃないのか?
――既に人を殺めた事すらある男が、何処までも情けないっ! その挙句が、敵に気を使わせるという体たらくっ!! 「知り合いの女の子を傷つけたくない」、普段なら尊重されるべきその言葉も、双方が闘いにきたこの場では、相手を侮辱することとなんら変わらないっ!!!
自らを半悪魔であると語る、それは自分が気遣われるに値しない存在だと言ったという事だ。
なればこそっ、彼女にそんな自虐をさせてしまった自分に腹が立つっ!!!
トウガは拳を握りこんだ。力強く、本気の一撃を叩き込むために。
「るおおぉぉぉっ!!!」
逆巻く炎を振り払い、男が飛び出す。その挙動は、「技」が絡む余地が無いほど粗暴なものだ。だが、今はそれでいい。いや、『そうであるべきはず』。
握力×体重×スピード=破壊力、この思い切りブン殴る時の威力を割り出す方程式を、トウガは僅かに思い出し実行に移す。何とも無骨な、それでいて確実なパワーを秘めた一撃。
炎の中から突撃しトウガが繰り出した拳は、標的に打ち付けられドーム中に響き渡る程の衝撃音を生んだ。
「……そうじゃ、それでよいっ!」
トウガの気合の一撃をギリギリと両手で押さえながら、ユナは満足そうに言った。やはり「黒い膜」が現れている……が、拳はそれを突き抜け彼女の掌に接触している!
(届いたっ!!)
行った当人も確信があったわけではないが、ついに活路を見い出せたことに興奮を覚えるトウガ。だが実のところ、これまでにもヒントはたくさんあったのだ。
「全力でぶつかって」「本気を出せ」「『力』で来い」、ユナとレシャンが度々口にしていた事なのに、策を弄した挙句ダメージを負ってしまったのは情けない話である。
ともかく、トウガは「黒い膜」を貫く方法とはつまり『一定以上のパワーで攻撃する事』だと仮定した。今突き出している拳が膜に当たる時、特に抵抗もなく素通りした事がその仮説を補強している。
(そういやあったっけなぁ、Aクラス未満の攻撃は無効とかそういうの)
打撃技自体は以前の戦闘でも出しはしたが、捕まえるつもりの手を抜いたものばかりで効くことはなく、そのせいで偶然の反撃が決まってもそこから答えを見つけられなかったのだ。
「ぐく……っく――ククッ、ハッハッハッッ!!!」
ほぼ五分に近い力の押し合いの最中、歯を食い縛り踏ん張っていたユナが突如笑い声を上げた。何があった!?、そう思うトウガなどお構い無しに彼女は止まらない。
「やっと! やっとじゃっ! 見つけたっ! 出会えたっ!」
「何だっ? 何を言ってるっ!?」
ユナが愉悦の表情を浮かべエキセントリックな様相を呈しているので、事態の変化を把握しようと努めたトウガだが、余計に混乱するものを見てしまう。
それは彼女の瞳から零れ落ちる涙だ。笑みを作りながら涙を流す、しかも今は戦闘中と、トウガの理解できる範囲を軽々と超えた状況が展開されている。
「ハッハァーーッッ!」
ユナは掴んでいたトウガの拳を弾き落とすと、そのまま彼の頭を鷲掴みにした。掌のサイズがとてつもなく大きいので、頭部はすっぽりと隠れてしまう。そしてそのまま引き摺るように、ホールと客席を隔てる壁に向かって走り出すっ!
宙に浮いた状態で慌てるトウガにはその気迫っ、その圧力っ、共になんと巨大に映ることかっ! まさにギガンテックプレッシャーッ!!!
壁を円形に凹ませ、その中心にめり込ませるほどにトウガを叩きつけると、さらに向かい側の壁にもぶつけようと踵を返すが、生憎そのままいい様にされるほど今のこの男はぬるくはなかった。
「これ以上の運送なんぞ御免こうむる!」
地に足が着かずとも、壁を蹴る事で勢いをつけ右に頭を捻りユナの手から逃れると、その捻りを生かして一瞬のタメを作る。
「本気モード突入って事かっ? 上等だぁ!!」
狙いは心臓! 人間と同じ位置にあるのかは分からないが、ハーフならば可能性は十分にある。トウガは腰の回転を発射台に、タメた姿勢から右のスクリューブローを繰り出した。
ハートブレイクショット。心臓を強打する事により、ほんの僅かとはいえ全身を麻痺させてしまう危険な技だ。その効果とそこに至るまでのプロセスは、まさに科学と格闘技の融合で生まれた魔法と言えよう。
「ごか……っっ!?」
心臓打ちの効果はユナにもあったようで、拳が左胸に打ち込まれると動きに異変が訪れる。それを確認すると、トウガはすぐさま彼女の後ろに回る。そのまま技を繋げるつもりで放ったので、彼の動きに戸惑いはない。
しっかりとユナの腰に腕を回しクラッチしてから、後方に反り返りブリッジの要領でブン投げる。プロレス技の中でも芸術と称される美技、ジャーマン・スープレックスである。
「You can’t escape!!」
投げ技でも背負い投げのような、背中全面に衝撃がいくような技は効きが悪いと思えたが、これは頭部に威力が集中している。「黒い膜」を貫通するはずだと、トウガは考えた。
ユナの頭部が地面に当たると極小規模ながらもクレーターができ、かなりのパワーで技が掛けられているのが窺える。そしてそれに伴う音も半端なものではない。自分の頭も多少打ちつけていたが、強固な防御のおかげで気にはならなかった。
トウガはそこで止まりはしない。クラッチした腕を支点に地面を蹴り回転してもう一度投げの体勢に入ると、頭の垂れたユナを強引に引き起こし再びジャーマンを敢行したのだ!
「流石に効いたろっ!」
一発目に引けを取らない威力の投げが決まり、妙な体勢のままのトウガからくぐもった声が発せられるが、驚くべき事にそれにユナの返事が返ってくる。
「ぐぬぅ、ま……だまだじゃあっ……」
驚異の耐久力だが、ある程度それを予測していたから二発目も行ったのだ。足らないのならさらに付け加えるのみっ!
ちなみに、今のユナの姿勢は体をくの字に曲げ、頭を下にしているというかなり無茶なものだが、「法衣のような服装」をしているので下はスカート状なわけで……。
ところがトウガはユナの腰に腕を回した時もそうだったが、美少女に組み付いていてもまるでそんな意識は見られない。ユナの方もその事を気にしている素振りは全くないようだ。今この時、2人はお互いを完全に「倒すべき存在」と認識しているという証拠なのかもしれない。
トウガは組み付いてのブリッジ状態からすかさず立ち上がると、潰れたままのユナの腰を両手でしっかりと掴む。そこから俵のように頭上に持ち上げ、腕を思い切り伸ばし力強く空中に『飛んだ』。
「ハイパァァァァアアアーーーーッッ――」
下からでは天井に届くのでは、と思えるほどの超跳躍。背を弓の如く仰け反らせ異常な滞空時間を保ちつつも、段々加速をつけながら下降し始める。
「――――ボォォッッッ!!!」
そしてそれが地面にブチ込まれた時、文字通りドーム全体が揺れた。客席のレシャンが「……ここ、崩れないわよね?」と思ってしまうほどの衝撃である。技としてはジャンピング・パワーボムと言っていいのだろうが、移動距離など原形を留めて無さ過ぎなシロモノだった。
特大のクレーターを作った後、トウガは一旦距離を取る。どれほどのダメージを与えれたかはトウガ自身よく分からないし、ハートブレイクショットによる麻痺なんぞはとっくに終わっているはずだからだ。
様子を窺う彼の前で、クレーターの中央で仰向けに倒れているユナだが、しばらく待っていると膝を震えさせ、頭部から血を滴らせながらも立ち上がり始めた。あれほどの破壊力を食らってなお動けるとは……
「効いてないのかよ」
「……あれほどの攻撃、無論効いておるよ。『衣』も意味を成さぬほどじゃったが、生憎とそれとは別に『鎧』を作ったのでな……。先の2回天地が回った奴はともかく、最後のは頭狙いがわかりやすかったゆえなんとか間に合うたわ。まぁいくらか威力を削いだ程度じゃがの……」
自動の『黒い膜』とは別の、手動によるバリアーといったところか。しかし頭部の出血に加え、応える声には所々で荒い息遣いが混じり、ダメージが消しきれていないのが見て取れる。
「……どうする。まだ続けるのか?」
乱れた呼吸の中でも、ユナはハッキリと返事をした。
「もう少し……もう少しだけ妾に付き合ってくれ。そなたには迷惑な話じゃろうがの、妾は今が楽しくて仕方が無いのじゃ」
「……オーケィ。とことん付き合わせてもらうさ」
少しだけ肩で呼吸をし落ち着きを取り戻したユナは、巨大な異形の指を頭上に掲げ詠唱を始めた。彼女の指先に冷気の流れのようなものが出来ると、その流れが固体となり氷の塊ができ始める。関節を取ろうとしたトウガを狙い撃った、あの氷球だ。
だが今度のものは大きさが違った。直径1mどころか、5~6mほどもある氷塊となっていく。
「ここまで冷えてきそうだ」
トウガの感想はともかく、随分と手間のかかる行動ではあるが、「楽しい」と言ったユナの事を考えトウガはその準備には手を出さない。あえて彼女の好きにさせる気分になっていたのだ。
しばらく待つと十分なものになったのか、ユナはトウガを見て穏やかな笑顔で頷いた。一瞬何だかわからなかったが、その頷きが「今から仕掛ける」という合図だと気付き、彼はおかしくて噴き出しそうになってしまう。
なんだこりゃ、いつの間にこれはスポーツ感覚な試合になったんだか。 ……でも、悪くはないな。半悪魔と名乗ってはいたが、ユナのような美少女にはやはり微笑んだ表情がよく似合っていた。
巨大な氷の球を前にして、トウガは壁に目を向けあるものを探した。この地下大ドームを照らす光源の一つである松明だ。
「気休め程度……それ以下か」
氷塊に対し僅かでも効果があればと思ったのだが、あまり期待は出来そうも無い。それでも一応松明の先端を掌に収まるように丸くもぎ取り、急造の火炎武器にしてみるトウガ。自身は全然熱く無いのだが、長時間の燃焼は装備によくなさそうである。
準備はこれで十分とユナを見て、彼女もそれに応える。彼女が上げた指をフッと前に向けると、それに追随するように氷塊もトウガに向けて動き出した。
「残りカスを搾り出すようなものじゃがな……これが妾の全力全壊っ……」
呟くユナを尻目に氷塊は突き進む。氷柱や1m級の氷球に比べれば遅い速度だったが、それはおそらく用途の違いといったところだろう。この魔法は標的が固まっているところなど、対集団用の攻撃として真価を発揮するに違いない。
トウガは迫って来る氷塊を見てふと考える。
多分避けれるはずだ。じゃあそうするか? いや、そのつもりは無い、手には真正面から行く為のものをわざわざ握ったじゃないか。じゃあなぜ真正面から行くんだ? それは――
(ああ、そうか。今俺は、『闘争やスリルを楽しもうとしてる』んだ。)
ステイシアの館跡地を見ながら思ったこと。自分はこの世界で冒険者として生きていけるのかという疑問。その答えが、今のトウガの行動として出ていた。
大丈夫だ、俺は冒険者としてやっていける。なら、後は……結果を伴わせるだけだっ!!
「――驚異っ! 人体発火拳っっ!!!」
高揚する心に乗せるように、トウガは頭の悪い即興の技名と共に拳を突き出す。トウガ自身の4倍はあろうかという巨大な物体に対して、あまりにも小さな抵抗に見えたが実際はそうではない。拳と氷塊がぶつかると、手の中の炎は激しい音をたて氷を溶かそうとするが、あっという間に氷塊が纏う冷気により、逆にその勢いを弱められていく。
だがそんなものは想定済み、使えなくなった松明の先端をそのまま握り潰すとトウガは使っていなかった左手も前に出し、向かってくる驚異をそのまま押し返そうと足を踏ん張った。
「「あああああぁぁァァァッッッ!!!」」
一見ユナの攻撃にトウガが大きく劣勢の場面のように映るが、指を前に突き出したままのユナの顔に余裕は無い。実はこの氷塊、放ったらそこまでではなく、彼女が今も魔力を注ぎ続けて前に押しているのだ。2人は今、自分の全力を振り絞って相手を乗り越えようとしていた。
「――っ妾は、人ではない! それでも、幼い頃には友と呼べる者もおったっ。じゃが、十を越えた辺りで妾はそんな親しき者を作ることをやめたっ。何故かわかるか!?」
力が拮抗するなか、ユナの叫びがトウガに伝わる。
「恐ろしいからじゃよ、自分がっ!! この身が癇癪を起こしただけで、人が死ぬかもしれぬ! この姿を見て平気だと言ってくれる者がおっても、力の爪痕まで見たら考えを翻すかもしれぬ!!」
嘆き、苦悩と伝えられるたびに、トウガは彼女の心の闇を垣間見ていった。
「今の妾の知り合いは、皆この悪魔の姿を知らぬ……。それでもっっ! ――妾は今まで人として生きてきたし、これからも人でありたい。なれば「俺はあんたの力が怖いよ、今でも」
そのまま話し続ければ、壊れてしまいそうな彼女をトウガは止める。そして、自分が感じた事を素直にそのまま話した。
「とんでもなく無様な惨敗もしたしな。でもさ、何の因果かそれに対抗できるだけの力も持ってる。力が無くて言うのに比べりゃ意味は薄い気もするけど、その分信用できるだろ? だから、まずは第一歩だ」
自分が人と相容れないと考えるユナに、どう言ってやるのが正解かなんて分からない。だから愚直でありつつも、彼は自分が出来る確かな道を提案したのだ。
「『ユナの力に恐れを持っても共にいる友達』、俺がその一人目になる。――ユナは、俺の友達になってくれるか?」
氷塊の動きがゆっくりと減速していく。さらに大きなヒビが入り、そばにいるだけで感じられた冷気も弱くなっていった。
そのままトウガが足を踏ん張る必要がないぐらい勢いがなくなってくると、遂にそれは完全に前進を止めたのだった。
ユナが前に向けていた指は力無く震えていたが、その手をギュッと握り締めると、それに連動するように氷塊が一気に霧散する。
緊張した空気はしばらく続いたが、やがてトウガは地面に座り込み、大きく息を吐いた。
「……はぁ…………疲れた」
「…………」
「ユナ?」
反応が薄く、どうかしたのかとトウガがユナを注視すると、思わぬ言葉が返ってくる。
「……アテンザじゃ」
「?」
「ユナというのは、妾が幼き頃に自ら付けた名じゃ。この世に生まれ出でた時に付けられた名はアテンザ。そなたには、それを知っていて欲しい……」
「お、おぅ……ぁー、こういう時はありがとう、でいいのか…な?」
急にユナから信頼の証のようなことを言われ、妙な照れが混じった返事をするトウガ。ユナの方も、その答えを持ち合わせてはいなかった。
「さてのぅ、妾もはっきりとは分からぬが……礼ならば、まずは此方からしたいところじゃて。――ありがとう」
ボロボロのまま、双方から礼が述べられるのは不思議な光景だった。お互いに自然と笑い声を発し、それはこの闘いの終了を告げる鐘の音となったのである。
たった2人の闘いの後とは思えないドームの有様を、レシャンは微笑みつつ眺めている。
いつ以来だろうか、あの聡明な姪が本当の意味で笑顔を見せたのは? お互いが攻撃を仕掛けるたびに何度も肝を冷やしたものだが、意外とも思えるほどの最良と言える結果になったことを、今の彼女は純粋に喜んでいた。
(2人とも、お疲れ様)
――――――――
星空の下、一部の酒場等を除きほぼ人の気配のしない街の中を、3人はユナとレシャンの自宅に向かっていた。ユナは疲れのあまりか眠ってしまい、今はトウガが背負っている。
なお疲労はともかく、2人の怪我はレシャンの魔法により大体治療されていたが、格好は土などでかなり汚れていた。その様子は、さながら長旅からやっと帰ってこれた冒険者達に見えないことも無い。
当然ユナの手足は人の形をとっている。あれを何も知らない人に見られたら、問題にならない可能性のほうが低いだろう。
「それにしてもこの子が本名まで伝えるなんてね。ビックリしちゃったわ」
「んー、まぁ気を許してくれたって事には違いないんでしょうけど。何で名前が2つあるのかって……聞いてもいいですか?」
「本人が寝ちゃってるのがアレだけど、依頼は完遂してくれたからね。構わないわ」
レシャンは少し顔を上げ、遠くを見る。
「今回の依頼の理由とか、併せて説明した方がいいかしら?」
(そういや後で説明してくれるって言ってたっけ)
トウガが頷くと、彼女はゆっくりと語り始めた。
「……もうある程度わかってるとも思うけど、今回の依頼はこの子の鬱屈した思いを解消するために、私が考えたの。私はただの人間だから全てを察するなんてできないけど、それでもユナちゃんが無理をして平気な顔を作っているのをいつも感じていたわ」
闘いの最中の叫び、些細な事で人を殺せるであろう自分への恐れは、トウガにもよくわかった。
「知ってる? デーモンやサキュバス、所謂「悪魔」に分類される種族は、強い部類になるほど容姿や聡明さが総じて優秀な傾向があるの。もしたった1人で野で育ったなら、悪事も含めてあらゆる意味でその能力を活かした生き方が出来たかもしれないけど、この子は人として育った。でもそれがこの子を苦しめることにも繋がってしまってね……」
「ん?、でも確か、人として生きたいって言ってたような……」
「問題はその為の方法よ。8歳頃から、急に彼女の能力は歳不相応に高くなっていったわ。でも『和』を望んだこの子はそれを誇示せずに、人との関係を必要以上に踏み込まず、怪しまれるほどには離れないようにした。……心は子供のままなのに、優れた頭脳は異形だから軽率な事は出来ないと、自分を縛り始めたのよ」
当時を思い出すのか、レシャンは何とも言えない複雑な顔をする。
「結局、破綻はすぐに訪れたわ。これは詳しくは言いたくないけど、とにかく住んでた村に居られない様な事が起きて……。それでここに来たのだけれど、その時にこの子が決めたのよ、『もっと目立たないように生きよう、その為に少しでも争いの種になりかねない今の名は隠そう』って」
「それは……その、なんと言うか……」
「『そんな理由で名前まで?』、そう思うかもしれないけど、わたしに家の中でも新しい名で呼ぶようにして欲しいって言うぐらいに本気だったわ。……だから、そんなユナちゃんの心を開いた君に、本当に感謝してるのよ。ありがとうね」
真摯な感謝の言葉にトウガは顔が赤くなる。気恥ずかしくなっているのだ。
「ま、まぁかなり成り行きな所がありましたけどもっ」
「成り行き、それでも十分すぎるわ」
「なんてぇかその、照れますね。……あの場には、ユナを殴り倒すために行った様なものなのに、終わってみれば「友達だ」。なんという超展開、偶然の積み重ねってレベルじゃないじゃねーぞ……」
「その偶然が嬉しいのよ。……ここに来た理由が、前に住んでた村での問題が起きたからってさっき話したけど、その移住もスムーズにはいかなかったの……」
物憂げな表情が、急に怒りを含んだものに変わってきた。
「問題を嗅ぎつけたこの街のトップが、ゴタゴタで弱りきっていた私達を騙したのよっ! 生活の為の支度金や移住の権利と引き換えに、その力を街を守るのに使ってくれないかって言われたけど、実際はそんなことじゃなかった。……トウガ君が見た夜の街を走るユナちゃん、あれがその仕事の一部だって聞いたらどう思う?」
「…………ふあ? あの泥棒みたいな行動が? ……ぇえ、そりゃあどういう事で?」
「この街に正体不明の泥棒が居たり、時折人とは思えないシルエットで動く怪しい影が夜に見られたら、それは街の護り、さらには私設軍にお金を注ぐ理由になるってこと。……この子をバカにしてる! 街のトップ達の思惑や、外面のための自作自演に怪物として使われるなんて、そんなの……っ」
「あの、もしかして俺がやった街の見回りって依頼も……」
「…………ええ、そうよ。目撃者を増やすためのヤラセの様なもの。上も馬鹿じゃないから、あの子にカース(呪い)を掛けてこの街と特定のダンジョン等以外に移動できないようにしたわ……。でもこの子は『少しの汚れ仕事で平穏に暮らせるなら、それで十分』って言うけど……いいわけないじゃないっ!!」
涙目のレシャンの激昂は、音量自体は下げていたが、溢れ出る悔しさを滲ませていた。
「――ごめんなさい、段々愚痴みたいになっちゃって。ただ、一つだけお願い。……トウガ君、初めてこの子との依頼を終えた後、酒場で一緒にご飯食べたみたいだけど、そのときこの子が思いっきり酔っ払ったってホント?」
「あーはい、そうですね。すんごい絡み酒でしたっけ」
「そうなんだ。なら、そういうユナちゃんの一面を忘れないで。目立たないようにしてるけど、本当は好奇心一杯で、面白い旅の話を聞きたがる女の子。君をこの街に縛る事はできないけど、友達としてそんな子がいることを忘れないで。それが私からのお願い」
「…………はい…………」
トウガの神妙な返事を最後に会話は途絶えた。依頼そのものは良い終り方をしたのに、今のこの場の雰囲気はかなりお通夜な感じである。
ユナとレシャンの家族が持つしがらみなどは、彼が思った以上にハードな話だった。袖触れ合うも他生の縁、何とかならんかねぇと考えながら歩くトウガだが、実は全く当てが無いこともなかった。というか、さっきから「何か忘れてる」気がしている。
(何だっけ? んん~、何だっけか~??)
必死に思い出そうとするがイマイチうまくいかず、そんな状態のまま魔法道具屋に着いてしまった。ユナを背負っているので扉はレシャンに開けてもらい、彼女の案でもうこのままユナをベッドまで運ぶ事にする。
うがぁー、とそんな状態でも彼はまだ思い出そうとしている。奥歯に何かが挟まったようなむず痒さがそうさせるのだが、そのせいで「美少女の部屋突入イベント」を普通にスルーしてしまっていた。
「とりあえず手の動きはチェックしてるわよ~」
気持ちを切り替えて、場を明るくしようと努めるのは年長者の務めからか。だが思い出し作業に忙しいトウガは、そんな彼女の気遣いも話半分な感じでしか聞いていない。ユナをベッドに置くのにも青年男子らしい葛藤なぞ全然見えず、レシャンは頭に疑問符を浮かべてしまう。
今ここで思い出すべき事の筈! そんな気が強くなっていく中で、先程のレシャンの言葉と目に入ったものが連動した。
(手の動き……手……手首……腕輪がはまってる……これは魔法の腕輪……俺の特殊能力と併せてすごい効果が出る……俺の特殊能力?……………………魔力ブースターッ!!!)
「レシャンさんっ!」
「んんなな何?」
さっきまで微妙に心ここにあらずだった人が、急に叫べば驚くのは当然である。
「確認したいんですが……ユナのカースが解けるのは2人にとって良い事なんですよねっ?」
「え、ええ。それは当然よ。この街に来た時に世話になったのは確かだけど、もう何年も経つし十分すぎる義理は果たしたはずだわ。カースの拘束さえなければって、もう何度思ったことか」
トウガという人物と偶然出会えた、その偶然が嬉しいというのと、ユナが他の街に行けない事には繋がりがある。車のような優秀な移動手段が無い文明レベルでは、自分から動かなければ新たな人にはなかなか出会えない。特にユナと対等の戦力を持つ者を見つけるならば、「果報は寝て待て」ではまるで話にならないのだ。
なのに、ある日突然に予期せぬ出会いが起こる。能力だけでなく、ユナをちゃんと人として真正面から見てくれる人だった。この偶然を喜ばぬはずは無い。
「……トウガ君、そのことについて考えててくれたの? 優しいのね、ありがとう。でもそれについては現状どうしようもないわ。私ね、普段は結構この店にいないんだけど、その大半は強力なディスペル・マジック、もしくはリムーブ・カースの類のスクロールを捜したりしてるからなの。でもいまだに当たりはなし。泣きたくなるわ」
「えーとぉ、普通のリムーブ・カースのアイテムとかでいいんですが……使わせてくれませんか?」
「? それならあるはずだけど、まず意味はないわよ。そこそこ強力なやつでもやってみたけど、複数人の儀式魔術でもやってカースを掛けたのか全然効果なし。……はぁ」
「嘘臭い話ですけど、やってみる価値があることなんで。騙されたと思って協力してください……お願いしますっ」
レシャンには何だか要領を得ない話だったが、自分もトウガに無茶な依頼をしたことだしと、彼の行動を見守る事にした。ちなみに魔法を発動させる消費アイテムは、基本的に「お高い」品物であり、リムーブ・カースなど高位の魔法が込められたスクロールは、本来「お試し」で使っていい物ではなかったりする……。
話し声と人の動く気配がするのでユナが目を覚ますと、トウガがレシャンからスクロールのレクチャーを受けていた。自分が闘いの後どうなったのかを、ぼぅっとしつつも思い出そうとするがハッキリしない。ゆっくりと自分の体を眺め「……体を洗わんとのぅ」などと考えるのが関の山だ。
「あら、起きたみたいね。……ユナちゃん、トウガ君がやってみたいことがあるっていうから、ちょっと協力してくれない? その……アレの事でね」
そう言いながらレシャンは軽く首を撫でるような仕草をとった。
「ああ、これの事はもう話したのか。まぁこやつになら話しても構わんがの」
ユナは軽く応える。知らないうちに自身の大事な話をしていたのがわかっても、「どうせ自分が話していたろうし」という思いがあり、特に気を悪くはしていなかった。
ベッドから体を起こすと、彼女は服の襟元を弛め、首をあらわにした。いつも首を完全に隠す服ばかりユナは着ていたのだが、トウガはこれまでそれについて深く考えた事はない。そういう好みだろう程度の認識だったが、彼女の行動に「おおぅ」と唸りつつも、その服装のチョイスの理由を目の当たりにする。
黒い鎖の刺青、だろうか。それが彼女の首を絞めるかのように描かれているのだ。ユナの白い肌に黒い刺青は人目を引くだろうし、罪人のようにすら見えるそれを、トウガは苦い目で見た。
「見えるか? 話は聞いておるようじゃし簡単に言うが、これが妾の『枷』じゃよ」
そこまで気にするでもない様な口調は、一体何故なのだろう。トウガは彼女の真意が探ろうとする。
「なんというか、あまり気にしてないように言うんだな」
「……気にしておらんわけではないよ。じゃが食うには困らず、屋根の下で眠れる。程々に贅沢も出来れば十分じゃろう。スラムの住人のような暮らしを強要されておるわけではない」
平気な顔を作り現状で十分と自分に言い聞かせている、そう言われてなければ問題は無いとつい賛同してしまいそうな口調である。だが、彼女の裏の事情を聞いているトウガから見れば、それは諦めの境地から来る達観に思えた。
確かに劣悪な暮らしを強いられてはいないが、それはこれとは関係ない。『どこかのクソヤロウ達に少女の人生が踏み躙られている』、それは明らか過ぎる不条理なのだ。
(上手くいってくれよっ)
スクロールを片手に、トウガは気合を入れた。
「ん? それは……リムーブ・カース……。トウガよ、魔法に疎そうなお主には分からぬかもしれんがな、これはそんな半端なシロモノではない。やるだけアイテムの無駄というものじゃ」
精神を集中するかのように目を閉じたまま、トウガは喋らない。若干苛立ちつつユナは続けた。
「これとはもう結構な時間を付き合ってきた、いまさら気にせんでもよい。お主の様に対等の友が出来ただけで、妾は十分に満足しておる」
「――アテンザ、海に行こう。そんでもってうまい海産物を食おう」
「っな、何をいきなり……」
「できるなら水着姿を見せてくれ。んでもってあの風景を撮れる水晶に、記念の1ショットを写せたら最高だな」
「……トウガ?」
「クソッタレ共にそれを邪魔される筋合いはない、そう思うだろ?」
本当に、本当に少しずつだが、トウガが何を言いたいのかが彼女にも伝わってくる。しかし、そんなことが出来るわけが無い。自身も優秀な魔法の使い手であり、魔法道具屋という商売柄、スクロールの効果も十分知っている。その使い方すら知らないような素人に、何が出来るというのだ? だが……
「わ……妾は……」
小さな可能性を信じ、その度に裏切られてきた。今のままでいいじゃないかと折り合いをつけたのは、希望が消える度にできる心の傷に、耐えられなくなったからだ。でも……
「妾だって……」
――もう一度ぐらい、奇跡を願ったって―― 「自由が、欲しい……っ……」
彼女が心の奥にしまっていた声は、意外なほどするりと出た。そしてそれは、彼女の精神に大きな亀裂が入っていた事を示している。忍耐の崩壊が迫っていた事に誰より驚いたのは、他ならぬユナ自身だった。
「それが聞けりゃ十分だ」
初めての魔法の行使にトウガは挑む。目を開き、レシャンに教わったとおりにスクロールの詠唱を始める。早さはいらないのでカンペ付きで、ゆっくり確実に行程を進めていると、段々とスクロールから光が放たれ始めた。
レシャンはトウガがスクロールを用いて何かをすることに異は無かったのだが、そのままリムーブ・カースを使用するとは思っていなかった。ユナ同様にスクロールの効果はよく分かっているので、やるならば魔法の素人ならではの奇抜な発想などを期待していたのだ。だが事態はその斜め上に向かっていく。
魔力の動きなどを感じ取れる2人は、その流れがおかしいことに気付いた。アイテムで魔法を発動しても、普通は術者に関係なくあらかじめその品に込められた力分の効果しかない。なのに今にも発動しそうなスクロールからは、想定していた何倍もの魔力を感じ取れるのだ。
トウガが何かしている? いや、そんな素振りは見えない。知識が豊富なゆえに混乱が大きい2人だったが、それとは別にトウガにも少々戸惑う事が起きていた。
(吸い取られるっ? ぬぐぐ……よく分からんが体力使うなコレ)
体力、魔力、精神力、そういったいずれかが消費されるのは想像していたが、それが考えていたよりもかなり大きい。わざわざ立っている為に、足に力を入れ直したほどだ。
とはいえ立ち眩みがくるほどではないし、何より今のトウガは気力がみなぎっていた。詠唱をそのまま止めることなく進め、最後には発動の一言を紡ぐ。
「リムーブ・カース」
その一言は、ユナの凶悪なカースにも効力を及ぼした。魔法が発動すると、彼女の首にある黒い鎖がボロボロと崩れ、落ちる欠片は地面に着くことなく消えていく。そして遂には鎖は完全になくなり、彼女の呪いは消滅したのだった。
驚きからか呆然としたまま立っていたユナは、しばらくしてからゆっくりと歩き、手鏡を取る。鏡に映る首元を見ながら、鎖のあった辺りをゆっくりと撫でるが、痕など少しも見えない。
(こっちに来て明確によかったと思えた事は、これが初めてだな)
一息ついてから、肩を僅かに震わせ顔を下げている彼女に近づくと、ユナは俯いたまま振り返りトウガに抱きつき、その胸板に顔を埋めた。
そんな彼女の頭を撫でつつ「少女っぽいとこ見せてくれるじゃないか」とか、「異世界でフラグ建てれたかも~」などと取り留めのない事を考えているトウガ。実際は戦闘に加え、先程の魔法による妙に大きな疲れのせいでかなり眠くなっており、ここでいきなり「じゃ、おやすみ~」では格好がつかないので、無理に起きようとしているせいなのだが……。
それはともかく、ユナを撫でながらさてどうするかと思い始める彼は、急に異変を感じていた。女の子に強く抱きしめられるのは嬉しいが、それがギシギシと鳴りそうな結構なレベルになってきているのだ。
(というか、今の俺がきついって思う抱擁はやばくないかっ?)
どうしたことかと首を捻ると、見覚えのあるものが見えた。 ――ユナの異形の腕である。彼はいつの間にか、彼女のパワー全開のサバ折りを食らっていたのだ。
(……!!? ぅえっ? え、え、え、ななななな何でこんな本田ばりのサバ折りってうぎょぎょ一体いつBadEndルートに入ってしもぅたー……)
――ガクッ。
「っトウガ? どうした、トウガっ!?」
貴女のせいです。
ユナのこの腕は、一度トウガにトラウマを叩き込んでいる。戦闘で興奮している訳でもない時にそれを真近で見た彼は、疲労と眠気もありあっさりと気絶してしまっていた。
「ユナちゃんも腕出ちゃってるわよ」
「ぬぉっ。こ、これは……その……」
「?」
「…………ぁぅ、ちょ、ちょっと前に気付いたんじゃがの。ど、どうやら妾は……何と言うか、その……か、体がムズムズすると魔法が解けてしまうようで……」
「ということは……。まぁまぁっ、ユナちゃんったら女の子~~」
顔を真っ赤にして話すユナは、レシャンの言葉にその赤みをさらに上げた。
「と、とりあえず横にしてやるべきかっ! 居間に運んでくる!」
「焦って落としちゃダメよ~」
少し前までの雰囲気は何処へやら、首をガクガクさせているトウガを抱いたまま、どたばたと彼女は部屋を出た。
笑いながらそれを見送ったレシャンは、そばのベッドに腰を下ろす。
(……どうしてかしら。悲願とも言えるものが達成されて嬉しいはずなのに、それに泣いたり笑ったりして喜ぶでもなく、ただあの2人に魅入ってしまったわ。呆気なさ過ぎて現実味が感じられないのか、それとも……)
驚天動地の事態ではあったが、レシャンも嬉しく思っているのは当然だ。だがその事と、異常な出来事に付いて行けるかというのは別なのである。
(例え何だろうと、ユナちゃんのあの顔を見た後では関係ないわね。ふふっ、あの子があんなに幼く見えたのは初めて。 ――ごめんなさいね、トウガ君。君を縛る事は無いと言ったけど、それを撤回するわ。)
彼女は『枷』のなくなった姪の、これからのビジョンを考える。
(あの子が姿が保ったままパートナーに抱擁もできないなら尚の事、君以外にその相手は務まらない。あの子を救った実績、人間性、どれも申し分ないし、何よりユナちゃん自身が好いているようだからねぇ。協力を請われたら、私はユナちゃんに力を貸すわよ)
情けない形で気絶してしまったトウガは、居間のソファーに横にされていた。気絶とはいえ、ほとんど眠気などが理由でオチたので特に問題は無いだろう。
ユナは紅茶を淹れ椅子に座っていたのだが、そのままテーブルにうつ伏せになり、顔だけ横に向けトウガの寝顔を眺めていた。
「……………………」
くす
時折自分の首を撫でながら微笑んだりちょっとだけ様子が変ではあるが、他にそれを見る人もいないので問題は無い。
「思えば妾の事ばかり話したものじゃなぁ。……トウガよ、そなたは今までどんな人生を歩んできたのだ? 妾の事ももっと知って欲しいし、そなたの事ももっと知りたいぞ……」
ユナにはまだまだトウガと話したい事がたくさんあった。早く日が昇らないかな、そんなふうに未来に楽しみを覚える今を、彼女はとても嬉しく感じるのだった。
「――女の影が見える生活ではないようじゃが、今回の報酬で夜鷹なぞ買ぅてくれるなよ。想像しただけで…………ふふ、うふふふふフフフフ……」
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今までの話に比べて長過ぎでしょう、ホントに。「次で決着」「でも戦闘だけで終わらせるのもアレだよね」、そんな考えのせいでこんな長さになりました。推敲も時間掛かるしきついですね。
今回は出したかった技をかなり組み込みまくりです。一部にはマイナーネタもあるけど、それなりに満足しました(人体発火拳なんて誰が分かるんだ)。
お話的には一章終了ってところでしょうか? ようやくヒロイン候補の「らしい」一面を出せるようになってきたので、多少甘い展開にもしてみたいか……なぁ。
……月姫の有名な冒頭みたいなスタイリッシュさもなくて、ここまでヒロインの頭部狙いでジャーマンやら心臓攻撃やらを仕掛ける主人公ってそうはいないだろうなぁ……。